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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 後編
173/195

アギ戦記 -護衛2日目(朝) 3

豚に真珠、猫に小判。……アギに新聞



《前書きクイズ》


Q.『アギ戦記』の今回の話までの時点で、《用心棒》と交戦したとされる学園のエース資格者5人を答えよ(難易度C:公にされていない人がいます)


Q.今回の話までの時点で、公開されている『姫』の2つ名を持つ学生をすべて答えよ(難易度E:全部で6人。多分)

 

 +++

 

 

 交際:つきあい。まじわり。人と人との付き合いを指す言葉。

 

 

 親密なものから義理関係まで、幅広く用いられる言葉であるが、アイリーンが口にした意味合いはやはり男女交際といったものだ。そのくらいの機微ならアギにもわかる。

 

 平然と言われたものだから、驚くことさえできなかったが。

 

「氷の姫さんと俺がか? なんで、どこからそんな」

「新聞部です。最近の彼らの記事をご覧になったことは」

「新聞は読まねぇ主義だ」

「それもどうかと」

 

 文字を読めば頭と目が痛くなるというのがアギ。きっぱりと言われればアイリーンも呆れてしまう。

 

「しっかしなぁ……」

「意外と落ち着いてますね。もっと動揺するかと思いましたが」

「そういう姫さんこそ。俺と噂になんてなって平気なのか?」

「私は慣れていますから」

 

 男女共に人気のある彼女のこと、本当にこれまでに何度とあったのだろう。アイリーンは溜息さえ吐かない。

 

「アギさんは私と噂になった人が……いえ、それ以前に私に『噂になりそうなこと』をした人がどうなるか御存知ですか?」

「……あー」

 

 微笑みに薄ら寒いものを覚えた。

 

 不埒な輩ならばアイリーンの《氷弾》が容赦無く炸裂するのだろう。それよりリュガをはじめとする彼女の応援団がまず黙っていない。

 

 アギは妙に納得。「この姫さんと付き合う? あとがおっかねぇよ」というのが正直な感想だったりする。

 

「腹いせに撃つのだけはやめてくれよ」

「……私を何と思っているのですか?」

 

 

 噂の内容はとりあえず置く。アギは噂の出所の方に疑問があった。

 

「学園に新聞部なんてあったか?」

「一応。去年から報道部に統合されて今は『報道部紙面報道2班』と呼ぶそうです。事実上報道部の傘下に置かれた元新聞部の部員たちは現体制を良しとせず、今も新聞部を名乗っています」

「やけに詳しいな」

「アーシェリーさんの話ですから」

 

 だからアーシェリーって誰? というのがアギの素直なところ。アイリーンの情報源は生徒会の大幹部、時には生徒会長や《青騎士》さえも黙らせる総会書記長様である。

 

 《アイリーン公式応援団》の副団長たる彼女。今回のスキャンダルもどきの件に関しては己の地位にかけて(*あくまで応援団として)新聞部と全面抗争する気でいる。

 

「それで新聞部なのですが、彼らは報道部から再独立を果たそうと公式学園新聞『リーズ学園だより』と新聞の発行部数を競い合っています。ただ、人気を取ることを重視しすぎてゴシップにばかり奔る傾向にあるのですけど」

「ゴシップ?」

「古い言葉です。根拠のない噂話。とりわけ大衆が好みそうな有名人の色恋沙汰や醜聞といったところですね」

 

 話題を盛り立てる為に、あることないこと記事にする新聞部。彼ら自体が噂の発信源となっているとか。

 

「今回の私達の噂も、大した根拠もなく記事にしているのですよ」

 

 例えば昇級試験の前。アイリーンはアギに体術や体力強化の手解きを受けてもらっていたこと。

 

 例えば皇帝竜事件。巨大な皇帝竜の攻撃に晒された彼女をアギが庇ったこと。

 

 それらの目撃例だけを根拠に真相を確かめず「《銀の氷姫》を守る騎士現る!」なんて記事を書いたりするものだからたまったものではない。

 

「……なんだよそれ。迷惑な奴らだな」

「噂の的にされる人は特にですね。前にあったユーマさんとウインディさん、2人の関係を学園に面白おかしく広げたのも彼らなんです」

「あーあれか」

 

 そういうのもあったな、とアギ。ユーマが学園に来て間もない頃の話だ。

 

 確かあれは新学期のはじめ、人集りのできた正門の前でユーマがエイリークの短剣を持って現れたことが原因で……

 

「ん? あれってユーマのことを『風森の姫さんの騎士だ』って最初に言ったのは氷の姫さんじゃなかったか?」

「まさか。第一アギさんはその時、墜落して気絶していたではありませんか。覚えているのですか?」

「……そういやそうだった」

 

 思い返せば腹ただしいことに、1話目からユーマに盾扱いされて救護室送りだった。

 

「……あの野郎。大体学園に来る前の砂漠からあいつは……」

「何を思い出しているのか測りかねますが」

 

 アイリーンは、アギが別のことに気を取られている内に、

 

「『発端が誰であれ』良くない噂を広めるのは大抵新聞部なのです。ええ。だからあの時の事は私に一因があるなど一切ありません」

 

 しれっと誤魔化した。

 

「なにか言ったか?」

「いいえ。あとこれは余談ですけど、アーシェリーさんが調べただけでも新聞部の活動には昔から目に余る行為が多いとか。生徒会監査が立ち入ったことも何度もあるそうです」

「そんな質が悪い奴らなら生徒会も潰しちまえばいいのに」

「だからこそ報道部に取り込まれたのでしょう。娯楽を提供するという名目で成果をあげているのは確かで、監査の裁定も廃部や部員の解散までは至らなかったらしいですし」

 

 ここでアイリーンが知らなかったことがあるとすれば、それは新聞部の監査を行った者こそ監査部長を兼任する現報道部部長ということなのだが。

 

「私としては一部の人の反感を買うような真似をしても報道部に勝てないのなら、彼らもいい加減考えを改めればと思うのですが……」

「勝てない? そのゴシップってのが人気あるんじゃねぇのか?」

「新聞としては所詮邪道です。ゴシップにしても報道部の扱う情報ネタの方が一段上だったりします」

 

 とアイリーン。あとは提供する情報の信憑性にも差があるという。

 

 

 説明すると。

 

 新聞部の書く記事の約8割が生徒の噂を元に尾ひれを付けた法螺話なのに対し、報道部はしっかりと取材を通し事実の裏付けをとった真っ当な記事を新聞にしている。あの似非忍者のエースでさえ情報を取り扱うプロとして筋を通し、取材の撮影ではちゃんと許可を得て行なっていたりする。

 

 ゴシップにしてもそう。今回の『《銀の氷姫》交際疑惑』の記事は、新聞部の思惑通り今朝のような生徒たちの一時の話題となった。しかしそれは一過性のもの。囃し立てるだけでは噂話とさしてかわらない。中身は薄いのだ。発行部数に関しても報道部が同時期に発行した『噂の1年生、密着取材に成功!』と銘打った新聞の足元にも及ばない。

 

 なぜなら噂の1年生こと《射抜く視線》、ジン・オーバの独占インタビューで得られた彼の個人情報は、人によって、主に多くの女子生徒にとって金より価値のあるものだったから。(*取材の様子は『エースの初仕事 報道部編』及び『喫茶店編』を参照)

 

 この新聞は学園のみならず学園都市、果ては東国《E・リーズ学園》の女子生徒までもが遠くから買い求め、需要に応じた報道部は増刷に増刷を重ねたという。

 

「ミツルギ君のおかげでウッハウハだよ。いやぁ儲かったぁ」

 

 持つべきものはコネ、とは価値のある情報というものを知る彼女、報道部部長の言葉。新聞部など所詮傘下の当て馬、歯牙にもかけていない。

 

 逆に新聞部のゴシップを元に真実を検証し、真偽を正した『改訂版』を発行して好評を得るあたり格が違った。

 

 閑話休題。

 

 

「ともあれ噂は噂。数日もすれば自然と収まります」

「姫さんがそう言うなら」

 

 そうなんだろうなぁ、とソーセージにかぶりつく。

 

 人前でアイリーンが噂の相手と食事をしているから周囲が騒いでいる。話を聞いてそれはわかったが、アギはやっぱり不可解だった。

 

「新聞部の奴らは俺なんかを姫さんの噂の相手にして、記事なると思ってんのか」

「アギさん……」

 

 馬鹿馬鹿しいと言うアギに、アイリーンは少しだけ呆れた声音を出した。

 

 なぜなら彼女の方が《バンダナ兄弟》でない、最近のアギの評判というものを理解しているから。

 

「本当にそう思っているのなら、少し自分の評価を低く見積もり過ぎでは?」

「は? 評価って、俺は今でも《無印》の生徒なんだぜ」

「先日の昇級試験で10年来の2ランクアップを果たした人が何を言うんです」

 

 貴方はここ最近1番の注目株なんですよ、とアイリーン。

 

「新聞部だけではない。報道部の本部も生徒会も、先生方だって貴方の評価を改めはじめています」

「……まじ?」

「ええ。きっかけはやはり試験での《精霊使い》との対戦。そして皇帝竜事件での活躍ですね。今貴方を高く評価する人は少なくありません」

 

 アイリーンは具体的に、彼女の知る限りのアギを評価する人物たちを挙げた。

 

 まず自警部部長のブソウ。続いて《鳥人》ヒュウナー。この2人は去年からの腐れ縁。アギもなんとか頷ける。だが《烈火烈風》、《黒鉄》、《剣闘士》という《Aナンバー》のトップ3にまで評価されていると聞けば唖然。

 

 リアトリスはブソウ繋がりだとしても、ツートップのマークとクルスは、

 

「学園最強の《闘気剣》を無傷で受け止めたという話は本当なのですか?」

「……ああ。ユーマと先輩がガチでやりあってて、あいつヤバかったんでつい」

「つい、ですか」

 

 人知れず厄介事に巻き込まれていたユーマと、危険を顧みず首を突っ込んでいたアギ。今度の彼女はどちらを思って呆れたのか。

 

 おそらく両方。

 

「自警部の幹部候補、《蒼玉騎士団》からのスカウト、次のエース候補筆頭などアギさんの噂は他にも色々とあるんですよ。私との噂もその1つにすぎません」

「スカウトにエースぅ? 自警部は俺も研修してるから聞いたことあるけど、《蒼玉》の連中となんて話さえしたことねぇぞ」

「まあ、半分以上は新聞部の記事なので当てになりませんけど」

 

 《青騎士》が、アギのバンダナの色を気に入ったからどうとかなんて。

 

「エース候補、ってなら姫さん達は去年からそうじゃねぇか」

「それはそれです。逆に考えてみてください。私が言うのも何ですけど、私《銀の氷姫》や《旋風の剣士》といった、『2つ名持ち』と同等の知名度と評価を周囲から得ているということなのですよ」

「あ……」

 

 まったく意識していなかった。去年の自分ならば立場も実力も、こうしてアイリーン達と対等とさえ思いもしていなかったのに。

 

 自分を取り巻く環境の変化というものに、アギはようやく気付いた。

 

 

 要するに。

 

 《Aナンバー》の殆どがアギの《盾》に関心を示している事が報道部や新聞部の注目を集め、噂として生徒に広がることで急激に知名度が上がったという。

 

 一躍時の人となったアギ。有名になったからこそ新聞部の格好のネタにされたのだ。

 

 

「今の貴方が置かれている立場、理解できましたか?」

「……まあ。実感はねぇけど」

「それは仕方ないでしょう。有名になったとはいえアギさんは生徒会でも騎士団員でもなければ、ユーマさんのように特待生でもエース資格者でもない。権限なんて何も持っていないのですから」

 

 それはアイリーンも同じだったりする。だから『先輩として』、彼女は注意を促した。

 

「新聞部のような輩もいます。これからは身の振り方に気を付けてください。学園最強にまで認められた貴方の名と力、決して利用されないように」

「……」

 

 利用。彼女の言葉にアギが思い浮かべるのは、

 

「《会長派》と副会長たち……生徒会の派閥争いのことか?」

「それもです。……有名人は大変なんですよ」

 

 あまり深刻にならないよう、アイリーンは悪戯っぽく微笑む。こういった笑顔もまた、彼女が人前ではみせないものだ。

 

「もしかしたら。これでアギさんも女子に人気が出たりして」

「なんだって?」

「それで貴方と噂になった私は他の子に恨まれたり、いじめられたりするのですね」

「冗談。普通逆だろ? ……大丈夫だよな?」

 

 アギは食堂にいる、皆の視線を今更ながら意識する。《銀の氷姫》を独占状態。これは現在進行中でマズいのでは、と。

 

 2人きりでも色気ない雑談しかしていないというのに。

 

 ……しばらく外へ出る時は、周囲に《気》を配ることにしよう。アギは誓った。

 

 

「そういや姫さん。じいさんとこ、最近顔を出したか?」

「ウロン老師ですか? いいえ。老師は今、クルス先輩の修行に数日間、学園を離れると聞いていますが」

 

 魔術師として近接戦や体力面に弱いアイリーンは、弱点を克服すべく皇帝竜事件以降、時々ウロン老師の体術指南を受けていた。彼女に老師を紹介したのが相談を受けたアギ。

 

 同じ師を持つという意味では、2人は一応兄弟弟子の関係だったりする。

 

「お帰りになるのは確か明後日だったはず。老師に何か?」

「いや。いねぇならまた今度でいいや。……ごちそうさん。外出ようぜ」

 

 

 退散したのは別に、注目され続けて針のむしろとなった、食堂の空気に怖気づいたわけではないと思う。

 

 +++

 

 

「アギさんはこれからどちらへ?」

「ブソウさんとこに行こうと思ったんだけどなぁ……」

 

 アイリーンにアーシェリーがいるように、アギにとってブソウは1番の情報源で頼りになる先輩。セイカ女学院に行く前に少し話をしたかったのだが。

 

 どうも嫌な予感がする。自警部に怒れる鬼が隠れているような。

 

「やっぱこのまま女学院に行くわ。ユーマ1人じゃ大変だろうしな」

 

 アギ、危険回避成功。

 

 自警部の部長室は今、昨日の事件の苦情で再び埋め尽くされていた。特にヒュウナーの連続《鷲爪撃》で学芸会館の周辺が穴だらけのなったことと、《歌姫》のステージで服を脱ぎだすという暴挙に出た《バンダナ兄弟》のことで。

 

 ブソウは「あいつらの責任者は俺じゃない!」と、紙束の中で荒れていた。

 

 アームガードを詰めた袋を担いでアイリーンと2人、アギは並んで学内を歩く。

 

「姫さんは授業いいのか?」

「今日は学園にいるはずの身ではないので」

 

 リアトリスの任務から外されて急遽学園に戻ってきたアイリーン。彼女は公欠届が受理されたままらしい。

 

 

 学外へ出ようとアギは正門へ向かう。

 

 その途中、歩きながら雑談に話題を振ったのはアイリーンだった。

 

「新聞は日常の出来事から世界情勢まで知ることのできる手軽な情報源ですよ。読まないのはもったいなくありませんか?」

「とはいってもなぁ。そういうのは読むより人から聞いたほうがわかりやすいし」

 

 『新聞は読まねぇ主義』のアギ対『新聞は嗜み』というアイリーンのちょっとした議論。食堂でのアギの発言が釈然としなかったらしい。

 

「うちの王様が言ってたぜ。情報ってのは文字や数字だけじゃ正確でもただしくねぇ、って。声や目、人が話すことで滲み出る感情とかの『生の情報』ってのを見極めるのが大事なんだって」

「……成程。話術や交渉術に関しては一理あると思います。ですが新聞を読まない理由にならないのでは?」

「うっ」

 

 ごもっとも。ただ読みたくいないだけのアギの主張も半分は方便である。

 

「新聞とは新しい見聞。読むだけで見識が広がり為になりますよ」

「そうかぁ?」

 

 アギとしては、彼女が何故こうも新聞の購読を勧めるのかがわからない。

 

「それに。情報には鮮度があります。新聞は最新の情報を早朝に仕入れることができるのです。アギさんは今朝の新聞に載っていた昨晩の事件をご存知なのですか?」

「昨晩?」

 

 少し興味を惹かれた。昨日というのなら《歌姫》や再起塾絡みのことも載っていたのかもしれない。

 

 訊ねてみると、アイリーンはアギが予想もしない話をした。

 

「学園都市北のとある廃校で魔獣を発見したそうです」

「魔獣!? 都市の中にか!」

 

 事件とはライブなんてとっくに終わった深夜のこと。学園都市の安全を脅かす大事件にアギは驚いた。

 

「都市の外郭を抜けたとは思えねぇ。密輸入か何かか?」

「侵入の経緯に関しては何も。新聞では《蒼玉騎士団》をはじめ、学外警備隊の大部隊を動員した大掛かりな捕り物が行なわれたとか。ですが」

「まさか。捕まってねぇのか?」

 

 アイリーンは頷く。

 

「余程凶悪な魔獣だったのでしょう。警備隊との交戦は激しく廃校はほぼ全壊。周辺の区画は立入禁止となっています」

「……マジかよ」

「それで学園都市市長は事件が解決するまでの間、魔獣の活動が活発になる夜間の外出を制限、警戒態勢を厳に敷くことを決定したそうです。今日にでも正式な通達が学園にも届くのではないでしょうか」

「魔獣ってのは一体どんなやつなんだ?」

「はい。目撃情報では夜目にも黒くて大きな、口から火を吹く三首の怪犬だとか」

「そいつは」

 

 魔獣の最盛期、400年前の《魔神戦争》時代にいたという地獄の番犬、ケルベロスとでもいうのだろうか。話だけでは想像の域を出ない。

 

 いや。まさか。

 

「……魔獣って、まさか『あれ』じゃねぇだろうな」

「えっ?」

 

 あるものに気付いて確認に立ち止まったアギは、ある方向にしらけたような視線を向けた。「なんでしょう?」と続いてアイリーンがアギに倣って『それ』を見る。

 

 『それ』は、学内を堂々と2足歩行で歩く、黒くて大きな、わんこ。

 

「「……」」

 

 ……の着ぐるみ。

 

 

 アギ達が見る向こうで、着ぐるみが後方にいる『青い人』に向かって叫んだ。

 

「クオー! 急げ。食堂に急がないとメリィの『骨付きもーにんぐ』がなくなるー!」

「安心しろ。あの朝食セットはお前しか頼まん」

 

 学園のエース、《獣姫》と《青騎士》である。今朝のメリィベルの着ぐるみは、両手にも犬の顔を模したミトンを装着している。

 

 ケルベロス?

 

「ベル子さんはおなかペコペコなんだ。クオ、先にいくからなー!」

「待てセルクス! だったら俺の注文も頼む。珈琲にいつもの青いやつだ」

「ばうわうー!」

 

 了解! と一吠え。メリィベルこと『けるベル子さん』は、3つの口をパクパクしながら走り去ってしまった。遅れてクオーツも駆け抜ける。

 

「まったく。徹夜明けだというのに元気なやつだ」

 

 向かう先は生徒会御用達の第3食堂だろうか。取り扱っているメニューは謎だ。

 

 

「三首の……」

「魔獣?」

 

 呆然としたアギとアイリーンは、奇しくも同じ事を思った。『あれ』はない。まさか事件とは関係ないよな、と。

 

 着ぐるみは2人してみなかったことにした。

 

 

「……そうだ姫さん。事件の記事は他になかったのか? 例えば昨日《鳥人》が大暴れしたとか、学外で騒動があって沢山人が捕まったとか」

「私が読んだ新聞には特に。アギさんが関わっている《歌姫》の件ですか?」

「ああ。そうなんだが」

 

 どういうことだ? アギは不審に思う。

 

 昨夜ユーマから聞いた話では、前回の騒動で再起塾と『奴ら』に関わった連中はミスト達や学外警備隊によって100人以上捕まったのだという。だというのに新聞で事件として取り扱われていないことはおかしい。

 

 

 《歌姫》を巡る再起塾との戦い。その第3ラウンド。

 

 それは、アギが気付かぬ内に始まっていた。

 

 +++

 

 

 午前の10時に差し掛かった頃。セイカ女学院。

 

 今は授業の1限目と2限目に挟む休み時間。その間外へ出て校門の前でじっと佇む1人の少女がいた。

 

 露出の少ない古風なジャンパースカートの制服。校則を守ってヘアゴムで束ねた長い橙色の髪。普段の彼女と違ったところがあるとすればそれは、頭にちょこんと座るちいさな羽妖精を乗せていることだろうか。

 

 巷で《歌姫》と呼ばれているマイカ・ヘルテンツァーは、苛々と正面を睨みつけるようにして誰かを待ち続けている。

 

 

「……なによ。また明日、って言ったくせに……」

 

 

 待ち人が来たのはそれから5分後。

 

 一区画先の曲がり角から青いバンダナの少年が現れたのを見て一瞬、晴れやかな笑顔を取り戻すマイカであったが、それはたちまち剣呑なものへと変わってしまった。

 

 

 

 

 女学院の校門前まで来て、アギは腕を組んで突っ立ているマイカに気付いた。

 

「よお。歌の姫さん。今は授業中じゃなかったか?」

「……」

 

 マイカはアギを睨みつけるだけで何も答えない。

 

 代わりに彼女は、不機嫌な声を出してこう言った。

 

 

「……ふーん。あたしの護衛してるくせに遅刻してきて、その上噂の彼女と仲良く登校、なんてね」

 

 

 マイカが次に睨みつける相手はアギの隣。彼と同じ制服を着た、白金の髪の彼女。

 

 学園からそのままアギに付いてきた《銀の氷姫》、アイリーン・シルバルム。

 

「……みせつけてくれるじゃない」

「姫さん?」

「アギさん。彼女、普段からこんな感じなのですか」

  

 ただならぬマイカの雰囲気に戸惑う2人。

 

 そして。怒れる彼女の頭上にいる風葉は、緊急事態を察してユーマに《交信》をおこなった。

 

 

 しゅらばー、ですよー、と。

 

 +++

 

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