表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
186/195

アギ戦記 -護衛3日目 2

ここにきて新キャラの登場。……新キャラ?


リュシカと、クラスメイト達

 

 +++

 

 

 リュシカにとってマイカはどんな人か。それを一言で言い表すのは難しい。のちの彼女は「マイちゃんはわたしのお日様だった」とアギに語っている。

 

 

 明朗闊達な性格と溢れんばかりの行動力。またそれが似合う華やかな容姿と美貌。皆が憧れる《歌姫》は同じ学校の1つ上の先輩で、同じ《歌姫楽団》の一員で。だれど2人は友達でなければ親友でも、まして仲間とさえも言い難い。

 

 家族とも違う。たったひとつの絆で結ばれた、とてもとても大切なひと。彼女がいなければリュシカの憧れる《歌姫》は存在し得なかった。

 

 女学院一の問題児と人一倍大人しい引っ込み思案な優等生。2人関係を正しく言い表せる人物はこの時、女学院に1人しかいなかった。

 

 

 早くて明日にでもマイカは学校を辞めて、学園都市を去ってしまう。

 

 セイカ女学院の殆どの生徒が知らない一大事件。もうすぐマイカがいなくなってしまう事実をリュシカは思い出す度に寂しく、かなしい気持ちで胸がいっぱいになってしまう。

 

 たとえ旅立つ彼女の決心を彼女自身から聞いて、頑張って、頭で納得しようとしても。心が追いつかなった。

 

「リュシカさん?」

「……う、うん。わたし、裏方さん、だから。ステージの、こと、あんまり……」

「そっかー。リュシカさんは確か、楽団の衣装係だったのよね」

 

 前回のライブの事を訊ねてきたクラスメイトには、ちょっぴり嘘を吐いて誤魔化した。ライブのことなら誰よりも知っているけれど、その時の感動を上手く言葉に表せない。何1つ伝えられない自分が酷くもどかしい。

 

 駄目だなぁ……、と少女は鬱屈した気持ちになる。こんな時こそリュシカは思うのだ。みんなで、ライブを見に行けたらいいのに。

 

 《歌姫》の歌を、《歌姫楽団》のみんなの音楽を。マイちゃんが伝えたい思いを。1度でも聞いて、見てくれたのなら。全部、わかってくれると思うのに。

 

「それなら。この写真のマイカさんの衣装もあなたが作ったの?」

「えっ。そ、そだ、けど……けど。衣装はただ……お古のお洋服、や、ドレスを、仕立て直しただけ。それ、に。1人で作ったわけじゃ……」

「それでもすごいわよ。ねぇ?」

「本当。リュシカさんはお裁縫が上手よね。この前の授業でもすごくきれいな刺繍をしていたし」

「そ、そんなこと……」

 

 あるのよ、そうよそうよ、とリュシカを褒め讃えて騒ぎ立つクラスメイト達。リュシカは騒ぐのが苦手なので、話題の中心となればただただ恐縮してしまう。

 

 裁縫の基礎は故郷で洋裁店を営む母から教わったものだ。おおきな布1枚からドレスを仕立てあげる母の腕に比べれば、自分なんて大したことはないとリュシカは思っている。

 

「そうそう。私なんて先週のキルトの課題、あまリの出来の良さにシスターに疑われたんだよ。……リュっちーにはほんの少ししか手伝って貰ってなかったのにさ」

「ほんの少し、ね」

「全部の間違いじゃなくて?」

「大体あなたの裁縫の腕前は、シスターだけじゃなくて皆が知っていることよ」

「……なによぉ」

「ご、ごめんなさい」

 

 申し訳なくてリュシカはクラスメイトの顔色を伺うよう、言葉も途切れ途切れに謝る。

 

「ロニ、さん。今度、は、ばれないよう……雑に、縫う……ね?」

「……リュッちー……。それ嬉しくない」

 

 ロニと呼ばれたクラスメイトが不貞腐れたような声を出すと、周りはどっ、と笑った。

 

 リュシカもはじめは自分の失言に気付いておろおろとしていたが、笑うクラスメイト達の『あったかい気持ち』に触れると、それでようやく安心して笑みを浮かべる。

 

 大丈夫。誰にも嫌われていない。少女は誰よりも人の心に敏感で、慎重だった。

 

 

「そうだ。だったら今度、リュシカさんに私の服、仕立て直してもらおうかしら?」

「……えっ?」

「1度でいいからマイカさんの衣装みたいに格好良いの、着てみたいと思ってたの。時間があるときにでも、頼める?」

「あーずるいっ。あたしも《歌姫》のドレス着てみたい」

「朝の食事当番、10回分引き受けるから。どう?」

「だったら私は、放課後の買い出しと礼拝堂の掃除で!」

「あ、あの……」

 

 突然の提案に我先にと乗ってくるクラスメイト達。リュシカは戸惑うばかりで……

 

 

「……ふん。何が《歌姫》よ」

 

 

 とその時。騒ぐリュシカ達に向かって、不愉快そうに眉を顰める女子生徒のグループがいた。地味な制服を着ていて校則に従って化粧っ気がまったくなくても、いずれもどこか育ちの良さが窺える、もしくはどこか我侭そうで気難しそうな顔立ちの少女達だ。

 

 当然といえばそうなのだが。女学院の中にもマイカ達の音楽活動を支持しない、むしろ女学院の生徒として、ふさわしくないと疎んじている生徒たちは少なからず存在する。

 

 既に2年間厳しい規律に従ってきた3年生や熱心な聖女信者の生徒は勿論のこと、修道院然とした暮らしになかなか馴染めずに不満を抱えたままの生徒、つまりは生粋のお嬢様達が特にそうだった。

 

 セイカ女学院とは400年前に存在した慈愛と献身の聖女、フロウレンス・セイカの教えを3年間の共同生活を通して学ぶ歴史ある学舎である。生徒の中には立派な淑女になることを望み、あるいは望まれて女学院に入学してきた名家の子女は少なくない。

 

 

 リュシカ達の前に現れたお嬢様グループ。先頭に立つリーダー格の少女は明らかに悪意を以って口を開いた。

 

「貴女方もいい加減目を覚ましたら? あの女のどこが良くって?」

「アレンシャさん」

「……あなた。また何が言いたいのよ」

 

 急に緊迫しはじめた教室。クラス一のお嬢様は、机の上に並べられたマイカの写真を手に取ると厭味ったらしく説明する。

 

「こんな派手な格好をして、踊り子の真似事をして。学生の身でありながら大勢の人前で媚を売る。恥知らずもいいところですわ。皆さんは『ああいう女』を世間で何というのかご存知? アバズレと呼ぶのよ」

「……なんですって」

「ちょっと。聞き捨てならないわよ、それ」

「あら。だってそうでしょう? 先日女学院に届いた脅迫状のこと、皆さんも噂でご存知のはずですよね? あれの原因もマイカ・ヘルテンツァー、彼女が関係していると」

「そ、それは……」

 

 動揺が奔った。マイカに関わる不審な噂は、今生徒たち間で持ちきりの話題だ。

 

「普段から何度と学校を抜けだして何かと問題の多い人でしたが……彼女とうとう『外』からの厄介事を私達の女学院に持ち込んで来たのですわ」

「そ、そんなの。ただの噂で……」

「彼女が無実だという証拠が在りまして?」

 

 無実も何も噂は噂。彼女達は何も知らない。

 

 言い返すことのできるクラスメイトがいなかったことに勝ち誇るお嬢様。

 

「ほら御覧なさい。まったく。迷惑極まりないとはこの事ですわ。あまつさえ警備、護衛などと言って女子校であるここに他校の男子を連れ込んでくるなんて……ほんと何様だというのかしら。あんな人はこうよ!」

「……あっ」

 

 調子に乗るお嬢様は皆の前でマイカの写真を破いてみせた。紙の裂く音がやけに大きく聞こえる。

 

 沈黙。重くなる場の空気。咎めるようなクラスメイトの視線にお嬢様グループの少女達は僅かにたじろぐ。

 

 流石に今の暴挙はマズイと思ったのか。アレンシャは「……ふん」と小さく鼻を鳴らし、同意を求めようとして場を取り繕おうとした。

 

「……どうしてわかってくださらないの? 悪いのは規律を破って好き勝手しているあの女。由緒ある女学院の生徒にまったくふさわしくない。あんな人、とっとと学校を辞めてしまえば……」

「駄目っ!」

 

 彼女の捨て台詞に激しく反応した少女がいた。リュシカだ。普段の彼女に似つかわしくない大きな声に誰もが驚いた。

 

 リュシカは悲しかった。アレンシャにマイカのことを罵られたことよりも、アレンシャがマイカのことを理解してくれないことよりも。マイカなんていなくなってしまえばいい、そう言われたことが悲しかった。

 

 アレンシャの心ない言葉を発端に、教室いっぱいに黒くて暗い『もや』のようなものが広がっている。何度みても気持ちが悪いとリュシカは思う。

 

 

 『もや』は思念、色は感情。リュシカは、1度にたくさんの人のこころを感じ取ることができる稀有な少女だった。これは少女自身が持つ特性、《同調》の力だ。

 

 《同調》は感応系の中でも高度な特性スキルである。高い感受性を以って相手の感情や感覚に調子を合わせることのできる調整の力。

 

 それは、使い方次第では他人の心を読むことさえできる、諸刃のちから。

 

 

 周りから注目されて思わず身が竦んだ。それでもリュシカはこの場をなんとかしたくて、彼女達の黒い感情に飲み込まれないよう、必死に言葉を繋ぐ。

 

「あ、あのっ。ア、レンシャさん」

「……どうかしまして、リュシカさん」

「人の、こと。悪く言っちゃ……駄目、だよ。こころが……黒く、染まっちゃう。マイちゃ……マイカさん、は、アレンシャさん、の思っている人、とは違う、よ」

「……。そういえば貴女も《歌姫楽団》とやらの一員でしたわね。ですがそれで弁護のつもりですか」

「アレンシャさん……」

「御言葉ですがリュシカさん。本当のところ3年のイレーネさんと同様、貴女もまた彼女の迷惑を被っている1人ではないのですか?」

「ち、違っ!」

 

 それは違う。《歌姫楽団》は、名前すら決まってない内から3人で立ち上げたグループなのだ。むしろ最近は自分の方がマイカやイレーネに迷惑をかけているとリュシカは考えている。

 

 彼女に付いて行けなくなっているのは、とろくさい自分の方だと。

 

 マイカは見かけによらず努力家だ。夜中に1人でこっそり振り付けの練習をしていることをリュシカは当然知っている。素肌の殆どを隠す制服の下に、たくさんの擦り傷を作っていることも。

 

 ひとつのことに熱中して打ち込む彼女のその姿は、リュシカだけしか知らない秘密。今はそれが少しもどかしい。

 

「そんなことないよ。……マイちゃんは、マイちゃんはみんなに……」

「よく聞き取れませんわよリュシカさん。もう少ししっかりと話して頂けて?」

「……ごめん、なさい」

 

 やっぱり。自分では無理だった。

 

 リュシカはしゅんとなって項垂れた。アレンシャたちに何も伝えられなくて。こんな時こそマイカみたいな勇気が、イレーネみたいな毅然さが。リュシカは欲しかった。

 

 ただでさえ小柄なリュシカが力なく身を縮めると、彼女はますます小さく見えてしまう。このか弱い小動物めいたクラスメイトの姿を一目見てしまえば、いくらお嬢様だって色々と気まずい。

 

 べ、別にいじめてなんていませんわよ! みたいな。

 

 アレンシャは気を取り直すように咳をひとつ。

 

「……リュシカさん。これは私の心からの忠告です。マイカさんとは早めに縁を切ることをおすすめしますわ。ライブだなんて所詮、芸でお金を取るようなもの。明らかに学生の本分を逸脱していて、淑女としても恥ずかしいことですから」

「……恥ずかしいこと、なの?」

「なんですって?」

 

 それでもいい加減琴線に触れた。リュシカは思わず口を開いた。

 

 その途端、彼女はちからの制御が効かずに止まれなくなってしまった。

 

「マイちゃんがやりたいことは……本当に、恥ずかしいことなの?」

 

 項垂れていた顔を上げるリュシカ。彼女に真正面から見つめ返されたアレンシャは大いに戸惑った。

 

 クラスで1番大人しい引っ込み思案が、自分に向けて挑むような、それでいて燃えるような強い眼差しを向けてくるなんて、思いもしなかったから。

 

「リ、リュシカさん?」

「何もしらないのに。どうしてそんな酷いこと言うの? アレンシャさんはマイちゃんのこと、なんにも知らないくせに」

「リュっちー……?」

 

 仲の良いクラスメイト達がおそるおそる自分の様子を伺っているのが見えたが、少女はもう、気にも留めなかった。

 

 黒くて暗い、ひとのこころ。教室中に漂う『もや』に《同調》してしまい、心を委ねてしまったリュシカは、口篭ることなく言葉を連ね、彼女達を糾弾した。

 

 みんなみんな。何も知らないくせに、と。

 

 普段の少女らしくない強い口調にアレンシャだけでなくクラスの皆が息を詰めた。黙り込んだ彼女たちに向かって、続けてリュシカが言葉を口にしようとした、その時。

 

 

「はいはーい。けんかはそこまでにしてね。商売の邪魔だよー」

 

 

 重苦しい場の空気を入れ替える、というよりも空気を読んでいない生徒が1人。

 

 先ほどまで《歌姫》の写真を販売していて、話の蚊帳の外に居たはずの情報通の少女が、いきなり声を張り上げた。

 

「あ、貴女は……」

「ほらほらシカちゃんシカちゃん。そんな怖い顔しないでスマイルスマイル」

「う、うにゅうぅぅ……」

「リュシカさん!?」

「あと『お嬢様戦隊アレンジャー』の皆さんも用がないなら解散解散。でも破いた写真はちゃんと弁償してね。営業妨害の迷惑料込みで500くらいちょうだい。1人につき」

「理不尽ですわ!」

 

 リュシカの両の頬を引っ張っては、妙な呼び名で一括りにしたアレンシャたちに無茶を吹っ掛ける情報通の少女。

 

 やりたい放題の彼女に、流石のお嬢様も黙っていられない。

 

「そ、そこの貴女!」

「なあに。アレンジャー・レッドさん」

「アレンシャ・レドクリフですわ! 人の名前くらい、いい加減覚えてくださいませ!」

「そっかぁ。……別にいいよね?」

「こ、このっ」

「アレンシャさん。落ち着いて、落ち着いてください」

「淑女が『ぐー』はいけません。眉間にシワを寄せるのもいけませんわ」

 

 思わず拳を握ったアレンシャは同じグループの子たちが押し留めた。なんというかこのお嬢様、目の前の変な少女とすこぶる相性が悪い。

 

 その変な情報通の少女が、落ち着きを取り戻したアレンシャに声をかけた。

 

「ところでレッドさん」

「……なんですの」

 

 立派な淑女としてニックネームを妥協するお嬢様。

 

「マイカさんの悪い噂。あなたはいったい、誰から仕入れてきたのかな?」

「えっ? そ、そんなの皆さんが色々と口にしているのだから自然と……」

「本当に? その『皆さん』って、だあれ? 1年生? 『この私』が知ってる人? 私が知らない噂もあなたは口にしてたんだけど」

「……そんなことはありませんわ」

 

 質問攻めにじわじわとプレッシャーを掛けられ、お嬢様は後ずさる。

 

「げ、現に私はっ、この耳でしっかりと聞いたのですから。間違いありません。そうですわよね、皆さん」

「へぇ。つまり又聞きなんだ。どこで聞いたの?」

「それは」

「あなたはさっき、噂の殆どを間違ってないと断言するようにみんなに話していたけれど、その根拠っていったい、なあに?」

 

 周囲の同意を求めて、数で優位に立とうとしたが甘い。間髪入った質問にアレンシャは何一つ答えられない。

 

 答えられなくて当然だった。彼女もまた何も知らない。噂に翻弄されている一般生徒に過ぎないのだから。

 

 情報通の少女は畳み掛けた。

 

「私も少し調べてみたんだけどね。最近《歌姫》に関わる不審な噂ってたくさんあるんだ。だけど不思議な事にそれは学内だけのはなし。女学院だけなんだ。学外じゃ《歌姫》の人気は相変わらずで不審の『ふ』の字もまったく広がっていない」

「……貴女。何が言いたいんですの?」

 

 気付けば。情報通の少女の話に教室中がざわめいていた。アレンシャは羞恥で真っ赤になる。聡いお嬢様は彼女が何を言わんとしているのか既に気付いていた。

 

 要するに疑われているのだ。あらぬ噂を証拠もなく、無闇に広げているのは誰か、と。

 

 皆の前で容疑者扱いされるのに耐え切れず、アレンシャは目の前の少女を敵とばかりにキツく睨みつけた。情報通の彼女はまったく意に介さなかったけど。

 

「不愉快ですわ! 貴女、今度会ったら覚えておきなさい」

「だったらレッドさんも。いい加減私の名前、覚えて欲しいけどなぁ」

「……失礼致します。行きますわよっ!」

 

 こうして憤慨するお嬢様は仲間を連れて堂々と出て行き、教室は再び平穏で楽しいお昼休みの時間を取り戻すのだった。だがしかし。

 

 きっと。彼女達は30分も経たずにこの場へと戻ってくるだろう。そんな予感めいたものが情報通の少女にはあった。

 

 というより。あのお嬢様たちはリュシカ達のクラスメイトなので、

 

 

「教室。ここだから。嫌でも戻ってくるしかないんだよね。……ん? シカちゃん?」

「……あ。あの……」

 

 気が付くと。少女はリュシカに制服の裾を引っ張られていた。

 

 自分より頭ひとつ背の高い少女を見上げるリュシカの視線は、先ほどアレンシャたちをたじろかせたような力強さがまったくない。

 

「どしたのシカちゃん。今日も草食っぽいね。そうだ。おせんべ食べる?」

「い、いらない。あの、……ちゃん?」

「なあに。シカちゃん」

「アレンシャさん、たち……に、いじわるしちゃ、だめだよ」

「……もう。シカちゃんたら優しいなぁ。やっぱりおせんべ食べる?」

 

 リュシカは「いらない」とふるふる首を横に振る。それでも何故かお煎餅を振舞おうとする彼女の押しの強さに負けて、リュシカは仕方なくお煎餅を1枚受け取った。

 

 食べ屑をださないように慎重に、小さな口でポリポリと一生懸命にお煎餅を齧る。そんな小動物っぽい様子のリュシカを見て、ようやく笑みを取り戻すクラスメイト達。

 

「……よかったぁ。いつものリュっちーだ」

「ロニ、さん?」

「まったく。おとなしい子が怒るのが1番怖い、とはよくいったものだわ」

「ほんとほんと」

「?」

 

 リュシカはよくわかっていない。

 

「リュシカさん。あなたはそれでいいのよ。きっと。あなたのそんなところにマイカさんも救われているんだわ」

「そうだよ。アレンシャさんの言うような悪い噂は気にしちゃ駄目。もちろんあたし達は信じてないわよ。リュシカさんの味方はマイカさんの味方なんだから」

「うんうん。だからリュっちーはお煎餅でも食べてなさい」

「あなたは私達のマスコットなんだから」

「う、うん……」

 

 やっぱり。よくわからない。

 

 リュシカにわかったことといえば。いつの間にか、黒くて暗い『もや』がすべて消え去ってしまっていることだけ。

 

 人の心が生み出す、やさしい色。誰の心も傷つけない、あたたかで、ちいさなせかい。

 

「あ……」

「ん? どしたの? シカちゃん」

「マユちゃん」

 

 リュシカは、少女の名を呼ぶと一言だけ「ありがと」と彼女に伝えた。それだけでは何のことかさっぱりだろうけれど、それがリュシカの、精一杯の感謝の気持ちだった。

 

 彼女にちゃんと伝わったのかよくわからないけれど。

 

「どういたしまして」

 

 情報通の少女は、リュシカに笑みを返すのだった。

 

 

 営業再開! と、マユちゃんこと情報通の少女。

 

「時間もないしそろそろ今日の特別目玉商品いくよー」

「目玉?」

「今回極秘ルートで入手した写真はこちら。女学院で今1番の噂の《C・リーズ学園》。そこの生徒たちの写真セットー。《Aナンバー》に蒼玉騎士団の《青の三銃士》は勿論、今や学園都市一と評判の美少年、ジン・オーバの限定ショットも特別用意しましたー」

「ええーーーーっ!?」

「嘘!」

「ジン様ですって? お幾らですの!?」

 

 公開された写真の山に騒然となる教室。そしてお嬢様、カムバック。平然と人の輪の中に飛び込んできた。

 

 ここにも1人、過去に『射抜かれていた』少女が。

 

「……すごいですわ。最近のジン様がこんなにたくさん……」

「でも。このジン君の写真、よく撮れてるけど」

「ところどころになにか、黒いのが写っているわ、何かしら?」

「あーそれ? その子はジンにカメラを向けると、どこからでも邪魔しにくるストーカー気質の妖精さんだよ」

「……ユンカさん。相変わらずですわね」

 

 訳知り顔のお嬢様。

 

 

「ジンさんの、1枚ください」

「私も私も」

「毎度まいどー」

「私は《青騎士》様と三銃士のセットで」

「はい。おつりね」

「ミヅルお姉さまの写真、ありますか?」

「抜刀してるのと文学少女してる(笑)のと2種類あるけど。どっちがいい?」

「に、2枚とも」

 

 大繁盛。

 

「クルスさん×マークさんはある?」

「学園でも1番人気のカップリングだからね。多めに揃えてるよ」

「リ、リアトリス様のウエイトレス……」

「それは……あまりに需要がありすぎて2枚しか手に入らなかったんだ……」

「自警部部長の、写真……あるの?」

「誰だぁ!? 奇特なこと言う奴わーーっ!?」

 

 おおさわぎ。

 

 

 そんな中、リュシカはこっそりと人の輪から外れ、写真に騒ぐクラスメイト達の様子をひっそりと遠くから眺めていた。本当は騒ぐのも嫌いじゃないけれど、やっぱり苦手だ。

 

 早くお弁当を食べてしまおう。そこまで考えてリュシカは、ふと思い直した。どうして急がなければと思ってたんだろう?

 

 その答えをリュシカに教えてくれたのもまた、あの情報通の少女だった。

 

 

「ところでさぁ、シカちゃん」

「う。うん?」

 

 写真を瞬く間に売り捌いた彼女は、不意に視線を外へと向けるとリュシカに声をかけた。突然声を掛けられて驚いたリュシカは、びくっ、と体を一瞬震わせる。

 

「外にいる『お客さん』。どうしよっか」

「……えっ?」

 

 言われた意味がすぐにわからなくて、リュシカは彼女が向けた視線の先、教室の出入口の方へ目を遣る。そこまでしてようやく思いだした。

 

 すっかり忘れてしまっていた。リュシカは、今朝からずっと『あの人』から逃げていたのだ。

 

 教室の外の廊下からずっと、恐る恐るといったようにリュシカ達の様子を伺っていたのは、

 

 

 額に青いバンダナをした、男の子。

 

 +++

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ