1-14a 脱出 前
ユーマ&エイリークVS傭兵
+++
脱出
+++
どうしてこうなったのだろう?
「エイリークさん」
「……何よ」
今の2人は傭兵に囲まれている。
「傭兵は頭が悪い馬鹿だと思っていたけど実はお前も馬鹿だろ」
「……」
「なんであそこで追撃するの? どう考えても誘いじゃないか!」
「うるさいわよ!」
「逆切れすんな!!」
もう本当にどうしてこうなったのだろう?
脱出しようと飛び出して、すぐ下の階までは順調だったのだ。油断しきっていた傭兵にエイリークが飛び込み、撹乱したところを風葉の魔法で壁に叩きつける。
作戦通り。何も問題はなかった。
問題は次の階の傭兵達。上の階の騒ぎに気付いて警戒していたようだったが、エイリークを見ると一目散に下の階へ逃げ出したのだ。
制止を振り切って追いかけたエイリーク。そして案の定待ち伏せされた。
エイリークに襲いかかる傭兵。助けるために傭兵達の間に割り込むしかなかったユーマ。
そして現在。
追撃から逃げ回って結局砦の1階で傭兵達に囲まれてしまった。
「飛んで火に入るお嬢ちゃん、てか」
各々武器をだらしなくぶら下げた傭兵達。馬鹿にされた。
悔しい。引っかかった方が馬鹿なのだけど。
「卑怯よアンタ達」
「……もういいよ」
「世の中うまくいかないんですよー」
傭兵が悪いと主張する彼女にもう諦めることにしたユーマ。がっくり。
そもそもユーマはエイリークの性格をある程度理解しながら彼女の戦闘スタイル(突撃or突撃)を確認しなかったのだ。どのみちユーマとは相性が悪い。
周囲を確認する。砦の1階は大広間らしい。
壊れたテーブルや倒れた本棚などが散乱している。足元に障害物があるのは幸か不幸かわからない。
傭兵の数は最初10人前後と思っていたがその倍はいる。外に見張りがいると考えるとどれほどの傭兵がいるのだろうか。
とりあえずユーマはエイリークに文句を言う事にした。
「馬鹿。この突撃馬鹿」
「なっ!」
軽くジャブ。続いてワン・ツー。
「剣士ってさ、もっとカッコよくてスマートなものだと思うんだよ。シアさんを守る時のおじさん決まってたもんなあ。こうピンチの時にさ、颯爽と飛び出してくるんだ」
「だから何よ」
「なのにお前は敵見つけたら突撃、敵が逃げたら突撃、って追いかけるだけなら犬でもできるぞ?」
「なんですって!」
ラッシュ。たたみかける。
エイリークは捕まってからいいところがない。
「犬……アタシ……」
涙目。また心が折れそうになった。
「ここで仲間割れか坊主? お嬢ちゃんがかわいそうだろ」
余裕の傭兵達。ユーマ達の退路を断ち、囲んでしまえばいつでも嬲ることができるから当然ではある。
そんな彼らをユーマは無視。傭兵を指差してエイリークに説教。
「いいか。傭兵のオッサンたちを見ろよ。あんな頭悪そうなのに罠張って、数で有利な状況作り出してるんだぞ。馬鹿は馬鹿なりに頭使えるんだ。お前も少しは考えて突撃しろよ」
「うう……」
「馬鹿にしてるんだよな? 坊主」
そこでユーマは振り向き、不敵に笑った。
「もちろん。この程度で俺達の相手になると思うなよ?」
ユーマは唯一の出入口である扉を指差した。
「どかん」
ユーマの間抜けな一声で天井が崩れ、扉が瓦礫で塞がる。
「ユーマ!?」
「なにしやがる!?」
驚くのはエイリークと傭兵。ユーマは気にもしない。
「これで『お前らの退路』は断った。覚悟はいいか?」
ユーマの周囲を囲むように風が発生した。その激しい《突風》は傭兵達にも届いて髪や武器、広間の中にあるものををがたがたと揺らす。
これは風葉の演出だ。天井を壊したのも風の魔法《風弾》である。
「てめぇ……やる気か」
「あんたらの力は理解した。俺に2度目はない……なんてね」
その行動と発言は相手を警戒させるには十分だった。武器を構えだす傭兵。
「アンタ、いったい?」
「エイリークをいぢめてる間に風葉にシアさんと《交信》してもらった。しばらくすれば救援に騎士たちを呼んできてくれる」
「本当!?」
「ああ。それでエイリーク、その短剣でどれだけ戦える?」
「……短剣で戦うなら防ぐので手いっぱい。リーチがないから攻めるのは難しいわ。有効な攻撃は突撃から繰り出す突き技だけ」
「そっか」
苦々しく答えるエイリークだが、ユーマは満足した。それだけでもユーマの武器になる。
「十分だ。風葉と相談したけど老朽化しているこの場で大規模な魔法使うのは危険なんだ。だから力を貸してくれ。時間稼ぎなんて考えない」
やられた分はやり返す、とユーマ。負ける気なんてさらさらない。
「ここであいつらを叩くぞ」
『優真』の基本戦闘スタイルはガンプレートの魔法弾や文房具セットのような魔術武装やアイテムを駆使した奇襲・罠など不意を突くものばかり。
これは師である兄、真鐘光輝の戦い方。ただ今は装備を奪われていてはどうしようもなくもう1人の兄、大和の体術を真似ようとも常識はずれというかまずユーマには無理なので役に立たない。
でも今の『ユーマ』は精霊使い。相棒の精霊がいて、隣にはエイリークもいる。
仲間がいる。
だから真似してみようとユーマは思った。彼の、《梟》の戦い方を。
「風葉、頼むぞ。エイリーク、前に出たらすぐに下がって俺を見て。……フォーメーション」
ユーマは呟いた。言葉の意味は何も関係ない。でもこれは梟が仲間の前で唱える魔法の言葉。
連携戦闘、開始。
先手は風葉。正面に牽制の《風弾》をばら撒いて傭兵の隊列を崩す。そこにすかさずエイリークが突撃。
《旋風剣・疾風突き》
竜巻を纏う短剣は、その衝撃波で傭兵を1度に2人壁に叩きつける。
「エイリーク!」
ユーマの叫びに彼女はバックステップ。ユーマの背後に回る間に援護射撃の《風弾》が飛ぶ。傭兵達に反撃の隙を与えない。
風葉は周囲の牽制と防御に徹していた。ユーマ自身に戦う手段がなのだから仕方がない。
それでもユーマはエイリークの前に立つ。正面にいる傭兵を見据え、背後にいるエイリークには注目するように腕を伸ばして指先を見せる。
正面からの1撃にならユーマは強い。傭兵の攻撃をサイドステップで大きく躱す。
ユーマが横にずれた分スペースが空いた。それに大振りした後の傭兵に隙ができる。
「今!」
「っ! はあっ!!」
傭兵に向けられる指先。言われるまでもなくエイリークは飛び込んで傭兵をまた1人突き飛ばす。
「次!」
ユーマが指差すのはユーマを中心にして8時方向、斜め後方のスペース。前に出たエイリークを狙って傭兵が来るのは対角線上の2時方向。
エイリークが下がりユーマが割り込む形になる。傭兵がターゲットを変更して群がれば、ユーマは精霊の力を借りて高くジャンプ。
ありえないほどの跳躍に傭兵達が上を見た瞬間、エイリークがまた突撃して傭兵をまた1人壁に叩きつける。
この時ユーマは下を指差していた。
着地。その隙はエイリークと風葉がカバー。
「……ぜはっ、はぁはぁ、まだいけるな、エイリーク」
「へばってるのはアンタの方じゃない」
そうは言うがエイリークは感心している。精霊がいるとはいえ丸腰で敵を引きつけるユーマの度胸を。
下がれば反撃されず、離れただけ傭兵の動きがよく見える。突撃する距離を稼ぎ《旋風剣》の溜めも作れる。
戦いやすい。エイリークはそう思った。
ユーマはエイリークの戦い方は騎兵の槍ようなものだと思っている。
機動力を活かした鋭い必殺の一突き。ただし攻撃後は隙が大きく防がれたあとの反撃や側面からの割り込みに弱い。
突撃馬鹿のエイリークは前衛向きではない。彼女は『2列目』なんだというのがユーマの結論。だからユーマは前に出て傭兵の隙を作ることに専念した。
そこで風葉の魔法はユーマを大いに助ける。
ユーマは空間把握の訓練を受けてはいるが《風読み》の効果が相手の位置を肌で感じさせてくれる。牽制の魔法弾も乱戦では有効に働き、わざと弾幕の穴を作り傭兵達の攻撃を誘導することができた。
エイリークを下げて風葉と共に彼女を乱戦から守り道を作る。彼女の視野を広げてみせる。
加えてエイリークは《直感》の特性持ちで飛び込む勘は抜群。有効な戦術だった。
ヒットアンドアウェイ。攻守の交代を小刻みに繰り返すユーマとエイリーク。
突撃したエイリークに傭兵達が迫る。
「こっちよ。きなさい!!」
ユーマの戦法を理解したエイリークは傭兵をわざと引きつけて下がり、ユーマの前へ誘導する。
傭兵達を目前にしてユーマは叫び、彼の精霊は主人に応えて魔法を振るう。
「吹き飛べ!」
「どかーん」
傭兵の一斉攻撃をユーマは風の障壁で受け止め、爆発。
精霊の風葉は《精霊使い》であるユーマと繋がっている。話さずとも意思の疎通が図れるので風葉はユーマの意図を汲んで適切な魔法を使ってくれるのだ。
《爆風壁》
風属性の防御術式の1つ。
術者の正面に空気の膜を2層に展開。外側の膜に攻撃が当たると2層間で圧縮された空気が暴発するようになっている。
内側の空気膜が術者を守り爆風の反動で攻撃の衝撃を緩衝させる風魔法のリアクティブアーマー(反応装甲)である。
近接攻撃を仕掛ける相手に使えばその爆風が攻撃手段にもなる攻防一体の術式は、攻撃を仕掛けた傭兵を吹き飛ばし爆風の余波が他の傭兵達の動きを止める。そこへまたエイリークが突撃。
風葉の魔法を盾に、エイリークの突撃を武器とするユーマは傭兵を次々と蹴散らしていく。
「耳!」
「はぁ!?」
訳のわからない指示が飛ぶ。
見れば風葉がエイリークに向けて耳を塞ぐ身振りをしている。
防戦一方だったユーマが前に出たのだ。《高速移動》の数歩で踏み込み、掌底を傭兵の頭に叩きこむ。
ドガアアアアアアン!!
轟音の一撃は砦を揺らす。とても人が殴って出せる音じゃない。
「なっ!! んだと!?」
誰もが押し黙った。殴り倒した傭兵を見下ろすユーマを誰もが見た。
『……次はどいつだ』
少年が出したものとは思えない冷ややかで威厳のある声。そして傭兵の誰かは少年が電撃の拳を振るっていたのを思い出した。
別の傭兵は一晩痛めつけたはずのガキが今は平然としていることに今になっておかしいと気付く。
「な、何だよ坊主。お前何モンだよ」
『……』
一瞬何かを考える仕草をしたユーマは厳かに正体を明かした。
『知らないのか? この国に封印された風の魔人の事を。俺の名も廃れたものだ』
「ま、魔人だと!?」
「まさか……うおっ!!」
ユーマを中心に風が荒れ狂う。《病魔》の魔人さながらに。
『悪く思うなよ人間。遊ぶのが楽しくてもう歯止めがきかん。ははっ、はははははははっ!!』
唸る《突風》に傭兵達は青ざめる。魔人を恐れて砦から脱出しようとした傭兵もいた。だが瓦礫に埋まった扉を見て絶望する。
逃げ場がない。唯一の脱出口はユーマが最初に塞いでいたから。
『言っただろう? お前らの退路は断ったと。さあ、どうする? ははははは、あははははは』
さらに風は激しくなる。それで傭兵の戦意を完全に殺いだ。
「はははははは……よし。一気に行くぞ風葉」
「はーい」
「……アンタって」
エイリークは呆れていた。ユーマがいきなり彼女の父、ラゲイルの声で喋ったので魔人云々は演技だと彼女は早い段階で気付いていた。
まずユーマは掌底と同時に《音爆弾》の回路紙を傭兵の頭に直接叩きつけ、ショックと振動で派手に気絶させた。注目を集め《変声》の術式まで使って豹変した演技。ラヴニカの真似は途中から思いついた。
ユーマのボロボロな姿は演技に拍車をかけたのだが、これでもユーマは勝負に出たのだ。ユーマもエイリークも碌に休んでいない。数の点を踏まえても長期戦は無理があった。
作戦は成功した。恐慌状態で背を向ける傭兵達を2人で片っ端から床や壁に叩きつける。
それはもう殲滅戦。戦いはすぐに終わった。
「ふう。片付いたな。エイリークは怪我ないか? ヒールで回復できるけど」
「別にいいわ。怪我はないから」
「それなら俺が使ってしまうからな」
「いいわよ。……信じられない。あの時アタシは囲まれて1人も倒せなかったのに」
あらためてユーマを見るエイリーク。
「これが《精霊使い》の力?」
そうなのだろうか? それともユーマ自身の強さなのだろうか?
そのどちらもだろうと思うエイリーク。傭兵のほとんどは彼女が倒したのだ。でも短剣だけの自分1人では無理だったのは理解している。
――ユーマとアイツの精霊がいたからアタシは……
「ところで出口が塞がってるけど、どうやって脱出するのよ?」
「どうせ外に見張りの傭兵がいるはずなんだ。下手に外に出るのはまずい」
考えがある、そう言ってユーマは砦の上を目指した。
+++
砦の最上階、展望台を兼ねた屋上。
「それで?」
「ここから空を飛んで逃げる。風葉」
「むりですよー」
ユーマのアイデアは精霊が却下。
「は? なんで? 飛行なんて風属性ぽいだろ?」
「わたしは《風森》の一部にすぎませんー。使える魔法に制限があるのですー」
なんだそれつかえねー、とユーマが思えば、彼の思考は相棒の精霊に筒抜けだった。
膨れて主人の鼻を蹴る風葉。地味に痛い。
「痛っ! ……悪かったよ。じゃあ《補強》は? 俺がイメージで強化すれば別の魔法で代用できないか?」
「イメージできますかー? そもそも人は空を飛べませんよー」
もっともなことを言われた。エイリークのしらけた視線が痛い。
「……うーんと」
「どうするのよ?」
「飛び降りるなんてどうですか? この高さなら普通死にますけど」
「「――!?」」
第3者の声。振り返ると男がいた。
誰も気付かなかった。《風読み》ができる風葉ですら。
「どちらでもいいですよ。落ちて死ぬのも、…………ここで死ぬのも」
+++




