1-08 風森の勇者
エイルシア編ラスト
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ワイヤーを切られ優真は吹き飛ばされる。折角詰めた距離が一瞬で離れていく。
優真は装備のほとんどを消費してしまった。ここで離れればラヴニカに近づくことができない。
もうラヴニカを止められない。
(届け……)
届かない
(届けよ)
無理だ
吹き飛ばされるのは一瞬。それが優真には長く感じる。
優真は強くなりたかった。もう泣きたくなかったから。
優真は強くなった。あの時よりも、兄が優真の願いを受け止めここまで鍛えてくれた。
でも届かない。
(俺はただ……)
誰かを守れるようになりたかったのに――
――そんな甘いことを言っているのか?
(――!?)
そうだ。お前には無理だと彼は言った。
――弱いくせに。誰かをなんて守れるはずがない
(あ……)
――切り捨てろ。そんなちっぽけな力、できることなんてたかが知れてる
(光輝さん、でも俺は)
いつも言っていた。1人でできることはない。誰も守れずこの先もただ泣くだけだと。
だから諦めろと。
(俺は……)
――抱えきれない余計な想いを捨てろ。誰かをなんて考えるな
(俺は!!)
――そうすれば今のお前でも
「俺はっ、シアさんを助けたいんだっ!!!」
1人だけなら、本当に大事なものくらい助けることができる
光輝はそう優真に言ったことがある。
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風森の勇者
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「ああああああ!!」
優真は手を伸ばす。届け、届けと手を伸ばす。
これしかない。ただ諦めないだけ。
優真に奇跡を起こす力はないけれど、想いを絞り一層強くした想いが優真に手を伸ばさせる。
「ユーマさん!!」
エイルシアは奇跡を見た。
この世界、再生の世界で起こせる奇跡はゲンソウの力。
――うあー!
想いを現す力は彼女に力を与える。
「!? あ…うああーーっ!!」
優真は手を伸ばす。届け、届けと手を伸ばす。
彼の背中を押す大きな力を信じて優真は手を伸ばし、ラヴニカに向かって突撃する。
優真の背中から放出する魔力。それははまるで『しろい翼』のように広がり、優真を前に押し出す。
伸ばした手が届くように。
そして手は届いた。優真はラヴニカに体当たりをするようにぶつかり、もつれ合って2人して転がる。
「っ!? なんじゃ、貴様はっ!!」
突き放して立ち上がる魔人。優真を睨み、それから驚いた。
同じく立ち上がる黒髪の少年。だけど彼の髪は変化していたのだ。
しろい髪の少年。
「あきらめるもんか」
ラヴニカを見る。強い意志を秘めた瞳もまたしろい色をしている。優真のそれはまるで彼の兄のような《変身》だった。
「誰じゃ?」
「弟だ」
ラヴニカにわかるはずがない。だけど優真は力強くそう言った。
「俺は真鐘光輝と古葉大和の弟なんだ。だからあきらめるもんか」
知っている。1人では何もできなくて誰も守ることができず、ずっと泣いていたのは光輝だと優真は知っている。
《梟》が今の彼になるまでずっと諦めなかったのに、彼の弟でありたい優真がたった1度で諦めるわけにはいかなかった。
たとえ魔人を相手にしても絶対に。
優真が手にした武器はシャープペンシル1本。それだけ。
「うおおお!」
「小僧!」
突進する優真を近づけまいとラヴニカは攻撃魔術を放つ。それをしろい翼が迎え撃つ。
雷撃には同じ雷撃、吹雪には火炎弾で相殺させる。
必死だった優真はこのことに、自分の変化を含めてまだ気付いていない。
「ましろさん。あなたは……」
エイルシアはしろい翼を見て涙を流した。
彼女にはあのしろい少女が少年を守っているようにしか見えない。
(あの子も魔法使いです。彼が奪ったあなたの魔力を使い、魔法を繰り出しています)
「風森?」
《守護の短剣》を通して精霊がエイルシアに語りかける。彼女もまた結末を見守っていた。
(あの子は私に近い存在。そう。この世界なら強く望めば《幻創》して彼に力を与えることができる)
「風森と同じ存在の力……《精霊使い》」
その言葉に風森の精霊は優しく頷いた。
同時に精霊の彼女は少年に力を与えるほどの強い繋がりを持つしろい少女を羨ましくも思った。
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激しい攻撃を掻い潜り、遂に優真はラヴニカと近接戦に突入する。
ここからが本番。
ラブニカは稲妻を纏う手刀を放ち、優真はグローブの掌でそれを受け流す。
「ぐっ、まだだ」
優真はさらに前へ一歩踏み込む。
「雷が効かぬのなら!!」
ラヴニカの冷気を纏う手刀。優真はその振り下ろされる手刀から斬殺される自分の姿を確かに見た。
優真は見極める。
これがきっと自分への――最後の一撃。
――戦闘ならどんな時も『一撃で死ぬ』
思い出すのはもう1人の兄。
――でもその最後の一撃というやつを乗り切ることができたら……一発逆転の一撃を放つのはここしかない。これが俺の……
「ああああああ!」
優真は叫ぶ。
3年だ。3年間も優真は見てきた。大和はいつでも本気で自分に向かいあってくれた。
だから優真は知らない。
大和の、《狼》の拳以上の一撃を
「遅い!!」
優真の身体はラヴニカの渾身の一撃に反応できた。身体を捻りながらさらに半歩前へ。
手刀を躱しながらラヴニカの腕にシャープペンシルを突き刺す。
パリッ!
「ぐっ!?」
刺されたラヴニカの腕が僅かに痺れる。
その芯もまた光輝特製。
《文房具セット・スタンニードル》
隙ができた。優真は右の拳でラヴニカのみぞおちを思いっきり殴る。
バババッ! バチッ!!!
優真の拳から稲妻が疾る!
「がはっ! き、さま」
「どうだっ!!」
これこそ《梟》の切り札。
スタングローブ。
雷撃の魔術回路を組み込んだグローブの掌は雷撃を弾くと同時に急速充電が可能。優真の世界では電磁ロッドが主流なのでこれが重宝される。
受けた雷撃は2発。優真は過剰充電されたグローブの甲から一気に放電させたのだ。ラヴニカは強化系ではないので電撃は大きく効いた。
ふらつくラブニカの視線が優真とぶつかりあう。
――我を殺してくれるか?
彼女の瞳は紫だった。狂気の色がないことに気付く優真。
長らく封印された《病魔》の魔人はどんな形でも自由になりたかった。それだけが彼女の望み。
――俺は止めたかっただけです
優真はしろい瞳でラヴニカに伝える。
自分の狂気とずっと戦ってきたラヴニカ。独りだったと叫んだ魔人を優真は助けたいと思った。
(光輝さん……)
優真には1人しか助ける力がないと兄は言ったけれど今は1人じゃない。優真はなぜかそう感じる。
だからもう1人くらい助けることができないのかと思った。
優真は信じた。彼女『も』救う結末があることを。
彼女の狂気を止める。今の優真にはその切り札があるのだから。
優真はラブニカの後頭部を掴み自分に引き寄せ――
「んむぅ!?」
そして口づけた。
《魔力喰い》発動。
この世界で目覚めた優真の特性スキル。魔力を吸収する特異能力。
魔法弾などの魔力を直接取り込むことのできる力。軽減・中和・相殺・反射・無効化など数々の魔術防御の中で吸収は最強とされる。
力に目覚めたばかりの優真は受けた魔力の数パーセントしか吸収できない非効率なものだが、『内部から直接吸収する』ならば高い効果が得られることがエイルシアによって実証された。
狂気の根源は魔力だ。だから優真は魔人の魔力を奪う。
吸い上げる。
喰らう。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……長いな」
ラゲイルは長い時間くっつきあう2人を見て呟いた。
「複雑です」
エイルシアは思いだす。
魔力を根こそぎ奪いつくすアレは全身の力が抜けるほどに骨抜きにされる。
もうなんかすごいのだ。
「ぷはっ、ごちそうさま!」
「……きゅう」
魔人は倒れた。かわいらしい声を出して。
「……」
……もう《アレ》は使わせないようにしよう。
エイルシアは固くそう誓った。
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「大丈夫ですか?」
「うん。なんかまだいけるって感じ」
いつの間にか優真の髪と瞳は元の色に戻っていた。もう大丈夫だとましろも思ったのだろう。
エイルシアは心の中で感謝する。
優真は桁外れの魔力を吸収した。その魔力を持ちながらも彼は平気のようだ。
「すごい魔力許容量ですね。《魔力喰い》はみんなそうなのかしら?」
「それよりどうしよう? この魔力、俺使い方わからないんだけど」
ユーマの有り余る魔力を見てエイルシアのは寂しく微笑んだ。
「それだけの魔力があれば《送還》の魔法が確実に発動できます」
思えば魔人の魔力の確保することは最初からそのつもりだったことをエイルシアは忘れていた。
「ありがとう。あなたのおかげで国は《病魔》の呪いから解放されました。私も《風邪守の巫女》の役目から解放されます。……あとはあなただけです」
エイルシア1人では無理だった。少年がいてくれたから得られた結末。
もしも優真に恩を返せるとしたら、それは彼を元の世界へ還してあげること。
寂しいけれどこれしかない。
「あなたの魔力を媒体に《送還》を発動させます。ユーマさん。異世界の、この国の、……私の勇者様。あなたのことは忘れません。だからどうかお元気で」
2人で過ごした日々が1番幸せだったと彼女は思う。
それでも別れを告げるエイルシア。
優真の事情を聞いたラゲイルもまた王として頭を下げた。
「その前に試したいことがあるんだ」
そう言って優真は残された最後の女神像の前に立つ。
「エイリア」
「結局、お母様はこのままでしたね」
「……」
解放されなかった先代の巫女、王妃の像に優真はそっと触れる。
「ユーマさん?」
「この世界のゲンソウ術ってさ、誰でもできるの?」
「……ええ。そこまで万能の力ではないんですけど」
そう前置きしてエイルシアは戸惑いながら質問に答える。
「たとえば加熱調理器を使った時。ユーマさんは料理の出来上がりをイメージして《加熱》しましたね。それは《補強》。ゲンソウ術の基礎です」
《補強》は既存の術式にイメージを付与する《幻操》の力。強いイメージは術式に大きな変化を与えて《現操》するのだ。
「なら《これ》の力を魔力で増幅させることもイメージでできるのかな?」
「それは?」
ユーマはデッキケースから残ったカードの内1枚を彼女に見せる。
回路紙に刻まれ付与された魔法は《ディスペル》。魔法を解く魔法。
優真は女神像にそのカードをあるだけ貼り付けて念じる。
「これだけの魔力があるんだ。それに姉さんが組み込んだ術式に光輝さんが作った魔術回路……もってくれよ」
イメージする。自分が持つ膨大な魔力が回路紙に刻まれた魔術回路に注がれるのを。
イメージする。回路紙に組み込まれた《ディスペル》の効果が何倍も増幅されて魔術回路を循環する流れを。
イメージする。女神像から解放される女性の姿を。
「これは……」
優真は再び《変身》した。やさしい、しろい魔力が回路紙のカードに送られる。
「ユーマさん。……ましろさん」
ましろもまた優真を手伝おうとしている。
優真の望み、エイルシアの願いを叶えるために。もう1度だけ翼を広げる。
そして優真はイメージする。
すべてがおわったあとできっとみせてくれる
あのひとの笑顔を。
「封印はもういらない。だから……壊れろ!!!」
《補強》された魔法の光が弾ける。
しろい少年は、その光で風森の闇を払った。
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「……っ、エイリアっ!!」
崩れ落ちる父の姿をエイルシアは見ることができない。
「……ああ……」
エイルシアは涙で滲むこのしろい光を決して忘れない。
(ありがとう)
精霊は聞こえることもない声で少年に感謝した。
砕けた女神像。それと少年が支える女性をエイルシアは見ることができない。
もう泣きっぱなしだったとあとで彼女は語る。
あとで笑顔で話すことができた。
「……ああっ!!」
彼女が本当に望んだ結末を少年が見せてくれたのだから。今だけは思いっきりエイルシアは泣いた。
エイルシアはこの世界に現れた少年のことを絶対に忘れない。
少年の名は
(ありがとう……ユーマさん)
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