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幻創の楽園  作者: 士宇一
第2章 後編
52/195

2-xx ユーマとティムス

閑話


ユーマとティムスとガンプレート

 

 +++

 

 

 優真が中学生だった頃。

 

 ある日、彼は《桜道場》に忍び込んでいた。

 

 

 ここは優真の師であり兄と慕う青年、真鐘光輝の義姉で古葉大和の師匠である桜井十六夜さくらい・いざよいが営む武道場である。

 

 師1人門弟1人のボロ道場。2人の兄はここに居候している。

 

 

「何をしてる? 優真」

 

 

 光輝の部屋をガサゴソと漁っていた優真。背後から声をかけられてビクッとした。

 

「……大和兄ちゃん」

 

 振り向けば長髪を1つに結んだ尻尾頭の巨漢の男。

 

 190近い身長に武闘家として鍛えられた堂々とした体躯は高校生とは決して見えない。

 

「コウの《工房》で物色するなんて悪い奴だな。……それで面白いもんでもあるのか?」

 

 ただ体に似合わず整った顔立ちで無邪気に笑う大和は魅力的で誰よりも少年だった。

 

「兄ちゃん。これ」

「……ガンプレートか」

 

 優真が見せた物には流石に大和も顔を顰める。

 

「見逃して。どうしても必要なんだ」

「なぜだ?」

「友達が危ない。俺は助けたいんだ」

 

 

 聞くと正義感の強い優真の友達が他校の生徒と諍いを起こし、1人で不良グループを打ち負かしたらしい。

 

 そして報復に多人数で繰り返し何度も襲われるようになった優真の友達はとばっちりを恐れて学校でも孤立するようになったそうだ。

 

 

「あいつが悪い訳じゃない。でも1人で敵う数じゃないんだ。だから」

「どうする?」

 

 兄の問いに優真はまっすぐな瞳で見つめ返し、

 

「俺が潰す、ってがっ!」

 

 拳骨を喰らった。

 

「馬鹿。なんでそんな突飛な考えが出てくるんだよ。コウの真似するな」

 

 

 ――敵はなるべく作るな。できたら躊躇わず潰せ

 

 

 確かそう言っていたのは相棒だ。あの馬鹿はあとで殴ると大和は誓う。

 

「それでガンプレートか」

「俺は兄ちゃんみたいに体でかくないし強くないんだ。光輝兄さんみたいに陰険な外道でもないし」

「おい」

 

 優真の光輝に対する評価は大和もよくわからない。

 

「目的の為に使えるものは何でも使え、ってあいつなら言うだろうな。でも優真。このガンプレートは何だと思う? ただの武器か?」

 

 大和は優真に聞いてみたが答えは求めていない。彼は話を続ける。

 

「これは『コウの力』だ。俺が拳を鍛え上げたように弱いあいつが戦う為に作り上げたあいつの『強さ』なんだ」

  

 この銃の形をした金属板の《杖》は、魔法を使えない人であって空を飛べない《梟》の爪であり嘴である。

 

 優真は知っている。彼らは天使と悪魔、それに人を守り、また敵として戦う闇を狩るモノだ。

 

「お前にも譲れないものがあるのはわかる。でもお前の喧嘩の為にこれを使う覚悟があるか?」

 

 大和の手から差し出されるガンプレート。

 

「兄ちゃん……俺、俺っ」

 

 優真は受け取れなかった。

 

 今すぐ力が欲しい。でも自分とは違う兄の強い在り方を知っているから手を伸ばせない。

 

 悔しさで俯く優真。そんな少年の頭に大和は優しくぽん、と掌をのせる。

 

「それでいい。お前は力を持つにふさわしい強さがないことに気付いて自分を抑えることができた。誰でもできることじゃない」

「でも」

「焦るな。今は友達の為にお前ができることをやれ。俺達がお前を鍛え、教えたことはガンプレートの扱い方じゃない」

「兄ちゃん」

 

 優真は自分のポケットの中にある《しろいはね》を握りしめる。

 

 もうあの時の自分じゃない。今ならもっと何かができる、そう思えば力が湧いた。

 

「わかった。俺、やるよ」

「おう。無茶すんなよ。今日はもう遅いから家に帰れ。『これ』は俺が片づけておく。ユウに気付かれると怖いぞ」

「……うん」

 

 優真は散らかした部屋と『これ』を見て、ばつの悪い顔で道場をあとにした。

 

 

 

 

「俺みたいなガキが人に説教するなんておかしい話だけどな」

 

 優真を見送り相棒の部屋へ戻る大和。苦笑しては溜息をつき、『これ』を見た。

 

「で。お前は何してるんだよ」

 

 部屋にいる『これ』とはロープでぐるぐる巻きにされたイモムシ。大和は光輝の猿轡をはずしてやる。

 

「……あの野郎。うしろから気絶するまで鈍器で殴りやがった。事が済むまで埋めて隠そうなんてふざけたこと言いやがって」

「……」

 

 優真は光輝の事を兄として慕っている。という設定だったのでは? 

 

 疑問に思う大和。

 

「まあ、お前がやりそうなことだけどな」

「俺ならスタンガンで一発だ。こぶができるまで何度も殴らない。普通死ぬぞ」

「どのみち犯罪だろお前」

 

 優真に悪影響を与えるのは相棒だ。やはり弟分の為にも元凶を殴って矯正しなければ、と思う大和も実はさして変わらない。

 

「とにかく今日の事はユウに黙っておけよ。盗みに来てお前にまで手をかけたのなら正座に説教じゃ済まないぞあいつ」

「ちっ。優真の奴ためらいもなく殴りやがったんだぞ。あの容赦ない思い切りのよさは誰に似たんだ?」

「ユウだろ」

「……」

 

 無言で首肯する光輝。

 

 優真は実姉を含めた3人の影響を絶妙なバランスで受けて成長している。

 

「優真の周囲を調べるぞ。またあの時みたいに巻き込むのは御免だ」

「たかが中学生同士の喧嘩だろ? 大げさな」

「だといいけどな」

 

 このあと、常に最悪の事態を想定する用心深い相棒が正しかったことを大和は身をもって知る。

 

 

 

 

「俺にできること。……俺ができること」

 

 優真は家に帰ると物置を漁ってロープとスコップを探した。

 

 

 

 

 1週間後。

 

 余所の学校に兄直伝の罠の数々を複数張り、綿密な作戦を練って3対100という状況を覆した優真。

 

 ぼろぼろになって勝鬨かちどきをあげる少年達に頭を抱えるのは遅れて来た大和と光輝。

 

 

 育て方を間違ったと思うよりも、鬼(優花)にばれず事件を揉み消すことに必死な兄達の姿を優真は知らない。

 

 +++

 

 

「……くぁ」

 

 夢を見た気がする。少し昔の思い出だ。

 

 ぼんやりした頭で周りを見る。ここは御剣家の自室でも寮の部屋でもない。

 

 ユーマは今、中等部にあるルックスの研究室に寝泊まりしている。身を隠している以上なるべく高等部に顔を出さない方がいいとブソウが言うのだ。

 

 かれこれもう1週間。最初はソファの上やクッションを5人でとりあっていたが、固い床の上で寝ることにももう慣れた。

 

 夢の事を思い出してユーマは自分のブースターを手に取る。

 

「あ」

 

 そして思い出した。

 

「ティムスー! 起きてー」

「黙れ。朝からうるさい」

 

 

 怪我人と言い張る天才少年は、1つしかない仮眠用のベッドを占有している癖に今日も朝から不機嫌だ。

 

 

 +++

ユーマとティムス

 +++

 

 

 ティムスは朝に弱い。早朝から騒がしく起された彼は仏頂面だが、ユーマが見せた物を見るとさらに顔を歪ませた。

 

「ガンプレートにヒビが入ってるじゃねぇか! スロット廻りなんかもう使い物にならない。これどうしやがった」

「《竜使い》とやりあったときにちょっとね」

 

 ユーマのあたらしいガンプレート、《レプリカ2》はカートリッジの換装が不可能なくらいグリップが破損しており、本体にも小さなヒビが全体に広がっていた。これではただの金属板である。

 

 ティムスはユーマの説明を聞くのと同時にガンプレートに触れて《解読》する。

 

「形はそのままだから《補強》で風属性くらいは使えるんだけど」

「馬鹿が。見えないところにも亀裂が入ってるんだよ。あと2、3発でぶっ壊れるのがオチだ」

 

 壊れた原因を探るティムス。そしてガンプレートに差し込んだ2枚の金属板を見て目を見開いた。

 

「スロットに《イグナイター》が2枚だと? なんて無茶しやがる」

 

 《イグナイター》は魔石に含まれた魔力によって術式の威力を瞬間的に高めるブースターの種類の1つ。このゲンソウ術を半魔法化する機能を持つブースターは暴発する可能性があって扱いが難しく、使い捨ての切り札とすることが多い。

 

「《皇帝竜》に正面から撃ち合うには今のガンプレートは火力不足だったんだ。《イグナイター》を2倍にして《補強》することで何とか押し勝てた」

「それが砂の魔獣か」

 

《サンドワーム・ブラスト》

 

 ユーマが編み出した新技の1つ。これは《ストーム・ブラスト》に砂の精霊の力を組み合わせて大量の砂を相手にぶつける質量攻撃、《砂塵砲》をさらにイメージで《補強》している。

 

 それは砂で模造した魔獣の化身。付与したイメージは『喰らう力』。思い出したくはないが、ユーマは《砂漠の竜蛇》に丸飲みにされた経験があるので強力なイメージを付与することができた。

 

 《皇帝竜》の必殺技、《カイゼル・バースト》。あの熱線を『喰らう』事ができなければ、ただの砂の塊を撃つだけでは焼き尽くされていただろう。

 

 

「……元々《レプリカ2》は量産モデルでスロットを2つにした分強度が落ちるのはわかっていた。となると大型化するか素材の方にテコ入れするべきだが大型化はあまりしたくないな。素材は今使ってる合成金属もドワーフの奴が練金したいい素材だしとなると本体に強化付与してでもそうするとカートリッジの術式との相互作用が……」

「あのー、ティムス?」

「なんだよ。うるせーな」

 

 ユーマを無視して1人考えに没頭する天才錬金術師。思考が口から漏れ出している。

 

「壊したこと怒ってないの?」

「なんでだよ。俺の作品がお前の力についていけないだけだ。無茶な使い方を想定できなかった俺の方が悪いんだよ」

 

 ティムスは自分の作品の使い手としてユーマを認めている。創り手として使い手に応えることは当たり前だと思っていた。

 

「応急処置なんて無理だ。俺の研究室に前のガンプレートがあるから修理するまでそれを使え。金属板2枚でできてるあれは仕組みが単純な分強度もあるし、『オーバーブースト』なんてできないから無理しても壊れはしないだろ」

「わかった」

 

 修理はまた後日というわけで《レプリカ2》を預けるユーマ。

 

「しかし術式換装システムを採用したブースターの試作として創ったのはいいが、テストしてくれる奴が少ないな。データがユーマ1人だと参考にならねぇ」

「ジンはオプションを増設するタイプのテストしてるしね」

 

 ジン・オーバ。弓使いである彼は射撃武器に対する適性が非常に高い。

 

 ティムスはユーマの紹介で彼と知り合い、ガンプレートの《銃》である部分の性能を研究するために専用のガンプレートを彼に与えていた。

 

「他に俺の作品を使えそうな奴はいないのか?」

「イース達は?」

「おとといきやがれだ」

 

 彼らは元々実力が足りない。

 

「ブソウさん」

「《Aナンバー》に余計な力を貸してたまるか」

 

 《竜使い》に襲われた事もあるティムスだが、他のエースにも協力的な態度をとらないのは前からだった。

 

「じゃあエイリーク」

「あいつはポピラの客だ」

「アギ、リュガ」

「ガチ前衛の馬鹿が俺の作品に触る資格はない」

 

 そもそも他人に厳しいティムスのお眼鏡にかなう人材が少なすぎる。

 

「あとはアイリさんだけど駄目なんだっけ」

「ああ。あれ以上のブースターは俺は無理だし本人も使う気がないだろう」

 

 アイリーンのブースターは彼女の両腕にある重厚な銀の腕輪。

 

 《氷晶術》に特化した彼女のブースターは《銀の大魔術師》と呼ばれる《銀雹の国》の国王自らが創り上げた物だといわれ、その性能の高さはティムスも実物を見て納得している。

 

「まあいい。この話も今の件が片づいてからだ。《レプリカ2》とは別にお前専用のガンプレートも必要だな」

「《レプリカ3》だね」

「……」

 

 

 これでこの話はおしまい。

 

 時間があるから二度寝しようとユーマは思っていたが、ティムスはユーマを呼びとめて話を続けた。

 

「……なぜレプリカなんだ」

 

 ティムスが前から思っていたことだ。《本物》があることはユーマから聞いている。

 

「本物はブースターとは違うモノだとお前から聞いた。でも俺が創ったモノに模造品やら複製品などの名前をつけられるのは気にいらねぇ。俺の創ったガンプレートは本物には劣るのか?」

「……うん」

 

 彼のプライドを傷つけると思った。でもユーマは正直に答える。

 

「うまく説明できないけどゲンソウ術を補助するだけのブースターとは別物なんだ。ガンプレートは『保存した魔法を放つ道具』。使えば誰でも魔法が使える」

「信じられないがそれは聞いた。魔力が少ないこの時代では宝の持ち腐れだってな」

「そうだね」

 

 これが異世界の技術、その中でも特異だということをユーマは誤魔化している。

 

「俺がガンプレート・レプリカで再現できた魔法弾は8段階の内レベル3まで。実際に使ったことがあるのはここまでだからこれ以上の魔法弾はイメージできないんだ」

「なんだと?」

「《サンドワーム・ブラスト》はオリジナルだけど威力は多分レベル5くらい。今の俺とブースターだとレベル8の威力を出すのは無理だよ」

「チッ。まだまだかよ」

 

 ティムスは持てる力をもってユーマのブースターを創っている。それが本物に届かないとはっきりと言われたなら悔しくても仕方ないと割り切ることができた。

 

 しかし。

 

「ならなぜ本物を使わない? お前は《精霊使い》。精霊たちに魔力を分けてもらえばそのガンプレートも使えるはずだ」

「……わからないんだ」

 

 本物のガンプレートは今ユーマの手元にない。今は風森の国にいるエイルシアに預けたままだ。

 

 

 エイリーク誘拐事件の時に《魔法使い》である彼女は何者かに狙われていると知ったユーマ。魔力を扱うことができるエイルシアならガンプレートは彼女の力になると思ったのだ。

 

 ユーマはエイルシアに自分が《魔力喰い》だから使えないと言って渡したがそれは嘘。ガンプレートの魔術妨害対策は完璧で《魔力喰い》の影響を受けなかった。風葉たちの魔力を分けて貰えばカートリッジの補充もできる。

 

 エイルシアが心配だったのは本当だ。でもそれ以外の理由でガンプレートを手にしない理由があるとすればそれは、

 

 

「ガンプレートは兄さんの力そのものだから。あれを使う資格があるのか俺にはわからないよ」

 

 

 ――いつか一人前の強さを身に付けたなら、俺のをお前に譲ってやる

 

 

 昔そう言ったのは大和だ。そして再生されたこの世界に来たユーマは魔人と戦う直前、偶然か意図的にか分からないが彼のガンプレートを手に入れた。

 

「《精霊使い》でない俺はこの力を使う『強さ』を身につけることができたのかわからない。兄ちゃんに聞きたくても今は会えないから」 

 

 自信がもてない。『御剣優真』としての強さを信じることができない。

 

 だからレプリカ。兄の力を模倣した模造品しか手にすることができなかった。

 

 

 それを聞いたティムスは一言。

 

「ヘタレが」

 

 罵った。

 

「いつまでテメェの兄貴の尻を追いかける気だ。追い越すくらいの気合を見せやがれ」

「ティムス?」

「……約束しろ。今度創るガンプレートでそのレベル8を超えて見せろ。本物を超える最高のヤツを俺は創ってやる。それまでに強くなれユーマ。糞兄貴を超えて見せろ」

 

 ティムスはユーマを選んだ。技術士として彼を最高の使い手として決めた。

 

 ユーマは《竜使い》と違う。力と強さを間違えたりしない。ならばどんなモノでも正しく扱ってくれると確信している。

 

「その時はもう《レプリカ》なんて言わせねぇ。ガンプレートを超えた《それ》には俺が最高の名前をつけてやる。どうだ、挑戦する気あるか?」

 

 一呼吸置いてユーマは答えた。

 

「やる。俺もティムスが創るそれを見てみたい」

 

 兄に認められることばかり考えていたユーマ。追いかけても超えようとする気持ちは全くなかった。

 

 1人なら無理だと思う。でも共に挑戦しようと言ってくれるのならばそれに応えたい。

 

「よし。なら楽しみにしてろ。この話もここまでだ。今は幻創獣のほうが先だからな」

「俺は今日学園を見廻りに行くよ。調整のほうお願い」

「わかった」

 

 +++

 

 

 ユーマと別れるティムス。気が昂ってもう眠れない。

 

「やるしかないな。《機巧術》の研究からだと間に合わない。《幻創機巧術》、手を出してみるか?」

  

 ティムスの本来の目標はかつて《西の大帝国》に存在したという機械の技術、《機巧術》の再現。

 

 そして機巧術にゲンソウ術を組み合わせた新技術の開発。それに今挑戦しようとしている。

 

 やる気のあるうちにアイデアをノートに書き留めておきたいティムス。でもルックスやポピラがもうすぐ来るはずだ。

 

 あとどのくらい時間がある? と時計を見て茫然。

 

 

 午前4時。3時間も寝ていなかった。

 

 

「……」

 

 今の興奮状態が寝不足からくるものだと気付くとティムスのやる気が一気に失せる。

 

「あの野郎。おい、お前ら起きやがれ。ユーマの相手になれるよう幻創獣を強化するぞ!!」

 

 

 

 

 眠れなくなったティムスは、雑魚寝するイース達を八つ当たりするように叩き起こした。

 

 +++

 

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