0-03 推薦状
再び救護室から
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推薦状
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ベッドの上で目を覚ますユーマ。
首を振り視線を横に向けると、隣のベッドで名前を知らない生徒が泡を吹いて唸っている。
ここは救護室のようなところだろうか。白い部屋。……最近お世話になったような気がする。
「……何がいけなかったんだろう」
「全部よ」
起き上がり振り向けばエイリーク達3人が座ってこちらを見ている。
ユーマはエイリークに話しかける。
「エイリークさん。あの、どうして俺は吹き飛ばされなきゃならんかったのでしょうか」
まずは同じ質問から。
「ツッコミよ」
エイリークさん、即答。
「……まあ、いいや。あとで彼には謝っとけよ」
「それはアンタのせいでしょうがあーーっ!」
「うるさいですわ、ウインディさん」
怒鳴る幼馴染をおさえてアイリーン。
「それよりユーマさん、大丈夫ですか? 1時間も気絶していたのよ?」
「ありがとうアイリーンさん。ツッコミだから大丈夫」
「……」
気絶するツッコミなんてない
アギは隣のエイリークが怖くて言えなかった。
「とにかく、起きたならさっさと行くわよ。さっきの事で先生達に呼ばれたの。私たちも一応関係者だから付いて行くわ」
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しばらくして4人が向かったのは職員室。ではなくて学園長室。
もちろん学園の1番お偉いさんのいるところだ。流石にユーマも緊張する。
「やっぱり俺、悪いことしたかな」
「『立会人なしで正式な手続きをしない決闘』『部外者の生徒への暴行』あと『校舎の壁の破損と中庭の花壇の被害』どれも大事よ。」
さらには学生でもなく入園手続きを済ませずここにいるユーマは不法侵入者だった。
「いや、最後2つは俺だけのせいじゃないぞ」
「うるさい。だから付いてきたじゃない。……失礼します。高等部2年のエイリーク・ウインディです」
――はい、おはいりなさい
奥から穏やかな声が聞こえる。4人は部屋の中に入る。
学園長室は落ち着いた雰囲気のある部屋だった。
アンティークってこういうんだろうな、とユーマが思う調度品の数々。日差しを遮るやわらかなカーテン、大きなソファ。
部屋の奥にいるのは2人。
椅子に座っているのは気品のある老婦人。隣には背の高い魔術師といった風体の男が立っている。
老婦人が声をかける。
「いらっしゃい。エイリークさんにアイリーンさん、アギさん。それとユーマさん。私が当学園の学園長を務めています、イゼット・E・ランスです。お隣はですね、今期高等部2年生の学年主任をお任せします魔術科のオルゾフさんです」
「よろしく頼む」
手短に挨拶をするオルゾフ。アギが口を挟んだ。
「あのー学園長。俺の事知ってるんですか」
「もちろんですよ。あなたの《盾》、おもしろいですね。あなたのような工夫を凝らす生徒は大歓迎です」
褒められたので照れるアギ。
「そうそう。あなたは今日の進学式は無断欠席したけれど今回は事故みたいだから仕様がないわ。成績の減点は免除しますよ」
「本当ですか!?」
アギ、よっしゃあ! と心の中で叫ぶ。
「学園長」
「はいはい。本題に入りますね。ええと、ユーマ・ミチュルギさん」
ミツルギです、ユーマで結構ですよ、とユーマは訂正。
「はい。ではユーマさん。中庭でおきた決闘の件なのですが」
「あれは事故です。自分が滑って転んで彼を巻き込んだ挙句、気絶させてしまっただけです」
ユーマ即答。隣のエイリークに頭を叩かれる。
「……そうですか。実は先程その生徒さんが目を覚ましたそうですけど……打ち所が悪かったのかしら? 何も覚えてないそうなの」
(よし!)
(狙ったのですかー? 酷いですねー)
幻聴は無視した。
「ですのであなたから事情をお聞きしたかったのですが……事故ですか。わかりました。今回の件はそのように処理します」
あなたの目は嘘つきの目じゃありませんからね、ふふ、と学園長。
ユーマ、ちょっぴり罪悪感。
「壁の破損等の修理費は学園で持つ。このくらいは日常茶飯事だ。しかしウインディ、中庭はお前の仕業だな。《旋風剣》の制御が甘い。周りを巻き込むな」
「……はい」
オルゾフが補足する。エイリーク、バツが悪く苦い顔。
「では学園長。ご用件は以上でしょうか」
「いいえ、アイリーンさん。もう1件だけ。……ユーマさん」
あらためて少年を見る学園長。
「実はあなたに当学園への推薦状が届いています」
「はい?」
突然の話に驚く4人。一体誰が? という疑問。もしや風森の姉姫かと思われたのだが。
「受験生や編入希望の方の中にあなたの名前はありませんでしたので何かの間違いと思ったのですが……。推薦者は《雷槌》のキリンジさんです」
「オッサン?」
「「「はああっ?」」」
予想外の人物の名前にユーマを除く3人はただ叫ぶしかなった。
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《雷槌》のキリンジは一流のハンターだ。
彼のランクはA。学園の評価基準ではない、世界ランクでのA。
学園の卒業生は大抵Dランク、最優秀生徒でもよくてCという評価基準では世界に7人しかいないAAランクを除いて彼は最上位に位置する。
褐色の肌に金の短髪、厳つい風貌。巨漢と言えるその体格は腕回りだけでもユーマの3倍近くあったはず。
習得の難しい雷属性の術を駆使した近接格闘では敵うものなく、素手で鋼属性の甲殻竜の額すら割るといわれる。
ユーマが彼と出会ったのは《西の大砂漠》。そのど真ん中だった。
「どうして推薦状なんて」
「推薦状にはこう書かれています」
学園長は要約して読み上げる。内容はこうだ。
“入学試験に間に合わなくても、もし彼が現れたのなら力を見てやってほしい”
“彼は私のハンターとしての誇りを取り戻してくれた。目標を与えてくれた。感謝しきれない”
“今すぐ私のギルドにきて欲しいのだが彼には何か目的があるようだ。力になってほしい”
“彼の実力は私の二つ名、《雷槌》に懸けて保証する”
「最後にあなたに出会えたなら、『…今度会うときは私の成果を見せよう。楽しみにしてくれ』と伝言まで預かっています」
「「「「……」」」」
ユーマをベタ褒めしてある。しかし当の本人はそこまでしてもらう覚えがない。
「……アンタ、何したのよ」
「いや、ちょっと待って。思い出すから」
ユーマは回想する。
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最後の最後で襲われた巨大な甲殻竜の群れを突破し、《西の大砂漠》を越えたユーマとキリンジ。
「俺、まだ生きていられてよかった。もう、なんかありがとう!」
ここまでの道程で何度も死にかけた。それでも生きていることを何でもいい何かに感謝、感動したユーマ。
上機嫌でとっておきの飯を振る舞うと恩人であるキリンジに約束した。
近くの集落で砂漠の民の少年から飯を奢ることを約束に食材を分けてもらい、そして作ったとっておきの料理。それは、
カレーライス
……何故ユーマがカレーのルーを持っていたのかは割愛する。
カレーはうまい。カレーにハズレはない。外で食うカレーは最高だ。
「……うまいな」
キリンジは寡黙な男だ。
彼の声には深みがあり、口数少ない言葉の中にあるのは大事なことと本当のことしかない。
短い付き合いだがユーマもそれは知っている。
「そうだろ。でももう作れないんだ。カレーのルーないし……きっともう手に入らないから」
カレーは20皿分すべて平らげた。
内訳はユーマ3、砂漠の民の少年5、キリンジ12である。
「……すまないな」
「いいんだ。カレーはやっぱり大勢で食べないと美味くないし」
ユーマは夜空を見上げる。
――こんなふうに腹いっぱいに飯食うのも久しぶりだ。ああ、生きるって素晴らしい
「……ルゥ、というのは作れないのか?」
カレーにご執心のキリンジは訊ねる。
「いや、ルゥじゃなくて要はカレー粉を作ればいいんだ。複数の香辛料を混ぜたものなんだけど、どの香辛料がどれだけいるのかがわからない」
そもそもユーマは『この世界』の香辛料がどんなものか知らなかった。
「……そうか」
「どうせならオッサン、探してみない? ハンターて別に怪物退治が専門じゃないんでしょ? 『ハンターは世界を巡る探究者』ってシアさん言ってたし」
一流なんだろ? カレー粉作ってくれよ、と割と無茶言うユーマ。
「……」
キリンジは顔には出さないが驚いている。
探究者。世界の謎を探り究める者。
ハンターになってから今まで魔獣狩りばかりだった彼が忘れていた言葉。
ハンターの、もうひとつの在り方。
「……そうだな。そのときはお前も一緒に来るか?」
「そうだね。でも俺やることあるから。まずは学園に行かなきゃ。間に合うといいけど」
「……そうか」
会話はここまで。
2人は各々で星を眺めて夜を過ごした。
「……カレーは香辛料……南か」
この時キリンジが珍しく笑っていたのをユーマは知らない。
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回想おわり。
「……カレーか?」
思い当たる事をかいつまんで説明するユーマ。
(あのオッサン、カレーを探す気だ)
カレーに目覚め、カレー粉を求めて世界を巡る探究者、《雷槌》キリンジ。
彼はユーマが学園に向かう理由を知らなかった。
(きっと勘違いしたんだろうな。ただのおつかいだったのに。……命懸けになったけど)
「カレーとはまさか……400年前の勇者が書き残した手記、《ぼうけんのしょ》の第2巻、19ページにある《カレー・ライス》。これは料理のことだというのか!」
「……」
(オルゾフ先生、カレーに食い付き過ぎです。しかも《ぼうけんのしょ》てどこのゲームですか)
「《雷槌》の認める力。貴方はいったい……」
「……」
(生き残るのに必死だったんです。あの時の甲殻竜は全部オッサンが倒しました)
「そもそもなんで《西の大砂漠》なんかにいたのよ」
「……」
(その記憶は封印した。……迂回して北の国を廻るよりはショートカットになると思ったんだよ)
「すげーな。ユーマ、いつそんな有名人に会ったんだ。あの集落にいたんだろ?」
「――!」
(お前は! 一緒にカレー食ってたろうが!)
砂漠の民の少年ことアギはあのときカレーに夢中で食べるだけ食べて満足すると、すぐ1人で寝たのだった。
「いいですか?」
学園長が話を戻す。
「疑問は解消したかしら。それでですね、エイリークさん」
「はい」
エイリークは学園長に向き直る。
「ユーマさんはあなたの召使いだそうね。どうでしょうか? 彼を学園に通わせてもいいのかしら」
別に私のじゃありませんけど、とエイリーク。
「キリンジさんの推薦ですもの。もし学園へ編入するならば、彼を特待生として扱います」
「……」
エイリークはユーマをチラッと見る。それから静かに目を閉じた。
(勝手に決めていいものかしら?)
国王と姉姫のことを考える。
(父さまならどうするだろう? 姉さまはアイツのこと勝手に決めたらちょっと拗ねると思うのだけど……)
風森の国は彼に恩がある。彼がしてくれたことを思えば彼を束縛する権利なんて……ない。
(どちらにしてもアイツの厄介事はアタシの方に来るのよねきっと。そう、アタシはついていないのよ)
諦めがつくと自然と頬が緩む。その表情を引き締め、エイリークは目を開ける。
翠の瞳、風森の色。
「私は、いえ《風森》は彼の意思を尊重します」
ユーマに視線が集まる。ユーマは少しだけ考えて返事をした。
「……わかりました。俺を学園に入れてください」
頭を下げる。
「はい。わかりましたユーマさん。ではあなたには編入試験を受けてもらいます」
「え?」
一応決まりごとですから、と学園長。
「編入試験は筆記試験と実技試験の選択式です。お好きなほうを選んでください」
「学園長、そのことですが……彼が中庭で倒した生徒。ギリギリの成績ですがランクAの3年生でした。これを踏まえて実技試験はパスにしようと思うのですが」
あら残念ね、と学園長。
先生、あれは事故なんです、と白々しくもまだ誤魔化そうとするユーマ。
「……学園長。よろしければ彼の実技試験の相手、実戦形式で私にやらせてもらえないでしょうか?」
「アイリィ!?」
申し出たのはアイリーン・シルバルム。
驚いたユーマの顔は彼女の真剣な瞳の中に映っていない。
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