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幻創の楽園  作者: 士宇一
第1章 後編
27/195

1-10 妹姫の憂鬱

憂鬱:気がはればれしないこと。 話的にあってますか?

 

 +++

 

 

「《召喚》の波動が西で確認されました」

「ほう。《西の遺跡》からか?」

「いいえ。遺跡よりさらに西、おそらく《風森の国》と思われます」

「……ふん。《銀雹》の同盟国か。奴らは《召喚》を成功させたと思うか?」

「正直わかりません。ただし、西の国で《召喚》が可能といえるのは風森しかありません」

「……根拠は」

「《風邪守の巫女》、エイルシア・ウインディ。彼女は優秀な《魔法使い》です。そして彼の国に封印されている《魔人》。その膨大な魔力を利用する手段があるならばおそらく」

「……わかった。風森への調査隊を編成せよ。指揮は貴様が、残りは傭兵を使え。くれぐれも我らの存在は隠せ」

「……承りました。我が主よ」

 

 

 男は『牢獄での謁見』の後、西へと向かった。

 

 +++

 

 

 翠の瞳の少女は剣を抜いた。

 

「そこまでよ魔人」

 

 肩で切りそろえた金の髪をひとつに纏めた騎士服の少女だ。彼女は紫の髪をした女に剣の切っ先を向ける。

 

「威勢の良いのう、小娘。いや、《騎士》どのか?」

 

 魔人と呼ばれた女は少女を嘲笑う。

 

「巫女を生贄にした封印なんて私は認めない。貴女は私が倒す」

「我の魔力を前にして粋がれるかのう?」

 

 膨れ上がる魔人の魔力。しかし少女は怯まない。

 

「関係ないわ。忘れたの? 勇者は想いの力で貴女達の神を斬ったのよ」

 

 

 魔力のぶつけ合いならば人が魔人に敵うわけがない。

 

 だから人は選んだ。それは勇者と呼ばれる7つの武器。

 

 そして武器と呼ばれた彼らはみせてくれた。想いの力、ゲンソウ術を。

 

 

「私は信じる。私の想いを。巫女は…姉さまは私が守る!」

 

 剣士の少女は剣を構える。彼女が信じるのは今まで振り続けた剣と技、それに重ねた想い。

 

「……ふん、せいぜい我を楽しませろよ、小娘!!」

 

 突撃する剣士。迎え撃つ魔人。

 

 ぶつかり合う風と風。剣技と魔術。

 

 

 

 

 これは少女の夢。

 

 かつて剣士の少女は誓った。

 

 

 ――私の剣でいつかみんなを守る

 

 

 でも、少女は迷う。

 

 ――でも「今」の私は何を守ればいいのだろう? 私の、アタシの剣は……

 

 

 +++

妹姫の憂鬱

 +++

 

 

 優真とラヴニカが戦い、王妃エイリアが解放されたあとの話。

 

 

 実は魔人にとって魔力は身体を構成する大事な要素である。その魔力を優真によって根こそぎ奪われたラヴニカはちいさな子供の姿にまで退化してしまった。

 

「魔力がない上に縮んだのは何かと不便じゃが構わん。我は自由じゃ」

 

 

 ――じゃから……はなさぬか!

 

 

「いいえ。こんなにちいさな子を1人にするなんて危険です。私が保護します」

 

 

 ――こんなに可愛いのに放っておくなんて……できません!

 

 

 城を飛び出そうとするラヴニカをエイルシアは抱きしめて離さなかったのだ。

 

 ラヴニカは元の姿でも相当の美貌と容姿だった。子供になってもそれは変わらずむしろ愛らしい。

 

 とりあえず何か着るものを、とエイルシアが彼女の着替えを用意したのがことのはじまり。ラヴニカは今彼女のおさがりのドレスを着ている。ふりふりのドレス姿のラヴニカはまさに「お姫様」だったのだ。

 

 人形のような顔立ちに生意気な雰囲気。紫の長い髪を無造作に手で払うその姿は「ちいさな女王様」。

 

 風森の姉姫様のツボだった。

 

 エイルシアは巫女であるため着飾ることは避けてローブ姿や《風邪守の巫女》の正装でいることが多く、彼女の妹も学園の制服を除けばスカートなんて履かないし普段も正装も騎士服という有様。

 

 要するにエイルシアはおしゃれの類に縁がなかったのだ。

 

 かわいいものを可愛がるという衝動に駆られた風森の姉姫様。飢えていたともいう。

 

 

 ほかにも理由があるのだが、エイルシアはラヴニカに残ってもらいたかった。

 

 

「ならば養子に迎えて妹にでもするかい?」

 

 

 ――娘が増えることはいいことだな、うん

 

 

 国王(この辺りから娘ラブの気配を優真は感じ始めた)の天啓ともいえる意見にエイルシアはすぐに賛成。ラヴニカはいやそうに首を振った。

 

「いいじゃないか。養子になるのはともかく折角の自由なんだろ? だったら3食おやつ付きの生活でも楽しんだらどうだ?」

「……うむぅ」

 

 

 優真の一言にかつての《病魔》の魔人は渋々頷いたのだった。

 

 +++

 

 

「何よ、これ」

「ん? 昼飯だけど」

 

 エイリークが帰省した次の日。その日の昼食はなぜか優真が作っていた。

 

 テーブルにあるのは《加熱調理器》。その上に置かれた大きな鉄板の上には炒められた肉と野菜。そしてスパゲティ。

 

 香ばしいソースの香りがする。

 

「焼きそば、いや焼きパスタかな? やっぱり代用するとなんか違うよな」

「いや、そうじゃなくて」

 

 エイリークが気にしているのはこの状況。

 

 現在城の中庭にいるのはエイリークにエイルシア、父である国王ラゲイル、親友のミサ、それに黒髪の少年ユーマ、そして魔人の少女ラヴニカ。

 

 この面子が中庭で、鉄板を囲んで一緒になって昼食を楽しんでいることに違和感を感じるエイリーク。

 

「なんでこんなことに……」

「人数増えたし天気もいいし、今日は外で食べたいなって。バーベキューなんかしないのシアさん?」

「そうですね、私は初めてですけど。お父様はどうですか?」

「野営した時に捕えた兎を焚火で焼いて食べたことはある。ただ鉄板は持ち歩かないからな。ソースを鉄板にぶっかけるなんて豪快だ」

 

 父王は気さくな人だった。

 

「うーん、単純な調理法なのにこの焦がしたソースの香りがたまらない。……やりますね、ユーマ君」

「シアよ、おかわりじゃ」

「……」

 

 馴染んでいる。ミサまでこの環境に馴染んでいる。

  

 エイリークは親友に裏切られた気がした。

 

「リィちゃん、口に合わないの? 珍しい料理だけどリィちゃん好きじゃない? こういうの」

「そんなことないわ、ミサ。でもね」

 

 料理に不満があるわけでない。外で食べるのも焼きそば? の味と量にも満足している。

 

 ただ……

 

「そうだよな。青のりは我慢するとしてソースやしょうゆ、からしにマヨネーズはあったのに焼きそばにかかせない《あれ》がなかったもんなあ……」

 

 昼食を用意したのがこの「ベニショウガ」なんてよくわからないことを言う少年で、

 

「むぐ、もぐもぐ、ぐっ!」

「ラヴちゃん!? 水、お水!」

 

 長年敵視していた魔人が頬いっぱいに麺を詰め込んで喉を詰まらせたちいさな女の子で、それでいて今一緒にいることはどうしても腑に落ちないエイリークだった。

 

 +++

 

 

 風森の国は復興中だ。

 

 《病魔》の呪いが解けた今、滞っていた国交を回復させ風邪が治った国民たちは慌ただしくも忙しい平和な日々を送りはじめた。

 

 城にも騎士や兵、文官に使用人たちが戻りだした。

 

 城に人が戻ったその日。国王ラゲイル・ウインディはすべての国民に魔人の呪いから完全に解かれたこと、そして王妃エイリア・ウインディの解放を大々的に伝えた。

 

 国民は大いに沸いた。

 

 功績は《風邪守の巫女》エイルシア・ウインディ、彼女にあるとラゲイル。それはもう娘の自慢話を延々と語る。

  

 黒髪の少年のことは本人の希望で彼の功績と名は伏せることになったのだが。

 

 

 風森の民は少年のことを知っている。

 

 

「ユーマさん。今から町の巡回に行くのですけど」

「わかった。ついていくよ」

 

「ユーマさん、今日は国議会のほうに顔を出しますので今日のお昼は……」

「わかった。あとでお弁当持って行くよ。なにがいいかな?」

 

「ユーマさん! ラララ、ラヴちゃんが!!」

「……また城から飛び出したのかあいつ。わかった。一緒に探すよ」

 

 エイルシアの隣にはいつも少年がいた。彼女が少年に笑顔を向けているのを国民は見ていた。

 

 

 ――姫様が笑っている

 

 

 これが国民にとってどれだけ衝撃的なことなのかエイルシアは気付いていない。

 

 先代の《風邪守の巫女》である王妃が魔人の封印にその身を捧げたその時から、彼女は人前では毅然とした態度を崩すことはなかった。少女の頃から覚悟を決めたその表情は誰が見ても痛々しいものだった。

 

 再び不治の風邪が流行り出した時。その若さで身を捧げなければならない姉姫を不憫に思いながらも彼らは何もしてあげることができず、彼女の魔法でしか治療することができない病に侵された国民たちはその無力を思い知りただ辛かったのだ。

 

 でも今の彼女は違う。

 

 《病魔》の呪いが解けてもエイルシアは町の巡回を辞めず怪我や病気の治療に魔法を使い続けている。

 

 町の人1人1人に向けて「お大事に」と声をかけて微笑む彼女に涙する人もいた。

 

 

 巡回の途中に公園のベンチで少年とお昼のお弁当を食べる彼女。

 

 ウインディ家に最近迎えられた養女を連れて嬉しそうに町を歩く彼女。

 

 その養女が城から飛び出したのを少年と一緒に必死になって探す彼女。

 

 

 ――きっと幸せなんだ

 

 

 エイルシアが時折こどもっぽくも無邪気に見せる笑顔が何よりもこの国が平和になったのだと実感することができたのだった。

 

 

 

 

 ただひとり、彼女の妹を除いて。

 

 +++

 

 

 夜。城内の鍛錬場。

 

「はあっ!」

「ふん!」

 

 エイリークは父を相手に剣の稽古をしていた。


 閃く細剣。迎えうつ長剣。もう2時間は続けている。

 

「今日はここまでにしよう……強くなったな。単純な剣の速さなら私よりも上だよ」

「……」

 

 息を切らしたエイリークは返事をしなかった。

 

 それに父が褒めるのを彼女は納得していない。

 

「どうした?」

「正直に言って父さま。アタシの剣を」

「……《旋風剣》の制御が甘い。あの技の肝は風の集束率の高さ。小さくも強大な竜巻を想造すれば威力も剣の振り方も幅が広がる。突き技だけではないんだ《旋風剣》は」

「……」

「その突き技だが今日のお前は踏み込みが浅い。いつもの思い切りのよさはどうした? 何か悩みでもあるのか?」

 

 しばらく黙りこんでいたエイリークだったが、父に訊ねた。

 

「……アタシの剣は魔人には通じない?」

「エイリーク」

「もしあの時あの場所にアタシがいたら役に立てた? 姉さまを守ることが……できた?」

 

 ラゲイルは答えなかった。

 

「父さま、答えて!」

「無理だな。今のあの子ならともかく、体調が万全だとしても私が敵わないと思った相手だ。エイリーク、お前では……」

「ならアイツは、ユーマって何なのよ! アイツなら魔人に勝てるの? アイツなら……アイツだったら姉さまを守れるの!?」

「それは」

 

「いたいた。おーい、おじさん。エイリーク」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、鍛錬場の入り口から声をかける優真。そのまま2人に駆け寄る。

 

「……なんだい? ユーマ君」

「食事の用意がもうすぐできるからってシアさんが。早く汗を流しに行った方がいいですよ」

「そうか、ありがとう。……エイリーク。焦ってはいけないよ。お前はまだ強くなれるのだから」

「父さま……」

 

 そう言ってラゲイルは鍛練場を出て行った。

 

 残された2人。エイリークは模擬戦用の剣を優真に差しだす。

 

「どうした?」

「……剣を、剣を持ちなさいユーマ」

「は? なんで」 

「納得できないのよ。アンタが魔人を倒したことが。姉さまも父さまもその時のことを教えてくれない。結果だけ聞いてよかったなんてアタシには思うことができない」

「そりゃどうやったかなんてあんまり言いたくないんだけど……」

 

 もう使うことはないであろう《アレ》はエイルシアによって禁じ手とされた。

 

「だったら力を見せなさい。そうでないとアタシは、アタシが目指したものは……」

「エイリーク?」

「どうしたのよ。剣を持ちなさい。そしてアタシと戦いなさい!」

 

 感情的になっているエイリーク。優真は、

 

「いやだ」

 

 躊躇わずに断った。

 

「どうして!!」

「御剣家は包丁以上の刃物は持たないしきたりがあるんだ。まあ、親父の代からなんだけど」

「……ふざけてるのアンタ」


 エイリークは今にも襲いかかるような剣幕だ。そんな彼女を優真はまっすぐに見つめた。

 

 静かに、強く見つめた。

 

「戦う理由が俺にはない。どうして力をみせる必要があるんだ?」

「なっ!?」

 

 優真の黒の瞳にエイリークはのまれた。雰囲気が変わったのだ。

 

「どうして力を誇示する必要がある? 力なんて手段のひとつだ。示威を見せる場合もあるけど今は必要ない」

 

 力を持つこと、力を振るうことに関して優真の兄は厳しかった。

 

「使い方を間違えたらいけないんだ、力は」

 

 優真は常に問いかけろと言われていた。

 

 覚悟があるのかと?

 

「ただの力試しじゃないよね? だったら駄目だ。俺は弱いから正々堂々と戦うことができない。やるなら……潰す」

「そ、そんなこと」

 

 言い返したいエイリーク。でも優真は間を置かずに彼女に語る。

 

「それにあの時俺は1人じゃなかった。シアさんやおじさんもいたし兄さん達も力を貸してくれた。それにラヴニカだって。あれはみんなで迎えた結末だ。俺の力だけでできたことじゃない」

「……」

 

 エイリークは黙り込んだ。

 

「だから俺の力なんて関係ないよ。……だいぶ時間が経ったな。先に戻るよ。汗を流すのに時間がかかるなら遅くなるって伝えておく」

「アタシは……」

「それじゃ」

 

 優真は鍛練場をあとにした。残されるエイリーク。

 

「アタシは……」

 

 悔しかった。

 

 

 ――あれはみんなで迎えた結末だ。俺の力だけでできたことじゃない

 

 

「どうしてあの場にいなかったのよ」

 

 あの時皆が戦ったのだ。

  

 なのに自分はそこにはいなくて、1人だけ蚊帳の外に置かれた感じが拭えなくてエイリークは、

 

 

 ガシャン!

 

 

 剣を投げ捨てた。

 

 +++

 

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