アギ戦記 -護衛3日目 4
アギとリュシカ。それと外伝関連を少々
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女学院の隣にある雑木林。昼休みは残り15分といったところ。
貰った煎餅で腹の虫をなだめすかし、アギは落ち着いた。
「ふー、ご馳走さん。……さてと」
改めてここまで連れ出してきた少女に向き直った。いかにも1年生らしい、顔立ちに幼さの残る小柄な少女だ。
『おだんごちゃん』ことリュシカは頭のお団子を隠す仕草こそやめたものの、変わらずビクビクとしてアギの様子を伺っている。自分の何をそう怖がられているのか、アギには理由が思いつかない。
……いや。拉致同然で連れ出して来たのだから、思い当たるフシは充分あるけれど。
アギの第一印象からしても目立たず、物静かで大人しいといった印象が強い子だった。学園(*アギの認知する範囲の話ではあるが)ではあまり見かけないタイプ。
アギの知り合いの中で1番似ているのは、彼の言うところの『風森の侍女ちゃん』ことミサであろうか。マイカのことを甲斐甲斐しく世話をする少女の様子は、アギも何度か見かけている。
(勢い任せで連れてきちまったからなぁ。どうすっか)
怯えられては碌に会話もできない。少女には謝りたいこと、訊いてみたいことがたくさんあるというのに。
それに。この少女はおそらく。
アギは徐にリュシカに向かって手を伸ばした。リュシカが思わず身を固めてしまうが、構わず彼女の頭の上に手の平を載せると「ぽふぽふ」といった感じで優しく叩く。
リュシカは何をされたのか、よくわからなかった。アギの振る舞いは小さな子をあやすそれによく似ている。
「……えっ?」
「まあ、そんなに緊張すんなって。俺達は『きょうだい』みてぇなもんだろ?」
唐突な言葉に俯きがちだったリュシカが目を開き、顔を上げた。
アギはこの少女について殆ど何も知らないのだけれど、1つだけある確信があった。
おそらく彼女は自分と同じ。砂漠の民なのだと。
金髪碧眼は再生世界における、西国人に多く見られる人種的特徴である。その中でも日に焼けたような退黄色(*クリーム色)や黄褐色の髪は、昔から砂漠の民独特のものだといわれている。(ただし。現在の《砂漠の王国》は多国籍化が著しく、アギや王妃サヨコのような『黒髪の砂漠の民』といった人も多くいるので一概にとはいえない)。
淡い金髪や黒みを帯びた金髪をした人がいて、身体の一部に青いバンダナでも巻いていたならば、その人は十中八九砂漠の民といって間違いない。リュシカはバンダナこそしていなかったけれど、お団子にした髪をまとめるリボンは青。麦穂色の髪と相まって昔ながらの砂漠の民の特徴に合致していた。
そうでなくとも。アギは同郷の幼馴染たちにも似た、『同族意識』のようなものを少女から感じていた。どうしてなのかはうまく説明できないけれど。
砂漠の民が持つ1番の民族性は「皆が家族できょうだい」といったもの。というわけでアギは早計にもリュシカが砂漠の民と前提してフランクに話し掛けた。
さながら『親戚の兄ちゃん』といった感じで。
「リュシカ、だったよな。王国じゃ見かけたことねぇから、もしかして集落から学園都市に来たのか? 西の砂漠も広いからなぁ。いったいどの辺から……」
「あ、あのっ」
「ん?」
「わたし、砂漠の民じゃ……」
「……マジか?」
リュシカが「違います」と否定した。見事にハズして人知れず嫌な汗をかくアギ。
しかし。
続くリュシカの言葉を聞く限り、どうも彼の直感は的外れなものではなく、見当違いのことを言ったわけでもなかったらしい。
「わたしの、おとうさんが……《帝国》の、人、でした」
「帝国?」
「……ごめんなさい」
申し訳なく謝る少女。それは違うんじゃないか? と思いながらも、再び俯いてしまった少女にアギは、「そうか」と頷くことしかできなかった。
『帝国人』の父を持つと言った少女の複雑な心情を、少しだけなら理解できたから。
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《帝国》。それは西方にある《砂漠の王国》の前身。砂漠の民と故郷を同じくしながら彼らの事を『砂喰い』『墓荒し』と揶揄し、迫害し続け、支配し続けてきた『帝国人』の住まう国であった。今は存在しない国である。
今より約20年ほど昔、300年以上続いた帝国時代の末期。当時の帝国民は支配階層『帝国貴族』の悪政と、砂漠の民が起こした反乱の板挟みの中にあった。
《西の大帝国》の遺跡から発掘された《機巧兵器》を多数保有し、他国では類を見ない圧倒的な武力を誇る帝国軍。これに対し反乱軍は地の利を活かした奇策を用い善戦。生産力のない砂漠の国であった《帝国》にとって、戦争の長期化は余りにも致命的だった。
因果応報。それは自滅とも言うべき崩壊のはじまり。
流浪の民であったにも関わらず『帝国貴族』によって《帝国》の最下層民と決めつけられ、虐げられてきた砂漠の民。彼らを奴隷同然に扱うことで賄ってきた国力は瞬く間に底を尽き、苦境に立たされた《帝国》。
反乱の鎮圧に躍起になった帝国軍の横暴かつ無謀ともいえる徴発と徴収は、長きに渡って民を苦しめ、中には苦境に耐え切れず、他国へ亡命する者も少なくなかった。
しかし。亡命は決して楽な選択とはいえなかった。『帝国人』が百年単位で砂漠の民に与えてきた仕打ち、隠蔽されてきた悪事は、『ある事件』をきっかけに当時の時点で既に世界規模で露にされていたからである。
――潰しはしない。裁く価値もない。報いは、必ず自分へと返ってくる
――あとは勝手に滅べよ。悪の帝国。
見せつけることで『善良な帝国人』を罪人へと一気に叩き落とし、貶めた上で放置した『彼』の捨て台詞。
不吉の凶鳥たる『彼』はいったい、どこまで見越して《帝国》に破壊の楔を打ち込んだのだろうか。
暴露された非道な行いは各国の反感を買い、その後《帝国》は次第に孤立しはじめた。反乱が起きる直前の話だ。
争いは小競り合いも含め、10年以上も続いた。戦争初期は殆どがゲリラ戦(*帝国軍は反乱軍の殲滅と略奪の為に砂漠の民の集落を襲い、対して反乱軍はこれに迎撃、奇襲をかけた)であった為、燃費の悪い帝国軍の方が消耗は激しかったという。
戦争の長期化に加え他国から物資の援助が得られなくなると、ただでさえ資源に乏しい《帝国》は簡単に食糧難に陥った。着実に他国との友好を結び、援助を受けてきた砂漠の民に比べ、《帝国》だけが苦しいことになっていた。
《帝国》にあるのは《機巧兵器》をはじめとする圧倒的な武力だけ。愚かで傲慢な支配者たちが創りあげた砂上の国。300年も続いた彼の国を支える基盤は腐り、風化して、あまりにも脆かった。
事態の打開の為、《帝国》は砂漠を渡り近隣の国へ軍を派遣、遂には侵略行為に奔ったことさえあった。それさえも失敗した。砂漠の民が相手でこれまで『内紛扱い』にされていた帝国軍の侵略行為も、対象が他の国へと移れば話は別だった。
世界を守る今代の勇者たち、《風邪守の巫女》をはじめとする各国の守護者達。そして当時の情勢に応じて新設された世界公認の傭兵組織《ハンター》――《炎槍》たちのちの《三神器》も所属していた――が、《帝国》と帝国軍の理不尽を許さなかった。
侵略という、手っ取り早い国力の回復手段を封じられ、《帝国》は増々ジリ貧となる。それまで防戦一方だった反乱軍にも反撃を許す隙を与え、戦況が大きく傾くと国の情勢は更に悪化した。
報いは、必ず自分へと返ってくる。
迫り来る砂漠の民。報復を恐れた《帝国》は今度は自国の防衛の為、つまり今まで以上軍になけなしの国力を割かざるを得なかった。それさえも『帝国貴族』が己の保身の為に行なった『政策』だったという。こうなると負担はすべて民にのしかかった。
増税につぐ増税。徴収、徴兵。西国最大の軍事国家は、悪しき体制の暴露にはじまり、支配者たちの浅慮によって崩壊した。
そして。かつての『帝国人』は、国の滅亡を前に苦難の2択を強いられることになる。
貧困に喘ぎながらも誇りある『帝国人』として国に居残り、国と運命を共にするのか。それとも『帝国人』あることを辞め、それでも罪人の汚名を被り、たとえ差別の憂き目にあおうとも他国へ亡命するのか。
前者は最後まで国を守ろうと戦い続け、最終的にレヴァンとサヨコ――故郷たる砂漠の未来と、砂漠に住むすべてのものたちを想い、戦い続けてきた彼らによって諭され、新たな砂漠の民として受け入れられたことで救われた。
では。後者を選んだ『帝国人』はどうなったのだろうか?
散り散りになった彼等がその後、亡命先から《砂漠の王国》へと戻ってきたのは、現在でもほんの僅かしかいないとアギは聞いている。諸悪の根源だった『帝国貴族』も滅亡の責を果たすことなく亡命していることもあって、他国に渡った彼らへの風当たりは決して弱くなかったことも。
アギにしても。他国へ亡命した『帝国人』、その家族に出会ったというのはリュシカが初めてだった。
これは推測にすぎないが、少女の父親は『帝国人』である己を恥じて故郷の砂漠を捨てた、そんな人だったのではないだろうか。アギは考える。もしかしたら。リュシカ自身も砂漠の民に引け目を感じていたのかもしれない。
(ごめんなさい、か)
そんなこと。自分は、王国の皆なら気にしていないのに。
「親父さん。元気にしてるのか?」
「えっ。は、はい。おとうさんは最近、みつけました」
「は? ……じゃあ。今度親父さんに会ったなら言っといてくれよ」
昔の事は気にすんな、と。
それは「王様だったらこう言うだろう」といった、そんな伝言。
――俺達はずっと砂漠にいるから。いつでも待ってる。
――元気でやってるならそれでもいいけどさ、たまには郷帰りしたっていいだろ?
「あー。どっちかつうと王様ならこうだな」
――つーかおめぇ。《帝国》に拘るなら、皇女だったサヨコさんに会いにこないたぁ、どういう了見だ。ああ?
――いいか? 最近最新のサヨコさんはなぁ、
「下手するとあの王様、おめぇの親父さんとこ行って、説教から外れて延々とサヨコ様のこと語りだすからな」
「……」
だから「昔の事を気にすんな」とは。どんな脅しだ?
思いのほか真剣に忠告するアギにしばらく「ぽかん」としていたリュシカであったが、彼女は不意に口元をほころばせる。
「パウマさんたちと、同じこと言ってる」
「だろ?」
少女の言葉にアギは屈託なく笑った。流石は同郷のきょうだい。よくわかっている。
王様のこともそうだが、目の前の少女のことを『同胞』だと感じていたこともまた。
「まあだからさ、もうちょっと力抜いてくれよ。パウマのこと知ってるなら聞いてるかも知れねぇけど、あいつも元は『帝国人』の戦災孤児で肉親も兄貴しかいねぇ。でも。今の
あいつ、ヒサンと付き合ってるだろ? ヒサンの親父なんて元反乱軍の幹部なんだぜ」
その話はリュシカも当の本人達から聞いていた。なのでアギが言いたいこともなんとなくわかる。時代が変わったということだ。
今なら。砂漠の民と『帝国人』は互いを許しあい、手を取り合うことができるのだと。
そうやって変わっていかなければいけないのだと。あたらしい未来の為に。
自分たちの世代も、リュシカの父親たちの世代も。
「おだんごちゃんは砂漠の民じゃねぇかもしれねぇ。けど『親父さんが砂漠の民』なら、俺達はいわば親戚みてぇなもんで……えーと、こういうの兄弟じゃなくて何て言ったか」
「い、いとこ?」
「そうそれ! ……これもパウマが言ったか?」
リュシカがこくん、と頷く。それならば。彼女も次に自分が言おうとすることがわかるだろう。
そう思いながらアギは、少女に手を差し出し、言った。
「はじめましてだ。『いとこ』のおだんごちゃん。俺はアギ。仲良くしようぜ」
アギの言葉にリュシカは――
異性と手を繋ぐなんてもちろん恥ずかしかった。でも。それはすぐ目の前にいる、少し年上の男の子だって同じ。「照れくさい」とアギが思っているのを彼女はわかっていた。《同調》の力を前に、アギごときのポーカーフェイスなんて通じない。
恥ずかしがってちゃ駄目。ちゃんと。相手に応えないと。
握手を求められたのはパウマたちの時と同じ。リュシカは恐る恐る、でも最後は勇気を振り絞って、しっかりとアギの手を取った。
(あっ……)
少年にしては皮の厚い、かたい手の平の感触に僅かながら驚きを覚える。《同調》でもわからない、ひとつの発見。
「……リュシカ、です……」
「ああ。よろしくな」
手を繋ぎ、握手をして。こうして2人は1つの縁を繋いだ。
少女は知る。
(青くて、黒が混じった……やさしい、夜の色……)
リュシカの《同調》は独特なもので、彼女は場の空気や人の感情、心理といったものを色で『感じ取る』事ができる。また、対象に直接触れる事でその精度は格段と上がる。
体内から外へ漏れだす『もや』の色は、その人その時の感情や心情。外へと漏れずに人のなかにあり続ける色はその人の持つ本質。この時。《同調》の力を使った彼女は、アギという少年の本質をかなり正確に見抜いていた。
忍耐と誠実の青。黒には不安や恐怖といった意味合いもあるが、それら負の感情を受け入れることのできる色でもある。黒が混じりあうことで青がもつ寛容さを際立てている。
暗い色合いだけれどそこに冷たさはない。あるのは深い安心感。すべてを呑み込む闇とは違う。
それは。光を遮ることで安らぎを得ることのできる、夜の色。
少女は理解する。彼は――多くを許し優しくできる、守る人なのだと。
この人が。この人なら。
(マイちゃんを、守ってくれる)
ぴったりだとリュシカは思った。自分が感じ取れるマイカの色は、いつだって光のように、輝くほど鮮やかな燈色をしているから。
燈にみられる人の性質は「明るく活発」「健康的な魅力」「光へのあこがれ」。
「目立ちたがりや」。またこれらに反して燈は孤独を恐れ、嫌われたくないという想いが強い傾向にある。
――あたしを嫌わないで
リュシカは誰よりも知っている。眩むほどの光は、時には身に突き刺さるように烈しく、人によっては受け入れられないこともあるけれど、それでも輝くから。
輝く故に。光差す彼女のこころは人知れず影を落としているから。
彼女の落とす影を、この人の夜が包み込んでくれたなら――
「あ、あのっ!」
「ん? どうした?」
話を聞こうと向き合い、丁寧に尋ね返してくれる。この人はやさしい。だから。
リュシカは、万感の想いを込めるようにアギの手を自分の両手で包み、マイカのことを頼もうとした。
お団子頭の少女は言った。
「マイちゃんの……王子様になってくれますか?」
「……は?」
些か突飛なお願いだった。
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あー。この子はあれだな。いわゆる『不思議ちゃん』か。
思い返してみると、あの風の精霊独特のリズムを刻む『ミサちゃんクッキーのうた』を歌いこなせることといい、アギはそうとしか思えなかった。
一応、聞き間違いではないか訊ねてみる。
「あのさ。王子様、ってなんだ?」
「……? 王様の、むすこさん?」
それはそうだ。
《砂漠の王国》の王様もよく「国の子供はみんな俺の息子で娘」だと言っているけど、だったら何か? アギもまた故郷の砂漠では、何万人といる王子様の1人ということになるのだろうか。
いや、そうじゃなくて。
「俺が訊きてぇのはさっき言った『歌の姫さんの王子様』ってやつなんだけど……」
「……」
「おだんごちゃん?」
「…………っ、ふぇええっ!?」
いきなり。奇声を上げられた上で赤面された。
どうやら彼女も意図があって発言したわけではなかったらしい。取り留めのない考えが思わず口から漏れだしたような。
これまでの少女からは想像もできないほど大きな声。不意打ち気味の直撃を至近距離で受けたアギは、遅れて耳を塞ぐ。
「……い、今の。効いたぁ……」
「ああああ、あのっ、あのっ!」
リュシカはこんらんしている。
「わわわ、わたしっ、じゃない。マイちゃん、かっこいいけど、でもほんとは、ふりふりレースの付いたロングのドレス、王子様、女の子なのに、すごく好きなのに。可愛いの、あこがれでっ。衣装作っても、《歌姫》は……、あんまり着てくれなくて。マイちゃんがお姫様なんです!」
「とりあえず落ち着いてくれ。何が言いたいのか全然わかんねぇ」
「優しくて、すごく少女趣味っ。マイちゃんのお部屋、前にわたしが縫ったぬいぐるみと、下着もかわいいのばっかりで、ベッドの下、いつも抱いて眠ってくれて、わたしから見てもちょっと『幼稚な恋愛小説』と、『男の子ばかりでてくるちょっぴりえっちな本』と、お伽話の絵本がたくさん!」
「止まってくれ!」
今のは何も聞いていない。聞かなかったことにしておくから。
少女の自爆(全部マイカに飛び火しているから誤爆か?)にこれ以上付き合ったなら、今度マイカと顔を合わせた時がすごく気まずいことになる。
リュシカはますますこんらんしている。ぐるぐるしていて止まる気配がない。
それで。アギは仕方なく実力行使に出た。
「あああの、だからっ、マイちゃんはあなたがっ、はむっ!?」
「……頼むから。それでも食って落ち着いてくれ」
口封じに半ば押しこむようにリュシカの口の中へ放りこんだのはミサちゃんクッキー。これは今朝のことがあって早速ユーマから分けてもらっていた1枚だ。
「美味いか?」
「……はい。さくさく……の、ふわふわー、です」
「そうか」
同じ不思議系同士、感性が似ているのか。ユーマの精霊と同じだった。
リュシカは与えられたクッキーを小さな口でかりかり。それが性格なのか少しずつ齧るようにして食べた。食べ屑を出さないように一生懸命食べるその様子はまさに小動物。
なんだか。和む。
「……やべぇな」
「?」
思い出すのはリュシカの教室にいた、狂言を以て自分を犯罪者に仕立てあげようとした変な女。
彼女がリュシカにやたら煎餅を食べせようとした気持ちがなんとなくわかってしまい、アギは嫌になった。
「落ち着いたか?」
「はい。……あの。わたし、変なこと、いいました、か?」
「……いいや。全然」
アギは誤魔化すように少女から目を逸らし、腕に嵌めたPCリングを弄る。
時計を確認してみれば、午後の授業開始まで10分を切っていた。
「おっと。もうあんま時間ねぇな。おだんごちゃん」
「は、はい!」
びくーん、と驚いて背筋を伸ばす少女の態度にはもう慣れた。アギは構わず『本題』に入ることにした。
紆余曲折あったとはいえ、どうして彼女を捜し、教室から人気のない雑木林にまで連れ出したかといえばほかでもない。
アギは頭を下げた。
「今朝は驚かせて悪かった。おだんごちゃんがあんまり歌が上手いんで、歌の姫さんと勘違いしちまって。つい悪ふざけをおだんごちゃんにしちまった」
「……えっ」
「謝っとかねぇと気がすまなくてな。ごめんな。さっきも迷惑かけたし、詫びはまた今度するわ」
「……」
「話ってのもそれだけなんだ。付き合ってくれてありがとな。じゃあ学校に戻るか。教室まで送ってくぜ」
アギはそこまで言って踵を返した。詫びは『対ブソウさん用』にと常にチェックしている、学園都市厳選のスイーツ詰め合わせで勘弁してもらおうと考えながら。
ところが。
「それだけ、ですか?」
「ん? 他になんかあるのか?」
「あ……」
あっさりしたアギの態度にリュシカは、
思わず訊ね返してしまった自分の迂闊さに、困った。
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昼休み終了まで残り……
「リュガさん。そろそろ午後の授業ですけど、マイカさんはどちらに?」
「さあ。多分アギと一緒なんじゃ」
マイカは、教室に戻っていない。
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