2-13a 失踪中のユーマ 前
失踪:行方をくらますこと。
ユーマ、暗躍開始。
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昇級試験が近いとある日。
みつあみの少女は握り手のある大きな筒を肩にのせ、金の髪の少女にその筒の先を向けた。
「次、来なさい」
エイリークはポピラの攻撃に備える。
肌に張り付く髪と服が気持ち悪い。ズブ濡れの彼女はいつもの細剣を手にしていなかった。
代わりにあるのは額に付けた金のサークレット。
それはポピラ作の《インスタント》、名を『洗脳くん4号』という。
「いきます」
ポピラがバズーカを撃つ。
ぽーん、といった感じの緩い弾速で山なりに飛ぶ玉をエイリークは睨みつけ、術式をイメージ。
サークレットがイメージを増幅。目の前に風を集めて『膨らませる』。
風船が破裂する直前のイメージを保ったまま、飛んでくる玉を引きつけて……今!
「はあっ!」
バァン
爆発。
バシャ
「……ううっ」
「まだまだですね」
《爆風波》で破裂した『水玉』。しかし完全に吹き飛ばしきれず、エイリークは大量の水を頭から被ることになった。
「溜めの時間はだいぶ短縮できましたが威力がいまいちですね。人を吹き飛ばすくらい力がないと使い物になりませんよ」
エイリークはポピラのコーチの下で新術式、《爆風波》の特訓をしていた。インスタント仕様のブースターを使い続けることで術式のイメージを刷り込ませているのだ。
「吹き飛ばすくらい《旋風剣》ならできるわよ」
「馬鹿ですね。《爆風波》は剣で防げなかったときや相手の体勢を崩すのに使うのです。攻撃も防御も《旋風剣》1本で対処するつもりですか?」
「なら剣を2本持つ!」
「馬鹿ですね。付け焼刃の二刀流よりも頭に刷り込んだ術式です」
「あーもう!」
エイリークは何度も水を被ってストレスが溜まっている。ポピラ相手にやつあたりはできないので尚更だった。
「今日は水玉を200個用意しています。はりきっていきましょう」
「……ユーマ……見つかったら……吹き飛ばす」
「……」
(《直感》、でしょうか? この訓練法を考えたのがミツルギさんだと知らないはずですが)
エイリークの持つ特性スキルは曖昧な部分が多い。しかし何故か今日は勘が冴え渡る。
「……誰かがこっちを見てるわね」
「気のせいです。次、いきますよ」
ポピラはポケットの中に隠れている精霊が冷や汗をかいて制服をくいくい、と引っ張るのでエイリークの気を逸らすことにする。
「まあ、いいわ。試験まであと5日。《爆風波》も《陽炎》も完璧に習得して見せる!」
エイリークは気合を入れなおして特訓を再開した。
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「あぶなっ、気付かれたか?」
(ぎりぎりですねー)
エイリーク達から離れた木の茂みの中で、覆面を被ったユーマは風葉と《交信》する。
「とりあえず監視は片づけたし、エイリークもあれなら大丈夫だな。アドバイスはあとでポピラに伝えてもらおう」
(そうですねー)
「それじゃあ自警部に連絡してくれ。ポピラの護衛は任せたよ風葉」
(はーい)
ユーマはロープでぐるぐる巻きにした学園の生徒を放置して、その場をあとにした。
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失踪中のユーマ
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『第2回 打倒竜使い作戦会議』
ユーマは前回のメンバーにエルド兄妹とブソウ、リアトリスを加えて《竜使い》への今後の対策を立てることにした。
「とりあえず幻創獣はティムス達のおかげで何とかなったよ。《竜殺し》の方も俺とティムスでどうにかできそうだ」
「ユーマの訓練はイース達に手伝ってもらう。おい、自警部。あいつらの処分はこれでいいな」
基本計画はユーマとティムスが立案。ティムスの確認にブソウは頷く。
「本来なら4人は停学、今回の試験は参加不可となるところだろうな。構わん。好きにしろ」
本来ならば自警部に生徒を処分する権利はない。自警部が捕まえた校則違反者は始末書、または教員に直接引き渡して学園の判断で処分を下すようにしている。
ところがイース達4人は処分の決定をブソウの判断で先送りにしていた。それはユーマが司法取引なんて言葉を使ってブソウを説得したからだ。
停学になるはずの生徒が学園から姿を消してもおかしいことではない。ユーマは影で動くことができる協力者を欲し、それで罰則が軽減されるのなら、とイース達もこれを了承した。
「ミツルギ君達は問題ないね。次はボクの方からだけど情報操作は完璧。あることないこと噂を流したからミツルギ君の動向は誰も掴めていないはずだよ」
「ほどほどにしてくださいね」
多少の誹謗中傷は覚悟していたが、報道部部長があまりに自慢顔だったのでユーマはその噂が気になった。
「それに君の指示どおり竜騎士団には噂と違う偽の情報を売り渡したよ。いやぁ、あれは高値で売れた。儲かったよ」
「……」
情報操作のついでに《グナント竜騎士団》に少しでも無駄遣いさせようと思ってやった策だったが、この人に余計な悪知恵を与えてはいけないと思い直すユーマ。
「あとでまたバレないくらいに偽の新情報を売り渡そうかな?」
「本当にほどほどで。次は……何だっけ?」
「《竜使い》が俺達兄妹を狙った理由を話す」
エルド兄妹の話は深刻な問題と疑問を呼んだ。
「幻創獣のシステムを弄ってみて確信した。俺達なら幻創獣を1から創ることができる。《調整器》に腕輪もだ」
「それに幻創獣の《複製》も可能です。元になる幻創獣の術式があればおそらく《皇帝竜》も」
「なっ!?」
全員が驚く。ユーマだけはゲームに酷似した幻創獣を見てコピーの可能性を予想していたが。
「もし竜騎士団の幻創獣すべてが《皇帝竜》ならば俺達《Aナンバー》の残りを総動員しても苦戦どころではないぞ」
「でもそれならグナントはエルド達を引き込もうとするはずだ。逆に排除しようとしたのは何故だ?」
「俺達が『幻創獣そのもの』に対策を立てる可能性があるからだろう。味方にしない理由は幻創獣のシステムと腕輪の生産に目処がたったからだと思う。最悪《皇帝竜》の複製もだな」
リアトリスの疑問にそう答え、ティムスは話を続ける。
「ユウイ・グナントの性格なら幻創獣の独占、《皇帝竜》は自分だけの力にしておきたいと思っている線が1番だと思うが」
「そのあたりの対処は《竜殺し》の計画に含まれています。俺とティムスで何とかするよ」
《竜殺し》の計画。《竜》を無力化する今作戦の最終目標は2人しか知らない最重要機密である。
「今後の活動だがユーマと俺、あと4人組はルックスの研究室を拠点とする。俺も本当なら重傷者扱いだ。表に出て《竜使い》に怪しまれるのはよくない」
「ルックスも俺達と一緒だけど基本は別行動。必要な時はティムスのサポートをお願い」
「わかりました」
ルックスはまだ中等部の生徒だ。仕事を1つ頼みはしたが学業を優先させることにした。
「兄さん、私は?」
「ポピラも別行動。お願いしたいことがあるんだ」
質問に答えたのはユーマ。ポピラも優秀な技術士だが、表だって活動することをやめたユーマの代わりにエイリーク達の事を頼めるのは彼女しかいなかった。
「彼女1人か? 危険だ」
危ぶんだのはリアトリス。騎士はポピラの護衛を買って出てくれたのだがティムスがそれを拒否。
「《烈火烈風》のアンタと2人じゃあからさまで怪しまれる。ポピラの単独行動は囮も兼ねてるんだ。まあ、これに引っ掛かる馬鹿だと助かるけどな」
「エルド、貴様」
「落ち着いてください。ポピラには適役の護衛がいますから」
リアトリスを抑える間、ユーマの意図を汲んで《守護の短剣》から飛び出す風の精霊。
「わたしですかー?」
「風葉ちゃん」
「こいつ中位の精霊だから俺や短剣から離れても活動できるんだ。魔法使えるし何かあったら俺とも《交信》できる。ただエイリーク達にばれないように頼むね」
「わかりました」
「よろしくですー」
ポピラの肩に座る風葉。心なしかポピラも嬉しそうに顔をほころばせる。
「ポピラの件はこれでいいですか? ティムスや俺達と行動するにもこっちは男ばかりなんだ。エイリーク達と行動した方がいいはずです」
「……わかった。なら私も別行動をとって《竜使い》の動向を探ろう。エースの中でも私は身軽な方だからな」
リアトリスは納得したあと、ユーマ達から一時離れることを伝えた。
「それがいいね。ボクやブソウ君も立場上1つの場所でこそこそするのも固まるのも良くないし。あとミツルギ君、これはサービス(無料)で教えるけど新情報。君の仲間たち、監視が付いているしもう何度か襲われてるよ」
報道部部長はあらたな問題をユーマに教える。
「試験妨害は珍しいことじゃない。それに試験官が寄越した偵察だったり力試しの生徒や単なるファンもいる。みんな気にもしてないし襲われたら返り討ちにしてるけど、中に竜騎士団の下っ端が混じってたからちょっとね」
「……あの野郎」
「探っているのか炙り出そうとしてるのか、よっぽど君の事を警戒しているみたいだね。変なこと企む前にどうにかした方がいいんじゃない?」
「ブソウさん」
直接手を下すより学園の治安を強化する方が穏便だと思い、ユーマはブソウに自警部を派遣できないか聞いてみるが断られる。
「試験のあるこの時期はもう警戒態勢を敷いている。部員達も試験を受けるのだから彼らの時間をこれ以上割きたくない」
「報道部の隠密を使う? 個人契約で別料金になるけど」
「おい、どうする」
ティムスとしては無視しても問題ないと思うが、ユーマは監視されているのが気に入らない。
「……俺が」
ユーマは少しだけ思案して1人で動くことにした。
「……ほどほどにな」
ブソウに嫌な予感がよぎる。無理しても自分の指揮の下で自警部を動かすべきだったのかと。
予感で済まなかった。
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「よし、準備万端」
「……その格好は何だ」
「変装」
イース達が使っていた覆面に砂除けのゴーグル、黒に染めた試作ブースターの《風乗りの外套》。ポピラに頼んでルックスの研究室に持ってきてもらった。
ユーマの変装は怪しい。さらにバズーカを2丁背負っている。
「その《おもちゃ》も持っていくのか?」
「捕獲用にね。前に作ってもらった網が出る玉を装填してる。砂更で埋めたら正体がばれそうだしガンプレートのスタンガンは射程が短いから」
そう言ってバズーカのカートリッジを確認。『網玉』は2丁合わせて計8発。
「それじゃ行ってくるよ。……とう!!」
研究室の窓から飛び降りるユーマ。風葉の補助のない《風乗りの外套》の滑空はふらふらと見るからに不安定だった。
「あれはただ飛びたかっただけだな。悪目立ちするぞ」
どう誤魔化す気だと思ったティムス。でもそれは報道部と自警部の仕事だな、尻拭いは俺じゃねぇ、と彼は気にしないことにした。
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リーズ学園高等部。
「風葉、ポピラは今どこにいる?」
学園に戻ってきたユーマは適当な木の影に隠れて仲間達の居場所を調べる。
(砂場ですよー。みんないますよー)
ポピラについている風葉と《交信》。砂場とは以前に砂更の力を使った屋外演習場前の広場だ。
「まずは監視がいるか調べないとな」
ほどなくしてポピラやエイリーク達を見つけた。ついでに監視していた生徒も。
ポピラはどうやらユーマがしばらく学園に来れないことを説明しているようだった。遠くにいるので声はユーマまで届かない。
エイリーク達から10メートル離れた茂みに監視が。そのさらに30メートル離れた所にユーマはいる。ユーマが監視を見つけられたのは彼が木の上に隠れていて上から見渡すことができたからだ。
ユーマはバズーカを構える。バズーカといっても筒の中にある玉を遠くに飛ばすだけのおもちゃ(ティムス談)である。しかしその射程距離はおよそ50メートル。
「発射」
音もなく発射される『網玉』。《消音》の補助術式はあらかじめ付与されている。
「うわっ」
「な、なんだよこれ?」
監視達の目前で展開して広がる網玉。突然の事に驚く彼らは網に絡まって身動きが取れない。
「3、2、1……」
バチッ
「ギャアッ」
しばらくして網に付与された《雷撃》が発動。これは《符術師》の札に使われる時間差発動の技を応用した技術である。
捕まった監視達は感電して気絶した。
「これで《おもちゃ》だもんなぁ。……やりすぎだよ」
魔獣相手にも使えるのじゃないかと思うユーマ。後でティムスに伝えようと思った。
「さてみんなは……あれ? もういないや。風葉?」
(解散しましたー。気にするだけ無駄だと言ってましたよー)
「……そうですか」
心配しないでほしいなー、なんて思っていたが思った以上に薄情だった仲間たち。
(エイリっちはー、あとでー、吹き飛ばすってー)
言ってましたー。と風葉は報告。
試験対策を手伝う約束を破ったのはこっちなのでユーマはがっくり。
「はぁ。まあ、いいや。こいつらの正体は自警部に調べてもらうとして次はジンのところへでも行くか」
こうしてユーマは自分の特訓の合間に学園に忍び込んではエイリーク達を隠れて見る怪しい生徒を捕獲していった。彼は気晴らしのようにバズーカを撃ちまくったという。
捕まえた生徒の数は試験前日までに147人。最終的に200人を超えた。これは明らかに竜騎士団とは関係のない生徒も混じっている。
乱雑に捕まえたのは《竜使い》に悟られない為。洗い出しは自警部に全て任せることにしたユーマ。
ブソウの力を頼りにしていたのか自分で調べるのが面倒だったのかは定かではない。
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網に捕らわれていたりロープでぐるぐる巻きにされたりした生徒の回収、事情聴取に駆り出される自警部。この時期に警戒態勢を敷いているのは毎年の事だが今年はいつになく忙しい。
「第3練武館付近でイモムシを3匹発見です」
「こっちは普通科棟のカフェテラスで魚が2匹。誰か人を寄越して下さい」
「部長、今朝捕まえた生徒の持ち物調べましたけど腕輪はありませんでした」
「こいつら釈放していいの?」
「職員棟行きじゃないのか?」
「部長、第4取調室空いてますか?」
「これ報告書です。サインを」
「人手が足りません部長、シフトの見直しを。休務中の部員を呼んでください」
「部長、今日も残業ですか?」
「ナギバ部長」
「ブソウさん」
「部長」
「「「部長!」」」
「……なぜこうなった」
ユーマを野放しにした挙句、忙殺する羽目になるブソウ。部下の苦情と悲鳴がすべて彼にのしかかる。
「部長、生徒会長がお呼びです」
眉間に寄せた皺が深くなるブソウ。
生徒会棟、会長室。
「最近自警部から送られてくる書類が多いのだけど、どうしてだろう……」
「……」
紙の束に埋もれ、げっそりした顔をブソウに見せて呟く生徒会長。
ただでさえ受験者と試験官の選定と承認に忙しいのに、彼は自警部からの始末書やら報告書やらの確認の仕事が上乗せされていた。
彼は生徒会の雑務から逃げたくて学園統一と改革を目論んでるのでは? と疑いたくなるほど消耗している。
きっと恨み事を言いたいがために呼ばれたのだろうとブソウは推測。
「只今自警部は警備強化キャンペーン中です」
愚痴をこぼされる前に先手をとるブソウ。これから先の言い訳は長々と続くが彼は何を言ったのか覚えていない。
すまん。俺のせいじゃない。境遇は俺も同じだ。悪いのはミツルギいやグナントか? それとも元をたどれば生徒会、いやお前じゃねぇのか、と彼の頭の中はごっちゃ混ぜになっていた。
しばらくしてストレスと疲労で一杯一杯のブソウはユーマを締めあげようとするが、タイミングが悪いのか意図的に避けられているのかなかなか掴まらない。
ユーマを掴まえたのは赤バンダナの少年。
「何してるんだ、お前」
「……油断した」
怪しい覆面黒マントの首根っこを掴む少年。名前をリュガ・キカという。
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