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幻創の楽園  作者: 士宇一
序章
4/195

0-02 ユーマという少年

救護室にて目を覚ます。

 +++

ユーマという少年

 +++

 

 

 時は少し遡る。

 

 少年ことユーマは鞄1つ持って《学園都市》へやってきた。

 

「やっと着いたな。……宿題届けに行って何度も死にかけるなんて思わなかった」

「いや、《西の大砂漠》をそんな軽装備で越えるお前がおかしいんだよ」

 

 ユーマの呟きに突っ込む少年はアギという。

 

 逆立つ黒髪に青いバンダナを巻き、学園指定の制服の上から砂除けのローブを身につけている。

 

 2人はとある砂漠の集落で出会い、意気投合して一緒に《西の大砂漠》より先の砂漠を越えてきたのだ。

 

「でもまあ、ギリギリだけどユーマのおかげで進学式に間に合いそうだ。遅刻減点は結構成績にヒビクんだぜ」

「よく言うよ。散々《波乗り》で遊んでたくせに。けどお前がいなきゃ道わからなかったからお互い様かな」

 

 そうだろ、と返事をするアギと拳を突き合わせるユーマ。

 

 ごつん。友情の証。

 

「しかし姫さんの忘れ物届けに砂漠越えするなんて、風森の召使いってのはハードな仕事なんだな」

「……まあね」

 

 ユーマ・ミツルギ。

 

 彼が身に纏う服は略式ではあるが風森の城で使われる召使いのものだ。

 

「けど役目を果たせばゆっくりできるよ。今回は緊急の仕事(シアさんのお願い)だったからね。今度は《門》を使って観光しながら帰るよ」

 

 ほら、とフリーパスを見せるユーマ。

 

 《門》とは国と国、都市と都市を繋ぐ《転移門》のことである。

 

 《召喚陣》の研究の成果と《転移》の魔術を応用したこの施設は門から門への瞬間移動を可能にし入国手続きと身分証明があれば多くの人が無料で利用できる。

 

 ただし大陸横断するような超長距離の転移は不可能な上に1度に転移できる人数、連続転移回数に制限がある。その為に転移する時間や定員数を国や都市で定期的に決めらている。

 

 長距離の転移の場合は各都市を経由して目的地へ移動するのだ。《門》の周りには、宿泊施設や時間待ちの客を狙いに露店が並んでいる。

 

 各駅停車の駅のようだな、とユーマは思う。

 

 

 レール・ウェイもバスもここにはないけど。

 

 

 ちなみにユーマの持つフリーパスは特別版。入国手続き不要。主要国同士を直接繋ぐ大型転移門を利用する優先権を持つ。

 

 しかも各都市の一流ホテルのロイヤルルームで無料宿泊可能。さらに無期限という王族仕様。風森の姉姫様からのご褒美だ。

 

 

 もっとも、このフリーパスを使って学園都市へ向かうはずだったのだが何故砂漠越えになったのだろうか。

 

「……」

 

 ユーマは都合の悪い記憶を封印した。

 

「いいよな気楽に観光なんてさ。俺だったらお前の言う海に行ってホンモノの《波乗り》を体験してみたいぜ」

「サーフィンていうんだ。まあ砂漠の波乗りも楽しかったじゃないか。ほら、《砂漠の竜蛇》と競争したりしてスリルあったし」

「いや。あれは俺達を食おうとして追いかけてきた訳で……俺達よく生きてたな」

「……そうだね」

 

 虚しい笑い声。

 

 

 2人は都合の悪い記憶を封印した。

 

 

「まあ学園までもう少しなんだろ? 最後まで頼むよ親友」

「おう、まかせな」

 

 +++

 

 

 C・リーズ学園正門前。

 

 

 ユーマ達が学園に着いたとき何故か人垣ができていた。

 

 学園の生徒は要領よく前に進むがユーマには無理だった。人垣に弾かれてしまう。

 

「ちょっ、見えないけど何やってんのここ」

「あーもしかするといるかもな。風森の姫さん」

 

 学園都市の中でも広大な敷地面積を持つリーズ学園中央校。

 

 揉め事は数多く、事件はいつでもどこでも発生するらしいのだがわざわざ正門前で争うのは《旋風の剣士》と《銀の氷姫》だけらしい。

 

「何やってんだろね。……よし。アギ、飛び越えよう」

「は?」

 

 何いってんのお前、とアギが言う前にユーマは彼のローブの襟元を掴む。

 

「せーの!」

「ちょっ、おまっ、ヒイィッ!」

 

 垂直に飛び上がった。

 

  

 

 

 むしろ飛びすぎた。

 

 垂直飛び記録、約20メートル。

 

「てめぇ、ビックリするだろうが! ……おい、無事に着地できるんだろうな」

「……」

 

(どうだろう?)

(そうですねー、地面に向かって衝撃を緩衝する風を起こしたらー、周りの人吹き飛びますよー)

(だめですか)

(自業自得ですー。イメージなしに風で飛んだからー、うまく制御できませんー。あとはサラっちの力かー、アギっちの防御力でなんとかしてくださいー)

(……)

 

 少し青ざめる親友に向かってユーマはにっこり。親指を立てる。ビシッ

 

「計算通りだアギ。後はお前を盾に突撃する」

「死ぬ! 死ぬからお前。親友て言ったの嘘だろてめぇー!!」

「嘘じゃないよ。……信じてる」

 

 曇りのない黒の瞳。

 

 絶望してちょっと涙目のアギ

 

「ちょっと……ど、どいてーーーぇっ!!」

 

 地面に向かい突撃する2人の少年。

 

 

 

 

 ずしん、という音が響いた。

 

 べちょ、という音が聞こえたかもしれない。

 

 +++

 

 

 時は戻る。

 

 

 ベッドの上で目を覚ますユーマ。

 

 首を振り視線を横に向けると、隣のベッドでアギが気持ちよさそうに眠っている。

 

 ここは救護室のようなところだろうか。白い部屋。よくお世話になった学校の保健室を思い出す。

 

「……アギ、ごめんな。俺も空から落ちたよ。1人だけ助かろうとして罰が当たったんだ」

「……いや、それ起きてるときに謝りなさいよ」

 

 起き上がり振り向けばエイリークと白金の髪の美女が座ってこちらを見ている。

 

 美女は誰だかわからないのでエイリークに話しかけた。

 

「エイリークさん。あの、どうして俺は吹き飛ばされなきゃならんかったのでしょうか?」

 

 まずは質問から。

 

「……悪かったわね。いろいろとタイミングが悪いのよ。アンタ」

 

 歯切れの悪い回答。

 

「……まあ、いいや。あとでアギにも謝っとけよ」

「アギはアンタのせいでしょうがあーーっ!」

 

 ユーマは都合の悪い事実の改竄(かいざんに失敗した。 

 

「うるさいですわ、ウインディさん」

 

 怒鳴る幼馴染をおさえてアイリーンはユーマに話しかける。

 

「ユーマさん? でしたか。私はアイリーン・シルバルム。先程の件は私も謝ります。ウインディさんを焚きつけたのは私ですから」

「あ、どうもユーマ・ミツルギです。風森の召使いです」

 

 簡素な自己紹介をする少年。それにアイリーンは怪訝な表情をみせる。

 

「召使い?《騎士様》じゃなくて?」

「あ、アイリィ。違うって言ってるでしょ。コイツはちょっとした手違いで短剣を預かっているのよ」

「手違い、ねぇ? 本当は《騎士の誓い》済ませてません?」

 

 エイリーク、耳まで真っ赤になって否定する。

 

「してない! それより一体どうしてくれるのよ。今朝の事で皆コイツのことアタシの騎士だって勘違いしてるわよきっと」

 

「……えーと、要するに俺が《コレ》持ってるから学園の皆が俺のことをお前の騎士だって勘違いしてしまうと。それが問題なのか?」

(《コレ》はヒドイですよー)

 

 ユーマ、状況を理解する。

 

 幻聴は無視した。

 

「なら誤解を解きにいこう。まずはお前の友達からかな」

 

 それが当たり前だと思うユーマは立ち上がる。2人は茫然と彼を見上げた。

 

 これがユーマという少年だった。

 

 思い立ったら即行動。自分のできることからはじめる。自分の事でも他人の為でも、その態度は変わらない。

 

 エイリークは思う。

 

(そう、ユーマは悪い奴じゃない。そんなだからアイツは……)

「……いいわよ。アンタはここの生徒じゃないから目立つのよ。責任はアイリィに取って貰うわよ」

「……まあ、いいです。こんなまっすぐな目をした人、貴女にはもったいないですし」

 

 何よ、何でもないですわ、無言で睨みあう2人。

 

 仲いいなー、(そうですねー)、のほほんとするユーマと???。

 

「でも彼は短剣は《契約》して借りていると言いませんでしたか? 契約ってもしかして短剣の……」

「そ、そんなことよりユーマ。アンタこれからどうするの? やっぱりすぐ風森に帰る?」

「時間はあるよ。観光しながら帰るつもりだし。おじさんたちのお土産は何がいいかな?」

 

 ここでユーマの言うおじさんとは風森の国の国王のこと。

 

 娘ラブのお父さん。

 

「お土産なんて何でもいいわよ。姉さまはきっとアンタが渡すものなら喜んでくれるわ」

 

 そう言いながらもエイリークはユーマの左腕を指差す。彼は左手首に白い腕輪を身に付けていた。

 

「どうせならその腕輪なんていいじゃない。学園に来る途中にでも買ったんでしょ」

 

 滑らかな質感を持つ白い腕輪。シンプルながら何か神秘的な装飾品だ。

 

「これは特別製なんだ。でもアクセサリーかあ。なんかいいの探してみるよ」

 

 指輪なんてあげたらだめよ、と釘をさすエイリーク。ユーマはわかっていないようだ。

 

 そんな2人のやりとりを不思議そうにアイリーンは見ていた。

 

「自分の国の国王をおじさんって、貴方は本当に召使いなのかしら? ……時間があるのならお昼にしましょう。今日から食堂、開いてますよ」

 

 +++

 

 

 お姫様が学食でお昼というのはイメージ違うなと思いつつも『お姫様の通う食堂』に興味を覚えたユーマは3人で食堂へ向かう。

 

「アギどうしようか」

「そのままでいいです」

「別にいいけどね」

 

 雑談する3人。

 

 途中にある中庭を通る時、3人がというよりもユーマが1人の生徒に呼び止められる。

 

「おい、待てよ」

 

 3人は無視。雑談は続く。

 

「ここのデザートは王宮顔負けですね」

「ミサちゃんのクッキーより?」

「難しいわね、それ」

「「「あはは」」」

 

「おい、待てってば」

 

 振り返る3人。見ると救護室で別れた? アギがいる。

 

「ひでぇじゃねぇか置きざりなんて。特にユーマ! あれだけのことをして覚悟してるよなぁ?」

 

 アギ君はおかんむりだ。しょうがないなあ、とユーマは思う。

 

「俺も天罰は受けた。気にするなよ。それより飯だ。一緒にいこう」

 

 ユーマ君よぉ、本当に反省してるのかい? と訝しむアギ。

 

 しかし有名な美少女2人(あと親友)と一緒にランチなんて滅多にない機会だ。


 いや、これから先もあり得ないはず。

 

「よし。いこうぜ親友。メニューは日替わりがおススメだ。ハズレがないからな。お前の『カレー』にも負けないさ」

 

 4人は食堂へ向かう。

 

「カレーて何?」

「俺の故郷の料理さ」

「これがうまいんだぜ」

「貴方、風森の人じゃなくて?」

 

 

「お前! 俺を無視するな!!」

 

 

 怒声。

 

 今度は無視できなかった。4人だけでなく中庭にいる生徒たちも彼に注目する。

 

「剣を抜け、決闘だ。……認めないぞ。お、お前が、ウインディ様の騎士だなんて」

「……」

 

 だとよアギ、いやお前じゃん、悪あがきするユーマ。

 

 仕方なく前に出る。

 

「あの、誰だか知らないけどそれは誤解……」

「黙れ! 腰抜けめ。今すぐ消えてウインディ様から離れろ!」

 

 ……話を聞いてくれよ、ユーマは溜息。

 

「なんだよ、あれ」

「ファンクラブとか自称親衛隊とかそんなんじゃね」

 

 中庭には思ったよりも人が多い。騒ぎが大きくなりそうだ。

 

「……わかった」

「ちょっと、ユーマ」

「わかってる。穏便に済ませる」

 

 目の前の生徒を見る。身長は170より上でユーマより高いくらい。体格はそう変わらない。

 

 得物は両手剣。戦士タイプか?

 

「ルールは?」

「関係ない。貴様をぶちのめして終わりだ!」

 

 喧嘩じゃないか、ユーマは再度溜息。

 

「わかった。やろう」

 

 短剣を抜き、構える。

 

「え?」

 

 アギとアイリーン、それに彼らに注目していた生徒たちも驚いた。

 

 ユーマ構え。それは、

 

 

 剣術を知らない、素人のそれだった。

 

 

「ふざけてるのか、貴様」

「い、いや、お、俺は本気だ」

 

 声が震えている。

 

 腰は引き気味で剣先はぶれて狙いが定まってない。

 

「アイツ……」

 

 エイリークはまさかと不安を覚える。

 

「こんな奴が騎士だと?」

「い、いやだからそれは誤解だって……」

「ふざけるなあああーーーっ!!」

「ひいっ」

 

 彼は殺される。誰もが思った。

 

 しかし誰も止めない。止めてはいけない。

 

 形式を無視していて校則違反ではあったがユーマが了承した時点でこれは《決闘》なのだから。

 

 

「うっ、うわあああっ!」

 

 

 ユーマは悲鳴を上げる。

 

 でも心の中ではそうでもない。

 

(2ステップ、いくぞ)

(はーい)

 

「はぁ!?」 

 

 そして一瞬で、皆の前から姿を消した。

 

「なんだ? ど、どこに……いいっ!?」

 

 斬るべき相手を見失う男子生徒。

 

 逃げたか、と思う間もなく目を大きく開き吃驚する。

 

 

「足が、すべったあああーーっ!!」

 

 

 ユーマは彼の目の前にいた。


 彼に見えるのは靴の裏だが。

 

 

 フライング・ドロップキック

 

 

 狙ったかの様なきれいなフォーム。助走をつけて全体重を乗せた一撃は、彼の顔面を踏みつけて遠くに蹴り飛ばす。

 

 そして慌てたように倒れた彼に近づくユーマ。肩に手をかけて……

 

「ああっ、大丈夫ですか? 大丈夫ですか! だいじょうぶですかあああーーっ!」

 

 がくん、ばたん、がくん、ごちん

 

 叫びながら激しく肩を揺さぶる。たまに背中や頭を床にぶつけているようだ。

 

「大丈夫ですか。誰か救護の方いませんか。連絡してください。だれかーっ!」

 

 ユーマはわざと床にぶつけ続けた。

 

 

 沈黙。

 

 

 決闘を仕掛けた生徒は泡を吹いて気絶。

 

 アギ達はもちろん、中庭にいた生徒たちにはこの展開に全く訳が分からない。

 

 

(……事故に見せかけて相手を沈める。完璧だな。ビシッ)

(ふいうちぃー、じょーうとぉー。えげつねぇー)

 

 

 心の中で親指を立てるユーマ。幻聴は無視した。

 

 そして。

 

「どこが、穏便なのよ、アンタはああああーーーっ!!!」 

 

 エイリークの右脚に風が集まる。纏う風は渦を巻き吹き荒れる。

 

《旋風剣・疾風突き》

 

 剣技どころかもう突きですらない飛び蹴りは、中庭の花壇ごとユーマを錐揉み状に吹き飛ばし、校舎の壁に貼り付けた。

 

 

 べちん。

 

 

「……新技、2つ目ですわ」

「……天罰って、これか」

 

 アイリーンはこれがお約束というのかしらと何かを悟り、アギはランチの約束どうなんの、といらん心配をした。

 

 2人はもちろん、惨劇から目を逸らしている。

 

 +++

 

 

 校舎の壁と一体化した少年、ユーマは思う。

 

(一応、お姫様なんだし飛び蹴りはきっとはしたないと思うんだ……)

(壁のまねー、たのしいですかー?)

 

 

  

 

 幻聴は無視した。

 

 +++

 

 

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