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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
181/195

アギ戦記 -護衛2日目(夜) 3

真夜中の出来事。再起塾編


《青騎士》&《獣姫》VS《用心棒》

 

 +++

 

 

 《拳砲》という技がある。『拳圧を飛ばす』という至ってシンプルなゲンソウ術、主に格闘系戦士が用いることの多い《現操》の拳技のことだ。

 

 基本威力は通常のパンチと同等。有効射程は3~5メートル程。

 

 格闘系戦士が遠距離戦を得意とする魔術師系に向かって牽制目的で使われる事が多い、そんな小技。しかし。ゲンソウ術の性能は個人の能力とイメージ、即ち《幻想》に大きく左右するものである。

 

 クオーツは改めて思い知った。初級術式に分類される《拳砲》でさえ目の前の道着男が使うのならば侮ってはいけないと。なぜなら。

 

 

 魔獣と化して強化されたメリィベルの爪撃を片腕でいなしながら、空いた方の手で放った無造作な一撃で、遠く離れた倉庫の壁に巨大な穴をぶち空けたのだから。

 

 

「なっ……!」

 

 彼の拳はまさに大砲だった。

 

 クオーツも『奴ら』のリーダーである男も。敵味方、驚かない者は誰1人いない。

 

 沈黙。その中でメリィベルの相手をしていた《用心棒》は、トンファーを振るって強引に彼女を退け距離を取らせると、背に庇う男に向かって口を開いた。

 

「行け。これだけの人数、倉庫ここへの侵入を許した分、外の警戒は薄くなるはずだ。あとはお前達だけでも抜けれるな?」

「……! 先生、あんたは……」

「エース資格者ならば誰を相手にしてもいい、だったな」

「…………すまねぇ」

 

 再起塾のリーダー格である男は、苦虫を噛み潰したような顔をして礼を言う。

 

 彼にとっても《用心棒》は得体の知れない且つ信用ならない男であったが、少なくとも『依頼主』に切り捨てられた挙句絶体絶命に陥った今の状況で尚、この凄腕の旋棍使いが味方であってくれたことは有難いことだった。

 

 

 《用心棒》が作り出した活路。男は生き残るために、壁に空いた大穴に向かって全力で駆け出し、仲間たちに向かって叫んだ。

 

「お前等! ここで捕まりたくなかったら俺様についてこい! 《蒼玉》なんざ蹴散らして行くぞ!!」

「行かせると思うな。3番、5番隊は左右から回り込め!」

 

 団長の指揮に従い速やかに包囲網を敷き直す《蒼玉騎士団》たち。脱出の意図を悟ったクオーツがすぐさま阻止にかかる。

 

「4番隊はその場で盾を構えて迎撃。1番2番隊、『奴ら』の背後から追撃を掛けるぞ。倉庫内から逃がすな……何?」

「――疾っ!」

 

 包囲が完成する直前、突如響き渡る裂帛した掛け声。同時に放たれたのは、旋棍。

 

 《用心棒》が左右に向けて投擲した2振りのトンファーは再起塾を捕まえにかかる騎士団達に襲い掛かり、同時に烈風を巻き起こす。

 

 竜巻が挟み撃ちにしようと移動する3番隊と5番隊の出鼻を挫いた。弧を描いて飛来する旋棍が脱出口の前に立ち塞がる4番隊、彼らが構えていた盾を全て弾き飛ばした。

 

 武器を取り落としてしまった4番隊。その隙を突いて学生崩れの少年たちがなりふり構わず倉庫の壁に雪崩れ込み、アジトを脱出していく。

 

 

「《武装解除》! まさか遠隔攻撃でも……マズい、セルクス!」

 

 たった一撃で包囲を崩されてしまった。クオーツは状況を打開しようとメリィベルと共に追撃に移る。

 

 だがしかし。彼らの邪魔をする者が1人。

 

 

「《用心棒》!」

「すまない。まだ、彼らを捕えられるわけにはいかないんだ」

「何?」

『グルゥゥウッ! 何ヲイッテル。メリィ達ノ、邪魔ヲスルナ!!』

 

 《魔獣形態》のメリィベルが、ケルベロスの三つの口から火炎の息を吐き出した。立ち塞がる男ごと『奴ら』を焼き払う気だ。だが迫り来る火炎放射を前にしても、《用心棒》は無手のまま、微動だにしない。

 

「烏龍流が掌術……」

 

 彼は両の掌を前に翳して、次の瞬間。

 

 

 パァァァァン!!

 

 

 耳をつんざかんばかりの乾いた衝撃音が場を支配した。

 

 《用心棒》は、柏手1つで魔獣の炎を掻き消してみせる。

 

「防掌壁」

『……ナッ!?』

「この男はっ!」

 

 出鱈目すぎる。ヒュウナーが名付けた《用心棒》と呼ぶこの男の実力は、桁が違う。

 

 メリィベルまでも絶句して皆に動揺が奔った。《蒼玉》の面々、特に3年生の中には、《用心棒》の姿を間近に見て敬意とも畏怖とも言えない表情をしている者もいる。

 

 

 苦戦は必至。クオーツは額に嫌な汗を滲ませて苦笑する。

 

「無茶苦茶だ。まるで《剣闘士》、あいつじゃないか」

「烏龍流の……旋棍使い。間違いない。団長、あの人はっ!」

「バルト」

 

 クオーツはかけられた声を遮り、正面を見据えたまま自分の副官に指示を下した。

 

「《蒼玉》の指揮権を君に預ける。全隊を率いて外にいる学外警備隊と連携、再起塾に追撃をかけろ」

「だ、団長?」

「後を頼む。俺とセルクスは……あいつを抑える」

「……っ、了解」

 

 クオーツとメリィベル、そして《用心棒》は、互いを牽制し合い、動かない。

 

 その間に《蒼玉騎士団》は散開。ある隊は《用心棒》が空けた大穴から、またある隊は侵入してきた経路を逆戻りして外へ。逃走する『奴ら』を追いかけた。

 

(……バルト?)

 

 クオーツは副官達が場を離れる直前で1度振り返り、複雑そうな顔をして《用心棒》に頭を下げることに違和感を覚えた。

 

 《用心棒》が彼らに向かって、苦笑するように口元を僅かに綻ばせたことにも。

 

 

 廃倉庫内に残ったのは、騎士と魔獣と武人。

 

 

「1つ訊きたい。俺達…彼らの事を知っているのか?」

「いや」

 

 《用心棒》は短く否定した。男は彼らの名前も知らない。

 

「ただ……」

「?」

 

 クオーツは返答を待ったが、《用心棒》は頭を振り口を閉ざした。余計なことだと思い直したらしい。

 

 彼はいつの間にか手元に戻した旋棍を握り締め、改めて1人と1体に対峙した。

 

 

「《魔獣使い》。歴代の《青騎士》の中でも特異だな、君は。……暫くの間、付き合ってもらう。その力、どれ程のものか」

「何を勘違いしているか知らないが。俺の本分は《騎兵》だ。尤も。馬はここに連れてきてはいないが……」

 

 苦笑する騎士。告げた言葉は半分が嘘だった。

 

 クオーツは半身となるかつての愛馬を失っている。新たな馬は調教中であって現在彼は《騎兵》としての実力を発揮できない。

 

「だが。俺もセルクスも《Aナンバー》だ。他の奴らに引けは取らん!」

「……。そうか」

 

 騎士の気迫に応えて旋棍を構え直す《用心棒》。対してクオーツが《現創》したのは、水属性の武装術式だ。

 

 右手には円錐形の柄を持つ、全長3メートルを超える騎兵槍ランス。左は腕を覆う涙滴形の盾。どちらも透き通った水の色をしている。

  

「行くぞ、セルクス!」

『グルォォッ、ワカッタゾ。クオッ、「アレ」ダナ』

 

 そして。愛馬はなくとも彼には志を共にする相棒がいる。

 

 クオーツの掛け声に応じたメリィベルはケルベロスとなった巨躯を屈め、その背に騎士を乗せ立ち上がった。

 

 騎兵と魔獣。2人の特性を噛みあわせた二身一体の合体奥義。

 

 その名も《獣姫ライダー》。

 

 

突撃チャージ!」

『グルルゥ……グルアウッ!!』

 

 コンビネーション戦闘ならば《Aナンバー》の中でも随一の力を発揮する2人。

 

 獣騎士となって襲い掛かるエース達を前に《用心棒》は、

 

 

「……。やはり《魔獣使い》なのでは?」

 

 誰にも聞き取れない囁かな突っ込みと共に、正面から迎え撃つ。

 

 +++

 

 

 牙と爪が、炎が。水の術式と槍が。

 

 そして旋棍が。幾度となく打ち合って火花を散らす。

 

 

 魔獣が持つ人並み外れたパワーと敏捷性は、ヒト1人乗せたところで変わりはしない。通常の騎馬ではありえない、跳び跳ねるような機動を駆使して撹乱と突撃を繰り返す。

 

 スピードと手数を武器に戦う『獣騎士』クオーツ。1人と1体が連携して繰り出す縦横無尽な攻めに《用心棒》は防戦一方。

 

 

「流石に手強い。ならばっ」

 

 1対1でも対騎兵戦の定石は人か馬、どちらか一方を集中して倒すこと。馬から墜ちた騎兵など戦力半減、歩兵以下でしかないというのが通説である。《用心棒》もその定石に従って反撃に出た。

 

 ただし。狙ったのは見るからに耐久力の高そうな魔獣ではなく、魔獣の背に跨っていて彼の旋棍が届かない《青騎士》の方。

 

 《用心棒》はケルベルスの連続噛み付き攻撃を捌きながら、タイミングを図って跳躍。続いて魔獣の頭を蹴り上げて騎士の懐へと飛び込み、彼を蹴り飛ばした。

 

 クオーツは蹴りこそ《水盾》で防御したものの魔獣の背から蹴り落とされメリィベルと分断。連携を崩されてしまう。

 

 更に。着地する間もなく《用心棒》が追撃に迫る。

 

「討たせてもらう。――御免!」

『クオッ!』

「――ちいっ!」

 

 長柄武器である騎兵槍では取り回しが悪く近接戦に対応できない。クオーツは空中で再び盾を構え直すが、次に《用心棒》の繰り出すだろう攻撃は間違いなく《武装解除》だ。

 

 打ち合えば不利は明らか。武装術式を破られた際に生じる僅かな硬直時間はクオーツにとっても致命的なはず。だが彼は迷いもなく防御を選択した。

 

 水飛沫が散った。旋棍を叩き込まれた盾はかたちを失い、呆気無く水の塊となって――

 

 

 伸びて、拳を伝い、《用心棒》の腕に纏い付く。

 

 

「……何?」

「昨夜と今日。2度も戦えば」

 

 捕まえた。クオーツは罠にかけた《用心棒》に向かって不敵な笑みを浮かべた。

 

「お前が《武装解除》で無力化を狙った戦いをする事はとっくに理解している。ならば」

 

 先に来る技がわかっていれば、逆手に取ることは可能だ。

 

 

 水属性術式の操作は《水使い》でもあるクオーツが最も得意とする所。彼にとって武装術式を瞬時に『切り替える』なんて芸当は容易い。

 

 つまり。旋棍を打ち込まれる直前にクオーツは、自ら《水盾》を解いて《武装解除》を『やり過ごした』のだ。勝負を決める決定的なチャンスを作るために。

 

 クオーツの左腕と《用心棒》の右腕に絡み付くのは、《幻創》の水でできた『手綱』。2人を強固に結びつけて、離さない。

 

 

「くっ……!」

「逃がさないさ。この距離なら……外さん!」

 

 《青騎士》クオーツ・ロアは騎兵だ。普段の彼こそ騎士然とした真面目な姿が目立つが、戦場における彼の性質は苛烈。個人の戦術もまた騎兵そのものである。

 

 圧倒的な速さと攻撃力を以って相手の隙を突き、壊滅させる。己の危険は顧みない雷のような男。それが彼だ。

 

 ハイリスクハイリターン。それも承知の上。故に《青騎士》は必勝の機を見極めるまでは慎重である。

 

 だが1度勝機を見出したならば。乾坤一擲を賭すことに躊躇いはしない。

 

 

 クオーツが全力を以って《用心棒》に仕掛けたのは、相打ち上等の、

 

 挟み撃ち。

 

 

「やれっ、セルクス!」

 

 手にした槍を水に戻し、変わって至近距離で放つ突き技は《激流槍》。すべてを押し流す必殺の水流波だ。

 

 同時に魔獣は騎士の意図を悟り彼の動きに連動、すべての牙を剥き出しにして背後から《用心棒》に襲いかかる。

 

 

 正面に《青騎士》。背面に《獣姫》。

 

 片腕を捕られた《用心棒》に逃げ道はない。

 

 

 《激流槍》が放たれた瞬間。《用心棒》は《青騎士》ごと、魔獣が振るう前脚に地面へと叩きつけられ――

 

 +++

 

 

 騎士は瓦礫に埋もれていた。

 

 

「クオっ、クオっ! しっかりしろ、クオーツ!」

「…………うっ、俺は……」

 

 暫く気を失っていたらしい。自分の名を呼ぶ彼女の声にクオーツは意識を取り戻す。

 

 目を開いた。するとそこには……どアップのわんこの顔が。

 

 

 状況確認。倒れたクオーツの上には《魔獣形態》を解いたメリィベル(Ver.けるベル子)に押し倒されるようにしてのしかかられている。

 

 騎士を心配する着ぐるみわんこの口からは大きな舌が「べろん」とはみ出していて、

 

 自分の頬に張り付くべっとりとした感触の原因をクオーツはあまり考えたくない。

 

 

 どうやら廃倉庫内には2人だけのようだ。道着風の制服を着た男の姿はない。

 

「セルクス……舐めるな。犬かお前は」

「わうっ、わうっ」

 

 うっとうしそうに「やめろ」と言うと、今度は鼻先を乱暴に擦り付けられた。

 

 それにしても鼻といい舌といい、湿った生暖かい感触は一体、着ぐるみにどういう素材を使っているというのか。彼は深く考えないことにしている。

 

「大丈夫なのか?」

「ああ。起きるから退いてくれ。……くっ」

「クオ!」

 

 身を起こそうとして顔を顰めるクオーツ。彼の左肩は脱臼している。

 

 《用心棒》と腕をつないだまま、ほぼゼロ距離で《激流槍》を放った反動だった。激痛に呻き声を上げた彼にメリィベルが慌てて体を支ようとするが、クオーツはそれを制し、自力で外れた肩をその場で強引に入れ直した。

 

 ゴキッ。クオーツからそんな鈍い音が聞こえた気がして、メリィベルは着ぐるみの体を僅かに震わせる。そんな彼女の様子に彼は気付かなかったが。

 

「クオ……」

「問題ない。……どうなった?」

「倒した、とメリィは思う」

 

 訊ねたのは《用心棒》のこと。返事ははっきりしないものだった。

 

 メリィベルは何かを思い出すように右手、わんこグローブの口をパクパクしている。それでクオーツも、気絶する直前の事を思い返してみた。

 

 

 《激流槍》が防がれたことまでは覚えている。あの時の《用心棒》は咄嗟に、自由の利く左の旋棍をぶつけて威力を減衰、更に水流波の軌道を無理矢理上へと逸らしてみせた。おそらく《拳砲》に類する技を繰り出したのだと推測される。

 

 拘束した上で至近距離にもかかわらずクオーツの攻撃は届かなかった。だがメリィベル、背後から攻撃した彼女の方はどうだったのだろう。

 

 クオーツの記憶では、ケルベロスと化した彼女の『前脚』は確かに《用心棒》の背中を捉えていたはず。そのあとのことは彼も魔獣の爪に殴り飛ばされた為、記憶がない。

 

 

「手応えは?」

「あった。でも。あいつはいない」

「……そうか」

 

 今更ではあったが。《用心棒》の腕を縛っていた水の手綱が解かれている事に気付いた。おそらく《武装解除》されたのだろうが。

 

 千載一遇の機会だったかもしれんな。クオーツはふとそんな事を思う。

 

「逃げられたんだろうな。できることなら『あれ』で仕留めておきたかったが」

 

 得体のしれない相手だった。昨日今日、エース資格者を2人同時に相手にして、あれだけ戦っておいてまだ手の内を明かしていない。エースとして『奥の手』を使っていないのはクオーツ達も同じ事だが、底知れない強さが《用心棒》にはある。

 

 これ以上の戦闘、例えば必殺技の応酬となる『奥義戦闘』に突入したとして勝てる保障はない。これまでの事件の経緯を鑑みても、再起塾を壊滅させるに当たって1番の障害となるのは間違いなくあの旋棍使いだろう。

 

 今後も立ち塞がり、自分達は彼を相手に苦戦するはずだ。そう思ったからこそクオーツは、《用心棒》が『手加減』している内に倒しておきたかった。

 

 たとえ。捨て身同然の攻撃を使ってでも。

 

 

「逃げたとしたら。奴は再起塾と合流する気だろう。セルクス、俺達も本隊と合流して奴らを追うぞ」

「……」

「セルクス?」

「……なあ、クオーツ」

 

 着ぐるみを被っているメリィベルの表情はまず読めない。だけど。

 

 今クオーツに声をかけた彼女の声音は普段の無邪気さとはかけ離れた、真面目で落ち着いた、それでいてどこか沈んだような色が含まれていた。

 

 

 メリィベルにとってクオーツは同僚で同志で、同郷の幼馴染で。長い付き合いから家族同然かそれ以上の存在であった。だから時折、彼女は騎士の事を心配する。

 

 生真面目で、真面目故に自己犠牲のきらいがあって。本当は誰よりも無茶をする彼の、《騎士》としての在り方を危ぶんでいた。

 

 

「あまり無茶をしないでくれ。さっきだって。『あたし』も戦闘に集中してたせいで咄嗟に合わせたけれど、下手をしたらお前は、あたしの手で……」

「メリィベル」

「お前が怪我するのを見るのは嫌だ。死ぬなよクオーツ。お前までいなくなってしまったらあたし、あたし達は……」

 

 着ぐるみはいつだって彼女の素顔を隠している。彼女がどんな顔をしているかなんて、長く相棒を務めているクオーツでさえ着ぐるみが発する震えた声から推測するしかない。

 

 クオーツは身動きしない着ぐるみを見ては困ったように苦笑して、しかし自分の事を心配してくれる彼女と真面目に向き合って、

 

「大丈夫だ。俺はこんなところで死なないし、死ぬつもりもない」

「クオーツ……」

「俺がいなくなったらセイは誰が守る? お前1人にセイを任せるつもりは……あま噛みはやめろ」

「がう、がう!」

 

 何か気に入らないことがあったのだろうか。メリィベルは突然、ベル子さんグローブでクオーツの顔を「かぷかぷ」。

 

 

 された本人はうっとおしくて本気で嫌がった。

 

 +++

 

 

 メリィベルの気が済むまで。じゃれあうこと数分。

 

 

「いい加減本隊と合流するぞ」

「おう! クオ、メリィの背中に乗るか?」

 

 すっかり調子を取り戻した《獣姫》。「さあ乗れ」といわんばかりに四つん這いになる彼女であるが、その際両手に嵌めたベル子さんの左右の首? が地面に擦り付けられていてなんだかかわいそう。

 

 《青騎士》は彼女の提案を勿論(色んな理由があって)遠慮している。

 

 2人は《用心棒》が空けた壁の大穴から外へ出ようとした。ところが。

 

 

「まだ。行かせるわけにはいかない」

「「――!?」」

 

 邪魔する人物がいた。所属不明の、道着風の制服を着た東国系の男。両の手には旋棍。《用心棒》だ。

 

 再起塾の男は『ほぼ無傷』といった出で立ちで三度立ち塞がる。そのことにクオーツ達は驚き、動揺を隠せない。

 

 

「馬鹿なっ! あの攻撃をどうやって。それに」

 

 無事ならばどうして逃げなかった? いや。

 

 隙だらけだったはずの自分たちを前にして、どうして倒しにかからなかった?

 

 

 ――彼らを捕えられるわけにはいかないんだ

 

 ――暫くの間、付き合ってもらう

 

 ――まだ。行かせるわけにはいかない

 

 

「まさか。お前の狙いはっ」

「……」

 

 とんでもないことに気付き驚愕して訊ねるクオーツ。彼の表情を読んだ《用心棒》は、まるで肯定するように口元を綻ばせるだけ。

 

 再起塾の脅威となるはずのエース資格者達。しかし。《用心棒》はそんな2人を倒す気がないらしい。ただし。彼らを一歩も倉庫から外へ出すつもりもないようだ。不意打ちを仕掛けず、本隊に合流しようとした所でわざわざ声を掛けたのもそういうことだろう。

 

 《用心棒》の狙いは仲間が逃げ切るまでの、時間稼ぎ。

 

 

「……舐められたものだな」

「いや。甘くみていたのは俺の方だ《青騎士》。その名にふさわしく君達は強い。先程の攻撃は危なかった」

「ううーーっ、クオっ!」

 

 メリィベルは着ぐるみの上からゲンソウを纏い、再び《魔獣形態》となった。

 

 《用心棒》を警戒する余り威嚇する彼女。ケルベロスは黒い体毛を逆立てて牙を剥く。

 

『グルルゥゥ……』

「……2回戦か。セルクス、こうなったら。1つでも多くあいつの手の内を明かすぞ」

 

 今夜は追撃に参加できそうにないことを悟る。長期戦を覚悟したクオーツは前衛に立つ魔獣メリィベルをフォロー。《現創》した水の弓を構え《用心棒》に狙いを定める。

 

 

 そして《用心棒》は、旋棍を手に、駆ける。

 

 

「……参る」

 

 第2ラウンド。戦いの夜は、長い。

 

 +++

 

 

 一方その頃。

 

 《用心棒》の機転でアジトを脱出したまではよかったものの、学外警備隊の執拗な追撃に散り散りになって逃走する羽目になる再起塾の『奴ら』。

 

 逃走を図る約50人もの学生崩れたち。彼らは各個包囲されて次々と捕まっていった。今回逃げ切ることができた運の良い者は半数もいなかったという。

 

 

 息が止まるのも忘れて走って、身を潜めて捜索をやり過ごして。捕まってしまった仲間を見捨て、またある時は囮にして。

 

 そんなことを繰り返して生き残れた1人は『奴ら』のリーダー格、リーズ学園の制服をあの着た男だ。

 

 死角となる路地の裏に身を潜めると、彼は荒くなった息を整えつつ「畜生」と、呪詛のようにうわ言を何度も繰り返した。

 

 

「畜生、畜生……っ、畜生!」

 

 こんなはずではなかった。こんな、こんなことで……

 

 ……まだだ、まだ終われない。

 

 

 追い詰められていた。

 

 受けた屈辱を返すこともできず、復讐を成し遂げる機会も得られぬまま。状況に流され、裏切られて。焦りと不安に駆られた心は確実に歪められていく。

 

 縋るように左腕を掴む。そこにある腕輪だけが彼の拠り所だったのかもしれない。

 

 

「……みてろよ。 俺は、俺は……」

 

 

 誰に向けて告げた言葉なのか。肥大化する狂気の矛先は――本人さえ定めていない。

 

 +++

 

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