1-09 妹姫の帰省
故郷にて彼女は少年と出会う。
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月陽高校、生徒会室。
「……ふむ。それが君たちの馴れ初めかい?」
「何が馴れ初めよ。久しぶりに家に帰ったらアイツが住みついていた。それだけよ」
「そして君の姉上と3角関係、というわけか」
「そんな話はしてない!!」
エイリークはこの生徒会長が苦手だった。
真鐘光輝の後輩を自負し、御剣優真の先輩と名乗るこの女傑が。
事の始まりは何故か1人お茶に誘われたエイリークが彼女の巧みな話術にはまり、いつの間にか少年との出会いを話すことになったことだ。
それはもういろいろとごまかしたけど。
「しかし後輩がいたから今の君がいるのは事実。……何も思うところはないのかい?」
「そのセリフはそのまま返すわよ。いつまでその先輩キャラ続けるつもり?」
もうそれなりの付き合いだ。エイリークも彼女の素を知っている。
でも彼女は目を細めてエイリークを見た。見つめる瞳の色と光の強さはあの少年によく似ている。
「私はただ誇りたいんだよ。あの人の後輩でいることを。彼の先輩でいることも」
「……」
その言葉に含まれる深いものにエイリークは何も言えなくなる。
彼女はどこかの王族でも騎士でもない。剣も持てない普通の女子高生でエイリークと同じ年の少女だ。
しかし彼の後輩として立ち上がる時、彼女は英雄となる。そしてここでは少年の先輩として彼を導いてきた。
エイリークから見ても大した人物だった。あの少年が彼の兄達を除けばもっとも信頼し、頼っていたのはこの生徒会長なのだから。
「というわけで今度は私と後輩の出会いを語ろう。入学式のあの日、当時の私は風紀委員で……」
「……ただ自慢したかったのね」
でもってやっぱり彼女は変わり者だ。
(何せアイツの先輩だからね)
「聞いているか? いいか。あの時の猛はそれはもう生意気で……いや、今もそこは変わらんな。それで……」
エイリークは何度目かわからない生徒会長の話に付き合いながら、少し昔の事を思い出していた。
《おわったあと話、それから続く話より》
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妹姫の帰省
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エイリーク・ウインディは親友に騙された。
「急ぎなさい、ミサ!!」
「待ってってば、リィちゃん。落ち着いて」
エイリークはそうもいかない。一刻も早く《風森の国》へ。
姉のもとへ帰らなければならない。
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エイリークが学園の春季休暇に入った直後のこと。同郷の親友であるミサが彼女にある提案をした。
「リィちゃん。せっかくの休暇だからこのまま旅行に行こうよ。《友園の国》の遊園都市巡り行きたいって言ってたじゃない?」
「風森の逆方向よ? それにこの時期に予約なしで行くなんて無謀よ」
「ふっふーん。これを見よ、リィちゃん!」
ぺかーっと光るエフェクト。ミサが取り出したのは2枚のチケット。
「シア様から送られたきたフリーパス。これさえあればわたし達無敵よ!」
「なんで姉さまがアンタに送るのよ。……しょうがないわね」
正直ミサの提案に乗り気だったエイリーク。いろいろあって今は気分を入れ替えたかった。
姉姫にはありがたくも申し訳ないと思うけれど、沈んだ気持ちのまま故郷には帰りたくなかったのが本音だ。
姉さまにはお土産をたくさん買っていこう。とエイリークはミサと共にそのまま遊園都市に泊まりがけで遊びに行くのだった。
このあと、エイリークは自分の《直感》が反応しなかったことを後悔することになる。
遊園都市巡りの3日目にしてやっとミサの様子がおかしいことに気付いた。
問いただしたエイリークは驚愕。
故郷で流行り出した不治の風邪。風森の姉姫、エイルシアは《風邪守の巫女》として原因たる魔人を再封印、もしくは倒す覚悟を決めたというのだ。
ミサが提案した突然の旅行。すべてはエイリークを風森の国に近づけさせない為の、姉と親友が仕組んだ時間稼ぎだった。
「どうしてアタシに黙っていたのよ、ミサ! ……姉さま!!」
エイリークは泣いた。自分の不甲斐なさと、ちいさな頃に別れた母を思い出して一晩泣いた。
その後の行動は早かった。ミサを連れて風森の国へ急ぐ。
ある時はミサを引きずり、ある時はミサを背負い、またある時はミサを《旋風剣》で吹き飛ばしてでも故郷へ急ぐ。
「いいから前に飛びなさい」
「……ひどいよ、リィちゃん……」
ぶっちゃけると学園では普通科にいる親友はエイリークのお荷物だったらしい。
それでも最短の時間で風森の国に辿り着いた2人。
《門》の都合上、南の離れの町から入国した。
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久しぶりの故郷。2人が見た町の様子は意外にも普通だった。
「あれ? 何も起きてないのかな、リィちゃん?」
店から聞こえてくる売り子たちの声。談笑する女性の声。郊外へ工事に向かう男達の声。
それなりに活気のある町の風景。
「……わからない。城の中心から被害が広がるはずだから安心できないわ」
「おや? もしかして妹姫さまですか? おかえりなさいませ」
エイリークに声をかけたのは初老の男性。その声に町の人は彼女に気付き「おかえりなさい」と声をかけてくれる。
「ええ、ただいま。ねぇ、聞きたいことがあるのだけど」
「魔人の封印が解けたって本当ですか?」
エイリークの表情に余裕がない。なのでミサは質問に割り込んだ。愛想良く。
男は気にしてないと微笑みながら答える。
「本当です。でもエイルシア様が見事に役目を果たされました。……きっとあの少年も」
「っ!」
エイリークは「役目を果たされました」のところで走り出す。
「リィちゃん!? ごめんなさい、失礼します」
ミサは慌てて追いかけた。
(まさか、まさかまさか)
――遅かったの?
エイルシアの役目。それは彼女を生贄とする魔人の封印。
(嘘。嘘よ!)
母が石像化した日のことを思いだす。あの日からエイリークは聖堂には入ったことがない。
(あんな思いをしたくなかったからアタシは……)
エイリークは城へ突撃する勢いで城門をくぐった。
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「おお、エイリーク。おかえ……」
「邪魔よ!!」
「り……」
中庭を突っ切るエイリーク。庭いじりをしていた父王に気付かなかった。
「……これが噂に聞く……反抗期」
ラゲイルをへこませながらエイリークはまっすぐ聖堂に向かう。
地下の聖堂。そこで見たものは壁と床が無残にも削られ、砕かれた跡地だった。
「酷い……」
あるはずの2体の女神像がない。ここで凄惨な戦いがあったのだとエイリークは思った。
母の像がなくなったことにエイリークはショックを受けるも、町の様子と魔人の像がなくなったことに1つの希望を見出す。
「もしも魔人を倒したならば姉さまは生きているかもしれない!」
エイリークは姉を探しに聖堂から外へ出た。
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「……姉さま」
扉をぶち破るように姉の部屋へ飛び込むエイリーク。
そこで見たものはベッドの上で眠る女性の姿。
顔には白い紙が被せてある。顔は見えないが、あのはちみつ色の髪は姉のものに間違いない。
「そんな、そんなこと……」
相討ちだったの? エイリークは膝から崩れ落ちる。
「間に合わなかった……アタシは……姉さま」
涙を浮かべるエイリーク。悲しみと後悔だけが残った。
とその時、
「失礼しまーすっと」
「な!?」
突然黒髪の少年が部屋に入ってきた。
少年は略式だが使用人の服を着ている。しかし女性の、この国の姉姫様の部屋に躊躇なく入ってくるのは問題があるのではないか。
そんなことも気にもせず、驚くエイリークにも見向きもしないで少年はベッドに近づいた。
「やっぱり効果が切れていたな。《回路紙》の交換しなきゃな」
ベッドに眠る女性に被せてある紙を取り上げる。顔を見てエイリークはまた驚く。
「か、かか、母さま!?」
「ほい、ヒール」
少年は新しい紙を母の額にぺたりと貼り付けた。呪文と共に輝く紙。
「うん。この大型サイズは持続時間が長いから半日はもつな。さすが姉さん」
「な、なななななっ!?」
もう訳がわからない。ここにはエイリークに事情を説明してくれる人は誰もいなかった。
「ん? きみ、だれ?」
ぷちっ
きょとんとする少年を見て、エイリークの錯乱は頂点に達した。
それは理不尽な怒りとなってすべて吐き出される。
「……それはっ! アタシのっ! セリフだぁああああ!!!」
やつあたりだった。
「リィちゃん!?」
「ユーマさん!?」
エイルシアを連れて駆け付けたミサが見たものは、エイリークの右ストレートで壁にめりこむ黒髪の少年の姿。
エイリークとユーマ。
2人は出会ったときからこんな感じ。
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ミサがエイルシアを連れてきてくれたのは正解だった。暴れそうなエイリークを彼女が落ち着かせ、事情をすべて説明してくれた。
「ごめんなさい。お母様の部屋は長年使っていないものだから私の部屋に寝かせていたのよ」
封印から解放された王妃、エイリアは弱り果てていて未だ眠り続けている状態だった。
ただしユーマの持つ回復系のカード、《回路紙》を使い続けることで最近になって回復の兆しが見られるようになった。王妃の目覚めの時は近いようだ。
「どうして魔人と戦うこと黙っていたの? アタシだって」
「……ごめんね。リィちゃん、私が間違っていたの」
エイルシアは妹をやさしく抱きしめた。
「私がいなくなってもあなたが無事でいれば国は大丈夫だと思っていたの。だから私は思い切って魔人と戦う覚悟ができた」
「姉さま……」
「でもそれも間違いだった。私の独りよがりの考えでしかなかったの」
沈み込む姉の声。
「魔力の狂気に囚われた私は『魔人だったあの子』と向き合う事ができなかった。私のせいで結局ユーマさんもお父様も巻き込んでしまった」
「?」
魔人と戦ったときに何かあったのだろうか? 言葉の意味がわからなかった。
「でもねリィちゃん。もう大丈夫。《病魔》の呪いは解けたしお母様も解放された。私達はみんな無事。これ以上のことはないわ」
晴れやかな笑顔。それはエイリークがずっと見たかったものだ。
「それもこれもユーマさんのおかげ。……ユーマさん?」
エイリークに殴られたショックで優真はへこんでいた。
「……ラヴの奴の手刀は見切れたのに今のは全く見えなかった……俺、ちゃんと強くなってるのかな?」
部屋の隅で「の」の字を描く。
「……ユーマさん、大丈夫ですか? 紹介しますね。彼女はエイリーク・ウインディ。私の妹です。隣はミサ・クリス。リィちゃんの友達です」
「違いますよシア様。わたしはリィちゃんの親友兼専属侍従です」
ミサは自分の肩書き(自称)に誇りを持っている。
「ふふっ、そうでしたね。相変わらずね、ミサちゃんは」
続けてエイルシアは黒髪の少年を2人に紹介した。
「彼はユーマ・ミツルギさん。この国と私、それに『あの子』を救ってくれた恩人です。しばらくは客人として城に滞在しているので2人とも休暇中は仲良くしてくださいね」
エイリークとミサは姉姫の言ったことが信じられない。
「コイツが恩人? そんな風に見えないわ」
「私達より年下みたいです。強いんですか?」
怪訝な顔をする2人にエイルシアは苦笑した。
「見た目よりすごいんですよ、ユーマさん。……ええ、本当に」
「? シアさん?」
何を思い出してか、赤い顔してそんなことを言うエイルシア。
優真を含めた3人は理解できない。
「……はっ、何でもないの。……もうすぐお茶の時間ね。ミサちゃん、帰って早々悪いのだけど」
「任せて下さい! 最高のクッキー、焼いてきますね」
ミサはおまかせあれ、と言って厨房へ走り出した。
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午後のお茶をみんなで楽しむことにした。
「中庭もだいぶ見られるようになりましたね、お父様」
「ああ。エイリアが目覚めるまでにはきっと間に合わせるさ」
中庭を眺めて母の話をするエイルシアと国王ラゲイル。
「……うまい。このサクサクした感じは焼きたてじゃできないはずだよ。すごいや、ミサちゃん」
「クッキーを褒めてくれるのはうれしいのだけど、ちゃん付けはやめて欲しいな。わたし君より年上だよ」
「いやどう見たってミサちゃん、て感じなんだけどな?」
「……どうせ私はちんちくりんの童顔ですよ」
優真はしょんぼりするミサと一緒にクッキーを齧る。
「うむ。おかわりじゃ」
「はい、どうぞ」
「……」
エイリークは姉に聞きたいことがあった。
「ねえ、姉さま」
「なあに、リィちゃん?」
「姉さまの膝の上でクッキー食べてるその子、誰?」
エイルシアは7、8歳くらいの女の子を膝に乗せてクッキーを食べさせている。
紫の髪と瞳の女の子。
「ラヴちゃんです。娘です」
「な、なんですって!?」
とんでもないことを言われた。
「誰の? い、いや、誰との!?」
「それはですねぇ」
かわいくてたまらないという感じで女の子を抱きしめて、意味深に黒髪の少年の方を見る風森の姉姫様。
「うん?」
エイルシアの視線に気づく優真。見つめあう形になる2人。
ありえない。でもまさか、とエイリークの錯乱ゲージが再び頂点に達する。
「何よ、なんなのよ……それってなによーーーっ!!!」
エイリーク絶叫。
「違うぞ」
抱きしめられて迷惑そうな女の子の短い突っ込みは、優真を掴み、暴れ出した彼女に届かない。
女の子の名はラヴニカ・C・ウインディ。
ウインディ家の3女にして養女。
風森の国の姫君は次女が知らぬ間に3姉妹になっていた。
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