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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
177/195

アギ戦記 -護衛2日目(昼) 3

 護衛任務の合間を縫って。アギVSリュガ、2番勝負

 

 

 +++

 

 

 作戦の内容を聞いたものの、アギの役割は昨日と特に変わることがない。マイカの身辺警護だ。「常に誰か1人は彼女の傍に居て」とユーマは言った。

 

 けれど。砂の精霊が警戒しているセイカ女学院の中にいる限り、彼女の安全は保証されているのでは? とアギは思っていたのだが。

 

 

「不確定情報だけど、内通者がいるかもしれない。それも女学院の中に」

 

 

 昼休みの終わり際。ユーマがマイカを除く仲間たちに告げたのは、懸念。

 

 アギ達が《用心棒》と遭遇した『奴ら』の2度目の襲撃。この日は《歌姫》のライブがあると一般にも公開されていたため、再起塾もマイカの行動は読み易かったはず。しかしユーマとヒュウナーが立ち会った1回目の襲撃の時は違う。

 

 その日のマイカが女学院を抜け出し、エース2人をお供に学外へ赴いたのは彼女の我侭による突発的なもの。外出は予定されたものでなければ、行先だって定まっていなかった。だというのに。

 

 外へ出た3人の行動に合わせたように大規模な待ち伏せを仕掛け、ユーマ達が護衛に付いていることまで見越していたのか《用心棒》までも用意してきた『奴ら』。そのことにユーマはずっと違和感を覚えていたという。

 

 最低でもマイカの外出したタイミングを正確に見計らって、学外の『奴ら』に伝えている何者かがいる。それがユーマの懸念。いくら外堀を固めたとして中から崩されては意味が無い。

 

 

「単に女学院の外で監視している奴がいるだけかもしれない。だけど今朝、アイリさんと外周りを調べた時はそんな様子一切なかった」

「お前の精霊と、氷の姫さんの《感知》能力を合わせてもか?」

「うん。これでもしも俺達の情報が全部筒抜けだったって時が怖い」

「だからさっき盗聴防止の結界を張ったのか」

「念の為にね。そして更に念を入れる」

 

 ミストやクオーツ達が再起塾のアジトを次々と急襲し追い詰めはじめている今。内通者が存在すると仮定して、そいつはどう動くのか。

 

「自分の学校、身近な人の中に『奴ら』の仲間がいるだなんてマイカさんには言えない。だからここにいる皆が気にかけて。風葉も付けているけど女学院の中でマイカさんに接触する人には目を離さないように。直接危害を加えようとする人が現れた時は」

「……わかった」

 

 護衛としての自分の役割を理解し、常に油断してはいけないとアギは自覚した。

 

 なのだけど。

 

 

「…………くぁ」

 

 なるべくマイカから目を離すなと言われても、他所の学校まで来て授業を受ける必要はないのではないか?

 

 欠伸して、眠い目を擦りながらアギは思う。

 

 教壇に立つシスターの話は耳に遠くまるで呪文のよう。板書しているつもりでもノートに描いていたのは意味不明な魔法陣。アギは全く授業を聞いていない。

 

 

(……あー。どうして飯食った後の授業って、こんな眠くなんだろうなぁ……)

 

 

 アギにとって午後の授業なんて、放課後に備えた体力回復タイムにほかならない。今日も学内のパトロールをはじめ、やるべきことは沢山ある。

 

 久々に使うアームガードの整備もまだだし、調子を見るために訓練もやっておきたい。リュガを相手に打ち合ってみるのもいいとアギは考える。

 

 早く放課後になんねぇかな……と、授業そっちのけでぼんやりしていると。

 

 

「そろそろ時間ですね。では最後に今から5分後、今回の復習を兼ねた小テストを行います。点数の悪かった生徒にはいつも通り放課後追試を行いますからね。無論『交流学生』の皆さんも」

「…………は?」

 

 テストに……追試?

 

 シスターの言葉に「えー?」といった非難の声をあげる女学院の生徒たちの中で、アギが1人唖然とする。

 

 

 ここでいう交流学生とは、女学院内におけるアギ達の表向きの立場である。

 

 エース資格者のユーマはともかく、アギとリュガが女子校であるはずのセイカ女学院に特例で滞在できるのは、この建前があるからなのだ。

 

 他校の生活を体験し、生徒間交流を通してお互いの学校への見識と理解を深めることを目的とした短期留学制度。アギ達が女学院の授業を受けている理由の1つでもあった。

 

 

「……えー、アイリーン様。姫様にも交流学生の規則に従って、同じようにテストを受けて頂きますが、よろしいですか?」

「わかりました」

 

 アギの後方、リュガの隣の席に座るアイリーンに恐る恐る伺うシスター。

 

 北の大国《銀雹》の姫君の突然の来訪は、女学院の教師陣にとって寝耳に水の出来事。シスター達もいくら交流学生とはいえ、要人の彼女への応対には細心の注意を払っているらしい。

 

「ですがシスター。ここ中央中立地帯にある学園都市にいる限り、私も一学生に過ぎません。そのことを忘れないようお願いします」

「は、はい」

 

 アイリーンは恐縮するシスターに困ったような笑みを浮かべた。

 

 普段から厳しく口うるさいシスター。そのシスターがアイリーンの毅然とした態度に縮こまる様子見た生徒の一部には、『お姫様の威厳』とやらを目の当たりにして感激や羨望の眼差しを彼女に向けている。

 

「……やっぱり。学園のようにはいきませんね」

 

 好奇の視線に晒されて人知れず彼女は呟く。自分の扱いに困っているシスターの様子を見兼ねて言葉を口にしたのだが、逆効果になってしまったようだ。

 

 

「……ごほん。テスト開始まで残り3分です。黒板はもう消しますよ」

「ちょっと待ってくれ!」

 

 人一倍慌てるのはアギだ。小テストとはいえ、板書さえとっていない彼は出題範囲さえ把握していない。実は机に広げた教科書さえ科目を間違えていた。

 

 追試があるなんて予想外。貴重な放課後の時間を、勉強に潰されるなんてたまらない。アギは悪足掻きに必死になる。

 

 

「歌の姫さん。頼むからノート見せてくれ」

「嫌」

 

 隣の席のマイカは即答で断る。

 

「なんだよ。ちょっとくらいいいじゃねぇか」

「嫌よ。あたしだって追試はゴメンなんだから邪魔しないで。…………ノートだって綺麗に書いてるわけじゃないし」

「は?」

 

 後半気恥ずかしげにごにょごにょと言っているが、アギは聞き取れない。

 

 マイカは駄目か。なら次はうしろの席。

 

 

「氷の姫さん、助けてくれ」

「私は構いませんけど、いいのですか?」

「何が」

 

 同じやりとりを1時間くらい前にした気がする。

 

 アイリーンを頼りにすれば、応じてマイカが不機嫌になる。この公式にアギはまだ気付いていない。それでマイカといえば、

 

「……ちょっと、氷姫に頼りすぎなんじゃないの?」

 

 教壇に背を向けて頼み込むアギを見ては自分のノートを握り締め、肩を震わせて横目でアギを「キッ」と睨みつけているし。

 

 見兼ねたアイリーンは嘆息して、

 

「……アギさんは自力で頑張ってください」

「またそれかよ」

 

 アイリーンも駄目。ユーマもいないとなると残るは……

 

 

「おい。ノートくらい貸してやってもいいんだぜ」

「……リュガ」

 

 こいつにだけは借りを作りたくなかった。

 

 

 余裕の笑みを浮かべノートを差し出すリュガにアギは嫌そうな顔をする。

 

「ほらよ」

「……何が目的だ?」

「勘ぐるなよ。でもそういや最近、剣の握りが滑りがちなんだよなぁ。そろそろグリップの交換時期だった気もするし」

「この野郎」

 

 ノートを貸す代わりに剣の整備費を奢れという話か。アギはこの取引が釣り合うか試算してみる。

 

 グリップの交換に必要な金額は素材次第。学園の中にある武具店を参考にすると、滑り止め用の布を巻き直す程度なら300から。

 

 技術士が開発した強化素材や加工を施すとなると話は別だが、ちょっとした革素材なら豪勢な食事1回分。そこまで条件は悪くはないはず。

 

「あと2分。いいですか? 得点が半分に満たなかった生徒は全員追試ですからね」

「……いいぜ。剣のグリップの1つや2つ、余裕で替え直してやる」

「毎度」

 

 商談成立。アギはリュガからノートを受け取った。

 

 これが悪徳商法だと気付かずに。

 

 

「じゃあ『火鼠の皮』、1つ頼むぜ」

「なっ!?」

 

 

 火鼠の皮:

 

 耐火・耐熱性に非常に優れている小型魔獣の皮。リュガの得意とする《溶斬剣》の熱にも耐え得る性能を持つ。

 

 希少素材とまではいかなくとも、グリップ材としての値段は相場で1つ2万から。

 

 

 リュガの持つ大剣はセミオーダーのブランド物。専用のグリップも安物ではない。

 

「てめぇ、騙しやがったな」

「何のことだ?」

 

 リュガは素知らぬ顔。

 

「確か砂漠の民の男に二言はないんだったよな? 話は最後まで聞いて、考えてから物事を口にしろよ。お前」

「ぐっ」

 

 やられた。アギは己の迂闊さに押し黙るしかない。

 

「あんた、お金持ってるんだから別にいいじゃない」

「……そういう問題じゃねぇんだ」

 

 話を聞いていたマイカが口を挟むと、それは違うとアギ。

 

 

 へへぇ。リュガ様。何卒ノート、ノートだけはぁぁ……

 

 

 と、リュガの目の前で平伏すアギの様子は学園でもよくみられる。筆記試験がある前日なんて特に。勉強に関してアギはまったく頭が上がらないのである。

 

 今回リュガもグリップの代金を絶対に奢らせようだなんて思ってはいない。それはアギも理解している。リュガがアギの弱みに付け込んで無茶をふっかけたのは、単に彼が優位に立ちたいだけ。

 

 アギに「俺が悪かった。助けてください」と言わせればリュガは満足なのだ。

 

 加えて他に他意があるとすれば。

 

「マイカさん。アギは本当に勉強駄目駄目なんだよ。去年だって俺がいなきゃ進級できたかどうか怪しかったんだぜ」

「あんたって、結構情けないわね」

「うるせ」

 

 リュガの話を聞いたマイカの、呆れたような視線がアギの身に突き刺さる。でも彼女、どこか嬉しそうなのは気のせいか?

 

 彼女やアイリーンの前で馬鹿にするリュガの相棒弄り。その魂胆は、

 

 

(俺の完璧ノートがあっても所為アギ。無駄な足掻きだ)

 

(大体マイカさんには昨日からずっと構われて、今朝はアイリーンさんと一緒に食事だぁ? 何様なんだてめぇ、1度地獄に墜ちろ)

 

 

 追試地獄だ!

 

 

 ……要は嫉みだった。

 

 この赤バンダナ、でかい図体をして結構陰湿である。

 

 

「あと1分。そろそろ机の上の物は片付けなさい」

「だとよ。頑張れよアギ。もし俺に点数で勝ったら、グリップ代は勘弁してやる」

「リュガめ。……みてろよ」

 

 余計なことを言う奴が恨めしい。こうなったら鼻を明かしてやる。

 

 残された時間はあと僅か。アギは左目を手で抑えて本気モードに移行した。

 

 

 リュガのノートを開く。小テストの出題科目は歴史、リュガの得意とする科目だ。彼が余裕ぶっているのも納得がいく。

 

 しかし。アギだって歴史は算術などと比べれば得意な『分野』なのだ。勝算はある。

 

「……よし。ノート返すぜ」

「何?」

 

 アギのただならぬ様子にリュガは驚きを隠せない。

 

 リュガに送られたノートを舐め回すように見つめることたったの数十秒。アギは閉じた方の目を開くと満を持して小テストに臨んだ。

 

 

 テストの採点結果は午後のホームルームにて。それで彼らの点数はというと。

 

 

 リュガ:100点満点中…… 90点

 

 アギ :100点満点中……100点

 

 

 クラスの平均点は75点。他所の学校の男子生徒という偏見を覆す予想外の高得点を叩きだした2人。クラスの少女たちが驚きの声を上げる中で。

 

 

「……おい。満点、だと?」

 

 

 得意の科目で負けたリュガが、アギのカンニングを疑ったのは言うまでもない。

 

 +++

 

 

 放課後。

 

 

「おーいリュガぁ。外で軽くやろうぜ」

「……上等だ」

 

 てめーの不正、俺が正してやる!

 

 ……は?

 

 

 という流れで。

 

 

「くたばれカンニング野郎!」

「あれは実力だ馬鹿野郎!」

 

 でもリュガは信じてくれない。裏技を使ったのは確かだけど。

 

 罵り合いながらリュガが繰り出すのは大振りな横薙ぎ。アギはスウェーバックで回避。豪快なフルスイングが巻き起こす剣風は、最前列で見学する女子生徒の前髪を揺らし悲鳴を上げさせる。

 

 模擬戦とはいえ戦闘を行うアギとリュガの周りには、物珍しいのか怖いもの見たさなのか、女学院の生徒たちが集まりギャラリーと化していた。

 

「テストで負けた腹いせ? それでリュガはあんな怒ってるの?」

「そういうことです」

 

 放課後。再び仲間たちと合流したユーマ。彼は事の始まりをアイリーンから聞き、呆れた様子で目の前で行われている模擬戦を眺めた。

 

 セイカ女学院には運動場や体育館といった、運動を目的とした広いスペースが存在しない。訓練を行うにあたりユーマ達は、女学院のシスター達に無理を言って中庭の一画を間借りした。

 

 即席の試合場コートは四方に約8メートル程の四角形。近接戦主体の模擬戦ができるギリギリの広さを持つ空き地は、元は花壇にする予定だったという。足元の地面は結構柔らかい。

 

 

 赤バンダナ対青バンダナ。学園でも去年から何度も繰り返した対戦カードだ。アギにはリュガの大剣の長さから間合いまで、手に取るようにわかる。

 

 大振りの隙を突き、アギは場外にならぬようステップを刻んで旋回。リュガの側面へと回り込む。

 

 リュガが身を反転して剣を構え直す間に踏み込み、牽制のジャブを3発。拳は全て強靭な筋肉に覆われた肩や腕で防がれた。

 

「んなちょろいパンチが効くか!」

「わかってる、よっ!」

 

 追撃はかけずに再びスウェーで距離を取り、出方を伺う。リュガはカウンターを打てず歯噛みする。

 

「この、ちょこまか逃げやがって。久々にやられると腹立つな」

「へへっ。おかげで大分勘を取り戻してきたぜ」

 

 リュガの苛立ちが高まる一方、アギは楽しそうに口元を綻ばせる。やはり体を動かす方が性に合っているらしい。

 

 アギが両腕に装着しているのは、彼が今朝持ち込んできたあのアームガードだ。

 

 

 アギの戦闘は基本、《盾》を使った『受け』が主体である。自分から攻めることは滅多にない。しかし格闘戦用の防具を身につけた彼の戦闘スタイルは一転。ヒット・アンド・アウェイを忠実に守り、一撃必殺を狙うリュガに対して足を使い、手数で攻め立てる。

 

 模擬戦を開始して約5分。クリーンヒットこそないものの、ヒット数だけで言えばアギはリュガの攻撃を全て躱し、15発もの拳を彼に叩き込んでいた。

 

 

 果敢に攻めるアギなんてユーマは初めて見る。

 

「アウトレンジタイプのボクサー? アギってボクシングなんてできたの?」

「それはあの、アギさん独自の拳闘術のことですか?」

 

 ユーマの疑問に、同じく模擬戦を観戦するアイリーンが答える。

 

「元々軽戦士・格闘系のアギさんの戦闘スタイルは入学当時から『あれ』でしたよ。彼の故郷、《砂漠の王国》の王であるレヴァイア様が使っている格闘術だとか」

「へー。おじいちゃん先生の武術とは別なんだ」

「ええ。アギさんが老師の下で烏龍流を学び始めたのは、おそらく前年度の終わり。私が覚えている所、アギさんが烏龍流と《盾》を主軸とした今の戦い方を確立したのはその頃だったと思います」

 

 ユーマはアイリーンの説明に1つ納得した。アギも最初から《盾》を使いこなせていたわけじゃないんだなと。

 

 続いて2人は模擬戦の展開を予想する。

 

「ポイント制なら今のところアギの圧勝だね。でも」

「《大剣士》の身上は一撃必殺。いくらアギさんが手数を稼いでも有効打とならない以上、リュガさんの一発逆転の可能性は捨て切れません」

「だね。リュガのダメージの蓄積とアギのスタミナの消費具合を比べても、アギの方が不利そうだし」

 

 というよりも。

 

 安全対策の《刃引》の術式を付与しているとはいえ、リュガが超重量の鈍器に等しい大剣を遠慮無く振るものだから、アギの危険度だけ非常に高いことになっている。

 

 だが。それでも。

 

「9:1でアギ、かな?」

「そうですね」

 

 観戦する2人の見立てでは十中八九アギの完勝、もしかしたらリュガ、である。

 

 

 

 

 剣にあるまじきリーチの長さと、圧倒的な攻撃力。それが対大型魔獣戦に特化した大剣の利点である。それでリーズ学園で学ぶ大剣技、基礎となる型は大きく分けて以下の3つがある。

 

 

 叩きつけるような斬り下ろし『地の型』。

 

 地の型とは逆となる斬り上げ『天の型』。

 

 攻撃範囲の広い薙ぎ払い『水の型』。

 

 

 つまりリュガが繰り出す攻撃の起点は、大きく分けて型に準じた3パターンしかない。

 

 《溶斬剣》など使わずとも、生半可な防御ではガードの上からでも吹っ飛ばすリュガではあるが、その彼との幾多の対戦経験からアギは構えを見ただけでリュガの攻撃をある程度見極めることができた。

 

 

 間合いのギリギリに立ち、縦の攻撃には左右、横ならば前後のステップで回避。

 

 フットワークを巧みに使い分け、円を描くような旋回運動を心掛けることで正面に立つことをなるべく避けると、リュガは剣を構え直すのに攻撃がワンテンポ遅れ対応しやすくなる。《大剣士》というクラスは手にする得物から小回りが効かず、対人戦に余り向いていないのだ。

 

 とはいえリュガもそんなことは百も承知。彼の攻撃力ならば1撃で形勢を逆転できるのだから油断してはいけない。アギも攻める時は常に「欲張ってはいけない」と自分に言い聞かせている。

 

 アギにとって警戒すべきはカウンター。そしてもう1つは、

 

 

「――っの、こいつでどうだぁぁ!!」

 

 必殺技とも呼ぶべき大技。

 

 

 アギのスピードと小技のパンチに翻弄され、痺れを切らしたリュガはバックステップ。距離を取った彼は地面に剣を叩きつけ、その反動で高く跳び上がった。

 

 移動系大剣技《爆砕跳躍》。女学院の外壁くらいなら軽く飛び越えてしまう大ジャンプにギャラリーが驚き、揃って空を見上げる。

 

 更にリュガが繰り出そうとしているのは、彼の得意とする大剣技地の型《地衝割波》だ。高い打点から放つことで威力が上乗せされるこの技は《爆砕跳躍》と非常に相性が良い。

 

 このコンボ技は流石のアギもステップだけで躱せる代物ではない。

 

「くらいやがれぇぇぇぇ!!」

「おまっ、周囲の被害を考えろ馬鹿野郎!」

 

 アギはリュガの見境の無さに叫んだ。そんなにテストで負けたのが悔しかったのか?

 

 でもここで逃げたりでもしたら、アギの背後で観戦している女子生徒たちが巻き込まれ被害を被ってしまう。

 

 《地衝割波》は衝撃放射系に属する技。単なるジャンプ斬りではなく、剣を叩きつけた衝撃波が土砂と共に襲い掛かる2段構えの剣技なのだ。

 

 

 どうする? 真上から襲いかかるリュガを前にしてアギは考える。

 

 いつもの《盾》ならば真正面から受け止められることができただろう。だが今のアームガードに頼った《幻想の盾》では強度が心許ない。下手をしたら両腕を複雑骨折するなんて惨事も考えられる。

 

 逃げる選択も無し。女学院の生徒たちは傍で待機するユーマやアイリーンが守ってくれるかもしれない。しかしリュガを相手に背を向けるなんて真似はやっぱりしたくない。

 

 ならばリュガの剣をギリギリまで引き付けてからバックステップで回避し、直後に来る《地衝割波》の衝撃波だけを《幻想の盾》で防ぎ自分が女子生徒たちの壁になる、というのがベストだろうとアギは思い至った。

 

 そこまで考えたが。

 

 

「…………試してみるか?」

 

 

 リュガの必殺コンボ。これに似た状況を最近アギは見た気がする。それで急に閃くものがあった。

 

 

 《用心棒》。あの男だったら――

 

 

 烏龍流武術の優れた使い手である謎の旋棍使い。昨日見た武芸者の姿は、まだアギの目に『記録』として焼き付いている。

 

 問題は攻撃を受ける瞬間、その時の姿勢。リュガが相手ならば剣を受けるタイミングを計ることができるし『理想となる姿勢』はアギは間近で見て覚えている。試す価値はあると思った。

 

 《避重身》は無理でも、あの技ならできるかもしれない。

 

 

 アギは逃げるどころか剣を回避することも辞めた。脚を軽く開いて踏ん張り、攻撃に備えて体勢を整える。

 

 両腕は頭の上。片方の腕をもう片方の腕に添えて「入」のかたちに腕を組む。ゲンソウ術を発動し《幻想の盾》でアームガードの装甲を補強。体勢は整えた。

 

 この時になってリュガは、アギが《盾》も使わずに《地衝割波》を受け止めようとしていることに気付く。

 

「アギ、お前まさかっ」

「さあ……きやがれ!」

 

 激突! 大剣と装甲がぶつかり合い、激しい火花を散らすのは一瞬のこと。

 

 

 肝となるのは『角度』だ。真上からの大剣の1撃、その受け止めた衝撃を『2つに分解する腕の傾斜』がこの技のポイントだった。アームガードの防御を通じてアギが受けた剣の衝撃は半減。総重量200キロ近いリュガの攻撃をなんとか堪えきる。

 

 そして。リュガの大剣は分解されたもう一方の力、装甲の斜面に平行に働く力に沿って真下へと滑り落ちた。渾身の《地衝割波》を受け捌かれたことにリュガは衝撃を受ける。

 

 忘れもしない。これは《用心棒》がリュガの《溶斬剣》を捌いた技と同じもの。

 

 この技は、

 

 

「烏龍流体術、《傾斜凌ぎ》。できたぜ」

「っのやろう!」

 

 技の成功にアギは笑った。してやられたリュガもまた。

 

 ならばこれはどうだ! と、リュガが続けて繰り出すのは昨日の焼き増し。

 

 振り下ろした剣はそのまま叩きつけず、勢いを殺さぬよう遠心力を使い体を回転。剣をすくい上げながら放つやや斬り上げ気味な回転斬りは大剣技水の型の亜種、《逆巻く風の太刀》だ。

 

「絶対に負かして、カンニングを認めさせてやる!」

「しつけぇよ!?」

 

 次のアギはどう動く?

 

 

 

 

「……ところでマイカさんは?」

「彼女なら」

 

 ふと思い出してユーマが訊ねるとアイリーンは簡潔に答えた。

 

 

 

 

「……勉強はできない、って言ってたくせに」

 

 只今追試中。ちゃっかり追試を回避したアギに恨み言を呟いている。

 

 +++

 

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