2-03 特訓 2
アイリーンの特訓。
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アイリーン・シルバルムという少女は魔術師だ。
魔術師とは『魔法』を魔力を消費せずにゲンソウ術で『再現』する術者たちのことをいう。
現在の魔術師の扱う術式は2種類存在する。1つはかつての魔法の術式を再現したもの。
《氷弾》、《風刃》などといった400年以前から存在する術式であり、《召喚》といった高位の術式はイメージできず未だ再現されていないものもある。
もう1つは術者のイメージから術式を編み出したもの。
いわばオリジナルの術式である。術者の強いイメージから生み出される固有の術式。魔術師の切り札ともいえる強さをもつものが多い。
《銀の氷姫》と呼ばれるアイリーンにも彼女だけのとっておきの術式がある。
《氷輝陣》。アイリーンはこの術式さえ発動できればランクAを相手にしても負けはしないと思っていた。
しかし。
「中途半端だよ。それ」
春先から知り合った少年はこれを2度も打ち破り、そんなことを言うのだ。
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特訓 2
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エイリークの試験を観戦したアイリーン。最後に倒れた彼女をポピラに任せ練武館をあとにした。
「私も負けてはいられません」
《旋風剣》はエイリークの必殺技にして彼女の剣そのもの。
1つの技に全面の信頼を寄せ、すべてを懸けたエイリークの強さはアイリーンにはないものだった。
今の彼女には切り札と呼べる術式がない。
いや、あったと言うべきか、『まだ』なかったと言うべきか。
アイリーンは自分の持つ術式が未完成だということに気付かされて改良を重ねている。
「……でも今日はイメージトレーニングだけにしましょう。身体が持ちません」
彼女の試験まであと4日。魔術師であるアイリーンはこれまでの訓練で筋肉痛に陥っていた。
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2週間ほど前。
屋外演習場前の広場にて。
アイリーンたちは個人で訓練しないのであれば大抵ここに集まる。
広場はかつて洗礼式の時にユーマが砂の精霊、砂更の力で新入生たちを1度に50人も首まで埋めたことがあり、『生首畑』と呼ばれた場所である。
ここは未だに砂地のままであり、ユーマは訓練をするのにいつも利用している。
通称『ユーマの砂場』
その日、アイリーンはユーマに対戦を申し込んだ。
昇級試験を控えた彼女がユーマに助言を求めてきたわけなのだが。
「本当にいいの?」
ユーマは躊躇う。
「構いません。実戦形式がわかりやすいので徹底的に叩いてください」
「それなら……いくよ」
アイリーンは構える。術式を構築して彼女の銀の腕輪が輝く前に……
「きゃっ!」
「はい。おわり」
次の瞬間、アイリーンは腰まで埋まった。
「障害物もフォローする仲間もいないのに敵を前にして突っ立てるままじゃ狙い撃ちだよ」
「……もう1度です」
今度は開始と同時に真横に駆け出す。
移動しながら術式を構築するのに苦労するが、それよりもまず《氷弾》の狙いが定まらない。
さらにユーマがガンプレートで《風弾》を撃つので対処に一杯一杯になる。
「移動射撃は難度が高いんだ。慣れないならこんな風に牽制程度で十分だよ」
「ならば、《氷晶壁》」
アイリーンが得意とする氷の防壁。この術式なら大概の攻撃を弾くことができる。
《氷晶壁》をバリケードにして反撃に出ようとしたアイリーン。ところが突然彼女の足元で砂が盛り上がる。
足場を崩された彼女はその場で尻餅をついた。
「……砂更は反則ですわ」
「まあね。でも足元を狙うのは有効なんだ。対策は立てた方がいいよ」
次からユーマは砂を操らずに彼女の相手をした。
「接近されて《壁》で防ぐにはモノが大きすぎる。小回りが利かないと側面や背面をとられるよ」
《高速移動》からの突撃。近接戦に持ち込まれるのはアイリーンにはよくある敗北パターンだ。
「攻撃を《感知》できても身体が反応しきれていない。魔術で全てを防ごうとすると負荷がかかりすぎて反撃の余裕がなくなるよ」
「もう1度です!」
アイリーンは最初から打って出た。
《氷弾の雨》は容赦なくユーマを襲う。
「攻撃が直線的で単調だよ。連射が効いても怖くない」
ユーマは飛びあがって回避。そのまま《天駆》で空を駆ける。
「風刃、ブーメラン!」
ガンプレートのスリットから発生するカマイタチ。
《風刃》はユーマに《補強》され、弧を描くように旋回。
側面から襲いかかる《風刃》に気をとられたアイリーンは正面から《風弾》を撃ちこまれた。
「手数で攻めるなら多角的に攻めて隙を作らせるんだ。それと上から攻めれば近接型は弱いよ。あと範囲攻撃の術式で炙り出すとかかな?」
「……まだです」
それから十数回と戦闘を繰り返したがまともな戦いにならず、アイリーンは何度も倒されて全身砂まみれになった。
「まだまだ……」
「アイリさん。なんか根本的に戦い方が間違ってる気がする。なんで正面から撃ち合うの?」
ユーマにはそれが疑問だった。アイリーンには向いてないと思うのだ。
「何を言っているのです? 魔術師が攻撃術式で攻めないでどうやって戦うのですか?」
「……そこからか」
ユーマがなぜ溜息をつくのかわからないアイリーン。
「よくわかりませんが私にはまだ《氷輝陣》があります。あの術式を使いこなせれば余程の相手には負けはしません」
「それのせいかな? わかった。次は最初から《氷輝陣》を出して」
《氷輝陣》
輝く氷晶の世界。
氷属性術式の発動速度を飛躍的に上昇させ、彼女の持つ《感知》特性と組み合わせることで難攻不落の要塞となる氷霧の結界。
「これならまともな戦いになるはずです」
アイリーンの自信。1度はユーマに破られはしたがあれから対策を立て、術式自体も改良している。
アイリーンは動かない。《氷輝陣》の中にいればどんな攻撃にも素早く《氷晶壁》で対応できるし《氷弾》も全周囲打ち放題だ。
この中が彼女の安全圏。
「……やっぱりだ。アイリさん。それじゃ何も変わっていない。それだとエイリークも簡単に破れる」
「なんですって?」
彼女の驚きを無視してユーマは左手で短剣を抜く。
「風葉たちが持たないからこれで最後にするよ。今からアイリさんの魔術(自信)、ぶち壊すから」
ユーマはそう言ったあとに真正面から突撃した。さながらエイリークを真似したような攻撃。
「氷晶壁!」
「はぁっ!!」
《爆風波》
氷の防壁に直接爆風を叩きつける。
氷晶はすぐに再展開されるが一瞬でも周囲の氷霧が吹き飛ぶ。
その隙に側面に回り込んで短剣を突き出す。息を飲むアイリーン。
「というわけ。ポピラが教えてくれたけどエイリークはこの手の術式と相性がいいらしい」
「……」
「至近距離で一瞬でも氷霧を吹き飛ばせばエイリークならその隙を見逃さない。《氷輝陣》は完全な防御結界じゃないから安心したらすぐに負けるよ」
「そんな……」
「今の使い方じゃ《氷輝陣》は中途半端だよ」
あれだけ打ちのめして何もフォローなしでは鬼か悪魔か兄だろうと思うユーマ。
いくつかアドバイスしてみたがアイリーンはその間も茫然としていた。
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それからアイリーンは走りこみを始め、体術の授業に参加するようになった。
「《氷輝陣》の新型はユーマさんのおかげで完成しました。あとは私の持久力が問題です」
それは魔術を使い続ける精神力よりも、動き続けながら戦うことができるかどうかという身体能力の問題。
基礎体力の向上と体捌きの習得が今の彼女の課題だった。
慣れない運動を繰り返して1度はオーバーワークで倒れたアイリーン。それからはユーマやエイリークの助言を受けて体力トレーニングをするようになった。
筋肉痛はその名残である。
「おっ、今日もやってるな。手伝う事あるか?」
「はぁ、はぁ……あとで組手に付き合って下さい」
試験まであと3日。
アイリーンの基礎体力がどれほど向上したのかわからないが、体捌きに関しては驚くほど上達が見られた。
アギのおかげである。
彼は戦士タイプではあるが武器を持たない。
グルールのような格闘家というわけでもないのに体術はユーマどころかエイリーク以上だった。
「あとでリュガも応援団を何人か連れて来るらしいぜ。それまで相手してやる」
「お願いします」
アギはアイリーンにとって最適のコーチだった。
アギは《盾》を使う。彼の盾捌きこそ彼女が必要としていたものだったのだ。
「もっと足を使って身体ごと正面に向けんだよ。じゃねぇと防いでも体勢を崩しちまう」
「はい!」
「重い一撃は受け止めるじゃなくて受け流す。逆に軽い攻撃は押し返して相手の体勢を崩してやれ」
「はい!」
アイリーンがアギと組手をはじめて1時間が経過。そのころになるとリュガがやってきた。
「お前、アイリーンさんに無茶させてないだろうな?」
「睨むなよ。休憩も挟んでるし前に比べればだいぶましだぜ。あの時は足捌きに付いていけなくて姫さん両足が攣ったんだからな」
「アギさん! それは言わないでください」
睨みつけるアイリーン。皆の前で言われるのは恥ずかしかった。
「おっと、紹介がまだだったな。アイリーンさん。こいつらが『アイリーン公式応援団』の新団員だ。1年生を勧誘してきた」
「また勝手に増やしましたね。……いいですけど」
リュガの他に数人の生徒たちがいる。見れば洗礼式の時に対峙した1年生の顔もあった。
アイリーン公式応援団。彼女の友人が結成したファンクラブは学園の中において珍しいものではない。
いかなる時も団長が姿を現さないことが珍しいことではあるが。
ちなみにリュガは女子比率の高いこの応援団の中では初期メンバーであり、数少ない男子幹部である。
「もちろんアイリーンさんの訓練にも付き合わせるつもりだ。人数は多い方がいいだろ?」
「そうですね。では皆さん、今日もお願いします。……その前にお昼にしましょうか? お弁当、用意していますから」
取り出したバスケットは3つもある。最近は皆で昼食をとるようになっていたのでアイリーンは十数人分の食事を用意していた。
「皆さんも自分のことで忙しいのに私の訓練に付き合ってくれるので申し訳ありません。お礼にもなりませんけど召し上がってください」
バスケットの中はぎっしり詰まったたくさんのおにぎり。
「ユーマさんが以前用意してくれたもので作り方を教えてもらいました。パンもいいけどお米の方が力になるから、って」
「アイリーンさんが握ったものか。すげーな」
リュガや応援団は感激しておにぎりに手を伸ばし、
「……ユーマが作ったやつの方がうまいな」
失礼なことを言うアギは誰かに氷塊で殴られてぶっ倒れた。
リュガ達は見なかったことにしている。
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「先輩はどんな魔術師なんですか?」
食後の団らんで新団員である1年生がアイリーンに質問した。
「どんな、と言いますと私は見ての通り氷使いですけど?」
「いいえ。扱う属性ではなくて戦闘スタイルの事です。先程青いバンダナの先輩とやっていたのは体術の訓練でした。それに今からやるのは機動回避の訓練ですよね?」
魔術師というよりも戦士のような近接型のクラスが飛び道具に対処する為にやるような訓練を続けるアイリーンに疑問を持ったらしい。
「魔法戦士にでもなるのかと思いまして」
「いいえ。私は魔術師以外のクラスになるつもりはありません。ただ新しい術式を使いこなすために必要だと思ったのです」
アイリーンは立ち上がると今いる皆にもう1度礼を言う。以前ならば誰かに協力してもらうなんて考えもしなかったのだ。
それが力になってくれる人たちがいて、自分の力量が上がっていることを実感することができる。
今はいない少年を含めて彼女は仲間に恵まれたことを世界に感謝した。
「本当に今までありがとう。次の試験では必ず使いこなして見せます。私のあたらしい術式、新しい戦い方を」
白金の髪を靡かせてアイリーンは、皆に応えるためにも決意を新たにした。
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アイリーンは以前ユーマが言っていたことを思い出す。
「アイリさんは1つの術式に多くを求め過ぎてるんだ。あの《銀の魔眼》だって使いこなせていないでしょ? あれは複雑すぎてまだ早いよ」
ユーマの助言はこうだ。
アイリーンは1つの術式に複数の機能を詰め込み過ぎて汎用性を高めるどころか扱いが難しくなってしまっていること。
それならば複数の術式を使いこなして対応した方が負荷も軽いということ。
「あとは戦術の確立かな。別に攻撃術式だけが魔術じゃない。俺がアイリさんだったら1つの術式だけでも戦えるよ」
それは嘘だろうとアイリーンは思う。
「そんなことないさ。砂更だって砂を操るだけだよ。あとは使い方次第なんだ」
「使い方……」
「ヒントを1つだけ。『壁』は『盾』じゃない。『盾でもある』だよ」
「……」
最後にユーマは彼女に質問した。
「アイリさんはどんな魔術師になるの?」
それはアイリーン・シルバルムの根本を訊ねること。
「大規模な範囲攻撃を扱う攻撃特化の《大魔術師》? 中距離から白兵までこなす《魔法戦士》や機動力が特徴の《魔法騎兵》?」
魔術師から派生するクラスはたくさんある。ユーマが聞きたいのは彼女の目指す魔術師のスタイル。方向性が決まらなければアイリーンはいつまでも中途半端だと思ったのだ。
「《感知》を活かした後方支援型もあるな。これを俺はおススメするけど……」
「ユーマさん」
アイリーンはユーマの言葉を遮った。質問の答えは最初から決まっている。
だから堂々と答える。
「決まっています。全部です。私は最高の魔術師を目指すのですから」
「……そうですか。1つずつ地道に頑張ってください」
頭の悪そうな答えにユーマは額を抑えた。
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そんなユーマが姿を消してから2週間が経過。
その日がアイリーンの試験の日だ。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
《次回予告》
氷姫VS凍姫。
因縁というよりも一方的に睨みつけられるアイリーン。
しかし相手の実力は本物のランクA。苦戦を強いられる。
彼女の反撃の糸口はあたらしい術式しかない。
次回「銀の舞台」
「ここからは私の独壇場です」