アギ戦記 -護衛3日目 3
セカンドコンタクト。アギ、女学院にて天敵と出会う
+++
アギはお団子頭の少女を捜し意気込んでここまでたどり着いたものの、少女のいる教室の前でたたらを踏み、嫌な汗をかいていた。
大いに悩んでいた。女子しかいない姦しい教室に男子である自分が1人、中へどう踏み入ればよいものかと。
「……あの人。何をしているのかしら」
「……ほら。リーズ学園から来た芸人とかいう……」
「……昨日の朝、マイカさんとあの銀雹の王女様が言い争っていたのも実は……」
「……ええっ。ちじょーのもつれ、って何?」
女学院では珍しい男子の存在。偏見からくる妙な噂が先行していて、
「……休み時間になるといつも廊下を徘徊していたわね」
「……私達のこと、見ているのかしら? なんだか怖いわ」
「……変態なのよ。先輩から聞いた話だと授業中に『マゾだー!』って叫んだらしいし」
「……えーでも。放課後にもう1人の男子に押し倒されてたの、あたし達見たよ」
「……そっちの人?」
「……そっちもいける人?」
その場に立ち止まるだけで女子の目を集めてしまうわけで、
(……くっ)
挫けそうになった。
彼女たちの誤解を正そうとしても、目を合わせただけで怖がられて逃げられる。
つくづくアギは思った。女子校なんて長居するものじゃねぇ。ここは、立っているだけで微妙な男ゴコロが酷く傷つく。
早く用を済ませようとアギ。だが。教室の中にいる少女をどう呼び出せばよいものか。
向こうは向こうで騒いだり緊迫したり、そしてまた大騒ぎしたり。あの中に入って声を掛けるのは、ものすごく大変そうで……
そんな時だ。教室の中から勇気ある生徒が1人、困惑するアギの様子に堪りかねたのか声を掛けてきた。
「そこの人。『私の』教室に何か御用で?」
やや傲慢な物言いの、お嬢様然とした女子生徒はアレンシャだ。よりにもよって。
このお嬢様がマイカのことを散々と言っていたのはアギも聞いている。正直良い印象を持たないが、渡りに船なのも確か。アギは彼女に用を頼むことにした。
「ひとつ頼みてぇんだが……人を呼んできて貰えねぇか? そこのおだんごちゃんを」
「だんご?」
言った本人はそう思ってないだろうが随分と馴れ馴れしい。アレンシャは不快そうに眉を顰める。アギが指差す方向から相手がリュシカだとわかった途端、彼女は更に眉間の皺を深くした。
「リュシカさん、ですか」
「……っ!?」
見ればそのご指名のクラスメイトが、ビクッ、として青い顔をしている。
「……ねぇねぇ、自称女学院一の情報通のマユっちー。あれ、どう思う?」
「ナンパだね。お詫びするからと言って連絡先とか色々聞いたり、食事に誘ったりするんだよ。『遊んでる男子』の常套手段。よくあるパターン」
「へー」
「そしてこのままだと哀れな草食のシカちゃんは……言われるがままに連れ去られ、飢えた男子たちのメインデッシュに」
「え? リュっちー食べられちゃうの?」
アレンシャはアギを睨んだ。女の敵と見定めたように。
「お帰り下さいませ。……まさか食人鬼族だったなんて。見抜けませんでしたわ」
「おい」
真に受けないでくれ。
怯えを隠すように気丈に振舞うお嬢様を見ればアギだってキツイ。その、精神的に。
「誤解があるようだが何もしねぇって。少し、少し話するだけだからさ。ちょっとあの子呼んできてくれよ。な? ……それともお嬢さん、代わりにボクと遊ぶかい?」
「……」
「と、彼は言おうとしてるね。今度はレッドさんがナンパで大ピンチ」
「そこっ! さっきから妙な事言ってんじゃねぇ!!」
特に後半はなんだ?
お嬢様のうしろから雑ぜっ返す声にアギは叫ぶ。怒鳴られてわざとらしい「きゃー」を連呼するのは情報通の少女。
やってしまった。アギの怒鳴り声は、教室にいる女子の注目を集めてしまう。
そして。注目の的となったアギと対面しているお嬢様、アレンシャといえば……
「な、ナンパだなんて。……ジン様にも誘われたことなかったのに……」
「しねぇからな。俺が用があるのはおだんごちゃんだけで」
「……お帰り下さい」
険のある声になったのは、彼女のプライドがちょっぴり傷ついただけで、
「……ちょっとじゃないね。あれ」
「……アレンシャさん。自分が1番じゃないと気がすまない人だから……」
「……相手にもされないなんて。傷ついてるわよ。絶対」
「……あんな人でも可哀想……」
クラスメイトたちの同情。
「傷ついてなんていませんわっ! あと可哀想と言ったのは何処の何方!?」
怒鳴られてわざとらしい「きゃー」を連呼するのは、やっぱり情報通の少女。
ものすごく楽しそう。
「あ、あのアマっ」
「アマ……」
拳を握り締めてわなわなと震えるお嬢様には、アギもたじろぐしかない。
「まあ落ち着けよ。その……お嬢様?」
「何故に疑問形ですの!?」
「だから落ち着けって。ひとつ言っておくがあの手の『絡んでくる変な奴』は、騒ぐほど付け上がるから。相手にしない方が被害が少ねぇぞ」
「……貴方。やけに悟っていますわね」
それはもう、そういう苦労人気質な先輩をよく見ているから。
アギはなるべく丁寧に頼み込んだ。
「俺は、今朝ちょっと驚かせちまったあの子に一言謝りに来ただけなんだ。騒ぎに来たんでも、迷惑を掛けに来たつもりもねぇ」
「……そういうことでしたら」
アレンシャは「リュシカさん?」と、少女を呼んだ。
「うっ。アレンシャ、さん……」
「貴女のお客様ですわ。怖がらないで早くいらっしゃい。私がついていますから」
「……うん……」
呼ばれた少女にはもう逃げ道がなく、観念するようにおずおずと出入口へと向かう。
「そこの貴方。騒ぎの原因はこちらにも否があることですし、貴方の真摯な態度に免じて筋を通しておきます。ですが用件はこの場で、手短に」
「ああ。手間かけさせたな」
「それと1つ忠告を。リュシカさんは私の学友。彼女に限らず貴方がもし女学院で不埒な真似をしたならば、その時は覚悟なさいませ。私のレドクリフの名にかけて成敗致しますわよ」
「……わかったよ」
そう悪い奴でもねぇかもな。アギはお嬢様のことを少し見直すのだった。
「おーっ。流石はお嬢様戦隊のリーダー。友達思いの正義の味方だねっ」
「そこっ、変なこと言わない!」
弄られキャラっぽいし。
+++
ようやく。アギはお団子頭の少女、リュシカと対面することに叶った。
これまでの経緯で周囲から注目されまくりであるが、場所を移すとまた怪しまれるのでこの際仕方がない。
件の少女は怯えているのか、下を向いて小柄な身体を縮こませるようにしている。その様子はアギが「俺ってそんなに怖い顔してんのか?」と密かに疑ってしまうほど。
「「……」」
針のムシロ。リュシカを見守る女子達の好奇の視線が、全身に突き刺さってイタイ。
(謝るにしたって。こんな状況で、どう話掛けりゃいいんだ?)
気まずい沈黙が2分程続く。先に声を掛けたのは、意外にもリュシカの方だった。
「あ、あのっ」
「あ? ああ、なんだ?」
「……」
「……」
「……ま」
「ま?」
「マイちゃん、が、お世話になって……ます」
「……。ああ。こちらこそ」
「……」
「……」
「あ、あのっ」
「どうした?」
「……め、迷惑……かけて、ませんか?」
「い、いや。そんなことねぇけど……」
「……」
「……」
端から見てすごくじれったい。
人見知りが激しく恥ずかしがり屋で、人前で話す事を最も苦手とする彼女。リュシカもまた一杯一杯だった。彼女の場合、《同調》の力でアギの焦りと緊張までも感じ取ってしまうのだから2倍緊張している。
それなのに無理をして彼女が話しかけたのは、アギが声を掛け辛そうにしているのを気遣ってのことだった。少女は誰にでも優しい。
そして。この時のアギは少女のことをまだ何も知らない。
リュシカ・ゼンガという少女が、かなり力の強い同調能力者で、裁縫が得意な心優しい少女で。誰よりもマイカの事が大好きで、
他人を思い遣るあまり、時折1歩進んだあとで3歩『前』のことまで考えてしまうような、通常よりズレた思考をする子だなんて。
「あ、あのっ!」
リュシカは意を決して制服のポケットから小物入れを取り出した。小物入れから更に取り出すのは、学園都市における学生のお財布。クレジット・ポイントのカード。
彼女は震える手でカードを差し出し、勇気を振り絞ってアギに訊ねた。
「いくら、ですか?」
「……は?」
何のことだかアギにはさっぱり。
とこの時。アギが状況を理解するよりも早く、事態を察した彼女が驚くように叫んだ。
情報通にしてトラブルメイカーの彼女が。
「か、カツアゲだぁぁぁぁーーっ! シカちゃんがカツアゲされてるぅ」
「はぁ!?」
カツアゲ:恐喝の隠語。脅して金品を強請り取る行為。
ここではナンパと同じく不良が行う行為の1つとみなされている。お嬢様育ちや箱入り育ちの多い女学院の生徒はまず見ることはない。
気づくと周囲がざわめいた。新たな誤解が波紋を呼ぶ。
「……あれがカツアゲ……不良よ。不良だわ」
「……不良で芸人で、女装よ」
「……不良で芸人で女装で、両方イケる、変態なんだわ!」
「ちょっと待て!?」
誤解と偏見が重なるに重なって、そこに更に加えて冤罪。リーズ学園では数々の事件を経て学園のトップ勢にも一目置かれるようになったアギも、ここ女学院では何がどうしてか評判が下がる一方。
事態に慌てたアギは誤解の元凶に弁明を求めるべく、リュシカに掴みかかるようにして詰め寄った。周囲から短い悲鳴が上がる。
「お団子ちゃん! どういうこった?」
「え……? だって」
顔が近い。問い詰められたリュシカは顔を真っ赤にし、しどろもどろになって答えた。
「ま、マイちゃんが……パン……を……」
「ぱん? 歌の姫さん?」
「ち、違……、あの……やっぱり迷惑……たから、代わりにわたし、が……払います」
「ああ? パン、ってまさか……」
「ぱんつ?」
と呟いたのは、遠巻きから聞き耳を立てていた情報通の少女。何を思ったのか驚愕している。
それから次に彼女は、教室に居る誰もが震撼させる言葉を放った。
新たな爆弾の投下。
「し、シカちゃんが……盗まれたマイカさんのぱんつを買い取ろうとしてカツアゲされてるぅぅぅぅーーっ!?」
「なんでそうなる!?」
「きゃー、きゃー、うきゃー!」
「騒ぐんじゃねぇ!?」
サルか?
だが。彼女を黙らせるのは少し遅かった。
「……し、下着泥棒?」
「……まさか。けどあの人」
「……休み時間に校舎裏の方に行くのを見かけたって人が……」
「……嫌。どうしてそんな人がここにいるの?」
「……生きて、いるの?」
「ぐっ」
今までにない疑惑の視線がアギに集中。向けられたプレッシャーに心なしか、胃が痛くなってきた。
校舎裏や寮の前は生徒共同の物干し場。不幸にも彼はその実態を、リュシカを捜す過程で知ってしまっている。
(見てしまったのは偶然だ! 大体パンツなんて、おおっぴらに外に干さねぇで部屋で干せよ!?)
と突っ込んでいたら、アギはもう詰んでいただろう。
勿論下着だけ個別に部屋干し、なんて生徒もいる。ただ……洗い物にしても集団の共同生活に馴れてしまえば交替制でひとまとめにやった方が楽で、下着を見られても同性しかいないのだから……などという彼女達も多い。
そんな事情はさておき。どの道今のアギには、この酷い誤解を解いて身の潔白を証明する手段が皆無だったが。
今更だがアギは思った。変質者扱いされてまでして俺は、何しにここへ来たんだろう?
頭が痛い。
「あ、あのっ」
「……おだんごちゃん。今度はなんだよ」
「辛いの、なら。飲みます、か?」
リュシカが差し出したのは、いくつかの錠剤。
「イレーネ、さんの。頭痛薬と、胃薬……」
「委員長……苦労してんだなぁ」
「へ、併用しても、だい、じょぶ」
「……そうか」
少女の優しさが身に沁みた。これが皮肉を込めて渡されたのならば泣くしかない。栄養ドリンクと一緒に飲み干したのなら、とある学園自警部の部長さんになってしまうが。
折角の厚意だからと、アギがリュシカの小さな手から錠剤を受け取ろうとすると。
「おおっと。今度は薬だ、クスリにいったぁ!」
「お前もう黙れよ!?」
単なる賑やかしではない。もう悪意しか感じられない。
情報通の少女。アギが「奴は敵だ」と見定めた時には四面楚歌。
女子生徒たちが向けてくる侮蔑と敵意の視線に、とうとう耐え切れなくなったアギは、
「そこの変な女! 今度会ったら覚えてろよ!!」
悪党の小者臭い台詞を吐いて、一目散に逃げ出した。
当初の目的を果たすことを忘れずに。お団子頭の少女の手を引いて。
「あっ」
「あ……」
「あー! ら、拉致だっ、誘拐だぁああああ!!」
聞き捨てならない叫びはこの際無視した。これ以上悪名を重ねても一緒だろうから。
「くそっ、なんでこんな目に遭うんだよ」
「あ、あのっ」
「悪ぃけど少し話してぇだけなんだ。付いてきてくれ」
アギは、幼気な少女を連れて人目のつかない場所を目指す。……こう書くとまんま犯罪者だな、こいつ。
一方。リュシカを拉致された教室はまたもや大騒ぎ。
「リュっちー!」
「リュシカさんの身が危険ですわ。すぐに追いかけますわよっ」
アレンシャを先頭に教室を飛び出そうとするクラスメイト達。
「まったく、最近騒がしすぎて堪りませんわ」
「レッドさんレッドさん」
「……なんですか。この非常時に」
「そんな事言ってるけど。あなたも結構楽しんでない? もしくは懐かしい? この刺激のある日常、てやつ」
「……」
アレンシャは一瞬、言葉に詰まった。
「そ、そんなことありません。そんなことよりも貴女。あれだけ騒がしておいてリュシカさんを助ける気がないというの? ならばいい加減、自分の教室へと戻ってなさい」
「はあい。レッドさん達も。午後の授業に遅れないよう気を付けてね」
「……行きますわよっ」
お嬢様戦隊出動! と茶化したのは情報通の少女。どんなにか弱い少女達でも、勇敢なリーダーが率いれば精鋭の部隊に早変わり。
アレンシャは、そのお嬢様カリスマを発揮してクラスメイトの大半を率い、リュシカとアギを追いかるのだった。が、
彼女達は、昼休みの残り時間すべて使っても、2人を見つけることができなかった。
「あーあ。失敗したなぁ」
と人知れず呟いたのは、教室に残った彼女。
情報通の少女は、まさかアギが今頃になってリュシカに接触してくるとは思いもしなかった。大胆にも連れ去るなんてもっと。
これまで特に接点はなかったはずなのに。彼がリュシカの何に気付いたのか、想像してみる。もしこれがきっかけで事が表沙汰になってしまえば、『彼女達』に申し訳がない。
「マイカさんのことだけに集中してくれればよかったのに。……もう。どうなっても知らないからね」
次に起こる、予定外の騒動を予想した彼女は、ここにいない青バンダナの少年に向かって愚痴をこぼした。
+++
賑わう昼休み。この時間帯に人目を避けられるような場所をアギは1つしか知らない。
お団子頭の少女を連れながらも、追手を撒いて辿り着いた先は校舎裏。その外。外壁を挟んだ隣の敷地にある雑木林である。
「よし。ここまで来れば。……よっと」
「……」
必死にしがみつく少女をゆっくりと地面に下ろす。降ろされたリュシカは目を白黒させて放心していた。酷い有様だ。
追手を撒く過程でアギは途中からリュシカを抱きかかえて逃走。その際階段を飛び降り、窓から飛び出して、外壁を飛び越えたりとしているのだから振り回されたリュシカの方はたまったものじゃない。つまるところ『乗り物酔い』していた。
「その……大丈夫か?」
「……は、はい。その……すごかった、です……」
我に返ったリュシカは俯き、頬を紅く染めて答える。怖かったとはいえ、先程までアギに抱きついていたことを思い出し恥ずかしがっているらしい。流石にアギも悪いことしたなぁ……と思わないこともない。
とはいえ。アギが拉致まがいを起こすほど追い詰められた原因の一端(*大半は勿論、情報通の少女)は、この少女にもある。
カツアゲなんて誰がするものか。一体彼女は、何をどう考えて財布を見せたりしたのだろうか?
「あ、あのっ」
「ん?」
「やっぱり、払います。この前、マイちゃんが勝手に食べた、パンのお金……」
「……」
やっぱりそれなのか? と再びカードを見せるリュシカに信じられない顔をするアギ。今更かよ? と思わないこともない。
焼きそばパン。最近リーズ学園の購買で試作販売され一躍人気となったレアアイテム。
この限定パンをヒュウナーの伝手で手に入れたものの、アギはセイカ女学院に派遣された初日、焼きそばパンをマイカに出会い頭に齧られたという苦い思い出がある。
あの日、彼女が口を付けたパン(*あろうことか。一口食べてあとは要らないと言いやがった!)に手を付けるわけにはいかず(*間接か? とリュガが睨むから)、せめてもの供養にとパンの残りを泣く泣く池の鯉に恵んであげた(*あとでイレーネに怒られた)のだが。
そんながっかりした自分を、この少女は2日前に見て不憫に思ったらしく。
「マイちゃんが、迷惑かけたから……」
「おだんごちゃんが気にすることじゃねぇだろ。悪いのは歌の姫さんじゃねぇか」
「で、でも。だから……」
それでは納得しないリュシカ。カードをしまわず、なんと説明すれば良いのかわからずにおろおろ。
困ったアギは少し考えた。出会って間もないが、この少女がマイカの事を何よりも大事に思っているのはなんとなくわかる。
「……あー。大丈夫だって。パンの1つや2つもう気にしてねぇから。歌の姫さんのことも怒ってねぇ」
「……本当に?」
「ああ」
「さつ、い。わきませんか?」
「……大丈夫だ」
恐るべきは同調能力者か。済んだ話のこととはいえ、彼女の鋭い指摘にアギは冷や汗をかく。
リュシカはアギの言葉に安心したのか、「よかったぁ」とふんわりとした笑みを見せた。ここでようやくカードをしまう。
落ち着いたリュシカはそれから、また激しく緊張。
状況確認。連れ去られて、人気のない場所に、男の子と2人きり。
「あああ、あのっ!」
「落ち着いてくれ。ちょっと乱暴に連れてきたのは俺も悪いと思ってるが、別にあいつらが言ってたみてぇに食人鬼でもねぇし取って食いは……」
ぐぅぅぅ。
と、ここでアギの腹の虫が鳴った。
「……しねぇって」
「……」
色々と台無し。
少女の沈黙が気まずい。人捜しに専念するあまり、昼食もまだだった事をアギは今更ながら思い出した。
彼も育ち盛り。空腹を思い出せばすぐに食欲を我慢できなくなる。気を紛らわそうとしても食べ物のことばかり。
(そういやおだんごちゃんの頭。なんであれを『お団子』って呼ぶんだろうなぁ)
何が詰まってるんだろう? 実はくっついているのか?
目の前の少女(の頭)を見つめながら、不意にそんな取り留めもないことをアギは考えると、
「……!」
リュシカはいきなりびくっ、として、両手で頭のお団子を隠すような奇行に出た。
「ん? どうしたんだいきなり」
「な、なんでも。……あのっ。貰い物ですけど、食べますか?」
「おっ。いいのか? 実はまだ飯食ってなくてな。助かったぜ」
「全部、どうぞ」
少女の厚意を快く受け取ったアギは、美味そうに貰った煎餅を齧る。
彼はこの時。リュシカが厚意半分、自分の頭を齧られない為に半分で食べ物を差し出してくれたなんて思いもしない。
+++