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幻創の楽園  作者: 士宇一
第2章 後編
46/195

2-09 自警部

ユーマVS《竜使い》。第1回戦。

 

 +++

 

 

 反撃開始。 

 

 ユーマはリザードマンを殴り飛ばしたあと、砂の腕を風で分解して《砂塵》を生み出す。

 

 

 未知の敵を前にして有利に戦う為には相手のペースに乗らないことが重要だ。

 

 ただでさえ1対5という状況。(ブソウ達は中立と判断した)ユーマは《全力》で押しきることにした。

 

 

「まずは空を飛んでるヤツ。浮いてるわけじゃないんだろ。落ちろ!」

 

 砂塵の竜巻に飲まれ、暴風に翻弄される2体の飛竜。視界を遮られた覆面達は幻創獣に指示を出せないでいる。

 

「セイッ」

 

 ユーマは《守護の短剣》を逆手で一気に抜刀。振り上げる。

 

《風閃刃》

 

 鋭い風の刃が一閃。

 

 居合いのイメージで放たれるカマイタチは上空にいる飛竜の翼を容易く切り裂いた。

 

「砂更!」

 

 竜の牙でできているといわれる骸骨兵の足を砂の腕が掴み、地面へ引きずり下ろす。

 

「骨は埋まってろ」

 

 竜牙兵はジタバタと抵抗するが砂の腕が引きずる力の方が強く、容赦なく地に沈む。

 

 

 瞬殺。耐久値を上回るダメージを受けた4体の幻創獣は姿を維持できずに霧散した。

 

 

「あとはアンタだけだ。まだやるか?」

 

 ガンプレートをユウイに向ける。

 

「……フン。そのくらいで勝ったつもりか? カイゼル・バースト!」

 

 皇帝竜が再び熱線を放つ。ユーマは《ストーム・ブラスト》で対抗。イメージを追加して《補強》する。

 

「喰らえ、喰らえ竜巻よ。砂を食らいて血肉となせ」

 

 大量の砂を飲み込み、1匹の砂の魔獣へと化身した《ストーム・ブラスト》は、熱線をその巨大な口で喰らいながら黒い竜へと襲いかかる。

 

 

「喰らい尽くせ、サンドワーム・ブラスト!」

 

 

 ぶつかり合う竜蛇と皇帝竜。


「竜だと? いや違う! そんな砂の化物に皇帝竜が力負けするはずない!」

「これでも押しきれない。それならっ」

 

 均衡状態を打ち崩すべくユーマは『増設』されたガンプレートのスロットにカートリッジを差し込む。

 

 

 エルド兄妹によって改造・調整された新しいガンプレート、《レプリカ2》は2つの機能が追加された。

 

 1つはガンプレート本体に風属性の属性強化が付与されたこと。ユーマの主力である風葉の魔法を補助する本来の《ブースター》としての機能が加えられた。

 

 もう1つはツインカートリッジに変更したことだ。

 

 これによって火、水、雷のような『属性IM』と斬撃、放射、爆破などの『術式IM』の組み合わせによる複数の魔法弾を扱えるようになった。

 

 ただし、既知の術式ならばユーマは属性IMのみで魔力弾を再現することができる。複雑な機能を追加したのは、《レプリカ2》がユーマ以外の誰でも扱うことができることを目的とした量産型の試作品だからだ。

 

 

 そして《レプリカ2》だからできることもある。

 

 

「オーバーブースト!!」

 

 

 ブースターとはイメージ補強の為のアイテムであるが、用途によって組み込まれる補助術式が違う。例えば属性の威力増加、発動速度の強化などで。

 

 そしてブースターは特定の術式の発動を補助することに特化した《インスタント》などの派生形も存在する。ユーマが追加して差し込んだカートリッジは《イグナイター》と呼ばれる魔石を使用することで術式の威力を瞬間的に増幅させるものだ。

 

 

 《レプリカ2》は魔法弾の換装に加えてブースターとしての機能の追加・換装を可能にした。

 

 

 大気が爆発する爆音が響く。

 

 勢いのついた砂の魔獣の突進が少しずつ皇帝竜を押していく。

 

「ま、まさかぁ……」

「いっ、けぇーーーーっ」

 

 そして――

 

 

 

 

「……斬る」

 

 

 

 

 斬。

 

 死神の鎌が竜蛇の首を刈り取る。

 

 魔獣の化身は崩れ落ち、強制的に砂に戻された。

 

「なっ?」

「《黙殺》!?」

 

 ユーマ達の間に割り込んだ《黙殺》は、身の丈程もあるデスサイズを肩に担ぎ抑揚のない声で答える。

 

「……やりすぎよ。これ以上はさせない」

「その通りだ。武器をしまえ」

 

 ユーマの首筋にいつの間にか緋色の剣が当てられられていた。

 

「貴様もだグナント。お前たちも動くなよ。……一緒に来てもらう」

 

 ユウイの目の前ではブソウが警棒を構えている。取り巻きの覆面達はブソウの《十騎兵》に捕らわれていた。

 

「ちっ。そういえば先輩達がいましたね。卑怯とは思いませんか?」

「何とでも言え。話は自警部で聞く」

 

 学園の規則を違反したとして《竜使い》を捕まえたかったブソウ。

 

「自警部のお世話にはなりませんよ。カイゼル!」

「グアアアアッ」

 

 皇帝竜はその翼をひろげうち、突風を生み出す。

 

「貴様!」

「今日は退きます。でも覚えておいて下さい。最強のエースは先輩やそこの《精霊使い》の誰でもない、《竜使い》のボク、ユウイ・グナントだということを」

 

 一瞬の隙を突いて皇帝竜に近づいたユウイはその背に飛び乗り、空から脱出した。

 

 覆面達をとり残して。

 

 

「仲間を見捨てたか」

「……飛行能力は以前の皇帝竜にはなかった」

「厄介だな。できれば私達の手で捕まえておきたかったのだが」

 

 《竜使い》はこれからも陰で何か仕掛けるはずだ。今後の対策を考え始める3人。

 

「あのー」

 

 ブソウ達に話しかけるユーマ。

 

 

 

 

「そろそろその剣を退かしてくれません? なんかチリチリって焼ける匂いがするんですけど」

 

 

 +++

自警部

 +++

 

 

「すまない。決して忘れたいた訳ではないんだ」

「……まあ、いいですけど」

 

 赤毛の騎士は謝った。首筋をさすり焦げた髪を気にするユーマ。

 

「……帰るわ。エースでもない私が深入りするのは良くないから」

 

 《黙殺》はそう言うとユーマをじぃと見つめる。

 

「ん? 何か」

「……曇りのない目をしている。《エース》は私や彼よりも貴方の方がふさわしいのかもしれない。……気をつけて」

 

 《黙殺》は姿を消した。

 

「……なんだろうな?」

「さて。ユーマ・ミツルギだな。俺はブソウ。自警部の部長を務めている。俺達と一緒に来てもらおうか。正当防衛とはいえやり過ぎだ」

 

 巨大な《皇帝竜》と戦った後だ。見れば辺りの地面は砕け、周囲に大量の砂を撒き散らしたままだった。

 

 あれだけの騒ぎで人が来ないのは自警部の働きらしい。

 

「げ。厳罰ものですか? でもあれは……」

「事情聴取だけさ。君にとって悪いことはない。今回は自警部がどうにかしてくれる」

「おい」

 

 顔を顰めるブソウ。

 

「君もまだ事情を詳しく理解していないようだ。話を聞きに来てくれないか?」

「……わかりました」

 

 騎士の提案にユーマは頷き、2人と共に自警部へと向かった。

 

 +++

 

 

 自警部本部、部長室。

 

 

「ブソウ。現場指揮は後輩に任せて少しは片づけたらどうだ?」

「……すまん」

 

 室内はデスク、テーブルの上に書類らしい紙の束が乱雑に積まれていた。

 

「とにかく座れる所に座ってくれ。さて……」

 

 スペースを作り席に着く3人。

 

「まず自己紹介がまだだったな。私はリアトリス・ロート。ブソウと同じエースの1人だ」

 

 遅くはなったがユーマに挨拶したのは白銀の鎧を身に付けた女性騎士。赤毛の髪は編込んで1つに束ねている。

 

「《烈火烈風》の通り名のほうがわかるだろう」

「すいません。学園に来てまだ2ヶ月も経ってないので」

 

 ユーマは《エース》をはじめ、そのあたりの事情に疎かった。

 

「そうか。ならエイリーク・ウインディ。君は彼女の事は知っているな? 私は風森の国でラゲイル様に剣の手ほどきを受け、師事していたこともある。私は彼女の姉弟子のようなものだよ」

「ああ」

 

 それならユーマも聞いたことがある。

 

「学園に《旋風剣》を使う先輩がいるって聞いたことがある。あれ? でもエイリークから聞いた感じとイメージが違うな」

「どういうことだ?」

「確か」

 

 

 ――リア先輩はアタシよりも剣も術式も巧くて格好いいけど、普段は何もない所で転ぶようなドジっ娘なのよ。この前だって……

 

 

「林檎亭のアップルパイを間違ってピーチパイを買った挙句、躓いて潰してしまったから泣きそうだったって言ってた」

「……あの子は」

 

 リアトリスは拳を握り震えていた。

 

「林檎亭のパイは確かに美味い。どれでもな。……それは惜しいことをした」

「黙れブソウ。あの時の後悔を私は繰り返しはしない。現に今だってこう気を引き締める為に普段から鎧を身につけてだな」

「重くないですか?」

「……」

 

 沈黙が返事だった。

 

「それにブソウさんですっけ? 思い出した。アギ達に聞いたことがある」

 

 

 ――いいかユーマ。校則違反とか派手にやらかした時はブソウっていう中間管理職の苦労人みたいな先輩を頼れ。きっと何とかしてくれる

 

 ――というよりも押し付けろ。なぁに、奴は甘党だ。美味い菓子でも渡してやれば何でもしてくれるぞ

 

 

「……あのバンダナ共が」

 

 ブソウは誓った。この先何があっても奴等を庇うことはしない、と。

 

「まいったね。でも君も《精霊使い》である以前に色々と噂があるぞ。例えばエイリーク姫の騎士だとか。最近は《銀の氷姫》との噂もちらほらと聞く」

「はぁ。それこそ噂ですよ」

 

 リアトリスの発言にはユーマは溜息をつくしかない。

 

 彼女達と一緒にいることが多いのは昇級試験に向けて訓練に励む2人に付き合わされているからだ。

 

 ユーマは特待生扱いだ。試験を受ける必要もない上に精霊とガンプレートを使った多様な戦術は試験対策の仮想敵としては最適だった。

 

「そうかな? でも君が《守護の短剣》を持っていることは事実。私はこれが風森の姫が持つ国宝だということを知っている。騎士でないのなら所持している理由を是非説明してほしいものだな」

「ほぅ」

「……」

 

 ユーマは手痛い反撃を受けた気分だ。短剣の件は《精霊使い》になったことを含めて説明が面倒だった。

 

「エイリークの騎士でないのならもしかして姉姫様の方かな?」

「ほぅ」

「……勘弁して」

 

 勝った。そう思う赤毛の騎士。

 

 あとでアップルパイの件を話した仕返しにエイリークもこの話でからかおうとも思った。

 

 

「雑談はここまでにして話をしようか。ブソウ」

「ああ」

 

 

 そしてユーマは今回の事件のあらましを聞く。

 

 +++

 

 

 リーズ学園の生徒会は幾つかの組織に別れる。

 

 まずは《生徒会》。

 

 普通科の生徒が主に所属しており、学園での生活や行事の運営、管理を行う組織。一般の委員会は生徒会の傘下になる。

 

 学生ギルド支部も生徒会の中にあり、必要に応じて人を集めることもある。

 

 

 次に《自警部》。

 

 治安維持を目的としたこの組織は学園内の揉め事を取り締まる警備、巡回が主な役目である。

 

 荒事に対応するために戦士・魔術師の生徒が多い。事務関係に普通科の生徒も在籍している。

 

 

 《組合》は技術士系の生徒の集まりだ。

 

 技術の発展と普及を目的とした組織である。学園で扱う研究は工学や魔術だけでなく、農業や生活雑貨に関するものまで幅広く取り扱っている。

 

 商業的な要素が大きい為なのか、装備品の取扱いの他にも資材や食糧の搬入なども組合が受け持っている。

 

 

 そして《報道部》。

 

 この組織が独立したのは最近の事。表向きは学園内の連絡事項や事件を生徒に伝えるのが主な仕事。

 

 実際は学園の内外問わずに情報を集め、操作することで一般生徒の情勢を掴む重要な役割を持つ。

 

 情報を取り扱う報道部員はエリートである。報道部に関する情報は徹底して隠蔽されている。隠密の存在など謎に包まれたところが多い。

 

 

「最後に俺達のような《Aナンバー》の10人だ」

 

 《Aナンバー》はいわば学園の代表。生徒会の上層部に個人で意見できるような特別な権限を持つ。

 

「戦士・魔術師系の生徒だけでなく総合的に見て優秀な生徒に贈られるエースの称号。前年度の3年生が抜けた今の時期は暫定で選ばれるのだが、エースの正式な選定は前期の昇級試験、この時に決まるのだ」

 

 ちなみにブソウとリアトリスは前年度からのエースである。

 

「あのユウイとかいう奴もエースなんだっけ」

 

 リアトリスは形のいい眉を顰めて鼻を鳴らす。

 

「あいつは暫定措置の今のエース陣の中でも補欠のようなものだ。……とある事件があってな、エースが1人称号を剥奪されたのだ。空いた席に座りこんだ奴がアレだよ」

「それって《黙殺》さん?」

 

 頷く2人。

 

「そうだ。でも今思えばあれは……」

「後輩を相手に愚痴をこぼすな。話が逸れる。それでだなミツルギ、今回お前がグナントに狙われた件だが」

 

 ブソウは本題に入る。

 

「お前を《Aナンバー》に加える話がある」

「は? 俺が……エース?」

「正確には候補者だな。君は《精霊使い》。発祥の地である南国にも数少ない存在であって、しかも2体の精霊と契約している。実力は今日見た所だと《竜使い》の奴に比べても見劣りしない。むしろ上だと私は思っている」

 

 突然の話だった。

 

「グナントはエースという今の地位を維持する為に、他のエース候補達に闇打ちを仕掛けている。昇級試験に参加できなければ特別な功績をあげでもしないと選ばれることもないからな」

 

 ユーマは呆れた。

 

「なんだよそれ。要するに権力に目の眩んだ小悪党なんだろ」

「俺もそう思う。それでもグナントは現在の《エース》なんだ。現行犯でないと奴を捕まえて拘留できる機会がなかったのだが」

 

 今回、《皇帝竜》が飛行能力を持つことがわかった。

 

 他に空中戦に対応できる《エース》は1人しかいない。この先捕らえるのは難しいだろう。

 

「とにかく気をつけることだ。エースになるかどうかはともかく、巻き込まれたのは災難と思うしかない」

「はぁ。そうですね」

 

 溜息をつくユーマ。犯人がわかっただけでよしとするしかなかった。

 

「まあ、君はもう大丈夫だろう。手下の幻創獣は相手にならないし、直接やりあった後だ。グナントも迂闊なことはしないはずさ」

「……え?」

 

 何かが引っかかった。

 

「君『は』?」

 

 ユーマは不安に駆られ、思案に沈む。

 

「どうした?」

「他のエース候補の人は大丈夫ですか。それと俺の知り合い、エイリーク達に危険はありませんか?」

 

 懸念したことを2人に訊ねる。

 

「今回はもう君以外に候補者はいない。だから私達2人で君をマークすることができたのだが」

「ウインディやアギ達の事か。ランクA未満といってもそれなりの実力者だ。グナントが直接仕掛けない限り問題ないだろう」

「本当に?」

 

 不安が消えない。

 

「ああ。グナントには報道部の腕利きが尾行している。何かあればすぐにわかる」

「それにエースの選定に関係のない奴を狙うものか。いくらなんでもな」

「……」

 

 ユーマはブソウとリアトリス、2人の目を黒い瞳で見つめた。彼らの本質を探るように。

 

「何だ? 一体」

「ミツルギ?」

 

 心配そうにユーマを見る2人。

 

(ああ。そうか)

 

 ユーマは気付く。

 

(この人たちはいい人だ)

 

 だから気付かないし疑わないのだ。

 

 

 どんな奴でも心のどこかで人を信じてしまう。もちろんユーマだってそうだ。

 

 ただ真鐘光輝という『悪人』である彼の教えがなければ考えなかった。

 

 

 どうしようもない馬鹿が考えることなど。

 

 

 

 

「報告します!」

 

 部長室に飛び込む自警部員。

 

「どうした?」

 

 

 ブソウは考えなかった。

 

 《竜使い》は地位を脅かすエース候補者を狙うのであって、『現エース』を襲うなどと。

 

「学園の西区で重傷者を1名発見。魔獣に襲われたような痕跡があるとのことです」

「被害者は誰だ」

 

 

 リアトリスはどこかで信じていたのかもしれない。

 

 どうしようもない奴でも彼は《エース》なのだ。『ここまで』はしないだろうと。

 

「……まさか」

 

 

 ユーマは知らなかった。

 

 『彼ら』から話を聞いたことがない。もしかするとあえて黙っていたのかもしれないが。

 

 

 被害者はユーマに関わりのある《Aナンバー》の第10位。

 

 

《天才錬金術師》

 

 

 

 

「被害者はティムス・エルド。第1発見者は彼の妹です」

 

 +++

 

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