2-04 銀の舞台
アイリーンVS《凍姫》
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戦闘室の中は冷気に包まれている。
1人の魔術師によって。
「氷晶壁」
アイリーンは防御術式を展開。物理防御に高い性能を誇る《氷晶壁》だが、彼女を相手にしては一時しのぎにしかならない。
「何度防いでも無駄なのよ! 氷姫!!」
アイリーンにぶつけられる冷気。《氷晶壁》よって直撃は避けるが氷の防壁は冷気で『凍りつく』。
「破っ!」
続けざまに撃ち込まれた衝撃破に氷晶壁は容易く砕かれた。
「脆いわ! 脆いわよ!! 貴女の氷は私の《凍破》にまったく歯が立たないじゃない」
「くっ……」
ディジー・バラモンド。
3年生の氷使い。彼女がアイリーンの対戦相手。
「その程度でよくランクAに挑戦しようとしたものね? 後悔なさい。この私の前に立ったことを」
ディジーは対戦相手にアイリーン・シルバルムが選ばれたことを喜んでいた。彼女はアイリーンに恨みがある。
「皆の前で完膚無きに打ちのめしてあげるわ。そして貴女に奪われた《氷姫》の名前、返してもらいますわよ」
一方的な私怨だった。
「ほーっほっほ! ほーっほっほ!! ほぶっ」
「隙だらけです」
高笑いするディジーに放つ《氷弾》は顔面に直撃。
「よくもやったわね! 私の美貌がそんなにも妬ましいの!!」
「……」
「気に入らない! 気に入らないのよそのすました顔が!! 私の前にひれ伏しなさい! アイリーン・シルバルム!!」
吹き荒ぶ寒風。
氷属性、特に凍結系の術式を使わせるとディジーに並ぶ者はいない。
激昂しながら鼻を赤くして、鼻血を流す姿はまぬけだけれど。
「……困りましたね」
状況はアイリーンの防戦一方であり、彼女は攻略法を見出せないままでいた。
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銀の舞台
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「何なの? あのお嬢様もどき」
「ディジー・バラモンド。アイリーンさんの前の《氷姫》だ」
観戦席のエイリークに答えるのはリュガ。
「二つ名は報道部が勝手に決めて広げてる俗称だろ? アイリーンさんのほうが《氷姫》らしいからってあの人の二つ名を報道部は勝手に変えたんだよ」
現在のディジーの二つ名は《氷砕の魔術師》。彼女はこれが気に入らないので《凍姫》と自称している。
「そもそも《姫》のつく二つ名は人気投票の上位にランクインする美少女に贈られるものだ。北校の《白雪姫》や東校の《桜姫》、あとは《歌姫》とかな。あの先輩もキツめの美人だけど性格が悪くてランクがかなり落ちていた」
「……なんか詳しくて気味が悪いわよアンタ」
リュガ・キカ。バンダナ兄弟の赤いほう。
不良っぽい外見のくせに割と美少女通。
「アイリーンさんを目の敵にしてるかもな。同じ氷使いの魔術師だし」
「だから試験になるのでしょうね。同属性の相手に有効な魔術を使えるのかって」
「そうか。だとしたらアイリーンさんは負けない。俺達とあれだけ特訓したんだ」
リュガは気合を入れる。ここで立ち上がらなくては何が公式応援団なのだ。
応援団は彼女の勝利を信じている。
「……ちょっとアギ、アンタ何してんの」
アギはエイリーク達から離れた所にいる。
「俺、お前たちの近くにいたくねぇ」
リュガとエイリークの周りには約20人程の公式応援団。
立ち上がる彼らはお揃いのハッピとハチマキを身につけて旗を持つ。
「ファイ、トォオーーッ」
1人が叫べば皆が唱和して声を張り上げる。
彼らは正真正銘の応援団。ファンクラブではない。
たかが試験の為に彼らは悪目立ちしていた。
「氷の姫さんもこんな恥ずかしいの、よく許してるよな」
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応援されている当の本人に余裕はない。
《凍破》
風と氷属性の複合攻撃術式。
冷気の波動を叩きこんで対象を氷漬けにしてしまい、次の衝撃波で砕いてしまうという2段攻撃。
アイリーンにとって予想外だったのは《氷晶壁》等の『氷属性の魔術』まで氷漬けにされてしまったことだ。
ディジーに凍結されたものは脆くなる。それが彼女の魔術の大きな特徴だった。
アイリーンが《氷弾》で反撃にでても、迎撃されては『氷塊を氷漬け』にされて砕かれてしまう。
「同じ氷使いなのに系統が違うとこんなにも特徴に差があるのですね」
アイリーンの魔術は氷という『固形物』の生成に長けている。
彼女の氷は『冷たい』というイメージが薄い。凍結系の術式も滅多に使うことがない。
「ほらお逃げ! 逃げなさい!! 貴女はそれがお似合いよ」
アイリーンは走る。逃げ回ってはステージに設置してある障害物に隠れ、障害物が砕かれたならまた逃げる、という行動を繰り返している。
時折《氷晶壁》で防ぐがやはり簡単に砕かれる。
「《氷輝陣》を展開する余裕がありません。どうしたら……」
走りつつも考えるアイリーン。思考しながらでも動きに乱れがない。
体力トレーニングの効果がここであらわれている。
――魔術師が最初に使う最大の魔術。それは――
「ディジーさん」
アイリーンは逃げることをやめた。
「どうして《氷姫》の名にこだわるのです?」
対戦相手に向き直り、話しかける。
「決まってるじゃない! 《姫》の名はいい女のステータスよ!! 貴女だって毎日たくさんの男を傍においているじゃない」
「私が……ですか?」
意外なことを言われた。
「私は見たわ。ある時は幼い黒髪の少年の手を握って廊下を歩いていたわ」
「……」
特訓に付き合うのを嫌がって逃げるユーマを引っ張って行ったときだろうか?
「青いバンダナの男を親密そうに叩いていたわ。」
「……」
歯に衣を着せぬアギの言動に怒って氷塊でぶん殴ったときだろうか?
「ワイルドな赤い男を踏みつけていたわね! 女王様なの? 貴女!!」
「……ああ」
リュガが秘蔵していた忌わしい文化祭の写真のありかを聞きだすのに彼を締めあげていた時だ。きっと。
「他にも応援団やらファンクラブやら周りにちやほやされて。……決して羨ましくなんてないわよ! ただ貴女がムカつくのよ!!」
「……えー」
アイリーンの戦意はガタ落ちだった。恨まれる理由がくだらなかった。
「そう言えばディジーさんは彼氏がいると聞いたことがありますけれど」
「――!! 貴女がそんなこと言うのね……彼は! 彼は!! 貴女の応援団の中にいるのよ!!!」
「……え!?」
地雷を踏んだ。
室内の気温がまた下がった気がする。
「許さない、もう許さない! 全身氷漬けにして霜焼けでその顔をパンパンに腫らしてあげるわ!!」
「……ごめんなさい。でもその報復は地味に嫌です。だから」
時間稼ぎは終わった。
魔術師が最初に使う最大の魔術。ユーマは《はったり》だと言っていたが正確には違う。
挑発、冗談、それに嘘。
他にもあるがつまるところ《話術》なのだ。話すことで情報を引き出し時間を稼ぐ《賢者》の技術。
今回は話しかけた相手が勝手にしゃべり続けていたわけだけど。
アイリーンの銀の腕輪が輝く。
「全力で抵抗します。《氷輝陣》、展開」
アイリーンの全身を覆う輝く氷晶。
「無駄よ! そんなもの氷霧ごと凍らせてしまえば終わりよ!!」
「ええ。だからお見せします。あたらしい私の《氷輝陣》を。……舞台よ、輝け!!」
アイリーンは地面に向けて氷晶を放出する。彼女の周囲ではなくステージの舞台全体を氷霧は薄く覆う。
白銀に輝く氷晶のステージ。
「《氷輝陣・銀の舞台》。ここからは私の独壇場です」
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《氷輝陣・銀の舞台》
以前の《氷輝陣》ならば術者の全周囲5・6メートルくらいの狭い『空間』を展開していたが、この《銀の舞台》の場合術者を中心に半径50メートル程度の『平面』に展開することができる。
「一緒なのよ!」
ディジーは氷霧に覆われたステージを氷漬けにする。
「同じではありません。以前のままならば《氷輝陣》ごと私も氷漬けになりますから」
氷漬けにされたステージ。しかしその表面を氷霧はまた覆う。
《氷輝陣》はアイリーンを中心に氷晶を展開する。1度展開できたならば何度でも再展開できる。
「いきます。氷滑走」
アイリーンは《銀の舞台》を高速で移動する。氷上をすべることで高速戦闘を可能にしたのだ。
「降れよ、氷弾!」
ディジーを中心に旋回するアイリーンは彼女に向けて《氷弾の雨》を放つ。
ディジーを中心に旋回移動。攻撃は命中率が低いのでばら撒くように連射。
「なめるな! 旋風壁」
全方位から狙われたディジーは竜巻の壁で氷弾を防ぐ。
「氷弾程度の初級術式が私に通じると思っているの?」
「鼻血出したじゃありませんか」
「うるさい!!」
ディジーは《凍破》で応戦。しかし動く的は狙いにくいのかアイリーンには当たらない。
「貴女は足を止めて戦う魔術師ですか? それはもう古いですよ」
「むきー!」
挑発することを忘れない。ムキになるディジー。
「《氷滑走》なら私も使えるわよ! 見てなさい!!」
氷上決戦。
氷の舞台を2人は高速ですべりながら魔術戦をはじめる。
アイリーンの狙い通り。
「氷晶壁」
「ぶっ」
ディジーの進行方向に《氷晶壁》を展開。高速で壁にぶつかるディジー。
「このっ、てぇ!?」
反撃しようとしたが目の前に《氷晶壁》が展開されてディジーの視界を塞ぐ。
「氷晶壁」
「ふぎゃん」
ディジーの足元から《氷晶壁》が突き出してくる。足元をすくわれたディジーは変な声をあげて尻餅をついてしまった。
「壁は盾ではありません。障害物なのです。この《銀の舞台》にいる限り貴女を自由に行動させません」
生成した氷を知覚することができるアイリーンは《銀の舞台》に踏み入れたものを《感知》できる。位置を捕捉さえすれば防御術式の《氷晶壁》を遠距離でも正確に発動できるのだ。
地形操作。《銀の舞台》を展開することでアイリーンは広範囲の領域を支配することができるようになった。
それは地表だけの薄っぺらい平面だけなのだが、空を飛ばれなければ人間相手に十分である。
「《氷晶壁》」
今度はディジーの四方を囲む。彼女を閉じ込めた。
「……なにしようたって私は貴女の氷を砕けるのよ。もう手加減はしないわ。壊す! 壊す壊す!!」
氷の壁に翻弄されたディジーはブチ切れる。
《旋風凍破》
冷気を纏う竜巻は、彼女を囲む壁を凍結させると同時に砕く砕く砕く。
「どこにいるのよ! アイリーン・シルバルム!!」
《旋風凍破》の竜巻はそのまま《銀の舞台》を蹂躙。氷漬けにされたステージを砕き割ってしまう。
けれどアイリーンはステージ上のどこにもいない。
「ここです」
展開した複数の《氷晶球》を足場にアイリーンは空中を移動。ディジーの上をとる。
「そ、こ、かぁああ!!」
「集え氷晶。……風よ! 輝け!!」
砕けたステージから氷晶が上空にいるアイリーンに向けてキラキラと輝きながら舞い上がる。
《銀の舞台》に展開していた氷晶のすべてが彼女にに集まると、アイリーンは下にいるディジーに向けて輝く吹雪を放射。
《凍破》VS《輝風凍波》
同じ凍結系攻撃。
アイリーンは最大の攻撃。でも凍結攻撃ならディジーの方が上だ。
相殺
「これでぇ! 終わりよぉお!!」
アイリーンの着地を狙った攻撃。
「氷晶壁!」
しかしアイリーンは防がなかった。この一手は攻めるためにある。
《氷晶壁》を展開したのは自分の足元。
飛び出す《氷晶壁》の勢いにあわせてアイリーンは高く跳ぶ。
戦闘衣である濃紺のドレスをひらめかせ、宙を舞う《銀の氷姫》はディジーの背後をとることに成功。
「まだよ!!」
ディジーは振り向きざまに氷の棍を形成。真横に振るが近接戦は彼女の専門ではない。
今のアイリーンならば簡単に捌くことができる。氷の棍は左手の小さな《氷晶の盾》で受け流した。
アイリーンは《輝風凍波》が相殺された氷晶の残りをかき集め、切り札を放つ。
「集え氷晶。……剣よ! 切り裂け!!」
《氷輝刃》
本来の10分の1程の刃しか形成できなかったが威力はそのまま。至近距離ならば十分だった。
「ああっ!!」
輝く氷の刃はディジーを一閃。
切り裂かれた彼女は傷を負うことはなかったが、そのままの姿で氷漬けになった。
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「私は凍結系は苦手ではありません。……ただ嫌いなのです」
アイリーンは誰にともなく呟く。
暗い表情をしていたがそれは一瞬だけ。すぐにやめてディジーに礼を言う。
「ディジーさん、ありがとうございます。おかげで私の今の力を出し切ることができました」
「……」
ディジーの返事はない。今は氷漬けの像だから。
「ありがとう、みんな」
アイリーンは今とても充実していた。
あたらしい魔術と戦術。力になってくれた仲間たち。試験では満足する成果を出すことができた。
アイリーンは気付いている。著しい成長はあの時からだ。
《精霊使い》の少年。
彼に負けた時からだ。
彼に出会ったから。
彼が教えてくれたからきっと……
「私の魔術はこれからです。だから……」
――はやくもどってきてください
仲間たちは皆ユーマのことを表では心配していない。
でもきっと彼のことを皆が必要としているはずだ。
そんなことを思いながらアイリーンは、応援してくれた皆に優雅に礼をして笑顔をむけた。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
《次回予告》
アギ。砂漠の民の少年。バンダナ兄弟の青い方。
彼の評価は人それぞれ。
試験前から彼は仲間たちの周りをただうろついていた。……だけなのか?
次回「特訓 ?」
「……忘れろよ、それ」