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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
183/195

アギ戦記 -護衛2日目(夜) 5

真夜中の出来事。これがラスト


本来の主人公がサブキャラに徹している件……

 

 +++

 

 

 夜も遅いのでマイカを寮まで送り届けた。セイカ女学院の学生寮は学内にあるので然程危険はないが念のため。

 

 彼女の無事を確認して寮を後にする。見廻りに戻る途中、アギはマイカとの最後のやり取りを思い返した。

 

 

「さっきはありがと」

「あ?」

「講堂であたしが墜ちた時、助けてくれたこと。おかげで少しだけわかった気がする」

 

 なにが? と、ほぼ反射で訊ねてみると、

 

「あんたはきっと……そういう奴なのよ」

 

 まったくもって不可解だった。

 

 

「なんなんだろうなぁ……」

 

 ふと右の掌を見つめてみる。彼女の意味深な言葉もそうなのだが、それ以上にアギには気になることがあった。

 

 マイカと手を繋いだ時に感じた熱。脈動する『なにか』。それが今はまったく感じられない。残っているものといえば未だ腕に纏い付いている《武装解除》の虚脱感だけ。あの時だけは生じた熱のあつさに虚脱感も一時忘れ、力を取り戻したとさえ錯覚した。

 

 《盾》が回復する兆しかと思ったがそれとも違うような。では一体なんだというのか。

 

 原因はマイカの方にない。それはわかる。直感的に『なにか』は、自分の言動に反応したのだと推測する。それだけで何もわかっていないのだけど。

 

 気がかりはもうひとつ。

 

 

「……おい。いい加減出てこいよ、ユーマ」

「あれ?」

 

 校舎の影に声をかける。名前まで呼ぶと流石に観念したのか、ひょっこり現れる《精霊使い》の少年。

 

 ユーマは尾行していたことを悪びれる様子もなく、不思議そうにアギに訊ねた。

 

「いつから気付いてたの?」

「歌の姫さんと講堂を出たあたりからだ。人気のない場所で《気》を探ればな」

 

 1人くらいなら位置を特定できる、とアギ。彼の気配察知とも呼べるスキルは、烏龍流を学ぶにあたり身につけたものだ。

 

 

 生物が生きるにあたり自然と発しているという生命力の波動、《気》の力。それを闘う力に転じる事ができる稀有な戦士を《闘士》と呼ぶ。学園最強の《剣闘士》クルス・リンド、そしてリーズ学園最古の教師にして《超闘士》と畏れられるウロン老師がそうだ。

 

 彼ら《闘士》の戦闘力は偏に出鱈目と言って良い。また。烏龍流は《闘士》が扱う事を前提とした武術でもある。烏龍流を学んで1年に満たないアギは《闘士》でないものの、《気》を目ではなく感覚で読み取る術を習得していた。

 

 これは人が動くことで生じた『《気》の流れ』を読むというもの。戦闘では集中力次第で《感知》スキルと同等に全周囲警戒ができることもさることながら、1対1の状況において相手の動きを先読みすることに有用される。例えば。先の昇級試験でアギはユーマの閃光弾を喰らい、視界を奪われたにも関わらず彼の不意打ちに対応してみせている。

 

 

 ユーマはアギの特殊技能を少なからず知っているので納得。

 

「そっか。光輝さん直伝の尾行術だったんだけどなぁ」

「人混みに紛れられたら俺もわからなかっただろうけどな。……じゃねぇ。お前何やってんだよ。見廻りは?」

「砂更が警戒しているから問題なし。元々夜廻りはブラフだし」

「はぁ?」

 

 また妙なことを言われた。

 

 ユーマの説明では、自分達は案山子だとか。

 

「目に見えない精霊の警備だと、ぱっと見無警戒に見えるでしょ。誘い込んで罠に掛けるには最適なんだけど、迷惑を被るのは俺達じゃなくて女学院のみんなだから。夜の襲撃はなるべく避けたいからね」

「……なんで尾行してた?」

「俺は忙しいんだ」

 

 半目で睨むと誤魔化された。何も誤魔化していないけど。

 

「まあまあ。今日はお疲れ様。おかげで色々と欲しい情報が手に入ったよ」

「何がだよ」

「お礼といってはなんだけど夜食食べる? アギがマイカさんとイチャイチャしてる間、盗聴片手間に作ってみたんだけど」

「だ、誰が!」

 

 流石に首を締めてやろうかとアギは腕を伸ばしかける。が。ユーマが取り出した紙の包みを見て寸前で思い留まった。

 

 ……なんだ? この食欲を唆る、香ばしいソースの匂いは。

 

「……おい。夜食を作っただなんて、食料庫は鍵かかってたんじゃねぇのか?」

「鍵? あんな古臭い南京錠、針金1つあればいいじゃない」

「……」

「食べる? ハムカツみそサンド」

 

 尾行に盗聴、それに窃盗。それらの悪行を夜食1つで黙認しろというのか。アギ(自警部の幹部候補として研修中)も舐められたものだ。

 

 

 彼は黙ってパンを受け取った。

 

 +++

 

 

 薄っぺらなスライスハムをこれでもかと分厚くみせるフライの衣。山のように盛られた野菜の千切り。

 

 味噌を混ぜたという甘辛く濃い目のオリジナルソースに加えてマヨソースもたっぷり。味のアクセントにはマスタード。

 

 そんな具材をパンに挟んだユーマの夜食、特製のハムカツサンドは、チープで脂っこくて味が濃くてボリュームがあって。つまるところアギの好みど真ん中だったりする。

 

 

「うっ、うめぇ。なんだよこのソース。またお前が作ったのか?」

「まあね。丁度赤味噌くらいに発酵した味噌壺があったから」

 

 味噌壺は食料庫の奥の奥にあったので長らく使われていなかったと思われる。おそらく1年以上。保存状態を見て腐ってはないと思うが。

 

「味噌ってあれだろ。東国の群島風スープに使うやつ。赤味噌って言うがあれって白っぽいやつじゃなかったか?」

「学園の食堂で出してる味噌汁は白味噌。数ヶ月しか熟成していないから塩気よりも麹の甘みのほうが強いんだ」

「コウジ? ……ふーん。もう1つ食っていいか?」

「あっ。それリュガの分」

「じゃあいいな」

 

 黙っていれば。

 

 珍しい味付けのパンにアギは夢中でかぶりついた。

 

 

 男なんて単純なものだ。アギという少年は特にそうだった。腹が満たされれば些細な事なんてどうでもよくなってしまう。

 

 満足のいく夜食にすっかり機嫌を直したアギは簡単にユーマを許し(*ユーマの狙い通りだったのかは定かではない)一息ついた。

 

 落ち着くと気持ちを切り替える。アギは改めて真剣な面持ちでユーマに訊ねた。

 

 

「なあ。ユーマ」

「何?」

「俺達、勝てると思うか?」

 

 アギは自分の掌をじっと見つめている。《盾》の力が失われたその手を。

 

 誰に? とは訊ね返す必要はない。《用心棒》のことだとユーマはすぐに察した。

 

 『奴ら』の中で最も警戒すべき旋棍使い。アギにしてもユーマにしても、今回の事件において最も拘らざる得ない強敵。

 

「《用心棒》だったら、《Aナンバー》総出でフクロに」

「そうじゃねぇって。そういうんじゃなくて」

「冗談だよ。……わかってる」

 

 アギが漠然と抱えている不安をユーマは察することができた。

 

 自分も同じだったから。

 

「アギは勝ちたいんだよね。たとえあの人に敵わなくても、負けたままの自分じゃいられないから」

「……ああ」

 

 頷いた。

 

 これは護衛の任務とは別にアギが自ら掲げた課題だ。《盾》と共に奪われたプライドを取り戻す。その為にもアギは《用心棒》に挑む覚悟がある。

 

 けれど。アームガードに頼った《幻想の盾》しか使えない今の自分では、リュガ1人を押さえ込むのがやっとの実力。いくら考えても勝機を見出せない。

 

「お前の意見が聞きてぇんだ。攻略法、あるか?」

「ある。にはあるような、ないと言ったらないような……」

「……どっちだよ」

「その前に俺から2つ訊いてもいい?」

 

 ユーマが訊ね返して意見を求める。

 

「《用心棒》。あの人はクルスさんと同じ《闘士》で間違いない? クルスさんと比べてあの人の実力をどう思う?」

 

 アギは少しだけ逡巡して1つ目の問いに「多分」と、曖昧に答えた。《避重身》や《武装解除》をはじめとする高度な烏龍流の技を使うことから、まず間違いないと思う。

 

 ならば2つ目の問い、学園最強と比べてどうかといえば、正直アギは答えに窮する。

 

 《用心棒》の本気。《闘士》としての彼の戦闘は、アギも目にしていないのだから。

 

「わかんねぇ。でも《用心棒》が先輩ほど『闘気を練る』ことができるつうなら」

「なら?」

「烏龍流を極めてる方が上だ。先輩は《闘士》だけど剣士で、烏龍流にはそんなに拘っていねぇ。《用心棒》ほど業は修めてねぇはず」

「……そっか」

 

 条件付きで《用心棒》≧《剣闘士》といったところか。

 

 ユーマが神妙に頷き、真剣に何かを考える様子をみていると。ふとアギは少し前のことを思い出した。

 

 

(そういえばこいつ。前に先輩に……)

 

 

 ――俺、負けたんだ。全部出し切って負けた

 

 ――弱いって……守れないって言われて……負けたんだ

 

 

 つい最近、ボロボロに打ちのめされたこの少年を背負って帰った日があった。あの日ほど沈み込んだユーマをアギはそれから見たことがない。

 

 けれど次の日にはもう平然としていた。あまりの変わりなさに拍子抜けしたことをアギはよく覚えている。

 

 

(お前は……もう乗り切ったのか?)

 

 

 敗北を。あの時はどうやって気持ちを切り替えたのか。今なら訊ねてみたい気もする。

 

「それじゃあ、俺の意見を言うよ。……アギ?」

「……え?」

「聞いてた? 《用心棒》の攻略法。そりゃあ参考になるかわかんないけどさ」

「悪ぃ。もう1回頼むわ」

 

 改めてユーマは説明した。

 

 

「まず《用心棒》で1番気を付けないといけないのは《武装解除》。あの人はあらゆる攻撃に《武装解除》を織り混ぜてくるから、まず武具で防御したらいけない。戦士系の殆どの人が武器を手に戦うんだから、《武装解除》1つで戦闘力を根こそぎ奪われてしまう」

 

 その通りだ。現にリュガは大剣を簡単に弾き飛ばされてしまい、アギに至っては武装術式である《盾》を無力化されてしまった。

 

「リュガとかエイリークとか、武器を使う戦士系は不利。ならアイリさんみたいな魔術師による遠距離攻撃だったらどうか」

「それも厳しいんじゃねぇか?」

 

 アギが口を挟んだ。

 

「《気》の使い手は気配察知に優れてる。《用心棒》もそうだろう。《気》の扱いに未熟な俺だって集中すりゃあ10メートル離れた位置から背後を撃たれても反応できるんだぜ。近接戦に弱い魔術師じゃ、移動術式で距離を詰め寄られでもしたらお終いだ」

「そうだね。魔術師の攻撃は確かに強力だけど、前衛のフォローが必ず必要になる。なら、《用心棒》に立ち向かえる前衛ってどんな人?」

「そりゃあ……」

 

 戦士系の……と言いかけてアギは少し考えた。

 

 《武装解除》の影響を受けない戦士系。そんなの考えるまでもなく1つしかいない。

 

「武器を使わない格闘系だ。 ヒュウや……俺みたいな!」

「そうだよ。ヒュウさんがいない今、もしも『俺達』だけで《用心棒》と戦うことになったら」

 

 《用心棒》に近接戦を挑んでも戦闘力を損なわず、旋棍の攻撃に耐え切れる。そんなことができる可能性が高いのは、格闘系戦士で防御術に長けたアギしかいない。

 

 

 マッチアップ・ゾーン戦術。ユーマの考える対《用心棒》戦はこうだ。

 

 基本はアギのワントップ。仲間たちの壁となり、《用心棒》の動きを正面から抑え込むその隙を3人で攻め立てる。ユーマはアギのフォローとして近距離から攻撃と牽制に専念、《用心棒》の集中力を殺いだところでアイリーンが、攻撃の要として遠距離から魔術攻撃を行う。

 

 彼女が身につけた新術式《氷流星》は、上空からの攻撃で敵の死角を突くもの。他にも《銀の舞台》から繰り出す真下からのピンポイント攻撃も有効となるだろう。リュガの大技だって決まればデカい。場を仕切り直すのにも期待できる。

 

 

「防御を捨てて、皆の全力攻撃を波状攻撃で繰り出し続ければ勝ち目はある。けどリスクは当然高い。攻撃は最大の防御、って言うけどね」

「ユーマ」

「けれど俺はこう言うよ。防御こそ攻撃の起点だって。皆が受けるはずの攻撃をアギが全て、1撃でも多く受けて耐えて、《用心棒》の隙を作って……アギが俺達に、《用心棒》を倒す機会を1度でも多く与えてくれるのなら」

「……へっ。攻略法っつても、いつもと変わんねぇじゃねぇか」

 

 拳を強く握り締めて、アギは鼻で笑ってやった。《盾》があろうがなかろが、自分の役回り――仲間を守ることには変わらない。そう再認識したから。

 

 その上でユーマは言ってくれた。自分がいれば、《用心棒》にも勝てるのだと。自分を必要としてくれる仲間がいることに胸が熱くなる。

 

 《用心棒》を倒すのはそんな単純なことでないのはわかっているけれど、この期待に応えなければ、男じゃない。

 

「いいぜ。やってやる。《用心棒》のトンファーなんざ、俺が全部受け返してやる!」

「その意気だよ。俺は『エースでフクロ』作戦を勧めるけどね」

 

 夜中にも関わらず、気合を入れてテンションを上げていくアギを見てユーマは思った。「単純だなぁ……」と。「ずっと悩んでいるよりはマシかな」とも。

 

 フォローはこんなものでいいだろうと思う。あとは。

 

 

「もう少し勝率を上げてみるか」

「ん?」

「アギ。今からちょっとだけ特訓しようか。次から《盾》を奪われないように」

「……!」

 

 それは以前ユーマが学園の大図書館《塔》、その地下に存在する《迷宮》で発見してきた、とある術式。これを今アギに伝えようとユーマは考えた。

 

 もしもアギが《盾》を取り戻したところで、《武装解除》を受ければ元の木阿弥にしかならない。この新術式は、アギにとって《用心棒》対策以上に彼の力になるはずだ。

 

「理屈は簡単だし向いてるんじゃないかな? アギの力の底上げにもなると思う。やってみる?」

「ああ! こうなりゃなんだってやるぜ!」

 

 強くなれるのなら。もう1度、やり直せるのなら。

 

 アギは今朝誓ったのだ。己の再起を。

 

 打倒《用心棒》を掲げ、このあとユーマの指導によるアギの訓練は夜明けまで続いた。

 

 

 だからだろうか。

 

 アギは《用心棒》に拘るあまり、『奴ら』の存在を少なからず軽視してしまう。

 

 《用心棒》ではない。思わぬ相手が自分を窮地に追いやるとは想像さえできなかった。

 

 +++

 

 

 学園都市北区。再起塾のアジトだった廃倉庫。

 

 戦うのは《青騎士》、《獣姫》。そして《用心棒》。

 

 

 3人のエース級が1時間も繰り広げた激闘は、遂に終局へと突入した。

 

 《青騎士》の《水弓》が放つ矢の連射を《用心棒》は両腕の旋棍で尽く弾き返す。だがしかし体にどこか不備があるのか、常に無表情を徹していた彼の表情が苦悶に歪むことが多くなってきた。

 

「くっ」

「以前と比べ動きが明らかに鈍い。やはりセルクスの一撃は効いていたか。いけるぞ」

「……本当に強いな。君たちは」

 

 まだだ。《用心棒》の目は死んではいない。まるで戦鬼いくさおにのようだとクオーツは思う。

 

 2人がかりの猛攻に晒されて見るからに消耗し、受けたはずのダメージを鑑みても立っているのがやっとのはずなのに、それからがしぶとい。

 

 戦いが長引くに連れて次第に鋭くなってきた男の双眸。それが手負いというよりも飢えた獣を連想させることがまた恐ろしい。戦意がまったく衰えていない。

 

 まさか。まだ、本気ではないのか?

 

 2人のエースにそう思わせる程の不気味さが、今の《用心棒》にはある。

 

 

 油断なく構えを取る《青騎士》と《獣姫》。彼らを前にして、《用心棒》は静かに口を開いた。

 

 それはまるで、自嘲するような苦笑。

 

「血筋、なんだろうな。闘って……愉しいと思ってしまうのは。強い相手がいれば尚更」

「……まだ続ける気か? 正直『2対1』ではお前に勝ち目はないと思うが」

「生憎。そう言われて退くような性分じゃないんだ。それに。『1.5対1』ならば勝敗はまだわからない。持久戦もどちらが有利か」

「……」

 

 気が昂っているのだろうか。《用心棒》は珍しく饒舌だった。クオーツは反論しない。

 

 それで何を思ったのか。《用心棒》は道着の懐に手を伸ばした。

 

「? 一体何を」

「足留めはもう十分だろう。《青騎士》、それに《獣姫》だったか? 次で最後だ。今夜はもう1度だけ、俺と手合わせ願おう」

「なっ」

 

 ここへ来て稽古をつけるような言い草。挑発だとしても驚くしかない。

 

 《用心棒》が懐から取り出したのは、短冊状の2枚の紙。クオーツは札の正体をすぐに見破るも、それ故に驚愕する。

 

「とっておきの札だ。『あいつ』ほどではないが、芸を見せよう」

「符術だと!? しかも、その札はっ!」

 

 次の瞬間。札を媒体にして新たな《用心棒》が2体現れる。

 

「紙兵戦術壱式。《紙身分身》」

『フ、増エタ! マサカアイツモ……変態ナノカ!?』

「待てセルクス。あれはミストのような似非忍術じゃない! 気をつけろ!」

「「「……」」」

 

 

 *ミスト・クロイツ=変態

 

 いくら3人に増えようが《用心棒》のツッコミスキルは上昇しない。概ね正しいというのも彼の見解だったり。

 

 

 驚いた故のボケはスルー。3人の《用心棒》は、それぞれに旋棍を構えて言った。

 

「基本に従えば、大型魔獣を相手に1人で相手するのは無謀だった」

「ならば。3つ首の魔獣に対してこちらも3人」

「さあ。君たちはどう出る?」

 

 彼らは僅かに口を歪め、笑っていた。闘いを楽しむように。

 

 単純な戦力比2対3、あるいは1.5対3。どちらにしても形勢が《用心棒》の方へと大きく傾く。

 

 

 紙兵戦術。この技を切り札とする《符術師》を、クオーツとメリィベルは学園で1人しか知らない。

 

 

「いかん。狙いはお前だ、セルクス!」

『――ッ!?』

 

 クオーツが注意を促すがもう遅い。

 

「いくぞ。烏龍流……」

「「「疾風怒涛!!」」」

 

 手負いとは思えぬ突進。牽制の火炎放射が放たれるよりも早く《用心棒》が全員、魔獣のそれぞれの鼻先に詰め寄った。

 

 ケルベロスの3つの頭全てに、旋棍の打突が炸裂。

 

『~~~ッ!? マダダ。ソンナノ……メリィに効クモンカ!』

「やはり。通常の打撃は通りにくいか」

 

 《魔獣形態》のメリィベルは防御力及び耐久力が常人と比べ非常に高い。先制攻撃こそまともに喰らい怯みはしたものの、クリーンヒットの1発や2発では倒れるまで至らない。

 

 しかし接近を許してしまい今の間合いは、魔獣の姿のままでは不利だ。近すぎる。

 

 多少のダメージは覚悟の上でメリィベルは反撃に出るも、しかし《用心棒》の攻撃はまだ終わっていない。

 

 彼は再び懐へ手を伸ばす。魔獣の目の前にばら撒いたのは、新たな札の束。

 

 紙兵の札ではない。これは全部、攻撃術式の札だ。

 

「ならば属性攻撃はどうか。火を噴く魔獣なら例えば、氷」

『ッ!?』

「烏龍流拳術の『亜種』。氷華乱符」

 

 拳の乱打。3人の《用心棒》は、魔獣に氷属性の札を直接、幾度と無く叩き込む。

 

 弱点を突かれたメリィベル。《魔獣形態》によって《幻創》したケルベロスの巨体は、氷の拳を打ち込まれる度に黒の毛皮を引き千切られ、全身をズタズタにされていく。

 

 とどめは3人同時に放つ《拳砲》。無残な姿となった『ケルベロスの着ぐるみ』は最後、倉庫の壁へと叩きつけられ、沈黙した。

 

「――御免」

「セルクス!」

「《青騎士》。あとは君だけだが」

 

 いつの間にか《用心棒》は1人に戻っていた。紙兵による分身の効果が切れたらしい。

 

 それでもクオーツは何かを恐れるように後退した。左肩を負傷した今の彼は槍が満足に振るえず戦闘力が半減。これも《用心棒》には見抜かれている。

 

 クオーツは弓を構えたまま、疑問をぶつけた。

 

「《用心棒》。お前は一体……何者なんだ? 学園都市に登録されているエース資格者でもなければ『学生でさえない』。それにあの札は……」

 

 学園の誇る《Aナンバー》の1人、《一騎当千》のブソウ・ナギバが使用している札と同等のものだ。

 

 東国系の容姿からみて彼縁の者なのか? それとも。

 

「リーズ学園の、関係者なのか?」

「……」

 

 《用心棒》は答えず、旋棍を騎士へ向けて構えた。

 

「……」

「……そうか。ならば仕方がない」

「何?」

「――構うなっ、やれっ!!」

 

 この時。《用心棒》は決して油断していなかった。けれど。完全に気配を断ち切ってみせた『彼女』に、隙を突かれた。

 

 やられた魔獣は『抜け殻』だ。本体である彼女は直前で着ぐるみから抜け出して機を伺っていたのだ。

 

 溢れんばかりの殺気を抑えて、《用心棒》を狩り取る瞬間を。

 

 

「おおおおオオおおおおお―-!!!」

 

 

 咆哮して彼女は潜んでいた天井を蹴り、急降下して跳びかかった。素肌を晒す彼女の色は黒。無造作に伸ばした銀髪も爪までも、ケルベロスと同じ色を纏っていた。

 

 それは、ヒトのカタチをとった魔獣だった。

 

 

 着ぐるみ、《魔獣形態》。そしてもうひとつ。

 

 《獣姫》メリィベル・セルクスの切り札たる、最後の『変身』。

 

 

 

 

 ハウンド・ナックル。

 

 《獣姫》が繰り出した拳の1撃は、《用心棒》にクオーツまでも巻き込み、倉庫を崩壊させた。

 

 +++

 

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