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幻創の楽園  作者: 士宇一
第2章 前編
38/195

2-02 旋風の剣士

エイリークVS《黒鎧の大剣士》。



 

 +++

 

 

 試験会場となる練武館。

 

 

 自分の試験にあてがわれた戦闘室へ向かう途中でエイリークはアイリーンに出会う。

 

 彼女はエイリークの幼馴染だ。別に応援や激励に来てくれるのは不思議なことではないが、アイリーンは少し怒っているような、呆れている気もする。

 

「何?」

「様子を見に来ました。何せ貴女はわざわざ『彼』を試験官に『指名』なんてするものですから」

 

 昇級試験は対戦相手を指名することができる。利点は対策を立てやすいこと。ただし相応の実力者を指名しなければ受理されない。

 

「《黒鎧》は貴女と相性が悪すぎます。前回のこと、忘れたわけではないのでしょう?」

「……」

 

 

 ――軽いな、君の剣は

 

 ――ははは、なんだ? その技は。効かないよ

 

 ――君にはがっかりだよ。《旋風の剣士》

 

 

 折れた細剣。地に伏せた少女。

 

 かつて味あわされた敗北はあまりにも惨めで、屈辱だった。

 

 

 エイリークは前回の昇級試験で自身の剣を否定された。


 ひとつの約束の為に積み上げてきたものを崩されてしまった彼女は一時期不安定に陥ったこともあった。

 

 それは春期休暇の前の話。

 

 

「あんなの《甲虫》で十分よ。《黒鎧の大剣士》なんて大げさものじゃないわ」

 

 エイリークはふん、と鼻を鳴らす。思い出すのも嫌な相手らしい。

 

「勝つわよ。アタシが目指す『先へ』進むにはあの虫は邪魔なのよ。だから今度こそ吹き飛ばす!」

「……乱暴ですわよ、ウインディさん」

  

 アイリーンは正直ほっとした。エイリークのあの迷いのなさ、そのまっすぐさは彼女の強さだ。

 

 1度は折れて失いそうになったもの。それが新学期を迎えて再会した時には失われずに一層と強くなって戻ってきた。

 

「貴女の勝利を世界に願います。頑張りなさい、エイリィ」

「……ありがと」

 

 今では滅多に呼ばない愛称で呼ぶアイリーンにエイリークは応え、マントを翻して戦闘室へ向かう。

 

 

 エイリークの試験がはじまる。

 

 

 

 

「ところでアイリィは試験5日目よね? 応援に来るなんてずいぶんと余裕じゃない」

「休養中です。……私、筋肉痛なんです」

 

 

 +++

旋風の剣士

 +++

 

 

 エイリークは《防護》の結界に入る時のピリッとした独特の感覚を受けて戦闘室の舞台に立つ。

 

 

 試験の初日とあって観戦客は少ない。他の生徒は試験対策にギリギリまで時間を費やす為だろう。

 

 ステージは『コロセウム』。直径約10メートル、円形の闘技場は近接型のエイリークと相性がいい。

 

 

 それは相手も同じ。

 

「また君かい? 懲りないね」

  

 ブロト・ラグレス。エイリークの対戦相手であるランクAの3年生。クラスは《大剣士》。

 

 

 剣士系から派生するこのクラスはその名の通り大剣を扱うことに特化した剣士である。身の丈に迫る大型の剣から繰り出す、一撃の攻撃力に重視した戦闘スタイルは大型魔獣を相手にする際の主力となる。

 

 大剣士は《竜殺し》や《巨人殺し》といった『バスター系』の戦士が多い為に戦士系の生徒の中では人気が高い。ユーマ達ではリュガがこれにあたる。

 

 しかし扱う武器が武器だけに一撃毎の隙が大きく、狭い場所や対人戦には向いていない。そこでブロトは回避を捨て、防御に徹底した重装甲の戦士スタイルを選んだ。


 彼の特徴は《黒鎧》と呼ばれる分厚いフルプレートメイルに両手のグレートソード。そして兜につけられた突き出すような1本の飾り角。

 

 

「出たわね。カブトムシ」

「……相変わらずだな、君は」

「黒くて一本角なら虫で十分よ」

 

 ブロトはこの程度の悪口にめくじらを立てることはない。彼にとってエイリークは1度打ち負かした格下の相手だから。

 

「教えたはずだよ。君は剣士に向いていない、ただのお姫様だって。あれだけ痛めつけられてまだ気付かなかったのかい?」

 

 エイリークは答えない。

 

「君の剣と技は《黒鎧》に傷をつけることもできず、その剣も俺の一撃で簡単に折られた。折れた剣で立ち向かう君は戦士として立派だけどそれだけだ。剣を交えずに何度も殴られて倒れた君が、今回の試験で指名してまでして今更俺の前に立つのは何故だい?」

 

 エイリークは答えない。

 

「ウインディ。君は剣士、いや戦士として致命的な弱点がある。ランクAから先は君は通用しない。だから諦めて欲しかったのだけど……今からでも遅くはない、棄権しないか?」

 

 エイリークは、

 

「言いたいことはそれだけ? 虫のくせによくしゃべるわね」

 

 恐れも不安もない。翠の瞳はただまっすぐに敵を見る。

 

「アンタの強さは認める。あの時のアタシの弱さも。でもアンタにアタシの剣を否定される筋合いはない! 今日でケジメをつけるわ。アタシはアンタを倒すことで昔のアタシを越える!」

 

 エイリークは細剣を抜いた。

 

 1度は折れた剣。1度は奪われた剣。それでも彼女は剣を握る。

 

「……わかった。俺は試験官だ。今日の結果ではっきりと諦めてもらおう」

「うるさいわ。アタシが勝ったらアンタは《黒鎧の甲虫》とでも名乗ればいいのよ」

 

 兜を被るブロト。両手のグレートソードを構える。

 

 

 審判の合図の鐘が鳴る。

 

 

 試験、開始。

 

 +++

 

 

 先手はエイリーク。重装のブロトは動きが鈍い。果敢に飛び込んで細剣を振るう。

 

《双月》

 

 弧を描く2連斬撃。

 

《水月》

 

 真横に振られる大剣をしゃがみこんで躱し、足元を剣で薙ぎ払う回転斬り。

 

《弧月》

 

 エイリークはその場で跳躍。縦回転の斬撃を叩きつけて後方に下がり、反撃を避けるように間合いをとる。

 

「はあっ!」

 

《疾風突き》

 

 突撃。エイリークが得意とする鋭い突き技。

 

 ブロトはここまでの攻撃に反応できず、すべて鎧で受け止めている。ただその鎧が受けた傷はひとつもない。

 

「……硬いわね」

「言っただろう。君の剣は軽いって。速さだけでは《黒鎧》に傷を付けることも無理だ。次はこちらの番だ。……その剣、折るよ」

 

 時間差で振り下ろされる2刀の大剣。エイリークは受け止めずに左右にステップを刻んで躱す。


 そのあとに繰り出される剣も躱し続けて隙あらば細剣を突き出す。

 

「狙いがぶれるな。それにこの暑さ。《陽炎》か?」

 

 ならば、とブロトは右の大剣で薙ぎ払う。縦よりも横の斬撃ならば攻撃範囲は広い。

 

 エイリークはバックステップ。そこに繰り出される左の突き。

 

 大剣はリーチが長い。槍のように使えばエイリークに届く。身を捻りかろうじて躱すも次には距離を詰められて蹴り飛ばされる。

 

「ぐっ!」

「終わりだ」

 

 体勢の崩れたエイリークにトドメの一撃。

 

 振り下ろされる大剣をエイリークはただ睨みつけるだけで……

 

 

 爆発。

 

 

「……何をした?」

 

 腕に残る衝撃に顔を顰めるブロト。

 

「今のアタシじゃ吹き飛ばせずに逸らすのが精一杯みたいね」

 

 エイリークは彼から距離をとり、仕切りなおす。 

 

 

 大気を振るわせた爆音にエイリークは耳を抑えていた。

 

 +++

 

 

「今のは《爆風壁》?」

「いいえ。《爆風波》の方です」

 

 

 観戦席で呟くアイリーンに答えたのはポピラ・エルド。

 

「ポピラさん?」

「はい。アイリーンさん、ご無事ですか?」

 

 その一言はアイリーンに思うものがあった。

 

「……最近意味もなく襲われる回数が増えたことですか? もちろん返り討ちです。それよりも貴女、何を知っているの?」

「……いいえ。あなたの筋肉痛のことです。特訓で足腰が立たなくなったと聞きましたが、アギさん達と何をしているのです?」

 

 アイリーンの無事を確認したポピラは誤魔化すことにした。

 

「べ、別になんでもないです。それよりも、ウインディさんのこと、わかりますの?」

 

 ポピラは頷く。

 

「私が教えましたから」

 

 

《爆風波》

 

 風属性範囲攻撃術式。圧縮した空気を前方に向けて爆発、炸裂させる魔術。

 

 範囲攻撃としては射程が短く広いので前衛向きではある。これを防御用に『仕掛ける』のが《爆風壁》なのだが。

 

 

「《爆風壁》は受身になるので《爆風波》のほうが相性がいいと思いまして」

「どうやって教えたの? あれは中位の術式。数日で身に付くとは思いません」

 

 中位以上の術式となるとイメージの構成、IMイマジン・モジュールがかなり複雑化する。魔術を再現するには発動するまでのさらに明確なイメージが必要となるので短期間の習得は難しいはず。

 

「私が得意とするのは術式のIM化とブースターに補助術式を付与することです。《爆風波》のブースターを創って、エイリークさんにはひたすら使い続けてもらう事でイメージを刷り込ませました」

 

 これは元々ユーマの考えである。

 

 補助輪付きの自転車を全力で漕ぎ続ければ、嫌でも身体が感覚を覚えるだろうという理屈だ。

 

 もちろんこの世界に自転車はないけれど。

 

「アイリーンさんも覚えますか? これが『洗脳くん4号』ですけど」

「……その名前だけでどんな訓練をしたのか考えたくもありません」

「そうですか。試験に持ちこめるブースターは1つですので、エイリークさんには『陽炎の外套』を使うために嫌でも習得してもらったのです」

 

 

 《陽炎》は風と火属性の複合補助術式。

 

 大気に温度変化を与えて空気の密度を乱し、術者の周囲に「もや」をかけて相手の命中率を下げさせる術式だ。

 

 《爆風波》よりもIM構成が複雑であり、火属性の適性がないエイリークはブースターがなければ《陽炎》を使うことができない。

 

 

「どうしました?」

「2つの新術式で防御の低さをある程度カバーしているのですね。でもそれだけじゃ《黒鎧》の防御は打ち破れない。《旋風剣》は以前彼には通じなかったのに……」

 

 エイリークの攻撃は軽い。それはアイリーンも理解している。

 

 エイリークが得意とする《旋風剣・疾風突き》はそもそも彼女の《氷晶壁》も正面から突破できない。

 

「問題ありません。秘策を授けましたから」

「それは?」

 

 ポピラがポケットから取り出したもの。

 

 それは先のとがった金属を螺旋状にしたもの。

 

 

「コルクの栓抜きです」

 

 +++

 

 

 戦闘は続く。

 

 剣を交える2人の周囲は『陽炎の外套』が放出する熱気に包まれている。 

 

 攻め続けるのはエイリーク。しかし不利なのもエイリークだ。

 

 足を使って大剣を躱し、細剣の連続剣技を振るう。

 

 それでも決定打が与えられない。エイリークの消耗が激しい。

 

「いい加減に……倒れなさいよ」

「……剣の速度に防御と回避の上達。確かに強くなった。評価もきっとランクAだろう。でも……」

 

 ブロトはエイリークを淡々と観察、評価を下して両手の剣を下げる。

 

「でもそれだけじゃその先が駄目なんだよ。……《強化》を1段階、上げるよ」

 

 それからブロトは攻勢に出る。エイリークに迫るスピードは今までとは比べ物にならず、彼女に匹敵している。

 

「くっ!」

「まだだよ」

 

 突き技は躱すことができたがさらに追い打ちをかけてくる《黒鎧の大剣士》。

 

 エイリークは袈裟がけに振るわれる大剣を咄嗟に剣で防ぐ。

 

(重い!!)

 

 瞬時に発動させた《旋風剣》で刀身を守り、《風盾》で逸らさなければ確実に折れていた。

 

 ブロトの攻撃は止まらない。返す刀で切り上げる剣を捌いても次には2刀の大剣が唸りを上げてエイリークを襲う。

 

 防御力だけでない。攻撃力もスピードもエイリークを上回る。

 

 これがランクA。

 

 2年の後期から半年間、ランクAの環境下で鍛え上げてきた彼の実力。

 

 

 大剣の二刀流を細剣1つで防ぐエイリーク。

 

 苦し紛れに放った《爆風波》は射程が短く、後ろに下がるだけで難なく躱されてしまう。

 

「はぁ、はぁ、……はぁ」

 

 体力の限界。判断力が鈍る。

 

 大振りされた剣はフェイント。引っかかったエイリークは次の一撃を躱すことも剣で防ぐこともできない。

 

 エイリークは鞘を抜いて《風盾》を発動。直撃は避けるも鞘は砕かれ、そのまま吹き飛ばされた。

 

 +++

 

 

「これでもわからないのかい? 君の弱点。それは身体強化の術式が使えないことだ」

 

 一瞬の攻防で立場が逆転した。

 

 あれだけ攻め続けたエイリークの攻撃は通じず、逆に数回の攻撃で吹き飛ばされて倒れている。

 

「適性がないのだろ? 前衛型が強化術式を使えないのなら致命傷だ。攻撃は貧弱でこんなにも脆い。これでは実戦ですぐに死ぬぞ」

 

 ブロトは正しい。エイリークは移動術式は使えても身体強化を使えない。

 

 だからスピードを維持するために装備を軽くするしかなく、《旋風剣》の衝撃波がそのまま彼女の攻撃力に直結するのだ。

 

「《魔法剣士》の可能性もあるが、君の直系の先輩である《烈火烈風》には遠く及ばない」

 

 ブロトはエイリークの剣を否定する。前回と同様、打ち負かしたそのあとで。

 

「先輩として忠告する。君はここまでが限界だ。君の剣は攻めるにしても守るにしてもあまりにも軽い」

 

 兜の仮面の中でブロトは目を伏せる。彼だって言いたくなかったことだ。

 

 でもこのまま彼女が実戦に出てむざむざ死ぬようなことはやめてほしかった。

 

 エイリークという少女は彼が出会った頃からまっすぐで、だからこそ惜しい。

 

 

 

 

「…………な」

 

 がつん。

 

 何かが兜にあたる音。ブロトは目を見開く。

 

「勝手に……アタシを決めつけるな」

 

 エイリークは立ち上がっていた。折れた鞘をブロトに投げつける。

 

「なぜ?」

「……特訓のおかげでね、吹き飛ばすのも吹き飛ぶのも慣れたのよ」

 

 精一杯強がる。

 

 でも目は逸らさない。

 

「アタシに言わせればアンタは剣士なんかじゃない」

「何?」

「アンタは鎧の硬さに身を任せて大剣を振り回しているだけ。攻めも守りも技がないのよ」

 

 エイリークは前から彼のことが気に入らなかった。

 

 身体強化に頼りきって装備重量を無視した鉄壁の《黒鎧》を装備し、《重量化》を施した大剣を力任せに振るう《黒鎧の大剣士》。

 

 ブロトには剣技というものがない。

 

 だから6歳から剣を振り続けたエイリークは許せなかった。

 

 剣士を名乗る彼に。

 

 彼に負けた自分に。

 

「アンタなんて甲虫で十分。なら剣士のアタシが負けるはずない」

「……まだ諦めないのかい?」

 

 エイリークはただ剣を構えるだけ。

 

(ユーマは言った)

 

 できないからと自分を誤魔化すことは許さないと。

 

(ポピラは教えてくれた)

 

 エイリークの剣と技には『まだ先』があると。

 

(だから、アタシは……)

 

 

「アタシは決めたの。アタシは剣を選んだ。アタシにはこれしかない。だから」

 

 

 剣に風が集まる。

 

 纏う風は渦を巻いて吹き荒れる。

 

 竜巻は静かに、でもその力を強く強く見せつける。

 

 彼女の剣を守るように。

 

  

 エイリークが選んだ剣。


 その名は、

 

 

《旋風剣》

 

 

「次で……決める」

「……わかった。これが最後だ《旋風の剣士》」

 

 

 合図はなかった。ほぼ同時に2人はぶつかり合う。

 

 

《旋風剣・疾風突き》

 

 

 エイリークの突撃はブロトの右の大剣と衝突して相殺。でも彼女の剣は竜巻が守りきり折れていない。

 

 ブロトの左の大剣が襲いかかる。《旋風剣》が解かれたエイリークは構わずにそのまま前に踏み込む。

 

 

(届かない。ならもっと――前へ)

 

 

《爆風波》

 

 

 大剣を直接狙われ、至近距離から放たれた《爆風波》にブロトは左の大剣を吹き飛ばされる。

 

 反動でうしろに下がってしまうエイリーク。すかさず突撃を仕掛ける。

 

 

 ――それはあまりにも愚直で、でもそれがあまりにも彼女らしくまっすぐで

 

 

「読みやすいよ。君は!」

 

 振り下ろされる右の大剣。

 

 直撃コース。でもエイリークは止まらない。『陽炎の外套』の留め金を外して前に翳す。

 

 ポピラが付与してくれた《風盾》の強化術式。マントは大剣の一撃を逸らしてそのままブロトの視界を塞ぐ。

 

「はああああっ!!」

 

 マントを破いて繰り出される《旋風剣》。ブロトが剣を引き寄せて防いだのは偶然だ。

 

「まだよ! 吹き、飛べぇええええ!!!」

 

 エイリークは《旋風剣》の竜巻を前方に向けて解放。

 

 

《衝突風》

  

 

 一点に集中して解き放つ衝撃波は、彼女の細剣と共に大剣を砕き折る。

 

「くっ!? 君は――」

 

 

 ――ここまでよくやった

 

 

 ブロトは賞賛をエイリークに送る。大剣を2本とも失うなんて初めてだったのだ。

 

 だからブロトは最後まで戦う。最後の最後に見せるものは彼の《切り札》。

 

 

 折れた剣を投げ捨てたエイリークは見た。

 

 ブロトの兜に付けられた一本角。それが自ら弾けて砕けていく。

 

 

 それは《鞘》。擬態から解き放たれるのは《現創》された3本目のグレートソード。

 

 首で振るう兜に付けられた大剣。身体強化されているブロトならばそれでも十分な武器になる。

 

 

 対するエイリークに細剣はない。

 

 『陽炎の外套』は破いてしまい、《爆風波》は連発できない。

 

 彼女は右の拳を握りしめる。

 

 

 ――ここまで?

 

 

 そんなことはない。

 

 エイリークにも残された武器はある!

 

 

(……ユーマ。《これ》は……貸しよ!!)

 

 

 左手で腰のホルダーにある柄を掴む。

 

 それは彼女が少し前まで持っていたもの。

 

 銀の装飾に翠の鞘。

 

 《精霊使い》の少年に預けた彼女の御守りだったもの。

 

 

《守護の短剣》

 

 

 ポピラが渡した装備はマントだけではなかった。大剣を前にしてもエイリークは恐れずに短剣を引き抜いて前へ飛び込む。

 

 ――もっと早く

 

 その1歩はエイリークが費やした努力。

 

 ――前へ、早く、速く

 

《高速移動》

 

 その1歩だけが適性を持たないエイリークの限界。

 

 

 ――アイツよりも早く……叩きこめ!!!

 

 

 でもその1歩が彼女の剣を活かす。

 

 

《旋風剣・疾風突き》

 

 

 再び衝突する剣と剣。

 

 大剣を振り切られる前に懐へ飛び込んだエイリークは根元からブロトの切り札を突き砕く。

 

「もう一撃!」

 

 防ぐ手立てのないブロトに向けて放つ《旋風剣・疾風突き》。

 

 しかし、剣を折ることはできても《黒鎧》の装甲は貫くことができない。

 

「……まだよ。だってアタシには」

 

 

 ――これしかないから

 

 

 エイリークは決めたのだ。この先も剣を振るい続けることを。

 

 それは誰かを守るため。それだけじゃない。誰かを助け、共に戦うため。誰かの力になるために。

 

 エイリークにできること。そんなものは少ないのだ。彼女は《剣士》であって《魔術師》でも《精霊使い》でもないのだから。

 

 

 だからエイリークは前に出る。前へ進む。手にした剣で道を切り拓くために。 

 

 この技と共に。

 

 

 イメージする。

 

 竜巻を纏う短剣の形は先の尖った螺旋。

 

 それをぶつかる装甲を前にして短剣を押しこむ。

 

 竜巻の回転に合わせて短剣を回し入れて、ゆっくりと確実に捩じ込んでいく。

 

「何……だと?」

 

 ポピラの秘策。

 

 それは旋風剣をぶつけるのではなく、竜巻を捩じ込み剣で捩じ切れということ。

 

 ひび割れた《黒鎧》の兜。エイリークは短剣を引き寄せ、もう再び短剣を突き出した。


「はああああ!!」

 

 

《旋風剣・疾風二段突き》

 

 

 1撃目で装甲を砕いた兜を2撃目で完全に破壊した。

 

 ブロトは驚きの目でエイリークを見る。

 

「……見事」

 

 それが最後の言葉。ブロトが最後に見たのは彼女の拳。

 

「フン!」

「ぐがふっ」

 

 エイリークはブロトを右の拳で殴り飛ばした。

 

「……アタシの勝ちよ。だからアンタはこれから《甲虫》を名乗りなさい」


 積年の恨みと言わんばかりの一撃にブロトは気絶。

  

 

 エイリークは気に入らない相手に容赦しないのだった。

 

 +++

 

 

 試験終了。

 

 

「おめでとう。審査はまだだが問題なくランクAだと評価できる。まあ、最後の1撃はちと余計だったが」

 

 担架で運ばれる《黒鎧の大剣士》改め《甲虫》。

 

「ありがとうございます」

 

 審判を務めた教師に礼を言うとエイリークはその場に倒れこんだ。

 

「大丈夫かい!? 君?」

 

 心配する教師に目もくれず、疲れたエイリークはひとつ呟いてから目を閉じた。

 

 

「……どこかで見てたのなら文句でも言いに来なさい。突撃馬鹿と言われてもアタシにはこれしかないんだから」

 

 

 

 

 エイリーク、戦闘勝利。

 

 決め技は《竜巻ぱんち》

 

 +++

 


ここまで読んでくださりありがとうございます。


《次回予告》


 アイリーン・シルバルム。最高の魔術師を目指す彼女はユーマに言わせれば器用貧乏な《銀の氷姫》。


 ユーマがいなくなっても彼女の特訓は続く。ヒントはユーマが前もって残してくれたのだから。


 次回「特訓 2」


「決まっています。全部です」

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