1-11 誘拐事件
風森の国のもうひとつの事件。
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ミサ・クリスはエイリーク・ウインディの侍女を自称する少女だ。公式ではない。
こげ茶の髪を肩で切り揃えて1つに結ぶ髪型はちいさな頃からエイリークと同じ。昔は風森の姉姫様を差し置いて姉妹のように見られていた。
しかし成長するにつれて顔立ちはもちろん、最近は身長と胸のサイズに差がついてしまったので似ているのはリボンを除いたこの髪型だけになってしまった。(身長はエイリーク、胸はミサが圧勝)
風森の騎士と城の使用人を両親に持つ彼女にとって昔から風森の城は我が家であり、友達のいる遊び場だった。
友達の名はリィちゃんことエイリーク。10年前から親友だ。
そのミサの親友、エイリークは元気がない。
国が抱えていた問題が一気に解決し、さらに魔人の義妹ができたことに彼女が戸惑うのはわかる。でもそれとは違う何かがあることをミサは気付いていた。
ミサだけが知っていることもある。エイリークは学園で打ち負かされ、沈み込んだ時期があったのだ。
立ち直ったかと思ったが違っていた。エイリークは今も不安を抱えている。
「リィちゃん……王妃様」
10年前のことを思い出す。あのとき、王妃様が魔人の封印の為にお別れを告げたあの日。
――おうひさま、いなくなっちゃうの? だめだよぉ、リィちゃんが泣いてるの。だから
――ごめんなさい。エイリークだけじゃないの。ミサちゃんやあなたのお母さんたちのためにも私はいくわ。ミサちゃん、私のとっておき覚えてる?
――うん
――なら大丈夫。私の大事なものをあなたに伝えることができた。だからあなたからあの子たちに伝えて。きっとわかってくれる。私があの子たちのこと、ずっと愛していることを
――ぐすっ、おうひしゃまぁ
――お願いね、ミサ
「大丈夫です。王妃様」
リィちゃんの傍にいる、これはエイリアとの約束ではない。ミサ自身が立てた誓い。
昨日の夕食の時はとうとう姿を見せなかったエイリーク。ミサはそれでも心配はしていない。
「大丈夫。わたしがいる」
よっしゃあ! と気合を入れて部屋を飛び出した。それから城の厨房へ。
あのいつも強気で、でもほんとうは泣き虫な剣士の少女に彼女がしてあげられることは、昔から1つだけだから。
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誘拐事件
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風森の城に客人として居候中の優真の仕事は主に2つ。
1つは風森の姉姫、エイルシア・ウインディの手伝い。
彼女は巫女の役目の他にも王妃の代理として国の運営に携わり議会に参加することも多い。復興中の現在は特に忙しいので人手が足りないのだ。
「国の政治っておじさんは何もしないの?」
「お父様は剣を振るか中庭のお世話しかできませんので」
「おじさん……」
娘は国王である父に辛辣だった。
「元々お父様は城の庭師でしたから。それに中庭はお母様の好きな花ばかりなので早く元に戻して貰いたいですしね」
「へぇ。身分違いの、ってやつなんだ」
「そんな恋愛物語みたいなものじゃないはずですよ」
そう言えば2人の馴れ初めを聞いたことがなかったとエイルシア。
「前にも言いましたが王家は国の象徴。役目を果たせれば身分なんて問題ありません。《風邪守の巫女》は《騎士》を選ぶ絶対の権利がありますので」
「ふーん。じゃあシアさんはいないの? シアさんの《騎士》」
優真の質問に目を細めるエイルシア。昔かわした小さな約束を思いだす。
「今はいません。でも候補者はいるのですよ。私は……ずっと待っているのです」
彼女は懐かしそうに微笑み、それから優真を見てから頬を染めて呟く。
「……最近《騎士》の候補者が増えちゃって私も頑張らないといけないんですけど……」
「シアさん?」
「そ、それよりも今日のお仕事はですね」
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「ちくしょう、どこ行きやがった! ラヴの奴」
優真のもう1つの仕事。それは失踪癖のあるウインディ家の養女、ラヴニカ・C・ウインディの捜索である。
彼女はことあるごとに「我は自由なのじゃ!」と城を飛び出す。その度にエイルシアが優真に泣きつくので彼は気付いたら率先して捜すようにしている。
今のラヴニカは子供の姿で大した魔力を持っていない。だから国内にいるのは確かなのだが、回を重ねる毎に『かくれんぼ』が巧みになっている。
今捜している場所は城から北へ少し離れた森の中。
優真曰く『ラヴニカの生息地』
「ユーマ君。なにしてるの?」
「ん?」
茂みから顔を出す優真に声をかけたのは使用人のエプロンドレスを身に付けたミサだった。エイリークの親友兼侍従を自称する彼女の普段着である。
「いいところに。ミサちゃん、クッキー持ってる?」
「ちょうどあるけど何に使うの?」
「罠を張る」
優真は地面にクッキーを1枚置く。そのあとミサを連れて近くの茂みに隠れた。
「罠って……こんなので何を」
「しゃべらないでね。気付かれるから」
しばらくすると木の上の方からガサゴソ、と大きな音がする。
「えっ、何? 獣なの?」
「いや、もっとタチが悪い。……そろそろかな、耳ふさいでいて。いけぇ!」
優真は近くの木に魔法カードを叩きつけた。
バアアアアアアン!!
森に響き渡る激しい爆発音。鳥や獣が一斉にこの場から離れていく。
爆音と森の騒々しさに驚くミサ。そして――
ぽて
「ふぎゃ」
驚いて木の上から真っ逆さまに落ちたラヴニカ。
「なんじゃ!? お主かユーマ!! クッキーの匂いを辿ってみれば、またおかしな札を使いおって」
「……虫か? いや犬かお前は。どこからクッキーの匂いを辿った?」
「……あはは」
笑うしかないミサ。2人のやりとりを聞くと、国を脅かした魔人と国を救った英雄なんてとてもじゃないが思えない。
「ふん、今の札が《音爆弾》じゃな。そろそろお主のネタも尽きるじゃろう。我に同じ手は効かん」
「いや、クッキートラップにひっかかったの初めてじゃないだろ、お前。……まあ、いいや。そういやミサちゃんはどうして森の中にいるの?」
思いだしたように優真はミサに訊ねた。
「リィちゃんを探してるんだ。このあたりでリィちゃんいつも剣の稽古しているから」
すると優真は丁度エイリークの居場所を知っていた。
「エイリークなら国の郊外へ視察に行ったよ。シアさんの代理なんだって」
「そっか。残念」
「あとから俺お昼持って行くけれど、何か用なの?」
「うーん。それじゃあ、お願いしようかな」
エイリークが不安定なことに少年が関わっていることはミサだって気付いている。
それでもあえてミサは大事な親友のことを彼に頼むことにした。
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優真がラヴニカを捕まえた少し前の話。
エイリークは姉から郊外付近の《門》の視察に行く代理を頼まれた。
隣国との国交を回復するにあたり、何か問題ないか直に確認したかったらしい。
「どうしてアタシなの? 父さまは?」
「お父様はダメ。何かあったらすぐ剣を抜くのだから。見た目によらずせっかちなのよ」
「……」
それじゃアタシと変わらないじゃない、そう思ったが言わないことにした。
「……ごめんなさい。せっかくの休暇なのにゆっくりさせてあげられなくて」
「姉さまが忙しいのはわかってるわ。視察に行くくらいアタシに任せて。外は物騒なんだから」
そう言ったエイリーク。最近気づまりを感じていたから丁度いいと思っていた。
「ありがとう、リィちゃん。あとからお昼を持ってくるわね」
そして現在。エイルシアは城の自室にいる。
優真に捕まり、ミサによって連行されたラヴニカを膝に乗せて。
「……おい。仕事はどうしたのじゃ」
「おさぼりです」
ラヴニカはエイルシアに髪を弄られている。エイルシアは紫の長い髪を梳いて結わえるのが楽しいらしい。
「大丈夫です。郊外の視察はリィちゃんに頼みましたから。城の外に出れば気晴らしになると思いまして」
「気付いておったか」
「ええ。私はあの子の姉なんです。何を悩んでいるかくらいは」
「……我と小僧じゃな」
「……ええ」
エイリークは幼いころに国や姉を守るためと剣を手にした。なのにその剣を振るうことなく国は守られた。
黒髪の少年の手によって。
彼女は目的を失い、手にした剣を納めきれずにいるとエイルシアは思っている。
しかも倒すべき魔人は今ここにいる。
「我はいつでも国を出て行ってよいのじゃぞ」
「それは駄目です。ラヴちゃんはもう私達の『家族』なんですから」
「……」
その言葉がラヴニカを苦しめていることを彼女は知らない。
エイルシアは妹を思う。
「今は感情の整理がついていないだけです。きっと」
「……のう」
「大丈夫ですよ。実はユーマさんにリィちゃんのお昼を頼みました。ユーマさんがきっとうまくやってくれます」
人任せかよ、と突っ込むところだが。
「そうじゃない、違うのじゃ」
代わりにラヴニカは顔をしかめた。
「東から嫌な風が混じっておる」
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森の木々に囲まれたはずれの道でエイリークは細剣を抜いた。
「ウインディ家の馬車を襲うなんてアンタ達何者?」
郊外の《門》を順に廻り、最後に東の門へ向かう途中でエイリークの乗る馬車が突然何者かに襲われたのだ。
ただしエイリークは《直感》ですぐに反応した。奇襲を受ける前に咄嗟に飛び出して御者と馬を逃がす。残るは彼女1人。
「ハズレか。視察には巫女が自ら出向くって聞いていたのによう」
「騎士見習いの嬢ちゃんだけか。作戦失敗だな、おい」
目の前には武器を持った完全武装の男が10人程。盗賊にしては装備が充実している。
「巫女? 作戦ってアンタ達傭兵?」
「そうだぜ、嬢ちゃん」
傭兵とハンターは違う。仕事はそう変わりがないが傭兵はギルド登録されていない集団だ。
いわばアマチュアである。ただし裏仕事に関しては傭兵のほうが需要が高い。
「なんでかってか? そりゃあなぁ、あ! ぶしっ!!」
《旋風剣・疾風突き》
エイリークの剣はよくしゃべる男を吹き飛ばした。
「アンタ達は巫女を狙っている。それだけで十分よ。アンタ達はここで倒す」
「……いいぜ。威勢のいい嬢ちゃん。ちょっと遊んであげようか」
1対9という状況にエイリークは果敢に立ち向かった。
実際彼女の剣技は1度に傭兵を3人相手できるほどの実力がある。正面からの戦闘でならば。
エイリークは周囲を囲まれたまま1対1で戦わされている。倒せると思った瞬間に別の傭兵が割り込み仕切り直し。再び1対1を繰り返される。
持久戦だった。
周りを敵に囲まれたプレッシャー。終わらない変則的な1対1。エイリークは体力的、精神的にも次第に追い詰められていく。
「……卑怯よ、アンタら」
「いや、嬢ちゃんアンタは強い。だから俺達も本気で『遊んでいる』」
「か弱い傭兵の戦い方ってやつさ」
傭兵達が笑い、エイリークの焦りが募る。
(なんとか突破口を開かないと……こんなじゃ姉さまを守れない)
しかし思わぬところから突破口が開かれた。
それは火を噴いて傭兵に向かう数本のシャープペンシル。
「ぎゃっ」
スタンニードルが刺さった傭兵が痺れて倒れる。
「な、何だ?」
バアアアアアアン!!
突然激しい爆発音が周囲に響き渡る。誰もが上を見上げたその時に――
隠れていた黒髪の少年は木から飛び降りた。それと同時に近くの傭兵達に向けて消しゴムを投げる。
「どあっ!」
傭兵達にぶつけた消しゴムは跳ね返らずにその反発力を何倍にも増幅させて逆に傭兵達を弾き飛ばす。
「ったく。この世界も物騒じゃないか」
「ユーマ!? アンタ」
どうして? としか言いようがない。
「大丈夫か? 話は御者のおっさんに聞いた。すぐに兵の人も来てくれる。逃げるぞ」
優真はさらに煙玉を放つ。これで傭兵達の視界を奪い混乱に乗じれば逃げれるはずだ。
突然現れて傭兵を蹴散らした優真に呆然とするエイリーク。しかし優真の「逃げる」の言葉にはすぐに反発した。
「待ちなさい。あいつらは姉さまを狙っている。だからこのままには」
「だったらなおさらだ! お前が殺されたり捕まった方が余計タチが悪い。さあ、早く!」
傭兵は倒したわけではない。奇襲して包囲を崩したにすぎないのだ。
エイリークの腕を掴む優真。しかし彼女は下を向いたまま微動だにしない。
「エイリーク?」
「どうしてよ? どうしてアタシがアンタに助けられなきゃならないの?」
エイリークは優真の手を振りほどくと、手にした剣に力を込める。
《旋風剣》。剣が纏う竜巻は荒々しく煙幕を吹き飛ばす。
「馬鹿、何を……」
「アタシだってみんなを……姉さまを守ることができる。アタシの剣、アタシの力はこんなものじゃない!!」
視界を晴らすと敵を求めた。
負けたくない、弱い自分を認めたくなくて彼女はただ手にした剣で勝利を求める。
エイリークは立ち直った傭兵達を見つけるとすぐに突撃した。
「そこだ!」
「っ!?」
エイリークが倒れた。側面から《岩弾》を撃たれ、直撃。
「エイリーク!?」
「……ま、魔術師? 伏兵がいたの?」
優真は倒れた彼女に駆け寄ろうとするが、傭兵達に邪魔される。
「どけぇえ!!」
大振りする剣を躱してスタングローブを傭兵にぶつける。
バチッ!!
感電して倒れる傭兵をあとにして優真は電撃を見て怯んだ別の傭兵を殴りかかる。
この時、優真はやはり焦っていた。もう少し冷静でいたら別の戦い方があったはずなのに。闇雲に拳を振るった。
バシッ
何度目かのパンチ。グローブの甲からは放電されなかった。普通の拳では傭兵達を倒すことはできない。
「くそっ、バッテリーが……ぐあっ」
「手こずらせやがってガキが」
「おい、嬢ちゃんもおとなしくしてなよ」
優真は背後から殴られて地に伏せた。その間にもエイリークは細剣を取り上げられる。
「ゆ、ユーマ……」
最悪の展開。2人とも捕まった。
「さあガキども。この落とし前、どうしてくれる?」
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