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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
174/195

アギ戦記 -護衛2日目(朝) 4

《歌姫》VS《銀の氷姫》……なのかなぁ



《前書きクイズ》


Q.エイリーク、アイリーン、ミサ、ポピラ、マイカ。彼女たちを身長の高い順に並べよ。(難易度D:ポイントは全く情報のないエイリーク)


Q.アギの『特性スキル』を推理せよ。(難易度A:次回への予想問題。特性スキルの例。ユーマ《魔力喰い》、アイリーン《感知》、エイリーク《直感》等。これは無理か)

 

 +++

 

 

 アギとアイリーン。学園を出て直後の会話。

 

 

「今日の姫さんは暇してるのか? だったら、俺達のとこ手伝ってくれないか?」

「《歌姫》の護衛をですか?」

「ああ。今の面子に魔術師系がいないのがちょっとな」

 

 この時。思いつきながら名案だとアギは思った。

 

 アギもリュガも頭脳労働に不向きな純粋な戦士系。《精霊使い》のユーマが万能型ではあるが、奴は行動が突飛で無茶苦茶。良くも悪くも何に巻き込まれるのかわからない。

 

 その点アイリーンは知能派で後方支援向きな魔術師。護衛チームのバランスを補強する上でも最適な人材だった。マイカにとっても同性の護衛がいた方が心強いだろうともアギは考えた。

 

 お姫様に一般人の護衛を頼むという、妙なことになっていることはさておき。

 

「いいですよ。《歌姫》の歌、世界術式には興味があります。彼女と話ができる良い機会ですから」

「……歌の姫さんは魔術師じゃねぇんだから、ほどほどにしてくれよ」

 

 

 アギの懸念は、その程度だった。

 

 +++

 

 

 現在。セイカ女学院校門前。

 

 静と動。氷に炎。

 

 対面するのは対極的な、2人の美少女。

 

 

 アギは昨日何度となく見た、燃えるような瞳を今日も目にしている。《用心棒》を前にしても怯むことがなかった、すべてに挑むようなマイカの瞳だ。

 

 射抜くような強い視線。向ける相手は、アギの隣に立つ彼女。

 

「マイカ・ヘルテンツァーさんですね。挨拶が遅れました。私はアイリーン・シルバルムと……」

「知ってるわよお姫様。それで? リーズ学園の《銀の氷姫》が女学院に何の用なのよ」

 

 出だしから喧嘩腰。取り付く島がない。

 

「何よ」

「はあ。……アギさん」

「姫さん?」

 

 敵意剥き出しで威嚇するマイカ。これに初対面であるはずの彼女に睨まれる覚えのないアイリーンは困惑するだけ。アギに助けを求めるが、彼も何故こうマイカが不機嫌なのかわかっていない。

 

 互いに戸惑った顔を見合わせる2人の様子に、マイカの不機嫌ゲージが微弱増量。

 

 アギ。

 

 声を掛けられるよりも早く、マイカが彼の名を呼んだ。

 

「あんた、どういうつもり? あたしの護衛のくせに遅刻してくるわ、遅れてきた挙句に彼女をつれてくるわ、何様よ!」

「なにさまってなんだよ。大体今日は用事があって朝遅れて来るとは、昨日の内にユーマに言っておいたぞ」

 

 彼女の剣幕に若干圧されながらも、アギは肩に担いだアームガードの布袋を見せて理由を話した。

 

 マイカの頭に羽妖精の姿をした精霊が乗っかっている以上、既にユーマも女学院に来ているはずだ。聞いていないのだろうか。

 

「ユーマはどこだ? あとリュガ」

「朝に会って、頭の上にいるこの子をあたしに預けたっきり。あとは知らないわよ」

 

 そこまで言って鼻を鳴らす。……リュガは?

 

 あと、マイカはアギの言い分に全く納得していない。

 

「それで。彼女は何よ」

「氷の姫さんか? 朝飯の時偶然会ったんで、手伝いを頼んで来てもらった。頼りにしていいぜ。俺よか断然すげぇからな」

「偶然?」

 

 不機嫌ゲージ、蓄積。

 

「……」

「マイカさん?」

 

 改めてアイリーンと向き合ったマイカは、まるで値踏みするように彼女を見た。

 

 巷で氷の姫と呼ばれているのだ。もっと冷たい感じで、お高くとまったイヤな女を想像していたというのに。間近で目にした《銀の氷姫》は全くそんなことがなかった。

 

 

 肌は雪のように白く、癖のないロングストレートの髪は煌めく白金。険のあるところなんて1つもない知的ですっきりした美貌。

 

 不躾な視線を向けられて困惑の表情こそ浮かべてはいるものの、それでも人と向き合う姿勢を崩さない。まっすぐに見つめ返してくる瞳は透き通った蒼氷色をしている。

 

 身長はおそらく160と少し。マイカの方がちょっと高いくらい。繊細なつくりで妖精めいた可憐な容姿は比べ用がない。マイカとはタイプが違いすぎる。身に纏う空気も冷たいものでなく、涼やかで清涼だった。

 

 それに。いくら《歌姫》と呼ばれようがマイカは南国の田舎出の一般学生。北の大国の姫君という『本物』を目の当たりにしては、嫌でもコンプレックスを感じてしまう。これで実力派の『美少女魔術師』としても有名であれば、詐欺ではないかとも思ってしまう。

 

 何より。マイカが1番気に入らないのは、そんなお姫様が『噂通り』、『自分の護衛』と親しくしているという事実を見せつけられたこと。そうでなければ頼まれただけで学業を無視して、ホイホイと『彼』のいる女学院に付いてくるものか。

 

 ……と、マイカは考えているが。

 

 アイリーンの目当てがあくまで《歌姫》であったとマイカが察することはない。感情の振れ幅が激しい彼女の視野はものすごく狭かった。

 

 

 まあまあね。対面に立つアイリーンをまじまじと観察したあと、内心負け惜しみを呟く。実は自分にない『お姫様然とした』彼女の容姿こそマイカの理想であり、一種の憧れであったりする。

 

 しかし。負けん気の強いマイカはただで敗北を認めることができなかった。平静を装いながらアイリーンに勝てる要素はないかと懸命に探す。

 

 勝機はすぐに見出した。

 

「……ふーん」

「あの、何か?」

 

 アイリーンはまだ気付いていない。マイカが余裕の笑みを取り戻した理由を。

 

 彼女がマイカに決定的な戦力差を見せつけられたのは次の瞬間。

 

 

「ふっ。勝ったわ」

 

 

 大人びてセクシーだと評判の、自慢のプロポーション。

 

 スタイルの良さをみせつけるように胸を張って見下す視線の先は、アイリーンの胸元。

 

「……」

 

 ようやく彼女が何が言いたいのかわかったアイリーンは、

 

「――!?」

 

 いや。近くで様子を伺っていたアギは、

 

 2人の間でただならぬ緊張が走ったのを感じた瞬間。アギは本能に従って真横に跳び、地面を転がった。

 

 

 すぐさま頭上を、氷の塊が飛んでいく。

 

 

「あ、危なっ! 姫さん、いきなりなんだ!?」

「アギさん。どうやら私、彼女に喧嘩を売られているようなのですけど」

 

 アギに向かって片腕を伸ばしたまま、アイリーンが答える。

 

「……俺に《氷弾》を撃つ理由は?」

「私は冷静です」

 

 一般人のマイカに、攻撃術式をぶつけてはいけないと判断できるくらいには。

 

「ふん。敵わないと見て他所に八つ当たり? 《銀の氷姫》も大したことないわね」

「あ、貴女は。……いったい、何の話でしょう。私には分かり兼ねますが」

「シラを切る気? わからないのならはっきり言ってあげる」

 

 

 この貧○。

 

 

「うぉらっ!?」

 

 マイカの言葉を聞き取るよりも早く、今度のアギは即座に対応した。迫り来る《氷弾》に手にした布袋を叩きつけて相殺。

 

 早速アームガードがアギを守ってくれた。もっとも必要となる場面はもっと違う状況をアギは想定していたのだが。

 

「なんで俺を撃つんだよ!」

「私は冷静なのです」

 

 理不尽な悪口を言うマイカに、再度攻撃術式をぶつけてはいけないと、自制を働かせるくらいには。

 

 だからといってアギ(学園一打たれ強いと評判)を撃って良い理屈はない。

 

 

 一方。アイリーンの反応に手応えを感じたマイカは追撃を掛ける。はっきり言って彼女、子供染みていた。

 

「あんたなんて『薄氷の氷姫』で十分じゃない」

「は、薄」

 

 アイリーンは絶句。そろそろ限界か?

 

 まだだ。アイリーンは精神修練の応用で自分を落ち着かせ、マイカを諭すよう、というよりも咎めるように話しかける。

 

「あのですねマイカさん。不躾に申し上げるのもどうかと思いましたが、敢えて言わせて貰います。貴女、常識を考えてください。人の身体的特徴を貧しいとか薄いなどと言ってはいけません。……私だって食事とか運動とか、人並みに努力は……」

「聞こえないわよ。何を言ってるのかしら」

「……このっ」

「姫さん?」

 

 何のことだろう。アギは考えを巡らせて、

 

「……ああ。胸か。姫さんも小せぇことを」

 

 気にするよなぁ、などと言って一応フォローを入れようとしたら、3発目が飛んできてボディに直撃。ヘビィ級のパンチに匹敵する《氷弾》の威力にアギは悶絶。

 

 アギ、先程の台詞は『細かい』と言うのが正解であった。

 

 

「ぐうぅ……!」

「アギさん。貴方には容赦しませんよ?」

「容赦も何も、俺しか狙ってねぇだろうが!?」

 

 今は《盾》が満足に使えないのだ。単発の《氷弾》ならまだしも連射型の《氷弾の雨》なんて受けたら耐え切る自信がない。

 

「つうか《氷弾》の発動速度上がってないか? 秒単位で記録更新とか」

「ふふっ。わかりましたか。実はこの前ユーマさんに『溜め撃ち』なるコツを……」

「そこ! あたしを無視してイチャつくんじゃない!」

「どこが!?」

 

 マイカは目が悪いに違いない。アギは心底そう思う。

 

「……教わって、早くなったんです……」

 

 アイリーンはアイリーンで話を中断されて特訓の成果を自慢できず、彼女までも不機嫌ゲージ上昇。

 

 ちょっぴりいじけだした。

 

「……他にも新術式なんて開発したのだから、あとでアギさんに試し撃ちを頼もうと……今すぐ撃ちましょうか?」

「歌の姫さん! 氷の姫さんを怒らせるような真似をすぐ止めてくれ! 今《氷弾》以上はマズイ。俺が死ぬ!」

「死ねばいいじゃない」

 

 理不尽に不機嫌なマイカ。アイリーンの機嫌を取ろうとするアギに容赦無い。

 

「なっ!? 姫さん!」

「姫さん姫さんうるさい! 何よ、あたしを誰だと思ってるの」

「誰って、歌の姫さんじゃないのか?」

「……」

 

 不機嫌ゲージ、1本追加。『姫さん』の一括りでアイリーンと同列扱いなのがマイカは気に入らない。

 

 アギに《歌姫》と呼ばれることも。そんなこと、アギがわかるわけがなく。

 

 

「本当にどうしてそんなイライラしてんだ? ……ああ」

 

 アギはあることを思い出した。

 

 そういや前に幼馴染のヒサンが、パウマと付き合い始めた頃に彼女のことで何か言っていた気がする。パウマが時々、頭痛に苛まれるように苛々する日があると。

 

 その原因は、

 

「もしかして姫さんは、月にあるっていうアノ日なのか?」

「なっ」

「……アギさん」

 

 そうにちがいねぇ。神妙に納得したアギに『姫さんたち』は沈黙。

 

「まあ、なんだ。女って大変だよな?」

「「……」」

 

 そんなベタなボケをかますものだから。

 

「う、撃ちなさい!」

「……降れよ、氷弾」

 

 アイリーンの《氷弾の雨》だけでなく、マイカの頭の上から《風弾》の速射まで飛んでくるものだから、アギはあっさりと滅多打ちにされた。

 

 今の彼に防ぐ手立てはない。体力ゲージは瞬く間に削り取られ、残り数ドット。

 

「ふん!」

「な、なんで氷の姫さんまで……」

「アギさん。いくらなんでもデリカシーに欠けますよ」

「……で」

 

 でりかしー、ってなんだ?

 

 おそらく《精霊紀》時代のものであろう古い言葉の意味を訊ねる余裕もなく、アギはその場で力尽きた。

 

 しかし。

 

「って待てよ。どうして《風弾》まで飛んでくるんだ?」

 

 もっともな疑問に復活。ぶっ倒れた状態から立ち上がりマイカの頭を見る。

 

 それで。ユーマの精霊であるはずなのにマイカの言うことを聞く風葉といえば。

 

「いちまーい、ですよー」

「仕方ないわね」

 

 マイカから報酬を受け取っていた。おやつ用にとユーマから受け取っていたミサちゃんクッキーだ。

 

 この上なく幸せそうにクッキーを貪る風葉を見ては、険しい表情を一瞬緩め口元を綻ばせるマイカ。

 

「何?」

「……なんでもねぇ」

 

 再びムッとするマイカを見て考えを改めた。

 

 悪いのは誰でもない、放し飼いにして躾がなってない飼い主に問題がある。

 

 ユーマはあとでシメると、アギは心に誓った。

 

 

「なあ。お前のご主人はどうしたんだ?」

「つーん」

 

 アギが訊ねても、風葉はそっぽ向くだけ。

 

「なんだよ、態度悪いな。歌の姫さんが伝染ったか?」

「なんですって」

「ではアギさん。ここは私が」

 

 ならばとアイリーンが風葉に訊ねる。

 

 とここで。彼女が制服のポケットから取り出したのは、小さな紙の包み。

 

「風葉。ユーマさんは何処にいるのですか?」

「そこですよー」

 

 ミサちゃんクッキーを差し出されると喜んで口を割る精霊さん。現金すぎる。

 

「あ! あの馬鹿っ」

「……ユーマさん?」

 

 風葉がちいさな指でさした方向、植栽の茂みの中から慌てたような少年の声が聞こえてきた。

 

 まさか。ずっと覗き見してた?

 

 アイリーン撃たれたり、2人に滅多打ちにされたところとか、全部?

 

 

「ゆ、ゆゆっ」

「あ、アギ?」

「ゆ……ユゥゥゥウマァァァ、ア゛ァァァァ!!!」

「ぎゃあー!!」

 

 鬼だ。それも青鬼だ。

 

 

 この時。溜め込んだ鬱憤を晴らしに鬼気迫る形相でユーマに飛びかかったアギの様子は、常人の10倍以上の長さを持つストレスゲージを解放したブソウの《鬼神モード》に差し迫る勢いだった。

 

 と、のちにユーマは語る。

 

 +++

 

 

 ユーマは怒れるアギに吊し上げを喰らった。

 

 がくんがくんと体を激しく揺さぶられ窒息死寸前に陥るまで首を締められる。見兼ねたアイリーンが止めに入り3分後にようやく解放。《精霊使い》には若干恨みのあるマイカは一切助けに入らなかった。

 

 

 アギが落ち着くのを待つ間、アイリーンがユーマを介抱する。

 

「大丈夫ですか?」

「あー。また死ぬかと思った」

 

 そういえばユーマは先日も鬼神ブソウの吊し上げを喰らっている。

 

「アイリさん、風葉にクッキーあげるのやめてよ。こいつ食いしん坊だからクッキー欲しさにほいほい言うこと聞いて危ないんだ」

「はぁ」

 

 クッキー1枚で精霊に裏切られる《精霊使い》もどうかと思うが。

 

「一体、どこでそんな悪知恵を」

「わ、悪? これは前にウインディさんが」

「エイリークか」

 

 私の考えだなんてとんでもない、と答えるアイリーンに苦々しい顔をするユーマ。確かに他にクッキーを常備しているのはエイリークと作り手のミサくらいしかいない。

 

 精霊界(あると思う)にその名を広げつつあるミサちゃんクッキー。クッキーの普及が進むことはユーマとって結構深刻な問題だったりする。

 

 

「それにしてもユーマさん。覗き見は感心しませんよ」

 

 アイリーンが嗜めるように言うとユーマは、

 

「違う違う。覗きじゃなくて観察……いえなんでもありません」

 

 アギが「あ゛?」と唸ってこちらを振り向いたので口を閉じた。

 

 

 落ち着きを取り戻したアギに加え、マイカもやってきた。

 

 2人してユーマに文句があるらしい。

 

「お前、なにしてるんだよ」

「そうよ。朝からいないと思えば覗きだなんて、趣味悪いわよ」

「そうだ。いたんなら助けろ」

「俺は忙しいんだ」

 

 覗きは否定しない。

 

「大体ね風葉が《交信》で修羅場しゅらばー、って煩いから様子を見に来てみれば、単にマイカさんが嫉妬して癇癪起こしてるだけだったし」

「なっ、何を言って」

「授業はどうしたの?」

 

 言葉に詰まるマイカを他所にユーマは畳み掛ける。

 

「朝の時間も1限目の前も、ギリギリまでここにいたよね? アギでも待ってた?」

「ち、違うわよ。どうしてあたしが……」

「朝ごはん、ちゃんと食べた?」

「……昨日食べ過ぎたからよ」

 

 ユーマは何を知っているというのか。マイカは気まずさを隠すよう増々顰め面になる。

 

「まあ、マイカさんも護衛アギいないと女学院の中でも自分の身が心配だよね」

「……そうよ。何の為の護衛よ。だというのにこいつ」

 

 あたしを放おって《銀の氷姫》なんかと……とまでは言わなかったが、マイカの怒りの矛先が自分に向いたのをアギはしっかり感じとった。

 

「……馬鹿」

「なんだよいきなり。おいユーマ、お前も」

「アギもアギだよ。言っとくけど自業自得だからね。俺は関係ない」

 

 覗きも関係ないと主張。

 

「用事があるとは聞いてたけど、まさかアイリさん連れてくるとは思わなかった。なんで火に油を注ぐような真似するかなぁ」

「はあ? 火に油、って氷の姫さんなら氷じゃねぇのか?」

「そんなボケは聞いてない。新聞読んでないの?」

「……まさか」

 

 新聞と聞いて事情を察したのは、アギではなくアイリーン。

 

「ユーマさん、それはもしや新聞部の」

「そうそう。アイリさんも災難だったね。あれ、学外にも出まわってるらしいよ」

「それは。もう良いのですが」

 

 浮かべた表情は「もしや」とか「まさか」といったもの。

 

 

 ――もしかしたら。これでアギさんも女子に人気が出たりして

 

 ――それで貴方と噂になった私は他の子に恨まれたり、いじめられたりするのですね

 

 

 まさかのまさかだ。

 

 アイリーンは驚きながらアギを見、続いてマイカを見た。「何?」と軽く睨み返す彼女なんてもう気にもならない。

 

「彼女が、アギさんを、ですか?」

「あっ!? あんた、何を言って」

「何故とか無粋なこと聞いたら駄目だよ。こういうのは本人しかわからないものだから。マイカさんはマイカさんなりにアギの」

「ユーマ!」

 

 騒ぐマイカは無視。彼女のわかりやすい反応に意味深に頷くユーマ。よくわかりましたとアイリーンも同意する。

 

「……そうですね。人それぞれですものね」

「こ、氷姫。あたしは別にあんたと違っ」

「ええ。確かに違います。アギさんは頼りになる私の学友。私達の大切な仲間です」

「っ」

「ならば。貴女にとってアギさんは何なのですか?」

 

 この時見せたアイリーンの優美な笑みといったら、今日1番に輝いて見えた。まるで、馴染みのお姫様をからかっている時と同じように。

 

 アイリーンのささやかな反撃。彼女、間違いなくマイカにコンプレックスを突かれたことを根に持っている。

 

 

 それで。問い詰められたマイカといえば、顔を真っ赤にしてなんと答えるべきか言葉につまり、

 

「あ、あたしは、アギのことなんて。アギは……」

「なあ、そっちだけで話ししねぇでいい加減教えてくれ。新聞がどうしたんだ?」

「「「……」」」

 

 一体、話も聞かずいつまで考えていたのか。空気を読まない馬鹿が1人。

 

「アギさん……」

「……マイカさん。ご希望は?」

「埋めて」

 

 ユーマが砂の精霊の名を呼んだ次の瞬間には、アギは突然発生した砂の腕に足を捕まれ、地面に引きずり込まれた。

 

 生首の一丁あがり。

 

「ユーマ! 何しやがる!?」

「さて。マイカさんはそろそろ授業に戻ったら?」

「そうね。シスターが怒るの怖いし」

 

 2人は当然のように無視。

 

「アイリさんには折角来てもらったし、よかったら俺の方を手伝って欲しいんだけど」

「何をするのですか?」

「探知系の結界構築。女学院全域に張ろうと思ってるけど、砂更の消耗を抑えるよう効率化するのが難しくて」

「学校まるごとですか? それも精霊の力を使って。……わかりました。探知系は私の得意とする所。私の知識がお役に立てるなら」

「助かるよ」

「俺を出せーーっ!!」

 

 生首の叫びなんて無視。

 

 

「じゃあマイカさん、今度はお昼休みにね。リュガによろしく」

「わかったわ」

「マイカさん」

「……何?」

 

 別れ際。マイカにアイリーンは、

 

「貴女がもし『あの新聞』を読んだというのなら。私の事は気にしなくて良いですよ」

「……別に。あんたなんてなんとも」

「それと。アギさんのことを書いたあの記事、概ね正しいですから。貴女の人を見る目、間違ってないと思いますよ」

「!」

「またお会いしましょう。今度は貴女の話をお聞かせください。では」

 

 頑張ってください。そう言って彼女はマイカに背を向けてユーマのあとを追った。

 

 

 マイカは、アイリーンの見透かしたような態度がものすごーーく気に入らなくて、

 

 

「こ、このっ、貧○の××××ーーーっ!!」

 

 

 感情任せに人目を憚る暴言を、彼女の背に向かって大声で叫ぶものだから、

 

 

「……墜ちろ。《氷流星》」

 

 

 アイリーンの新術式。空から降り堕ちる巨大な氷塊が、なぜか青バンダナの生首に炸裂した。

 

 

「あ、アイリさん?」

「私は冷静です」

 

 以下略。

 

 +++

 

 

 生首ことアギはまだ生きている。幸い《氷流星》は彼のすぐ傍に墜落した。

 

 

「死ぬ。マジで死ぬかと思った」

「ふん。何よ。あのくらいの脅しにビビって。情けないわね」

 

 お前は狙われてねぇだろ! とアギは言いたいが、これ以上マイカが不機嫌になって置いて行かれてしまったら生首状態からの脱出は不可能。ここはぐっと堪える。

 

「なあ、勘弁してくれよ。そんなに氷の姫さんが嫌いなのか?」

「……そういう訳じゃない」

 

 うまく説明できず彼女は言い籠る。

 

 代わりに別のことをアギに訊ねた。

 

「ねぇ。ユーマと《銀の氷姫》って仲いいの?」

「? そうじゃねぇか。ユーマは学園じゃ珍しい《精霊使い》だし、魔術師の氷の姫さんはあいつに初めて会った時から興味を持ってたぜ。俺には全然わからねぇ難しい話を2人でよくするし」

「……ふーん」

 

 マイカの不機嫌ゲージが、ほんの少しだけ下がった。

 

 

「ま。いいわ。それじゃあアギ、あたし授業に出てくるから」

「ちょっと待て! 俺をここから出してくれよ!」

「あたし1人じゃ無理よ」

 

 これは正論。第一、アギを掘り起こす道具がない。

 

「次の休み時間にリュガくんを呼んで来てあげるから。それまで反省でもして大人しく埋まってなさい」

「反省ってなんだよ。おい、待て!」

「ばーか」

 

 マイカは無邪気に笑って校舎へと行ってしまう。

 

 アギは本当に2限目が終わるまで生首のまま、校門前で過ごすはめになるのだった。

 

 

「……畜生。ユーマといい姫さんたちといい、俺が何したっていうんだよ。それに」

 

 

 リュガはどうした?

 

 +++

 

 

 一方その頃。

 

 

「……」

 

 《バンダナ兄弟》の赤い方、リュガといえばセイカ女学院のある教室の中にいた。ここはマイカのクラスである。

 

 リュガは防御陣地構築に忙しいユーマに頼まれ、マイカの身辺警護に就いていたはずなのだが。

 

 

(マイカさんもアギも、どこにいるんだよ!?)

 

 

 護衛対象の彼女も青バンダナの相棒も、教室には見当たらない。

 

 

「次の問題を……キカさん、お願い出来ますか?」

「あ、はい」

 

 女子生徒しかいない教室の中。彼は肩身の狭い思いをしながら1人授業を受けている。

 

 +++

 

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