2-06a 盾の少年 前
アギVSユーマ
+++
幾千の刃を防ぎ
幾万の矢を弾く
それは武器ではない
火竜の息吹に耐え
極寒の吹雪を凌ぐ
それは防具ではない
手にすれば臆病になり
手にすれば勇気を得る
それは守るモノ
戦う為に守り
守る為に戦う矛盾
傷つくことで傷つけない
戦士と共にあるモノ
その在り方はもう戦士ではない
それは……
《盾の幻想より》
+++
盾の少年
+++
アギは西の砂漠地帯に住む少年だ。
アギは孤児である。戦災孤児。彼は姓を持たない。
卑しい身分だからという理由ではなく、砂漠の民の慣習だった。
+++
――砂漠の民は俺の家族だ
かつての《大帝国》の流れをくむ《帝国》とその支配に抗う《反乱軍》。
西の砂漠では2つの勢力が長年争い続けてきた。
――子どもはみんな俺の息子で娘
反乱軍の勝利で終わったのは7年前。
――女はみんな俺の娘だ。ああ、おばさんおねえさんはみんな俺の姉貴でお袋な
リーダーだった若い男は新しい国を建てた。
――野郎はみんな兄貴で弟分で親父。文句あるか?
《砂漠の王国》
王となった男は『家族の住む家』を建てたのだ。
――俺は王という国の父として誓う。この国は俺達の家だ。家と家族は俺が守る。いや、俺達で守るぞ
砂漠の民は姓をもたない。
皆が家族だから。
この日、砂漠の民はすべてひとつの家族となる。
今ではその人口が約20万人を超える西の砂漠唯一の国は、西の国最大の国となった。
青いバンダナを王冠の代わりに額に巻いた、家族を守ると誓う国父によって。
――そうだ、お前らの嫁は俺の嫁な
――死にますか?
建国宣言に冗談を言っては野郎どもに物を投げられ、王妃となる女性に刀を突き付けられる王なんて前代未聞だったが。
閑話休題。
アギは少年時代にこの王に助けられたことがある。
偶然ではない。王は家族の危機には必ず現れる。
王は王であって父であり、ヒーローでもあった。
燃え上がる孤児院。落ちてくる瓦礫。
右手を翳す王の背中。
逃げ遅れた少年、アギは見た。炎を防ぎ、瓦礫を弾く王の右手の『先』を。
「あ、あ……」
「させねぇよ」
《それ》が王の力。
誰も傷つけさせない。
《それ》は家族を守ると誓う王の《幻想》。
「……すげぇ」
アギは魅入られた。
自分を守ったモノを。
孤児である自分なんかを守ってくれた、初めて見た王の背中を。
家族を守る。
王の言葉は本当であり、俺はその家族の1人だったのだとアギは打ち震えた。
助けられたあと「大丈夫か? 息子」と自然に声をかけてくれた王がでっかく見えて、アギは涙を流す。
王はアギの目標だった。
+++
「なんで試験官なんてやってんだよ? しかも俺の」
現在のアギは、試験開始直前で混乱中だった。
「ちょっとお金がなくなったから学生ギルドで試験官の募集を受けてきた。アギの相手をするのは、どうせならと思って学園長に頼んだんだ」
「そこで学園長の名前が出てくんのがわかんねぇ!」
頭を抱えるアギ。久しぶりに見た親友は相変わらずだった。
「おーい。エイリーク! 短剣くれー。 風葉ー、戻ってこーい!」
「はーい」
「……何だってのよっ!」
ポピラのポケットから這い出てきた風葉は《守護の短剣》に飛び込む。その短剣をエイリークはユーマに向けて思いっきり投げた。
「よっ、と。風葉、お勤めご苦労さん」
「いいえー。楽しかったですよー。サラっちも元気ですかー?」
「……」
ユーマは短剣を腰に差し、風葉は定位置であるユーマの肩にしがみつく。
姿を現した砂更はユーマの傍に控えている。
「フル装備じゃねぇか!! おい、ランクCの俺相手に本気かよ!?」
「もちろん。まともなアギなら最初から《全力》さ」
「……姫さんといいまともな俺って何だよ」
仕方なくアギは構える。
武器はない。徒手だ。
「ユーマ、ルール変えようぜ。俺はお前を倒せるほどの攻撃手段がねぇ。だから俺はお前の攻撃を『全て防ぐ』。制限時間がきたら俺の勝ち。どうだ?」
「いいよ。それでアギが本気出してくれるならね」
ユーマはゴーグルを被り、右手にガンプレート、左手に短剣を持つ。
「いくよ」
「きやがれ」
試験開始。
実はユーマが公式戦で《精霊使い》の力をフルに使うのは初めてであり、彼の力を知らなかった生徒は多い。それが今日この日、嫌と言うほど知らされることになった。
そしてもう1つ。皆は知ることになる。
この先学園の騒ぎの中心となる少年の、その隣にいた青バンダナの少年。
親友を守り、仲間を守る。倒れてもなお守り抜いた《盾》の力を。
+++
「でりゃっ!」
「やっぱりそれからか」
ユーマは篭手に変形した《白砂の腕輪》で戦闘ステージを叩く。
ステージに広がる僅かな振動。そして一気に石畳が崩れ、ステージ全体が砂地となった。
先制はユーマ。アギに攻める気はない。ユーマはガンプレートで《風弾》を撃つ。6連射。
アギは右手を翳し、全て当たる直前で『防いだ』。
「《風刃》、ダブルブーメラン!!」
短剣とガンプレートの両方からカマイタチを射出。
旋回して左右から迫る《風刃》を両手を左右に突き出してアギは『弾く』。
「砂更」
ユーマは砂の精霊にイメージを伝達。アギの目の前に現れる砂の壁。
「何だ?」
砂の壁は目くらまし。本命は圧縮された空気の爆弾。
ガンプレートで山なりに射出された《風爆弾》は壁越しにアギを襲う。
「ウインド・ボム」
爆発。
砂の壁を吹き飛ばし、辺りの砂を派手にまき散らした《風爆弾》。
「衝撃、斬撃、それに爆撃。どれも効いてないか」
アギは両手を上げた格好で『耐えた』。ダメージはない。
「このくらいはな。まだ序の口なんだろ?」
「もちろん。次、行くよ」
ユーマは短剣を納めるとガンプレートのカートリッジを取り出す。
そして彼の攻撃パターンの1つ、《高速移動》、《天駆》、《風乗り》を使った3次元の高速戦闘を開始した。
+++
「相変わらず反則ね、アイツ」
観戦席にいるエイリーク達は、縦横無尽に駆け回ってはアギを滅多打ちにするユーマを見ていた。
「《魔法使い》と《魔術師》の違い。それは術式の完成度と速度ですね」
魔術師は術式からイメージで魔術を再現する。
人のイメージは曖昧なもので、術式に詳しい魔術師でもその再現度は初級術式さえ威力・効果は80パーセント程度だと言われている。
そして速度。これは術式の発動速度のこと。イメージする必要があってどうしても発動までに時間がかかってしまう。
この2点を魔術師は、ブースターに付与されたIMでイメージを《補強》することでカバーしている。
「ミツルギさんは風葉ちゃんの、精霊の魔力をもっています。だから風属性の《魔法》を連発できるし、《高速移動》を頻繁に使っても身体に負荷がかかりません」
「そう。適性のないアタシが《高速移動》を使ったら1歩で身体が軋むわ」
エイリークは悔しそうに言った。
魔法は魔力を消費するだけで術式を発動できる。威力・効果はどの術式でも100パーセント、発動は一瞬。魔術戦では大きなアドバンテージを得る。
ゲンソウ術での魔術の利点はイメージ次第で100パーセント以上の力を発揮できることなのだが。
「実際に魔法を使用しているのは風葉。ユーマさんはさらにイメージで《補強》して工夫しています。……最近わかりました。私達は『魔法使いの真似ごとをしている魔術師』なのだと。そしてあの人は『魔術師らしい魔法使い』なのです」
魔法使いと魔術師。
魔力が希薄化したこの世界でこの2つを区別するようにしたのは魔術師だ。
今では数えるほどしかいない《魔法使い》。彼らの魔法をゲンソウ術で超える。その目標がかつての魔術師たちの誇りであり、挑戦だった。
ただし研究の為とはいえ既存の術式の再現にこだわり過ぎている魔術師は多い。魔術の使い方も魔法使いとそう変わらなかった。
アイリーンは最高の魔術師を目指す。しかし、その前に『ほんとうの魔術師』というものを考えるようになった。
「それにミツルギさんには《ガンプレート・レプリカ》があります。あのブースターはカートリッジを換装することで複数の属性と術式を扱うことができるミツルギさんだけの武器。ガンプレートの多様性と《補強》があれば、精霊の力がなくてもランクBの中位くらいの実力がミツルギさんにはあるはずです。だから……」
ポピラは戸惑っている。目の前で行われている戦闘の様子を見て。
「あの人、アギさんは何者ですか? とてもランクCとは思えません」
火炎放射に氷の刃。
電光の剣に風の弾丸。
砂の壁はアギの視界を制限させ、足元からも沢山の《砂の腕》が殴りかかる。
襲い来る《竜巻》はまるで天災。
それらがたった1人だけを狙い、攻撃の嵐は青バンダナの少年を飲み込む。
圧倒的な力を前に息を飲む観客席の生徒たち。
「……笑ってるぜあいつ。試験なのに楽しむなよ」
「リュガ?」
リュガは笑っていた。
でもその拳は強く握りしめたまま。
(悔しいがあいつの力は思った通り俺以上だ。……いやそれ以上のはずだ。アギは自分の力をユーマで試していやがる。なら見れるはずだ。アギの本当の実力、ユーマの奴が引きだしてくれる)
青いバンダナの親友が実力を隠していたことは知っていた。
でもアギの『力の本質』をリュガは知っている。
それはひとつの幻想。
「リュガさん。私は彼に少しだけ体術を教えてもらいました。だからなんとなくわかります。……アギさんは戦士ではないのですね」
「アイリィ?」
エイリークは理解できなかったがリュガは頷く。
「その通りさアイリーンさん。アギは《盾》。あいつ自身が《盾》なのさ。アギは戦士じゃない。俺のような戦士達の《戦友》なんだ」
共に戦うには最高の相棒。だからこそリュガはアギに力の差をつけられて悔しくても、その力を見たいのだ。
+++
「ブソウ。ミツルギの力を見てどう思う?」
リーズ学園の自警部部長、ブソウ・ナギバ。
試合を観戦する彼に声をかけるのは、ブソウと同じ《番号持ち》である銀の甲冑を纏う赤毛の騎士。
「……想像以上だな。風と砂を使うとしか知らなかったからあのブースターらしきものには驚いた。いくつの属性を使った?」
「砂を地属性と考えると風、地、火、氷、さらに雷だ。報道部の情報だと水と光も使ったらしい。まるで大昔の魔法使いだな」
騎士は艶やかに笑った。騎士は女性だった。
「いや。いくら多様で万能でもお前やマークといった上位の魔術師達のように極めているとは限らない。見る限り近接戦、剣の腕は大したことはないようだ。これならば……」
「ブソウ」
騎士はブソウの言葉を遮り、彼を咎める。
「ミツルギを敵と判断するのは早い。もちろん敵対した場合は私も容赦しないし遅れもとらない。でもまずは彼を信じろ。ミツルギだけでなくその仲間達もだ。お前が気にかけてる彼も健闘しているじゃないか」
「……ああ」
「ミツルギは1人ではない。何かあったら彼らが止めてくれる。悪いようにはならないさ」
「……」
ブソウもそうだ思うのだが、思いたいけど頷くことができなかった。
「……これは俺個人の意見ではなく自警部部長としての意見なのだが、ミツルギの仲間は《バンダナ兄弟》と《旋風の剣士》がいる。この先ミツルギ達が騒動を起こさないといえるか? お前がエイリーク・ウインディを信じることができるのか?」
「それよりもだな」
エイリークのことを、あの突撃してくる台風みたいな剣士の少女のことを騎士は『先輩』としてよく知っている。
(あの子も成長したけれど、もう少し落ち着いて欲しいものだな)
騎士は無理やり話題を変えることにした。
「ミツルギの相手をしている彼の力は何だ? あれほど防御技術に特化した生徒は稀だ。代わりに攻撃手段を持たない。単体では誰にも勝てないぞ」
「勝てなくていい。あいつはそう考えているはずだ」
「何?」
「あいつの、アギの本領は『防ぐ』ことではない。対戦形式の試験でそれを発揮できるかどうかは疑問だが。……俺は自警部に過剰な戦闘力を求めていない。自警部が必要なのはあいつのような《盾》。あいつそのものだ」
「……いい後輩を見つけたね。君も」
それから2人は何も喋ることなくユーマとアギの戦いを観戦していた。
+++
ユーマはアギの四方に上下、どこからでも一方的に、多彩に攻める。
滅多打ちされるアギ。
ただユーマの攻撃は全て防いでいた。
「まだまだぁ!!」
アギにダメージはない。
+++




