1-04 病魔の魔人
その名はラヴニカ・コルデイク
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彼女は突然現れた少年とすごした日々を思う。
病床の父と2人だけの城の中で久しぶりに誰かとお話をした。
知らない世界の話は昔、母がおとぎ話をきかせてくれた時のことを思い出した。
久しぶりに誰かと食事をした。
あの時の彼の顔は今思うと妹が量が物足りなくて不満そうにしている時とそっくりだった。
誰かに食事を作ってもらうことも久しぶりだ。
量はともかく美味しかった。男の子に負けて悔しく思うのも久しぶりだ。
誰かと買い物するなんて初めてだ。
本当の国はもっとにぎやかなのにと残念に思うが、でも静かな街を2人で歩くことも楽しかった。
荷物持ちがいるからと買い込み過ぎた食材。その日の夕食は誰かに腕を振るうことが楽しくてつい作りすぎてしまった。
誰かと笑いあうことだって久しぶりだったのだ。
だから気付く。
――私は寂しかった
だから願った。
――この日々をもう少しだけ
「でも、これでいいのです」
――どうしてシアさん1人で戦おうとするんだ? ……どうして助けを求めないの?
それは彼女がいつもひとりだったから。
――俺を元の世界に還すことまで考えてくれる……無茶だよ。無理しすぎだよ
それは彼女がしてあげたかったことだから。
――心配なんだ。そこまで背負い込む必要なんてないはずだ。だったら、だったら俺が……
だから彼女は気付くことができた。少年は優しいから。
「巻き込みたくないのです。賭けるのは私の命だけでいい」
賭けるのはエイルシアのすべて。
勝てば不治の病からの国の救済、母の解放とユーマの《送還》用の魔力の確保。きっと願う未来が手に入る。
負けても魔人は再封印するつもりだ。代償はエイルシアだけ。
「人の運命は人が選びとる……でしたね。ミコト様」
それはユーマと出会う前に助けた女性の言葉。
その先に続く言葉をエイルシアは忘れてしまった。
「だったら、私は」
聖堂の、女神像の前に立つエイルシア。
《風邪守の巫女》は魔力を集め、魔人の封印を解く。
向き合う女神像の1体、母の像とは別の女神像が崩れ、現れる魔人。
「久しぶりですね。ラヴニカ・コルデイク」
再会の言葉は10年前の母と同じものだった。
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病魔の魔人
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ラヴニカ・コルデイク。
《病魔》の魔人。邪なる風。
魔人の正体は腰まで届く紫の髪と同じ色の瞳。肌を露わにした赤いドレスを纏う妖艶な女性だった。
「……小娘よ。性懲りもなくまた封印か? 我はつまらんぞ」
「ご心配なく。今夜は私のお相手をお願いします。……きっとこれが最後です」
鼻をならす魔人。
「威勢のよい。今までの巫女の中でも若いのう。その《騎士》もまだ子供ではないか」
「……? ええっ!?」
うしろを振り向いてエイルシアは驚く。
この場にはもう1人、黒髪の少年がいた。
「ユーマさん!? どうして」
「聖堂の扉、開いていたよ」
本当は隠れていた優真。エイルシアは1度突き放したっきりで優真が現れる可能性を失念していた。
「《騎士》って何? おじさんみたいな人?」
「い、今は関係ありません!」
赤くなってユーマに向けて叫ぶエイルシア。
《騎士》の話に彼女は動転。優真を魔人との戦いに巻き込んでしまった後悔が簡単に吹き飛ぶ。
姫である者にとって《騎士》の存在は意味合いが異なり特別なものになる。
忠誠を誓い、その身を守り、その心を護り抜く姫君の守護者。
その最愛の理解者である騎士は姫君の伴侶となることが多い。
「そ、そのっ、ちがうんですよ。……歳だって離れているのに……」
「?」
エイルシアの独り言が続く。
「……もうよいか? 我はただ自由になりたいだけなのじゃが?」
魔人に呆れられた。
「はっ。ユーマさん、離れて! ってユーマさん?」
優真は言われずとも彼女の後方に下がっている。
聖堂の、出口ぎりぎりまで。
「いや、俺邪魔になりそうだし」
「……いきます」
何とも締まらないままに魔人との対決がはじまった。
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「ならば遊んでもらおうかのう」
ラヴニカは微動だにしない。エイルシアは容赦なく魔法を繰り出した。
「風弾、風刃!」
2種類の術式を同時展開して連射。しかし魔人には衝撃も斬撃も効いた様子がない。
「児戯じゃな。我に風属性は効かぬ」
「それならこれはどうです?」
エイルシアは風弾で壁を砕き、瓦礫を魔法で浮かべて前方に複雑な紋様の円陣を描く。
「《加速円陣》展開、撃てぇ―っ!!」
エイルシアは浮かべた瓦礫を魔法陣を通過させて次々と撃ち出した。
魔法陣を通過した瓦礫は飛躍的に加速して魔人を襲う。
「《加速》による質量攻撃か」
これには風をぶつけて瓦礫を防ぐラヴニカ。
ラヴニカは前に動き反撃にでた。エイルシアに手刀を見舞うが、対する彼女は魔人の攻撃をただ見つめ……
「はあっ!」
直前で《爆風壁》を発動させた。
展開した空気の膜に手刀が触れると同時に爆発。その反動で距離をとる。
「どうです?」
「……小賢しいな」
魔人にとって小手調べにもならない戦闘。
「何を考えておる。我の死角をこそこそと動きまわりおって」
「え?」
ラヴニカはエイルシアを相手にしなかった。
「その隠した右腕は何を狙っておる?」
「ユーマさん?」
「……気付いてたか。さすが」
優真は何故か出口の反対側、ラヴニカの背面にいた。右手はポケットに突っこんだまま。
彼女たちの戦闘中、優真はラヴニカの側面、背後を取るように動きまわっていた。
何かを仕掛ける素振りを見せて彼女の注意を分散させていたのだ。ラヴニカが前に出たのも優真の様子を見る為だった。
「もう1度聞こう。剣も魔力も持たぬただの小僧、何を考えておる」
「お話があります」
優真はエイルシアの傍に立ちラヴニカに話しかける。
その間、魔人が仕掛けることはなかった。
優真は魔人の目を見る。何かを確認するように。
そして隠していた右手を魔人に見せた。手には何も持ってない。
はったりだった。今の優真に戦う術はないから。
それでも自分にできることをしよう、それが優真が決めた自分の在り方でありここにいる理由だった。
そして優真にチャンスが来た。彼女と話す機会が。
「ラヴニカさん、でしたね? お願いします、戦いをやめて下さい。そして国の人の呪いを解いてシアさんのお母さんを解放してください」
「ほう?」
「ゆ、ユーマさん!?」
頭を下げる優真に驚くのはエイルシアとラヴニカ。
「ラヴニカさん言いましたよね? 自由になりたいって。だからその代わりにです。お願いします」
「……それで我の気が済むと思っておるのか?」
「いいえ。でも、それでもです」
ラヴニカは少年の目を見る。優真はその視線をまっすぐに受け止めた。
優真に恐れはない。
魔人の紫の瞳もまた、優真の知るものだったから。
「……我は我が神の命でヒトの国を襲った」
先に口を開いたのはラヴニカだった。
「小賢しいヒトは我に敵わずとも命を捨て我を封印した。時が過ぎ、次に目を覚ました時、我が神はもうこの世界にいなかった」
魔神は400年前に倒された。ラヴニカがそれを知ったのはそれから100年後の話。
「我はもう神の命を聞く必要がなかったのじゃ。しかし国の奴らは目覚めたばかりの我を再び封印した。……話を聞くこともせず」
「問答無用に? どうして?」
優真の問いにラヴニカは簡潔に答えた。
「流行病は我のせいと言っておったな」
「なっ!? あなたの呪いのせいではないと、違うというのですか!?」
当時は違う、とラヴニカ。
「理不尽じゃろう? それからじゃよ。この扱いに我慢できず我が封印に全力で抵抗しておるのは。封印から僅かに漏れ出す《病魔》の魔力。これが呪いの正体じゃろう」
「……」
エイルシアは魔人の話に驚かされる。今まで知らなかった国が呪われる理由。
知ろうともしなかった真実。
「国を襲う意思がなくとも自由を奪われ続けた我。国の為と命を差し出す巫女」
魔人は言う。
目の前の巫女を憐れむように。
「400年続いた封印は互いに無駄なことだった。そう思わぬか?」
「……」
「のう、どうしてこうなったのじゃろうな?」
自分に、そして彼女に向けた言葉には憂いがあった。
「……違う。どうして……?」
エイルシアは答えることができない。想像していた魔人と彼女は余りにも違う。
握りしめた拳は何かを抑えるようにただ震えていた。
「怖かったんですよ。きっと」
優真はラヴニカの呟きにそう答えた。
「小僧?」
「あなたは実際に国を襲ったのでしょう? その恐怖は何百年も伝わるものだった。そうじゃないんですか?」
「……そうじゃな」
「封印はその恐怖を取り除くため。きっと恐怖に向き合えなかったんだ。……ラヴニカさん。もしかして人間と話をするのはじめてじゃないんですか?」
そのとおりだった。
ラヴニカが最後に会話をした、彼女にまともな相手をしたのは400年前に対峙した《風使い》以来。
「ああそうじゃ。こんな風に話をするのは、話を聞いてもらったのは初めてじゃ。……悪く、ないのう」
「ラヴニカさん……」
話ができてよかった。優真はそう思う。
封じられた長い時の間に何があったのだろうか?
「それにあなたも怖かったんじゃないんですか?」
「何?」
「命を捨ててまであなたを封じ続ける人間が」
「……」
ラヴニカの瞳から優真が見たものは諦めと疲れ。
国の平穏の為に囚われた魔人は救いを求めている。
「お互いが怖くて、何も知ろうとせずに恐怖から解放されたくて争いあう」
まだ間に合う。だから優真は自分にできることをしようと思う。
「こういうのやめませんか?」
エイルシアとラヴニカ。400年も続く諍いから2人を解放するために。
「……お主の話はわかった。じゃがそこの巫女はどうじゃ? そ奴は我を封印するどころか殺しにかかったが」
「わ、わたしは……」
「ごめんなさい」
優真は迷わずに頭を下げる。
「何故お前が謝る?」
「シアさんは必死だったんだ。国の人を救いたくて、お母さんを助けたくて」
今の優真にできるのは話すこと、伝えることだけ。
優真はエイルシアの想いと願いをラヴニカに理解してもらいたかった。
「無茶してるんだ。だから許して下さい。そしてお願いです。シアさんのお母さんを解放して下さい」
「ユーマさん……」
ラヴニカは戸惑うエイルシアと少年を交互に見る。
頭を下げたままの少年は魔人の目から見ても見事な《騎士》だった。
何の力はなくとも少年は巫女の想いを汲み取り、争いを避けて彼女の願いを叶えようとしている。
「……よかろう。我の望みは自由、それだけじゃ。我を解放するのならお主らとこれまでの仕打ちを許し、この国にも干渉はせん」
「本当ですか!?」
「ただし」
ラヴニカの話には続きがあった。
「先代の巫女の解放は無理じゃ。これは我の力ではない。封印はお前たちが勝手にやったこと。我に解呪はできぬ」
「そ、そんな……」
それを聞きエイルシアは打ちひしがれる。
「シアさん」
優真は母を救う手だてがなくなった彼女を心配するが、同時に別の事も考える。
(今は無理でも魔人であるラヴニカさんの力を借りることができれば……)
「どうする? 小僧」
「わかりました。だったらラヴニカさん、ひとつお願いを……」
「嘘よ」
エイルシアは呟きは思いのほか響いた。
「シアさん?」
「嘘ですよ……ユーマさん。これは嘘。終わるはずなんです」
気付くのが遅かった。
エイルシアの翠の瞳。覚悟をして暗くも強い光を放っていた目から光だけが失われている。
「すべては彼女を、魔人を倒しさえすれば」
「……呑まれたか。愚かな」
失望したのはラヴニカ。優真の制止は間に合わない。
「シアさん!!」
「きえなさい、魔人!!」
エイルシアが放つ瓦礫を核にした《風弾》。
それが無防備なラヴニカの額に直撃した。
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