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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
194/195

アギ戦記 -護衛3日目 10

3度目の、アギとマイカ。

 

 +++

 

 

 近づけば近づくほど、触れればその分だけ、わかることがある。

 

 特別な繋がりのある2人だったから。特に。

 

 

 拒絶され、振り払われた手を胸に抱いて、リュシカは今にも泣きそうな顔でマイカの顔を見つめた。マイカもまた、悲痛に満ちたひどい顔をしている。

 

 やってしまったと、強い後悔の念が表情に滲み出ていた。

 

 

 ――違う。違うのよリュシカ。あたしは、あなたのことが嫌いなんかじゃ

 

 ――けど。どうしてあなたが、あいつと……

 

 

 どうして?

 

 後悔を上書きするように重ねられる疑問、疑問疑問疑問。

 

 疑惑。そして嫉妬。嫉妬してしまったことへの……後悔。

 

 伝わってきた感情は、あまりにも錯乱していて。マイカと《同調》するリュシカの心は激しくかき乱される。

 

 

 ――どうしよう。どうしよう。もし、もしも…………だったら

 

 ――氷姫だった方がまだよかった。リュシカが相手じゃ、あたしは……!

 

 

「……!?」

「――あっ」

 

 動揺している場合じゃなかった。マイカはリュシカの怯えたような、愕然と、信じられないといった表情をみてまた気付かされる。

 

 また伝わってしまった。

 

 マイカが向けてくる負の感情。リュシカのことで苦悩するマイカの痛み。

 

 マイカの動揺。マイカの焦燥。マイカの……リュシカへの畏怖。それらをリュシカは、すべてダイレクトに受け止めてしまっている。

 

「……ごめ、ごめんな……っ!」

「ち、違っ!」

 

 けれどマイカは言葉に詰まる。リュシカを相手に言葉では取り繕えない。

 

 

 言葉にせずとも伝わるこころ。

 

 近しいから、混在してしまうこころ。

 

 

 少女は、無意識に自分の心を暴いてしまう。自分の剥き出しの心が、少女を責め立て、傷つけてしまう。どちらもマイカにとって恐ろしいことだった。

 

 今までこんなことはなかった。マイカは、はじめてその『危険性リスク』を思い知った。

 

 

 想いをただしく理解できる受信のちからと、想いをただしく伝えることのできる、伝達のちから。

 

 そして。2つ繋ぐことで互いの力を何倍にも増幅させる、掛け合わせの魔術。

 

 

(これが、イレーネの言っていた、あたしたちの……!)

 

(だとしたらこんなの、一方的すぎるじゃない!?)

 

 

 思い知ったことでマイカは戦慄した。

 

 リュシカのことを妬み、恐ろしく思ってしまった自分。このこともリュシカには正確に伝わってしまう。

 

 あの子はどう受け取ってしまうのだろう? 何度も苦しめてしまうことがマイカは心苦しく、申し訳なくて、辛い。けれど。

 

 どうして? どうしよう?

 

 リュシカへの疑念と不安もなくなったわけじゃない。感情の負の連鎖は尚も増幅し、一方的に少女を苦しめているというのに。

 

 リュシカを苦しめている原因であるマイカには、何もできない。事情を知らず、事態が飲み込めないでいるアギにしても。

 

「うっ、うう……マイ、ちゃん、マイちゃん……!」

「――駄目。駄目よリュシカ。これ以上あたしと《同調》したら、あなたは!」

「姫さん! おだんごちゃん!? なにが、どうなってやがる?」

「リュシカ!!」

 

 リュシカが置かれた危険な状況。唯一理解できるマイカは固く目を瞑り、リュシカを思って強く念じた。

 

 この負の感情の連鎖から抜けだす対処法は、1つしか思い浮かばなかった。

 

 

 ――お願い、お願いだからっ!

 

 ――リュシカ……

 

 

 今のあたしを、見ないでっ!!!

 

 

「…………っ!!?」

「おだんごちゃん! ――っ!?」

 

 マイカの心に触発したリュシカ。少女は驚くアギが止めるよりも早く、飛び出すように走りだした。

 

 離れて……離れなきゃ。

 

 離れて! ――離れなきゃ!

 

 ただ遠くへ向かって。雑木林の奥の奥のほうへと。その様子をマイカは、ただ辛そうに見送る。

 

 足が竦んで自分からは離れることもできなかった。マイカは自分の意図に気付いてくれたリュシカに向かって、何度も何度も謝ることしかできなかった。

 

 

「…………ごめん。ごめんね、リュシカ……」

「歌の姫さん!」

 

 アギは焦るように怒鳴った。思わずリュシカを追いかけようとしたアギの制服の裾を、マイカが掴んで離さなかったからだ。

 

「いい加減離してくれ。……いいのかよ? おだんごちゃんは」

「わかってる! でも……!」

 

 マイカは未だに苦しそうに胸を抑えて、懇願するように「今は待って」とアギに言う。

 

「姫、さん?」

「すこしだけ、少しだけあたし達に時間を頂戴」

 

 戸惑った。今にも泣き出しそうな彼女の顔が、この時アギにはなぜか、リュシカのそれと重なって見えてしまう。

 

「お願い。今だけ。今だけでいいから。あたしの、そばにいて……」

「……くっ」

 

 マイカに掴まれた服の裾はそのまま。彼女は一層強い力で掴み、離さない。

 

 

 どうなってやがる?

 

 混乱するアギはマイカを放おっておくこともできず、彼女が落ち着くまでの間、その場から動くことができなかった。

 

 +++

 

 

 実際。マイカの動悸が収まるまでにさほど時間はかからなかった。

 

 彼女の顔色はまだ青褪めてはいたが、とりあえずアギは安心する。

 

「落ち着いたか?」

「ええ。もういいわ」

「だったら……」

 

 次にアギが睨みつけるように見据えたのは林の奥。リュシカが飛び出した方向。

 

 マイカも少女を心配してか、同じ方を向いて見つめている。

 

「リュシカ……」

「なあ、姫さん。先に学校へ戻ってくれないか?」

 

 アギは、1人でリュシカを探しに行くことを提案した。

 

 一緒に捜してもいいが、狙われる身であるマイカを、学校の外に連れ出したままというのも気が引けた。

 

「おだんごちゃんが迷子になってたら大変だ。俺が行って連れて帰ってくから」

「待って。それは大丈夫」

「えっ?」

「ここの林はリュシカにとって庭みたいなものだから。それよりもう暫くここで待って、自分で戻ってくるのを待ったほうがいいわ」

「けどな。さっきのおだんごちゃんの様子、尋常じゃなかったぞ」

「……だからよ」

 

 苦い顔をしてマイカは言う。

 

「今のあの子の状態じゃ、誰が傍にいても、悪いことにしかならないわ」

「……どういうことだ?」

「同調能力よ。あの子の心は過敏過ぎる」

 

 まずリュシカ自身が安定しないと、また人の心に振り回されてしまう、とマイカ。

 

 

 人の感情、心情の機微を己の心と一致させ、共感することのできる異能。それは使い方によっては人の心を知ることができる、優れた能力なのかもしれない。

 

 しかし。優れた力には必ずといって、何らかのデメリットやリスクを伴うのが常というもの。リュシカのような同調能力者もそうだった。

 

 

「イレーネが言ってたわ。《同調》持ちだからといって、人の心を全部が全部を知ることができるわけじゃない。喜怒哀楽みたいな大雑把な感情の把握ならともかく、《同調》で思考を読むことができたとしてそれは全体のせいぜい2、3割。それでも十分すごいんだけど」

「委員長? あの人がそう言ったのか?」

「ええ。けどリュシカは違う。あの子の力なら」

 

 6割。もしくは7割。見ず知らずの人が相手でも。

 

 あるいは。大勢の人によって生まれる、『その場の空気』にさえリュシカは高い精度で《同調》することができるのだという。

 

 彼女が言うには、その中でも特にマイカとは波長が合うらしく、マイカとならリュシカは9割以上、ほぼ完全に彼女の心の内を理解できてしまい、自分のことのように感じてしまうのだとか。

 

「あの子。あたしのことならなんでもわかっちゃうの。……それで困ったことなんて、今までなかったんだけどね……」

 

 そんな2人だからこそ。もしかすれば理論上不可能と云われている《完全同調》までも実現してしまうかもしれない、とイレーネは言っていたらしい。

 

「完全、同調……?」

「難しいことはあたしにもわからないわ。でもこれだけは言える。さっきのリュシカは、きっとあたしと《同調》したせいでああなったのよ。あたしの感情が直接、あの子を傷つけた」

「……なんで」

「どうしてなんて訊かないで。話したくないら」

 

 そこまで言ってマイカは口を閉ざした。アギに詳しいことを――己の醜い心を晒すような説明をするのは、彼女も嫌だった。

 

「……」

 

 重苦しいマイカの雰囲気に問い詰める真似はできそうもない。代わりにアギは話をずらすよう、別のことを訊ねた。

 

 リュシカもそうだったが、マイカも苦しそうにしていたのもアギは気になっていた。

 

「姫さんの方はその、もう大丈夫なのか?」

 

 マイカは、やや沈みがちな声で答えた。

 

「……平気。あたしの方は大したことじゃないから。だって、所詮あたしのは」

 

 リュシカへの醜い嫉妬と、気持ちが全部筒抜けてしまうことへの畏れと、

 

 リュシカを傷つけてしまったことへの後悔。

 

 自己嫌悪ばかりだ。自分が抱えた暗い感情をすべて受け取ってしまい2倍苦しんでいるリュシカに比べれば本当に大したことじゃない。そうマイカは思っている。

 

 すぐにでもリュシカに謝りたかった。けど今は駄目。自分から離れることでリュシカが《同調》の力から解放され、お互いが落ち着くの待たなければ、同じことを繰り返してしまう。

 

 それがわかっているから。マイカは待つしかない今の状況をもどかしく思っていた。

 

 

 だがそもそも。

 

 こうなってしまった原因――彼女が少女に酷く嫉妬してしまったのは。

 

「ねえアギ。あんたたちはどうして、こんなとこにいたの?」

「えっ?」

「……もしかして。あの子の歌、聞いた?」

 

 アギが驚いて目を見開くのをみて、マイカは全身の力を抜くよう、深く息を吐く。

 

 納得した。あるいは参った。そんな仕草だった。

 

「……そっか」

「姫さん?」

「あーあ。もうあの子ったら。バレたら大事になるって、あれだけ気を付けるよう言っておいたのに」

「じゃあ。歌の姫さんは知ってるのか? おだんごちゃんの」

「あの子の歌の秘密。知りたいの?」

 

 どこか探るようなマイカは訊ね方に、アギは黙り込む。

 

 訊いてもいいのか? 知りたくないと言ったら嘘だった。そんな考えが顔に出ていたのか、マイカは「仕方ないわね」と力なく笑った。

 

 本当は誰にも知られてはいけないと、イレーネに言われていたけれど。

 

「教えてもいいけど。だったら代わりにあんたも、あたしに1つ教えてくれない?」

「……? 何をだ?」

 

 マイカは知りたかった。それで神妙になって訊ねる。

 

 

「アギ。リュシカの歌を聞いたあんたは、いったい何を《想起》したの?」

 

 

 想起。想い起こすこと。つまりは思い出すこと。

 

 連想させ、イメージを引き出し、《幻想》を生み出す。少女の歌。

 

 あの時アギは――

 

 

 ――泣いちゃ駄目だよ。アギ

 

 

 問われたことが引き金となって、《暗記》の力が夢の残滓を見せる。アギは不意に右目を抑えて俯いた。

 

 

 ――わたしは、もう充分に生きた。生きて、もう充分にしあわせだったから

 

 ――だからね。恨まないで。

 

 

 ――母ちゃんのことで《帝国》のひとたちを、決して憎まないで

 

 

「……」

 

 今はまだ、何も話せそうになかった。

 

「……そう」

「…………悪い。その話はなかったことにしてくれ」

「ま、いいわ。誰にでも言えないことって、1つや2つあるだろうし」

 

 だから。リュシカはずるいんだけどね。

 

「なんか言ったか?」

「何も。ずるい、って言っただけよ。あたしは、リュシカのことが羨ましくて。ちょっぴりだけ、妬ましく思っちゃったのよ」

「は? なんだって?」

「だってそうでしょ?」

 

 マイカは物騒なことを言った割に、これまでと変わってなんだか妙に、晴れやかに笑っていた。

 

 リュシカはきっと、アギが隠す秘密を知ってる。秘密を共有して、彼のことを自分以上に理解してしまっている。それが羨ましくて、少しだけ妬ましい。

 

 けどそれ以上にマイカは、リュシカのことが。

 

「あんなにちっちゃくて可愛いいのに、歌も上手で。《歌姫》の歌と衣装はあの子が手がけてて……引っ込み思案だけど、その割に友達も多くてみんなから可愛がられてる。お裁縫もお料理も、どこで覚えたのかお化粧だって得意なのよ。あたしなんかよりもずっとずっと女の子してる。それに女学院うちの生徒だけあって、あの子も結構なお嬢様だし」

「そうなのか?」

「西国では大手筋で有名な服飾店。実はそこの経営者の1人娘だったりするのよ。聞いたことない?」

 

 学園都市にもお店がある人気ブランドらしい。その手の話に疎いアギには、店の名前を教えてもらってもいまいちピンとこない。

 

 マイカは自慢した。かけがえのない彼女の大事な、パートナーのことを。

 

「家柄もいい。性格も。気立てのよい優しい子。あの子は自覚してないけれどたくさんの才能に溢れていて、人にはない不思議な力だって持ってる。どこかのお話にでてくるような、それもつい守ってあげたくなっちゃうタイプのヒロインみたいな子よ。…………もしも勝負になったら、あたしじゃかないっこないわ」

「勝負? 姫さんとおだんごちゃんが?」

 

 何を言ってるんだ? と、話の要領を得ない様子のアギにマイカは苦笑するしかない。

 

 本当。あの子を相手にどうしてそんなことを思ったんだろう。マイカの胸に少しだけ、後悔の念が戻ってくる。

 

 痛みを無視してアギの方をみると、彼はまだこちらをみてぽかんとしていた。その間の抜けた表情をみたら、それでつい、彼女は言ってやりたくなった。マイカは急に真面目な顔をしてアギに向き合う。

 

 それから思い切って、胸を内を彼女は吐露した。それは、懺悔にも近い告白だったのかもしれない。

 

 

「怖かったのよ。あたしは、リュシカにあんたをとられてしまうと思ったから」

「は?」

「……。だ・か・ら! あたしの誰よりも大切な、大好きなあの子をよりにもよってアギなんかにとられてしまうと、そう思ってムカついちゃったの!!」

「……言ってることがさっきと違わねぇか?」

「あたしにとっては同じことよ」

 

 とはいえ本気半分、誤魔化し半分といった感じだ。やっぱり素直になるのは恥ずかったらしい。

 

 それに。今のマイカは後者の思いの方が断然強かった。こんな鈍い馬鹿に、大事な大事なリュシカを取られるなんて堪らないと、そう思うとまたムカムカしてくる。

 

「……姫さん?」

「いいアギ? リュシカはあたしのなの」

 

 マイカは憤然として、まるで警告するように言った。

 

「たとえあんたがあの子を好きになったとしても。あたしは、リュシカを絶対に譲ったりなんてしないんだからっ!」

「ばっ! いきなり何言ってんだよ!」

 

 これじゃまるで恋敵を相手にした宣戦布告だ。アギは慌てる。

 

「なんで、俺がおだんごちゃんを……」

「……ふん。さっきはリュシカに抱き付いて、こどもみたいに泣きじゃくってたくせに」

「――!?」

 

 アギは顔を赤くして激しく反応した。

 

 マイカに恥ずかしい所を見られていたかもしれないことに、言われてようやく気が付いたようだ。

 

「や、やっぱ見てたのか?」

「見せつけられたわ。まったく気付いてなかったの? あんたの目、今も真っ赤だし」

「べ、別に泣いてたんじゃ……」

「はいはい。けどね。だからわかっちゃったのよ」

 

 今更のように目元を乱暴に拭うアギ。マイカはそんな彼を見て呆れたような顔をしていたが、それから彼女は急に真顔になって、何かを悟ったような目で彼を見つめた。

 

 

 アギ。あんたもきっと……

 

 あの子のやさしさに、救われたのよね?

 

 

 マイカが向けてくる視線にアギは気付いた。どこか優しく、寂しげで、僅かな痛みを覚える彼女の眼差し。視線の意味はわからずともマイカの瞳にアギは引き込まれる。

 

 何が言いたいんだ? 何を知ってるんだ? はっきりしないことがアギを、じれったい気持ちにさせる。

 

 思わず声を掛けたくなるほどに。

 

「歌の姫さん」

「……その呼び方。いい加減やめてくれない? 《歌姫》って呼ばれるの、そんなに好きじゃないの」

「そうなのか?」

 

 アギは少し意外に思った。誰がみても《歌姫》の名は、マイカにこそふさわしいと思うのだが。

 

 疑問に思うアギに、マイカはまた寂しそうな笑みを浮かべた。

 

「リュシカやイレーネ、《歌姫楽団》のみんながいて。それであたしはようやく《歌姫》になれる。《歌姫》の名はあたしだけのものじゃないのよ」

 

 だから彼女は思う。

 

「《歌姫》じゃないあたしにふさわしい名前は、きっとほかにあると思う。それをきっとあたしは……ずっと探し求めてる」

「……」

 

 今のマイカの言葉に深い意味があったように思えた。彼女に何か言わないと、とアギは思い、言葉を選ぶのに逡巡する。

 

 結局。上手いことは何も言えなかったが。

 

「そいつはまた、贅沢な話だよな」

「えっ?」

「《歌姫》でいいじゃねぇか。俺なんて、学園じゃ相変わらず『《バンダナ兄弟》の青いほう』で通ってるんだぜ」

「……ふふっ。それもそうね」

 

 不貞腐れたようにアギが冗談を言うと、マイカは今度こそ嬉しそうに笑った。

 

「大丈夫。あんたにもきっと格好いいのが付くわ」

「そうかぁ?」

「ええ。このあたしが保証してあげるわ。……さてと」

 

 冗談はおしまい。マイカはアギに背を向ける。

 

「そろそろリュシカを迎えに行こうかしら。あの子になんて謝ったらいいか、まだわからないけど」

「待った方がいいんじゃなかったのか?」

「そうだけど、もう平気そうだから」

 

 マイカは落ち着きを取り戻したことを自覚した。これならリュシカに近づいても、彼女が《同調》に振り回されることはないはず。

 

「それに待つのは性分じゃないから」

「俺も付いて行っていいか? 一応護衛だし」

「お願いするわね」

 

 俺が1人で捜しに行くと言っても言うこと聞かないだろう。アギがそう思って同行する意を告げると、マイカは「当然よ」と言わんばかりの笑みを浮かべるのだった。

 

 

 リュシカを迎えに意気込んで林の奥へ進もうとするマイカ。

 

 セイカ女学院の近隣にあるこの雑木林は、彼女にとっても庭みたいなもの。リュシカの居場所だってマイカならなんとなくわかる。

 

「……ねえ、アギ」

 

 けれど。ふとマイカは思った。今のうちに言っておいたほうがいいんじゃないかと。

 

「どうした?」

「もしも。もしもだけど。今回の事件絡みで、あたしに何かあったら」

「……縁起でもねぇな」

 

 アギが怪訝な顔をする。マイカは構わず話した。

 

「いいから聞いて。あんたにお願いしたいことがあるのよ」

「俺に? なんだよ改まって」

「もしもあたしに……ううん。あたしが、学園都市を去ったあと。あたしがいなくなったその時は……」

 

 リュシカのことを……と、マイカがそう言いかけたその時。

 

 けたたましい警報音がアギの腕輪から鳴り響いた。突然の事に驚く2人。

 

 

「な……っ!」

「なんだ? PCリングの、緊急通信?」

『アギ!』

「ユーマか?」

 

 アギのリングから飛び出す幻創獣。

 

 青いバンダナをした手のひらサイズのリザードマンは、ユーマの声で焦ったように言葉を捲し立てた。

 

『くそっ。想定外ばかりだ。こんなバラバラに、まとめていっぺんに事が起きたらもう、俺とジン達だけじゃ処理しきれない!』

「ジン? おい。どういうことだ?」

『ごめん。時間がないから要点だけ話すよ。近くに再起塾の奴らがいる。イレーネさんはくろ……《用心棒》に捕まった』

「イレーネが!?」

 

 再起塾の『奴ら』が、《用心棒》がここまできている。話に衝撃を受ける2人。

 

 しかし。ユーマの話はまだ終わっていない。

 

「まさか。女学院が『奴ら』に襲われてるのか?」

『そういうわけじゃない。俺が相手にしているのは報道部の……』

「何だって?」

『とにかく。こっちは女学院の混乱を抑えるので手一杯だけど、本当に問題なのは外なんだ。マイカさんもそこにいるんでしょ?』

「ああ」

「ちょっとユーマ。イレーネが捕まったってどういう」

『その話はあと! マイカさんはさっさと女学院に戻って。アギの邪魔になる!」

「なっ……」

「おい、ユーマ!」

『アギ。リュガとアイリさんはそっちに向かわせてる。だからアギは急いで。あいつらが先にあの子と接触する前に……!』

 

 

 ――リュシカさんを、彼女を保護するんだ!

 

 

「お、おだんごちゃん?」

『イレーネさんが下手を打った。リュシカさんが《用心棒》に目を付けられるのも時間の問題だ。1人にしちゃいけない!』

「なんで。なんで姫さんや委員長だけでなく、おだんごちゃんまで」

『《歌姫》の秘密を握るのは彼女だ。だから……あっ』

 

 焦るあまりユーマは、己の不覚に気付くのが遅かった。なんのためにアギに確認を取ったというのか。

 

 ユーマの話が終わるよりも、アギが話を理解するよりも早く。

 

 

「リュシカ!!」

 

 少女の身を案じてマイカが駆け出す。

 

 +++

 

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