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幻創の楽園  作者: 士宇一
第1章 前編
24/195

1-07 優真の戦い

優真VSラヴニカ。前半戦

 

 +++

 

 

 私、エイルシア・ウインディが彼と出会ったのは偶然でも運命でもありません。

 

 それは彼女の善意ではあったけれど、今思うとその彼女が仕組んだことではないかと思うのです。

 

 

 私に起きた偶然はただひとつ。森で倒れた彼女と出会い、助けたこと。

 

 

 ――君、不幸な女のニオイがする

 

 

 助けた人に向かって失礼なことを言う人だった。

 

 

 ――駄目だよ。幸せは自分で掴みに行かなきゃいけないよ。1人でダメなら手伝ってくれるいい男を探さなきゃ。女の子の特権だよ。そうだ!

 

 

 そう言って1枚の紙を取り出すと複雑な模様を描き、私に手渡した。

 

 

 ――うん。回路の書き込みはふくろう君の方が上手いけどわたしもまだまだ……あ、それはお礼。わたしはこれしか作れないけど《召喚の札》なんだ。お守り代わりにでももらってくれる?

 

 

 最初に思ったのは「何を言っているんだろう?」だったと思う。冗談にも程があるとも。

 

 でも彼女は続けて言ったのだ。まるで祝福するように優しく微笑んで。

 

 

 ――ミコトの名を継ぐわたしは、いつだって人の運命を人が選びとることを願います

 

 

 《召喚の札》なんて信じてはいなかったけれど、彼は私のところに突然現れた。

 

 

 ――ところで年下は好み?

 

 

 ……。

 

 

 でもどうして私のベッドの中にいたの?

 

 

 

 

 その日の夜は札の不思議な模様を眺めたまま、手に持って眠ってしまったエイルシア。

 

 思い返せば使い方くらいは教えてもらいたかったと彼女は思う。

 

 

 +++

  

 

 1人魔人と対峙する優真。エイルシアからは彼の背中しか見えない。

 

 少年の身体は決して逞しくはないが今だけは大きく見える。彼は優しいだけではなかった。

 

 彼女は思う。あの背中は父と同じ。戦う男の人のそれだと。

 

「……うっ」

「お父様? しっかり」

 

 エイルシアの父、国王ラゲイルは回復魔法の効果で目を覚ます。

 

「……何故戻ってきた?」

「何を言うのです。お父様こそどうして? その身体で魔人と戦うなんて」

「……そうせずにはいられなかった。騎士として……父として」

 

 痛みが残るのか顔を顰めながら、でもエイルシアの目を離さずにラゲイルは言った。

 

「エイリアが残した言葉は今でもすべて覚えている。エイルシア、母はお前に何と言った?」

 

 

 ――エイルシア。あなたも幸せになるのよ。巫女だからといってすべてを1人で背負わないで

 

 ――今だってあなたにはあの人がいる。エイリークもよ。きっとあなたを助けてくれる人はこれからたくさん現れてくれるわ

 

 

「あ……」

「エイリアの願いは私の願い。エイルシア、封印の儀を前にして今のお前は幸せだったのか?」

 

 父はずっと心配していた。だから病床の身で立ち上がったのだと理解した。

 

「……しあわせです。決まっているじゃないですか」

 

 エイルシアは涙をこらえる。父にはしっかりと伝えたかった。

 

「私にはお父様がいる。エイリークもよ。国の人だって私を悲しんでくれた」

 

 憐れんだと思い込んだのはエイルシアだ。彼らの顔を思い出せば胸が苦しい。

 

 

 私はひとりじゃなかった

 

 

「私は幸せ。例え世界が私を救わなくても、私を想う心はもう十分に私を満たしてくれる」

 

 

 ――たとえ世界が貴女を救わなくても、貴女の幸せを願う人は必ずいる

 

 

 思い出した。ミコトと名乗る彼女はあの時そう言ったのだ。

 

 確かにいた。エイルシアが気付かなかっただけで想ってくれる人はたくさんいた。

 

 あの時のエイルシアは彼女の言葉を信じなかった。

 

 

 ――だから忘れないで

 

 

 夜を守る魔女は人の為に魔法を使い、使い魔を寄越し、世界に喧嘩を売るのだと。

 

 優真に出会った今だからこそエイルシアは彼女の話を信じることができる。

 

 

 話してくれたのは再生と再成、2つの世界を繋ぐ魔女の話。

 

 その魔女はひとつの魔法で神や魔神から人を守り、それに《世界》から人を護ってきた。

 

 それは世界を跨ぎ、人と人を繋ぐ出会いの魔法。

 

 

 召喚術

 

 

 わかったのだ。自分の為に少年を喚んだのは彼女なのだと。

 

「ユーマさん……」 

 

 魔人と戦う少年をエイルシアは締めつけられる思いで見つめた。

 

「あの少年はお前の《騎士》か?」

「違います」

 

 ラゲイルはエイルシアがきっぱりと否定するのが意外だった。

 

「私が巻き込んでしまった。私のせいでこうなってしまった。私は……ユーマさんに戦って欲しくなかった」

「……」

  

 守ってもらう資格がないともエイルシアは考える。

 

 それにエイルシアはあのしろい少女のことを知っている。だからわかる。

 

「ユーマさんが戦うのはきっと《あの子》のためです。そうあってほしい」

 

 優真はましろの時のようにただ何もせずに泣きたくない、それだけのはずだから。

 

  

 失ったものは戻らない

 

 それを知っているから少年は戦うのだと

 

 

「そう。だから私は……」

 

 

 エイルシアは優真が護身用にと渡してくれた金属板と《守護の短剣》を強く握りしめる。今度こそ覚悟するのだと。

 

 命を懸けて魔人を封印することでも倒すためでもない。戦う為に。

 

 ここにいなくても少年を想い、見守る少女がいる。

  

 なにもできない少女の為にも自分が代わりに戦わねばならないとエイルシアは決意した。

 

 

 優真を守るために

 

 

 +++

優真の戦い

 +++

 

 

「うあああああ!!」

 

 

 先攻、というより優真の行動はラヴニカよりも早かった。手にした小さな玉を床に叩きつけたのだ。

 

 それは煙玉。立ちこめる煙は魔人の視界を奪う。

 

「子供騙し」

 

 ラヴニカは邪なる風の魔人。煙幕を容易く《突風》で吹き払うがその時には優真は姿を消していた。

 

 いつの間にかラヴニカの側面、壁際まで移動している。

 

「《高速移動》? 魔術を使えたか」

 

 優真は何故か壁を蹴りつけるとそのままラヴニカに向かって駆け出した。

 

 ラヴニカは構わず優真に攻撃。放たれる《邪風弾》を優真は躱すことができなかったが、腰のデッキケースから《キュア》のカードを引くと体に当てすぐに中和した。

 

 優真はさらにカードを引き、手にしたままラヴニカに詰め寄ろうと再び走る。

 

「まさか《符術師》か?」

  

 符術師とは東国方面に存在する特殊な魔術師系クラスの1つである。札を使った置換術式によるトリッキーな戦術を得意とする。優真は東国ではよく見られる黒髪なのでラヴニカがそう思うのも無理はない。

 

 だだし符術師の札は即効性がない。優真の『隠していた魔力』を感じたことでラヴニカは、《病魔》の魔力を中和できるほどの《魔法使い》と少年の事を推測した。

 

 その証拠に試しに放つラヴニカの魔術攻撃を優真は手にした札で防いでいる。

 

 吹雪は炎の壁を展開して相殺し、雷撃はなんとグローブをはめた右の掌で打ち払った。《病魔》の瘴気は受けるとすぐに中和している。

 

 さらに優真は反撃に出た。投げ放つ炎や雷を纏う札をラブニカが風の防壁で防ぐのを見ると、今度は風を切り裂く札を投げる。

 

 魔人の風を突き破るほどの攻撃はラヴニカを掠めた。

 

「対風属性の高位術式、《裂空刃》と同等か。……楽しい、楽しいのう」

 

 笑う。魔人は笑う。優真が善戦するほど力を使い、ラヴニカは狂気を抑えきれなくなる。

 

「……」

「もっとじゃ。もっともっと我を楽しませよ」

「……くっ」

 

 絶対的な力の差があるラヴニカは優真で遊んでいるにすぎない。

 

 優真はどうにかしてラブニカに近づこうと走り、またそれだけしか考えられなかった。

 

 +++

 

  

 優真が目覚めた特異能力。それでラヴニカに有効打を与えるには接近する必要がある。

 

 その為の手段、優真の武器はグレードアップされた『おもちゃ』と光輝達ナイト・ファミリアの装備だけ。魔人を相手にするには全く足りない。

 

 特に主力となる魔法カードの消費は激しかった。

 

 これは回路紙サーキットペーパーと呼ばれるものを投擲しやすいように特殊なラミネートを施したもの。回路紙に付与された魔法は刻まれた《魔術回路》を循環することで効果が持続、保存することができる。

 

 光輝が回路紙に組み込んだ術式に優真の姉、優花が付与した魔力は強力だった。カードの1枚1枚が魔人の攻撃を相殺するほどの魔力が込められている。

 

 しかしカードを使った魔術戦闘は回数に限度がある。回路紙のもう1つの特性として「魔術回路に魔力を通すだけで魔法を発動できる」というのがあり魔力を補充すれば再利用できるのだが、今の優真は使い捨てにするしかない。

 

 60枚1組のデッキケースを2セット用意した優真は10分足らずで1組を使い切り、もう1組も半分しか残っていない。

 

 優真の装備はラヴニカに少し近づくだけで大きく消耗していく。

 

 

 ラヴニカが風で瓦礫をぶつけにきた。上手く避けても障害物となりラヴニカへ近づくのが困難になってしまう。

 

 やむを得ず優真は消しゴムを取り出した。

 

《文房具セット・インパクトイレイサー》

 

 光輝特製の暗器。超反発素材のゴムをばら撒くように投げて瓦礫にぶつける。

 

 消しゴムはその何百倍もの体積のある瓦礫の衝撃を吸収し、逆に跳ね返した。

 

 障害物を退かして優真は前へ進む。

 

 

 ラヴニカの《邪風刃》。それは巨大なカマイタチで優真は横に躱すことができない。

 

 優真は咄嗟に右手を上げた。袖口からワイヤーを射出、地下とは思えない高い天井に楔を打ち込む。

 

 ワイヤーガン。高い所に昇るだけだった『おもちゃ』は実戦仕様に改修されている。急速で巻き上げて上昇することで優真はカマイタチを躱す。

 

 これが《高速移動》の正体。最初の煙幕はこれを悟らせないため。

 

「小賢しいぞ!」

 

 もちろん天井にぶら下がった優真に追撃がくる。優真は手首を捻るワンアクションでワイヤーを切り離すと、左足のワイヤーを床に向けて飛ばし高速で空中移動、ラヴニカの近くに着地した。

 

 

 前へ。あともう少しだけ、前へ。

 

 

 しかしあと少しのところで優真に隙ができた。着地時の硬直と足首のワイヤーを切り離す僅かな隙。

 

「この距離なら外さん。《邪風…」

「ストーム・ブラスト!」

 

 《旋風砲》の竜巻がラヴニカの術式の発動を邪魔した。しかし阻止したのは優真ではない。

 

 後方にいる……

 

「で、できた。魔法でもゲンソウ術でもないのに……」

 

 驚くエイルシアだった。手には「へ」の字に曲がった金属板を手にしている。

 

 それはガンプレート。選択されたカートリッジは風属性放射攻撃魔法弾

 

《ストーム・ブラスト》

 

 優真は手持ちの中で強力な武器を彼女に預けていた。

 

 ガンプレートは魔術回路を応用し光輝が製作した魔力を持たない人間が魔法を撃つための魔術装備、『杖』なのだ。扱い方と魔力カートリッジがあれば誰でも使うことができる。

 

 護身に預けた優真だったが、エイルシアは優真を守るためにそれを使った。

 

 

 魔人の目を引き付けることを承知した上で。

 

 

「邪魔しおったな、小娘ぇ!!!」

 

 近づく優真に構わずエイルシアを攻撃するラヴニカ。

 

「シアさん!」

 

 放つ魔術は《邪風刃剣》。邪なる風の魔剣をエイルシアに向けて投げつける。

 

 ガンプレートを使いこなせるわけがなく、魔力のないエイルシアに防ぐ手がない。

 

「どきなさい」

 

 エイルシアの前に出るラゲイル。今こそ《騎士》の本懐を成し遂げる時。

 

 

 彼の長剣に風が集まる。

 

 纏う風は渦を巻き吹き荒れる。

 

 

 使いこまれた『この技』の竜巻の集束率は高く、放たれた時の衝撃は『彼女』の技に比べれば何倍にも跳ね上がる。

 

 この剣を『彼女』に伝えたのは父である彼なのだ。

 

《旋風剣・疾風突き》

 

 ラゲイルは《邪風刃剣》を正面から撃ち砕いた。無理をしたのかそのまま膝をつく。

 

「お父様!」

「大丈夫だ。……やはり私にはこれしかないな」

 

 自分の長剣を見ては苦笑する《風邪守の騎士》。その間にとうとう優真は辿り着いた。

 

 

 彼女のもとへ。

 

 

「ラヴニカさん!」 

「……何故じゃ」

「!?」

 

 魔人は苛立った。優真を守ろうとしたエイルシアに、そのエイルシアを庇ったラゲイルの姿に。

 

「お前たちはいつもそう……1人ではない。皆で庇い合い、助け合おうとする。独りの我を相手にお前らは……」

 

 膨れ上がる魔力。ラヴニカの異変に優真は防御用のカードを取り出す。

 

 恐れを抱いて踏み込むチャンスを見逃してしまった。

 

 

「我は……ずっと独りだというのに!!!」

 

 

 爆発。


 内に秘めたラヴニカの感情が彼女を中心に暴風となって何もかも吹き飛ばそうとした。

 

 ラヴニカが400年も抱え込み抑え込んできた狂気の正体。

 

 孤独。

 

「きゃあっ!」

「エイルシア!」

 

 エイルシアはラゲイルに庇われながら吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「ぐあっ! ……ラヴニカさん」

 

 優真は爆心地の近くにいたがカードの防御で直撃だけは避けた。

 

 今は最後の1本、吹き飛ぶ直前に伸ばした左腕のワイヤーを床に打ち付け、暴風に身体を晒しながら何とか吹き飛ばされるのをこらえている。

 

「我は風、我は自由! なのに、なのにいぃぃぃぃ」

 

 止めなければ。今度こそ狂気に呑まれラヴニカは魔人として本当に覚醒してしまう。

 

(どうにかして近づかないと……)

 

 何とか注意を逸らしてワイヤーを巻き取るしかない。

 

 暴風の中ではカードを投擲できない。代わりに優真はシャープペンシルを飛ばす。

 

《文房具セット・ロケットペンシル》

 

 放たれたペンは火を噴いて加速。推進力のあるこれならばラヴニカに届くはず。

 

「ああっ、あ。アアーーッ!!」

 

 しかしラヴニカの暴走は止まらない。

 

 雷撃が、吹雪が、真空波が暴風と共に無差別に放たれ、優真にも襲い来る。

 

「あっ……」

 

 

 そして優真の攻撃が届く前に頼みの綱のワイヤーが切られた。

 

 +++

 

 

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