1-15 約束
エイリークとエイルシア、ユーマと風葉。そして
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ユーマが目覚めた次の日。
「お。エイリーク、おはよう」
「……何してんのよ、アンタ」
早朝の稽古に森へ向かうエイリークはユーマに出会った。
身体中のあちこちに包帯を巻いた少年は頭に精霊を乗せ、何故か幼女を棒にぶら下げ担いでいる。
「日課だよ。ラヴニカ捕獲の。風葉がいると楽勝だな」
「ちっ、知らぬ間にちっこいの連れおって。このままで済むと思うなよ」
宙ぶらりんでは迫力も威厳もないかつての魔人。
「まいったかー。ちびまじんー」
「なにを言うかこの羽虫が!!」
「喧嘩するなよ。ほら朝飯の手伝いに厨房へ行くぞ。それじゃ」
そのまま城の中へ入ってしまった。
「……何? アイツ」
なんで平然としてるの? エイリークは茫然とユーマを見送った。
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約束
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その日の午前中。
「なぜだ? なぜあのサクサク感を出すことができない!?」
「ユーマ君とは年季が違うの。この域に達するには10年の月日が必要なんです」
「……」
クッキーを焼いてみるがミサに遠く及ばず膝をつくユーマ。
「おじさん、こっち終わったよ」
「ああ、すまないね。おかげで花の手入れに専念できるよ」
「王様って他に仕事ないんですか?」
「……それは聞かないでくれ」
「……」
中庭の草むしりを手伝って国王に禁句を言ってしまうユーマ。
午後。
「……ユーマさん、何してるのですか?」
「ん? シアさんの巡回に付いて行くんだけど」
「……怪我人はおとなしくしましょうね」
「ちょっ、首、しまるー」
「……」
エイルシアに引きずられ部屋に押し込められるユーマ。
「のう。それはなんじゃ?」
「ハリセンだよ。こうやって」
バシイイイイイン!
「《音爆弾》の回路紙で作ったんだ。いい音するだろ?」
「突然人の頭を叩くな! 吃驚したじゃろうが」
「……」
外出禁止にされラヴニカで遊ぶユーマ。ハリセンで叩き合い激闘を繰り広げる。(そのあと騒音の苦情を受けたエイルシアに叱られるのだが)
「……」
エイリークは今日1日何となくユーマを観察してみた。
「昨日の今日でなんで普通に過ごしてるのよ?」
エイリークはユーマのことがわからない。彼女は聞いてしまった。
――俺は……弱いよ
魔人を倒して姉と国を救い、精霊の力を手に入れて捕まった自分を助けてくれた少年はそれでも弱いと辛そうに言った。
「どうしてそんなこと言うのよ。あれだけのことをしたのにそれでも弱いというの?」
強いということ。守るということ。
ユーマをみて納得しようとしたのにエイリークはわからなくなった。
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夜。
悩んだ挙句エイリークはユーマを探す。話をして直接聞いてみようとしたのだが。
「どこにもいないわ、アイツ」
「ユーマさんのことですか?」
声に振り返ればエイルシアがいた。
「姉さま?」
「ユーマさんの居場所は知っていますよ。その前に2人でお話しませんか?」
「……」
エイリークは姉に言われるがままに付いて行きエイルシアの部屋へ。
「2人きりは久しぶりね。帰ってきてからのリィちゃんったら私のこと避けていたみたいだったから」
「――! そんなこと」
その通りだった。
攫われた失態は全てエイリークのせいだから。彼女はエイルシアに合わせる顔がなかった。
「わかってる。あなたが不安定だったのは知っていたのに私が仕事なんて頼んだから。謝るのは私の方よ」
「姉さま……」
「ごめんなさい。あなたを巻き込んでしまって。本当に無事でよかった」
「姉さま!」
先に謝られて何も言えなくなったエイリーク。情けなくて悔しくて、そして泣きたくなって結局エイルシアに抱きついた。
頑な少女が素直に甘えることができたのは昔から姉と親友の2人だけだったから。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「エイリーク……」
エイリークは泣きながら胸の内を曝け出し、途切れ途切れに抱えていたもの吐き出した。
学園で酷い負け方をして自信をなくしていたこと、魔人の事で蚊帳の外に置かれ悔しかったこと。
城でユーマやラヴニカに嫉妬していたこと、傭兵相手に自棄になりユーマに反発して失敗したこと。
捕まった後の砦で過ごした夜の寂しさ、そこで食べたミサのクッキーに思わず泣いてしまったことすべてを話してずっと謝り、エイリークは泣いた。
嗚咽する妹を優しく抱きとめるエイルシア。落ち着くまで2人はしばらくそうしていた。
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「大丈夫?」
「……うん」
姉にすべてを曝け出したエイリークはこころなしかすっきりしたようだ。話を聞いたエイルシアもその様子を見て安堵している。
「……そうよね。突然のことが多かったですものね。あなたが戸惑うのも無理ないの。私もそうだから」
「姉さまが?」
「ええ。ほら、私は厳密にはもう《風邪守の巫女》ではないから」
「あ」
今更だがエイリークは気付いた。
姉は国の為巫女として魔人に全てを捧げる覚悟をしていたはずだ。それがもうない。
「実はこれからのこと考えてなかったのよ。こんな日が送れるなんて本当は思ってもなかったから」
「……」
それを聞いてやはり諦めていたのだとわかった。思い返して俯いてしまうエイリーク。
「だから少しずつ私のできること、やりたいことをやるわ。ラヴちゃんの事もそう」
「あの子?」
「ええ。……私は魔人をただ憎むだけで彼女自身のことを考えもしなかったから。今度こそ本当の彼女と向き合ってみたいの。それに」
妹をまっすぐに見つめるエイルシア。エイリークはその視線が何故か怖かった。
「エイリーク、あなたとももう1度向き合おうと思うの。《風邪守の巫女》としてではなく、あなたの姉、エイルシア・ウインディとして」
「それって」
「リィちゃん、約束覚えてる?」
「……うん」
忘れはしない。それが彼女のはじまりだったのだから。
「巫女の宿命を背負った幼い私が小さなあなたの言葉にどれだけ救われたのか、どれだけ励まされたのかあなたには伝えきれないわ。でもね」
エイルシアは一度言葉を区切ると、自分の気持ちを正直に告げた。
「私はあなたに守ってもらいたくなかった」
姉を守りたかった妹。
「えっ?」
「私のただ1人の妹なのだから。守りたかったのは私の方。だって私は姉でしかも《魔法使い》である私の方があなたよりも強いのですから」
でも妹を守りたかった姉はそんな事望んでいなかった。
「そ、そんな……」
エイルシアの本心を聞いてショックをうけるエイリーク。
「だから魔人の件もあなたを遠ざけたの。……結局私1人では無理でしたけどね」
あの時の自分を思い返して苦笑するエイルシア。それから彼女は突然に話題を変えた。
「ねぇ、リィちゃんはユーマさんに助けられて嬉しかった?」
エイリークは答えない。知らずに拳を握り締めていた。
「守られて、嬉しかった?」
「……姉さまは」
絞るように声を出す。
「姉さまは嬉しかったの? アイツに、ユーマに守られて」
苦くて苦しい。姉を奪われた気分だった。嫉妬だってことはエイリークもわかってる。
――でも姉さまを守れるのはアタシじゃなくてアイツだから
「いいえ。ちっとも」
「……え?」
姉の返事が意外だったエイリーク。
「リィちゃんも見たでしょう? ユーマさんがどれだけ無茶していたのか」
ユーマは怪我と疲労のピークで3日も眠り続けていた。
エイルシアが彼の包帯を交換していた時にエイリークは初めてユーマの傷の具合を知ったのだ。
痣と腫れだらけの身体。肋骨も折れていた。矢が刺さっていた肩は今も血が滲んでいる。
「そうよ。あんな体で無理して戦って、《しんだふり》なんて嘘だったのよ」
「ユーマさんは体質で回復魔法の効きが悪いの。だから傷薬の方がよかったのよね」
そう言いながらもあの時エイルシアは《癒しの風》の魔法をユーマに送っていた。彼女が誰よりも少年のことを心配していたのだから。
それから風葉は涙を浮かべてぺちぺちとユーマを叩き続け、エイルシアは小さな精霊を慰めるように頭を撫でていた。エイリークは自分を助けてくれた少年に伝える言葉が思いつかなくて、ただじっとユーマの寝顔を見ていたのだ。
「ユーマさんは弱い」
突然エイルシアがそんな事を言う。
「えっ?」
「剣も魔法も使えずゲンソウ術も知らない。ユーマさんは不思議な道具を使いこなすことで誤魔化してるだけ」
エイリークは信じられない。
「でもアイツは」
「《精霊使い》になれたのは偶然。地力ならきっと私やあなたの方が上だわ」
エイルシアの推測は正しい。ユーマと比べれば身体能力はエイリークの方がはるかに高いし魔術戦も正面から撃ち合えばガンプレートや回路紙よりも風属性に特化したエイルシアの魔法に分がある。
「それでもユーマさんは私達を助けてくれた。お母様もラヴニカも。……ねぇ、ユーマさんが異世界人であることは話したわね?」
エイリークは信じていなかったが話だけは聞いている。精霊の風森もそのようなことを言っていた。
現在ユーマのことを知っているのは彼女とエイルシア、ラゲイル、ラヴニカの4人だけ。
ただエイリークが知らなかったことが1つ。
「私はラヴニカから奪った魔力を使ってユーマさんを元の世界へ還すつもりだった。でもユーマさんはお母様を解放するためにその魔力をすべて使ってしまったの。……あれだけの魔力はそう簡単に手に入らない」
エイルシアは目を伏せた。あの時、少年は何と言っただろうか?
――俺にできることがあったんだ。だからそうしただけだよ。兄さんだってきっとそうする
「今回は《精霊使い》になってまであなたを助けたわ。エイリーク、風森はどうやって適性のないユーマさんと契約したの?」
「精霊は……アイツが《転写体》だから存在を書きかえることができるって言ってた」
召喚に関して独自に調べていたエイルシアに思い当たることがあった。
そのリスクにも気付いてしまう。
「転写体……そんな。だとしたら今のユーマさんは……」
「姉さま?」
「……エイリーク。私は必ずユーマさんを元の世界へ還します。彼に救われたこの国の王女として、そして私、エイルシア・ウインディの意思でこの恩を必ず返します」
「姉さま!? どうしたのよ」
突然決意を固めるエイルシアに驚いて理由を訊ねたエイリーク。説明を受けたエイリークは愕然とする。
今までの話ではっきりとわかった。ユーマという少年は自分を犠牲にすることに躊躇いがない。
彼は元の世界へ還ることが一層困難になっている。
「どうして? なんでアイツは」
「もう1度聞くわ。エイリーク、ユーマさんに守られて嬉しかった?」
エイリーク、今度ははっきりと言える。
「嬉しくなんてない。アイツなんかに守られるなんて絶対嫌!」
「私もよ」
エイルシアは妹に同意する。
2人とも気付いた。守るということも守られるということも、ただそれだけでは辛すぎると。
「そもそもあなた達が攫われた時だって私が助けるつもりだったのよ。あの程度の傭兵なんか砦ごと吹き飛ばして終わりなんだから」
「……それは危なかったわよ、姉さま」
主にアタシが、とは言えなかったが。
「私は本気よ。それでね、もう1度私と約束しましょう」
「約束を?」
「そう。私達は姉妹。私達2人に巫女や騎士なんて関係なかったの。守るなんて考えてはいけなかった。守られる方が辛いのだから。だからね」
エイルシアのあたらしい約束。それは幼かった2人が交わしたものと似ているけど違うもの。
エイルシアは昔、母が伝えてくれたことを今になって理解できた。辛い役目を背負っても1人じゃない。誰かの力を借りてもよかったのだ。
彼女には父がいて妹がいる。国の人たちも同盟国のあの王もいたのだ。手を差し伸べてくれる人はたくさんいたはずなのに、ただそれに気付かなかった。
いや、彼女が見もしなかっただけ。
「あなたが困った時は姉として私があなたの力になります。私が困った時はエイリークが私を助けて。困難はみんなで立ち向かいましょう」
助け合いましょうと改めて彼女は言った。
「1人で背負う必要はないの。2人で無理でも私達を助けてくれる人はたくさんいるのだから」
少年は自分から手を差し出してくれた。でも今度からは自分から手を差し伸べ、自分から手を繋ぐべきだと彼女は思った。
エイルシアはそうありたいと思った。まずは大事な妹と、その為の約束。
「姉さま、アタシは……」
あたらしい約束にエイリークは……
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城の尖塔付近、その屋根の上。そこがエイルシアに教えてもらった場所。
「怪我人のくせに、外はまだ冷えるわよ」
「……ん。でももう少しだけ」
エイリークが少年を見つけた時、ユーマは夜空を眺めていた。
声をかけた時にユーマが何かを隠す素振りを見せたのに気付いたが、エイリークは気にしないことにした。少年の隣に座る。
「……」
エイリークは言いたいこと、聞きたいことがあるけれど、ぼんやりして覇気のないユーマを相手に何も言えずにいる。
静寂。ただ星空を見上げるだけ。
「……こんな星空を見てるとさ、空を飛びたくなるんだ」
ふとユーマは話しだした。夜空を見上げたまま、エイリークを見もしないで。
「星に手が届きそうなくらい高いところから空を見渡してさ、街を眺めるんだ。世界は広い、それを感じたくなる……今は無理だけど、もう1度だけ」
ユーマは夜空に手を伸ばす。でも何も掴めない。どこにも……誰にも届かないその手。
「……もしも」
エイリークはユーマに訊ねた。ユーマの今の仕草が自分と重なってみえたから。
今ならきっと求めた答えが返ってくると思ったから。
「もしも、どれだけ頑張っても何もできなかったならどうしたらいいの? どうしても届かない願いは諦めなければいけないの?」
エイリークが剣を手にしたのは姉を、誰かを守るため。
――でもアタシは弱い。だから守れない。
今回の事件で彼女は気付いた。どれだけ剣を振るっても守れないものがある。
ならばどうすればいい?
「届かなかったら俺は手を伸ばすよ。それで駄目なら足を前に出す」
「は?」
「最後の最期まで考えて工夫するんだ。手を使って、足を使って、周りを見て、物を使って、声を出して、力を借りて。どんな時でもできることはあるはずなんだ」
それがユーマの答え。
「それでも駄目ならどうしてなのか考える。努力は足りないものを見つけ出してからはじめるんだ。無駄な努力なんてないけれど、目標があるならまっすぐに進んだ方がいい。あとは届くまで積み重ねるだけ」
それがユーマが教わったこと。
「……それで駄目なら?」
エイリークが聞きたいことをユーマはわかっている。砦の中で彼女の独白を聞いたのだから。
「それでも諦めない。『守れないから守らない』のは理由にもならない。そんな誤魔化しを俺は許さない」
だから答えた。ユーマは自分の心の内を。
「俺はもう諦めて生き続けるなんてできないから。だから俺はできることをやる。今できなくても、何度失敗して失っても次は、今度は、いつかきっと」
「……そっか」
エイリークは少しだけわかった。ユーマは強くない。今でも足掻いているだけということ。
それは自分も同じ。ただ目指したものはまだずっと遠くにあった。それだけのこと。
諦めてしまうにはまだ早すぎただけ。
(アタシはまだ何も失ってなんかない。まだ次がある。ならアタシは……)
「ありがと」
彼女が大事なものを失わなかったのはこの少年のおかげだ。
姉を救い、自分を守ってくれた少年。彼がいたから次がある。だから素直に言えることができた。
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ユーマに礼を言うとエイリークはすぐに立ち去った。
残ったのはユーマとひょっこり現れた彼の精霊だけ。
「風葉」
「なんですかー?」
「やっぱり空飛べないかな?」
「飛べますよー」
砦から脱出するときは無理と言ったはずの風葉はそんな事を言う。
「この世界は幻想が力になるのですー。それは魔法を超える無限のちから。望むのならきっと」
「そっか。ゲンソウ術だっけ。俺もできるかな?」
ユーマは目を閉じた。心地よい疲労感が眠りを誘う。
「わたしとの約束、覚えてますかー?」
「お前と一緒にこの世界を見るんだろ? そうだな、落ち着いたら旅に出よう。異世界で修行の旅なんていいかもな……」
まどろみの中でユーマは風葉に答えた。還ることも難しい上にユーマには何も目標がなかったから。それもいいと考えた。
「……風葉、これからもよろしくな……守ってくれてありがとう、風森……」
眠るユーマ。しろいはねを大事に握りしめて。
「おやすみなさい」
翠の髪の精霊は少年の眠りをずっと見守っていた。
夜風は少年に優しかった。
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この先は《風森》の独り言だ。語りかける相手は今眠っているのだから。
「あなたも随分無理をしましたね。ラヴニカとの戦いで消耗しきったあなたが、もう1度この世界で翼を広げるのは危険な行為でしたでしょうに」
魔力を使い切ったしろい少女は眠りについた。でもきっと少年の危機には必ず無理をして目覚めるはずだ。
「今は力を取り戻すことに専念して下さい。その間この子は私が守ります。……私の中にあるあの人との約束、そして私だったウインディの名にかけて。だから」
精霊は少年を守ることを眠る少女に誓い約束した。
「あなた達の再会を私は願います。だからその時まで……おやすみなさい」
次に少女が目覚めるとき。それは……
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