2-01 特訓 1
第2章スタート
エイリークとポピラ
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昇級試験。
学園の戦士系、魔術師系の生徒は個人ランクAになることが学園を卒業する第一条件となる。年3回行われる昇級試験は個人のランクを上げる方法として一番手軽な方法であった。
ランクAの生徒は必修科目を除けば比較的自由に活動できる。自身の技に磨きをかけるのに時間を費やし、学生ギルドで学園都市以外の他国の依頼や魔獣狩りの依頼を受けることが可能となる。
学園にある特別な施設を利用することもできるランクAはランクB以下と比べれば経験値が違う。そんな彼らを相手にどれだけ戦えるのか? というのが試験なのだが。
試験の内容は1対1の対戦形式。受験者はそこで審判の教師に実力を評価してもらう。対戦相手の大抵は3年生のランクAの生徒だが、ランクB以下の受験者用に学生ギルドから試験官の募集もしている。
エイリークたちもこの日の為に訓練を重ねていたのだ。しかし、
彼女たちのコーチを引き受けていた《精霊使い》の少年は、試験当日の10日前から姿を消していた。
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幻創の楽園
第2章 銀の悪魔
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昇級試験編
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試験の初日。尚、試験は1週間かけて行われる。
仲間たちの内最初に試験を受けるのはエイリーク・ウインディ、彼女だ。
翠の刺繍が施され白を基調とした《風森》の騎士服に身を包んだエイリークは控室で静かに出番を待っていた。
「エイリークさん。これを」
エイリークの様子を見に来たのはエルド兄妹の妹。ポピラはエイリークの為に準備した装備を彼女に渡した。
「これは」
「ミツルギさんがあなたに用意したものです。エイリークさんが新しく習得した術式を補助してくれます。あと私の方で《風盾》の強化も付与しました。1度きりの効果ですが」
「ユーマが? ……十分よ。ありがとう」
エイリークはポピラに礼を言い、少し前のことを思い出す。
彼女とこんな風に話すような関係になったのは最近の事だった。
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出会いはユーマとの特訓中のこと。
「なぜ《螺旋疾風突き》を教えないのよ?」
「いや、教えないじゃなくて教えられないんだ。俺が使うやつはどうも違うみたいだから」
《旋風剣・螺旋疾風突き》
魔法剣の上位剣技であるこれをユーマは《補強》で再現して見せた。
しかしユーマは《旋風剣》の竜巻の形状をドリル状に《補強》したのであり、《螺旋疾風突き》を放ったわけではないので厳密には違う技だったのだ。
「剣技はからきしなんだよ、俺」
「だったら『どりる』よ。あれのイメージを理解できればアンタと同じ技ができるはずよ」
以前エイリークが試したところ、剣が衝突すると同時に纏う竜巻が爆散。1度も成功していない。
「うーん。貫通させる技よりも衝撃波を利用した技の方が向いてると思うんだけどな。風葉、どう思う?」
風属性には風の精霊。ユーマは風葉にアドバイスを求めたのだが。
「風はですねー。いろんなのがあるのですよー」
風葉は語る。
「そよそよーもあればずばーん! もあってー、ぐるぐるしたらーぶわーになるのですー」
「……?」
「他にもぎゅーってしてどかーん! もありますねー。エイリっちはきっとこれですよー」
「……ユーマ?」
「……ごめん。俺もあんまり」
理解できなかった。
これでも風葉はユーマの魔術の先生だったりする。
「なんで理解してくれませんかー!?」
ふくれる小さな羽妖精。
「馬鹿ですね」
「えっ? ……ポピラ?」
ユーマとエイリークの前に現れたみつあみの少女。出会い頭の一言は相変わらずだった。
「いきなり何よアンタ」
「ミツルギさん。兄が呼んでいます。ガンプレートのオプションについてですけど……」
ポピラはユーマというよりも彼の肩にしがみ付いている風葉をじぃーと見ている。
「ポピラ?」
「……風属性の特徴はその組み合わせの多彩にあります」
ポピラは語る。
「ミツルギさんも《高速移動》、《天駆》、《風乗り》の移動系術式を組み合わせることで高機動戦を実現しているではないですか」
「まあね」
ユーマは頷く。
「風の術式は万能ですが単発では他の属性に劣るのです。まずは術式で操る風の種類を理解して下さい。風葉ちゃんもそう言っています」
「「え?」」
驚く2人。そういう話でしたっけ?
「エイリークさんの場合、空気を圧縮させて一気に解放させる『溜め技』のような術式が向いているそうです。《爆風壁》や《爆風波》。《疾駆》、《衝突風》あたりの術式はどうですか?」
「「……」」
エイリークは何も言えない。ユーマもだ。
「……ポピっちー」
風葉はユーマから離れ、小さな羽を使ってふよふよとポピラへと向かう。
そして彼女の頬に張り付いた。
「やっとー、わたしの理解者にー、出会えましたー」
風葉、涙声。
「……泣かないで風葉ちゃん。気にしてはいけないわ。みんな馬鹿なのですから」
ポピラは慈愛に満ちた表情で風葉を撫でる。シニカルな彼女にしては珍しいことだ。
「行きましょー。こんな日はミサちーのクッキーですー」
「ええ」
そしてポピラは風葉を連れて行ってしまった。
「……何よ、あれ」
「ポピラのやつ、ミサちゃんのこと知ってるのかな?」
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それからユーマが姿を消したあの日。
「今日からミツルギさんの代わりに私があなたの訓練に付き合います」
ポピラから突然の申し出だった。
「……アイツがいなくなったのはアンタから聞いた。でもどうして?」
「教えることはできません。ただ頼まれたので」
ここにいるとポピラは言う。
「私は剣に詳しくありません。私にできることはあなたに風の術式をいくつか習得してもらうくらいです」
「10日で!? いくらなんでも無理よ」
エイリークは風属性の術式を扱うが基本は剣士だ。1つの術式を習得するのにも10日では圧倒的に時間が足りない。
「できませんか? ミツルギさんは最初からそのつもりでしたけど」
「……なんですって」
これはミツルギさんの意見ですが、と前置きしてポピラは説明する。
「エイリークさんの剣技は十分ランクAに通用します。これは私も同意見です。足りないものは『起点となる攻撃パターンの幅の狭さ』と『防御力』。先日までの訓練でミツルギさんはそう判断しています」
エイリークの攻撃の起点は突撃。最近はバックステップを利用したヒットアンドアウェイもあるが、基本は一直線に突っこむだけなのだ。迎撃されやすい。
そして防御力。エイリークはスピード、機動力を重視しているので軽装に細剣を装備している。前衛型としては防御に不安があり、細剣も下手に受け止めると折れてしまう。
「この部分を術式で補うのです。あなたはどちらかといえば《魔法剣士》。魔術の幅を広げるべきです。……あなたの剣を活かすために」
「……」
エイリークは考える。前にユーマは言った。
――努力は足りないものを見つけ出してからはじめるんだ
(もしも今までが「足りないもの探し」ならば、アタシがするべき「努力」は……)
「……できると思う?」
不安だった。あと10日しかない。
「信じますか?」
問い返された。何を信じるのか?
目の前の彼女を?
彼女に頼んだ彼を?
それとも、
自分自身を?
「……やるわ。力を貸して」
ポピラに手を差し出すエイリーク。
「馬鹿ですね」
そんなこと言うけれど、ポピラは確かに彼女の手を握った。
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「不安ですか?」
再び控室にて。
ベンチに座り込んで動かないエイリークにポピラは訊ねる。
「少しね。何しろ『因縁の相手』だから」
そう言ってエイリークは黙り込んだ。元々沈みこんだら深みにはまるタイプである。
だからポピラは、
「……エイリークさん。あなたは馬鹿です」
苦手だったけど伝えることにした。
「突撃馬鹿でいいじゃないですか。あなたの剣技、あなたの習得した術式、あなたの持つ特性もすべてあなたにふさわしいものです」
人を励ますなんてはじめてだった。
「馬鹿馬鹿しいことで悩む必要はありません。馬鹿なのですから。あなたは馬鹿正直にまっすぐであればいい」
だけどそれは、
「私は……あなたのような馬鹿は嫌いではありませんから」
「ポピラ……」
そんな彼女にエイリークは、
「馬鹿馬鹿うるさい」
「――! あう」
デコピンした。
「さて。そろそろ行くけど最後に聞かせて。アイツは元気?」
「……はい。今は兄と一緒にいるはずです。……あの人も馬鹿ですから」
赤くなったおでこをさすりながらポピラは答えた。
「そう。……まあ《これ》を渡すくらいだからね。心配はしてないわ」
エイリークはポピラから渡されたマントを身につける。その色は鮮やかな緑。
「今までありがとう。おかげで気付いたわ。アタシには『これしかなかった』。それだけのことなのだけど」
少しだけ笑ってエイリークは控室をあとにする。
「いってくるわ。……見てなさい。アタシは負けないのよ」
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「いっちゃいましたねー」
「そうね」
ポピラの制服のポケットから這い出てくるのは、ユーマの精霊である風葉。
「心配ですかー?」
「いいえ」
ポピラは信じている。なぜならエイリークは彼女の、
「ともだち、ですから」
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
《次回予告》
エイリークVS《黒鎧の大剣士》。
前回の試験で《旋風剣》が通じずに敗北した重装甲の剣士を前にして、エイリークはリベンジに挑戦する。
次回「旋風の剣士」
――アタシにはこれしかなかった