2-12a 幻創獣 前
ユーマVSイース。幻創獣対決
???VSリザードマン。
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むかしむかし、ほんのすこしむかしのはなし。
あるところに仲の良い兄弟がいました。
兄は故郷にある竜の伝説が大好きで、小さな頃は弟によく竜の話をしてあげました。
「いつか本物の竜がみたいな」
それは兄の夢でした。
強くて大きな竜。街の美術館にあった空飛ぶ竜の絵に衝撃を受けた兄は、ふと弟に自分の夢を語りました。
弟は兄が大好きでした。
弟は女の子のようなかわいらしい顔をしていたので昔からよくいじめられていたけれど、兄がいつも守ってくれました。
優しかった兄。兄思いの弟。兄の夢を聞いた弟はいつかその夢を叶えてあげたいと思っていたのでした。
それから。
「……できた。やったぞルックス! まるで伝説が蘇ったみたいだ」
「うん! でもここまですごいものを想造できたのは兄さんのおかげだ」
技術士の少年、ルックスは嬉しかった。故郷にある黒竜の伝説。それを自分の手で再現してみせた偉業は誇れるものだ。
そして何よりも兄が喜ぶ顔を見ることが嬉しかった。
「竜。最強の竜。ボクの、ボクだけの竜。はは、あははははは」
「兄さん?」
「ルックス。これからだ。伝説の竜は最強の存在。こんなものじゃない。俺達で強くするぞ。誰にも負けない最強の竜にするぞ」
「うん」
兄は竜に強い思い入れがある。だから興奮しているのだろうとルックスは思った。でもそれは兄の異変に気付きたくなかっただけかもしれない。
竜を再現したその日。仲の良かった兄弟は少しずつ歪み、すれ違って行く。
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幻創獣
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魔術師系の特殊クラスに《召喚士》というものがあった。過去形である。
召喚士は大量の魔力を媒体に異界から《幻獣》を《召喚》する能力者だ。使役した幻獣の力は精霊以上とされ魔術師系の最強クラスであったと言われている。
しかし世界の魔力が枯渇した現在。400年前からある召喚術の術式は今も残っているが魔力がなくては幻獣を《召喚》することができない。ゲンソウ術で再現しようとも《召喚》の術式自体が未だ研究中であった。
そもそも人は存在するはずの《異界》というものがイメージできず、《幻獣》がどんなモノかもわからなかった。使い手のいない《召喚士》の存在は《精霊使い》よりも稀少、というよりも幻のクラスである。
それが1年ほど前に『幻獣を再現』しようとし、《召喚士》を再現しようとした技術士がいた。
技術士は崩壊した《召喚陣》のある東の遺跡の資料からとある『システム』を見つけた。そのシステムを召喚士の術式とゲンソウ術を組み合わせて修復し、同時に1つの腕輪を作る。
腕輪は修復したシステムと併用することで力を発揮するブースターだった。それは《幻獣》を創り『育てる』という今までにないものだ。
創られた幻獣を《幻創獣》と呼ぶ。初期の幻創獣は小型の魔獣程度であって幻獣と呼ぶにはその能力はかなり低いものでしかなかったが、研究を重ねついには魔獣のなかでも最強種のひとつである竜を想造するに至った。
それは黄金の角と爪をもつ巨大な黒い竜。
竜を創り《幻獣使い》という新たなクラスを創りだした偉大な無名の技術士。
その正体は当時14歳になったばかりの少年だったというが公にされていない。
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「幻創獣はまずゲンソウ術で素体を《幻創》してこの《調整器》で初期能力を設定します」
ルックスはユーマ達に《調整器》と呼ぶ筺体を見せながら《幻創獣》を創る過程を説明した。
「設定を終えた幻創獣は専用の腕輪に《封入》します。腕輪は幻創獣を《現創》して《現操》するためのブースターです」
「……イース君。君はこれ理解できたの?」
「いいえ。俺は与えられた《竜人兵》を使っていただけなもので」
報道部部長、そして実際に幻創獣を扱うイースは説明を聞くことを放棄した。2人にはちんぷんかんぷんな話だったのだ。
「能力設定? 《幻創》した時点で強さなんか決まらないの?」
「いえ。ゲンソウ術を使うのは幻創獣の姿形をIM化するためです。もちろんイメージの情報量が幻創獣の強さを決めるのですけど、IM化しないと遺跡の『システム』に対応できないんです。幻創獣はあくまで遺跡の産物ですから」
ルックスの話についていけるのはユーマだけ。
ユーマは幾つか質問しながら幻創獣の仕組みを理解していく。
「わかった。ゲンソウ術でモンスターのイメージを抽出して『キャラクターメイキング』する。《調整器》はパワーやスピードなんかの能力にボーナスポイントを割り振る『キャラクターエディット』。そして腕輪のブースターは幻創獣という『キャラクターデータ』を『インストール』して実際に操作する『コントローラー』というわけか」
1人納得するユーマ。
「「???」」
「わかったのですか? 僕にもよくわからない単語があるんですけど」
不信に思う3人。そしてユーマはルックスが驚くことを言う。
「要するにゲームだってことがわかった。ふざけてるね、これ」
「なっ、どういうことですか!」
馬鹿にされたと思ったルックス。研究の成果をゲーム(遊び)だと評価されたのは許せなかった。
「ヒトのかたちに捉われない『もう一つの自分の身体』となる幻創獣には可能性がある。なのにゲームだなんて。何がふざけてるって言うんですか」
「人を傷つけるおもちゃだよ。《竜使い》がそうだ」
「……」
何も言えなかった。
「ごめん。でもこれによく似た物が俺のせか……故郷にはあるんだ。自分だけの《アバター》を作って冒険して競い合わせるゲーム。結構好きだったよ」
友達や兄とよく対戦していた。自分のいた世界の事をふと思い出すユーマ。
「あれは仮想だったけど幻創獣は《現創》する。実体を持つ本物になる。イースは誰でも扱うことができるって言ってた。簡単に遊べるゲームの感覚で手にするには大きな力だ。危険すぎる」
ユーマはティムスに重傷を負わせた正体がゲームもどきだとわかって怒りを感じたのだ。
俯いてしまったルックス。兄の事を言われると辛いものがあった。
何も考えず扱うのが簡単だからと《竜人兵》の力を振るい続けたイースもまた沈黙した。
「「「……」」」
重くなる雰囲気。
だがそこは先輩である報道部部長が空気を読んで話題を変える。
「とりあえずさ、ボクにも幻創獣見せてよ。幻創獣の可能性や危険度も実際に見た方がわかりやすいよ」
「そうですね。……ミツルギさん。よかったら創ってみませんか? 僕はあなたの意見が聞きたいです」
「ユーマでいい。わかった」
それから30分後。
「あのうユーマさん?」
「何?」
戸惑うルックス。ユーマは調整器に繋がったヘルメットを被っている。
目元まで覆われたヘルメットはユーマのイメージから幻創獣の姿を読み取る装置だった。
「こんなのでいいのですか? いえどんな姿の幻創獣にしても問題はないですけど」
「そうかな。これ子供向けで人気あったけどな。基本設定だけだけど終わったよ」
「……わかりました」
あとはルックスが腕輪に幻創獣を《封入》するだけ。
「できました。はい」
「よし。それじゃ皆の前でお披露目するか。おーい。イース、対戦しよう」
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練金科棟の実験室。
高等部同様ここは戦闘にも耐える丈夫な構造になっている。
「早速実戦て大丈夫か?」
「まあやってみないとね。いくよ」
ユーマは受け取った腕輪を右腕に付けて(左は白砂の腕輪がある)幻創獣を想造する。すると腕輪が輝いた。光がユーマの足元の傍に移り、幻創獣の形を創っていく。
ゲンソウ術が発動。腕輪に内蔵された幻創獣の《幻想》が《現創》した。
「おおっ……えっ?」
「……なんかでてきたね」
現れたのは小型の幻創獣。大きさはユーマの膝くらいまでしかない。
ひょろっと長い手足を身体から生やしてシルクハットを頭にのせ、ステッキを持っている。
つぶらなかわいらしい瞳に方眼鏡。外側にくるっと巻いた髭を一丁前に生やしたそれはまるで紳士。
「何だそれ……豆?」
でもそら豆。
緑色の身体はソラマメだった。一頭身の、バカでかいソラマメのばけもの。
「できたよ。はは、懐かしいなー。実寸大なんて初めて見たよ」
デザインの大元はユーマの世界にあった子供向けアニメのキャラクターである。ユーマは笑いながらルックスに操作方法を訊ねた。
「これどうやって操作するの? あとこの半透明のスクリーンは何」
「……えーと幻創獣は思考操作です。イメージすれば腕輪にある《操獣》の術式が補助してくれます。あと幻創獣を呼ぶと目の前に出てくるそれは《ウインドウ》と言うそうです。幻創獣の状態や視点を見ることができます」
どうやらこれが遺跡のシステムらしい。半透明のスクリーンには耐久値などのステータスが表示してある。
「HPに必殺技ゲージ? ますますゲームだな。どれ」
とりあえず幻創獣を動かしてみるユーマ。
頭を下げるようにイメージすると、首も腰もないソラマメの紳士はシルクハットを脱いで優雅におじぎをして見せる。
滑稽だった。
「はは、おもしろいや。豆のくせに」
ソラマメの頭を小突くユーマ。実体化した幻創獣は棒のような足では支えきれずころころと転がった。
「へぇ。あれが幻創獣。よわっちそうだね。ボクにも創れるかな?」
「幻創獣の姿は術者のイメージ次第です。ぬいぐるみのようなマスコットも創れますよ」
ルックスは部長に説明を捕捉。
「でも姿形に捉われてはいけません。幻創獣の強さは設定時にイメージした情報量(IMP)できまるんです」
「よーし。イース、やろう」
「おいおい」
乗り気じゃないイース。ユーマの幻創獣はどう見ても弱そうだ。
ソラマメは手にしたステッキを細剣のように持ってステップを踏む。まるでフェンシングの構えのようだ。豆のくせに様になっているのがむかつく。
「イースさん、本気でいってください」
「本気!? 冗談だろ? だって豆だぞ」
ルックスは冗談で言ったわけでない。
「ミツルギさんの幻創獣。あれでも初期IMPが5千あるんです。《竜人兵》の2倍です」
「……まじ?」
IMPは幻創獣をIM化した際の情報量を数値化したもの。イメージの密度が濃いほどポイントは高い。
このポイントを幻創獣の各ステータスに割り振ることで幻創獣の強さが決まる。IMPはゲームでいう経験値やアビリティポイントのようなものだ。
つまりIMPの総量が多いほど基本的に幻創獣は強いのだった。
「冗談じゃない。竜人兵!」
イースも幻創獣を呼ぶ。
リザードマン。
イースの幻創獣は黒みのある鱗に覆われた2メートルを超える身体の上に鎧を着込み、手には偃月刀と円形の盾を持つ。
尻尾はあるが翼はない、竜というよりもトカゲ人間といった感じだ。
「準備できた? ならいくよ。《じぇんとる・ビーン》!!」
「名前あるのかよ。幻創獣同士なら俺に分がある。できたばっかりの豆に負けるか。いけ!」
正面からぶつかり合うリザードマンとソラマメ。
「は、はやい!?」
リザードマンの剣をソラマメはしゃがみ込んで躱した。2撃目はシルクハットを手で押さえながらひょい、と身軽にジャンプする。
「隙あり」
ソラマメがステッキでリザードマンの額を突く。直撃したリザードマンの耐久値の1割を削った。
「くっ、油断しただけだ。切り刻め」
「必殺、エレガント・ローリング!!」
偃月刀を振り回すリザードマン。ブンブンと唸る剣は並の力ではない。
対するソラマメの紳士は手足を引っ込めて転がった。
どこがエレガントなのかわからないが歪な楕円形の体を活かして不規則にころころ転がる。弾力があるのか時折大きく飛び跳ねて狙いを絞らせない。
ソラマメは勢いよくリザードマンの頭を跳び越えた。そして鎧の継ぎ目にステッキの曲がった部分をひっかける。
「よいしょーー!」
さらには背負い投げの要領で引っかけたステッキを振り下ろし、リザードマンの巨体を投げ飛ばして床に叩きつけてみせた。
「すごいね。人の動きじゃないよ」
「豆ですよ。あれ」
幻創獣同士の対戦を観戦する部長とルックス。
「イース君の幻創獣は強そうだけど動きが素人っぽいね」
「思考操作は術者のイメージが大きく反映されるんです。魔術師のイースさんに剣の心得があれば竜人兵の動きも多少違ったでしょうけど」
実は《グナント竜騎士団》の幻創獣は竜といいながら人型のものが多い。思考操作が容易だからだ。
「それじゃあミツルギ君は? 彼もあんな奇抜な動きができるのかな?」
「まさか。でも初めてであれだけ動けるのは不思議です。それにIMPの初期値の高さ。ユーマさんはあの幻創獣にどれだけのイメージを注ぎ込むことができたのだろう?」
アニメ1クール分だった。
ユーマの幻創獣はアニメのキャラクターそのもの。コミカルな動きはユーマがアニメで見たままを再現したものだ。
魔獣がいても擬人化したキャラクターなんてないこの世界では存在自体が意表を突くものである。翻弄されるイースの竜人兵。
「3割切った。あと少しで勝てるぞ」
ユーマの方はまだ8割以上残っている。HPゲージを見ると一方的な展開だった。
「くそ、初心者に使いたくなかったけど負けるよりましだ。喰らえ」
イースは5つまで溜まったリザードマンの『必殺技ゲージ』を1本消費。
するとリザードマンは口を大きく開けて《火球》を放つ。
ソラマメに直撃。
「ちょっ、幻創獣って術式使えるの? えっ!?」
「必殺!」
動きを止めたソラマメにリザードマンが急接近。今まで見せた動きではない。
「竜波斬」
さらに必殺技ゲージを2本消費。リザードマンの剣は青く輝く光の軌跡を残しながら一閃。
ソラマメの幻創獣は目を×にして真っ二つに割れた。
「……俺の勝ちだな」
「待てって。なんだよあれ。反則じゃないの?」
イースに文句を言いたいユーマにルックスが止めに入る。
「ユーマさん。落ち着いてください。イースさんのあれは《必殺技》。幻創獣はIMPを消費して最大3つまで必殺技を設定できるんです」
「というわけだ。反則じゃないぜ。もしかして《精霊使い》に初めて勝ったのは俺じゃないのか」
イースはあははと笑う。初心者相手に必殺技のコンボを使ったことは大人げないような気もするが。
「……もう1回」
「は?」
「対戦ものは先に2本取った方が勝ちなんだ。だからもう1回」
「やだね」
イースは逃げた。ユーマは追いかける。
「ミツルギ君、絶対に遊んでるよね」
「……ええ。でもユーマさん言ってました。僕が修復した遺跡のシステムは本来対戦ゲームだったんじゃないのかって」
対戦を楽しんでいた2人をみるとそう思ってしまうルックス。
「幻創獣の在り方か。僕は間違っていたのかな」
「いいや。君は間違うどころかまだはじまっていない。今の幻創獣は《竜使い》だけのもの。君のものじゃない、利用されてるんだ」
報道部部長は思う。ルックスはまだ子供だ。もしも彼の兄以外にこの少年を導いてくれる誰かがいれば、幻創獣は竜ではないもっと素晴らしいものになったのだろうと。
「とにかく、君のお兄さんを止めよう。それからでもゆっくり考えればいいさ。ルックス君が信じる幻創獣の可能性をさ」
「……はい」
ルックスはユーマ達に協力すると兄の話を聞いてすぐに約束した。
迷いはある。はっきりとした形で兄と敵対することになるのだから。でもルックスは決めたのだ。
学園で間違った道を進もうとする兄と幻創獣を止めるために。
「イースもう1回! いや待て。ルックス、幻創獣の再設定お願い。必殺技つけて」
「あっ、やめろ。ずるいぞ」
「「……」」
すべては《精霊使い》の手にかかっている。
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