1-16 エピローグ-旅立ちの日
第1章ラスト
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「……それが《第二次月陽生徒会クーデーター事件》のあらましであり後輩たち3人組と猛が初めて協力した記念すべき事件なんだよ。彼らを率いた私が生徒会長になったきっかけでもあるな。それから私は……」
「……いつまで続くのよ」
うんざり気味のエイリーク。あれから2時間以上話を聞いている。
「何だ? 退屈なら君が後輩の話をしてくれてもいいのだぞ。色々あったんだろ? 初ちゅーは何時だったとか」
「言うか!!」
「あったのか!?」
「……」
黙った。この生徒会長は相手にしないほうが被害は少ない。
「まあいいさ。今回私が登場したのはほんの息抜きでしかないからな。出番はずっとずっとあとの話だから」
「何の話よ?」
「君の話はまだ終わっていないから語ることができない、そういう話さ。むしろ私は本編に出る機会があるのだろうな?」
「誰に聞いてるのよ」
「さあ?」
ほんとうによくわからない人だ。
「それはさておくとして。もう時間だな。機会があったらいつか教えてくれ。私の知らない後輩、『ユーマ』という少年と君たちの話を」
「機会があればね」
そうエイリークは彼女に返事をした。続けてこうも言った。
「アンタが話す『優真』と同じくらいの話をいつか、ね」
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エイリークは吹っ切れた。あたらしい約束と決意を胸に秘めて。
「姉さま助けて! 課題が終わらないの」
「……自分でやりなさい」
でもって薄情な姉に約束は簡単に破られた。
冗談だけど。
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エピローグ 旅立ちの日
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ミサの力を借りて休暇中の課題をなんとか1日で終わらせたエイリーク。実は今回最大のピンチだったかも知れない。
「助かったわミサ。今度奢るわ」
「それじゃ《林檎亭》のアップルパイをお願いね」
「うっ、……わかったわよ。朝から並んでやるわ」
ミサは嬉しかった。親友が完全復活したのだ。今まで心配かけた分、無理言って奢ってもらおうと思ったのだが。
「《SOS》のスウィートロールでもいいわよ。何本でも奢ってあげる」
「――――!! リィちゃん!! いくらなんでもそこまではいいよ。課題みせたくらいじゃ贅沢過ぎるよ」
《Sweet Of Sweets》は学園都市内で甘味の最高峰。完全予約制の女生徒の聖域だ。
「いいのよ。……ミサ、いつもありがとう。あなたが親友でよかった」
これはエイリークのミサへの感謝の気持ち。この親友にはいつも助けてもらっている。今回ほどそれを感じたことはなかったから。
感極まった親友と言えば、
「リィちゃん……限定プディングでもいい?」
「……まかせなさい」
親友はあんまり調子に乗せない方がいいと思うエイリークだった。
4月初旬。学園の春期休暇が終わりを迎えようとしている。
学園都市へ戻る準備をはじめたエイリーク。それでも用意するのは課題と友人たちに贈るお土産くらいなのだが。
「あっ」
「む」
エイリークは逃亡中のラヴニカに遭遇した。実は彼女とはまともに話をしたことがない。
「……なんじゃ、それは?」
「……友達へのお土産よ。アタシもうすぐ学園に戻るから」
ぎこちない会話は続くことがなかった。
ラヴニカはどう思ったのだろうか?
「……のう、我が気に入らぬのなら出て行ってよいのじゃぞ。我は自由なのじゃから」
「……そうね。アタシも言いたいことがあった。アタシはアンタを認めない」
子供の表情は読みやすい。悲しいような、でもほっとしたような顔をするラヴニカ。
――姉さまは正しかった。この子は……
「いい? アンタは絶対に妹よ。魔人だろうが何年生きていようが今のアンタを姉と呼ぶなんて絶対に嫌」
「なっ!? 何を」
「アンタはもうアタシ達の家族。だから1人になんてさせない。……ラヴニカ、また今度ね」
エイリークがいなくなってもラヴニカはそのまま茫然と立ち尽くす。
「何故じゃ? あ奴までなんで……」
ラヴニカの呟きは誰にも届かない。
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そしてエイリークとミサが出立する日。
2人を見送るのはエイルシアとラゲイル、ユーマの3人とミサの両親。
結局、ラヴニカは見送りに来なかった。エイルシアも無理して連れ出そうとは思わない。
「姉さま、ラヴニカは?」
「大丈夫。あとは私に任せて」
「ユーマ君、リィちゃんのことありがとう。これ、風葉ちゃんと食べてね」
「クッキーだ。よかったな、風葉」
「ありがとうですー。ミサちーのことは忘れませんー」
風葉は何故かミサのことを『ミサっち』とは呼ばない。どうやら風葉にとって最上級の敬称らしい。
完全にクッキーに餌付けされている風の精霊。
「そうだった。ユーマ、風葉も来なさい」
エイリークは腰に差してある《守護の短剣》をホルダーごとユーマに差し出す。
「これは?」
「アンタに預ける。風葉には『おうち』が必要でしょ?」
エイリークにとってこの短剣は小さな頃からのお守り、大事なものだ。でも《精霊使い》となった少年にとっても《精霊器》である短剣は必要なものだった。
恩人に対するお礼は彼女はこれが精一杯だから。
「貸すだけよ。アンタが『還る』時は必ず返しに来なさい」
「……ありがとう。大事にするよ」
エイリークから短剣を受け取るユーマ。
国王にして騎士であるエイリークの父、ラゲイルは懐かしそうに、それでいて複雑そうに2人のやりとりを見ていた。
「自分の剣を彼に渡すなんて、まるで《騎士の誓い》みたいじゃないか」
爆弾の投下。
「なっ!? ななななな」
「……そうですよね、リィちゃんも姫なんですよね……忘れてました」
「ユーマ君はリィちゃんの《騎士》になるの?」
「ん? 今の俺は《精霊使い》だよな?」
「そうですよー」
「「「で、どうなの?」」」
問い詰めるのはエイルシア、ミサ、そしてラゲイル。ユーマと風葉はあまり理解していない。
注目されるエイリーク。予想外だった。何も考えずやってしまったともいう。
『姫君の騎士』の話は知ってはいてもエイリークに縁のなかった話。言われるまで気付かなかった。
錯乱ゲージ、急上昇。3、2、1……
「ああーーっ!!!」
逃げた。全速力。
「リィちゃん!? 待ってよー」
追いかけるミサ。騒がしくも旅立つ2人を皆が見送った。
「……行っちゃいました」
「寂しい?」
エイルシアは首を横に振る。
「いいえ。エイリークは私の妹ですもの。また元気に帰ってくるわ」
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エイリーク、疾走中。そして途中で急停止。
「リィちゃん、やっと追い付いた。どうしたの?」
「何でもない。……またね」
エイリークは《直感》に従って遠くの木々に手を振った。
その先に紫の髪をした義妹がいる気がしたから。
「行きましょう。ミサ」
「うん!」
エイリークは歩み出す。今日からあたらしい1歩を踏み出した。
お守りの短剣の代わりに、2つの約束を交わして故郷をあとにする。
――今度会うときは強くなる。もっと、もっと
でも彼女が少年と再会するのは思ったよりも早くほんのちょっと先の話。
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次の日。
「ユーマさん、入りますよ…………うわ」
ユーマの部屋を訪れたエイルシアは物で溢れかえっていた部屋をみて唖然とする。
「どうしたの?」
「いえ……ユーマさんこそこれはどうしたのです?」
「《圧縮ボックス》の中身を整理してたんだ。……なんか一杯入ってた」
中身は光輝の作ったらしい装備品や試作品とそのマニュアル。着替えや歯ブラシなどの日用品、危機百選シリーズのほかに本が数冊。非常食もあった。
「このカレーは大和兄ちゃんだな。前にこれがあれば山のものは何でも食えるって言ってたし」
ユーマ、正解。
ちなみに海のものは醤油があればいいというのが大和の持論。カレー粉ではなく市販のルーを入れておくのも彼らしい。
「なんかここまで準備がいいと俺、兄さん達に仕組まれてここに来たんじゃないかな?」
「まさか」
考えてもしょうがないことだった。
「それでシアさん、何か用事?」
「そうでした。実はお願いしたいことがあるのです」
それからユーマは急いで旅支度をした。
学生バッグに最低限の荷物を詰め込み、《守護の短剣》を腰に差す。
「ごめんなさい。リィちゃんたら課題のノートを忘れていたの。他に誰か学園まで届ける人がいればよかったのですけど」
ユーマは中央の学園都市までおつかいに行くことになった。それではじめて国外へ出ることに。
「構わないよ。城の人の中じゃ俺が1番暇してるし。この世界を見て回ろうと思ってたところだったんだ」
「お願いします。これがユーマさんのフリーパスです。《転移門》の利用時に必要です。身分証明も兼ねてますので失くさないで下さいね。それと地図です」
国で緊急発行されたユーマのフリーパス。何気に王族仕様なのをユーマは知らなかった。
公式の身分はウインディ家の召使いだったけど。
「シアさん。これ預かってて」
「! これはユーマさんの」
エイルシアに渡したのはグローブやガンプレートなどのユーマの装備品。
「とりあえず兄さんの力を借りずに頑張ることにしたよ。俺も強くなりたいから」
「危険ですよ。外は魔獣もいます。せめて武器だけでも」
でもユーマはそうもいかない理由があった。
「ガンプレートは《魔力喰い》のせいでうまく使えないんだ。よかったらシアさんが使って。カートリッジに魔力を補充してやれば何度でも使えるから」
「こんな大事なもの」
「きっとシアさんの役に立つよ。あと回路紙も回復用に何枚か貰うけどあとはシアさんとラヴニカで分けて。これも再利用できるから」
「でも……」
「だいじょうぶですよー。わたしがいますー」
なおも心配するエイルシアに風葉が短剣から飛びだした。えへん、と胸を張る。
「そうだよな。頼むな、相棒」
「はーい」
風葉はユーマの肩にしがみついてそれで準備万端。
「それじゃ行くよ。シアさん」
「……ユーマさん」
「ん? ん!?」
気付いたら彼女にキスされていた。
突然の事に反応できないユーマ。
「……おまじないです。寄り道してもいいですけど必ず帰ってきてくださいね」
「……行ってきます」
顔を合わせることができずユーマは振り返らずに走って行った。そんな少年をエイルシアは優しく見送る。
だだそれからユーマは帰ってこなかった。風森に帰ってきたのは学園の夏季休暇に入ってからの話。
連絡が遅くてしばらくエイルシアが拗ねていたのは彼女の義妹だけが知っている。
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風森の国を出る前にユーマは寄り道をした。
場所は女神像のある広場。聞くとこの国を護る精霊の肖像らしい。
ユーマは女神像の前にミサのクッキーを1枚置いた。
「食べていいですかー?」
「だめだ。これはお供え物なんだ」
ぱん、ぱん
二礼二拍手一礼。
ユーマは自分の知っている礼拝をやってみる。
「行ってきます」
「じゃあねー」
――お気をつけて
ユーマは精霊に旅の無事を祈り、風森の精霊はそんな彼を見守った。
「さて、まずはどこに行くんだっけ」
地図を広げてみるユーマ。
でも文字が読めない。
「……どうしよう。風葉、わかる?」
「わたしはー、砂漠を見てみたいですー」
風葉はユーマの問いを無視するようにそう言って地図を指差す。
見れば砂漠をまっすぐ進めば目的地に一番近い。ような気がする。
「そうか。でも砂漠越えは大丈夫かな?」
「わたしの魔法があればばっちりですー。ついでに修行しましょー。風の魔術をゲンソウ術でできるようになると便利ですよー」
「なるほど。じゃあそれで。さあ、行こう」
「はーい」
思い返すとこれは罠だったと激しく後悔することになるユーマ。
彼が向かう先は《西の大砂漠》。世界最難関の遺跡。
ここで出会った傭兵や砂の精霊、それと魔獣達との戦いがユーマの《精霊使い》としての力を引きだしてくれたのだけど、それはまた別の話。
こうして異世界の少年ユーマは旅立つ。小さな相棒を連れて学園へ。
彼の戦いはまだはじまったばかり。
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「というわけで召喚に関する情報は何もありませんでした」
「……」
「本当ですよ。お土産に風森の姫を捕まえてくるどころか傭兵達は返り討ち。しかも魔力もない妹姫の方にです。やはりランク登録されない傭兵は役に立ちませんでした」
「……」
「もちろん証拠は残していません。すべて処分しました。どうせ私の存在は『忘れてしまう』ので問題ありませんけど」
「……さがれ」
牢獄での謁見のあと。
「ははは、どうやら忘れているようですね、我が主は」
男は笑う。傀儡の王を嘲笑う。
「それにしても《精霊使い》……また特殊な能力持ちが喚ばれましたね。見逃して下さいよ主様。勇者なんてモノは沢山いた方が面白いのですから」
男は笑う。新しい玩具を見つけたから。
「さて、このことを報告した後は我が国の勇者様でも見に行きましょうか」
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第1章 風森の勇者 完
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序章へ続く
次章 昇級試験/銀の悪魔へ続く
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