2-12b 幻創獣 後
ヒーロー見参
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「……ここは……どこだ?」
緊急病棟の病室で目覚めた茶髪の少年。
「気がつきましたね。兄さん」
少年のベッドの隣にある椅子に腰かけていたのは彼の妹だ。
「ポピラか。……。!! 俺は」
ティムスは《皇帝竜》に襲われたことを思い出した。ベッドから飛び起きようとして自分が何ともないことに気付く。
「傷が? くっ」
「馬鹿ですね。急に動くからです。傷は治っても流れた血は戻りません。これを」
立ちくらみのするティムスにポピラが差し出したのは真っ赤なボトル。
「飲む造血剤だそうです。アラム先生からの差し入れです」
「アラムの奴か。……ソレ、俺に使ってないよな」
ソレとはポピラの膝の上に乗っている赤黒いゼリー状のナマモノ。
ぐじゅぐじゅと音をたてるのはアラムの試作品である治療用の人造肉。
「ぐろちゃんですか? いえ。……兄さんと1つになれなくて残念、と言っています」
「そんなモノに名前つけるな《同調》するな気味の悪いこと教えるな。そして笑うなこの愚妹が」
「馬鹿ですね」
兄妹のいつものやりとりだ。ポピラはもう大丈夫だと心の内で安堵した。
「……あれからどのくらい経つ?」
「次の日のお昼過ぎ。もうすぐ夕方です」
「何だと?」
ティムスは確かに重体だった。それが1日も経たずに完治しているのはおかしい。
「ミツルギさんのおかげです。あとあの人」
ポピラは《黙殺》のことをよく知らなかった。
「チッ。借りは作りたくなかったんだがな。それでアイツは?」
「ミツルギはブソウと一緒にいる。彼はどうやら《竜使い》と一戦交えるつもりのようだ」
答えたのはポピラではなく隣にいた赤毛の騎士。
「《烈火烈風》」
「護衛だよ。また襲われる可能性があるからね」
腰に剣を提げた制服姿のリアトリスはティムスが目覚めるまでの事を大まかだが説明した。
「成程な。わかった。俺達の護衛がアンタなのは不満だが」
「なんだと?」
仮にも《Aナンバー》の1人である《烈火烈風》の騎士。実力は申し分ないのだが。
「病室だから気を使ったのかしらねぇが、鎧着てない《烈火烈風》なんざただのボケねーちゃんなんだよ。おいポピラ、行くぞ」
「ボケ!? っておいまて。それは聞き捨てならない」
ムッとしてティムスが病室から出て行こうとするのを呼び止める。
「チッ。護衛はお前1人だよな? この病室に来るまで何度部屋を間違った?」
「……うっ」
「それにこの割れた花瓶は何だ? 大方見舞いの花を飾ろうとして転んだんじゃないのか?」
「ううっ……」
「馬鹿でしたよ」
容赦ないポピラの追い打ち。
図星だったが花瓶を片付けず兄の見える所に置いた彼女は意地が悪い。
「そ、それよりもどこへ行く気だ? 襲われた理由がはっきりしないんだぞ。危険だ」
「理由なら大体わかる。俺だけじゃなくポピラまで狙う理由。確認がとりたい。護衛する気ならさっさと鎧とってきやがれ」
「……わかった」
渋々と病室を出ていくリアトリス。
「兄さん」
「借りは返す。ユーマも、《竜使い》にもな」
借りを返すといってもティムスは《竜使い》、つまり《皇帝竜》に勝つことができない。だからユーマに手を貸すことを決めた。そのほうが勝算が高いからだ。
そう思うことで誰かを助けようとする自分を誤魔化した。
「馬鹿ですね」
(ただ友達だから助けるというだけの話です)
双子の妹には《同調》なしでも筒抜けだったが。
「おい」
「何も思うことはありませんよ。ただこれは飲んでください。血が足りないのは本当ですから」
「……うげぇ」
アラム特製の飲む造血剤は赤くてどろりとしていて、牛乳の味がした。
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一方その頃。
「よっしゃ。これで2本先取で俺の勝ち」
ユーマはイース相手にまだ幻創獣で遊んでいた。
「秒間60粒射出するステッキ型機関銃、《ダイズガン》。原作通り強いなー」
「なんで必殺技まで豆なんだよ」
幻創獣をルックスに再設定してもらい、ユーマはとことん遊ぶ。
イースと幻創獣を交換したりして今まで3セットマッチを5回ほど繰り返していた。
「くそっ。もう竜人兵じゃ駄目だ。俺も創り直そうかな」
「あのうユーマさん? これって幻創獣の力を検証するためにやってるんですよね? 遊びすぎなんじゃ……」
「ん? そうかな。それじゃあ対策を練るか。イース、残りの3人も呼んでまたあとで対戦しよう」
「わかった」
まだ遊ぶつもりらしい。
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再びルックスの研究室。
中等部の生徒で個人の研究室が与えられていることは、彼が優秀な生徒である証拠といえる。
「それでミツルギ君。実際に幻創獣を使った感想は?」
第1回『打倒竜使い作戦会議』。司会進行及び書記、さらに情報提供は報道部部長。
「やっぱりゲームっていう印象が強い。キャラメイクに自由度が高いから実体化させないで対戦ゲーム化したら『ドラゴンライダー』より人気出るかも」
「そうだね。それにこんなかわいいのも創れるし。自分で動かせるのもマルだからヌイグルミにしてもいいかもね」
「……あの、幻創獣を商業化する話じゃないんですけど」
抑え役は最年少のルックス。控えめに突っ込む。
部長は膝の上に自分の創った幻創獣を乗せ、その頬の部分を引っ張って遊んでいる。
「わかってるよルックス。……正直幻創獣の能力は思った以上だ。実力は《必殺技》込みでランクC。一般生徒でも数時間で使いこなせる点でも即戦力になるよ」
ユーマは幻創獣の感想を伝えた。
幻創獣の《必殺技》は「一定のダメージを受ける」など発動条件を設定する必要があるが魔術師の術式やゲンソウ術の技に匹敵する威力を持つ。
他にも飛行能力などの特殊能力も設定にIMPを大きく割り振ればどんな能力も不可能ではないらしい。
「だから急に強くなったと勘違いしやすい。扱い易い力は危険だ。ルックス、竜騎士団の幻創獣はイースの《竜人兵》くらいの能力なの?」
「そうです。竜騎士団にある腕輪の数はおよそ80。幻創獣の総IMPはユウイ兄さんの《皇帝竜》と上位幹部の人を除けば平均2千程度です」
ルックスはグナント竜騎士団の陣容を説明。
まず団長である《竜使い》、ユウイ・グナントの《皇帝竜》。次に上位幹部4人がそれぞれIMP1万以上の《竜》を持つという。
「一般の《竜》は僕が兄さんの話を元に創ったものですからわかります。竜は大きく分けて《竜人兵》、《竜牙兵》、《岩蜥蜴》、《火蜥蜴》、《飛竜》の5種です」
リザードマン、ドラゴン・トゥースウォーリアーはそれぞれパワー型、スピード型の主兵力。
大型で岩肌のロックリザードは防御型の壁役、サラマンダーは火炎の息を使った遠距離型。
「そしてワイバーンが飛行能力を活かした偵察に対地攻撃と輸送を担当か。一通り揃ってるな。あれ?」
「ちょっと待って。幻創獣の腕輪が80? 確かイース君の話だと竜騎士団の人数は約200人だって」
ユーマと部長はイースを見る。
「実際に使える腕輪の数はルックスの言うとおりだ。あの腕輪はお前にしか作れない。ルックスが団長から離れたから腕輪の数が足りなくて騎士団の中でも格差ができてしまった」
竜騎士団に入団しても幻創獣が与えられるわけではない。竜は《竜使い》に忠誠を誓うエリートにのみ与えられるらしい。
「ふざけた話だね。まるで今の生徒会長みたいだ」
「似た者同士だから敵対したのでしょう。竜騎士団も学園の技術士を集めて腕輪の研究をしてるんだ。実は腕輪は作れなくても《調整器》のほうは大方完成している。新型の竜やルックスが創った騎士団の竜も強化されるだろうし腕輪の数も時間の問題だ」
「そんな」
ルックスにとって腕輪の数を増やさないことが兄へのささやかな抵抗だったのだ。
「ユーマさん……」
「……」
不安になるルックスはユーマを見る。彼は黙って考えている。
(足りない)
ユーマは考える。勝つ手段が足りない。
《竜使い》に負けはしないと思う。《精霊使い》としてユーマが《本気》をだせば《皇帝竜》だけでなく騎士団もまとめて多分倒せる。ただしそれでは意味がない。
幻創獣を悪用させない為にも《竜》は弱いものだと皆に見せつけなければいけない。辛勝しても「《竜》は強い」「幻創獣は『兵器』になる」ということを広げてはいけない。
ユーマの理想は大舞台で《竜使い》と幻創獣同士1対1で戦い、圧倒的に『ふざけて』勝つこと。馬鹿にした見世物にするのがよかった。
しかし《竜使い》の幻創獣、《皇帝竜》は強い。
ユーマは《じぇんとる・ビーン》をはじめ幻創獣を何度か創ってみたものの、初期IMPが5千以上から1万前後の幻創獣しか想造できない。
黒竜の伝説をモチーフにした《皇帝竜》の初期IMPは約10万。幻創獣は実際に動かしたり戦わせることでイメージを《補強》し、IMPを増加できるので現在の総IMPはそれ以上だというのだ。
今のままでは幻創獣では勝負にならない。ユーマには《竜使い》に勝つ手段が足りなかった。
必要なのは《皇帝竜》に勝てる幻創獣。そして《竜》を無力化する方法。
期限はエースの選定が終わる昇級試験の最終日。あと2週間と数日しかない。
(時間がない。手っ取り早いのは幻創獣のシステムに手を加えることだけど俺は専門外だ。ルックスだけじゃ厳しい。腕の立つ技術士の力が要る。せめて……)
「ティムス達がいれば」
その時、困り果てたユーマの呟きに答える少年がいた。
「呼んだか」
「えっ?」
振り向くユーマ。いたのは茶色で長髪の少年と顔立ちが少年にそっくりなみつあみの少女。
「ティムス? ポピラも」
来たのはエルド兄妹だけではなかった。自警部部長に鎧を着た騎士もいる。
「ったく、自警部にいると聞いて行けば中等部だと? 怪我人を歩かせるな」
「嘘です。もう完治してますよ」
「どうしてここへ?」
元気そうだと安心するユーマ。だがなぜここへ来たのかは疑問だった。
「ブソウ君にリアトリスまで」
「彼らの護衛だ。それにエルド兄妹が狙われた本当の理由がわかった。その確認の為に俺達はここへ来た」
「それって」
「お前がルックスだな」
部長がブソウに問いかけた時、ティムスはルックスと向き合う。
「《竜使い》の弟で幻創獣の生みの親。間違いないな?」
「……はい。それが、ぐぁっ!」
「ルックス!?」
「兄さん!?」
ティムスはルックスを突然殴った。椅子ごと倒れるルックス。
「お前は、お前が創ったモノが何をしたかわかってるのか? ああ」
「くっ、それは」
ルックスは目を逸らす。
「いいか。俺達技術士は技術、魔術、ゲンソウ術全てを駆使してモノを創ることが全てだ。創ったモノには責任を待たなければならないんだよ。おい、報道部の奴。こいつに幻創獣がやった被害件数を教えやがれ。お前は知ってるはずだ」
「タダじゃボクは教えない」
部長は同学年だが年下であるティムスの尊大な態度に口を尖らせる。
「でもルックス君。ティムス君をはじめ幻創獣が模擬戦や訓練以外の場で負傷者を出しているのは本当だよ」
「……」
ルックスにとって無関係でいられない痛い話だった。
「……僕は」
「創ったモノに対する責任だけじゃない。技術士に必要なものは技術よりも自分の作品を預けるにふさわしい使い手を見定める目だ」
ティムスはルックスを見下し、睨むのをやめない。
「肉親だからといってお前は見誤った。幻創獣の価値を貶めたのは使い手じゃない、創り手のお前だ。どうする? 今のお前は技術士として失格だ」
「責任はとります。だから僕はここにいる」
ルックスは初めてティムスと目を合わせた。
「僕にだって技術士の誇りがある。兄は僕が止めます。僕の幻創獣は僕が正しく扱って見せる!」
技術士であること、幻創獣のシステムを自分が創ったという誇りが少年を奮い立たせた。
しばらく睨みあう技術士の2人。
「……ちっ、最初からその目をしやがれ。オドオドしやがって。どのみちお前だけじゃ無理だ。おい、まずはお前の幻創獣を見せやがれ。話はそれからだ」
「ティムスさん?」
「いくぞ。ポピラ、ユーマも来い」
実験室へ向かうティムスにルックスは茫然。
「いったい……」
「馬鹿ですね」
彼女のいつもの台詞。
「迷っていたのでしょう? お兄さんと戦うこと。顔に出ていますよ」
ポピラはルックスに《同調》したのだが嘘をついた。
「あなたの意思を兄は確かめたかったのです。あなたの協力は必要だから」
「ポピラ、力を貸してくれるの?」
ユーマはエルド兄妹の思惑がはっきりとわからない。ポピラは簡潔に答える。
「はい。兄は借りを返したいそうです。《天才》の力、必要じゃありませんか?」
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それから数時間後。
「思考操作の技術は他のものよりも優れているな。これだけ別にして応用すればいいモン創れるぞ」
「腕輪の1つに《封入》、《現像》、《操獣》の3つの術式が付与されています。さらに遺跡の技術を無理やり組み合わせているなんて無駄が多いブースターですね」
「そうか。幻創獣の姿もIM化した時に数値化できるのだから一度創った容姿を崩せば還元して余剰したIMPができるんだ」
「改悪、デチューンてやつだね」
エルド兄妹は幻創獣の仕組みを分析、把握するとルックスと一緒になってシステムの改良をはじめた。
「暇だな」
「そうですね」
「……なんだ、それは?」
「ブショー君。かわいいでしょ」
ユーマ以外の4人はついていけずに待ちぼうけ。報道部部長は暇つぶしに自分の幻創獣を弄っていた。
デフォルメされた黄色いオコジョ。ぼさぼさした髪と眉間に皺を寄せた顔はどこかの苦労人みたいだ。
「とりあえずこんなもんだろ。ユーマ、幻創獣を喚べ」
「わかった」
ユーマは1人実験室の真ん中に立つ。
「これも結局はゲンソウ術だ。肝心なのは基本。分かってるか?」
「大丈夫。前におっさんに聞いた」
「……誰だよ」
幻創獣のシステムは遺跡の技術をルックスがゲンソウ術で修復したちぐはぐなモノ。エルド兄妹はそれを完全なゲンソウ術の術式として組み換え、再構成した。
これにより《幻創》したイメージの再現度、《幻操》による能力のチューニング、そして《現操》での操作性が飛躍的に向上している。今まで以上の幻創獣が創れるはずだった。
「《幻想》は純粋な想いと願い。《幻創》、《幻操》は考える力」
それはゲンソウ術を何も知らなかったユーマが《西の大砂漠》で出会った傭兵に唯一つ教わった言葉。
「そして《現操》、《現創》は信じる力。俺はただ自分の想いを信じて創ればいい」
《幻想》からはじまり《幻創》、《幻操》、《現操》、そして《現創》。ゲンソウ術の基本工程を全て組み込んだ完成型の幻創獣。
ユーマはイメージする。
彼が最強と思うモノは《梟》と《狼》。でもそれとは別にもう1つ。
ユーマは銀の彗星を《幻想》した。
ユーマは信じている。
それは昔見たテレビの中にしかいないヒーローだった。でもテレビはユーマに本物のヒーローを教えてくれた。
凄惨な兄の在り方を知っているからこそユーマは信じたい。
「コメットマン」
室内なのに星が落ちる。
衝突。閃光。衝撃。轟音。
ユーマの目の前には《現創》した銀色に輝く光の戦士。
ヒーロー見参。
「す、すごい。初期IMPが10万と2500!! ユーマさん、これなら」
「ティムス!」
興奮して叫ぶルックスの声にユーマは天才少年を見た。
「この俺が手を貸したんだ、当たり前だ。これでほぼ互角。やるぞユーマ、俺達は勝つ」
「おう!」
戦う幻創獣は決まった。
ユーマはこの先2週間も中等部や自警部の訓練室に籠り、ティムスとルックス、それにイース達と共に幻創獣の訓練を続けた。
報道部が《精霊使い》の失踪を伝え、噂を流したのもこの日からだった。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
《次回予告》
ティムスの協力を得て幻創獣が完成したユーマ。
特訓を続ける一方でユーマは襲撃される仲間たちを守るために動く。
次回「失踪中のユーマ」
「只今自警部は警備強化キャンペーン中です」
「ロープってどこにあるかな?」




