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幻創の楽園  作者: 士宇一
第1章 前編
18/195

1-02 風邪守の巫女

ウインディ家の役目。エイルシアの務め。

  

 +++

 

 

 少しだけむかしのはなし

 

 

「準備はいいか、優真」

「はい!」

 

 優真は『あの日』から兄に自分を鍛えてもらう事にした。

 

 兄の名は古葉大和こば・やまと。梟の相棒の少年。

 

 15歳とは思えない長身でその引き締まったその身体は、未完成ではあっても闘うために存在した。

 

 顔立ちは整っており美系。黒髪の長髪を1つに結びまるで尻尾のようだ。

 

  

 今日は稽古の日。

 

 いつもは走り込みや筋力トレーニングのような基礎ばかりの優真だが、この日は大和が直々に相手をしてくれる。

 

「いいか? 俺が師匠から教わったのはこれだけだ。だからお前にもこれだけしか教えることができない。優真、人はどうやったら死ぬ?」

「……」

 

 ましろのことを思い出して優真はちょっぴりへこむ。

 

「……悪い。あのな、人は戦闘ならどんな時も『一撃で死ぬ』。致命傷ってやつだ」

「……即死?」 

「トドメの、ってやつだ。その『最後の一撃』を乗り切ることができたらその先に活路が生まれる。そこに一発逆転の一撃を放つ。これが俺の《必殺》だ」

 

 カウンター? と優真。

 

「どうやるの?」

「俺の拳を見ろ。見えたら踏み込んで拳が当たる前に殴れ。今日から毎日1本、これをやるぞ」

 

 大和の構えを真似てみる。


 優真は無茶苦茶だと思いながら、それでも兄を信じた。

 

(拳を見る、拳を見る……うえっ!?)

 

 見えなかった。殴られてギャグのように錐揉みして吹き飛ぶ。

 

 優真はゴロゴロと転がり最後は近くの木にぶつかって気絶した。

 

 

「今日はここまで。まずは『見る』ことからだな」 

「……」

 

 優真に聞こえはしなかった。

 

 



 その日、大和は優花の前で正座。優真の稽古は週3回となる。

 

 +++

 

 

 優真は目を閉じいつもの構えをとる。

 

 自然体。ありのままを見て、受け入れ、ただ一歩動くためだけの型。

 

 イメージするのは拳。

 

 何度も体験した迫りくる拳を想像して身体を動かす。

 

 殴られる直前を、あまりの速さに見えない拳を肌で感じた優真。身体は反応するがいつものように殴り飛ばされる幻を見て……

 

「うわっ!?」 

 

 その強烈なイメージを『再現』してひっくり返った。

 

 

「……あれ?」

 

 

 +++

風邪守の巫女

 +++ 

 

 

 早朝。異世界で城の中にいようと優真の日課は変わらない。ただし部屋の中でやるとなるとトレーニングメニューが限られる。

 

 城を出て森の中を走ることを考えたが……迷いそうなのでやめた。

 

「うーん。今日のイメージトレーニングはなんか違う。いつもと場所が違うからかな」

 

 まさか妄想でひっくり返るとは思わなかった。

 

「外に出ないとなると……筋トレは朝からしたくないし勉強するにも本がない。何より」

 

 ぐぅ

 

「……うん。腹ごしらえも訓練の内と兄ちゃんは言っていたな」

 

 とにかく部屋を出ることにした。

 

 なぜかこそこそと。

 

 +++

 

 

 それから優真は朝食をエイルシアと2人で食べた。

 

「……複雑です」

「え? おいしくなかった? これ姉さん直伝なんだけど」

 

 昨晩の夕食はエイルシアが用意した。味付けされた肉を挟んだパンと野菜のスープ。

 

 味の方はおいしかったけど物足りなかった育ち盛りの少年が1人。優真は我慢できなくなって早朝に食糧庫を探し、漁りだした。

 

 なかなか堂々とした乞食っぷりは兄譲り。案の定エイルシアに見つかった。

 

「ほ、ほら、泊めてもらったからお礼に朝ご飯でも作ろうと思って……」

「その食べかけのソーセージは何ですか?」

「……ごめんなさい」

 

 というわけで本当に優真が朝食を作ることになった。

 

 火の扱い方が分からなかったがエイルシアに優真が知らない調理器具の扱い方と調味料を教わりながら自分で味を見て調整する。

 

 できた料理がこれ。

 

 親子丼

 

 ……何故朝から丼ものなのかは優真しか知らない。

 

「いえ、初めて食べるものですし美味しいですけど何か違うような」

「そう? 兄ちゃんは足りねえ、っておかわりするんだけどな。あと無難な食材だったし。あ、サラダもあるよ」

 

 サラダのドレッシングも姉直伝だ。レモンのような果実の酸味に黒胡椒を効かせてみた。

 

 ついでにマヨネーズも自分で作ってみる。

 

「やっぱり複雑です。……私よりもユーマさんの方がおいしい」

「え、なんか言った? シアさん」

 

 何でもありません、と答えてサラダを口にするエイルシア。彼女のプライドの問題だった。

 

「それにしても《加熱調理器》の扱い方を覚えるのは早かったですね。この卵の火加減ははじめてとは思えません」

「シアさんが教えてくれたからだよ。動力源は違うけど俺の世界にも似たようなものあるから」

 

 そう言って《加熱調理器》を見る優真。優真の世界では通称IHと呼ばれていたものに似ている。

 

「そうなのですか? 西国の新技術ですよこれ」

「へぇ。でもイメージで加熱できるなら火加減の調整をするより出来上がりをイメージした方が効率がいいよこれ」

 

 加熱調理器のプレートには《加熱》の補助術式が付与されておりイメージするだけで誰でも十分な火力を得ることができる。

 

「イマジン・モジュールだっけ。《加熱》のイメージを補助してくれるならわざわざ食材を加熱することを考えなくてもよさそうだし」

 

 この時エイルシアはゲンソウ術を知らないはずの少年の発想に驚いた。

 

「だからほかほかのご飯とか卵に染み込むアツアツのダシとか、あと肉をほおばった時のじゅわあっとした感じなんか考えていたんだ」

「《補強》ですね。《加熱》の術式に料理のできばえのイメージを付与する。……それなら私だって」

「シアさん?」

 

 何でもありません、と答えてスプーンで親子丼を口にするエイルシア。

 

 今晩の夕食で試そうと決意した。

 

「ごちそうさまでした。ユーマさん、今日は1日をどう過ごすのですか?」

「どうしよう? 『還る方法』があってもしばらくここにいるしかないんだけど」

 

  

 実は優真が元の世界に帰る手段はあった。《送還》の術式である。

 

 《召喚》と対をなすこの術式は世界中で研究されており、『異世界のモノ』を認識する必要がなく『還る場所』を思い描くことができれば発動できることがわかっている。

 

 ゲンソウ術で世界移動を再現することはほぼ不可能といえるが《魔法》ならば可能だ。問題は《召喚》と同様に必要になる膨大な魔力の確保。

 

 エイルシアはその当てがあることを優真に伝えた。だけど準備のためにしばらく待ってほしいという話だ。

 

 

 居候状態の優真。することがない。

 

「そういえばシアさんは何してるの?」

 

 エイルシアは昨日、不審者でもおかしくないはずの優真を1人残して城を空けていた。

 

  

「巫女のお勤めです」

 

 +++

 

 

 優真はエイルシアに付いていくことにした。はじめて城の外に出る。

 

「今日は国の南から廻ろうと思います」

 

 エイルシアは風森の国を巡回して国の人の『治療』をおこなっている。

 

 風森の国は1万5千人程の都市だ。《転移門》を利用すれば2、3日で国を1周できるとエイルシアは説明する。

 

 《門》をくぐると別の町に着いたことに優真は驚いた。

 

 町は閑散としていた。様子が気になったが置いていかれてしまう。先を行くエイルシアを優真は追いかける。

 

 目的地は集合広場のある施設。そこに患者はいるらしい。

 

「おはようございます」

「おお、姫様。いつもありがとうございます」

 

 出迎えたのは初老の男性。この施設の責任者らしい。

 

 男はこの国では珍しい黒髪の少年を見て訊ねた。

 

「この方は?」

「助手です。人手が必要な時もありますから。城から連れてきました」

「……そうですか。ではこちらへ」

 

 向かったのは中央ホール。そこにはこどもから老人まで沢山の患者がいた。

 

 熱っぽく顔の赤い人たち。咳のひどい人たち。優真には風邪の症状としか思えない。

 

「シアさん?」

「そう。みんな風邪です。症状は軽い人ばかりですが風邪は万病のもと。倒れる人もいるし……亡くなってしまう人もいるんです」

 

 エイルシアはそう言うと辛そうに目を伏せる。

 

「じゃあこれは薬なの?」

 

 手に持つバスケットを見せる優真。

 

「それはお昼ごはんです。ユーマさんのもありますよ。この風邪は薬が効かないから」

 

 インフルエンザ? と優真は考えたが根本的に違うものらしい。

 

「これは呪いの類。だから私が……風よ!」

 

 力強く声を上げるエイルシア。彼女の身体から力が溢れて両手に魔力が集まる。

 

「風よ。自由なる運び手よ。皆に運ぶはいのちのちから。吹けよ、《癒しの風》よ」

 

 ホール内を吹き抜ける《癒しの風》。さわやかな風の力が患者達に少しづつだが活力を与える。

 

「これがゲンソウ術?」

「いいえ。《風邪守の巫女》は生まれながらに魔力を持ち風魔法を扱う事ができるのです。《魔法使い》なんですよ、私」

 

 魔法に驚く優真に微笑むエイルシア。

 

 それを見た初老の男性が驚いていた。

 

「これでここの人たちはしばらく大丈夫です。私は次の町に参ります」

「ありがとうございます。……お気をつけて」

 

 エイルシアは毅然とした態度であとを去る。それを男は悲愴な気持ちで見送った。

 

「……姫様をお願いします」

「……」

 

 

 頭を下げる彼の気持ちを優真は理解できなかった。

  

 +++

 

 

 町の広場を数件巡ると次の町へ。これを何度か繰り返すと鐘の音が2人に正午を伝える。

 

「このあたりでお昼にしましょう。そこのベンチでいいかしら? ……ユーマさん?」

「ん? ああ。それでいいよ」

 

 優真は正直ほっとした。今の彼女は彼が知っている『シアさん』だった。

 

 巡回中の彼女に笑顔はない。患者達もみんなエイルシアに感謝の言葉を述べても悲しい顔を彼女に見せるのだった。

 

 どういうことだろう? 優真は気になる。

 

「どうしましたか?」

「いや。歩き過ぎておなか減ったんだ。お昼は何?」

「サンドイッチです。自信作ですよ。……これは負けません」

「?」

 

 

 彼女の負けず嫌いは妹によく似ていた。

 

 

 その自信作はまずボリュームが違う。これには優真も満足。

 

「ごちそうさまでした」

「はい。やっぱり男の子ですね。昨日くらいの量だと全く足りかったのではないですか?」

「まあね」

 

 落ち着いたところで優真はこの国のことを訊ねてみた。

 

「この国の風邪は薬が効かないってどういう事?」

「……ただの風邪ではないのです。これは呪い」

 

 ひと月ほど前からです。そう前置きしてエイルシアは説明する。

 

「この国に封じこめたモノの結界が弱くなっていることで呪力が漏れ出しているのです。国の中心にある城や街ほど被害が大きくて多くの人が療養を兼ねて避難しているのですが……この辺りまで風邪の症状がでているなんて」

「城に人がいないのも街が閑散とした感じがするのは多くの人が寝込んでいるから?」

「そうです。私は《癒しの風》で症状を和らげることができます。これは《風邪守の巫女》である私の役目」

 

 1人でこんなことを続けていると聞いて驚く優真。

 

「封じこめたモノって?」

「魔人です。邪なる風の魔人。《病魔》ラヴニカ」

 

 魔人は魔族と違う。神が人を創ったとするならば魔神が生み出したモノが魔人である。

 

 精霊と同様に圧倒的な魔力を保有する魔力生命体。数こそ人に比べて少なかったが400年前の戦争で発揮されたその戦闘力は1人で千人も万人もの人に匹敵するといわれている。

 

「この魔人を抑え込むのも巫女である私の役目。その為にお母様は……」

「おかあさん?」

「……いつかユーマさんにも会わせますね。素敵な人だったんです。それよりも……」

 

 沈む気持ちを切り替えてエイルシアは優真に笑顔を向ける。

 

「午後の巡回がおわったらお買い物を手伝ってください。食事が1人分増えた上に今日は朝から大きなネズミさんが食糧庫を漁っていたので食材が足りないのです」

「……ごめんなさい」

 

 冗談ですよとエイルシアは笑い、優真もばつが悪かったが誤魔化すように笑った。

 

 

 

 

 素敵なひとだった。母のことを過去形で語るエイルシア。

 

 優真はあの初老の男性やそのあとの巡回で出会った患者たちの悲しい顔が忘れられなかった。

 

 

 ふたりだけのささやかな日常。

 

 優真は彼女の宿命を知らないまま数日を過ごす。

 

 +++

 

 

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