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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
185/195

アギ戦記 -護衛3日目 1

 ほぼ2週間ぶりの更新となりました……というわけで『アギ戦記』、第3部のはじまりです

 

 その日。女学院の昼休みにて

 

 +++

 

 

 結局『それ』は、『オリジナル』には程遠い性能の『コピー』から生まれた、更に性能の劣る『劣化コピー』と呼べるモノである。

 

 

 《暗記》スキルを持つアギの記憶力は『完全記憶能力』と呼ぶものには遠く及ばない。長期記憶の『容量』が人並みしかないからだ。

 

 生まれついた特殊な目に頼った彼の特性は、どちらかといえば『瞬間記憶能力』に特化している。

 

 見たものそのままを瞬時に、且つ『膨大に』記憶する能力。メリットはあえて説明する必要はないと思う。ノートや教科書を自前の記憶領域に丸ごと保存、持ち込んでテストに臨めるような、そんな力だ。

 

 デメリットは力を使い過ぎれば脳に負荷がかかりすぎてしまい、酷い頭痛に苛まれてしまうこと。どれだけ集めようが『脳に留めておける記憶』に限りがあること。

 

 そして『目が記録した映像記憶を引き出す』のにもまた脳に負荷がかかることの3つ。殆どが『目が《暗記》する』情報量に対してアギ自身の持つ記憶容量と、情報処理能力がまったく吊り合っていないために生じる弊害である。

 

 これらのデメリットもあって、アギは普段《暗記》を使うようなことはしない。ただ、それでも無意識に、彼の目はなにかを『記録』していることがあった。

 

 

 たとえば。ずっと昔に自分を救ってくれた王の背中。本気で振りかざした拳。

 

 たとえば。橙色の髪をした少女。炎を象った衣装を纏い、ステージで輝く姿。

 

 たとえば――

 

 

 それは、心に刻み付けられたような、アギの中に強く印象に残ったなにかだ。

 

 たとえ彼自身が覚えておらず、あるいは忘れてしまっていたとしても、

 

 

 

 

 ――泣いちゃ駄目だよ。アギ

 

 

 

 

 その瞳が、ずっと覚えている。

 

 +++

 

 

 娯楽やイベントに乏しいセイカ女学院の生徒にとって、昼休みの食事は数少ない楽しみの1つ。昼食は自炊の訓練の一環として、生徒1人1人が手作りの弁当を用意することを義務付けられている。

 

 時間を割いてお弁当を準備するのは面倒ではあるが、ここでは朝夕の共同で行う食事と違い、自分で作る限りにおいて献立に制限がなくおかずの自由が効く。材料費も学校持ち(*金額の上限有り)となれば食に楽しみを見出す生徒たちは少なくない。

 

 セイカ女学院の校則では買い食いの禁止は勿論、学外への買い出しも嗜好品は厳しく制限されている。故に少女達は時に競い合い、時に協力しあって毎日美味しいお弁当作りに挑んだ。

 

 料理ができる子ほど周りから尊敬され、デザートにお菓子を振る舞いでもすればその子は女神のように崇められもした(*若干の誇張表現を含む)。

 

 

 友達同士で行うちょっとしたお弁当の品評会と料理談義。手作りお菓子付きのお茶会。そういったものが彼女たちの昼休みの過ごし方、その主流であった。

 

 

 

 

 その日。午前の授業が終わると同時、アギは教室から忽然と姿を消していた。

 

「リュガ君。アギはどこに行ったの?」

「さぁ。ちょっと出ると言って、そのままだ」

「……またなの?」

 

 備え付けのロッカーからお弁当を持ち出す僅かな合間のことだった。アギがいないと知るとマイカは憤然と怒り出す。

 

「今日のあいつ、朝からずっと変よ。授業は板書はしないでぼんやりしてるし、休み時間になればトイレだのなんだの言ってどこか行ったまま帰ってこないし」

「授業はいつも通りなんだけどな」

 

 マイカは午前中ずっとアギに相手にされなくて、どうやらおかんむりらしい。となればリュガは「なんでアイツばかりが……」と思わないこともない。

 

 しかし。それにしても今日のアギはおかしい。何をしても上の空だった。リュガは行方のしれないアギの席を見た。

 

 机の上には弁当(*ユーマ作。女学院内に購買部の類がないので皆の分を用意した)があるのだから外で食べているという線はない。昼休み中に戻ってくるとは思うのだが。

 

「朝からか。……いや。むしろ夜だな」

「何のこと?」

「アギの様子がおかしいのがさ。昨日の夜廻りの時、何かあったんじゃねーのか?」

「えっ」

 

 リュガには心当たりがあってニヤリ、とマイカに笑いかけた。それで彼女はドキッ、とする。

 

 昨日の夜といえば、

 

「マイカさん。俺の推理じゃアギは……」

「……」

「おばけでも見てビビッてんだよ」

「……は?」

 

 予想と違うことを言われて一瞬、目をきょとんとさせるマイカ。リュガは冗談を言ってはアギを馬鹿にするように笑っている。

 

「昨日は夜廻りの前に散々脅してやったからなー。噂じゃ出るんだろ、ここ」

「……ばっかじゃないの」

 

 おばけなんて、とマイカ。昨晩おばけで騒いだのはアギではなく彼女である。色々と思い出してしまい真っ赤になる。

 

 マイカは機嫌を損ねたようにリュガに背を向け、顔を隠した。

 

「おばけもカボチャも、昨日はなにも、なんにもなかったわよ」

「マイカさん?」

「アギを捜してくるわ。リュガ君は先に氷姫とでも食べてなさい」

 

 そう言ってマイカはズカズカといった力強い足取りで教室をあとにした。弁当は置いていって行ったから戻ってくるとは思うけど。

 

「……何か怒らせるような事言ったか? 俺」

 

 リュガは「女の子と話するのは難しい」と頭をボリボリ。

 

「アイリーンさんと、と言われてもなぁ……」

 

 見ればアイリーンは今朝と同様、既に沢山の女子に囲まれてしまっている。

 

 

 

 

「アイリーンさん! 私もお昼、ご一緒してもいいですか?」

「ええ。それは構いませんけど、席が……」

「わぁ! アイリーンさんのお弁当。とっても面白くて、可愛い!」

「ほんとだ。すっごく手が込んでる。意外ー」

「……斬新だわ」

「魔術だけじゃなくてお料理もできるんですね」

「アイリーンさんって、実はごはん派なんですかー?」

「こ、これはっ」

 

 殺到されて、圧倒されていた。

 

 それでいてアイリーンは困惑していた。何よりも自分のお弁当に。

 

 蓋を開けたら中に、くまがいたから。

 

 

 小振りなお弁当の中身は彩り鮮やかな温野菜のサラダと、かしわご飯のおにぎりボディを持つ茶色のくまさん。くまの顔は海苔でコミカルに描かれている。

 

 そしてこのおにぎりくまさんが温野菜の森の中、「獲ったどー!」と言わんばかりに腕を振り上げかざしているのは、焼き鮭の切り身。

 

 タイトル『うさベアさんのシャケ狩りべんとう』。ユーマ作のキャラ弁である。

 

(ユーマさん! これ、どうやって食べたら……)

 

 アイリーンはフォーク片手に思い悩む。頭か? それとも腹か? おにぎりくまさんはどの部位を食べても無惨だ。

 

「くまさんのおにぎり。どんな味付けなんですか?」

「やっぱり東国風? それともまさかの北国風?」

「味見させてください。もしレシピがあるのなら是非くわしく!」

「……。そんなことより」

 

 レシピなんて自分で作っていないのだから知る由もない。味だって。

 

 一応彼女の名誉の為に言っておくと、弁当はあくまでユーマの厚意で用意されたものであってアイリーン自身まったく料理ができないというわけではない。腕前はさておき。

 

 アイリーンは別のことでキャラ弁から話を逸らそうと試みる。弁当とは別の大きな包みを取り出した。

 

「食後のデザートを用意しています。皆さんも分もありますので……」

 

 歓声で教室が沸いた。アイリーンの声は途中でかき消されてしまう。

 

「手作りのデザート! 一体なんですか? ……豆腐?」

「……果物の蜜漬けの入ったミルクプリン、だそうです」

 

 食後にでも切り分けて、魔術で冷たくしてから頂きましょう、とアイリーンは言った。『《銀の氷姫》の手作り冷菓』だと、少女たちは再び歓声で沸きあがる。

 

 皆から料理の腕を褒められる度、アイリーンは内心複雑だったとか。

 

 

 まあ。そんな賑やかで華やかな女子生徒達の昼休みを眺めていれば、リュガはこう思うしかないのだ。

 

「あの輪の中に入る? 俺には無理だ」

 

 諦めて、1人寂しく飯を食おうと弁当の蓋を開けて、すぐに閉じた。

 

 リュガの弁当にも熊がいた。やけにリアルなおにぎり熊が。

 

 +++

 

 

 あれだけ待ち遠しかった朝食の味は、あまり覚えていなかった。授業なんて元より聞く気がなかったから問題ない。

 

 

 昼休み。アギは校舎内を彷徨っていた。今日は休み時間になる度にこうしている。

 

 午前の授業を殆ど無視した甲斐あってアギは色々と思い出してきた。今朝雑木林で遭遇した、お団子頭の少女のことをだ。

 

 

 少女を初めて目にしたのは、ユーマの代役としてセイカ女学院に派遣された初日、その昼休み。マイカと初めて顔を合わせた時のこと。

 

 《歌姫》であるマイカ、委員長然としたイレーネと比べれば影に隠れがちで、というか2人が強烈すぎて印象に薄かったのだが、思い返してみるとあの時からお団子頭の少女はマイカ達と行動を共にしていたのだった。名前を知ったのはもう少しあとの話になる。

 

 

『あたしの大事なパートナー。《歌姫》の衣装と化粧を担当してる、って言っておくわ』

 

 

 少女の名はリュシカ。そうマイカから聞いたのはその日の放課後、『奴ら』の妨害を振りきって駆け込んだ学芸会館の中でのことだった。これが2度目。

 

 リュシカのことでアギが1番に思い出したのは『他人の痛みを引き受ける』という彼女だけが持つ不思議な力。

 

 回復や治癒効果のあるゲンソウ術の使い手は世界でも希少であり、リュシカがマイカの腫らした頬を一瞬で治した時には、アギはリュガと一緒になって酷く驚いた。

 

 

『お団子頭のあの子。多分ポピラと同じ同調能力者じゃないかな?』

 

 

 とユーマは後に言っていたのだが詳しくはわからない。イレーネが「公にしたくない」とアギ達に釘を差していたこともあるが、それ以前に彼らは――ユーマやリュガ、ヒュウナーにアイリーンも――これまで誰1人、1度もお団子頭の少女とまともに話をしたことがなかった。

 

 接点がまったくなかったのだ。アギが護衛として女学院に派遣されて2日。昨日は寝泊まりまでして日中あちこちを見廻りしているにもかかわらず。

 

 だからなのだろうか。アギが雑木林の中で遭遇した時、すぐに少女のことを思い出せなかったのは。違う、とアギは思う。

 

 アギがリュシカを目にするその時まで、マイカがいると勘違いした原因は声だ。特に歌声だけとなると《歌姫》本人とまったく見分けがつかなかった。『気配』まで同じだったのだから尚更。

 

 どういうことなんだ? アギは不思議に思う。今朝の事が妙に引っかかっていた。それは別に、リュシカがあんな場所で、しかも《歌姫》の声で歌っていたことではない。

 

 アギが気にしているのは、

 

 

「脅かしたのは悪かったけどな。でもあんな……朝から化物見たみてぇに怯えなくたって別にいいじゃねぇかよ」

 

 

 顔を合わせただけで脱兎の如く逃げられ、微妙な男心が傷ついたから。見るからに大人しそうな子だったから尚更心に痛い。

 

 

 というわけで。アギは一言謝ろうと朝からお団子頭の少女を捜していた。

 

 休み時間になる度にすべての教室を覗き廻り(傍目からして怪しい人だった)、廊下や中庭だけでなく分棟に校舎裏、外へ出ては寮の付近まで度々足を運んで(校舎裏や寮の前に洗濯物が無防備に干してあったのに衝撃を受けたが)。けれど学内を何度廻っても、目当ての少女はなかなか見つからない。

 

 これだけ捜して見つからないのだから、マイカあたりに相談することも1度は考えた。が、理由が「逃げられたから謝りたい」だなんて情けなくないだろうか。

 

 それを別にしても。アギはリュシカのことをマイカに話すことを何故か躊躇った。なんというか、男の勘で。

 

 知られたらマイカは怒る。絶対に不機嫌になる。何故だかそう思ったのだ。

 

 セイカ女学院は200人規模の小さな学校。いくら敷地内に寮があるといっても、学園に比べれば大した規模じゃない。アギも人探しを甘くみていたわけではないが。

 

 まるで今日1日、意図してずっと避けられているような……

 

 

「んなわけないか。……さて。今度はどこから捜すとするか」

 

 こうなったら絶対にみつけて謝ってやる。多少意地になっていた。

 

 アギは考える。今は昼休み。学生ならご飯を食べる時間だ。

 

 女学院の生徒は弁当持参が義務付けられており、分棟にある食堂は朝夕の時にしか利用されない。中庭といった外で食べるのは校則で禁止。となると弁当を食べる場所は限られてくる。

 

「教室のどれか、だな」

 

 アギは少女の幼い外見から年下だと予想している。

 

 まず、1年生のいるフロアへと向かった。

 

 +++

 

 

 どうしよう。どうしよう。

 

 少女は今朝からずっと、思い悩んでいる。

 

 

 麦穂色の淡い金髪を頭の左右で2つのお団子にして結わえた、小柄で幼い顔立ちの少女だ。セイカ女学院の1年生で名前をリュシカ・ゼンガという。説明するまでもなく、彼女はアギの捜し人である。

 

 リュシカは普段から大人しい少女で、どちらかといえば優等生。特技は裁縫。仲の良いクラスメイトには「引っ込み思案が服着て歩いているような子」、「おどおど不思議系」、「手先が器用な小動物。アライグマみたいな?」などと言われている。

 

 あるいは。《歌姫》の専属付き人、とも。

 

(マイちゃんと、イレーネさんに、気をつけなさい、って言われてたのに……)

 

 みつかってしまった。みられてしまった。それも歌っているところを。

 

 

 校舎の裏には隣の雑木林へと続く秘密の抜け道がある。今日のリュシカは朝の食事当番がなかったので、いつものように早起きしてはこっそり抜け道を潜り、雑木林の中で1人歌を楽しんでいた。

 

 リュシカにとって雑木林はマイカが教えてくれた秘密の場所。人見知りが激しく恥ずかしがり屋な自分が気兼ねなく歌うことのできる、とても大事で、たいせつな場所だった。

 

 だから。まさかあんなに朝早くから、しかもあんな学校の外れでばったり人と出くわすことになるなんてリュシカは思いもせず、アギと顔を合わせた時、彼女はものすごくびっくりした。それこそ心臓が飛び出すくらいに。

 

 よりにもよって『あの人』に出くわすとは。

 

(思いっきり……にげちゃった。あんなに走ったの、初めて)

 

(失礼、だったよね? また、変な子、って思われたよね。絶対……)

 

 運動は苦手だから慌てて走って何度も転びそうになった。実際草に足を取られて転んだ。友達からは「シカちゃんは草食動物っぽいよね。名前からして」なんて言われたこともあるけどそんなことはない。今だって擦り傷を作った膝や手の平はじくじくと痛い。

 

 もしかしたら。逃げるのに夢中で気づかなかっただけで、無様に転んだ所も『あの人』に見られたのかも。そう考えるとリュシカはもう、誰にも顔向けできないほど恥ずかしい。

 

(運動。わたしもマイちゃんみたいにできたらいいのに。……はぁ)

 

 リュシカは人知れず溜息を吐き、それからお弁当のプチトマトを頬張る。トマトは学校で栽培している生徒のお手製で今朝のもぎたて。今日のトマトはちょっぴり酸っぱい。

 

 いつもなら友達とお弁当を食べたり、マイカと一緒に過ごしたりする楽しい昼休みなのだけれど、今日はそうもいかない。早くごはんを食べて、またトイレの中へ時間ギリギリまで隠れておかないと、今度こそ見つかってしまう。

 

 あろうことか『マイちゃんの王子さま』が自分を朝からずっと探している。そのことを逸早く察知して危険を回避する逃走本能(?)こそ、彼女が小動物やら草食動物と評された所以なのかもしれない。

 

 

 見つかったら、きっとあの人は今朝のことを訊ねてくるだろう。一体何をどんなふうに訊かれるだろう? 自分は口下手なのだから上手く誤魔化せる自信はない。

 

 それに。男の子と話すのはやっぱり、少し怖い。

 

 

 頭の中で何度も繰り返される「どうしよう。どうしよう」。

 

 急いで食べて隠れないと。リュシカは他の子と比べ、食べるスピードが圧倒的に遅いのだから一生懸命フォークと口を動かしている。それでやっと普通の早さなのだけど。

 

(でも……)

 

 リュシカはふと今朝の事を思い出し、ぽやーん、となって考える。

 

(男の子って。わたしたちより早起きなんだなぁ……)

 

 そういえばおとうさんも一緒だ、と考えてふんわりした気持ちになるリュシカ。

 

 ぼんやりとすれば食事のスピードはがくんと落ちる。この少女、結構なマイペースさんで思考のテンポがどこかズレていた。3歩進んだあとで2歩前のことを考えるような。

 

 とそこに。

 

 

「みんなー! 今日は新作、手に入ったよー」

 

 

 突然、教室中に溌剌とした少女の声が響き渡った。ぼんやりしていたリュシカは大きな声にビクッ、となる。

 

 どの学校にも情報通と呼ばれるような生徒が1人はいる。リュシカのクラスにいきなり飛び込んで来て声を張り上げた、この黒髪の少女がそうだった。

 

 情報通の少女を中心に『新作』に興味を示した生徒が沢山集まる。リュシカは大勢で騒ぐのが苦手なので教室の隅でひっそりと様子を眺める。

 

 

 情報通の少女は数台の机を合わせて大きなテーブルを作ると、その上に手際よく写真を並べ始めた。

 

 即席の写真展示会。写真はすべてステージ立つマイカを中心とした《歌姫楽団》の面々。ライブ時の風景だった。一体いつの間に誰が撮ったのか、打ち上げ時の写真もある。

 

 営業えいぎょう、と情報通の少女。

 

「この前あったライブの写真だよ。欲しいのがあったら1枚50から受け付けるよ」

「わー。今日はたくさんあるね。このマイカさん、すごく格好いい!」

「すごーい。今回は空を飛んだの?」

「そうそう。紙吹雪の上をずばばぁーーっと駆け上ったり」

「へぇ。ヒサンさんの写真もある?」

「もちろん。《歌姫楽団》の2番人気だからねー」

「あっ。この男の人達、今学校に来ている……どうしてマイカさんのステージで服を脱いでるの?」

「芸風なんだよ。脱ぎネタなんて今時おもしろくないのにね」

 

 あとこれも彼らのネタだよ、と言って情報通の少女は『戦慄の《バンダナ姉妹》(Ver.セイカ女学院制服)』の写真を公開。あまりの攻撃力の高さに生徒たちが悲鳴を上げた。

 

 

 楽しそう。今日はいつにも増して賑やかだなぁ、とリュシカは思う。

 

(みんな。マイちゃんたちのライブ、見に行けたらいいのになぁ……)

 

 そうすれば、写真じゃなくてももっと、いろんなことがみんなに伝わるはずなのに。

 

 

 校則が厳しく外出制限のある女学院の生徒たちには、《歌姫》のライブへ行ける機会が殆どない。マイカたちの活躍を知ることができるのは時々学外から極秘ルートで入手できる写真と学生新聞の記事くらいしかない。彼女達にとって《歌姫》は一種のあこがれだったといってもいい。

 

 マイカはサバサバした性格でいながら綺麗で格好良くて、同じ女学院の生徒でいながらも校則に囚われない、豪胆で破天荒な少女だ。シスターのお説教を物ともせずに、何度も学校を抜け出しては地味な制服を脱ぎ捨て、きらびやかな衣装を纏い大勢の人が待つステージに立つ。そして歌で多くの人に感動を与えていく。

 

 そんな《歌姫》は、自分たちでは『ああ』はなれないというものを体現したような1つの理想でもあった。つまりアイドルである。

 

 それで。彼女達セイカ女学院の生徒たちの中には、《歌姫》という女学院から生まれたアイドルを支持する生徒が多いのだった。

 

 

「ねぇ、リュシカさん。あなたもマイカさんのライブ、手伝ったんでしょ?」

「どうだったの?」

「……えっ」

 

 突然話しかけられてリュシカは困った。彼女にしても2日前のライブの日は色々とありすぎた。

 

 

 マイカの護衛、女学院の警備という名目で他校の男子生徒が滞在して数日が経つ。けれど彼女達一般生徒はまだ詳しく知らない。知らされていない。

 

 《歌姫》を狙う再起塾の『奴ら』の存在も、マイカが既に危険に晒されていたことも、

 

(マイちゃんは……)

 

 早くて明日にでも、女学院を辞めてしまうことも。

 

 +++

 

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