2-14b 宣戦布告 後
ユーマ、エイリークと遭遇
VS《竜使い》、決戦直前までの話
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「さっきまでいた人達の中にいたのは確か《Aナンバー》の1人ですね? 貴方に何の用だったのですか?」
「挨拶と世間話を少々」
「……」
ユーマに対するアイリーンの蒼い瞳が冷たい。
「喧嘩か?」
「そんなとこ」
「「……」」
リュガの問いかけに軽く応じたら2人のお姫様に睨まれた。
ユーマは条件反射で正座をしている自分に気付いてない。
「さっきポピラに少しだけ話を聞いた。ティムスが殺られたですってね」
(いきてますよー。字がちがいますよー)
「……」
ユーマにしか聞こえない精霊の突っ込みは今の彼には正直うざかった。
「それで仇討ちの相手があの《竜使い》。間違いない?」
「……おおよそね」
ユーマはエイリークに頷く。
「アタシ達に話もしないで1人で戦おうとしたのは?」
「試験期間だったから。皆に迷惑かけたくなかったから」
「嘘ね」
「どうして?」
「勘よ」
即答に即答で返すエイリーク。
「アタシの《直感》を舐めないで」
「……《竜使い》は」
あまりに自信を持って言う彼女に観念したユーマは正直に話した。
「最初は俺を狙ってきた。俺のせいでティムスが襲われたようなものだったんだ。喧嘩を売られたのは俺だ。ブソウさんたちの力は借りたけどやっぱり俺、1人で決着を……!?」
突然、密室の控室に風が吹いた。彼女の怒気を孕んだ風が。
「アンタはっ、どうしてそうなのよ!!」
「ぶっ!」
エイリーク爆発。正座したユーマに《竜巻きっく》が炸裂した。
蹴り飛ばされたユーマは沈黙。
「ウ、ウインディさん、それはちょっと……」
「黙ってて。コイツは身をもって知らないといけないのよ。……ユーマ。アンタは風森の国で自分がしたことを忘れたの」
エイリークの怒声が響く。
以前ユーマは風森の国で起きた誘拐事件のときに傭兵達のリンチを受け、その傷をエイリークには誤魔化して彼女を救出したことがある。
そのあと気を失った彼はエイルシアの魔法を使っても3日も目を覚まさなかった。
エイリークは詳しく知らないが彼女の姉エイルシアの魔人事件のときもそうだった。《精霊使い》でなかったユーマは姉姫と魔人の戦いに首を突っ込み、1度は《病魔》に侵されて死にかけたという。
「アタシのこと突撃馬鹿と言うくせに1人で突っ込んで行くのはアンタの方じゃない! わかってるの!? アンタがそんなだからアタシが、姉さまが……」
――アンタの正体を知っているからアタシ達は、
「心配……するじゃない……」
「……ごめん」
エイルシアからユーマの正体とその問題をエイリークは聞いていた。それは本人がまだ知らないこと。
ユーマはただの異世界人ではない。姉姫の推測が正しければ、彼は世界に招かれて『写されたモノ』。その存在の在り方は不自然で哀しいものだった。
早く還る方法が見つかればいいと彼女は思う。同時にこの世界で暮らした日常が彼にとって『いい思い出』になればいいと彼女は秘かに願っている。
なのにこの少年は自分がいてもいなくても事件に巻き込まれ、さらなる事件を起こしては勝手に行動するのだ。
ユーマに怒りをぶつけるエイリーク。でも1番の理由は魔人事件の時と同様『仲間はずれ』にされたことかもしれない。
しばらくして少しだけ落ち着いた。エイリークは倒れたままのユーマに話しかける。
「昇級試験で確信した。アタシ達は強くなった。アギの力は意外だったけどね。ユーマ、アタシ達はアンタの力になれるわ」
「そうですね。私達は仲間です。だから遠慮はなしですよ」
「というわけだ。今度は俺達も混ぜろよな。また応援団の集会はお前も呼ぶから」
エイリーク、アイリーン、リュガ。それにアギも。今度はユーマを助けると言ってくれた。
「……ほんとうに、ごめんなさい」
ぶっ倒れたままのユーマはいたたまれなくなって起き上がれず、「ごめん、それにありがとう」と小さな声だけど3人に感謝の言葉を伝えるのだった。
――と、ここで話が終わればよかったのだが。
「ユーマさん、立てますか?」
アイリーンが倒れたユーマに手を差し伸べる。
彼女も少年には言いたいことが沢山あったが、エイリークがそのほとんどを代弁してくれた。
感情的になることが多いエイリークだがまっすぐに言いたいことを人に伝えることができることは羨ましいとアイリーンは思っている。
「本当にこれからは気をつけて下さいね。……あら?」
「げっ」
気付くのが早かったのはアイリーン。それは蹴り飛ばされ、吹き飛ばされたはずみでユーマが落とした2枚の写真。
「ユーマさん。……これは?」
「応援団っていい仕事するよね?」
写真を手にしたアイリーンの声が低くなるので冗談を言って誤魔化すユーマ。もちろん通じない。
「応援団の写真? それって多分文化祭のやつでしょ? アイリィのものは相当な数が出回っているからもう諦めたら?」
「……『最新版』でした。それにウインディさんにはこれ」
「アタシ? なんでって……。――!!」
手に取った写真の1枚をエイリークに渡すアイリーン。彼女の手が怒りで震えている。さらにそれがエイリークに伝播した。
《アイリーン公式応援団》から覆面男ことユーマに贈与された2枚の写真。1枚はアイリーン。試験中でディジーと試合していた時のものだ。
終盤、アイリーンの足元から出現する《氷晶壁》。その勢いに合わせて高く跳び、宙を舞う《銀の氷姫》。
写真の中の彼女はドレス型の戦闘衣を着用しているのでスカートがきわどくひるがえっていた。見る人が見ればナイスアングル! と叫ぶ人もいるだろう。
そして《旋風の剣士》が戦慄したもう1枚の写真。これはもちろんエイリークである。去年の文化祭のものらしい。
写真に写るのは水色と白のエプロンドレスに大きなリボン。金の髪を下ろした笑顔の美少女。
ユーマの記憶が確かならばこれは「鏡の国のアリス」。初めて見たときはこの世界にもあの童話があったのかと驚いたのものだが、これがエイリークと気付いた時の衝撃はすごかった。
ふりふり着てるエイリーク。よく見れば笑顔がぎこちないがこれはレア過ぎる。
あらぬ誤解を受けるのをおそれ、ティムス達に見つからないようにと写真を持ったままだったのがいけなかった。
(以前見たバニーさんなアイリさんの写真といい、文化祭ではホント何をしたのだろう?)
という世界の謎に挑戦しては現実逃避を図るユーマ。
「忘れなさい!」
「氷晶球……展開!」
「ちょっ! これは応援団の副団長さんが勝手に……ってリュガ! 逃げないで弁護して! アイリさんはそれ『球』じゃない。トゲ、トゲがついてる!!」
地下にある控室は逃げ場がない。唯一の脱出口である出入口は、とばっちりを恐れたリュガが逃げるときに《高熱化》でドアノブを溶かして3人を閉じ込めた。
「風葉!」
(むりですー)
「砂更!」
(……)
喋ることのできない砂の精霊はとうとう《交信》でも沈黙。
咄嗟に壁を《白砂の腕輪》で叩くも鋼鉄製の壁を砂状にすることはできず突き破れない。
「往生際が」
「悪い!!」
「あーーーーっ」
叫ぶことしかできない。
《白砂の腕輪》のもう1つの能力、防御力の強化が彼を気絶させることを許さず、彼女たちが気のすむまでユーマは滅多打ちにされた。
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ユーマという名前のぼろ雑巾を発見したのはエルド兄妹。
「……洒落にならねぇ」
「馬鹿ですね」
「……」
ポピラがヒールの回路紙のことを覚えていなかったのなら、ユーマの作戦はここで終わっていた。
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昇級試験全日程が終了。
最終日の試験は午前中までであり、午後からは学園の生徒すべてを集めた全校集会がある。
場所は例年とは違って《スタジアム》で行われた。古い施設で老朽化が著しいが、全生徒の10倍以上を収容できる学園でも大規模な施設である。
「みなさん、今日まで試験、お疲れさまでした」
生徒を労うこの挨拶から学園長、イゼット・E・ランスの話ははじまった。
「本来学園都市で決められている個人ランクの基準は目安でしかありません。普通科で学問を学ぶ生徒。技術士、魔術師、戦士とそれぞれの道を歩む生徒。若いあなたたちが目指すものに点数をつけることはしても、わたしたち学園の教師はあなたたちの選ぶ道を何も否定はしませんし誰にも文句は言わせません。ただ前に進むことは決して忘れないでください」
リーズ学園、ひいては学園都市は世界中からこどもたちを集め、再び世界へと送り出すためにある。
数年間の学生生活で生徒の誰もが自分の道を見つけ、歩み出す力を得て欲しいと学園長はいつも願っている。
そして毎年この時期になると学園長は、生徒達すべてに向かってこのことを『お願い』するのだ。
「お話が長くなってしまいましたね。最後になりますが今日は特別に『わたしが』有志を募り、みなさんの為にイベントを用意しました。……突然で申し訳ないですけど《Aナンバー》の皆さんは前に集合して下さい」
ざわめく生徒。そして驚きながらも集まった10人のエース達。ブソウ、リアトリスもいる。
それから。
「貴様!? どうして」
「どうしたんです? 《竜使い》さんよ」
平然と隣に並ぶティムスに驚くユウイ・グナント。
勢揃いする《Aナンバー》を前にして学園長は話を続ける。
「ご存知の方は多いと思いますが、新入生の皆さんもいますので改めて紹介します。彼らは《Aナンバー》。生徒会とは別の意味で当学園の代表といえる10人の生徒です」
学園長はエース1人1人を自らが紹介していく。
「最後は《天才》の錬金術師、ティムス・エルドさん。15歳ながら3年生に在籍する彼は、双子の妹さんと共にブースターの製作をはじめ優れた作品を創造する技術士です。実は試験期間中にこの《スタジアム》の構造補強を《組合》の中心となって計画、実行したのもティムスさんなのです」
にこにこと微笑みながら紹介していく学園長。時折拍手が彼らに送られる。
「……ちっ」
それと褒められるのに慣れていない天才少年が1人。
「《Aナンバー》の10人はそれぞれの得意分野を突き詰めた生徒たちです。新入生の皆さんは彼らを目標に励むこともいいでしょう」
そう言って学園長は《Aナンバー》を見て、それから集まった生徒たちを見渡す。
「今日用意したイベントとは彼らの実力を見る機会として公開試合をこの場で行うことです。エースの皆さん、構いませんね?」
確認をとるように話しかける学園長に一部を除いて驚くエース達。
それ以上に大きな反応をみせ、喝采をあげる学園の生徒たち。学園のトップ同士の試合と聞いて誰もがハイレベルな攻防戦を期待している。
しかし、学園長の話はまだ続きがあった。
「そして皆さんはご存知でしょうか? ランクAの生徒は誰にでもエースの座をかけて彼らに挑戦する権利があるということを。…………いいですよ。おいでなさい」
学園長は空を見上げた。じっと、何かを待つように。
「――――――」
「えっ?」
「何」
空の上から何か聞こえてくる。
「ちょっと、あれ」
「嘘だろ?」
聞こえてくるのは叫び声。気付いて空を見上げる生徒が増える。
「どいてっ、くれーーーーっ!!」
少年が1人、空から落ちてくる!
「はい。ちょっとみなさん場所を空けましょうね」
「自警部! 誘導!」
穏やかな学園長の声が拡声器を通して響き渡り、ブソウが慌てて部下に指示を送る。
生徒はスタジアムの中心を空けて速やかに散らばった。
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「ストーム・ブラストぉ!」
空から降ってきた少年、ユーマは風葉の補助なしで《風乗りの外套》を使うが落下速度を減衰できず、仕方なしにガンプレートを抜いた。
《ストーム・ブラスト》の衝撃波で落下速度を相殺。用を為さなくなったマントを脱ぎ捨てながら、ユーマは見事に《スタジアム》の中心に着地する。
静寂。
「もちろんランクA待遇の《特待生》である『彼』にもその権利があるのです。……紹介します。公開試合に臨む、挑戦者です」
誰もが驚愕する中で学園長だけが淡々と彼を紹介した。
迷惑極まりない派手な登場をした黒髪の少年。
学園の全生徒が注目する中で彼は、
「《精霊使い》、ユーマ・ミツルギ」
腰に差した《守護の短剣》抜いて、
「生徒会規約に則って俺は、《Aナンバー》に挑戦状を叩きつける!」
剣の切っ先を『彼』に向けた。
「《竜使い》、ユウイ・グナント。エースの座をかけて俺は《幻創獣》での勝負を申し込む。……断れないよな?」
練り上げた作戦と仕組んだ『舞台』の上で、ユーマは最後の罠を発動させた。
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《次回予告》
ユーマVS《竜使い》、コメットマンVS皇帝竜。
特撮ヒーローの幻創獣は黒竜を倒せるのか? 勝敗の鍵はユーマが設定した《必殺技》にある。
次回「決戦、皇帝竜」
「知らないのか? ヒーローって奴はな……」




