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幻創の楽園  作者: 士宇一
第2章 前編
35/195

2-00a 1日のはじまり

第2章の導入部です。


ユーマの1日、登校編。

 

 +++

 

 

 C・リーズ学園、男子寮の1室にて。

 

 午前7時。

 

 

「おきてくださいー。あさですよー」

 

 早朝から眠る少年の頬をぺちぺちと叩くのは、緑の小さな小さな羽付きの女の子。

 

「……もうちょっとだけ……ねる」

 

 眠る少年はここ最近仲間たちの特訓に付き合わされてお疲れだった。起きる気配がない。

 

「しかたないですねー。……『優君? 起きてる?』」

「はい!! 起きてます姉さん! ……って風葉?」

 

 穏やかなのに冷ややかな姉の声に一気に目が覚めて飛び起きた。

 

 何故か正座。長年の習慣は条件反射になっている。

 

「おはようございますー。びっくりですかー?」

「それやめてくれよ。……なんで姉さんの声知ってるんだよ」

 

 彼女は風の精霊の風葉。風属性の魔法を使う。

 

 今のは《変声》という術式で空気の振動を操作して声質を変化させるのだ。

 

 少年の姉は『この世界』にはいない。何故風葉が知っているかというと、少年が《精霊使い》であって契約した精霊である風葉と繋がっているからだ。

 

「まあ、いいや。今日も1日頑張るか」

「はーい」

 

 少年は手早く着替えを済ませて顔を洗うと、黒髪を手櫛で撫でて腰に短剣を差す。

 

「行ってきます」

「いってきますー」

「……」

 

 そして少年は小さな精霊を連れて部屋を出た。

 

 精霊使いの少年、ユーマの学園での1日がはじまる。

 

 

 

 

 部屋に忘れられた白い腕輪。

 

「……」

 

 その腕輪に宿る砂の精霊は、主人に向けて決して「いってらっしゃい」とは言っていない。

 

 

 +++

1日のはじまり

 +++

 

 

 7時15分。

 

 学園の第1食堂にて。

 

 

「おばちゃん、朝食セットBね」

 

 第1食堂、通称『おばちゃんち』。パートのおばちゃんだけで運営されている学生食堂である。

 

 大抵の学生は朝から学食の世話になっている。ベテランの主婦達の作る定食は学園で家庭の味を提供している。

 

「ようユーマ」

「おはよう。アギ」

 

 ユーマに声をかけて隣に座るのは逆立つ黒髪に青いバンダナの少年。ユーマの友人であるアギだ。

 

「アギは給食? それで足りるの?」

「最近は姫さん達に付き合わされて学生ギルドへ依頼受けに行けてないんだよ。ちょっと金がない時はこれでいい」

 

 学園の食堂には無料提供の給食がある。栄養バランスは考えてあるのだが、育ち盛りには物足りない。

 

 今日はトーストにハムエッグとサラダだった。アギはおかずを全部パンに挟んでかぶりつく。

 

「これが昼だったらキツイけどな。それでだな、ユーマ。実は今日の購買でギガグリルサンドシリーズの新作が出る。昼飯はがっつりこれでいこうと思うが確実に入手するために手を組まないか?」

「いつも情報がはやいね。わかった。午前最後の授業は何だったかな?」

「俺は戦士系の選択だからボロス先生だ。あの人は俺が抑えるからリュガと協力してくれ」

 

 格闘技顧問、グルール・ボロスはギガグリルサンドが好物。ギガグリルサンドは他のパンを圧倒するボリュームを持つが数が少ないので、これを狙うとユーマ達は購買に向かう途中であの緑ジャージの筋肉と交戦することになる。

 

「リュガは授業違うの?」

「あいつは今日一般選択のほう。世界史だな」

「……似合わないね」

 

 +++

 

 

 7時50分。

 

 朝食後。ユーマはそのままホームルームを受けに教室へ向かおうとしたが、腕輪を忘れていたことに気付いて慌てて取りに寮へ戻る。

 

「悪かったよ、砂更。今度は忘れないから」

「……」

「週3くらい忘れてますものねー」

 

 その事実に腕輪に宿る精霊はいじけた。

 

 

 砂更。《白砂の腕輪》に宿る、ユーマのもう1体の精霊。

 

 長身で中性的な雰囲気を持つ砂の精霊。ただし口元や目元をローブや金の長髪で隠している。

 

 

「拗ねないでくれ。……わかった。今日は普通科棟に行ってミサちゃんにクッキー焼いてもらおう。だから機嫌直してくれ」

「……」

「わたしにもくださいー」

 

 精霊たちは何故か彼女のクッキーがお気に入りだ。他は決してものを食べようとしない。

 

 砂更の機嫌がなおった。

 

「ごめんな。今度からは気をつけるよ。ん?」

「覚悟!」

 

 学園へ向かう途中でエンカウント。同じ制服だから学園の生徒のようだ。

 

「砂更!」

 

 砂更は地面から《砂の腕》を出して襲撃者の足を掴み、そのまま砂地となった地面へ引きずり下ろす。

 

 首まで埋めて処理完了。

 

「最近多いよな、襲われるの。……まあ、いいや。遅刻するからもう行くよ。それじゃあ」

「ばいばーい」

「……」

 

 様々な理由で襲撃する生徒にも慣れたユーマは、挨拶してそのまま学園へ向かう。

 

「……ここから出してくれ」

 

 

 生首状態の生徒はもちろん遅刻した。

 

 +++

 

 

 午前8時。

 

 C・リーズ学園の正門前。

 

 

 ここでは相変わらず2人の姫が言い争う。

 

「だから、昨日の模擬戦はアイリィが足を止めて戦うから真っ先にアイツに狙われたのよ」

 

 エイリーク・ウインディ。金髪翠眼の《旋風の剣士》。

 

「貴女だって。すぐに突撃する癖があるから簡単に罠にかかるのです。それと前衛の貴女が後衛をほったらかしにしないでください」

 

 アイリーン・シルバルム。白金の髪に蒼眼の《銀の氷姫》。

 

 2人は模擬戦の反省会をしていたつもりだったが、いつの間にかどちらのせいで負けたのかという話になっている。そこへ通りすがった少年が1人。

 

「……今日は近づかないでおこう」

「「まちなさい」」

 

 ユーマ、他人のふりして正門突破作戦、失敗。

 

 最近は正門前でユーマが2人に捕まるのがパターンになっている。それを見ている他の生徒はどう思うだろうか?

 

「アンタ的にはどうなのよ? 3対1で勝負して、簡単にアタシ達に勝ったアンタの意見は!」

「私達の敗因は何なのでしょうか? いくら貴方が《精霊使い》だとしても昨日は一方的すぎです」

 

 話題となっていたのは昨日ユーマが放課後に付き合わされた合同特訓。

 

 試しにユーマVSエイリーク、アイリーン、アギという組み合わせで模擬戦を始めてみたのだが、結果は3セットすべてユーマの勝ちだった。

 

「いや、無理して付き合ったアギは本気じゃなかったから……」

「それはいいの。反省会の結果、今日のアイツはサンドバックにするから」

 

 アギの今日の予定もエイリークによって決まったらしい。

 

「……敗因、聞きたいの?」

「言いなさい」

「お願いします」

 

 ユーマは躊躇う。

 

 下手なこと言うと朝から救護室送りにされてしまうのがお決まりになっているから。

 

「いいユーマ。今度の昇級試験の為でもあるの。アンタのおかげでアタシ達のレベルはこの1ヶ月でまた1段と高くなった。試験まであと10日。悪いところは早く気付いた方がいいわ」

(気付かせるのよ。アイリィが悪いということを!)

 

「そうです。3年生までにランクAになればいいと思う人は多いでしょうけれど、私達にそのつもりはありません。今後の為にもはっきりしておきたいのです」

(はっきりさせましょう。あの子の突撃癖が私の足を引っ張っていることを!)

 

「……わかった」

 

 2人の真剣さに覚悟を決めるユーマ。これまで付き合った特訓の日々が彼女達に説得力を持たせたのだった。

 

 実際のところ、2人はどちらのせいで負けたのかを聞きたかっただけなのだが。

 

 

「エイリーク、お前やっぱり突撃馬鹿だよな。砂の壁で姿を隠したら躊躇わずに壁壊しにいきやがって。突き破ってそのまま先にある落とし穴に落ちればもう何も言えないよ」

 

 ずばーん、とぶった切る。

 

「警戒心てやつがない。隠れる敵が正々堂々と戦うと思うか?」

「ああ?」

 

 エイリークは眉間に皺を寄せ、頭まで砂まみれになった昨日を思い出す。

 

 汗で練り混じった砂のあの気持ち悪さ。服と髪に残った砂を洗い落とすのにどれだけ時間をかけたのだろうか?

 

「アイリさんは何というか……古い?」

 

 さくっ、と刺した。

 

「近接戦がダメなのに足を止めて魔術を扱うのは昔からある魔術師のスタイルだよね? この先通じないと思うよ」

 

 ずぶずぶ、と奥へ突き刺す。

 

「アイリさんの場合、動かないで身を守るだけだから狙いやすい的なんだ。だから守りを崩せる大技を仕掛けやすい」

 

 ぐりぐり、と傷口を抉る。

 

「そう言えばアイリさんて氷属性なら多くの系統を扱うことができる反面、なんか中途半端なんだよな。……器用貧乏?」

「――貧!?」

 

 《銀雹の国》の王女様は初めて言われたらしい。彼女の背面に雷が落ちた、気がした。

 

「まあ、突っ込むだけでも突っ立てるだけでも俺みたいな『仕掛ける』タイプと相性が悪いと――そういうわけなんだけど、あれ?」

 

 気付けば場の空気が変わっている。

 

 エイリークは怒りゲージ上昇中。今にも細剣を抜きそうだ。

 

 アイリーンは消沈中。今にも膝をつきそうだ。

 

「アンタのせいでとんでもない目にあったの思い出したわ」

 

 今にもどころかもう剣は抜いていたエイリーク。

 

 やっぱり言い過ぎたと後悔するユーマ。回避がもう間に合わない。

 

「吹き飛びなさい、旋風剣!!」

「今日もやっぱ、」

  

 剣の平でフルスイング。振りぬくと同時に剣に纏う竜巻を解放する。

 

 衝撃波でユーマは飛んだ。校舎の屋上まで。

 

「りぃいいいいっ!」

 

 きらん。

 

「感謝するわ。旋風剣の衝撃波の制御ができるようになったのもアンタのおかげよ」

「……私……古い……貧乏……」

 

 

 多少気が晴れたエイリークとがっくり気落ちするアイリーン。

 

 +++

 

 

 8時15分。

 

 予鈴を屋上で聞いたユーマ。

 

 

「……リュガ」

「どう……して、てめぇは……空から……俺めがけて、飛んで、くるんだよ?」

 

 朝から屋上で寝ていた赤い髪に赤いバンダナの少年、リュガ・キカ。

 

 不幸にも吹き飛ばされたユーマが無防備だった彼に直撃した。

 

 倒れたままで虫の息のリュガ。

 

「ありがとう。おかげで助かったよ。待ってて、人呼んでくるから」

「……待てよ、……てめぇ」

 

 走り出て行ったユーマは戻ってくる。

 

「そうだ! 今日は購買攻めるから。プランはCの2。集合はいつもの場所でね」

 

 そしてまた走って行く。

 

「……謝れよ。あと代返……」

 

 

 

 

 気絶するリュガ。遅刻決定。

 

 +++

 

 

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