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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
195/195

アギ戦記 -護衛3日目 11

彼女たちは出会う。再会する。


アギもまた。

 

 +++

 

 

 マイカは1人リュシカの元へ、『奴ら』が潜んでいるであろう雑木林の奥へと一心不乱に駆け出した。アギが慌てて彼女を追う。

 

「待てよ! ちょっと待てって、姫さん!」

「何よ! 早く、早く行かないとリュシカが」

「1人で突っ走るな。『奴ら』に狙われてるのは、姫さんだって一緒だ」

 

 出遅れた分を全速力のダッシュで取り戻し、10メートルほど先で追いついた。アギはうしろから彼女の肩を掴み勢いを止める。「邪魔をしないで」と言わんばかりにマイカがアギを睨みつける。

 

 知らない内にすぐそこまで来ていた、再起塾の脅威。ユーマからそのことを知らされた2人。

 

 振り返ったマイカの表情には、焦燥に駆られ余裕がない。

 

「離してっ!」

「駄目だ。姫さんが行くのは危険だ」

「危険が何だというのよ、あたしのことはどうでもいいの。リュシカにもしもがあったら…………っ!」

「だから駄目だって」

 

 尚も駆け出そうとするマイカを、アギは振り解かれまいと掴んだ肩に力を入れた。

 

「痛っ!」

「悪い。けどな、姫さんは先に学校に戻ってくれ。大体こんな林の中を闇雲に捜してどうするんだ? それじゃ姫さんまで迷子になっちまう」

 

 事態は一刻を争うだろう。ここでマイカとまではぐれてしまったら、事はアギの手だけでは負えなくなってしまう。

 

 ユーマからの通信はマイカを追いかける途中で途絶えてしまった。どうやらギリギリで届いていたらしいPCリングの通信範囲からも離れてしまったようだ。セイカ女学院の方でも何かトラブルが生じたらしいことも気になる。

 

 それでもマイカのことを考えると。ユーマら仲間たちがいて、砂の精霊に守られている女学院にいた方が外にいるより安全だ、とアギは判断した。

 

 

「歌の姫さん。姫さんは女学院に戻ってユーマと合流してくれ。それでできるならリュガたちを呼んできて欲しい。おだんごちゃんは必ず、俺が連れて帰るから」

「……」

 

 マイカを安心させるよう、アギが力強く告げる。

 

 しかし彼女は納得していないのか、無言でアギを睨みつけたまま。

 

「姫さん? 頼むからいうこと聞いてくれよ」

「……どうやってリュシカを捜すの? あんたこそあの子の居場所わかってないんでしょ? この辺りの土地勘のないあんたが、どうやって」

「それは」

「それこそ闇雲に捜し回る気? そんなことならあたしを連れて行って。あたしが……今のあたしなら、すぐにリュシカを見つけてみせるわ」

 

 思いがけない提案にアギは驚く。マイカは自分の胸に手を当てて言う。

 

「今ならまだいけるの。あたしの『ここ』はまだ、リュシカを感じ取れる」

「なっ。何を言って……」

「お願いだからあたしも行かせて。必ず、あんたの役に立つから」

 

 鬼気迫る様子にアギは迷った。マイカを連れて行くリスクを考える。

 

 アギのみたところ、今いる雑木林の広さはせいぜい隣接するセイカ女学院の敷地ほど。だが草木樹木の類が障害物となって視界良好とは決していえなかった。絶好のかくれんぼスポットだ。捜索はやや難がある。

 

 これがもしマイカの言うことが本当なら、もちろん速やかにリュシカを連れて帰れた方がいいに決まっている。捜索に時間をかけない分『奴ら』との不意な遭遇を避けることだってできるだろう。

 

 それでも。少女1人に対して人数不明の『奴ら』と遭遇する可能性の方が高そうだが。

 

 アギは迷う。

 

「ぐずぐずしないで。早く、早くしないと」

「……くっ」

 

 急かされなくてもアギだってわかってる。ユーマだって先程の通信で言っていた。

 

 《用心棒》

 

 リュガを軽くあしらい、ヒュウナーを瞬殺し、アギの《盾》までも剥ぎ取った道着の男。烏龍流の旋棍使い。

 

 『奴ら』の中で最も警戒すべきあの男がイレーネを捕らえ、更にはリュシカにまで目を付けているかもしれないというのだ。

 

 気持ちだけが焦る。マイカの焦燥が、そして脳裏にちらつく《用心棒》の影が、アギのの焦りに拍車をかける。

 

 リュシカを早く保護しないといけない。けれどマイカの安全だって確保できないことにはまったく安心できない。

 

 どうすればいい? 何が最善だ? 考える時間も今は惜しい。

 

「そんな遠くにはいないのよ。でも時間が経てば経つほど、あたしはリュシカの居場所がわからなくなるわ。急がないと」

「…………っ」

 

 考える。アギにすればここは1人で、身軽になって自由に動きたい所である。

 

 捜索に加えて2人を守りながら女学院に戻る。それは正直アギ1人では荷が重かった。場合によっては戦闘の可能性もある。そうなってしまえば彼女たちを危険に晒してしまうことは避けられない。

 

 護衛対象が2人ともなれば、1人で守り通せる自信が今のアギにはない。

 

 マイカを1人女学院へ戻らせるのが最善に思えた。しかし今のマイカの様子からして、1人にしてしまえば勝手にリュシカを捜しに飛び出してしまいそうだ。心配で彼女を1人にすることもできない。

 

 

 マイカの安全を優先して彼女を先に女学院へ送り届けるか?

 

 リュシカの保護を優先してマイカの提案を呑み、彼女の同行を許すか?

 

 やはりマイカだけを女学院に向かわせ、非効率でも自分1人でリュシカを捜すか?

 

 

 マイカは尚も「連れて行け」と訴えている。

 

「もたもたしてあの子攫われちゃったりしたらどうするのよ!? アギ!」

「あー! 畜生!!」

 

 アギは吠えるように悪態を吐き叫んだ。突然のことにマイカがぎょっ、とする。

 

 横から口出されてはまともに考えられない。それに。元々アギは我慢強く慎重ではあるが、よく考えて動くタイプではなかった。即時に名案は思い浮かばず、選択肢も少ない。

 

 

 こんな時。ユーマだったらどうしただろう。

 

 ――ああ。それこそ煩い彼女を地中に埋めては黙らせ……もとい。隠して、まずは彼女の安全を確保するんだろうな。

 

 

 そんなことがアギにできるわけがなく、必然と苦渋の選択を強いられる。

 

 怒鳴られたマイカが恐る恐る見守る中、考える時間も惜しく彼は決断した。

 

「……アギ?」

「どっちだよ? おだんごちゃんはどっちにいる」

「――!! こっちよ。付いてきて!」

 

 マイカは、それだけ言って弾けるように走り出した。

 

 草木の茂みや枝葉の多い、決して走りやすいとはいえない林道。それをマイカはまるで、形振り構わないといったように時には道を外れ、まっすぐに林の中を突っ切る。

 

 自分のなかにある『繋がり』を頼りに、リュシカへと向かって。

 

「って、おい!」

「待ってて、リュシカ!」

 

 マイカは速かった。

 

 振り返らず、脇目も振らないその迷いのない走りは、戦士系のアギさえ置き去りにしてしまいかねないほどの勢いがあった。

 

「ちょっ、待ってくれ姫さん! ――くそっ」

 

 またも出遅れたアギ。彼女のうしろ追いかけるので精一杯だ。

 

「捜す素振りさえ見せねぇなんて。本当におだんごちゃんがいる場所わかってるのか?」

 

 追いかけながらアギはぼやく。猪突猛進といったマイカには半信半疑、流石に疑問を覚えても仕方がない。

 

 そうでなくとも。アギには他にも気になることが多くあるというのに。

 

 

 ――《歌姫》の秘密を握るのは彼女だ。だから……

 

 ――リュシカさんを、彼女を保護するんだ!

 

 

 マイカとリュシカ。そしてイレーネ。

 

 彼女たちが隠しているらしい、《歌姫》に関わる秘密。

 

 その秘密の端々に偶然も含めて、アギは今日半日で何度と触れることになった。しかし秘密の全貌を知らない彼にとってそれは、パズルのピースのようなものでしかない。

 

 継ぎ接ぎだらけの情報。判断材料の不足。中途半端に知ったことで深まる謎は、アギに戸惑いと困惑しか与えていない。今の置かれた状況を見極めようにも、わからないことの方がアギは多かったのだ。

 

 《歌姫》であるマイカを『奴ら』から守る。そんな単純なことではない事情、裏があることくらいなら今のアギだってわかる。

 

 どうしてイレーネは《用心棒》に捕まったのか。《同調》能力者というだけでは納得できない、リュシカの歌は何なのか。そのリュシカを『感じ取れる』といったマイカもまだ何かを隠しているはず。

 

 先程の話のからしてユーマはある程度事情を知り、その上で彼は護衛任務の傍ら、独自に動いていたようだったが。

 

 

「あの野郎……また俺達に内緒でこそこそしやがって」

 

 何も知らず、わけもわからないまま、状況に流されるままに動いている。マイカを追いかける自分の動きがやけに『鈍い』。

 

 やるべきことはわかっているのに、何故かスッキリしない。《歌姫》と再起塾に関わる一連の事件はいったい、何をして解決となるというのか。

 

 はっきりしない多くの疑問がアギを迷わせ、縛り付ける。

 

 まるで出口のない迷路を……いや。砂漠の民に言わせると、広大な砂漠の中を羅針盤や星明りのような標もなしに彷徨っているような、途方のなさ。反して自分の意志で動いていないような、窮屈さ。

 

 この時のアギはそれらを同時に、嫌になるほど感じていた。

 

 

「ユーマのやつ。この件全部が全部片付いたら締め上げてでも全部話して貰うからな! ――姫さん! 騒騒しく走らないでくれ! 『奴ら』に見つかっちまう!」

 

 ユーマに向かって悪態を吐き、急ぐあまり不用心なマイカを宥める。大声で叫ぶあたり彼も迂闊で、余裕がない。

 

 誰にも彼にも言いたいこと、問い詰めてでも知りたいことが、それに時間をかけて考え整理したいことだって、アギには山ほどある。

 

 けれど今の彼はマイカを見失わないよう、追いかけるほかなかった。

 

 

 確かに。

 

 マイカの先導のお陰か、アギはリュシカを程なく見つけることができた。捜索も時間にして1分もかかっておらず、途中『奴ら』と遭遇することも幸いなかった。

 

 そう。2人は。

 

 +++

 

 

 改めて。アギの言うところの『おだんごちゃん』、リュシカ・ゼンガという少女のことを語ってみる。

 

 セイカ女学院の1年生で西国の生まれ。特技は裁縫、そして歌。クラスメイトにはマスコットとして可愛がられている。《歌姫楽団》では衣装と化粧を担当。

 

 15歳にしては顔立ちは幼く、体格も小柄。女子としては背の高い方であるマイカと並ぶと頭ひとつ、身長差は20センチ以上もある。(*マイカの身長は169、リュシカが143。実はこの2人、お互い自分の背と比べては密かにコンプレックスを感じ合っていたりする)

 

 故郷の家は洋裁店を営んでいる。それなりに有名で、一大ブランドとして各地に服飾店も幾つか経営している。実は結構なお嬢様。

 

 両親の経歴もなかなか特殊で、父親は今はなき《帝国》の出身、母は人とフェアリーのハーフ。リュシカの持つ《特性》は母方の血筋からくる遺伝だと思われる。

 

 類稀な力を持つ同調能力者。そのせいか彼女は幼い頃から周囲の人の目、感情の機微には一際敏感であったらしく、人前だと常におどおどとして、周りの様子を気にしている。

 

 ただまあ。引っ込み思案な性格を除くと普段はのんびりとした善良な少女である。

 

 

 誰にでも優しく、疑うことを知らない。いや、疑う以前に彼女は『わかってしまう』。

《同調》の力を使えば相手の心情に共感し、理解を得ることだってできるからだ。

 

 たとえば。クラスメイトのお嬢様、アレンシャがマイカへと向けた、ささやかな悪意。その本質だってリュシカはおおまかな理解を得ている。

 

 あのお嬢様が向けた悪意それは結局のところ。規則破りの常習犯でいながらも人気のあるマイカへの嫉妬、何も縛られず、何も畏れずに自由に振る舞う、彼女を羨む気持ちの裏返しなのである。

 

 アレンシャだって《歌姫》に少なからず憧れている。そのことをリュシカは密かに理解していた。共感だって覚えるから。彼女はあのお嬢様のことが嫌いではなかった。

 

 

 要するに。

 

 リュシカという少女は大抵のことでは人に嫌悪を抱かない。その割には臆病で警戒心が強く、対人における危険察知能力は極めて高い。それこそ小動物の如しだ。

 

 もしも彼女の感性が《同調》を通して危険人物と判断したのなら。その相手がどんなに悪意を巧妙に隠そうともリュシカは怯え、近づくことさえしないだろう。

 

 そして。人の気持ちが誰よりもわかるから、共感してしまうから。リュシカはどんな時でも自分より他人を優先する、心優しい少女でもあった。これは正直言って彼女の美点ともいうべき長所であり、また欠点でもある。

 

 『他人の痛みを引き受ける』といった《同調》の応用、彼女の異能というべき力だってそうだ。

 

 ひとつ見方を変えるとそれは、他者を思い遣る一方で自身を大事にしない、疎かにしているといってよかった。これはセイカ女学院が校訓と掲げる慈愛と献身の精神に似ているようでまるで違う。

 

 本人は自覚していないかもしれない。少女には自己犠牲のきらいがあった。

 

 

 

 

 マイカが受けた『痛み』は、距離を取った今こそ随分と薄れたけれど、尚も少女の心を甘く締め付け苦しめている。けれど。

 

 そんな今の彼女でも。もしも、近くに困っている人が、苦しんでいる人がいたのなら。

 

 リュシカという少女は、誰にでも共感してしまう稀有な彼女は放ってはおくことができないだろう。そんな時こそ彼女は、なけなしの勇気を振り絞って声をかけるはずだ。

 

 

 だいじょぶですか? と。

 

 

 《同調》できる範囲からマイカを外すため、彼女の意図を汲み取って逃げるようにして雑木林の奥へ走っていったリュシカ。

 

 彼女は今、1人ではなかった。

 

 

「あ、あのっ」

「……」

「ほんとうに、だいじょ、ぶ、なんです……か?」

「……」

「……聞こえて、ます、か?」

「……」

 

 無言。相手は既に目を覚ましてはいたがこちらを見ず、身動き1つしない。

 

 リュシカは怯えながら、それでも木にもたれかかって座り込んでいた『彼』に向かって懸命に声をかけた。

 

 

 威嚇するよう全身から発している、トゲトゲしい空気。疲れ果て生気の感じられない、憔悴した顔。所々に巻かれた包帯や絆創膏がより痛々しく見える。

 

 くすんだ色の金髪は無造作に伸ばされていて、身に付けている制服は所々に泥が付着し綻びも多々みられる。どこかで破いたのか校章こそ見当たらなかったが、臙脂色を基調としたブレザーはリュシカもよく知る《C・リーズ学園》のもの。

 

 知り合いなのかもしれない、とリュシカが思っても仕方のない、そんな彼。

 

 発見したのは偶然。林の中を走っていたリュシカが途中、息を切らして立ち止まった場所。そこで彼女の《同調》の力が、近くに人の気配がするのを感じ取ってしまった。

 

 補足すれば、リュシカが《同調》することのできる範囲は自身を中心に半径7メートルほど。学校の教室が1つ、すっぽり収まるほど広い。

 

 力の及ぶ範囲がここまで強力だと、アイリーンの特性スキルでもある《感知》能力にさえ匹敵する。ともすると。対人だけに置いていえば、リュシカの方がより気配察知に優れていたかもしれなかった。

 

 

 幼子が迷子になってしまったような不安、心細さ。ひとりぼっちのかくれんぼ。

 

 途方に暮れ、帰り道がわからず、今にも泣きそうになるのを必死に堪えている子ども。

 

 

 このまま夜になってしまえば、自然と暗闇の中へと引きずり込まれてしまう――そんな危うさをリュシカは彼から感じ取る。

 

 『男の子』と話すのはやっぱり少し恐い。でもたった1人で、傷だらけでうなされるように眠っていた彼の心情に気付いたリュシカには、どうしても放っておくことができなかった。

 

 それで彼女は頑張って、途切れ途切れでも声をかけている。

 

「その……怪我、してる、みたい。服、も汚れて……」

「……」

「こ、この近く、に。わたしの、学校、ある……んです。そ、それで……そのっ」

 

 

 ――今、あなたと同じ学校の人もいるんです。あなたの知り合いかもしれません。

 

 ――よかったら案内しますのでわたしと一緒に来ませんか?

 

 

 と、そのようなことを話そうとしたら。

 

「…………うるせぇ」

 

 はじめて彼の方に反応があった。

 

 やつれてギロリとした鋭い目がリュシカの方を向くと、彼女は蛇に睨まれたように全身をビクリ。本当は人見知りの激しいリュシカは思わず硬直してしまう。

 

「あっ、あの……」

「だからごちゃごちゃと、うるせぇんだよ」

「うっ」

「やっぱ夢じゃねぇのかよ。なんで、こんな林ん中にテメェみたいなガキがいる? いい歳して迷子かよ」

「……」

「おい。なんか言えよ。そもそもここは何処なんだ」

「…………ごめん、なさい」

「……ちっ。これ以上俺に話し掛けるな。あっちいけ」

 

 邪険に扱われ俯いてしまうリュシカ。やっぱり自分は何をやっても駄目だと、つい自己嫌悪してしまう。

 

 けれど。リュシカはその場から離れようとする素振りさえ見せなかった。

 

 1人にしてはいけない。どうにかしたい。助けたいと、そう思ってしまうから。得体のしれない彼のことを恐いと思うよりも、心配の方が上回っていた。

 

 どうしてだろうか。彼が隠す心情を理解してしまったこともある。

 

 けどそれとは別にして、リュシカは彼を一目見た時に《同調》による共感とは違う、一種の共感覚と言うべき何かも感じ取っていた。

 

 彼女が『これ』を感じたのは初めてではない。今日に限って言えば、2度目になる。

 

 

「なんだよ。用がないならさっさと消えろ」

「で、でも……」

「いいから行けよ! ぶっ殺されてぇのか?」

 

 いつまで待っても煩いのが視界から消えない。そのことにリーズ学園の制服を着た彼がいい加減苛立つ。

 

 けども実際、彼女をどうこうする気は彼にはなかった。煩わしかっただけともいう。

 

 それでも邪魔だったので、少女を追い払う威嚇の手段として、彼が腰に差した武器の柄に手をかけると……

 

「ん? お前」

 

 ふと。何か引っ掛かった。

 

 彼はリュシカにもう1度目を遣り、彼女の容姿――顔立ちや麦穂色の髪。お団子をまとめるリボンなどを見て、そこであることに気付いた。

 

 リュシカが身にまとうジャンパースカートタイプの制服。これはもちろんセイカ女学院のもの。『奴ら』のリーダー格として頭の切れる彼ならばこの時点で、今いる場所が女学院の近隣だとそう推察できたのかもしれない。けどそうじゃなかった。

 

 彼もまた、少女を見て感じ取ったのだ。リュシカが感じたのと同じ、共感覚と言うべき何かを。

 

 あるいは。『同族意識』とも言うべき何かを。

 

 

 それで彼は――リーズ学園の制服を着た、『奴ら』のリーダー格である再起塾の少年は、

 

 見ず知らずの少女のことを確認するよう、思わず問う。

 

 

「お前。いったい『どっち』だ?」

「……えっ?」

 

 何を問われたのか、リュシカはすぐに理解できなかった。

 

 彼に訊ね返そうとしたその時。

 

 リュシカは、遠くから自分の名を呼ばれているのに気付く。

 

 

「リュシカ!」

 

 

 張り詰めた声にリュシカは振り返る。必死な叫び声と共に走り寄って来たのは。

 

「――――! うぎゅ!?」

「よかった。無事だったのねリュシカ」

 

 マイカだ。

 

 リュシカを捜していた彼女は走る勢いのまま、飛び付くようにリュシカに抱き付いた。

 

 そのまま力強く、胸に抱きしめる。

 

「ううっ。ま、まいひゃん、くるし……」

「ごめんね。……心配、すごく心配したんだから!」

 

 そうは言ってもマイカは、抱きしめる力を緩めようとはしない。

 

 リュシカが危うく窒息しそうになるけど。

 

 

 近づけば近づくほど、触れればその分だけ、わかることがある。

 

 特別な繋がりのある2人だったから。特に。

 

 

 マイカと密着するかたちになって。彼女の気持ちが、リュシカには痛いほど伝わった。

 

 あちこちに木の葉が付いた制服。乱れた橙色の髪。土に汚れたブーツ。どくどくと脈打つ心臓の音。荒い吐息。

 

 どこかの枝で引っ掻いたのだろう手の甲や頬の掠り傷も。伝えてくれる。

 

 マイカがこんなに心配してくれたことがリュシカは申し訳なくて、嬉しい。

 

「よかった。ほんとうに無事で、よかったぁ……」

「マイちゃん……。ごめんなさい」

「……ううん。いいのよ。あたしのほうこそ」

 

 マイカは少しだけ、涙で瞳を潤ませていた。

 

 彼女は構わず力を抜いて抱きしめたリュシカを離すと、真正面から少女と向き合う。

 

「さっきはごめんね。あたしはもう平気だから。だからあなたももう、あたしのことなんかで苦しまないで」

「うん……、でも……」

「本当に大丈夫」

 

 尚も心配するリュシカに、マイカははっきりと言う。

 

「あいつなんかに、あたしのリュシカをあげたりしないんだからっ」

「…………うん?」

 

 あれ?

 

 流石のリュシカもマイカの複雑な心情、そこに至った経緯をすべてがすべて理解できるわけではなかった。

 

 

「マイちゃん?」

「話はあとよリュシカ。とにかく急いで学校に戻りましょ。今外は危ないの」

「あっ」

 

 マイカがリュシカの手を掴み引こうとする。それをリュシカは、少しだけ躊躇うように抵抗した。

 

「リュシカ?」

「ま、待って」

 

 この時リュシカは思った。

 

 マイちゃんなら、この人もいうことを聞いてくれるかもしれない。助けられるかも。

 

 そんな淡い期待を込め、彼女はマイカに彼のことを頼もうとする。

 

「あのねマイちゃん、この人……」

「えっ? …………誰?」

 

 リュシカを捜すのに必死だったマイカは、ここではじめて第三者の存在に気付いたようだった。もちろん彼の顔に覚えはない。

 

 一方で太い木の下に座り込んだままだった彼は、突然現れた《歌姫》に驚き、その後の展開にしばらく呆然としていたが。

 

「《歌姫》、マイカ・ヘルテンツァー……?」

「……あたしが何? その制服、もしかしてアギの仲間?」

「アギ、だと?」

 

 アギ。リーズ学園に在籍する砂漠の民の少年。

 

 《盾》を使う……青バンダナ。

 

 その名に、彼が反応した。様子がおかしいとマイカが訝しんだ、その時。

 

 

「姫さん! おだんごちゃん!」

 

 

 ようやく、アギが追いついた。結局置き去りにしたマイカに文句を言いながらも、彼女たちのもとへと急いで走ってくる。

 

 そんなアギの姿を確認した彼は……笑った。

 

 

(……えっ?)

 

 

 その不気味さに気付くことができたのは、リュシカだけ。寒気を感じる。

 

 アギを見て、口元を歪めるだけのいびつな笑みを浮かべる彼。その心は、喜んでいた。

 

 見つけた。また会えたと、偶然を喜んでいた。

 

 それはまるで、迷子の幼子が母親をみつけだせたようにも似た、

 

 

 昏い悦び。

 

 +++

 

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