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幻創の楽園  作者: 士宇一
第2章 後編
48/195

2-11a 取調室 前

 

 +++

 

 

 イースという少年がいる。リーズ学園の生徒だ。

 

 どこにでもいそうな普通の少年。変わったところがあるとすれば、それは彼がとある《騎士団》に所属していたことくらいだろう。

 

 

 学園でいう《騎士団》の結成は《Aナンバー》の特権の1つ。

 

 エースは任務や研究の為に有志を集めてチームを創ることができる。学生からなる騎士団はエース直属のエリートである。

 

 ただしどのエースも騎士団を持っているというわけではない。規模も大小の差がある。

 

 たとえば自警部部長であるブソウはそもそも必要ない。ティムスの場合は研究室の提供と補助金狙いで妹のポピラを助手として雇い、『エルド兄妹』というたった2人だけの騎士団を結成していた。

 

 

 イースはそんな騎士団の中でも大規模な団体、《グナント竜騎士団》に所属していた。

 

 学園のトップであるエースに勧誘されて舞い上がっていたのは最初だけの話。

 

 傲慢な団長である《竜使い》の下で働くことは自慢できるようなことをするわけでなく、むしろ後ろめたいことばかりで嫌気がさしていた。

 

 《幻創獣》という大きな力を与えられ捨てることができなかった彼は《竜使い》に逆らうことができず、ずるずると命令に従い続けた挙句、最後は団長に見捨てられた。そんな不幸な少年。

 

 

 

 

 そんな彼は今、十字架にかけられている。

 

 

 

 

「は?」

 

 目が覚めると身動きが取れない状態。おかしい。

 

「何故だ? 俺は確か自警部に捕まって……」

 

 覚醒したばかりの頭で考えるイースの耳に叫び声が届く。

 

「う、動けない」

「何だよこいつら」

「俺が、俺達が何をしたー!」

 

 仲間だ。汚いことに手を染め、共に団長に見放された同志。彼らもまた十字架に磔にされている。

 

「お前たち!」

 

 地獄の光景。

 

 目の前には百人もの兵が武器を持っており、その先頭で覆面の男が悪魔を従えて楽しそうに穴を掘っている。

 

「ざくざくほいほい、ざくざくほい」

「ひとをーのろわばーあなよっつー」

「……」

 

 穴を掘る覆面の隣で歌う羽付きの小さな悪魔。その隣では貌を隠した金髪の悪魔が踊っていた。

 

「な、なんだよこれ? お前は誰だ!!」

『……目覚めたか。罪人よ』

 

 こちらを振り向いた覆面は穴を掘っていた時と違いまるで王のような威厳のある声を出した。

 

「ざ、罪人だと?」

『《竜使い》の悪事に加担した貴様等の罪は重い。よって』

「もやしてーうめてー、ちきゅーにー、かえれー」

 

 

 燃やせ、モヤセ

 

 還れ、カエレ

 

 

 地獄の兵士が悪魔の歌にあわせて武器を鳴らし、唱和する。まるで何かの儀式のようだ。

 

『助かる道はただひとつ。ブソウ様に隠しごとをせず全てを話せ。さもなくば』

 

 

 燃やせ、モヤセ

 

 還れ、カエレ

 

 

「ブソウだと? お前たちはまさか自警部なのか!?」

 

 

 ブソウ! ブソウ!

 

 

 部長を崇め讃える兵士達は神の名を叫ぶ。

 

 イースは信じられなかった。学園を守る治安組織がこんな怪しい宗教団体だったなんて。

 

「……へっ、冗談だろ? 正義の自警部様がこんな脅しをかけるなんて」

 

 イースの仲間の1人が青い顔で虚勢を張る。

 

「そ、そうだ。俺達は屈したりしないぞ」

 

 声が震えていた。拘束され武装した連中に囲まれているのだ。怖いものは怖い。

 

『屈しないでどうする?』

 

 覆面は罪人に問う。

 

『《竜使い》はあの時、貴様等を置いて逃げ出した。見捨てられたお前たちを誰が助けてくれる?』

「……畜生」

 

 4人は答えられなかった。

 

「司祭様」

 

 兵の1人が覆面に近づき声をかける。

 

「まもなく神がこちらへ。時間がありません」

『そうか。ならば』

 

 覆面は手にしたスコップを地面に突き刺した。同時に4つの十字架がずぶずぶと沈み始める。

 

「ヒッ」

『聞こう。我が神、ブソウ様に全てを話すと約束できるか?』

 

 覆面は金属板から火を出す変わった松明を持っている。

 

 

 モヤセ、カエレ

 

 ブソウ! ブソウ!

 

 

 地獄の兵士が足並みを揃え、一歩ずつゆっくりと包囲を狭めて近づいて来る。

 

「わ、わかった」

「話す。話すから」

「頼む!」

「ブソウ様、万歳!」

 

 必死の命乞いを聞いた覆面は満足して口元に笑みを浮かべた。

 

 

『その言葉、忘れるなよ。……引っ立てい!!』

 

 

 

 

 こうしてイース達4人は十字架に磔にされたまま、再び自警部へ連れて行かれた。

 

 +++

 

 

「お疲れさまでした。今日の朝礼はこれで終了とします。皆さん、お勤め頑張ってください」

 

 覆面を被ったまま男は自警部の皆に礼を言って解散を告げた。

 

 

「ふう。さあ、急いで片づけしないと」

「かみさまがきますよー」

 

 小さな悪魔の言うことは遅かった。

 

 

「何をしていた?」

 

 

 怒れる神があらわれた。

 

 覆面の頭を背後から掴む。掴まれた頭がミシミシと軋む。

 

『おお、お許しください、ブソウ様』

「……何の冗談だ」

 

 自警部部長、ブソウ・ナギバは覆面の男、ユーマをしがみつく風葉ごと掴みあげて放り投げた。

 

「ぐぇ」

「ぷぎぇ」

「変装に《変声》までしてお前は朝から何をしていたんだ」

「いや、今日あいつ等を尋問するんでしょ。スムーズに行うためにも自警部の皆さんに協力してもらって誰もが素直になる儀式を……ぐぇ」

 

 今度は吊るし上げ。

 

「それがあれか。誰が神だ。聞いたこともない宗教をでっちあげて脅迫など朝からふざけるのも大概にしろ」

 

 ブソウが見たものは昇り旗。『天下無双薙刃神教』、『信者募集中』と達筆で書かれている。

 

 薙刃神教とは自警部部長にしてエース、《一騎当千》のブソウを武神として崇め、その武にあやかる宗教団体だ。自警部を中心に武人を自負する生徒に広がりつつある。

 

 というのは嘘でもちろんそんな宗教はない。

 

「神様っぽい何かがないと説得力がないでしょ。何でもよかったけどブソウさんが東国のとある武神を奉る神殿の家柄だって聞いたから……」

「……どこで聞いた?」

 

 ブソウは苦い顔。ブソウの家系はアギも知らないはずだ。

 

「それにどうやって自警部を動員した? こんな悪ふざけができる権限がお前にあるわけがない」

 

 嫌な予感。可能性があるのは《Aナンバー》をはじめ厄介な数人しかいない。

 

「それはボクだよ。神様」

 

 声をかけたのはユーマを司祭と呼んだ兵士。兜を脱ぐ。女生徒だ。

 

「やはりお前かディ……」

「ちょっとまったぁ! ブソウ君。ボクの名前呼ぶの禁止。ミツルギ君にタダでボクの情報を提供するのはナシ! 情報はお金。お金とらなきゃもったいない」

 

 ショートカットにカシューチャ。活発な印象をもつ彼女は学園一の情報通にして守銭奴。

 

 報道部部長。

 

 名前は本人が出し渋るので非公開。彼女ならば自警部を動員することは容易い。主に脅迫や懐柔での話であるが。

 

「部長さん。協力ありがとうございます」

「うん。こっちも楽しかったよ。ブソウ君絡みのネタって少ないんだよね。布教活動は任せて司祭様。報道部ウチの噂先行部隊は優秀だから」

「……」

 

 頭痛がするブソウ。彼女がユーマと知り合ったのは多分今朝のはずだ。

 

「きっと自警部の結束に一役買いますよ」

「そうだね。『セレス教』や『美少女信仰』にも負けない学園一の宗教にしてみせるよ」

 

 もはやそれはファンクラブの類だった。ブソウの頭痛は酷くなる。

 

「何故そんなに気が合う? それにお前、どうしてミツルギに協力する?」

「もしかして嫉妬? そんなわけないか。理由は1つだけ。君はミツルギ君に力を貸すと言ったんでしょ?」

 

 そこで言葉を一度区切ると報道部部長の彼女は意地悪そうな笑顔をブソウに向ける。

 

 

 

 

「だったらボクも彼に協力する。それだけだよ」

 

 

 +++

 取調室

 +++

 

 

 自警部本部。その取調室。

 

 

 《竜使い》の元騎士団員の4人は『精霊使い襲撃事件』及び『ティムス・エルド暴行事件』に関する重要参考人として自警部部長自ら取調べを行うことになった。

 

 ブソウはユーマと報道部部長を同行させることをやめた。今朝の件から2人がやりすぎることを危惧したのだ。

 

 捕まえた4人はブソウの顔を見て酷く怯えていた。喋ろうにも声が震えて上手く話せないらしい。

 

 そんな彼らに様付けで呼ばれたブソウは頭が痛い。

 

 

「ブソウさん。このスコップどこに片づけたらいい?」

 

「ブソウ君、今朝の写真だけどこれ新聞に載せていいかな?」

 

 

 はかどらない取調べに業を煮やしてたユーマと報道部部長。突如乱入して彼らのトラウマを刺激してはとどめを刺してパニックに陥らせる。

 

  

「……頼むからおとなしくしてくれ」

 

 

 混乱する取調室。ブソウは彼らを落ち着かせ、宥めすかせるのに秘蔵のプリンまで捧げた。

 

 +++

 

 

 プリンの甲斐あってそれから取調べは順調に進む。

 

 

「お、このプリンはこの前ボクが教えた店のやつだね。相変わらずチェックが早いなあ」

「取調べといったらカツ丼が定番だけどプリンもなかなかいいな」

「かつどんて何? 君の国の習慣なのかな?」

「何故お前らまで食べる」

 

 1箱6個入りのプリン。取調室には7人。

 

 ブソウは心で泣いた。

 

「……もういい。確認するぞ。今回の事件は《竜使い》、ユウイ・グナントの独断であって生徒会長は関わっていない。そうだな?」

「は、はい」

 

 4人の代表としてイースは答えた。

 

「俺達はやりすぎたんです。団長、いやアイツは騎士団を大きくしすぎました。多分『グナント竜騎士団』は自警部の次に大きな勢力のはずです」

 

 学園の生徒総数はおよそ3千人。その内1200人が普通科などの非戦闘系で600人が技術士系である。

 

 戦闘系の戦士・魔術科の生徒は約1200人。その中で戦闘員の数を誇るのは生徒会公認である自警部の約300人のはずだった。

 

「竜騎士団の勢力は約200人」

「ちょっと待って。ボクの情報、というより生徒会への申告書は確か62人と記載してたはず。3倍も違うじゃない! それに200人全てが戦闘員なの? だとしたらおかしい。自警部を除いた戦闘系の生徒2割以上が《竜使い》側にいることになる。嘘よそれ」

「あいつにそこまでの人望があるとは思えんな」

 

 イースの言葉を信じることができない部長2人。

 

「普通科など他の科から人を集めてるんです。戦闘系の生徒は申告書通りだと思います」

「一般生徒だと?」

「そうです。俺の隣にいるアルス、彼も普通科です」

「はい」

 

 アルスと呼ばれた少年は証拠に生徒手帳を見せた。

 

「本当だね。ボクも事前に調べた時、彼のことは間違いじゃないかと思ってたんだけど……普通科から召集か。盲点だったよ」

 

 報道部部長は自分の情報網に穴があったことを悔やむ。

 

 それから何故騎士団に入団したのか4人に取材した。

 

「報道部は俺達の事調べたんですよね。だったら知ってるはずです。俺達が落ちこぼれの生徒だってこと」

「……うん。そうだね」

 

 イースは高等部魔術科の2年生。ただしランクはD。中等部レベルの評価である。

 

「3年で卒業を迎えたいのなら最低でも今年1年でランクBまで昇らないといけない。でも見込みがなかった。普通科に転科願いを出そうかと思ったくらいです」

「……」

「そんな俺達に《幻創獣》、竜の力は魅力的だった。あれを手にするだけで力を得ることができるのだから」

「あの腕輪型のブースターか?」

「そうです。ブースターに分類するならあれはインスタント型。使いこなすことは容易なんです」

「だから普通科の俺でも《幻創獣》は扱える。……俺は戦闘向きじゃないと言われて諦めていたけど戦士になりたかった。そんなときにあの《皇帝竜》を見た。あの巨大で力強い竜を見て、その力が俺でも使えると言われたから」

 

 魅せられ惹かれた。

 

 アルスはイースの言葉を引き継ぎ、そう答えた。

 

「なるほどね。皇帝竜は力の象徴か。薙刃神教よりもわかりやすいね」

「おい」

「本当のことだよ。すがることのできる力は弱い人にはとても魅力的で手に入れたくなるものだよ。それを拒むことができる人は芯の強い本当の強者だけ。もしくは自惚れの馬鹿くらいかな」

「……」

「それはともかくブソウ君。《皇帝竜》じゃない普通の《幻創獣》はどのくらいの力なの?」

 

 話を本題に戻す。

 

「なんとも言えんな。実際に戦ったのはミツルギだが相手にならなかったからな。ミツルギ、どう思う」

 

 初めてユーマに発言の機会がまわってきた。

 

「ランクC。でも1対1ならリュガは勝てると思う。でも問題はそこじゃない」

 

 ユーマは考えていた。もし自分が《幻創獣》を率いて指揮をとるならどう運用しようかと。

 

「幻創獣は思った以上に汎用性が高い《兵器》のはずです。竜のかたちを模倣しても実際は人型なんかの亜種族のモンスターなんだ」

 

 たとえば。

 

 リザードマンは重武装が可能な強靭な前衛型。

 

 竜牙兵は骨だけあって軽量化された敏捷性の高い軽戦士。

 

「空を飛ぶワイバーンもいましたよね。制空権をとれるだけで圧倒的に有利なんです。飛竜だけじゃなくて水竜や地下に潜ることができる奴、足の速い騎馬の変わりになる竜なんかがいれば戦術の幅は人なんかよりも幅広い」

 

 もう1つ懸念することがあったが、ユーマは《幻創獣》を知らないため確信が持てないので口に出すことをやめた。

 

「そんな竜が200体」

「数はこちらが上でもグナントがしっかりとした編成を組んで指揮系統と戦術を確立してしまったら……」

 

 反乱を起こせば学園の治安が覆るかもしれない。

 

「会長派から独立しようとするわけか。イース君、君は幹部の1人だよね。生徒会長の動向分かる?」

「すいません。幹部と言っても俺は末席なんです。そこまでは」

「そっか残念。どうする? ブソウ君」

 

 報道部部長はブソウに問う。その目は何か楽しそうだ。

 

 ユーマとしてはこれ以上情報が得られなければ幻創獣の事を詳しく聞いてみようと思ったのだが。

 

 

「そうだな。これ以上はお前達から聞きだせることはないだろう。だったら」

 

 

 ブソウは報道部部長を睨む。彼女を呼んだのは元々彼だ。彼女は学園一の情報通。情報の独占はしないが情報の価値を理解し、代価を求める守銭奴。

 

 

 

 

「知ってる奴から聞きだせばいい。茶番は終わりだ。報道部の情報、すべて吐き出せ」

 

 +++

 

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