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幻創の楽園  作者: 士宇一
第2章 後編
45/195

2-08 長い放課後 2

ユーマと《竜使い》

 

 +++

 

 

 ユーマと《竜使い》の因縁は試験開始の10日前まで遡る。

 

 

 その日の放課後。ユーマは練金科棟にあるエルド兄妹の研究室にいた。

 

 天才錬金術師、ティムス・エルドはユーマのアイデアから『おもちゃ』を作ることを日課としていたのだ。

 

「この《バズーカ》てやつは簡単にいえば手持ち式の大砲なんだけど、こいつはカートリッジ式だから弾の詰め替えが簡単で連射できるのが特徴かな」

「大型のガンプレートなのか?」

「いや、弾の方に術式を組み込んで着弾時や時限式で発動できるようにするんだ。遠くへ弾を撃ち出すのがバズーカの機能。爆発系や散布系の術式と相性がいいはずだよ」

 

 ユーマのイメージを封入した水晶球を見ながらティムスは質問を続ける。

 

「この網がでるやつは?」

「ネットガン。捕獲や罠に使うやつ。最近落とし穴ばっかりで芸がなかったから」

「この前作ったトリモチガンと同じ扱いか」

「まあね。これに雷の術式を付与すれば電磁ネットになるから感電による無力化も期待できる。ポピラなら《電撃》の術式を構築できるでしょ?」

「成程な。《雷陣》と同じ効果が望めるな。伝導率の高い鋼糸を使うべきだな」

 

 ユーマはティムスにアイデアを提供するついでに自分が使っていた道具の再現を試みている。

 

「網は最高だね。兄さんはこれに油を染み込ませたやつを使うんだ。捕縛した奴を一気に燃やせ、って」

「誰だよ、その鬼畜」

 

 呆れるティムス。

 

 

 その彼から離れた所ではティムスの双子の妹がブースターの調整をしていた。

 

 肩に小さな風の精霊を乗せて。

 

「ぶおー、ふよふよー、て風にのるんですよー。でもときどきふおふおー、びゅーとなりましたねー」

 

 風葉は独特の表現で試作ブースターの感想を伝える。

 

「……なるほど。そうなると《風乗りの外套》は10日では完成しませんね。でしたら《陽炎の外套》を完成させましょう。風葉ちゃん、手伝ってくれますか?」

「まかせてくださいー」

 

 ポピラ・エルド。彼女は風葉が認める唯一の理解者? らしい。

 

「なあティムス。どうしてポピラは風葉のあれが理解できるんだ?」

「風の術式は風の精霊に聞けばいいと言ったのはお前だろうが。……ったく。ポピラはな、《同調》の特性持ちなんだよ。だから言葉でなく感性で理解できる。精霊の波長に合わせることができるなんて俺も知らなかったけどな」

 

 他人の精神状態を正確に理解し、波長を合わせることに長けた《同調》スキル持ちの術者は稀少である。

 

 ポピラの場合、補助術式を構築する際にこのスキルで個人の癖を理解し、相手に合わせた細やかな調整を可能にしている。

 

 もっとも、高度な術式の分析と、解析してIM化する能力は彼女の別の才能ではあるが。

 

「へぇ。でもティムスだってすごいじゃないか。あれだろ? サイコメトリー」

「《解読》だ。変な呼び方するな。こいつはイメージを『読み取る』以外に使い道ねぇんだよ。おまけだよおまけ。俺は錬金術だけで天才なんだ」

 

 ティムスの能力は他人のイメージした物体のかたちを読み取る《解読》と《錬金術》である。

 

 錬金術の中でも彼は金属を変形・変成させることが得意であり、単一の金属で物を作るならば一瞬でイメージ通りに創造してみせる。

 

 もちろん物質の合成や補助術式の付与など、他の技術も優れているティムスは《天才》の名をその高い能力で証明している。

 

「そうかな。思念を読めるのなら他にも使い道がありそうなのに」

「俺達のような特性は碌なもんじゃねぇんだよ。他人の心を読むような力なんていらなかったんだ」

「……ごめん」

 

 過去に何かあったのだろう。そう察してユーマは口を噤む。

 

「謝んな。まあ、これのせいで他人と余り関わりたくなかったのは本当だが。……それとは別でお前には感謝してるんだ」

 

 ティムスは近くで作業している妹の方を見る。

 

 ポピラは表情の変化に乏しいのだが、兄の目から見れば小さな精霊と楽しそうに仕事をしているのがわかる。

 

(ポピラの持つ《同調》はきっとガキの頃から精霊との対話を望んだあいつの願いのかたちなんだろうな)

 

 忌々しく思っていた特性を望む形で使うことができた妹を、少しだけ羨ましく思うティムス。

 

 

 ティムスとポピラはそれぞれ『創りたいもの』がある。それは彼らの夢と呼ぶべきもの。

 

 最高の環境を得るために飛び級までして学園で研究を続ける兄妹。その夢に辿る道を探し続けるが、3年経っても足掛かりが掴めなくて2人は半ば諦めかけていた。

 

 

 精霊を連れた少年が奇妙な形をしたブースターの製作を依頼するまで。

 

 

「おかげで新しいアイデアが生まれる。お前のガンプレートは俺達にブースターの拡張性を示してくれた。だから……」

 

 

 ――ありがとな。これからもよろしく頼む

 

 

 とは言えなくて。

 

 

「《レプリカ2》の実戦データ、早く用意しろよ」

「わかったよ」

 

 

 ユーマはその日、ここでティムスと別れた。

 

 +++

 

 

「ユーマ・ミツルギだな」

 

 

 寮への帰り道。呼び止められたユーマ。

 

「ん? 誰」

 

 覆面を被った見るからに怪しい人が4人。

 

「……制服くらい着替えろよ。怪しすぎ」

「一緒に来てもらおうか」

 

 突っ込みは無視された。

 

「なんで?」

 

 覆面達は答えない。

 

「いやだと言ったら?」

 

 覆面達は一斉に構える。前に突き出した腕には揃いの腕輪を身に付けていた。

 

「はぁ……。突然拉致されないだけましか。砂更!」

 

 巨大な砂の腕を出現させて真横に振るうユーマ。突然の攻撃に覆面達は不意を突かれ、なす術もなく打ち払われて壁や地面に叩きつけられる。

 

「本当最近多いよな。いい加減にしてくれよ」

 

 あっさり撃退したユーマ。とりあえず覆面をはがして埋めることにした。

 

「認めないぞ。……お前がユウイ様の代わりにエースになるなんて……」

「どういうこと?」

 

 覆面の呟きにユーマは思い当たることがない。ただ最近襲ってくる連中の一味だなとそう思った。

 

 

「それはですね、君を《Aナンバー》に推薦する話があるからですよ」

 

 

「ユウイ様」

「誰?」

 

 ユーマの前に姿を見せるユウイと呼ばれた男は覆面をつけず素顔を晒していた。

 

 癖のある金の髪を丁寧に整えており、ユーマに向ける青の瞳はやや見下した感じで好ましいものではない。

 

「はじめまして。《精霊使い》のユーマ君。ボクはユウイ・グナント。《Aナンバー》の1人、《竜使い》さ」

「それで? この覆面変態達の親分は何の用?」

 

 別にユーマは《Aナンバー》や《竜使い》の名に関心はない。ただはた迷惑な奴らだという印象が強かった。

 

「変態!?……まあいい。彼らはこれでも一般生徒です。何かあるとボクでは庇いきれないので」

「なら制服着替えさせろよ。ただでさえ人を襲う真似してるんだ。馬鹿だろ」

「ぐっ……」

 

 ユウイは覆面達を睨みつける。お前たちのせいだ、と。

 

「とにかく。君とは1度話がしたかったんだ。一緒に来てくれないか」

「いや、人気のない夜道で襲っておいてそれはないだろ。もういいよ。話はまた明日ね」

 

 ユーマは相手にせず帰ることにした。さわやかな笑顔が不自然なユウイ見て、正直相手にしたくなかった。

 

「待ちたまえ。《エース》であるボクが君に話があると言ってるんだ」

「俺にはないよ。じゃあ」

「……このボクの話を聞かないだと? ポッと出の格下のくせに」

 

 相手にされないことがユウイのプライドを傷つけた。彼は自分本位に物事を考える人間だ。

 

「そうか。穏便に話をつけようと思ったけど君はそんな態度をとるんだね。ならば後悔しろ。《皇帝竜》!」

 

 ユウイは身に付けた、覆面達と同じ腕輪に向けて叫ぶと腕を振るう。

 

 地面に描かれる魔法陣。現れるのは黒い塊。

 

「何だ? 魔獣を喚んだ?」

「はははは。何を言ってる。これは《幻創獣》。ボクの力。ボクだけの竜だ」

 

 2階建ての建物程の大きな黒い塊は徐々に姿を変えていく。

 

 漆黒の鱗に覆われた巨躯。巨大な尻尾と翼を持ち、角や爪は黄金に輝く。

 

 

「グルァアアアア!!」

 

 

 咆哮。

 

 2本の足で立つその魔獣は、ユーマはゲームやテレビでしか見たことがない。

 

 それはファンタジーな世界では最強と呼ばれるような存在。

 

 ドラゴン。

 

「というよりも怪獣?」

「やれ。カイゼル!」

 

 黒い竜はその巨大な足でユーマを踏みつける。

 

「危なっ。人がいないっていってもこの辺はまだ市街地だぞ」

 

 ユーマは《高速移動》で回避。

 

「思い知らせてやるよ。《精霊使い》。エースに相応しいのはこのボク、《竜使い》だってね」

 

 《皇帝竜》は鋭い爪を持つ腕を振るい、尻尾を叩きつけユーマを襲う。

 

「正気かよ。通報されたらどうする気だ? ……砂更、あれは魔獣なのか?」

「……」

 

 豊富な知識を持つ砂の精霊に訊ねる。

 

 砂更はこのあたりに存在する魔獣ではない、おそらくゲンソウ術の産物だとユーマに伝えた。

 

「わかった。近所迷惑だ。術者を一気に叩く」

 

 ユーマはそう言うと薙ぎ払う竜の尾を《天駆》で飛び越え、ユウイに向けてガンプレートを抜いた。

 

「ストーム・ブラスト」

 

 《皇帝竜》に自信を持ち、高みの見物と決め込んでいたユウイは突然攻撃されたことに驚き慌てる。

 

「ユウイ様!」

 

 襲い来る竜巻の奔流。直撃するはずだった《ストーム・ブラスト》は、ユウイの前に立ちふさがった何かに防がれた。

 

「お、おおお遅いぞ。お前たち」

「すいません。幻創獣の《想造》に時間がかかりまして」

 

 それはトカゲの頭に盾と剣を持つ戦士。

 

 その隣には人とは違う骨格の骸骨の兵士。

 

「リザードマンにドラゴントゥース・ウォーリアー? モンスター、だよな?」

 

 ユーマは実際の魔獣を見たことがあるが、目の前にいる怪物たちは明らかに違う。生物らしくないのだ。

 

「それこそゲームじゃないか。うわっ!」

 

 空から降って来た《火球》。見れば翼を持ち空を飛ぶ竜のようなモノが2体。

 

「ドレイク? それともワイバーン? マズイ、上をとられた」

「はははは。見たか。これがボクの《騎士団》。グナント竜騎士団の幻創獣たちだ」

 

 ユウイの周りを固めるのは覆面達。彼らも術者のようだ。

 

「わかっただろ。お前はこのボクには敵わない。だからボクを差し置いてエースになろうなんて考えはやめることだな」

 

 正面に《皇帝竜》を含めて3体、そして上空に2体の竜を模した怪物が立ちはだかる。

 

 ユーマはこの追い込まれた状況に訳が分からない。

 

 

(いきなり襲われるわ、ドラゴンもどきは出てくるわ。エースがなんだって? 一体何なんだよ)

 

 

「一斉攻撃。とどめだ。カイゼル・バーストォ!!」

 

 皇帝竜が口から放つ赤い熱線。同時に火球が放たれユーマを襲う。

 

「くっ、風葉、砂更!」

 

 周囲を《旋風壁》、正面の熱線を砂の壁で凌ぐが突破されるのは時間の問題。

 

 火球はともかく、風や砂では熱線のエネルギーを相殺することができないのだ。

 

「しぶといじゃないか。でも皇帝竜は最強だ。レベル2の必殺技をくらえ。カイゼル・メガフレア!」

 

 皇帝竜の正面にエネルギーが収束。特大の炎の塊となる。

 

「バッ」

 

 ――バカ野郎!!

 

 ユウイは自分の竜の姿に興奮して周りを見ていない。人気がない離れの場所でもここで巨大な火球が爆発したら甚大な被害が出る。

 

 ユーマは回避する選択肢を選べない。受け止め、相殺させるしかなかった。

 

 覚悟を決めガンプレートを皇帝竜に向ける。

 

 

「消えろ。精霊使い!!」

 

 

 皇帝竜の必殺技。


 その巨大な火球が放たれる瞬間――

 

 

 

 

「……斬る」

 

 

 

 

 刃を振るう黒い影。

 

「なっ!?」

 

 ユーマは驚いた。

 

 切り裂かれたのは巨大な炎の塊。《カイゼル・メガフレア》の発動を『斬り伏せ』、強制的に無効化キャンセルしたのだ。

 

「何? 貴様は……《黙殺》!」

「そこまで」

 

 《黙殺》は黒いローブ姿にデスサイズを持ち、まるで死神のような出立ちをしていた。

 

「……エースの私闘は禁止。それにまだここはリーズ学園のエリア内。被害を出すわけにはいかない」

 

 フードを目深に被り、顔が見えない。声からして女性のようだ。

 

「ちっ。説教ですか。『元エース』の分際で。貴女なんかに用はないんですよ」

「……そうね」

 

「用があるのは俺だ」

 

 ユウイの前に現れた《十人兵》が彼らを囲む。

 

 それを統率するのは自警部部長、ブソウ・ナギバ。

 

 

「グナント、私もいるぞ」

 

 

 ブソウの隣に立つ赤毛の騎士は剣を抜き刀身に炎を疾らせる。

 

 彼女もまたエースの1人。

 

 《烈火烈風》

 

「《黙殺》を呼んだのは俺だ。お前が本気を出せば周りが火の海になるからな」

「これ以上暴れるなら私達も参戦するがいいか?」

「……何の用ですか先輩」

 

 ユウイは渋々だが話を聞く。自警部を敵に回し、5人でエース級を3人も相手にするのは無理があった。

 

「何をしていた?」

「何も。強いて言うならば指導ですよ指導。未熟な生徒の指導も《エース》の役目でしょう?」

 

 ブソウの問いにユウイは平然と答えた。

 

「お前の態度と行動は色々と問題がある。エースの自覚と誇りを持て。剥奪されても仕方ないぞ」

「冗談でしょう。ボクは生徒会長推薦の、正真正銘のエース。そこの《黙殺》さんのように罪を犯して資格の剥奪なんてされませんよ」

 

 ユウイは嘲笑う。

 

 ボクはコイツとは違う、と。

 

「貴様!」

「……やめて」

 

 騎士は剣をユウイに向けようとする。しかしそれを《黙殺》は騎士の腕を掴み、止めさせた。

 

「……(ふるふる)」

「しかし、お前は!」

「いいの。本当の事だから。でも……」

 

 《黙殺》はユウイを見る。

 

「私の後釜にしてはとても……残念」

「何だと!?」

 

 声を荒げる《竜使い》。《黙殺》はただ静かに彼を見据える。

 

「……あなたは何故エースになることを選んだの? ……いいえ。どうしてエースに『選ばれた』の?」

「力さ。ボクには竜という力がある。ボクの《皇帝竜》はもちろん、ボクが『幻創獣で創られた竜』を与えてやれば誰でも簡単に力を得ることができる。ボクの《騎士団》がAナンバーの中で最大の勢力を持ってるのがその証拠だ。これだけの力を持って学園の頂点たるエースに選ばれるのは当然じゃないか」

 

「「「……」」」

 

 3人は黙った。《竜使い》である彼の主張は受け入れられない。

 

「……何だよ。お前らボクのことを認めないのか。ボクの竜の存在を認めないのか?」

 

 ユウイの肩が怒りで震える。

 

「グナント」

「黙れ! 認めないなら見せるしかないだろ。やれ、カイゼル!!」

 

 吼える黒い竜。それに合わせてユウイの手下である覆面達も幻創獣に攻撃の指示をする。

 

「ブソウ。私にやらせろ。あの餓鬼には灸を据える必要がある」

 

 騎士は自身の周囲に風を起こし緋色の剣を構える。

 

「俺もやる。これは自警部の管轄だ。奴を捕らえる」

 

 ブソウは《十人兵》を下げて《十騎兵》を前に出す。

 

「……大技は私が斬る」

 

 《黙殺》は自分の役割に徹することにした。

 

 

 一触即発。

 

 

 

 

「あー!!!」

 

 

 

 

 少年が吼えた。

 

「「「――!?」」」


 振り返るブソウ達。見るのは黒髪の少年。

 

「砂更!」

 

 ずしゃぁああああ

 

 盛り上がる地面。


「ぶっ飛べ!!」

 

 突きだす巨大な砂の拳。

 

 強力なアッパーカットにリザードマンの幻創獣が宙を舞う。

 

 

「……もういい」

 

 

 ユーマは切れた。

 

「黙って聞いていても全く状況がわからない。仲裁に来てくれたと思えば喧嘩をはじめやがって」

 

 巻き込まれたのはわかった。でも誰も説明してくれないし事態は悪化する一方。ユーマは被害者として勘弁してほしかった。

 

 沸々と湧き上がる怒りを誰にぶつけてくれようか。

 

 

「とにかく埋めて黙らせる。話はそれからだ」

 

 +++

 

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