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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
191/195

アギ戦記 -護衛3日目 7

再起塾の少年と《用心棒》、その2


《用心棒》の謎

 

 +++

 

 

 《用心棒》とも、『先生』とも呼ばれる道着の男。とりあえずわかったのは、彼もまた類ない戦闘狂バカだということ。

 

 ……まあ。酔狂にも、腰に2組の旋棍を提げている時点で予想はしていたけど。

 

 

 彼は握った拳を解いて、少年の隣でくつろぐように片膝を立てて座っている。けれど。油断も、隙らしきものは少年の目には見当たらない。

 

「……なあ、先生よぉ。ひとつ訊きてぇんだが」

「どうした?」

「ここはどこだ?」

 

 《用心棒》は少年の問いに答えない。

 

「……」

「おい。答えろよ」

「……。君は、それを聞いてどうするんだ?」

「あ?」

「先程も言ったが林の外……この辺り一帯は、学外警備隊が広範囲に渡って俺達の捜索に出回っている」

 

 加えて《用心棒》は言う。

 

「実は昨晩……俺は、逃げ遅れたり、警備隊に捕まり損なった君達を拾う過程で、君達が使っている近くの隠れ家を回ってきた」

「何だって?」

「結果だけ言えば。ここから半径約3キロ圏内にある他の隠れ家は、規模の大小問わず、全て抑えられていたよ」

「!?」

「隠れ家にいただろう彼らの無事までは確認できていないが、おそらく……」

「3キロ圏内って、学園都市の1区画分か? ……おい。再起塾のアジトは目に付く廃墟だけじゃねぇし、地上にしかないってわけでもねぇんだぞ。1区画だけでいくつあると思ってるんだよ?」

 

 愕然とした。これも『依頼主』の仕業だろうか。

 

 再起塾と繋がり裏で利用していた。その事実を自らの保身のため、『再起塾そのものを潰す』ことで隠匿するものだとすれば、『依頼主』の裏切りは徹底している。

 

 最悪の事態を考える。もしも。『依頼主』によって既存のアジトの場所がすべて、学外警備隊に把握されていたとしたなら――

 

 ただでさえ警備隊の目を掻い潜っての移動は困難。その上で警備隊が総動員で学園都市全域を虱潰しにでもすれば。一時的に状況を脱したところで、逃亡を繰り返し隠れ続けたところで、

 

 いずれ、逃げ場がなくなる。

 

 どうすりゃいい。答えが出そうに無いことに少年が思考を奪われかけたその時。

 

 暫く様子見で沈黙していた《用心棒》が、また口を開いた。

 

「この区画、この区域一帯は既に警備隊の監視下にある。安易に近場の隠れ家に身を潜めようとするのは考えたほうがいい」

「糞っ、わかってるよ。だからって、こんなちっぽけな林ん中にずっと、隠れ続けるわけねぇだろうが。どうすりゃいい……どうすれば」

「落ち着け。それでも今日1日くらいなら、警備隊や『彼』の目は誤魔化せられるはず」

「……なんでそう言い切れる? 根拠は? 言えよっ!」

「……」

「……ちっ。またダンマリか」

 

 無言の返答に苛立つ再起塾の少年。《用心棒》は答えない。

 

 彼らのいる林の中は、いわば『隙間』のような場所。再起塾の少年たちにすれば敵地のど真ん中にいるのとさして変わらない。

 

 答えれば追い詰められている少年は必ず短慮に奔ると、《用心棒》はそう考えていた。

 

 それに。彼が少年たちを拾い助け、『休める場所と時間を与えた』のには彼なりの思惑があった。

 

 

「質問に答えるのは構わない。だが……知った所で君は、そこから何処へ向かう?」

「はあ? 何が」

「君は……君達には、まずほかに考えるべきことがあるはずだ」

 

 訊ねられたのは行動指針としての、目的。意味を悟った少年は言葉に詰まる。

 

 黙り込んだ再起塾の少年に《用心棒》が続けて言う。

 

「どうすればいい、は後回しでいい。自分がどうしたいのか、何を為したいのかを決めるのが、今は先じゃないのか?」

「……説教か、それは?」

「そういうつもりじゃない。ただの助言だ」

 

 『先生』とも呼ばれる彼は苦笑しつつ、

 

「何をするにしても目標、目的を持つことは大事なことだ。……今のように追われる状況に流されるまま、行動に移るのは闇雲に走るのと同義。向かう先に得るものは何もなく、最期は破滅、ということは多い」

「……何が言いたい」

「先程言ったとおりだ」

 

 どうすれば、は後回し。どうしたい、が先だと。

 

「最終的な目的、目標を見出せたならば。意外と道は簡単に拓くものだ。次の行動に移るのも早く、迷いもしない。以前の君のようにな」

「……アンタが、俺の何を知ってるっていうんだ」

 

 再起塾の少年は、諭すように話す《用心棒》を忌々しく睨みつけた。

 

 随分と他人事のように言ってくれる。陥った境遇は同じだろうに。と、そこまで考えて少年は思い直した。隣にいる男は、自分らと決定的に違うことを思い出したのだ。

 

 この道着男の実力はエース級の1人や2人、相手にしても引けを取らない。中隊規模の学外警備隊相手にも1人で圧倒さえする。ならばこの男は、1人でなら今の窮地を脱する事くらい容易ではないのだろうか。

 

 どうしてそうしない? 何故彼は自分達を救い、今も行動を共にしているのだろうか。

 

 

 少年の中に疑問が浮かんだ。今更ながら思う。

 

 《用心棒》。この男のことを、まったく知らない。

 

 

 再起塾の少年は訊いた。

 

「先生。ならアンタにはあるのかよ。その、アンタのいう目的ってやつが」

「……一応。あるにはある」

「ふーん。じゃあ。アンタはその目的に沿って行動してるというのか? 今もアンタが俺達といるのも、俺達を助けた理由もそうだと?」

「……まあ、半分くらいは」

「は?」

 

 歯切れの悪い返答。かなり気になる。

 

「何だよ、それは」

「ひとつ訊きたい。俺は、君の質問に答える義務があるのか?」

「あるに決まってるんだろ」

 

 返答を拒否しようとする《用心棒》に少年は断言。畳み掛けるように言葉を繋ぐ。

 

「先生よぉ。アンタ俺にあんな説教じみたデカいこと言っときながら、テメェが実践してねぇってなら示しがつかねぇぜ。テメェの言葉に責任持ってんなら、ちゃんとしてるとこ見せろってんだ」

「なんだか。調子が戻ってきたな」

「うるせー。いいから答えろよ」

「……。言った所で君の参考にもならないと思うが……」

「生徒の質問には答えるもんだぜ、先生」

 

 その『先生』というのも、少年たちが付けた《用心棒》の通称に過ぎないのだが。

 

 

 せがまれて仕方がない。そんな風に《用心棒》は肩を竦める。観念して話すことにしたようだ。

 

 そう。『任務』の差し障りが無い程度に。

 

 

 説明する前にまず、《用心棒》は己の左腕にある腕章を、そこに描かれたものを少年に見せるように向けた。

 

 それは、大樹を模したエンブレムだった。どこかの校章らしいが、少年の知識にない。はじめて見るものだ。

 

「校章? それがどうした?」

「やはり知らなかったか。これは……これが再起塾の徽章だ」

 

 再起塾。

 

 それは今でこそ『監獄』と揶揄される、少年院として機能した巨大収容施設ではある。だが元々再起塾は時間外再教育施設、塾と呼ばれる施設の1つであった。

 

 《用心棒》が身に付けた徽章は、その『塾だった当時の再起塾』のものらしい。

 

 驚く少年に彼は告げた。自分は、再起塾に所属する者だと。

 

 そして。こうも告げた。自分は、つい最近まで『外』、つまり学園都市の外の世界で、傭兵のようなことをしていたと。

 

「……どういうことだ?」

「俺は君達の仲間。そんな風に取って貰うと助かる」

「仲間? ……アンタも昔、再起塾から抜け出してきた。そんなところか?」

 

 返答として《用心棒》は曖昧な笑みを返した。肯定とも否定ともとれる態度だ。

 

 再起塾の少年は一応、肯定と捉えたようだが。

 

「つまりなんだ。アンタは俺達の『大先輩』で、同じ再起塾の仲間だから俺達を助けたと、そう言うのか?」

「可笑しいか? なんなら……行き倒れを発見して、それが顔見知りだった。そのまま放っておくのも気が引けたから、と言い換えてもいい」

「けっ」

 

 言ってくれる。どちらにしてもとんだお人好しだ。

 

 

 要約すると。

 

 《用心棒》は『元』再起塾の人間。随分前に学園都市から『外』へ出て暫く傭兵として活動していたが、最近になって学園都市へ出戻りしてきた。

 

 学園都市に戻った彼は、その後傭兵時代の経験を活かし、再び再起塾として活動を再開すべく今の再起塾に合流した……ということらしい。

 

 

 同じ再起塾の人間として、行動を共にもするし、助けもする。

 

 そう言われたところで、少年には腑に落ちない事の方が多い。とはいえこの道着男が、まるっきり嘘を吐いているとも少年には思えなかった。

 

 嘘を吐くくらいなら無言を貫く。《用心棒》とはそんな男だ。少年もそのくらいは理解している。

 

 

 では。『依頼主』との関係はどうなのか。

 

 少年にとって敵か味方かを判別する重要な要素。思い切って訊ねてみると。

 

「言葉通りの意味で君達を紹介して貰った。君達と合流できた時点でもう用はない」

 

 あまりにもあっさりとした、執着のない態度で返された。

 

 むしろ少年たちと接触する為だけに『依頼主』を利用したと《用心棒》。別に他の手段を使っても良かったとも彼は言う。

 

 不敵なその態度は「らしい」といえばそうなのだが、にわかに信じ難い。

 

「信じる信じないは君の自由だ。ただ」

「ただ?」

「俺は俺の為、俺の意思で動いて、それで今は君達と共にいる」

「……大馬鹿だよアンタ」

 

 再起塾の少年は一瞬だけ目を見開き、それを誤魔化すように呆れた声を出した。この男のことを少しでも、羨ましくと思わなかったといえば嘘になる。

 

 

 信念。何事にも動じない、揺るがない意思。

 

 自信。言葉や態度にも顕れる、己の力を信じる心。

 

 それは、少年が少し昔に失くしたものだった。

 

 

「大体傭兵なんだろ? 今更俺達と一緒にいたところで、アンタに何の得があるんだ?」

「……」

「もしかしてあれか? 悪名高い再起塾にいれば《青騎士》や《精霊使い》、そういったエース資格者たちの敵として、マジで戦えるから。だからだとか言わねぇよな?」

「……ふっ。面白い意見だな。それも加えていいかもしれない」

「おい」

 

 真に受けて貰っても困る。

 

 困惑で顔を顰める少年を前に、《用心棒》が苦笑ではない笑みをみせた。

 

 冗談が通じた。そんな顔だ。

 

「悪かった。勿論冗談だ」

「くそっ。この戦闘狂バトルマニアめ。それこそ信じられねぇ」

 

 だけど。

 

「……『今は』、味方と見ていいんだな?」

「ああ。俺のことは今まで通り、傭兵のように扱えばいいだろう」

「……ちっ。わかったよ」

 

 求められたの現状維持。そういうことだ。

 

 この時。《用心棒》が一種の『線』を引いたのを少年は理解した。傭兵、つまりこの男もまた、場合によっては自分を裏切るのだと、言外に少年へ告げたのだ。

 

 《用心棒》は傭兵という、己の立ち位置を示すことで少年に指摘した。当てにし過ぎるな。それは、『依頼主』の支援を過信した少年には耳が痛い忠告でもあった。

 

 味方と思うのは別にいい。だが油断は禁物だ、と《用心棒》は言う。わざわざ忠告するあたり、一筋縄ではいかないらしい。

 

 だがそうだとしても、と少年は考える。それでも『先生』とは可能な限り共にいた方が得なのだろう。敵は多い。どの道現状を打破する力が必要になる。

 

 完全な味方でなくとも。だから再起塾の少年は、条件付きで《用心棒》に応じた。

 

「これまで通りだ、先生。アンタはアンタの都合で俺達と一緒にいればいい。ただしこれまで通りと言った以上、エース資格者のようなヤバいの相手は、アンタに全部任せるぜ。それが俺達と『同盟』を結ぶ条件だ。どうだ?」

「リーダーは君だ。それでいい」

 

 いいのかよ、というツッコミは控えておく。

 

 

「よし。お互いの関係を確認した所でもう1つだ」

「……なんだ?」

「半分、て言ったよな」

 

 再起塾として少年たちと行動する。それが《用心棒》の目的の半分だという。

 

 それに付随する《用心棒》の思惑まで訊くことができなかったが、現状その目的は達成されていると言っていい。

 

 少年が気になるのはもう1つ。

 

「ついでにアンタの、『もう半分の目的』ってやつも訊いてみてぇな。まあ『こっち』は俺も薄々気付いてるんだが」

「……」

「《歌姫》だな」

 

 再起塾の少年は断言した。

 

「むしろ先生、アンタは『こっち』の方を重要視しているはずだ。そうだろ? さっきはああ言ったが――俺達が近々《歌姫》を相手に『仕事』をしようするのを知った。だから今になってアンタは再起塾の俺達と接触してきた。そう考えた方が俺としちゃあスッキりするぜ」

「……。参ったな」

 

 苦笑。鋭い所を突いてきたと、《用心棒》は感心する。

 

「なんだよ、その『出来のいいガキ』を見るような生易しいツラは」

「……君の能力を改めて評価していただけなんだが。……君達にも、彼女にも近づくためには一石二鳥だった。そう言ったら信じてくれるだろうか」

「ぬかせ」

 

 はぐらかされては堪らない。少年は矢継ぎ早に質問を重ねる。

 

「《歌姫》、あの女に一体何の秘密がある? 『依頼主ヤツ』が求めていたものと同じか?」

「……違うだろうな」

 

 『依頼主』が再起塾を使い《歌姫》を襲わせようとしたのは、私怨にも似たもっと利己的なものだろう、と《用心棒》は言う。それには少年も概ね同意だ。

 

 大方、勧誘にフラれた腹いせではないかと思う。若しくは――

 

 一度のライブで何百、何千もの人を集めることのできる、人気ある彼女のこと。彼女の集客力、観客への影響は半端なものではない。

 

 世界術式として力を発現できる、その歌も。

 

 『依頼主』の思惑は《歌姫》を無理にでも従わせ、利用する気だったのかもしれない。だが。《用心棒》もそうだとは少年には到底思えない。

 

「ずっと引っかかってたんだよ。アンタ、前に俺達の作戦無視して、1人であの女と接触したこともあったよな?」

「……」

「あの時、何を話した? 俺達に内緒で何を、確かめようとしたんだよ?」

「……」

 

 あの時。

 

 

 ――マイカ・ヘルテンツァー。君に確認したい事がある

 

 ――《歌姫》と呼ばれる君の力は本物なのか?

 

 ――《歌姫》だけのゲンソウ術。かつての《魔法使い》達の秘術。これを再現してみせた君の歌は

 

 ――無闇に振るってはいけない力だ

 

 

「……それを訊いた所で君には、仕様もないと思うが」

「いいんだよ。こっちは興味本位だ」

 

 再起塾の少年は明け透けに言ってのける。

 

「どうせ肝心なことは話さねぇつもりだろ? だったら、ダンマリは無しだ。喋れるとこだけでいい。話によっちゃあ、俺達がアンタを手伝ってやらねぇことは……」

「有り難いが。――これは俺の『仕事』だ」

 

 言い切られ前に、《用心棒》が即断した。

 

 拒絶なのか、《用心棒》の放つ気が場の空気を一転させた。提案を断られた少年の表情も変わる。

 

「……なんでそんなことを言う?」

「理由がないからだ。特に君には」

 

 『学生犯罪者集団としての再起塾』の1人として行動する理由もなければ、その目的も失っている。

 

 はっきりと言い切られるも、少年には言い返す言葉がなかった。その通りだったから。

 

 

 この少年は、再起塾を脱獄して学生犯罪者集団に身を窶していたところ、成行きで学生崩れのリーダーなどをやっている。それもすべては学園都市にいて最底辺にいる己の境遇から脱し、再び返り咲いて、成り上がるためだ。

 

 実際の所。少年は『依頼主』に集められた私兵の実行隊、その現場指揮官のようなものだった。彼らの名乗る『再起塾』とはアギ達が言う所の『奴ら』であり、また学園都市内で言う所の、学生犯罪者集団の代名詞でもある。

 

 また。今回少年が再起塾として、《歌姫》を巡る事件を幾度と起こしたのは単なる依頼、仕事ということに過ぎなかった。彼が《歌姫》を狙ったのはあくまで依頼のターゲットであり目的に達する手段であり、這い上がる為の過程に過ぎなかった。

 

 しかし。依頼を達成する前に裏切りの目に会い、『依頼主』に約束を反故にされた為、全部『依頼主』頼りだった少年の望みは、叶う前に完全に絶たれてしまった。

 

 それはつまり。『目的に達する為の手段』が、意味を為さなくなったわけで。

 

 《用心棒》が言う通り。少年は、当初の行動目的が失われてしまっている。

 

 《歌姫》を狙い、襲う理由。《歌姫》に関わる理由が少年にはもうないのだ。

 

 

 少年がそこまで理解したのを確認した上で、厳しい声音で《用心棒》は言った。

 

「興味本位、と君は言った。もしかして君は、降って湧いた話に飛び付くだけ飛び付き、君自身の問題を先送りにしようとしていないか? 俺には今の君は、悩むことを放棄しているようにしか見えない」

「……んだと?」 

「手伝うなどと言って、そうも簡単に己の意志を他人、安易な依存に委ねるな」

「――!? お、俺はそんなつもりで」

 

 言葉が続かない。言い返せない。少年の浅い考えは見透かされていた。

 

 

 『依頼主』から与えられた仮初の力を殆どを失い、残されたのは、学生崩れの脱獄者で学外警備隊に追われる逃亡者、という己の境遇だけ。それも拉致未遂事件を2度も起こした分、脱獄したばかりの頃よりも立場が悪くなっている。

 

 

 ――これからどうすればいい?

 

 

 今の少年に余裕はない。周囲の殆どが敵だという現状、次の行動に移るのにも一層慎重を要する。下手を打つと即破滅だ。

 

 

 ――何処へ行く? 何をしたらいい?

 

 ――先生。アンタなら、どうする?

 

 

 そんな追い込まれた少年に差した一筋の光明。それが《用心棒》だった。話を聞く限り彼はまだ、行動を起こす為の目的とその意志を持っていたのだ。

 

 長い物には巻かれろ。そんな言葉がある。今の少年が陥っている心理がそれだ。

 

 再起塾の少年は今。少なからず己の運命を人に任せ、縋ろうとしている。

 

 これまでの危機を乗り切ったのは《用心棒》の力があればこそ。確かに彼と行動を共にし、彼の判断に従えば間違いないだろう。無難で得策な考え。しかし。

 

 再起塾として少年たちと行動する。それが《用心棒》の目的の半分だという。しかし、いつから。

 

 『少年が』、彼と行動するようになったのだろう。逆ではなかったか。

 

 

 《用心棒》は少年の弱気と、浅慮な選択をしたことを見抜いていた。

 

 アンタを手伝ってやっても構わない。そんな風に恩着せがましく振舞った所で『答え』を見出すことを放棄してしまえば言い成りになるのと変わらない。少年は《用心棒》無しに1人では何も決められず、動くことができないようになるだろう。

 

 そして。少年を子分や手下にすることは、《用心棒》が望む所ではなかった。

 

 彼が今も再起塾の、『この少年』の側に居続けるその目的は、他にあった。

 

 

 

 《用心棒》は急に立ち上がった。再起塾の少年は痛い所を突かれ顔を歪めたままだ。

 

 少年に背を向けた彼は、話を最初まで戻す。

 

「焦らなくていい。時間はまだある。今の内に少し休んで、それからよく考えてほしい。再起塾も《歌姫》も、俺のことも関係ない。君自身が、これからどうしたいのかを」

「……おい、何処へ行く?」

「俺がいては君も考えることができないだろう? 皆の様子を見てくるだけだ。心配せずともすぐ戻る」

「だ、誰が!」

「……」

 

 背を向けたまま首だけを振って少年を見る《用心棒》。その横顔は少年を気遣うよう、微かに笑っていた。

 

「っ、待てよ先生!」

「学外警備隊が本格的に動き実力行使に出るのは、前回と同じく夜からだろう。……日が沈む前にこの場を離れる。それまでに君は、少しでも自分の考えをまとめ、身の振り方を決めるといい」

「んなこと急に……大体、そんなことより今の状況をどうにかするのが先だろうが」

「何度も言った。『どうにか』も、『どうすれば』も違う。肝心は『どうしたいか』。先の2つはこれに付随するおまけだ。どうも君は、目先のことに囚われ過ぎている」

「……悪いかよ」

「取っ掛かりが掴めないというのなら」

 

 《用心棒》は助言した。

 

「思い出すといい。君がここにいる理由は何だったのかを」

「ここ? こんな林ん中に身を潜めているワケか? それとも再起塾の……」

「どちらも違う。君が学園都市に来た理由。そしてこんな境遇でも未だ学園都市を離れずに留まっている理由だ」

「!」

「君にもあったはずだ。世界の中心にあって《楽園》と呼ばれる学園都市ここでしか手に入らない、君が求めていた何かが」

 

 言うだけ言って《用心棒》は少年を残して他の仲間の元へ、林の奥へと行ってしまった。

 

 再起塾の少年が1人だけ取り残された。

 

 

「再び己の道を定め、己の意思で進むと決めたその時は、俺もできる限りの手を貸そう。同じ再起塾の仲間として」

 

 

 去り際に告げた男の言葉が耳に残る。少年は項垂れ、また顔を顰めた。

 

「……糞っ、勝手なことばかり言いやがって」

 

 言われずとも少年はわかっていた。学園を追われ、再起塾を脱獄しても尚、学園都市に残っているその理由。『依頼主』に縋り、悪事を働いてでもかつていた学園に戻ろうとしたのは何故か。

 

 要するに諦められなかったのだ。だから引き摺っている。

 

 腕輪を手に入れたにも関わらず今もまだ、腰に提げた武器を手放せられずにいる。

 

 

 木にもたれかかったまま、座り込んだまま苛立つ少年は、膝を抱え無理に目を瞑った。そのままふて寝しようとした。少しの間だけでも嫌なことを忘れたかった。

 

 《用心棒》の言葉に思い出してしまったかつての自分。過去の自分は余りにも眩しくて、それでいて哀れで。今の少年には堪らなかった。

 

 

 忘れろ。寝てしまえ!

 

 少年が無理やり意識を手放そうとした、その時。

 

 

 ……さらさら……さらさら……。

 

 

 最初は幻聴だと少年は思った。

 

 目を瞑った暗闇の向こう。遠くから聞こえるはずのない歌声が聞こえてくる。

 

 

 ……さらさら……さらさら……。

 

 

 どこか物哀しいゆったりとしたメロディは砂時計。時と共に零れ落ちる、砂の音。

 

 

 

 

 故郷くにを求め、面影かげを捜して。

 

 家族みなを想い、思い出捜して。

 

 

 

(砂の記憶……なんで?)

 

 

 聞こえるのがよりにもよって、何故この歌なんだ思った。幻聴だと、少年は自分に言い聞かせる。

 

 目の次は耳を塞ぎ、無理に寝入って。今度こそ少年が意識を手放そうとした。今更思い出したくなかったから。

 

 

 自分が、罪人の子だなんて。

 

 +++

 

 

 その歌声は《用心棒》も聞いていた。

 

 

 セイカ女学院の裏手にある雑木林。実は敵地のど真ん中というべきそここそ、彼らが身を潜めている場所だったのだ。

 

 再起塾の少年たちを拾い、彼らを隠すにあたって《用心棒》が選んだ場所。それは学外警備隊の監視と《精霊使い》の警戒の、云わば境界線上でもある。

 

 

 学外警備隊は基本捜査範囲を幾つかに分け、担当区域を小隊規模で割り振ってから行動に移る。セイカ女学院周辺は《精霊使い》ら『《歌姫》護衛チーム』の管轄。なので要請がない限り警備隊が廻ってくる可能性はまず低い。

 

 そして。ユーマが女学院の防備に当たって仕掛けた結界は、展開範囲と持続時間の折り合いの都合、女学院の外周、つまりは外壁周辺にしか存在しない。

 

 烏龍流の使い手として《気》の流れを読める《用心棒》は、昨晩偵察の過程で既に精霊の感知範囲を見破ってしまっていた。

 

 あとは林の中にいることで学外警備隊から物理的に身を隠しつつ、籠城の手段を取った《精霊使い》に悟られないよう、セイカ女学院に近づかなければいい。彼らから何もしなければひとまずの時間は稼げる。

 

 

 おそらく《用心棒》は、誰よりも学外警備隊の動きに詳しい。そして何故か。

 

 《精霊使い》の使ってくるであろう戦術。その思考も大半を読み切っていた。

 

 

 先日の《歌姫》のライブでも見かけた、なぜか覆面を被っていた《精霊使い》の少年。

 

 風の精霊をマイカの側に忍ばせ、また演出という形で自らステージに乱入してきた彼のその時のことを思い出し、《用心棒》は独り言を口にする。

 

「向かってくるならば容赦はしない、か。あの覆面といい、まったく誰に似たのだか。……それにしてもこの歌は……」

 

 再起塾の少年から離れた《用心棒》は今、歌声の正体を探って雑木林の中を奥の方へと進んでいる。

 

 結界の付近、セイカ女学院のある方へ。

 

 

 ――そこで止まりなさい!

 

 

 呼び止めたのは鋭い女の声。《用心棒》は足を止め、無言で旋棍を抜き前へ構える。

 

 警告の為、林の木々から姿を現したのは、古風なジャンパースカートの制服を着た女。髪は三つ編みのおさげにしていて、普段からやや吊り目がちな目を更に吊り上げ、道着の男を睨んでいる。

 

 《用心棒》は旋棍を下ろした。

 

 

「……イレーネか。今朝は色々と助かった」

「お礼なんていいわ。けれど。《想定外男》のあなたに、この先へ行くことまでは許した覚えないわ」

 

 

 彼女は道着の男のことを、知る人ぞ知る彼の異名で呼んだ。

 

 +++

 

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