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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
176/195

アギ戦記 -護衛2日目(昼) 2

 ユーマが明らかにする作戦の全貌


 

 +++

 

 

 ユーマはタダで学園に戻ったわけではない。彼が報道部で可能な限り情報を集め、対策を練って護衛任務に復帰するのは最初から予定通りだった。

 

 

 1度目の襲撃で《用心棒》をはじめとする『奴ら』の脅威を目の当たりにしたユーマとヒュウナー。辛くも襲撃を乗り切った2人は、その後の作戦として一時二手に別れることにした。

 

 この時。ユーマがマイカの怒りを買い任務から外されたというのは口実。「出て行け」「帰れ!」などと怒れる彼女にキツく罵られたのは本当ではあるが、本来の依頼主でない彼女にそんな権限などない。

 

 それで2人のエースが分担した役割とは、ヒュウナーは引き続き女学院に残り『奴ら』を警戒、ユーマは学園に戻って情報収集といったもの。ユーマは自分の抜けた(戦力的な意味で)穴を埋めるべく、ヒュウナーとも連携が取りやすい《バンダナ兄弟》に代役を頼んだというわけである。

 

 1日の時間を得てユーマが計画した女学院の防衛作戦。女学院の見取図に書き込まれたおびただしい数の砂の罠をみれば、彼がどれだけ本気なのかが窺える。

 

 でも。ここまでのユーマの案を聞いた限りでは、それは。

 

 

「歌の姫さんの護衛もまとめて、もしかして最初から」

「お前1人で十分じゃなかったのか?」

 

 アギとリュガ。2人が薄々と感づいていたことだ。

 

 魔術師系の中でも《精霊使い》はレアクラス。世界を守護する精霊を使役できるその力は本来とてつもないものだといわれている。そしてユーマ自身も得体の知れないところがある。今の彼らはまだ、ユーマの『底』をみたことがないのだ。

 

 豊富な(どこか偏って雑多な)知識と知恵。ずば抜けた(というより突飛な)行動力。これらを基に多岐に渡って活躍する学園の新たなエース《精霊使い》。自分たちに代役など頼まず、最初からユーマがずっとマイカの護衛を務めていれば、

 

 

 昨日の俺達の失態も、なかったのではないのか?

 

 

 と、心のどこかでつい思ってしまう。いくら気持ちの切り替えができても、《用心棒》から受けた敗北感が拭えているわけではないから。

 

 アギ達の疑問、彼らが向ける訝しげな視線に何を思ったのか。ユーマは困ったように肩をすくめた。

 

「言っとくけど。俺1人で全部を守るだなんて当然無理があるから」

「当然、って言い切るのかよ」

「そうさ。この前だって俺はヒュウさんと2人で痛み分けだったんだよ。仕方なくマイカさん埋める羽目になったし」

「……そういやそうだったな」

「仕方なく、て何よ」

 

 ユーマも《用心棒》には痛い目にあっている。

 

 それを思い出しアギ達が納得する一方で「当然のように埋めるなんて言わないで」と、マイカが文句を言っている。

 

 

 本音を言えば。

 

 期限の間、セイカ女学院だけ、あるいはマイカだけを守り通すのならば、1人でなんとかなるとユーマは思っている。少年は伊達に2人の兄に鍛えられたわけではなく、その上今の彼には無茶な要望に応えてくれる精霊もいるのだから。

 

 しかし今回の事件の『根本』を調べる内に《用心棒》をはじめ、幾つかの事情が絡まり合い、予想以上に複雑化していたことをユーマは知った。情報収集に立ち寄った報道部の部長からは、この場で皆に話すことができないような内容も聞かされている。

 

 不可解な話も。

 

 

 ――《用心棒》だっけ? 君らがそう呼んでる彼、なるべく相手にしちゃ駄目だよ

 

 

 余計ややこしいことになるよ、と部長の彼女は忠告した。ただそれだけの説明ではユーマも理解できず、素直に「了解」とは頷くことができなかった。

 

「実は敵ではないのですか?」と訊ねてみれば、部長は曖昧な笑みを浮かべるだけ。どの道あの旋棍使いの道着男が『奴ら』と行動を共にするのなら、マイカを狙って来た時は迎え撃つしかない。

 

 最初こそアギ達に頼んだのは自分の抜けた戦力の穴埋め程度であったが、ヒュウナーの復帰の目処が立たない以上、ユーマは彼らの力を必要としていた。

 

 

「聞いて。『奴ら』の襲撃で1番怖いのは、数を活かした多面攻撃。マイカさんを狙って女学院を襲撃してきた時、俺は学校を守る為に通信指揮と砂更を使った足止めに専念するしかないんだ。マイカさんの護衛と、もし学内に侵入を許した時は実働部隊の2人に頑張って貰わないと」

「実働、部隊?」

「どういうことだ?」

 

 ユーマは説明した。自分はもう手一杯だと。

 

 砂更には1日中セイカ女学院全域を警戒させ、風葉はもしもに備えマイカに張り付けている。つまり防衛体制を維持する間、精霊のいないユーマの戦闘力は激減して当然。

 

「精霊のいない《精霊使い》なんて、おやっさんの麺にドゲンのスープとチャーシューがないのと一緒なわけで」

「……どんな例えだ?」

「だから2人にはスープとチャーシュー役を」

「わかんねぇよ」

 

 言いたいことはなんとなくわかるけど、麺がユーマだとしてどちらが風葉で砂更なのか、あるいはアギでリュガなのかが全く不明。

 

「要は戦闘になった時はユーマ抜きでやれって話か」

「一応後方支援はできると思うけど。当てにはしないで。アギがアイリさんを連れてきてくれたから何とかなると思う」

 

 学園にいないと思っていたはずのアイリーンが加入したのはユーマにとっても大きい。魔術師である彼女ならば、戦士系の2人が苦手とする間接攻撃への対処など、サポートを完璧にこなしてくれる。

 

 アイリーンを連れてきたアギを「ファインプレー」とユーマは褒めた。

 

「でもアイリさんはリアトリスさん達と一緒じゃなかったっけ? エイリークは?」

「その話はまた後にしましょう。しかしユーマさん」

 

 ここまでの話を聞いたアイリーンには疑問があった。それは結局の所、ユーマの考えた策は籠城戦。『救援』が来ることが前提の、守りの策でしかないことだ。

 

 精霊の警戒網は効率化して消耗を抑えても無制限に張り続けられるわけでなく、期限があるとしても長期戦は不利なはず。

 

「後手に回りすぎていませんか? 守るだけでは、マイカさんの問題に関して根本的な解決にならないのでは」

「まあね。でも、『そっち』は俺達の役割じゃない」

「役割、ですか?」

「アギには昨夜ちょっとだけ話したんだけど……」

 

 それは、昨晩の打ち上げの合間のこと。

 

 

『まあ何をするにもマイカさん達を守りつつ再起塾を撃退しないとね。再起塾の方はもうミストさん達が動いてる』

『忍者の先輩が?』

『最初からそういう算段だったんだ。俺達は護衛チーム』

 

 

 次にユーマが話す内容は、全員を驚かせた。

 

 盗聴対策を施してまでしてユーマが話す、重大な機密情報とは。

 

 

「昨日の夜の内に『奴ら』のアジト、2つ潰したってさ」

 

 +++

 

 

 《歌姫》を巡る争いは既に、次の局面に突入している。

 

 リーズ学園VS再起塾。それは『奴ら』に対し度重なる敗北を経て、遂に本気となった学園のエース資格者達、《Aナンバー》の逆襲である。

 

 

「あいつらのアジトを、潰した?」

「しかも2つ」

「そう。別働隊の殲滅チームが、動き出したんだ」

 

 ユーマら『護衛チーム』とは別に、学園都市に巣食う『奴ら』を全て捕える目的で動く2つの『殲滅チーム』。

 

 今回動いた学園のエースとその陣営とは、1班が《霧影》ミスト・クロイツ、元エースの《黙殺》を擁する報道部隠密班及び幽霊部員達。そして2班が《蒼玉騎士団》を率いた《青騎士》、クオーツ・ロアに《獣姫》メリィベル・セルクスを加えたメンバーである。

 

 報道部が学園都市中からかき集めた再起塾の情報。ケルベロスの着ぐるみを着て嗅覚が犬の3倍?(*メリィベル曰く)となった《獣姫》の並外れた探索能力。

 

 2つの殲滅チームは、それぞれの能力で再起塾のアジトと化している廃校や工場跡などの割り出しに成功。昨夜は学外警備隊と連携して『奴ら』に夜襲を仕掛けたという。

 

「《獣姫》に廃校のアジト……まさか今朝の新聞の記事は」

「魔獣騒ぎのやつ? あれはメリィさんが暴れたから。情報操作の偽情報だけど」

「……まさか本当に」

「本当に『あれ』だったのかよ……」

 

 アイリーンとアギは、今朝学園で見た黒いわんこの着ぐるみを思い出して絶句、というか呆れてしまった。

 

 

 ユーマは、魔獣騒ぎの記事は夜間に警戒網を敷くための理由付け、方便だと説明した。

 

 殲滅チームの行動は基本的に夜襲で大規模な捕り物を行うため、事を公にさせず、一般人を巻き添えにしないようにするための配慮であるという。

 

 しかしアイリーンが読んだ記事は、学園都市全域に配布されるような公共新聞である。そんなものに偽情報の記事を載せて情報操作させるなんて一体、どうやったのだろうか。いくらなんでも学園の報道部がそこまでやれるとは思えない。

 

 それに。驚くべきことは情報操作だけではなかった。

 

 魔獣が出たと呼ばれるほど《獣姫》が暴れたのは事実。ではその実態とは。

 

「今朝聞いた報告だと、アジトの1つに夜襲を仕掛けたメリィさんとクオーツさんのいるチームが、《用心棒》とぶつかったらしい」

「!」

「おい、ユーマ。それじゃあ」

 

 

 《用心棒》はどうなった。

 

 まさか。倒せたのか? 手痛い敗北を喫した2人が、身を乗り出して訊ねる。

 

 

 《獣姫》は『なり』はアレだけれど、着ぐるみ次第で能力が千差万別に変化する意外と万能型の戦士だ。『うさベアさん』装備した彼女ならば、近接戦のパワーは《剣闘士》を上回る学園一、『けるベル子さん』の3つの首? から繰り出される打撃は《賢姫》の一太刀よりも速い。

 

 《青騎士》だって今は本領の馬術を使えないものの、精鋭《蒼玉騎士団》を率いる優れた指揮能力は健在。集団戦のみならず個人の戦闘能力も剣、槍、弓、盾といった水属性の武装術式を瞬時に使い分け、白兵戦から中距離戦まで1人で対応できる彼の立ち回りは、他のエース達に引けをとらない。

 

 はっきり言って《獣姫》、《青騎士》の2人と《鳥人》、《精霊使い》の2人を比べるならば先輩である前者の方が上。というのがアギ達共通の認識である。

 

 いくら《用心棒》が強いとはいえ、《会長派》の2大戦力である先輩達ならばあるいはといった、期待に似た気持ちを持ってしまう。

 

 しかし。彼らの問いにユーマは「残念だけど」と言って首を真横に振った。

 

 ユーマの話では、夜襲を受けた《用心棒》は散り散りで逃走を図る『奴ら』の殿として、2人のエースをたった1人で相手にしたらしいが。

 

 

「2人がかりで撃退、追い払ったって言うのが正しいのかな? 《会長派》の殲滅チームはアジトこそ潰したけれど、肝心の『奴ら』は幹部らしい奴を含めて結構な数が逃げられたって」

「……マジかよ」

 

 ベテランであるはずの3年のエースが、2人がかりでも倒せず、捕らえきれなかった。その事実はマイカを除く学園のメンバーにとって衝撃だったといえる。

 

 《用心棒》と武器を交えた彼らは特に。

 

 

「俺達が……最初から敵う相手じゃなかったというわけなのか?」

「リュガ。弱気になるなんてらしくないよ」

「だけどな」

「俺達は負けてない。追い詰めているのはこっちだ」

 

 ユーマは自信を持って言い切った。

 

 根拠はある。個人の戦闘力では《用心棒》に敵わないとしても、組織戦ならば学生崩れの集団など圧倒できるのだから。

 

 ユーマ達の味方は学園、ひいては学外警備隊を管轄する学園都市だ。

 

「昨日の時点で『奴ら』は何人捕まったと思う? 約450人。ライブ前の襲撃から更に150人も捕まえたんだ」

「ユーマ?」

「再起塾のアジトがあといくつあるか知らないけれど、場所は報道部がある程度突き止めている。殲滅チームは今夜も別のアジトを急襲するし、散り散りになった『奴ら』は学外警備隊が追い詰めて虱潰しに捕まえる。これを数日繰り返せば」

「壊滅、ですか」

「それが最終目標だよ、アイリさん」

 

 単なる護衛任務では既になくなっていた。ユーマによって明らかにされる大規模作戦の全貌に全員が驚く。

 

 ユーマは言った。

 

「狙われたマイカさんやセイカ女学院を守ることは、俺達の目的として何も変わらない。でも。もうそれだけの問題でもない」

「問題? 何がだ?」

「こう言うのもなんだけど俺が護衛任務に失敗して、ヒュウさんも《用心棒》にたった一撃で負けた。学園のトップであるはずの《Aナンバー》が同じ相手に2度も失敗した事実は、学園の生徒全員の沽券に関わる問題でもあるから」

 

 失敗を取り戻す為に。学園は全力で事に当たらなければならない。

 

 

 『引き金』はヒュウナーだった。マイカの不興を買ったとはいえ、《用心棒》を含めた『奴ら』を追い払うことに成功したユーマと違い、彼は学外の公の場で瞬殺されている。

 

 エース資格者の呆気無い敗北。それは「犯罪集団とはいえ所詮学生崩れでしかない」とタカを括っていた『奴ら』の脅威を再認識させる結果となってしまう。やられてしまったヒュウナーにすれば不本意で屈辱だっただろう。ユーマもこの事実だけは最後までアギ達に伏せている。

 

 けれど。それは決して悪い話ではなかった。大きな脅威ほど、対処するにはより大きな力が必要とされるのだから。

 

 

 エース資格者を大量投入した大規模襲撃、再起塾壊滅作戦の決行。それに伴う学外警備隊を動員する許可。

 

 結果的に『学園都市の協力』を得ることができたのは、学園のエースである《鳥人》が《用心棒》に負けたことに拠るのだった。

 

 

 ユーマは皆に伝えた。『奴ら』と戦うのは俺達だけじゃないと。

 

「皆がそれぞれの役割を担って打倒再起塾に当たっている。俺達も」

「ユーマ……」

「《用心棒》のことはミストさんやクオーツさんら先輩たちに任せよう。いざとなったらこっちには学園最強っていう切り札もあるし。だから俺達は……」

「お前はそれでいいのか?」

 

 話を遮ってまで思わず訊ねたのはアギ。

 

 《盾》を剥ぎ取られた時から両腕に纏い付く、虚ろで頼りない感覚はまだ残っている。

 

 拭い去ることができない敗北感。悔しいと思う気持ちはリュガも同じなはず。

 

「このまま、先輩達に尻拭いさせるような形になって。俺は……」

「……アギ。リュガもまた忘れてない? もし《用心棒》と戦いたいだけなら、俺から頼んで殲滅チームに行ってもいいけど」

 

 2人こそそれでいいの?

 

 淡々と訊くユーマの問いに2人は「はっ」とする。

 

 

 ――未熟な。周囲に気を配れ。戦闘にかまけ過ぎだ

 

 ――今、俺を倒すことに何の意味がある? 君たちは、何故ここにいる

 

 

 リーズ学園の名が泣くぞ。

 

 失望したように自分たちに言ったのは、誰だったか?

 

 

 因縁の再起塾だからと最初に手を出して斬りかかり、相棒の危機を前に護衛対象を放り飛び出して。

 

 目の前の強敵に拘るあまり、挙句にマイカを攫われかけるという失態を犯してしまったのは昨日のこと。2人は忘れているわけではない。

 

「アギ、答えて。ここに集まった俺達の役割、なんだと思う?」

「……あいつらから、今度こそ歌の姫さんを守り抜くことだ」

「……えっ?」

 

 何の照れもなく真剣な顔つきで答えたアギ。

 

 それで。話の蚊帳の外に置かれがちだったマイカは、突然名前を呼ばれ何と言われたのかを間を置いて理解すると、顔を横に背け急に赤くなる頬を隠そうとしていた。

 

 隣に座る彼女の慌てた様子にまったく気付いていないアギには、対面にいて2人の様子が丸わかりのユーマは苦笑い。アイリーンもマイカを見て『微笑ましい』と言わんばかりに微笑を浮かべている。

 

「どうしたんだ?」

「いえ、何も」

「女学院の防衛も忘れないでね」

「勿論だ。もうあいつらの好きには絶対にさせねぇ。そうだろ、リュガ」

「ああ。要は俺達、再起塾を潰す手伝いをやってるんだろ?……願ったりだ」

 

 この時。リュガの翳りに気付いたのは、おそらくアギだけ。

 

「お前……」

「それでユーマ。俺達は女学院で何をすればいい?」

 

 やる気を出し話を進めるリュガ。アギは「大丈夫か?」と訊きそびれてしまった。

 

 アギの懸念。それは再起塾の存在がリュガを不安定にさせること。去年起きたある事件が原因である。復讐と憎悪の熱が彼の心の中でまだ燻っていることは、昨日の騒ぎでアギははっきりとわかった。

 

 熱くなる分はまだいい。でも『その先』はマズイ。大丈夫だと信じたいが。

 

「アギ。聞いてる?」

「……ああ悪い」

 

 起きないかもしれない惨事に不安を抱えても仕様がない。アギは気持ちを切り替えた。

 

 

「俺は何をすればいい?」

「基本的にマイカさんの護衛。それと女学院のパトロールかな? まず見取図に書き込んだ警戒ルートを覚えておいて。砂更が危険を察知した時は2人に俺からPCリングで連絡入れるから、すぐ駆け付けられるように」

「わかった」

「でも図面のバツは結構数あるな。覚えるのは面倒そうだ」

「だな。氷の姫さんは?」

「私は覚えました」

 

 アイリーンはユーマと一緒に調査がてら、現地を見てきている。

 

「放課後にでもパトロールを兼ねて見て回ってくるといいよ。あと学園でティムスに頼んでリング用のマップデータも作ってもらってきたから。2人には写しておくよ」

「それは助かる」

 

 言ったのはリュガ。ユーマに向けてPCリングを嵌めた腕を伸ばす。

 

 リュガはリング同士を接触させることでユーマからデータを受け取り、馴れた手つきでPCリングを操作。早速マップを呼び出す。

 

 リュガがリングから投影される仮想モニター『ウインドウ』に2Dマップを表示させると、マイカをはじめとする皆が感嘆の声を漏らした。

 

「地図が、浮いてる? そんなこともできるの? この校舎裏にある赤い矢印は何?」

「リュガの現在地。俺とヒュウさんが初めてセイカ女学院に来た時、PCリング用の仮設中継器アンテナ建てたでしょ? 通信した時あれを起点に位置を割り出してる」

「成程な」

「反射を基にした測量、でしょうか?」

 

 なんとなく理解の意を示したのはリュガとアイリーンのみ。ユーマを含むPCリングの高度な機能を使いこなせる3人にアギはついていけない。

 

「お前ら、何をどうやったんだ?」

「……リュガ、あとで教えといて」

「説明書読めよ」

 

 本は読みたくないと主張するアギに呆れ、操作の説明を面倒がるユーマとリュガ。

 

「だったら氷の姫さん、教えてくれ」

「私は構いませんけど、いいのですか?」

「何が?」

 

 マイカの不機嫌ゲージ、上昇中。

 

「……止めておきましょう。アギさんは自力で頑張ってください」

「なんだよ皆して。俺だって地図出したりしてみてぇのに」

 

 不貞腐れた。

 

「もういいぜ。地図は目で覚える。ユーマ、見取図くれ。暗記する」

「いいけど。失くさないようにね」

 

 覚えるのは大変だと思うのだが、「まあ、いいや」とユーマはアギに図面を渡した。

 

 

 作戦のまとめに入る。

 

「いい? 俺達の任務は殲滅チームが『奴ら』を壊滅させるまでの間、女学院に留まってあいつらのターゲットである《歌姫》を守り通すこと。拠点となる女学院に怪しい奴は誰1人通さない」

「ああ」

「殲滅チームが再起塾のアジトを潰しまくって『奴ら』を疲弊させ、戦力を削ぎ落としながら追い詰める。後がなくなった『奴ら』が自棄になってもし、女学院を襲いにきたならば迎撃しつつ……」

「どかーん」

「と、風葉が言うようにここで砂更の罠にかけて一網打尽!」

「お前、罠とか本当好きだよな」

 

 呆れたのはアギだけではない。

 

「最後! 残った《用心棒》はエース総出でフクロにして終わり! ミッションコンプ」

「ひ、卑怯くせぇ……」

 

 敵であるはずの『奴ら』が気の毒になってきた。

 

 あれだ。《皇帝竜事件》で事実上ユーマに潰された、《竜使い》の騎士団と同じ末路に似ている。

 

「ま。あくまで希望だけど」

「だろうな」

「それにもう1つの問題は……」

「ん?」

「……何よ」

 

 ユーマはアギとマイカ、2人を見た。

 

 

 何事もなく平然としているマイカ。しかし彼女は再起塾の問題とは関係なく、女学院を辞め学園都市を去る気でいる。彼女が抱える謎、隠している思惑はユーマをはじめ誰も知らない。

 

 情報不足だった。彼女の危険を排除した上で女学院に残るよう説得すべきかどうか。今の時点ではマイカに何をしてあげるのが正しいのか判断がつかない。

 

 そもそも。《歌姫》の名に未練はないのだろうか?

 

 学園都市に現れ世界術式まで使える希代の歌い手。彼女が消え去ることを惜しむ人は決して少なくない。ライブの様子を見る限りマイカも心から音楽を楽しんでいる様なのに。

 

 

 《歌姫》がこの先、学園都市で歌い続けることができるかどうか。その為にもマイカの謎を含め彼女のことをもっと知らないといけない。

 

 鍵を握るのはおそらく、

 

 

「マイカさんがこの先どうなるか、アギにかかってるんだからね」

「? 違うだろ。姫さんは俺達で守るんだぜ。お前も頑張れよ」

「……」

 

 ああ。どんなに策を立てても『攻略』は駄目かもしれない。ユーマは心底思った。

 

 

「マイカさんは気の毒というか、趣味が悪いね」

「……何の事よ」

「アギ。もしもの時は……死になよ」

「何で!?」

 

 《歌姫》が学園都市から去った暁には、アギのせいだと報道部にリークしよう。彼女がいなくなることでファンが暴動を起こしでもしたら、生贄にしても罰は当たらないはず。

 

 

 ともかく。マイカが学生として学園都市に残れる時間は、今の所あと4日。

 

 +++

 


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