アギ戦記 -護衛2日目(朝) 2
説明パートその2。《銀の氷姫》による魔術解説、世界術式編
《再開! 前書きクイズ》
Q.前回のアイリーンの朝食。彼女は何を理由にその献立としたか、推測せよ(難易度E:彼女、気にしているようです)
Q.《鳥人》ヒュウナーは現在、どこにいるのか予想せよ(難易度B:展開予想問題。ライブ後、彼は1度ユーマと合流してそれから……)
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「世界術式とは1つの到達点。究極のゲンソウ術です」
アイリーンの言葉にアギは一瞬、理解が遅れた。
唖然としたのだ。魔術師として理知に優れた彼女が、『究極』なんて言葉を持ち出すものだから。
「そいつは……史上最強とか絶対無敵とか、氷の姫さんからみても『ありえねぇ』術式なのか?」
「そうですね。それも間違いではありません。空間支配を超えた空間創造とも呼べる代物ですから」
「空間、創造?」
「私達が今いる世界とは違う、自分だけの世界を創る。それが世界術式です」
『亜空間』という言葉を知っているだろうか。SFでいう我々の住む世界とは異なる理を持つ空間のことをいう。異世界というものを考える上で生まれた想像上の概念である。
世界術式とはすなわち、術者の思うがままの亜空間を生み出すゲンソウ術である。また亜空間の中では物理法則といった世界の常識が通用しないという説があるが、世界術式にも似たような性質がある。
「世界術式を編み出したと公表している術師は少ないのですけど……1つ例を挙げると、20年程昔に《海淵の魔術師》という人がいました。如何なる場所にも海、それも深海の空間を創り出したと云われています」
「海、つうのは南国と東国にあるっていうでっかい塩湖のことだよな? じゃあシンカイってのは?」
「文献では光さえ差すことのないほど暗い、海の深い場所だとか。深海では水圧という力がかかり人の身では動くこともままならなくなるそうです」
「あー。水の中って抵抗あるよな、あれか」
そんなところです、とアイリーン。
ところでアイリーンはアギの言う海を訂正しなかった。彼女も海のない北国の生まれ。実物を見たこともなければ、アギに語れるほど海というものを知らない。
「《海淵の魔術師》は水中戦を得意とした魔術師で、自ら創りだした深海の中では息継ぎの必要もなく自由に泳ぎ回ることができたといいます」
「海を創って、自由に泳げる魔術か。それはすげぇ……のか?」
アギは思い直した。振り返れば昨日のライブでは、マイカだってホールの中を色鮮やかな魚たちが踊る青い海中の世界へと変えてみせたのだ。
あの時アギは水の中にいると気付いた途端、溺れてしまうと慌ててリュガにしがみくという醜態を晒してしまった。砂漠育ちの少年に泳ぎは縁がない。
「海を創るだけってならその魔術師より、歌で森とかお菓子の城とかも創れる歌の姫さんの方が凄くねぇか?」
「一面においてはですね。鮮やかな変化に富んだ《歌姫》の世界は、明らかに『魅せる』ことに特化したものですから」
「ん?」
「彼女は歌や音楽を五感で表現しているだけ。《歌姫》の創る空間に色や匂いがあっても、あくまで精巧に創られた幻なのです。彼女の歌が海を見せたとしても、観客が溺れることはありません」
「そういやそうだったな」
「しかし《海淵の魔術師》の世界術式は深海そのものを再現することに特化してます。そこには地もなく空もなく、空気がない、塩水に満たされただけの空間なのです。マーフォーク(*魔族。人魚のこと)でもなければ息が続かずに溺れ死んでしまうような。それは限りなく広くて、それでいて密閉された逃げ場のない海の世界」
「……」
そんなもの創って、なにがしたかったのだろう? とアギは思う。魔術談義が好きなアイリーンにしては珍しく、それ以上詳しいことを説明しなかった。
《海淵の魔術師》とは20年前世界中に名を轟かせた殺戮者だった。彼の魔術師は1つの国を1度に『溺死』させて滅ぼしたという凶悪な逸話がある。
世界術式の強大さと恐ろしさを伝えた、故人の話であるが。
「では。これはご存知でありませんか?」
アイリーンはもう1つ、世界術式について有名な雑学を披露する。
「400年前の初代《剣》の勇者。彼が魔神を倒したとされるのも世界術式なのですよ」
「……えっ?」
「世界術式のもつ力は次元が違うのです。術者の定めた法と理のみが通用する世界を創る力。殊に戦闘となれば世界術式の支配下に置かれて敵う者など……」
「……」
「……。つまりですね。世界術式を戦闘で用いれば自分に有利な空間を創って、その中で反則くさい、とても有利なルールで戦えるようにもできるのです。条件付きですが無敵となれるわけですね」
「ああ……なるほどな」
噛み砕いた解説にアギは納得の意を示した。理解が追いつかなくなっていたらしい。
しかし。
「《剣》は無限の魔力を持つ魔神に対し剣のみが力となる彼の世界に魔神を閉じ込め、魔法を封じ1対1の決闘に持込むことでこれを討ち破った。そう史実では語られています。世界術式を究極のゲンソウ術と呼ばれる所以の1つです」
「……」
「アギさん?」
「いやな。それ、本当に魔神だったか?」
「はい?」
驚くアイリーン。アギは思いつきというにははっきりと、何か根拠があるように疑問を口にした。
史実は歴史上の事実。真実とは限らない。
「どうしてそう思うのですか?」
「あ……いや。なんでもねぇ」
怪訝に思ったらしいアイリーンの前でアギは首を振る。子供の頃にそんな昔話を聞かせてもらったことがあった。アギは昔を少し思い出しただけだ。
でも。確か母が語った英雄譚、その最後の戦いでは、勇者が《剣の世界》で決闘を挑んだのは魔神ではなく、《剣》のライバルだった魔王の1人だったような。
そして魔神は彼らを……
所詮幼少の頃の話だ。アギの記憶は曖昧だった。
「気にしないでくれ。ガキの頃に似たような話を聞いたんで、それとごっちゃになったのかもしんねぇ」
「ごっちゃ? まあ、勇者の伝記には諸説ありますから。ではそ……」
「じゃあさ姫さん。歌の姫さんのことだが」
「……。いいですけど」
言葉を被せられる。話題を変えられてアイリーンは密かに嘆息。
彼女としてはアギが聞いたという『諸説』に興味があったのだが。
……好感度が若干下がりました。アギはそんなの知らずに話を進めるけど。
「姫さんが言う通りだとすれば、世界術式ってのは魔神さえ倒せる、すげぇ術式ってことだよな? そんなのを本当に使ってるのか?」
「おそらく。正確には《歌姫》の歌が世界術式に似た現象を起こした、でしょうね。既存の魔術とは毛色が違いますから」
表情を変えず、気を取り直して答えるアイリーン。
「アギさんも肌で感じ取れたのではありませんか? 《歌姫》が歌声と共に思い描く世界を。私達はライブを通じてそれを見たのではない、その中に居たのだと。その感覚だけが私が世界術式だと思う根拠なのです」
見たではなく居た。アギにはその言い回しがわかる気がする。空気が違ったから。彼女の創る世界には、風が運ぶような空気に匂いがあったから。
ライブ中自分を含めた観客たちは皆、学芸会館のホールにいなかったと思った。マイカが歌っている間だけはまるで《転移》したように違う場所にいたのだとアギは感じていたが、あながち間違っていないらしい。
世界術式に取り込まれた者は、現実の世界から切り離され亜空間に移されるという。
「私もこれまで世界術式など実際見たことがありませんから、彼女の歌がそうだとは確信がもてません。何よりマイカさんの力の発現の仕方は、私達とは違いすぎる」
「……どういうことだ?」
「基本工程における《幻想》からの《幻創》、つまりゲンソウ術の発動においてイメージの『溜め』を彼女はまったく必要としていません」
歌う曲を変えるだけで創る世界を瞬時に切り替えたり、歌詞に応じて世界に変化を与えたり。ホールの中身をごっそり変えてしまう大規模な力の割に発動に要する時間や展開速度が半端無く早いということ。
「加えて高度な技を使い続けているように見えて、彼女自身の負荷は軽いようなのです。でなければ『あんなライブ』は成立しないはず」
「……そうか! いくら途中で休憩挟むとしても歌の姫さんは何時間と歌って、踊ってもいるんだ。その上で世界術式」
「その通りです。とんでもないですよ、彼女」
アイリーンはマイカの事を尊敬さえしていた。勿論魔術師的な意味で。
結界術式の使い手であるアイリーンは得意とする《氷輝陣》の発動時間にも3分を要する。展開時間は平均して30分といったところ。《氷輝陣》は他の氷属性の術式と併用するの前提なので戦闘となれば消耗の度合いが高く、実際の展開時間は更に短い。《皇帝竜事件》でも彼女はペースを無視した全力戦闘に15分と保たず倒れてしまっている。
体力に優れた上、高レベル高負荷のはずの世界術式を長時間行使できる《歌姫》。同じ結界系術者としてみた場合、彼女の力はアイリーンと比較して無尽蔵といえた。継戦能力に難のあるアイリーンにとってタフなマイカは1つの理想形だった。
「長時間に渡る世界術式の展開を可能とする何か。それこそが《歌姫》独自の《歌術》だと私は思うのですが」
「歌術……」
アギも最近聞いたことのある言葉だ。
《用心棒》が真偽を確認したがっていた、《歌姫》が持つとされる力。
「姫さんはわかるのか? その独自の《歌術》ってやつ」
「いいえ。私も1度見たライブを分析しただけなので詳しくは」
「……そうか」
マイカを狙う《用心棒》や再起塾の目的がわかるかもしれないと思ったが、そう都合の良い話とはいかないらしい。
「第一、昔からある《歌術》というものは、術式詠唱の際に用いられた暗唱法の1つにすぎません。これが彼女のそれに当てはまるとは思えませんし」
「あ、暗唱?」
「覚え歌と同じですよ。1曲歌えるようになれば、歴史年号や地名を1度に覚えるができるという暗記学習法。聞いたことありませんか?」
「……知らねぇ」
勉強嫌いのアギに若干の拒絶反応がでた。じんま疹ができたように腕を摩る。
覚え歌といえば、アギはリュガが歴史の試験前にぶつくさと数字の羅列を唱えていたのを聞いてそれが耳に残り、夜にうなされたという経験がある。勉強嫌いに拍車をかけた彼のエピソード。
今はどうでもいい話だけど。《歌術》が単なる暗唱法だと聞いて、アギは《用心棒》の目的が増々わからなくなる。
「400年前、いえ。それ以前となる大昔の魔術師たちは何百何千、何万ものもの言葉を紡いで魔術を行使したと云われています。覚え歌と同じように術式を歌にすることで長い呪文も音楽で調子を合わせ、唱えやすくしたわけですね」
「へーえ」
「詠唱式の中でも、《歌術》のような暗唱法を用いなければ覚えられない難度の高い魔術は、ゲンソウ術の主流化に当たって体系化された『既存術式』よりも古い『古代術式』と呼ばれるものです。その中にはあの……」
「なあ、姫さん」
「……またですか」
またも話を遮られたアイリーン。「折角調子が乗ってきたのに……」などと恨めしく思わないこともない。
彼女も「もしやわざとですか?」とアギを問い詰めたい気持ちもあったが、対面に座る彼は思いのほか真剣な表情をしている。
ここは冷静なろうとアイリーンは1度、自分の飲み物に手を伸ばして、
「……」
口に含み、眉を顰める。
「どうした?」
「……いえ。想像していたものと味が……やはり牛乳とは違うのですね」
「? 牛乳じゃなかったのか?」
豆乳だった。無添加の豆乳は青臭く、後味にえぐみがある。
「東国の豆腐を水で溶いたような味がします」
「……そんなもん、どうして飲むんだ?」
『身体』に良いと聞いたのです、と言って再び豆乳を口にするアイリーン。
アギの目にはとても美味しそうには見えなかったのだが、豆乳の何が彼女を駆り立てるのだろう。
「……トウフ味なら醤油、いるか?」
「必要ありません。それでアギさん、話は」
「ああ。……再起塾の『奴ら』が歌の姫さんを狙う理由。なんだと思う?」
アギは直球で訊ねた。頭の悪い自分では一晩考えても何も答えが得られなかったのだ。マイカの護衛を続けると決めた以上、対策を立てる上でも理解を深めるためにも、確かな情報が欲しかった。
思い切ってアイリーンに意見を求めたところ。しかし彼女は、別のことに反応した。
「再起塾。《歌姫》を狙うのは彼らなのですか?」
再起塾の名を彼女は今日ここで初めて聞いた。
アイリーンと『奴ら』には、去年学園を襲撃してきたことを除きアギのような直接的な縁はない。でも無関係とも言い難い。
「ではリュガさんは」
「ああ。昨日ヒュウから話を聞いた時は平気そうだったんで、もう大丈夫だと思ったんだけどな。あいつらを前にしたらやっぱ、熱くなりすぎた」
昨日、《用心棒》に斬りかかったリュガのことをアギは思い出す。確かに短気な所がある親友ではあるが、あの時だけは違った。リュガが再起塾への憎しみで剣を抜いたことを、アギは気付いていた。
もしもあの時。あのまま『奴ら』にマイカが攫われてしまっていたのなら。リュガは再び心に深い傷を負い、取り返しのつかないことになっていたのかもしれない。
「昨日俺達、護衛に失敗してさ。その時の事、俺よりもリュガの方が責任感じてたと思う。あいつ必死だったんだ。よくわかんねぇPCリングの機能使ったりしてさ、攫われかけた歌の姫さんを捜して助けてみせたんだ」
「アギさん」
「リュガは去年に比べたらずっと強くなった。もう失くしたねぇ、『奴ら』に2度と奪われたくねぇ、って気持ちがあの時痛いほどわかったんだ。でも、あいつはまだ」
「そうでしたか。……思えば去年の事件からまだ1年、経っていないのですね」
「ああ。忘れるわけがねぇんだ」
アギは神妙に頷き、アイリーンは哀悼するように暫く目を伏せていた。
リュガと、2人の共通の知り合いだったある人を想って。
「今度リュガに会ったらさ。姫さんの方から様子見て、声かけてくれよ。あいつもずっと沈んでるとは思わねぇけど」
「そうですね。私にできることであれば。アギさんも」
「俺?」
「《バンダナ兄弟》。リュガさんの今の相棒は彼ではなく、貴方なのですから」
「……好きでそう呼ばれてるんじゃねぇけどな」
微笑みながら「彼を頼みます」と言われたアギは、「仕方ねぇ」と不承不承に頷いた。
リュガとコンビ扱いされたのは何時からだっただろう? きっかけは覚えていてもアギには正確に思い出せそうもない。
「話を戻しましょう。《歌姫》が狙われる理由、ですね」
「ああ。姫さんは言ったよな? 歌の姫さんの歌を悪用する奴が現れてもおかしくねぇ、って。その理由はなんでだ?」
アギの問いにアイリーンは自分の考えを述べた。
「1つは単純にお金でしょうか。見世物として考えるのなら、何千人と人を集めることのできる《歌姫》のライブは、入場料だけでも相当な儲けとなるはずです」
「やっぱ金か。委員長達は儲かってるって感じじゃなかったんだけどな」
自分のカードの金額を見て唖然としたイレーネ達の顔を思い出す。
……ステージの延長料金を払うと言ったら、いつの間にか手持ちが半分になっていたことも気になるが。
「それはそうでしょう。儲けを得ているのは《歌姫楽団》ではなく他の人達ですから」
「というと?」
「聞いた話では、手に入れた入場券を高額で売り渡している人がいるそうです」
転売目的のダフ屋が存在しているらしい。ダフ屋というものを知らないアギは驚いた。
「なんだそりゃ? リュガなんて券が手に入らないて騒いでたくらいなんだぜ。売るだなんてそいつ、ライブに行きたくねぇのか?」
「リュガさんみたいな人がいるから成り立つ商売なのです。本当に必要としている人の隙に付け込んだ悪質な商法。あまり好ましいことではありません」
「……そういう奴がいるのか」
「お金の線から考えるのなら、入場券がどのように出回っているのかを調べてみてはどうですか? もしかすると」
「そこにも再起塾が関わっている、か」
あり得る話だとアギは思った。
学園都市内において学籍のない者には基本、収入を得る手段が存在しない。学生ギルドでは仕事を斡旋してもらえず、個人ランクによるクレジットポイントの支給も失われる。再起塾の脱獄者達もそうだ。
『奴ら』が学園都市に潜伏し続ける事ができるのは、略奪行為や裏で傭兵まがいのことをして報酬を得ていることに他ならない。
「こいつはユーマに言っておくか。俺1人で調べるには手が足りねぇ」
「それがいいでしょう。エース資格者ならば学外警備隊に進言して、場合によっては彼らを動かすこともできますから」
「《青騎士》の先輩もいることだしな」
「はい」
もう動いているかも知れませんけど。とアイリーンは言葉を足した。
「他にはあるか? 金以外で」
「私が思いつくのはあと……『《歌姫》ではなくマイカ・ヘルテンツァー個人を狙った』、あるいは『世界術式の使い手ということに目を着けた』といったところでしょうか」
「そうか」
「不満そうですね。ですが私も貴方の話だけでは情報が足りませんから。これ以上の判断は付きません」
「……だよな」
意見を求めただけの癖にがっつき過ぎてはいなかったか? アギは落ち着くように少しだけ、自分のことを省みた。
気負い過ぎていないだろうかと考える。そもそも最初ユーマやヒュウナーに頼まれたのは、あと4日、マイカを守り通せば良いだけだ。だというのにこうして《歌姫》や再起塾のことを色々と調べようとしている自分がいる。
どうしてだろうか。
――ワイはな、今回のことでマイカの事を知り、彼女に同情しとる。そんでな、同じくらい彼女のことを羨ましくも思っとるんや。尊敬と言ってええ
――彼女の安全は保証できる。けど違うんや。それだけなんや
緑モヒカンの彼が言いたかった事が、今ならわかるから。
間近で見た《歌姫》マイカは、アギが見てもすごい少女だった。彼女の歌や内面の強さに触れた彼は、彼女に対し敬意に似た気持ちがあった。
守るだけではない。『奴ら』に脅かされたマイカに、《歌姫》がこれからも学園都市で自由に歌い続けられる為に何かをしてあげたいと思う気持ちはヒュウナーと同じなのだ。
(ヒュウ。お前、今日は女学院に来るんだよな?)
アギはふとした思いで、袋の上からアームガードの装甲に触れる。
(俺もお前も、リュガだって。負けっぱなしじゃいられねぇだろ?)
行方の知れない、だけど目的を共にする仲間に向かって問いかけることで、アギは護衛任務はこれからだと、気を引き締めるのだった。
「アギさん?」
「氷の姫さん、色々聞いて参考になったぜ。ありがとな」
「いいえ。お役に立てたのなら何よりです」
「長話もこれぐらいにして、いい加減飯食っちまおうぜ」
「……そうですね」
それですっかり冷めてしまった食事に手を伸ばす2人。
しかし内心ではもう少し(あと1時間くらいは)、《歌姫》の(世界術式に関して)話をしたかったアイリーンだったりする。
彼女の魔術談義にあまり付き合ってくれないアギへの好感度は、それなりだ。
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5分後。最初に取った皿の料理をすべて平らげたアギ。彼は早食いだ。
「おかわり取ってくるわ」
「どうぞ。よろしければオレンジジュースを頼んでもいいですか?」
「いいぜ」
アギは快く引き受けると、食堂の中央にあるビュッフェに向かった。
ボイルしたソーセージを大量に盛りながら「第2食堂の朝食はがっつり系がねぇなぁ」なんて思っていると。
「……ねぇ。やっぱりあの2人……」
「……そうなのかな……」
「えー……でも……」
食事中からアギは思っていたのだが、他のテーブル席に座る生徒から自分に向けられた不躾な視線と、よく聞き取れず意味のわからない彼らの囁き声が妙に気になる。
「なんなんだ、一体」
不審に思いながらアギは席に戻ると、頼まれたジュースをアイリーンに渡した。
「ありがとうございます。……どうかしましたか?」
「いやな。周りの視線とかがちょっと気になって」
周囲から向けられる視線のことはアギは最初、《銀の氷姫》として有名なアイリーンへ向けられた好意と興味の混じったものと、彼女と相席している自分への羨望と嫉妬のようなものだと思っていた。
ところが今日は何かが違うとアギは思った。生徒達は普段よりも騒がしく、どこか色めいているように感じたのだ。アイリーンと2人並ぶと尚更。
ちなみにアギは、今の時点でユーマなしにアイリーンやエイリークと行動を共にすることに馴れてしまっており、食堂にいる約300人の視線程度では動じないほど図太くなっている。
アギが周囲の視線から自分の感じたことをアイリーンに話してみると、彼女はその答えを知っているらしくて。
平然と答えた。
「噂があるのですよ。私とアギさんが交際しているって」
「へぇ…………は?」
間抜けな声が出た。
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