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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
182/195

アギ戦記 -護衛2日目(夜) 4

真夜中の出来事。アギとマイカその2


*文章ちょっぴり増量

 

 +++

 

 

 涙目で鼻を抑えるアギは思った。いったい、何発殴られただろう?

 

 

 体を張って墜落するマイカを庇うことができたものの、彼女はうしろから抱きしめられた『何か』をおばけだと勘違いして大パニック。下敷きにしたおばけから離れようと形振り構わず暴れだしたしたかと思えば、次におばけの正体がアギだとわかると今度は羞恥で狂乱した。

 

 彼女が我を取り戻したのはそれか約5分後のこと。束ねた燈色の髪を振り回して悪鬼の如く暴れ狂う彼女がアギの顔面に後頭部ヘッドバッドを炸裂させ、互いにダメージを被ったあとである。

 

 

「……おい。いい加減落ち着いたか」

「……ええ。だからこっち向かないで」

 

 マイカは顔も合わせず、そっぽ向いて答えた。顔を火照らせているのは激しい運動の後だからというだけではないらしい。アギの隣にやや距離を置き、自分の体を抱くように胸のあたりを隠してぐったり座り込んでいる。

 

 墜落から助かったなんて『些細な事』は、彼女の頭の中からとっくに抜け落ちてしまっていた。彼の登場はマイカにすれば完全な不意打ちだった。

 

 人の目も気にしていない、練習着というには部屋着同然の姿。しかも全身汗だくの擦り傷だらけ。下着が透けて見えていないだろうかと気になってしょうがない。醜態を晒したこともさることながら、我に返った彼女は今の自分の格好が恥ずかしかった。

 

 アギから見れば他所を向くマイカが今、どんな顔をしているかまではわかっていない。ただ。戦士系の学生で、やや体育会系の思考を持つ青バンダナの少年に乙女の機微が理解できているとは思えない。

 

 

「怪我してねぇよな?」

「平気よ。いいからあっち向いてて」

「本当か? ちゃんと確認しろよ。暗いなら明かり、そっちに寄越すけど」

「いいわよ! そのカボチャ、あたしに近づけないで」

 

 彼なりに気を遣いジャックランタンを近づけようとしたら、本気で嫌がられた。

 

 後に聞くと。宙に浮く人面カボチャの恐怖は、意外と怖がりだった彼女にちょっとしたトラウマを与えたという。

 

「大体なによそれ。それも幻創獣ってやつでしょ? これはないわ。気持ち悪いし可愛くない」

「そこまで言うか? 見てくれは悪ぃかもしんねぇけど、色々便利なんだぜ。こいつには『自動追尾モード』つうのがあって、勝手に付いて来るから手も塞がらねぇし」

「知らないわよ、そんなの」

 

 説明は突っぱねられた。

 

 

 少し説明すると。元々このジャックランタンは《エルドカンパニー》が開発した試作型の幻創獣だ。新機能のテストモニターとしてユーマがアギ達に貸し与えたものでもある。

 

 学園の《天才》、ティムス・エルドが現在研究中の『自律制御の術式プログラム』を試験的に組み込んだ幻創獣の照明。完成の暁には夜間警備の任務が多い自警部や学外警備隊に売り込むつもりでいるらしい。

 

 

 それはともかく。マイカの機嫌は治るどころか一層悪くなる(ように彼には見えた)。アギにすれば、先日彼女がPCリングに興味を示していたことを踏まえて話を振ったわけだが見事に当てが外れた。黙り込んだ彼女が発する空気が肌に痛い。

 

 困ったアギは手慰みに幻創獣の操作を自動操作オートから思考操作マニュアルに切り替えると、ちょっとしたゲーム感覚でジャックランタンにマイカが落とした手持ち式ランプを拾いに行かせた。しばらくして真っ赤に目を光らせた小さなカボチャは、アギの操作に従って戻ってくる。

 

 大きく裂けた口にランプを咥えたその様子は、見る人から見ればやっぱりホラーなのかもしれない。

 

「ほらよ。こんなことだってできるんだぜ。すげぇだろ」

「別に。ランプくらい、こんなの使わなくたって手で持って使えばいいじゃない」

「そりゃまあ……そうなんだけどなぁ」

 

 これも彼女のご機嫌取りにはならなかったらしい。カボチャの名誉挽回(?)にも。

 

 マイカは睨みつつも、恐る恐るランプを受け取った。アギは機嫌を損ねた彼女の扱いに困る一方で「戦士系と一般生徒の、考え方の違いなんだろうなぁ」などと考える。

 

 夜戦、特に警戒時において片手をランプで塞ぐこともなく両手が自由に使えるのは咄嗟の事態に対応しやすい、というのが彼の意見だ。

 

 ただ。アギには「戦闘では邪魔になる」といった理由とは関係なく『ゲンソウ術を使ったランプ』を使わない理由が1つあって。

 

「……丁度いいか」

 

 話のネタにはなるだろうとアギは思った。

 

「ランプ。ちょっと貸してくれ」

「えっ?」

「俺さ、《灯火》の術式ってあんま得意じゃなくてな。……これ壊れてねぇよな?」

 

 アギはマイカから受け取ったランプの具合を確かめると、明かりを灯してみせた。

 

「あっ――」

 

 淡く輝く青い《灯火》を見て、マイカは息を呑み込む。

 

 光は決して闇を払い、遠くを見渡せるほどの力強いものではなかったが、夜に溶け込むように深く、やさしい色をしている。

 

「アギ。これって」

「俺の《灯火》の色、夜使うにはちょっと暗いんだよな。自警部の手伝いなんかで夜廻りする時も不便でさ、ユーマからこの幻創獣を借りるまでは油使う古いランプ使ってたんだ。あれは熱いし燃えるし、匂いもキツイ。だから俺にはこいつがすげぇ便利なんだ」

 

 アギはカボチャの幻創獣を見て言った。

 

 マイカが余りにも嫌うものだから気になったらしい。まるでカボチャのことを弁護して仲立ちするような言い草だった。

 

「歌の姫さんも使ってみたら気に入ると思うぜ。こんな真っ暗ん中ランプ持ったまま踊るよりは、こいつが傍にいて周りを照らしてくれた方が踊りやすいんじゃねぇか?」

「それは。そうかもしれないけど……」

 

 曖昧な受け答え。マイカは何に惹かれたのか、アギが《幻創》した光に見入っている。

 

「……ううん。やっぱりあたしは……カボチャなんかより、こっちの光がいいわ」

「そうか?」

「ええ。人の心から放つ光。人の心を現す色。だから綺麗なのよ。……ねえ知ってる? 《灯火》の色のこと。これってあんたみたいに人によって色や輝き方に違いがあるのよ」

 

 それはアギも知っている。

 

 ゲンソウ術で創る光は無意識でも術者のイメージが強く反映され、その人の心の在り方やその時の心理を表すという説がある。

 

 けれど。次にマイカが話す話題はアギにとってちょっと意外だったもので。

 

「今ね、あたし達の中で《灯火》を使ったうらないが流行っているの。性格や心理、相性とかを調べるやつ」

「う、占い?」

「何よ。その信じられないって感じ。結構当たるんだから。例えばあんたのような青系の光は……誠実で慎重で、忍耐強い。あるいは知的で上品。そんな人に多いらしいわ」

「……ぜってぇガセだろ?」

 

 知的で上品? 自分には当てはまらないだろう内容にアギは胡散臭さを感じてしまう。

 

 強いていうならば『忍耐強い』が該当するかもしれないが。

 

「そんなことないわよ。他にもプライドが高くて見栄っ張りで負けず嫌いで。総じて頑固なほど意志の強い人。それが青よ」

「ふーん。じゃあ赤は?」

「溢れる活力。強い好奇心。攻撃的。怒りっぽい」

「……当たってるかもしんねぇ」

 

 リュガのことである。

 

 ほらね。と言わんばかりに笑顔を見せるマイカ。どうやらこの手の『うらない』と呼ぶものは「当たる・当たらない」ではなく、「合ってる・合わない」を話題に花を咲かせて騒ぐものらしい。勿論何かの指針として真剣に検討する人もいるだろうが、大抵は雑談のネタである。

 

 信じる信じないは別の話として。アギも少し興味が湧いてきた。例えば他の仲間たちはどうだろう。

 

 アギの知る範囲で例を挙げてみると。エイリークの《灯火》は緑系。だが緑モヒカンが特徴のヒュウナーは意外にも黄系だったりする。ブソウは茶系。

 

 ユーマは白だ。それとアイリーン。彼女はイメージから青系と思われがちだが実は……

 

 

「聞くだけなら面白いかもな」

「でしょ? 他の色もあたし知ってるわよ」

「なら……燈色は?」

「……えっ?」

「歌の姫さんの色だろ。燈って、どんなんだ?」

 

 マイカの《灯火》を見たのは昨夜のことだから、アギはよく覚えている。陽の光を連想させるあたたかな色。

 

 話題に乗って1番に訊ねてみると、マイカはなぜか言葉に詰まって、

 

「……秘密」

「は?」

「だから内緒。いいじゃないあたしのことなんて。忘れたからこの話は終わり!」

「なんだそりゃ」

 

 理不尽に打ち切られた。

 

 そんなだから。マイカが真っ赤になる理由がアギにわかるわけがない。

 

 

 ちなみに。

 

 燈にみられる人の性質は「明るく活発」「健康的な魅力」「光へのあこがれ」。

 

 「目立ちたがりや」。またこれらに反して……

 

 

 それともうひとつ。彼女の知るうらないによると、燈と青の相性は……

 

 

「姫さん?」

「……そういえばあんた。どうして名前で呼ばないの? 姫さんとか委員長とか、女の子はみんなアダ名で呼んでるわね」

「……うっ」

「ずっと気になってたのよね。あんたの場合、馴れ馴れしいというよりも……」

「べ、別にいいじゃねぇか。人のことどう呼ぼうとも」

「よくないわよ」

 

 またもや話題転換。不意打ち気味に痛いところを突かれたアギはたじたじに。

 

「ほら。あたしの名前、呼んでみなさいよ。パウマは普通に呼んでるじゃない」

「あいつはいいんだよ。きょうだいみてぇなもんだし」

「……ふーん」

 

 アギはこの話題に関して無言を貫いた。マイカはジト目。

 

 あやしい。なにかある。これは今度、パウマかヒサンあたりに訊いてみようとマイカはは考えた。

 

 

 話が途切れると急に静かになった。

 

 真夜中の、薄暗い講堂の中で2人きり。少しだけ昨夜の、打ち上げの合間に2人で夜風に当たっていた時のことをアギは思い出す。

 

 

 ――学園都市を出て行くって、本当なのか?

 

 

 なんとなく自分からは声が掛け辛い。

 

 それで沈黙に耐え切れず、先に口を開いたのはマイカの方。

 

「今更だけど。どうしてこんなとこにいるの? もう日付も変わってるわよ」

「夜番の見廻りだ。姫さんこそ。秘密特訓か何かか?」

「そんな大したものじゃないわ。床張りの広い場所はここしかなくて、今の時間しか使えないだけ。勝手に使ってるのはシスターに内緒なんだけど」

 

 彼女の説明だと、月の明るい日は中庭の空き地でも練習しているらしい。今日アギ達がテントを張って泊まっている場所だ。

 

 アギは色々と納得した。

 

「それで外にバレないように講堂の明かりを使わなかったのか。でもよ。空中ジャンプなんて危険な技、1人でやるもんじゃねぇぜ。たまたま俺が見廻りに通りかからなかったら大怪我どころじゃねぇ。一体どうす……」

 

 あれ? たまたま? 本当にそうか?

 

 

 ――だったら先に分棟の方に行って欲しいんだ

 

 ――あと夜更かししないようによろしく

 

 

 彼女が講堂に居ることを知って、自分を誘導した奴がいる。

 

 

(ユーマ、あいつ何を考えて……)

 

 

 夜目で気が付かないが、今もマイカの頭の上にはユーマの精霊が乗っかっているのではないか? アギは目を凝らしてみたけれど、あのクッキー大好きな羽付き妖精の姿はどこにも見当たらない。(*精霊には非実体化したステルスモードがあります。しかも省エネ仕様)

 

 一方でマイカはというと、アギに突然ジト目で睨みつけられ、彼女は咎められているのだと勘違い。バツの悪い思いをして口を開いた。

 

「……わかってるわよ。さっきはちょっぴり危なかったことくらい」

「ちょっぴりかよ」

「でも。今夜は多少無茶でもいけると思ったの。今日1日を振り返りながら体を動かしていたらね、もう止まらなくて」

 

 楽しくて、心が弾んで。今ならどこまでも跳べる。そう思えたから。

 

「だからって後先考えろよ。先にマットとか布団とかを敷いて置くとか」

「うるさいわね。助かったから別にいいでしょ」

 

 そんなことより。とマイカはまた話題を変えアギに訊ねた。

 

 

「ねえ。あんたから見てセイカ女学院てどう?」

「どう?」

「ここって実はお嬢様学校というより修道院に近いの。聖女様の教えを学んでお祈りして、放課後は奉仕活動。そんなのがずっと毎日。朝も早いし外出も制限されてる。学園祭みたいな『楽しいイベント』もなーんにもなし」

 

 訊ねてきたと思えば愚痴だ。マイカは母校への不満を延々と語りだしてきた。

 

「修学旅行だって聖地巡礼なのよ。つまらないじゃない。ここは刺激がまったくないの。こんな生活1年も続けていたら、誰だって退屈で死んじゃいそうになるんだから」

「そんなもんか? でも、『そういう学校』なんだろ、ここ」

「それを言ったらおしまいよ。いくら由緒ある学校だとしても、閉鎖的になったら駄目。もっと視野を広げて、いろんなことに目を向けなくちゃ。あたしはそう思う」

「じゃあ。姫さんや委員長がわざわざ学校を抜けだしてライブを始めたのは」

「そ。真面目で堅物な『あの』イレーネを仲間に引き込むのは骨が折れたわ」

 

 それが今では《歌姫楽団》の活動を一手に担い、イベントを企画する団長様だ。今以上に堅物だった彼女を思い出しては、マイカはおかしそうに微笑む。

 

 つまらない日常を打ち破りたい。それが《歌姫》の動機。はじまりだった。

 

 

 きっかけとなる出会いがあって、それからは全部手探りだった。ブレーン役にイレーネを迎え入れたところでイベントを興そうにも、音楽は3人が3人共さっぱりだったから。

 

 

「買い出しなんかで時々学外へ行くとね、路上で楽しそうに楽器を演奏している子たちをよく見かけていたの。それがあんたも知ってるパウマ達」

「あいつら?」

「実はね。前にパウマとヒサンからあんたのことも少し聞いているの。どんな内容か知りたい?」

「いいや。どうせ碌な事言ってねぇだろ? ……王様馬鹿とか」

 

 マイカは「正解!」と笑った。

 

 

 ずっと気になっていて興味があった。それでいざ音楽をやろうと決めた時。1番に声をかけたのだが……何せセイカ女学院の生徒は学園都市きっての『箱入り育ち』。マイカもそれは同じで(*当時は)、他校の生徒にいきなり声を掛けるのにものすごく緊張してしまった。

 

 何度もすれ違う振りをしては失敗して、結局勇気を振り絞って「仲間に入れてほしい」と告げるのに3日もかかった。

 

 

「彼女たちに音楽のことを色々と教わりながら一緒に路上ライブをはじめたのがあたし達《歌姫楽団》のはじまり。当時は名前も決まってなかったけどね。楽器もやってみたけどすぐには上達しなくて、でも音楽はそれだけじゃなくて。あたしにもできことがわかったらすぐに夢中になった。それからは毎日放課後になるのが待ち遠しくて、“今日は何をやろう?”“どうやって学校を抜けだそう?”なんて考えるだけでいつも楽しかった」

「今もそうなんだよな?」

「勿論! もう病み付きよ」

 

 音楽ってすごいんだから。マイカは目を輝かせてそんなことを言う。

 

「あたしの世界は変わった。音楽と、音楽が繋いでくれた沢山の人たちが、あたしの世界をこんなにも大きく広げてくれた。これまで1人で燻っているのが馬鹿みたいだったわ。女学院の外へ、たった1歩だけ踏み出すだけで“あたしにはこれしかない!”そんな風に心から思えるものにすぐ出会えたんだから」

 

 マイカにとってそれが音楽で、ライブだった。

 

 路上ライブを通して、《歌姫》の歌に惹かれて集まってきた仲間たちがいた。ファンという人たちまで現れた。

 

 彼らと協力して少しずつお金を集め、時間を掛けて少しずつ準備をして。初めて学芸会館のステージを借りることができた時は大騒ぎだった。本物のライブができると。

 

 ひとつになって大きなことを成し遂げた達成感。それは女学院の中にいては味わうことのできなかったおおきな喜びだった。

 

 

 マイカは初めて本物のステージに立った、その時の感動を今でも忘れられない。

 

 皆から受け取った身を焦がすほどの熱も、《歌姫》が起こした奇跡も。

 

 

「多くの人と分かち合い、ひとつになる。それはとてつもない力を生み出す。あたしは、みんなのおかげで満たされた。音楽を通じて大切なことを教わった。だから今度はあたしの番だと思った」

「どういうことだ?」

 

 マイカはいきなり立ち上がるとこれ以上無く強く、宣誓するように告げた。

 

 

「あたしが受け取った熱や感動を、今度はみんなに伝えたいの。もっと多くの人にあたしが貰った力を与えたい。あたしはきっと、その為に生きて、これからもステージに立ち続けるんだわ」

 

 

 まるでそれが使命だというように。迷いのない、晴れやかな笑顔だった。

 

 だったら――

 

 

「……じゃあなんで」

「アギ?」

 

 そこまで聞いて、聞いたからこそ。アギは不可解に思った。

 

 もう。訊かずにはいられなかった。

 

「なんで歌の姫さんは……女学院を辞めるだなんて言うんだ? 学園都市を出ていくなんて言うんだよ」

「あっ……」

「再起塾に狙われたせいで姫さんの立場が危うくなってるのはわかってる。でもライブはどうするんだよ? ステージは? もう歌わねぇって言うのか。違うんだろ?」

 

 そうでなければ、今日だって夜中に練習なんてしないはずだ。

 

 昨日からどうしてもアギは納得できなかったのだ。彼女が去る理由がいったい、どこにあるというのだと。

 

 アギの問いかけにマイカは口吃った。すぐに答えを返せないでいる。

 

「数日もすれば『奴ら』はいなくなって事件は片付く。それじゃ駄目なのか? 姫さんは俺に言ったじゃねぇか。ステージはみんなでつくる舞台、誰一人欠けても成り立たないって、そうなんだろ? なのに……残された委員長やパウマ達はどうするだよ? ファンの奴らは? あいつらと別れちまっていいのか!」

「それはっ」

「俺にはわかんねぇんだ。学校を辞めるのはともかく、学園都市まで出ていく必要はねぇじゃねぇか。わかんねぇけど、どうしてもセイカ女学院を辞めなきゃなんなくて、姫さんの居場所がねぇっていうのなら……」

 

 心の中に溜め込んでいた疑問。アギはマイカに向けてぶつけるように言葉を捲し立ると、最後に言った。

 

「だったら。事件が解決して女学院を辞めたら……俺達の所へ来い。リーズ学園へ!」

「!」

 

 アギからの意外な提案にマイカは驚き、目を見開く。

 

 それは彼の思いつく、ユーマが教えてくれた最善策。

 

 

 当時の学園は先の《皇帝竜事件》で多くの退学者を出してしまい、50名以上もの学籍が空いていた。それで新規編入生を募集しているのだが、ユーマの話ではその推薦枠がまだ残っているのだという。

 

 つまり。今ならばマイカを編入生として、学園に迎えることが可能だというのだ。

 

 

「ユーマが言ったんだ。『リーズ学園とその系列校』は、エース資格者5名以上の推薦があれば編入試験だってパスできるんだ。だからさ、姫さんが望むのなら学園、学園都市に残ってライブを続けてもいいんだよ。これからも、みんなと一緒に!」

「アギ……」

「エースの推薦も問題ねぇ。ユーマにヒュウ。ヒュウの先輩である忍者の先輩。ブソウさんは俺とリュガで説得してやる。あと1人は……」

「どうしてそこまでしてくれるの?」

 

 真剣な響きをもった声がアギの言葉を止めた。

 

 マイカはアギと目を合わせて向き合うと微かに微笑み、

 

「あたしがいなくなるのは、寂しい? もしかして。実はあたしに惚れてたことに今更気付いたとか」

「……そんなんじゃねぇよ。俺は真面目に」

「ありがと」

 

 茶化すなと言わんばかりに顔を顰めたアギに、マイカはもう1度、とっておきの笑みを返した。

 

 自分に向けられたその笑みが――先ほど冗談を言ったとは思えないほど――あまりにも真剣な表情をしていて、またあまりにも綺麗で、アギは息を呑む。

 

 

 十分だった。目の前の少年がこんなにも気にかけてくれた。それだけで嬉しい。

 

 けれど。もう決めたことだから。彼女は揺るがない。

 

 

「……あんたも。あたしが《歌姫》だからそう言ってくれるの?」

「……何だって?」

「ううん。なんでもない。別にね、諦めたわけじゃないのよ」

「姫さん?」

「再起塾のことがなくったってあたしは、いずれ近い内に『外』へ出る気だった。自主退学を勧められてそれを受け入れたのも、時期が少し早くなったとそう思っただけ」

「だからそれはなんで……」

「あたしは、もう十分に教えてもらったから」

 

 マイカは言った。

 

「自分がやりたいこと、進みたい道を。学園都市にいるみんなが教えてくれた。あたしの夢、一生ステージに立ち続けたいという願い。あたしはもう学園都市ここでみつけることができたの。だったらこのままじゃいられない、もう突き進むしかないじゃない! 欲しいものがあるのに手を伸ばさないなんて、馬鹿のすることよ」

「……ああ。そうかもな」

 

 何故だか。アギは妙に納得してしまった。マイカがあまりにも『らしい』から。

 

 

 いくら『進むべき道』を定めたとしても、『そこに至るまでの道』が途切れていては夢には届かない。

 

 我流の限界。だからこそマイカは前へ進むことを決めたのだろう。

 

 

 アマチュアではなくプロとして。ステージに立ち続けるにはどうしたらいい?

 

 

 そう考えた時。彼女は探したのだろう。この先の自分が望むもの、必要としているものを。そしておそらくそれは女学院は勿論、学園都市のどこにもなかったのだろう。

 

 多分、リーズ学園にも。

 

 

「それにね。もう断ってたから」

「? なにがだ?」

「リーズ学園への編入の話」

「……はぁ? どういうこった?」

 

 驚くアギを他所にマイカは説明する。

 

「スカウト、て言うのかしら? 少し前に学園の生徒会にいるって人があたしを招待してきたの。女学院からこっちへ移らないか? って」

「生徒会。もしかして《会長派》か? どんな奴だ?」

「見るからに嫌そうな奴。『優秀な《歌姫》である貴女は学園の生徒に相応しい。その歌声、是非とも我々の為に』ですって。どこの何様なのか知らないけど、そんなんで靡くと思ってるなら100年早いわよ。あの時はおまけして『2年後にまた来なさい』って蹴り飛ばしてやったけど」

「……2年後なら姫さんも卒業してるじゃか?」

 

 これもまた『らしい』ので呆れて突っ込むしかない。

 

 だが。この話をもう少しだけ深く突き止めてさえいれば、アギはもっと早く事件の真相に辿り着けたのかもしれない。

 

「折角薦めてくれたけど、前科があってちょっぴり気まずいし、何よりカッコつかないのよね」

「なんだよ、そりゃ」

「あの時の奴があんたみたいに熱っぽく誘ってくれたなら違ってたかも。あたしのリーズ学園の制服姿、もう見れなくて残念?」

「……別に」

 

 からかわれている。そう思いアギはぶっきらぼうに答えた。あとマイカ(Ver.リーズ学園制服)なら昨夜の内にその目で《暗記》しているのだから特に問題ない。

 

 剥き出しの、健康的なおへそとかばっちり。

 

「……今。何を考えてたの?」

「なんでもねぇ。けどアテはあるのか? その、いきなり『外』へ出て」

「……すこしだけ。前に話したアニス様。南国に彼女の里があるの。そこへ」

「委員長達には?」

「話はしている。ほんとは夏期休暇に入ってから学校を辞めるつもりだったから、予定より早くてみんな驚いてたけど」

「……そうだろうなぁ」

「だからね。残りの僅かな時間。みんなと、学園都市ここでやれるライブの1回1回をあたしは大切にしたい。明後日のライブがきっと最後になる。だから……」

「ああ」

 

 アギは頷いた。マイカの望みを正しく汲み取って。

 

 

 彼女はいつだって輝いてる。自身の放つ光で輝くことができる。

 

 誰もが羨むほどに。前を向いて、自分を信じるままに突き進んでゆける。

 

 

 その心の強さを羨ましいとアギは思う。一足先に外の世界へ羽ばたこうとする《歌姫》。彼女の姿がとても眩しく見えたから。

 

(きっと。リュガが氷の姫さんの応援団やってる理由なんて、こんなんだろうなぁ……)

 

 応援したいと思う。味方でいたいと思う。もちろん人の盾にしかならない自分にできることなんてたかが知れているし、学園都市を離れようとする彼女に付いて行くわけにもいかないけど。

 

 それでも。マイカ・ヘルテンツァーという少女の在り方を知った今。たとえこれが一時の出会いだったとしても、彼女がここにいる今だけは――

 

 マイカの願いを、想いを守りたい。そう心から思えるから。

 

 

 アギは、隣の少女に手を差し出した。

 

「約束する。『奴ら』に邪魔なんてさせねぇ。姫さんと、姫さん達のライブは俺達が絶対に守ってやる」

「……うん。絶対よ」

 

 マイカは迷うこと無く少年の手を取った。

 

 姫君に捧げられた騎士の剣を受け取るように。慎重にそっと、厳かに手を繋いだ。

 

 重ねた手のひらは思いのほか厚くて、熱くて。無遠慮に握り返してくる力強さに彼女は、泣き笑いのようになる顔を必死に隠した。

 

 今、自分だけに向けてくれる彼の本気がとても嬉しかった。

 

 

 どくん。どくん。どくん。

 

 

 手を伝って自分なかへと溶け込んでいく、心地よい感覚。

 

 少年から受け取った熱さをマイカは、この先ずっと忘れない。

 

 

 そして。

 

 

(……ん? なんだ?)

 

 

 どくん。……どくん。

 

 

 繋いだ右腕に違和感を感じた。少女から受け取った熱に呼応して、脈動する『なにか』があるのがわかる。

 

 けれど同時にこうも感じた。自分にはまだ、なにかが足りない。欠けていると。

 

 

 いったい何が?

 

 

 

 

 アギの腕に眠る彼の《盾》。それは『封じられた彼だけのゲンソウ』と共に在って、

 

 まだ、目覚めない。

 

 +++

 

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