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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
178/195

アギ戦記 -護衛2日目(昼) 4

 

 +++

 

 

「《地衝割波》を受けたあたりからでしょうか? アギさんの動きが変わりましたね」

 

 

 フットワーク重視の拳闘スタイルから、普段の彼らしい徹底防御へのシフト。でもそれだけではない。

 

 アイリーンは近接戦の弱点克服のために最近体術を学び始め、時々アギには組手の相手をしてもらっている。間近で彼の腕前を見たことがあるためなのか、模擬戦をするアギの僅かな変化に彼女は気付いた。

 

 体術を少し齧った程度のアイリーンの目から見ても、リュガの大剣よりアギの拳の方が出が早い。彼女はアギが拳を先に剣をぶつけることで威力を削ぎ、防御していると思っていたのだが、どうもそれも違うらしい。

 

「剣の受け方が何かこう……早いのに、ズレがあるような」

 

 アギは拳で防ごうとしていない。繰り出した拳は剣を避け、彼は腕を振りぬくようにしてわざわざアームガードで攻撃を受けにいっている。するとリュガの見るからに重い斬撃は、なぜかアギの腕の装甲に沿うように滑り、剣先を逸らされていた。

 

 アギが何をしているのか。アイリーンはよくわからなくてユーマに意見を求める。

 

「まあ。アギもあんな芸当、よく狙ってできるよ」

「わかるのですか?」

 

 ユーマはアギの格闘センスに感心するように彼を見ながら答えた。

 

「理屈はね。力学っぽい話になるんだけど、光輝さんはなんて言ってたかな? 『ひだんけいし』とかなんとか」

 

 避弾経始。それが《傾斜凌ぎ》なる防御の正体だ。

 

 

 避弾経始とは、防御面を傾斜させることで装甲の厚さを稼ぐと同時に被弾した際に生じるエネルギーを分散、攻撃を逸らし弾きやすいようにするといったもの。例えると装甲車の傾斜装甲がこの概念を基に開発されている。ユーマの知識も戦車のそれだ。

 

 いくら装甲が薄くとも工夫次第では高い防御力を発揮することができる。それは力学的にみた技術の応用だ。アギの体術は避弾経始と似た効果を生み出していた。

 

 アギが装備する皮のアームガード、その金属で補強した甲はあくまで防刃が目的であり、装甲の厚さは1センチ未満、既存の防具と比べてやはり薄い。たとえ《幻想の盾》を併用して強度の底上げを図ったとしても、本来リュガの大剣のような『重い攻撃』をまともに受け止めきれるものではない。

 

 それで模擬戦を通してアギがモノにしようとしている《傾斜凌ぎ》とは、正面からの攻撃を斜め方向から受けることで、装甲の厚さを補うと同時に受けるダメージの軽減させ、更に受け流し易くするという技だった。

 

 攻撃的防御といったところか。受け止め切れないから、捌きやすいようにカウンターの要領で自分から当てにいき、弾いて、相手の力を腕の傾斜に沿って受け流す。

 

 これを可能とするには優れた体術に加え、『後の先を取る』ような相手の攻撃を先読みできる高いセンスが要求される。《気》の流れを読む術を持ち、生まれつき少し変わった『目』を持つアギはその才覚に恵まれていた。

 

 《傾斜凌ぎ》の技自体が盾捌きと共通する点が多くみられたことから、元よりアギとの相性も良かった。

 

 

「傾斜装甲の大まかな理屈はアイリさんも覚えておくと役に立つよ。《氷晶壁》を展開する時も垂直に立てるより、傾けた方が防御力が高くなるはず」

「それは……普通に直立させるのと比べ不安定になりませんか? 余り傾けすぎると受けた攻撃次第では《氷晶壁》が倒れてしまいそうですけど」

「別に前後に傾斜させる必要はないよ。上に弾き飛ばすなら話は別だけどね。攻撃を受ける面に対して水平に構えるんじゃなく、左右に振って斜めに向けておくだけでいいんだ」

 

 真正面から受けるよりも、逸らしたほうがダメージの負担は軽い。壁型の防御術式でも意図して跳弾を狙った方が高い効果が得られる、とユーマはアドバイスとしてアイリーンに説明した。

 

「アイリさんなら『受けた攻撃を壁面に沿って滑らせる』イメージがわかりやすいのかな? 氷の壁ならよく滑りそうだし」

「成程。勉強になります」

 

 何事も工夫だと、アイリーンは理解を示した。

 

 

「アギさん、大丈夫そうですね。少し心配していましたが、リュガさんを相手にあれだけ立ち回ることができるのなら」

「そうだね」

 

 アギが《盾》を使えなくなったことは、既に仲間達皆が知っている。だからアイリーンの言いたいことはユーマもわかる。アギは《盾》だけの男ではないのだと。

 

 格闘系戦士としての彼の能力。烏龍流の体術に《気》を読む術。それだけじゃない。他にもアギには彼独自の、瞬間移動の術式があることだってユーマは知っている。

 

 《盾》が使えないからなんて弱音は吐かない。皆の足手まといになるまいとアギは懸命になって訓練に励んでいる。アームガードを持ちだして、ブースターとして使ってやっと出せる貧弱な《幻想の盾》にあらゆる工夫を凝して。

 

 以前の力量レベルまで引き上げようとしている。傍目からでも頑張ろうとする彼の想いがよくわかる。

 

「……けれど」

 

 そんなアギを見たからこそ、ユーマには改めて理解できることがあった。

 

 

 

 

 ――ブースターを使った小手先のゲンソウ術。《幻想》に込められた意志に強さが感じられない

 

 

 

 

 ユーマがこの世界で初めて完敗して、打ちのめされたのはほんの数日前。

 

 学園最強の彼がユーマに告げた言葉。その意味を、《盾》を失ったアギと己を重ね合わせることで彼は知る。

 

 

 どんなときでも。仲間の危機を前にして躊躇うことなく飛び込み、守ってくれたアギ。《盾》の力。それを失ったせいなのだろうか?

 

 自分に向かって「ダチを守らせろ!」と叫んでくれたアギ。そんな彼が普段から発している、心から頼もしさを覚えるほどの揺るぎない力強い何かが、オーラと呼ぶべきものが昨晩から全く感じられない。

 

 『欠けている』とユーマは感じていた。

 

 もしも。今のアギを見て自分が感じたことが、自分を見たクルスが感じたものと同じだというのならば――

 

 

 戦闘力ではなくて、ゲンソウの、ヒトとしての心の強さ。

 

 武具や技では補いきれない、なにか。

 

 

 今のままで大丈夫なのだろうか? アギも、自分も。

 

 《剣闘士》に敵わない。同じように《用心棒》にも歯が立たない。もしかするとユーマは焦りを感じていたのかもしれない。

 

 強くなれない。この時のユーマは、人知れず行き詰っていた。

 

 

「今ならわかる。俺、こんなにも弱かったんだ……」

「……ユーマさん?」

 

 アギの奮闘を眺めるユーマが、不可解な呟きと共に翳りを見せる。

 

 隣に立つアイリーンはいくらユーマの様子がおかしいと気付いても、何が原因なのかわからず、それでこれ以上声をかけられずにいた。

 

 マイカが現れたのはこのタイミング。アイリーンは訊ねる機会を失ってしまう。

 

 

「追試、やっと終わったわ。……あんた達、集まって何してるの?」

「……ちょっとした運動だよ。2人共ー、あと1分ー」

 

 ユーマは気持ちを切り替え、アギとリュガに向かって叫んだ。

 

 マイカが追試を終えて風葉を頭に乗せたまま、ユーマ達の元へ来た頃が丁度制限時間。模擬戦の決着が着こうとしている所だった。

 

 アギを探して模擬戦の方をチラリと見たマイカ。するとばかでかい剣を振り回すリュガの怒気と剣幕に彼女は少しだけ驚いて、

 

「これが運動? ……ちょっとアギー! やられっぱなしじゃない!」

 

 アギの防戦一方ぶりに負けていると見えたマイカは、紙一重で剣を捌き続けるアギに堪り兼ね野次に似た檄を飛ばす。

 

「反撃しなさいよ! ほらパンチよパンチ、そこっ!」

「う……うるせ!」

 

 

 無茶いうな、そんな暇ねぇ。

 

 あと負けてねぇし。判定に持ち込めばポイントを稼いでる俺の勝ちなんだよ!

 

 

 と、アギは言いたいところを抑えてマイカに叫び返したが。

 

 彼女の声の方へ気を配った為に、一瞬途切れた集中力が勝負の分れ目だった。

 

「隙ありだ!」

「――げっ?」

 

 剣の軌道を読み間違えた。斬り上げるリュガの大剣を捌き損ない、衝撃力の分散に失敗したアギの防御が遂に崩れた。

 

 腕を跳ね上げられた衝撃に痺れが奔りアギは顔を顰める。

 

 そして猛攻の果てに勝機を見出したリュガ。彼は千載一遇の機会に二の太刀を繰り出すまでの隙を惜しみ、振り上げた大剣をそのまま投げ捨て突撃。

 

「お……らぁぁぁぁっ!!!」

「どはっ!?」

 

 パワーと体格差を活かしたショルダータックル。体勢を崩されたアギは防御しようにも踏ん張りが効かず、リュガの追撃にあっさりと弾き飛ばされる。

 

 先程までの剣と拳の打ち合いとは違う、乱暴で野蛮(に見えたらしい)リュガの肉弾戦を目の当たりにした女子生徒たちが、やはり喧嘩沙汰に免疫がなくて悲鳴をあげた。

 

「ありゃ。リュガが勝ったよ」

「9:1の1。もしかしたら、でしたか」

 

 勝敗の予想を外した2人に特に驚いた様子はない。「こういうこともある」と割り切っている。

 

「……このっ」

「にがすかぁ!」

 

 倒れたアギが仕切りなおしに距離を取ろうと、自分から地面を転がるのを見たリュガは逃がすまいと勢い良く飛びかかり、アギにのしかかる。

 

 マウントポジションの体勢に入ったリュガが予備の武器である警棒を腰から抜き、アギの眼前に突き付けた時点で決着。男同士が取っ組み合う様子に少女たちは「まさか」と思い、更に甲高い悲鳴をあげた。

 

 悲鳴の一部に、なぜか好奇に似た色合いが含まれているように感じるのは気のせいか。

 

 

「ちょっと! 組み伏せたりなんかして、こんな大勢の前でリュガ君はアギにナニする気なの!? あんた止めさせなさいよ!」

「何を、って」

 

 アギの危機に慌てユーマに食ってかかるマイカ。ものすごく焦っている。

 

 ユーマは何を察したのか、純真な子供のような(ふりをした?)瞳を彼女に向け、

 

「マイカさん達こそ、2人を見て何を想像しているの?」

「そ、それは……」

 

 訊ね返されたマイカは真っ赤になって言い籠る。

 

「…………だって、前に友達に読ませて貰った本じゃ仲の良い男同士で……それはまさかあの2人がとは思うけど……外でだなんて……」

「……」

 

 ユーマは彼女の呟きを聞かなかったことにしたかった。

 

 

 セイカ女学院。寮までも学内にあって、学外との交流が極めて少ないお嬢様学校。

 

 彼女たちの情報源は定かではないが、閉鎖的な女子校とはいえ、男に対して現在進行形で良からぬ偏見が広がっているようだ。

 

 

「言っとくけど。男の友情にマイカさんが考えているような腐った嗜好はないからね」

「……ホントに? 騎士や戦士が戦場で、男色関係を結ぶのが普通だとかいうのは……」

「(この世界の)そんな昔の話は知らない。ともかく実際はあんなだし」

 

 ユーマが視線を向ける先では、リュガが下敷きにして身動きの取れないアギを滅多打ちにしている。

 

「しね、しねっ! しんで……吐け!」

「ちょっ、まてリュガ」

「てめー、どんな手使って満点なんか取りやがった!? さあ、吐きやがれ!!」

「決着着いたあとに殴んのはそれ、反則……」

「うるせー!」

 

 恨みがねちっこい。もはや模擬戦ではなかった。リュガは小テストで負けた腹いせや、攻撃をあしらわれ続けてきた鬱憤なんかをすべて爆発させて怒り狂っている。

 

 もしかすると彼には《狂戦士》の素質があるかも知れない。警棒の乱打をアギはアームガードでなんとかいなしているものの、怪我するのは時間の問題か。

 

「あの様子なら心配ないでしょ?」

「……。ボコボコにして、気絶したあとを襲うとか」

「マイカさん……あんたどんな本読んだの?」

 

 疑い深いマイカに思わず突っ込むユーマ。彼女の発想にある種の戦慄を覚える。

 

 

「あの。リュガさんを止めなくていいのですか?」

 

 アイリーンが常識的な見解から口を挟んだ。さっきまでのユーマとマイカの話題に参加しなかったのは懸命だったといえる。……お姫様的に。

 

「アギは警棒程度の打撃じゃ死なないよ。リュガの怒りを鎮めるほうが厄介だし、しばらくほっとけば?」(*経験上)

「無事なら別にいいわ」(*多分、アギの貞操的に)

「……はあ」

 

 いいのでしょうか? と思いつつも、ユーマの意見には同意するアイリーン。

 

「おい、ユーマぁ! 見てねぇで助けろ! 時間とっくに過ぎてんだろうが!?」

「……。アギー!」

 

 とうとう助けを求めたアギに、ユーマは周りの空気を読んだつもりで叫び返した。

 

「みんなアギがリュガにやられるのを見たいってさー!」

「なっ!?」

「ロスタイムー」

 

 アギは絶句。中断するような場面がどこにあったというのか。そもそもロスタイムなんてルール、再生世界には存在しない。

 

 ユーマの「ヤラれる(?)」発言に色めき立つ女子生徒がちらほら。その反応にユーマは女学院の『腐り具合』を推測した。「侵食は3割くらいだな」と。

 

 

 一方。この場に誰一人味方がいないことを知ったアギは、警棒片手に恐喝する狂気染みたリュガにのしかかられて逃げることができず、この状況にちょっぴり絶望した。

 

 鬼だ。鬼がいる。しかも赤鬼。

 

 棍棒の代わりに警棒を振り回すリュガ。警棒が赤く染まって見えるのは気のせいか?

 

「さあ吐け! 吐けはけハケッ、ハハハッ、ケァーーー!!」

「……ブソウさんかよ」

 

 いくらなんでも《高熱化》は使わないよな? 焼きを入れられるのは勘弁だ。

 

 そう思いながらもアギが火傷の1つ2つを覚悟したその時。

 

 

「あなた達! いつまで遊んでいるの!」

 

 

 多少険のある少女の怒鳴り声が中庭一杯に響いた。この場にいる皆が、バーサク化したリュガまでも声の主である1人の女子生徒に注目した。

 

 皺ひとつないジャンパースカートの制服に校則違反とは全く縁のないみつあみおさげの髪型。やや吊り目がちな目元が特徴の彼女。

 

「イレーネ?」

 

 マイカが1番に彼女の名を呼ぶ。そしてイレーネは中庭に現れた途端、この場に集まっていた生徒達を厳しく叱った。

 

「放課後の自由時間は各自、与えられた仕事が終わったあとのはずよ。教室の掃除は終わったの? 夕食の支度は? 他も。まだなら暗くなる前に急ぎなさい。ほら、解散!」

 

 イレーネの一声に決まりが悪そうに散り散りになって中庭を離れる女子生徒たち。

 

 急に人気がなくなって場の空気が変わると、怒れるリュガも気勢を削がれたのか、1つ舌打ちして「命拾いしたな」と、アギを解放した。

 

 危機を脱したアギはこの時、誰も助けてくれない状況の中で自分を救ってくれた彼女の姿が神々しく見えたとか。

 

「い、委員長……ありがとう、助かった」

「誰が委員長よ」

 

 感謝の言葉に紛れた、良からぬ呼び名に鋭く反応したイレーネはアギをひと睨み。委員長と呼ばれるのがものすごく嫌らしい。

 

「言っておくけど、女学院での私の役職は風紀委員。生徒指導監督よ」

「風紀委員長と何が違うの?」

「……。そんなことより」

 

 何の都合が悪かったのか、ユーマのふとした疑問をイレーネは無視。

 

 それから何事もなかったかのように彼女は、ユーマに相談事を持ちだした。

 

「なんです?」

「食料や日用品の買い出しに学外へ行く子達がいるの。念の為に貴方達から人を割いてもらえないかしら?」

「そういうことなら」

 

 そう言ってユーマはPCリングを取り出すと、全身ピンク色の羽妖精の姿をした幻創獣『風葉2号』を喚び出した。

 

「買い出しは少し待ってもらえますか? 学園に連絡して至急、護衛兼荷物持ちを用意しますから。5、6人くらいでいいですか?」

「助かるわ」

 

 ユーマは学園にいる《青騎士》に、学外警備隊を派遣して貰うよう連絡を取った。

 

 +++

 

 

 一方その頃。学園では。

 

 

「――というわけで。セイカ女学院に何人か行ってもらいたい。夜勤で疲れている所悪いが……非番の奴らは構わないか?」

「「「異議あり!」」」

 

 クオーツに意義を申し出たのは、今夜の再起塾襲撃チームに編成されていた団員達。

 

 《蒼玉騎士団》は《青騎士》に騎士道を叩き込まれた学園きってのエリート部隊ながら男所帯である。そんな彼らに降って湧いた『お嬢様学校の生徒達と買い物』という魅力的な任務に団員全員が食い付いて……

 

「非番組は疲れてるだろ? あとは俺達に任せろ」

「何言ってる。お前たちこそ今晩の任務に支障が残るだろうが」

「俺はきっと、この日の為に雰囲気のいい茶店見つけてたんだ」

「「てめぇは絶対行くな!」」

 

 荒れた。クオーツが頭を抱えたのは言うまでもない。

 

「お前ら……誰が行くかあと2分で決めろ。自警部の連中に話を譲るぞ」

「「「団長!?」」」

 

 くじ引きになった。

 

 

 この20分後。ユーマの要請に応じて、紳士に振る舞うことで有名な学園の騎士数名が女学院の前に集まった。

 

 彼らは『いつもの買い出し』と思っていた少女たちを姫君のように扱い、夢のような時間を彼女たちに与えるのだが……

 

 閑話休題。どうでもいい話だ。

 

 +++

 

 

 買い出しに関しての心配事は解決。イレーネは溜息を1つ吐くと最後、アギとリュガを中心に残ったメンバーを注意した。

 

「貴方達。確かに中庭の一画を使うのは許可したけれど、余り騒がしいことをしないで頂戴。ただでさえ男子が女学院ここにいるって事が異常でみんなざわついているのだから」

「はぁ……」

「あと体力が余っているのなら遊ばないで私達を手伝いなさい」

「あ、遊び?」

「手伝い、って掃除とかか? でも俺達にはマイカさんの護衛が」

「何もしていないじゃない」

 

 反論の余地がまったくなかった。

 

 有事に備えての実働部隊であるアギ達ではあるが、ユーマの精霊が常にセイカ女学院の全域を監視している以上そう何度もパトロールする必要もない。正直暇している。

 

「まあ、仕方ないかもね。俺達が女学院に迷惑かけてる所があるのは本当だし」

「ユーマ?」

「話が早くて助かるわ。貴方達には力仕事とか雨季に備えた雨漏りの点検とか、やってもらいたい雑用が沢山あるのよ」

 

 数々のライブを企画して成功させている《歌姫楽団》のリーダーでもあるイレーネ。遣り繰り上手の彼女は、女学院では貴重な男手を無駄にする気がないらしい。

 

「手伝ってくれるわね」

「……まあ」

「俺達にできることなら」

 

 アギとリュガは委員長然とした気迫に圧され、渋々と従うことにした。

 

 了承の意を得るとイレーネは、早速とばかりに1枚のメモを彼らに渡した。仕事の早い彼女は既にやってもらいたいことをリスト化していたらしい。

 

「……こんなにもあるのか?」

「別に1日でやってとは言わないわ。じゃあ、時間がないからあとはお願いね。わからないことがあったらマイカや他の子達に聞いて」

「待って。イレーネ」

 

 この場を離れようとしたイレーネを、マイカが不審に思い呼び止めた。

 

「あなた、そんなに急いで何処へ行く気なの?」

「外よ。パウマ達と打ち合わせしてくるわ」

「だったらあたしも」

「貴女は駄目」

 

 付いて行こうとしたマイカを彼女はぴしゃりと断る。

 

「彼らが女学院に滞在している意味。わかっていない訳じゃないんでしょ? 女学院の中にいた方が安全よ」

「でも」

「昨日派手に脱出したんだから、シスター達の目が怖いわ。貴女は今日彼らと一緒にいて大人しくしてなさい。これは《歌姫楽団》内における私の役目よ」

「イレーネ……」

 

 イレーネはマイカを正面から見据え、諭すように言った。

 

「次のライブが最後になるのかもしれない。だったら。貴女達の為に最高のステージを用意してあげるのが私にできることだから」

「……ありがとう。気をつけてね」

 

 イレーネの意を汲んで送り出すことにしたマイカ。

 

 それでも尚自分を心配するマイカに向かってイレーネは、委員長然としたお固い雰囲気を解くと、安心するように微笑んでみせた。

 

 

 イレーネが立ち去ったあと。

 

「ライブ。またやるんだな」

「ええ。3日後の休日よ」

 

 その日は、予定では《歌姫》のファイナルライブとなる日であり、マイカが学園都市に残る最後の日でもある。

 

 本当に最後にしていいのか? そんな気持ちがアギの心の中にある。

 

 『奴ら』にはもう、絶対に彼女たちの邪魔はさせないという気持ちも同じく。

 

「なあ歌の姫さん。委員長は楽団の代表なんだろ? 1人で行かせても良かったのか?」

「あっ! もしかしたらイレーネだけじゃなくて楽団の皆も……」

「それは大丈夫だよ」

 

 仲間の危機を危ぶんで若干青ざめたマイカに、ユーマが答える。

 

「楽団の皆には全員、報道部の隠密班がこっそり警護についてるから。何かあったら学外警備隊がすぐに動くようにしているよ。勿論イレーネさんにも」

「そう。……よかった」

「あと3日で殲滅チームが再起塾を潰し切れるといいね」

 

 物騒な事を言い出すユーマであったが、概ね同意するアギだったりする。

 

 

「じゃあ俺達は護衛チームらしく、イレーネさんの頼まれ事をこなしていこうか」

「どこが護衛らしいんだ?」

「と。その前に……」

 

 ツッコミを無視したユーマは、砂更の砂を使って何やら大きな荷物を運んできた。

 

 荷物の中身は大きな布やら沢山の鉄パイプ。金具が数点。あと寝袋。

 

「なんだ、これ?」

「テントだよ。アギ、リュガ。先に張るの手伝って」

「なんでテントなんて張るんだ?」

「俺達の寝床」

 

 ……は? 訊ねた2人はユーマの返事に理解が遅れる。

 

 思考停止したところにユーマの追加説明が来た。

 

「自警部の詰所みたいなものだよ。アギ達には夜間警備もしてもらうつもり。俺は精霊の監視網を張り続けないといけないから女学院から外へ出られないし、だからしばらく中庭ここで寝泊まりするよ」

「……マジか?」

「女子校の中で野宿かよ」

「学園の寮に戻って何かあった時、2人は何分で駆け付けられる?」

 

 合理的な手段と言われたら、多少の不満は押し黙るしかないアギとリュガ。

 

「アイリさんにはちゃんと部屋用意してもらってるからね。さあアギ、リュガ」

「ちっ。仕方ねぇな」

「よろしければ私も手伝います」

「あっ、あたしも。キャンプっていうのよね? 興味あるわ」

 

 アイリーンとマイカを加えた5人は、思いのほか楽しそうに野営の準備に取り掛かるのだった。

 

 +++

 

 

 テントを張る途中、ユーマは「トイレに行く」と言って4人から一時離れた。

 

 

 人気のない校舎裏に行くと、ユーマはPCリングで外部と連絡を取る事を試みる。連絡先は学園ではなく、女学院の外に待機させていた彼。

 

「……聞こえる?」

『うん。中継器のあるセイカ女学院からそんなに離れていないから』

「そっか」

 

 ユーマには懸念がある。それは、セイカ女学院の中に『奴ら』の内通者がいるかもしれないということ。

 

 彼が割り出した容疑者は2人。

 

 

 ――食料や日用品の買い出しに学外へ行く子達がいるの。念の為に貴方達から人を割いてもらえないかしら?

 

 ――女学院の中にいた方が安全よ

 

 

 そこまで言った『彼女』は、どうして自分の護衛を頼まずに1人で学外へ行ってしまったのだろう?

 

 

 ――念の為に貴方達から人を割いてもらえないかしら?

 

 

 この言葉にも引っかかりを覚えた。自分達護衛チームを分断するための台詞だと思うのは邪推か?

 

 

 確定とは言い切れない。だから仲間たちにはまだ言えない。

 

 それでユーマはただ、可能性を潰すために念を入れる。

 

 彼の兄のように。

 

 

『ユーマ?』

「……イレーネさんの監視、お願いね。後の判断は任せるから」

『わかった』

「通信、切るよ」

  

 ハズレであってほしい。そう思いながらも隠し玉を用意してまで暗躍するユーマ。

 

 

 内通の容疑者は2人。1人はマイカに最も近しい人物であるイレーネ。

 

 もう1人は――

 

 +++

 

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