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幻創の楽園  作者: 士宇一
第2章 前編
36/195

2-00b 長い放課後 1

ユーマの一日。放課後編

 

 +++

 

 

 昼休み。

 

 

「ミツルギ、あとは貴様だけだ。購買部を前にしたこの俺を止められると思うなよ」

 

 購買部のパンを巡る死闘は終盤。ユーマは宿敵と対峙する。

 

 前に立ち塞がるのは格闘技顧問、教師のグルール・ボロス。

 

 アギの奮闘むなしく、リュガという尊い犠牲を出したユーマに残された策は1つ。

 

「先生、俺と組みましょう。俺達2人なら新作のギガグリルサンドをあの戦場から奪取できるはずです」

 

 懐柔だった。

 

「――!! そうか! ならばついてこいミツルギ。……遅れるなよ」

「サー!」

 

 昨日の敵は今日の戦友とも。よい言葉だと思う緑ジャージの筋肉。

 

 ユーマは敬礼し、グルールを盾に購買部へ突入した。

 

 

「馬鹿ですね」

 

 お弁当を持った練金科のポピラ・エルドは、購買部という戦場を眺めてそう呟いた。

 

 

 +++

長い放課後

 +++

 

 

 戦果は上々だった。グルールを味方に付けたユーマは戦友達の分も楽々と買い占めて昼食にする。

 

「ミツルギよ。俺の話を聞いてくれるか」

 

 何故かグルールと一緒に。

 

「何です? 先生」

「俺は迷ってるのだ。いったいどちらにしたらいいのか」

「どっちでもいいですよ」

「何だと!?」

 

 驚くグルール。

 

 ユーマは《精霊使い》。もしや俺の考えが読めるのかと驚愕したのだが。

 

「今回新作の中身は正直予想できませんでしたから。《大貝獣ギガグリルサンド》はバカでっかい貝柱だったわけで、《大海獣ギガグリルサンド》のあの噛みごたえといったら……イカ?」

 

「違う。昼飯の話ではない」

 

 グルールの話はこうだ。

 

 グルールは薬師で第2救護室を任されているセレス・スニア先生とお近づきになりたい。しかし彼女はどうやら彼の同僚で魔術科の教師であるオルゾフに気があるらしい。

 

 脈のない彼女よりも別の女性にアタックしたほうがいいのか、と。

 

「練金科のアラムさんも最近いいなと思うのだ。ミステリアスで」

「……えーとアラム・アラド先生でしたっけ? 俺面識ないです」

「そうか。とにかく俺は彼女達との接点が欲しい。何かないか」

 

 迫るグルール。暑苦しい。

 

「趣味とか共通の話題とかないのですか?」

「ない。それ以前に知らん」

  

 ――おい、自分で調べろよ

 

 はっきり言い切ったグルールに呆れるユーマ。

 

「……じゃあこうしましょう。今から先生を砂更の力で埋めますから、それをセレス先生やアラム先生に助けてもらうという作戦で」

「――!! それだミツルギ。頼むぞ」

 

 どうでもよくなったユーマ。生き埋めにしてもこの人は大丈夫じゃないのかと割と本気で思った。

 

 +++

 

 

 一方その頃。

 

 職員専用の食堂にて。

 

 

「なかなか興味深いわねこれ」

「ええ。私よりも貴女の方が専門だと思いまして」

「……むー」

 

 1つのテーブルを囲むのはオルゾフとセレス、そして練金科の教師、アラム・アラドの3人である。

 

 アラムは腰まで伸ばした黒髪と鮮やかな紅いルージュが印象的な妙齢の女性だ。黒衣を身に纏えば誰でも彼女のことを魔女と呼ぶだろう。

 

「魔力が流れる道が複雑に描かれていてそれが術式を構成している。魔力を循環させることで効果を高めるおまけ付き。魔術というよりも芸術の域よね。これは」

「私はこの札に付与されている魔力の方が驚きだ。この紙の札1枚が高純度の魔石に匹敵している。これほどの魔力を付与できる《魔法使い》はそういないはずだ」

 

 3人というより、オルゾフとアラムの2人が話をしているのはセレスが持ってきた1枚の札について。ユーマが以前彼女に譲った《ヒール》の《回路紙サーキットペーパー》である。

 

 セレスはオルゾフとの会話のきっかけにと見せたのだが、思いのほか回路紙に興味を持ったオルゾフ。彼は旧知の仲であるアラムに専門家として意見を聞いてみることにしたのだが。

 

 セレスにとってアラムの存在は計算外だった。

 

「これほどの物は400年前の遺産レベルね。スニア先生、この札をどこで?」

「むー……ふぇ? あっ、あのユーマ君、あの子にもらいました。研究すれば治療用に量産できるかもしれないって」

「……ミツルギか」

「話題になってる《精霊使い》の子ね。ウチの困った天才君たちが彼に触発されていい傾向なのよ。1度会ってみたいわ」

 

 エルド兄妹のことだ。ユーマを通じて閉鎖的だった兄妹に交友関係が広がりつつある。

 

「ところでこの札だけど、研究するにはサンプルがもう少し欲しいわ。まだあるのかしら?」

「わかりません。ユーマ君に聞いてみないことには」

「そうか。ではこの札はアラム、君に預ける。いいかな? スニア先生」

「ええっ!? は、はい。アラド先生お願いします」

 

 オルゾフの発言に驚くセレス。

 

「こちらこそありがとう。久しぶりにいい研究素材が手に入ったわ。オルゾフ、彼女にお礼しなさいよ」

「……わかったよアラム。成果があったら私にも教えてくれ」

「ええ」

 

 セレスは親しげな2人を見てショックで涙目。

 

「……オルゾフ先生がアラド先生のこと、名前で呼んでる……」

 

 そんな彼女を見てアラムは、

 

「若いっていいわねぇ」

 

 そう言って微笑む彼女だった。

 

 +++

 

 

 放課後。

 

 練金科棟にて。

 

 

「ティムスー、いるー?」

「おう、入れ」

 

 エルド兄妹の研究室を訪ねるユーマ。彼は自分のブースターを彼らに預けていた。

 

「調整終わった?」

「これだ。カートリッジも総入れ替えした。あとで試し撃ちしろよ」

 

 ティムス・エルド。茶髪の長髪で双子の兄妹の兄。ユーマのブースターの製作者である。

 

 ブースターとは術式を補助するイメージ増幅器のこと。昔でいう魔術師の杖のようなものだ。

 

 ユーマのブースターは銃の形をした金属板、《ガンプレート・レプリカ》。『ユーマの知っている魔法弾』を再現できる武器である。

 

「それとこれが試作品を改造したやつだ。あいつに使わせるんだろ? おもしれぇじゃねえか。あとでデータよこすように言っとけ」

「わかったよ。ポピラは?」

「ここです」

 

 いつの間にかユーマの隣にいた技術士の少女。

 

 ポピラ・エルド。黒髪のみつあみ。兄妹の妹の方で補助術式の構成や付与を得意とする。

 

「ポピっちー」

「いらっしゃい。風葉ちゃん」

 

 飛び出す風葉を優しく受け止めて頭を撫でるポピラ。

 

 風葉はポピラになついている。波長が合うらしい。

 

「ポピラ、あれできてる?」

「試作型はできていますが。……あんなもの実戦で使えるとは思いませんよ」

 

 あれとは新型のブースター。ユーマ用ではないが。

 

「とりあえず俺が試してみるから。どっちを採用するかはそのあとで」

「今からですか? それでどちらを」

「もちろん、空を飛ぶ方で」

 

 +++

 

 

 普通科棟にて。

 

 

 ミサ・クリスはエイリークの親友だが剣士でも魔術師でもない普通の少女だ。普通科の彼女は友達と今度の試験を話題におしゃべりしながら下校していたのだが。

 

 

 空から彼女を呼ぶ声がする。


「…………サ…………ん」

「え?」

 

 上を見るミサ。

 

「ミサちゃーーん、どいてーーーーっ!!」

「ええっ!?」

 

 黒髪の少年が空から降ってきた。ミサの目の前でどしん、と着地。

 

 ミサもよく知る少年はなぜか緑色のマントを身につけていた。

 

「ユーマ君? どうしたの?」

「ちょっと実験してた。ついでにミサちゃんにクッキー貰おうと思って」

「ミサちー」

 

「――!!?」

 

 突然のことに驚くミサの友達。さらには精霊がでてきてしゃべりだすから尚更だった。

 

「クッキーくださいー」

「えーと、はい。砂更の分もね」

 

 用意のいいミサ。幸せそうにクッキーを食べる精霊たち。

 

「突然ごめん。砂更と約束したから」

「それはいいけど実験って?」

「このマント《風乗り》の補助術式が付与されてるんだ。これで空中を滑空できたらと思って」

 

 《風乗り》は風属性移動術式。空中を滑るように移動できるこの術式は、ムササビのように滑空することで疑似的に飛行できる。

 

「風葉ちゃんの魔法があるのに?」

「これはエイリーク用。昇級試験の秘密兵器だけど制御が難しいや。10日じゃ間に合わないな……試作2号を採用するか」

 

 ユーマは今、彼女たちの試験対策のコーチをしている。その過程でエイリークに空中からの突撃という攻撃パターンを増やそうと思っていた。

 

「そっか……リィちゃんのことお願いね」

「わかった。それじゃあ」

「ごちそうさまでしたー」

「……」

 

 ユーマは風葉の魔法で垂直に飛びあがり、吹く風に流されるように場を離れていく。

 

 

 ミサは思う。

 

 自分は親友の傍にいてあげるしかできないけど、今はユーマがいる。彼はエイリークの力になってくれる。

 

 親友のためを思うとそれは嬉しいことで、ちょっぴり寂しいことだと思うミサ。

 

「……ミサ。突然空から降る人が知り合いで、それから精霊が出てきたのを見て平然とクッキーを取り出すあなたはやっぱり普通じゃないわ」

「ええっ!?」

  

 そんな彼女は友人から普通の女の子と認識されていなかった。

 

 主にエイリークとユーマのせいで。

 

 +++

 

 

 一方その頃。

 

 学園長室にて。

 

 

「さて、どうしましょうか?」

 

 学園長、イゼット・E・ランスは4人の生徒を呼び出して相談していた。

 

 呼び出された生徒は『生徒会長』、『自警部部長』、『報道部部長』、そして現在の《Aナンバー》の『弟1位』である。生徒会の首脳陣ともいえる顔ぶれだった。

 

 議題は今度の昇級試験における《Aナンバー》の選定。それに伴い発生するだろう生徒同士の争いについて。

 

「毎度のことですからね。この派閥争いみたいなのは」

「エース候補というよりもその腰ぎんちゃくが問題だ」

「もう被害出てるのか?」

「大きな事件はないよ。予想してある今期の《Aナンバー》は今の暫定メンバーとそう変わりがないから。ただ1人だけ」

 

 報道部部長は1人の生徒の資料を全員に配る。黒髪の少年の写真。

 

「ユーマ・ミツルギ。《精霊使い》の彼を有力なエース候補とみて襲撃する生徒が多いね。学生ギルドの非公式依頼にもあったよ」

「……不特定多数の奴に狙われているのですか? それで彼は」

 

 生徒会長の質問は自警部部長が答えた。


「それは俺から。はっきり言うとミツルギに被害はない。元々組織だった襲撃ではなく散発的なもので全員返り討ちにあっている。大抵首まで埋められているか木の枝に吊るされているかのどちらかだ。……救助するこちらの身にもなれって話さ」

「それはなんとも」

「それに奴の周りにいる生徒もなかなかの人材が揃っている」

「ボクが報告するね」

 

 今度は報道部部長。

 

「まず《旋風の剣士》と《銀の氷姫》。彼女たちはきっと今回の試験でランクAに上がるよ。二つ名持ちだもの、元々それだけの実力があるわけだし。最近はエルド兄妹。それに新入生では注目株の《射抜く視線》も彼の友人だね」

「いや、それだけじゃない。《盾》もいる」

 

 自警部部長は補足するべく割り込んだ。

 

「誰? ボクの取材メモに該当する生徒はいないよ」

「お前たちでいえば《バンダナ兄弟》。その青いほうだ。ランクはCだが俺はあいつを自警部に引き入れたいと前から思っていた。あいつの友人というだけでミツルギは評価できる」

「へぇ、君がそこまで言うなんてね。今度取材班を派遣してみるか」

「話が逸れてます」

 

 生徒会長は本題に戻す。

 

「ミツルギ君をエースに加えるのは有益みたいだね。彼の作る《騎士団》も面白そうだ。問題は……」

「誰がミツルギを狙っているかだ」

 

 ここで初めてAナンバーのトップが口を開く。

 

「ミツルギを貶めて得をするのは誰だ? 多分ミツルギにエースの座を奪われる可能性のある下位の《番号持ち》、もしくはその取り巻きだ。可能性があるのは?」

 

 4人が思い浮かべた人物。それは、

 

 

《竜使い》

 

 

 

 

 4人の話し合う姿を見て、学園長はその頼もしさに満足していた。

 

 +++

 

 

 夕方。

 

 今日の晩御飯はどこで食べようかと悩みながら街をブラブラするユーマ。

 

「あれー? みてくださいー」

「ん?」

 

 風葉が指さす方向には2人の女生徒が他校の生徒に絡まれているのが見えた。

 

 女生徒の1人には見覚えがある。あの浅黒い肌に銀の髪はダークエルフ。魔族の少女ユンカだ。

 

「だからこの子困っているでしょ? 用はないからどきなさい」

「いきなり割り込んできてなんだ? 君も俺たちと遊びたい?」

「ちょっと小さいのは趣味じゃないな。やっぱりこっちの子のほうが好みだわ俺」

「この、話を聞けーーっ!!」

 

 ユンカはどうやら絡まれた少女を助けに行ったらしい。

 

「……まずいな」

 

 ユーマはガンプレートを取り出す。ユンカが危ないのではない、絡んできた男達が危ないのだ。

 

 ユンカは身体能力が非常に高い《強化型魔族》。エイリークだったら旋風剣で吹き飛ばして終わりのところがユンカの場合、素手で人間ミンチを作ってしまうかもしれない。

 

「いやっ」

 

 小柄なユンカを押しのけて少女の腕を掴む男。その時、

 

「ぎゃっ、いてえ!」

 

 何かが少女を掴む腕を『射抜いた』。痛みで腕を抑える男。

 

 ユーマではない。男達が見たのは夕日を背に佇む黒髪の少年。ユンカは喜んで彼の名を呼ぶ。

 

「ジン!!」

 

 ジンは何も持たない両手で『弓を構える』。

 

 男達の目を見る。瞳ではない、その眼球をだ。ジンの視線は彼らに訴える。

 

 

 ――次はあなた達の眼を……

 

 

「ヒィッ!!」

 

 男達は一目散に逃げ出した。

 

「……ふう。大丈夫? ユン」

「ジン!!」

 

 ジンに飛びかかるように抱きつくユンカ。

 

「近い! いつもそれ近いからやめてって。……君も大丈夫だった?」

 

 座り込む少女に手を差し出すジン。

 

 前髪が少し長めのサラサラの黒髪。先程の鋭い視線とは違う優しい視線を少女に向ける黒い瞳。ジンの手に触れた時、少女はちょっと震えた。

 

「気をつけてね、女の子1人は危ないから。ユンもだよ。それじゃあ」

 

 背を向けるジンに少女は勇気を振り絞る。

 

「あ、あの、お名前を」

「ああ。僕はジン・オーバ。君はユンの友達?」

 

 ジンの隣で首をブンブンと横に振るユンカ。

 

 まずい。『いつもの』だとユンカは焦る。ジンの手を引っ張ってこの場を離れるよりも、少女の行動は早かった。

 

「是非お礼を。ジン様は夕食まだでしょうか。でしたら私と一緒に。いいお店を知っていますから」

「えっ? あの」

「さあ、行きましょう。ジン様」

 

 ジンの腕を取り、ぐいぐい引っ張るように進む少女。呆然とするユンカ。

 

「……しまったわ。ジンはまた『射抜いた』の? なんとか《中央校》へ編入するのにジン『だけ』を誘って、それからもあれだけ警戒していたのに……ちょっとまちなさい!!」

 

 ユンカはジン達を追いかけた。

 

 

 

 

「……まあ、いいか」

「きっとああいうのがー、主人公なのですよー」

 

 手にしたガンプレートをホルダーに収めてユーマは思った。

 

 

 今日は麺にしようと。

 

 +++

 

 

 一方その頃。

 

 

「何してるのです? ボロス先生」

「……」

 

 首まで埋まっていた同僚を見つけたオルゾフと、見つけられたグルールの心情は誰にもわからない。

 

 +++

 

 

「ユーマ・ミツルギだな?」

「ん?」

 

 寮への帰り道、呼び止められるユーマ。今日1日はまだ終わらないようだ。

 

 

 

 

 それから10日後。

 

 +++

 

 

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