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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
180/195

アギ戦記 -護衛2日目(夜) 2

一方その頃。

 

 +++

 

 

 真夜中の《C・リーズ学園》。

 

 

 学園の報道部はすべての情報を握っている。それは学内に留まらず学外に派遣した多くの特派員によって学園都市内学校、その殆どを把握していると言って過言でない。

 

 今回の再起塾絡みの事件もそう。

 

 狙われた《歌姫》の護衛にユーマら学園のエースを派遣する事になった経緯もまた、元はといえば報道部部長が『あるつまらない計画』対して『先手を打つ』為のことだった。彼女は事件解決、それもなるべく『真相』を表沙汰にさせない為に、部下である《霧影》を通して生徒会長に話を持ちかけたのである。

 

 

 部長の彼女は何でも知っている。本当の敵と、利用される者たちと、

 

 違う目的で動き、偶然が重なってかち合うことになってしまった、『彼』の正体を。

 

 

「いやあ、参ったね。最近学園都市に戻って来たのはおばーちゃんから聞いてたんだけど……初っ端から学園ボクらとぶつかるなんてあり? 学園うちとしては《鳥人》撃墜は《Aナンバー》の沽券に関わって痛かったんだけどなぁ」

 

 報道部部長室。困ったというには程遠い、いつものお気楽そうな顔をした部長は、1人集めた情報を1つづつ精査、整理している。

 

 だから今のは独り言だ。

 

「ま。ミスト君がすぐフォローしてくれたし、彼にしては珍しく気を効かせてくれたおかげであの人と正面から激突するなんて心配はもうないと思うけどね。情報これのことだってあるから」

 

 彼女が手にしているものは1枚の地図。学園都市全域が記された地図には20数ヶ所もの地点に印が書き加えられており、その内2つの地点が×で塗り潰されている。

 

 そして今晩。部長は新たに4つの地点に○印を書き足していた。

 

 地図の記されたポイントは再起塾の脱獄者たち、そのアジトのある場所を示している。×で塗り潰した箇所は既にアジトを潰した、○印は現在襲撃中の、というわけだ。

 

 

 学園都市の影に隠れて犯罪に奔り、暗躍する『奴ら』をはじめとした学生崩れたち。


 彼らの隠れ家をピンポイントに急襲、大部隊を動員して速やかに且つ根こそぎ捕縛するという今回の作戦を可能にしたのは、この地図の情報を得たからにほかならない。

 

 

「これの意図はまた今度聞くとして。貰ったものは遠慮なく使わせてもらうよ。それと」

 

 次に部長は手にした地図とは別の、机の上に広げていた地図を見た。

 

 2枚目の地図も同じく『奴ら』のアジトの位置を示したもの。内容もまた1枚目とそう変わらない。

 

 しかし。部長は2枚目の地図を見た途端、彼女はまるで誰かを――おそらくこの地図を提供した人物を――見下すように目を細めた。

 

 リーズ学園生徒会組織、その上層部のトップの1人である報道部部長。普段は賑やかに振る舞う彼女であるが、この時は彼女が時折見せる冷徹なもう1つの顔を顕にした。

 

 2枚目の地図を見て浮かべた表情は、嫌悪と侮蔑。

 

「今更こんなもの寄越して。それで君はボクに恩を売ったつもりだったのかな?」

 

 遅すぎると彼女は思う。

 

 情報には鮮度がある。何よりも早さが命、というのが部長の持論。1枚目よりも遅れて彼女の元へ来た2枚目の、しかも同じ内容の情報となれば正直、何の価値もない。

 

 強いていえば。2枚の地図を見比べることで情報の信憑性が高まったくらいだが。

 

「どこで手に入れたのか情報は本物。……ふん。ちょっと本気みせたらビビっちゃって。手の平返して裏切って、寝返った今度はこっちの手柄が欲しい、ってわけ?」

 

 ふざけてる、彼女は言った。

 

 ここにはいない2枚目の地図を送った相手に向かって、部長の彼女は宣告する。

 

 

「覚悟してよね。ボク達の学園に泥を塗る真似をしたんだ。タダでは済まさないよ」

 

 

 陰謀めいた独り言を呟き続ける部長。薄い笑みを浮かべたその様子は、彼女こそが本当の黒幕みたいだ。

 

 それで間違っていないのだけれど。

 

 

 彼女自身そんな自覚があったらしい。だからちょっとだけ調子に乗った。

 

 腕を組んで机の上に脚を掛け、悪役っぽく、含み笑いをしてみる。

 

 

「クックック……フハハハハ……」

 

 

 暗闇と静寂の中に1人だけ。

 

 ある種の開放感を生み出す夜独特のテンションに部長は、

 

 

「アーーッハッハッハ!!」

 

 

 次第に楽しくなってきた。含み笑いからの天井を仰ぎ見て高笑い。所謂悪の3段笑い。

 

 あ。やってみるとこれ、結構楽しいかも。

 

 そんなことを思っていると、

 

 

「……何がそんなに面白いんだ?」

「――はへ?」

 

 呆れた声は正面から。誰も居ないはずの部屋の出入口の方から聞こえた。

 

 真夜中の報道部に訪れたまさかの珍客。聞き覚えのある声に部長は、「まさか……」と思いつつ我に返って前を向いた。

 

 彼女の奇行に眉間にシワを寄せてしらけた視線を送るのは、連日の徹夜で目の下にドス黒い隅を浮かべた、どこかやつれた顔をしている学園の男子生徒。

 

 来訪者の正体は知る人ぞ知る、部長の想い人。

 

「ぶっ! ブソウ君!? ――ぎゃあー!!」

 

 悲鳴に色気がない。

 

 酷く驚いた部長は、スカートのまま豪快に脚を組んでいたことを思い出しては更に慌て、飛び跳ねた挙句に椅子の上からひっくり返った。

 

「ふぎゃ!?」

「……おい」

「み、みみみみ……見た? きゃあー! きゃあー!! どういうつもりさブソウ君! こんな夜更けに無断で乙女の部屋(?)に踏み入って、こっそりボクのパンツを凝視するなんて一体どういう了見…………もしかして夜這い?」

「……」

 

 きょとんと訊ねる部長にブソウは頭が痛い。突っ込みどころが多すぎて。

 

 事ある毎に自分をからかっては、訳がわからない言いがかりをつけて振り回す騒がしい女。ブソウは未だにどうして彼女が自分と同じ部長職に就いているのか、信じられない所がある。

 

 勿論「いぢわるしちゃうのは……気になるからだよ(はーと)」なんて彼女の意図に、彼が気付くわけがない。

 

「……はぁ」

「あれ。もしかしてお疲れ?」

「誰のせいだ。それに『残業』するからと言って今の時間を指定したのはお前の方だっただろう」

「ああ。そうだったね」

 

 部長は椅子に座りなおして真面目な顔を作った。「仕事や依頼の話じゃなければブソウ君が遊びにくるわけないもんなぁ……」なんて思いながら。

 

 そう。「話がある」と先に連絡してきたのはブソウだ。

 

 

「仕事は済んだのか?」

「うん。あとは結果待ちってとこ。丁度いいタイミングだったよ」

 

 机に広げた地図を片付ける部長。

 

「でも折角来てくれた所悪いんだけど、生憎お茶菓子の類は切らしてたんだよね。代わりにこの前貰った栄養ドリンクがあるんだけど……持って帰る?」

「頂こう。……お前もこういうの飲むんだな」

 

 差し出された紙箱からブソウは小瓶を1つ取り出した。見知らぬドリンクを彼は珍しそうに眺める。

 

「そりゃあね。運動会も近いしお仕事溜まっちゃって。ボクのとこもここの所、自警部に負けず劣らず忙しくて残業ばっかり」

「特にここ数日は、か?」

 

 再起塾、《歌姫》絡みの事件。目の前にいる報道部部長が1枚噛んでいることはブソウもわかっている。

 

 彼女は素知らぬ振りをしてブソウに訊ねた。

 

「それで話って? 調査の依頼なら部長割(?)できるよ」

「お前には一銭も払わん。……話というのは例の再起塾の件だ。俺は昨日までミツルギの後始末を手伝っていたんだが」

「ん?」

「1つ気がかりがあってな。俺の方でまとめておいたから渡しておく。『これ』の真偽と『使える』かどうかはお前の判断に任せる」

 

 そう言ってブソウが渡したのは1枚の紙だ。何かの名簿らしい。

 

「これは? ……!」

 

 部長はリストに目を通すと、ブソウの『気がかり』にすぐ気付いて唸り声を上げた。

 

 

 情報には鮮度がある。何よりも早さが命、というのが部長の持論だ。

 

(ミツルギ君は確か……もし『これ』を逆手に取られてしまっていたら)

 

 危なかった。まさか学園に転がっていたとは思わなかった重大な見落とし。早く気付くことできてよかったと彼女は思う。

 

(……流石。こんなのブソウ君じゃなきゃ気付かないよ)

 

 調べる価値があった。もしも『これ』が正しい情報ならば、『奴ら』が仕掛けてくるであろう1つの策に先手を打ち、逆手に取ることだってできるはず。

 

 

 ブソウがもたらした情報とは一体何だったのか。

 

 『逆転潰しの秘策』の為に部長はブソウに感謝の言葉を述べるのも忘れ、新たな作戦の立案と修正に思案を巡らせるのだった。

 

 

 

 

 一方。部長が情報に夢中になるあまり、暫く手持ち無沙汰になったブソウは、

 

 

「……。――ぶっ!?」

 

 先ほど貰ったドリンクの栓を抜き、口にして、激しく吐血した。

 

 

 貰った栄養ドリンクとは、先日ユーマが試飲にと報道部に置いていった逸品。

 

 すなわち。トマトジュースドゲンの生き血割り(未調整)。

 

 +++

 

 

 真夜中の、とある廃倉庫。

 

 再起塾の、『奴ら』のアジトの1つ。

 

 

「ああ? 金を持って来なかったどころか、援助を打ち切るだぁ?」

「そ、そうだ。……ぐっ!?」

 

 廃倉庫の事務室らしき一室。薄暗い室内で密会をする3人の内、目を血走らせて苛立つのはリーズ学園の制服を着た男だ。彼が今回《歌姫》を拉致するを依頼を受けた『奴ら』のリーダー格である。

 

 男は、不可解なことを言う『依頼主』のメッセンジャーの胸ぐらを掴み上げると強引に顔を引き寄せ、その蛇を思わせる目で鋭く睨みつけた。

 

 

「話が違うぞ。『依頼主あいつ』は何を考えてる? 金もない兵隊もいねぇ、それでどうやって学園のエース共を潰して《歌姫》攫えっていうんだよ。おい」

「は、離せ……っ! ……知るかよそんなの」

 

 メッセンジャーである少年は男の手を無理やり振り解くと、反発して言い返した。

 

「お前もわかっているんだろ? 失敗なんだよ。お前等がモタモタしてるから学園が本気になった。昨晩の襲撃がそうさ。こうなってしまったら俺た……お前達はもう終わりだ」

「……まさか。売ったのか? 俺達を!」

 

 切り捨てられたと、男は直感で思った。

 

 そうでなければ。昨晩今晩と、学園都市の全域に点在するアジトの中から、潜伏している場所だけを狙い襲撃を仕掛けられるなんて考えられない。

 

 男の問いには答えず、彼を見下すように笑うメッセンジャー。

 

「いいか学生崩れ。契約は無しだ。あとは好きにしろ。俺達はこちらに被害が及ぶ前に手を引く。全部なかったことにしてもらう」

「なんだと……!」

「へへっ。睨んでも無駄さクズ共。結局金ばかり使って何の役にも立たなかったぜ。クズはクズらしく『犬』に狩られて捕まって、また『監獄』に繋がれてな。じゃあな」

「てめぇ!!」

 

 侮蔑の笑みを残したまま、部屋から立ち去ろうと背を向けたメッセンジャー。

 

 その無防備な背中に向けて男は、

 

 

「やめておけ」

 

 

 隠していた武器を抜き、襲いかかろうとしたところで止められた。その隙にメッセンジャーはいなくなっていた。

 

 男の凶行を止め、腕を掴むのは密会に立ち会っていた3人目の男。

 

 道着風の制服を着た、旋棍使い。

 

「……何故止める、先生」

「裏切りも。使い捨てにされることも」

 

 傭兵にはよくあることだ、と《用心棒》は言う。

 

「ああ? 俺達みてぇな学生崩れの犯罪集団が、傭兵と同じだと?」

「本質は変わらないさ。どこの組織でも末端で、金で雇われ、どんな仕事でもする」

 

 言われるがまま。己の意思もなく。――だから弱い。

 

 そこまでは彼も言わなかったが。

 

「……ちっ。離せよ」

 

 《用心棒》に掴まれた腕を自力で振りほどく事ができずに苛立ち、男は舌打ち。

 

 解放されると、今度は八つ当たりに周囲の物へ当たり散らした。

 

 

 こんなはずではなかった。

 

 脱獄したばかりの自分に接触してきた『依頼主』の話に乗ったのは、再び成り上がるために利用する気でいたから。依頼された『《歌姫》の拉致』を実行する当たって仲間を集め、犯罪集団のリーダーなんてやっているのもその過程での話だ。

 

 『依頼主』が援助として送ってくる金と装備を湯水のごとく使い、兵隊を集めて扱き使うのはたまらなく快感だった。これは認める。だが。それだけで終わるつもりはさらさらなかった。

 

 これからだった。《歌姫》の身柄を土産に『依頼主』に取り入り、その権力を全て奪い取るつもりだった。力を手にして再びリーズ学園へと戻り、支配して、いずれ自分がその頂上に君臨するはずだった。

 

 《精霊使い》をはじめとするエース達、学園の生徒会。そして《バンダナ兄弟》。彼らを自分と同じように地に引き摺り落とした後で。だというのに。

 

 

「畜生が。どうする? ……どうすりゃいい?」

 

 『依頼主』の裏切りによって途絶えかける野望。

 

 2度の作戦と昨晩の夜襲で資金の殆どを失い兵隊も集められない。残った仲間もアジトごと奪われ続け壊滅は時間の問題。

 

 《歌姫》がどうだとかいう話ではもうなかった。追い詰められていく今の状況に対し、打つ手をいくら考えても頭の中は堂々巡りで――

 

「……。使いの彼は、どうやら逃げきれなかったようだ」

「――えっ?」

 

 《用心棒》の呟き声に我に返った。

 

 彼が「どういうことだ?」と《用心棒》に訊ね返そうとしたところ、

 

 突然、外から断末魔に近い絶叫が響き渡った。

 

 続いて外に待機させていた仲間達の悲鳴と騒然した叫び声が聞こえてくる。

 

 

 き、きたぞ。逃げろ、逃げるんだ。喰われるぞ!

 

 あれは学外警備隊共イヌの……魔獣だ!!

 

 

「な、なんだ? ――まさか!」

「仲間を集めて脱出しろ。……先に出る」

 

 《用心棒》続き状況を察した彼は急いで部屋を飛び出した。しかし。アジトを脱出するには既に遅かったらしい。

 

 

 アジトに使っていた廃倉庫。中は学外警備隊の侵入を許しており、その場に居た約50人の仲間たちもまた、逃げる間もなく包囲されてしまっていた。

 

 油断なく武器を構えるのは学外警備隊の隊員たち。その全員が青を基調とした装備を身に着けていることから、彼らの所属は明らかだ。

 

「蒼玉……騎士団!」

 

 学外で活躍するリーズ学園きってのエリート部隊。対する再起塾も警戒してそれぞれが武器を抜いて戦闘態勢を取っているが、騎士団を率いてきたエース達を前にして完全に気圧されてしまっている。

 

 包囲網の正面、指揮官として前面に立つ《青騎士》。そして。彼の隣にいる『獣』の前に。『彼女』は着ぐるみではなかった。

 

 

 『《青騎士》よりも2回りも巨大な体躯』と、見るからに『強靭な四肢と爪』を持った、黒い『三つ首の怪犬』。魔獣ケルベロス。しかも魔獣の右の首は、人1人を咥え込み無造作にぶら下げている。

 

 殺されたのか、それとも気絶しているのか。首筋を噛まれたまま全く身動きしないその犠牲者は、先程立ち去ったはずのあのメッセンジャーだった。彼もまた逃げ切れなかったらしい。

 

 敵味方、おそらく殆どの者が初めて目にするであろう《魔獣形態》の《獣姫》。

 

 

 禍々しい魔獣の姿に皆が驚いたり動揺している中、1人冷静を保っている《青騎士》は、再起塾のリーダーらしい学園の制服を着た『顔見知り』に向かって、口を開いた。

 

「殺しはしないさ。訊きたいことは沢山ある。彼にも、君にも」

「クオーツ……ロア!」

「こうして話すのは久しぶりだな。皇帝竜事件以前の話か」

 

 親しげに話し掛けるクオーツであるが、その目は冷たい。

 

「逃げ場はないぞ。《霧影》や《黙殺》も動いている。逃げ切ったところで他の隠れ家に潜めば無事などと思うなよ」

「……糞が。まさか《会長派》のお前等が」

 

 報道部と手を組むなんて、想像できるものか。

 

 再起塾の中でも学園の勢力関係に詳しかった彼は、何よりそのことに驚きを隠せない。

 

「昔のよしみだ。大人しく捕まれば何も危害は加えないが」

「ふざけるな!」

 

 かつて同じ組織に組していたとはいえ、彼にとってクオーツ達《会長派》は、最初から気に入らない相手だった。仲間意識なんて1度も感じたことはない。

 

 降伏勧告は即座に断る。だがしかし。絶体絶命の危機を乗り切る手段はないに等しい。

 

 

 黙り込んだ『元同僚』を前にしてクオーツは、無情にも最後の言葉を下した。

 

「ならば仕方がない。やるぞ、セルクス」

『グ……グルウゥゥゥッ……』

 

 応じたのは三重に重なった唸り声。

 

 魔獣は咥え込んでいた少年を首の一振りで投げ捨て、次の得物に狙いを定める。

 

 

『グ……ル、ア゛アアアアゥッ!!』

 

 

 跳びかかった。

 

 黒の迅風。魔獣が持つ鋭い前脚の爪と三つの口から覗く獰猛な牙が、思わぬスピードで再起塾の『奴ら』に襲いかかる。

 

 魔獣の迅さにリーダーの男も反応しきれていない。もう終わりだと思った。

 

 だが――

 

 

「……《幻装術》の一種か。『魔獣に化ける』とは何度見ても面白い術だが」

「何?」

 

 目を見開いて驚くのはクオーツ。

 

 彼は誰よりも《獣姫》の本気を把握し、その凄まじさを理解している。だからこそ信じられなかった。『2度目とはいえ』。

 

 魔獣と化したメリィベルの突撃に唯1人反応し、トンファーの二振りのみで受け止め、仲間を庇い切ってみせた、

 

 道着の男の業には。

 

「所詮獣だ。人の業が通じない道理でない」

「……やはり。この男がいる限り一筋縄ではいかんか。警戒を解くな。来るぞ!」

 

 クオーツは気を引き締め直して騎士団員に指示を飛ばす。同時に自身は両手に水の槍と盾を展開。戦闘に備える。

 

 

 《用心棒》。クオーツ達が彼と対峙するのは、昨夜に続きこれが2度目。

 

 

『グルル……マタオマエカ、《ヨージンボー》!』

「君は……喋れたのか?」

 

 +++

 

 

 2秒後。

 

 

 《天駆》の練習に失敗して講堂の天井付近から真っ逆さまに落ちたマイカは、墜落したにも関わらず無事なことに気付き一瞬ではあるが呆然としていた。

 

 それから遅れて自分が『固いけど床よりも柔らかくてあたたかい何か』を下敷きにして助かったということには気付いたものの、それが何なのか理解できず、恐怖で身を固まらせたまま今に至る。

 

「……え? 何? なんなの?」

 

 精神的にも物理的にも身動きが取れない。おなかのあたりに纏わりついている『何か』はいったい、ナニ?

 

 

 まるで、うしろから抱きしめられているかのような……

 

 

「ひょっとして……おんぶおばけ!?」

「…………どんなおばけだよ、そりゃ……」

「ひゃっ!?」

 

 《灯火》のランプは手放してしまって周囲は暗闇。全く見えない。力ない突っ込みは耳元、彼女の背後というよりも真下から聞こえた。

 

 下敷きにしている『おばけ』の声だ。そう理解してマイカはサッと顔を青ざめる。

 

 そんな彼女の様子に気付かない『おばけ』。『彼』は続けてマイカに話しかけてきた。

 

 

「あーくそイてぇ。とりあえず無事か? と言っても暗くて確認できねぇな。ちょっと待ってろ。明かり出すからさ」

「……えっ? な、――っ!?」

 

 何言ってるの? と声を出す前に彼女はまた驚くことになる。マイカの目の前に突然現れたのはカボチャだ。

 

 ふらっ、と宙に浮かぶ人面カボチャ。カボチャは釣り上がった大きな目とギザギザの口の中から、暖色系の明るい光を放っている。

 

 この『ジャックランタンもどき』が実はユーマ作の幻創獣とは露程も知らないマイカ。彼女は人面カボチャが光を放ちながら「ニタァ」と笑いかける(ように見えたらしい)のを見ては遂に限界を迎え、

 

 なりふり構わない悲鳴をあげた。

 

 

「きゃあああああ! おおおば、おばっ、いやあああああ!!」

「ちょっ、待て。いきなり暴れ……ぶふっ!?」

 

 パニックを起こして暴れるマイカの肘がアギの顔面に刺さった。彼女の下敷きになって身動きの取れないアギは堪らず悶絶。

 

 とにかく暴れるのを止めてマイカを落ち着かせようとするアギではあるが、うしろから羽交い絞めにして拘束しようとしたのがまず失敗。

 

 

「い、嫌。離れて、離してよぉ!」

「こ、こら暴れるな。落ち着けって姫さん。おばけじゃねぇ! 俺だ、俺!」

「……えっ? ……。――っ、きゃあああああ!!!」

「なんでだよ!?」

 

 

 先程以上に悲鳴を上げ、真っ赤になる彼女の心情が、アギにはわからない。

 

 +++

 

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