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幻創の楽園  作者: 士宇一
第1章 前編
21/195

1-05 狂気のラヴニカ

エイルシアVSラヴニカ。そして優真は……

 

 +++ 

 

 

 失ったものは取り戻せる

 

 そう信じたから彼女は……

 

 

 

 

「あなたさえ、あなたさえいなければ!」

 

 エイルシアは『敵』に向けて次々と魔法を撃ちこんだ。

 

 

 ――みんなは、私は

 

 

 《風弾》、《風刃》、《旋風砲》、《竜巻》、《真空波》……

 

「シアさん駄目だ! どうして!?」

「私は、私は!!」

 

 エイルシアは止まらない。

 

「《加速円陣》、展開っ!」

 

 エイルシアが思うことはひとつだけ。

 

「集え集え。集いし風よ、刃を生み出せ」

 

 完成するのは風属性武装術式、《風刃剣》。次にエイルシアが放つ魔術は彼女の奥義。

 

 普通では不可能である『同属性の合成魔術』、それを可能にした魔法陣は失われたはずの《裏切りの魔女》の術式。

 

 エイルシアの祖先が遺したこの魔術はこの日の為に身に付けた彼女の切り札のひとつ。

 

 不可視の風の魔剣。その切っ先を魔人に向けた。

 

 

 ――私は、私の力でみんなの、私の幸せを

 

 

「貫け風刃剣。ソニック・ブレイカーーーっ!!!」

 

 

 ――私の望む未来を掴みとる!

 

 

 《加速》の魔法陣を突破した超音速の《風刃剣》はラブニカの胸を貫き、音速の壁を破るその爆音が聖堂内のすべての音をかき消す。

 

 

 なのに

 

 

「言ったであろう。風属性は効かぬと」

 

 なぜか聞こえてくるラヴニカの声は冷ややかだった。

 

「それが答えだな巫女よ。我らは潰しあう運命だと」

「違う!」

 

 優真の叫びは彼女には届かない。

  

「この程度じゃ魔人は倒せない。……そういうことですね」

「シアさん!」

 

 確かにラヴニカに風魔法のダメージを受けた形跡はなかった。

 

 いや、瓦礫をぶつけた最初の一撃は受けているようでラヴニカの額から血が流れている。

 

 それはあかい色をしていた。

 

「よくわかった。人と魔人は相容れぬ……残念じゃな小僧」

「ラヴニカさん……」

 

 ラヴニカはそれ以上少年と話すことも見ることもやめた。

  

「我は自由を求めただけじゃ」

 

 そして昔と何の変わらぬ《風邪守の巫女》をみて彼女は憐れんだ。

 

「私はお母様を取り戻したかっただけです」

 

 エイルシアは魔人を睨む。

 

「我のせいか?」

「あなたのせいです。最初からあなたさえいなければ」

「……そうか」

  

 その時だ。ラヴニカの雰囲気が変わったのは。 

 

 

「ならば憎しみには憎しみで向き合おう」

 

 

 紫の瞳が紅く輝く。

 

「巫女よ、後悔するなよ。我は我の自由の為に『目覚めよう』!」

  

 膨れ上がる魔人の魔力。エイルシアとの魔力の差が3倍以上になった。

 

「その魔力は!?」

「巫女よ。《音速破り》の術式は見事じゃった。まさか《裏切りの魔女》の術式の使い手がまだいようとはな」

 

 ラヴニカは笑う。こみ上げてくる衝動を彼女は抑えられない。

 

「歴代の巫女の中では最高の戦闘力じゃろう。じゃが……」

「なっ!?」 

「流れる血のせいかお前の魔力は少ない。歴代の、どの巫女よりもな」

 

 ラヴニカの魔力はさらに上がる。エイルシアの魔力とはもう3桁以上違う。

 

「悪く思うな。もう歯止めがきかん。ははっ、ははははははは」

 

 ラヴニカを中心に風が荒れ狂う。

 

 雷撃が、吹雪が、瘴気が、聖堂の壁や床を削り取る。

 

「巫女よ。これがお前の憎む《病魔》の魔人じゃ」

 

 魔力を解放することで豹変するラヴニカ。

 

 

「さあ、どうするのじゃ? ははははは、あははははは」 

 

 

 

 

 魔人が目覚めた。

 

 

 +++

狂気のラヴニカ

 +++

 

 

 優真は何もできなかった。ラヴニカを、エイルシアを止めることができなかった。

 

 

 魔力には狂気が宿る

 

  

 この時の優真が知らなかったことだ。

 

 ラヴニカは抑え込んだ狂気を解放した。魔神から与えられた膨大な魔力(狂気)に従うからこそ魔人なのだ。

 

 それを優真が知らないとしても、ラヴニカが力を抑え話をしてくれたのは人と和解する気持ちがあったのだろうと優真は思う。

 

 

 問題はエイルシアだった。彼女は魔力に宿る狂気に囚われている。

 

 彼女は巫女であって《魔術師》でなければほんとうの意味での《魔法使い》でもない。

 

 身体に魔力を宿す者はその狂気を抑えることができなければ《魔法使い》になれない。エイルシアは魔力を実戦で扱うことは初めてだったのだ。狂気の存在を彼女は知らず、制御する術も彼女は知らなかった。

 

「私は負けない、負けられないのよ!!」

 

 普段の彼女では見せることのない激情。国を思い、母を想う心はそこにはない。

 

 魔人を倒す。その思いだけがエイルシアを動かす。

 

 

 無謀だった。

 

 

「加速円陣…「無駄じゃ」」

「!?」

 

 魔法陣はラヴニカによってかき消される。

 

「どうして!?」

「単純に魔力をぶつけただけじゃ」

 

 力技だが膨大な魔力を誇る魔人だからこそできる。魔術戦で《魔法使い》が魔人に敵うはずがない。

 

「脆いのう、人の魔術は。呆気なく吹き飛ぶ。あはははははっ」

「だまりなさい!!」

 

 その笑い声がエイルシアの神経を逆撫でする。

 

「魔人よ、これならどうです」

 

 怒り任せにエイルシアは短剣を取り出す。銀の装飾の施された翠の鞘。

 

 《守護の短剣》。これがエイルシアの最後の切り札。

 

「精霊か? 《あやつ》には借りもあるし少しは楽しめるのかのう? あはっ、あはは」

「……見てなさい」 

 

 魔人を無視してエイルシアは念じる。

 

(力を貸して。魔人を倒すのよ。そうしたらお母様は、私は……)

 

 しかし

 

「……どうして?」

 

 エイルシアの《交信》が精霊に届かない。

 

「どうして応えてくれないの? 精霊よ、《風森》よ、答えてっ!?」

 

 彼女の悲鳴は響くだけ。短剣は何も反応しなかった。

 

「どうして? 私は……」

「狂気に呑まれたお主を見捨てたか。……ふん、興ざめじゃ」

 

 ラヴニカは冷めた目でエイルシアを見下した。相手にする価値はない、と。

 

 エイルシアは短剣を握りしめたまま茫然とした。

 

「もうよい。去ねよ、最後の巫女」

 

 放たれる《邪風刃》。

 

 

「シアさん!!」

 

 

 そこに優真が飛び出した。エイルシアを抱え込んで床を転がる。

 

「ぐっ、ごほっ、ごほっ、せ、咳が、なん、で、ごほっ」

「……ユーマ、さん?」

 

 《邪風刃》は優真に掠った。それだけで《病魔》に侵されはじめる。

 

「邪魔するな。優しい小僧よ。お前だけは生かしてやる。じゃからどけ」

「ごほっ、だ、だめ…だよラヴ、ニカさん、ごほっ、やめて……」

 

 目が霞む。熱も上がった気がする。それでも優真は何とか起き上がりエイルシアをかばう。

 

「どかぬか! 小僧!!」

「……!」

「きゃっ」

 

 雷撃を放つラヴニカ。

 

 優真はエイルシアを突き飛ばすと自分は再び床を転がるようにしてその場を離れた。

 

「や、やめて」

 

 エイルシアは正気を取り戻した。彼女にあるのは恐怖。

 

 ユーマが危ないということだけ。

 

「はぁ、だめだ、シアさん。はぁはぁ、戦っちゃ……駄目なんだ。ごほっ、ラヴニカ、さんを倒しても、ごほっ」

 

 

 ――みんなを救えても、ラヴニカさんは救えない

 

 

 優真の声は届かない。優真の思いは伝わらない。

 

 痛い思い、苦しい思いをしているのは優真じゃない。彼女なのだと。

 

 優真は見たのだ。瓦礫をぶつけられた彼女あの時の顔を。

 

 額から血を流すラヴニカ。

 

 

 人に裏切られ、傷ついたのは彼女だというのに

 

 

「……ごめん、なさい。ごほっ、でも、戦っちゃ……」

 

 わかりあえなかったことが優真は悲しい。

 

「所詮は人か。小僧、巫女をそうまでして庇うか」

「やめて、ユーマさん!!」

 

 ラブニカは優真に近づき掴みあげる。

 

「よかろう。褒美じゃ、受け取れ」

 

 と優真に口づけした。

  

「んんっ!?」

 

 吹き込まれる《病魔》の吐息。

 

「がはっ、あ……あああああ!!」

「ユーマさん!?」

「失礼な奴じゃのう、我は殺生は本来好まん。じゃから……」

 

 無慈悲に告げる《病魔》の魔人。

 

 

「勝手に苦しみ、勝手に死ね。ははっ、あははははは」

 

 +++

 

 

「ユーマさん、ユーマさん!!」

 

 エイルシアは少年の名を叫び、揺さぶる。何も考えられず、それしかできなかった。

 

 優真の熱はありえないほど高い。肌の色はもう、人の色をしていなかった。

 

 後悔。

 

「……ごめんなさい。私のせいだ、私が」

 

「そう。巫女よ、お主のせいじゃぞ」

 

 魔人は告げる。

 

「小僧は我との和解を望んだこ奴の選択は正しかった。戦って勝てるわけがないのじゃから」

「あ……」

 

 恐怖。

 

 エイルシアは目の前の魔人を見て自分の過ちに気付いた。

 

「拒んだのはお主じゃ、巫女よ。感情に流されたお主のせいで小僧が犠牲になった」

「違う!」

 

 認めたくなかった。だから悲鳴のような声を上げる。

 

「違わぬよ。小僧の話を台無しにし、戦いを仕掛けたのは誰じゃ? その上で小僧が庇ったのは誰じゃ?」

「ああ……」

 

 絶望。

 

 魔人の告げる真実がエイルシアの心を折る。

 

「もうよかろう。お主は十分苦しんだ。楽にしてやる。お主を殺して我も自由となろう」

「……ごめんなさい」

 

 諦念。

 

 もう終わりだ。自分に向けて手をかざす魔人を見て、エイルシアはそう思った。

 

 結局何1つ救うことなく、少年を犠牲にした後悔を抱えて死ぬのだと。

 

 魔人が放つ《邪風弾》。その時――

 

 

「それは勘弁してもらいたいな。魔人よ」

 

 

 エイルシアに向けられた魔法弾は壮年の騎士によって斬り払われた。

 

「お父様!? どうして?」

「……間に合ったな。エイルシア、その子を連れて行きなさい」

 

 ラゲイル・ウインディ。《風森の国王》にして先代の《風邪守の騎士》は娘の危機に立ちあがった。

 

「駄目です。すべて私のせいなんです。だから、だから私が」

「いい加減にしなさい」

 

 ラゲイルはエイルシアを叱りつけ、間違いを正す。

 

「お前は《風邪守の巫女》。お前がいなくてはその子はどうする?」

「っ!」

「間違えるな。病魔から人を守るのがお前やエイリアの役目。そして……」

 

 ラゲイルは長剣を構える。

 

 彼は10年前の《封印の儀》に立ち会うことが許されなかった。《騎士》であるにも関わらず王妃には守ることさえさせてもらえなかった。

 

 《病魔》に侵されたことなど関係ない。後悔を繰り返すことをしたくない王は今度こそ《騎士》として剣を取る。

 

「巫女であるお前を守り、お前の敵と戦うのが私の、騎士の務めだ。行きなさい!!」

 

 振り抜いた長剣。発生した《突風》はエイルシアを優真ごと聖堂の出口まで吹き飛ばす。

 

「お父様!!」

「エイリークを頼むぞ」

 

 

 閉ざした聖堂の扉。

 

「邪魔をするか? 死に損ない」

 

 対峙するのは魔人と風森の王にして騎士。

  

「……娘たちの為だ。少しだけ私の意地に付き合ってもらうぞ」

 

 +++

 

 

 聖堂から優真と共に追い出されたエイルシア。

 

 中から激しい剣戟の音が聞こえる。

 

「無茶よ。お父様は体調が」

「ごはっ、ごほっ」

「ユーマさん!?」

 

 父であるラゲイルも心配だが優真は重体だ。今すぐ治療する必要がある。

 

「ごめんなさい。お父様……」 

 

 エイルシアは優真の腕を肩にかけ、引きずるように聖堂から離れた。

 

 +++

 

 

「駄目、《浄化の風》が通じない。何て強い呪いなの」

 

 

 城の地下から抜け出し中庭まで来るとエイルシアはすぐに優真の治療に当たる。

 

 しかし魔法が効かない。これでまだ優真が生きていることがエイルシアには信じられない。

 

 

 苦しみ生かされる、そんな呪いだった。

 

 

「ごめんなさい、……ごめんなさい」

 

 怖かった。自分のせいでこの優しい少年がいなくなることは我慢できなかった。

 

 

「必ず、必ず助けますから。だから……風よ、精霊よ」

 

 エイルシアは《守護の短剣》を強く握りしめ、精霊に請い願う。

 

「私のすべてを捧げます。だから風よ、《風森》よ。お願いです。力を、彼に与えて――えっ?」

 

 今度は精霊が彼女の《祈願》に応えてくれた。清浄なる風の気をエイルシアは感じる。

 

 驚いたのは突如翠の髪をした女性がエイルシアの前に現れたからだ。

 

(嘘、まさか風森? 精霊が姿を現すなんて今までなかったのに……)

 

 精霊は倒れた少年を慈しむように見ると微笑み、それからエイルシアに魔力を送る。

  

 

 ――また、たすけにきてくれたのですね

 

 

「あ……」 

 

 自然と涙が出た。

 

 少年に向けられた、苦しくなるほど溢れる愛しさはエイルシアのものではない。

 

 

「……傍にいます。いつだって……」

 

 

 口に出した言葉もエイルシアのものではなかった。しかし送られてくる魔力を通じて《同調》する想いに彼女は声に出さずにはいられない。それは彼女のなかにもあったものだ。

 

 

 何故だかわからない。

 

 風森の精霊は誰よりも少年を救いたがっている。

 

 

 だからエイルシアにできることはひとつだけ。

 

「きて。一緒に……」

 

 優真を助けたいのはエイルシアだって同じなのだ。

 

「あなたは生きてください」

 

 精霊と姿を重ねたエイルシアはユーマの唇に自分の唇を重ね、《浄化の風》をユーマの体内へ吹き込む。

 

 

 彼女と精霊と、そして少年がひとつになって……

 

 

 

 

 エイルシアは夢を見た。

 

 +++

 

 

「うあー、う? あ?」

「違うよしろ。優真だよ。ゆうま」 

「うーあ?」 

 

 しろい女の子を見つけた優真は町中を連れて駆け回った。

 

 女の子を探している人がいるかもと思って町中を駆け回ったが何故か誰にも会う事がない。

 

 夕方になると疲れたので公園に戻った。とりあえず「まっしろだからきみは『ましろ』な」と仮の名前で女の子を呼ぶことにした優真。

 

 ついでに女の子に自分の名前を教えようとしているのだが。

 

「うん。そんな感じ。ゆーまだよ。ゆ・う・ま」

「う・う・あ」

「ちがう」

「あー」

 

 ましろは言葉を理解できるようだが言葉を発することができない。

 

「もういちど。ゆうま」

「うーあ、う、うーま」

「おし。『ま』がでた。いいぞ。しろ」

「あー」

 

 頭を撫でると気持ちよさそうにしろい目を細くするましろ。家で飼っている猫みたいだと優真は思う。

 

「もうちょっとだ。ましろ、ぼくは誰?」

「う、うーっ、……うゅ、ゆ……ま」

「しろ?」

 

 なにかを閃いたように瞳を輝かせるましろ。少年の名前を口にする。

 

「ゆ…う…ま。ゆうま。ゆーま!」

「そう! そうだよ。ぼくはゆーま。優真だよ」

「ゆうま、ゆうま」

 

 なんだろう、この達成感は? 優真はうれしくてましろの頭を撫でた。

 

 それはもう、撫でまくった。

 

 ましろもうれしくなって、でもなぜか優真の髪を引っ張った。真似しているようだがそれは違う。

 

「ちょっ、いたい、いたいってましろ!」

「うあー、う? ゆーま?」

 

 

 

 

「……楽しそうですね。まさか《これ》に言葉を教えるなんて」

 

 

 優真が声のする方に振り向けば、そこに白い人がいた。

 

 +++

 

 

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