アギ戦記 -閑話 5
とりあえず過去編はここまで。消化不良も起こしていますが伏線の弾幕は十分に張りました。次回から話を進めます
続アギ、試練の時。レヴァンの《心像》
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守れないと言われた。諦めろと殴られた。
それがこの人の本音というのなら。伝えたい。わかってもらいたい。
「……なくしたく、ねぇよ王様。覚えてねぇけど俺、もう失いたくねぇんだよ」
自分のこころを見つめれば、レヴァンの顔が、サヨコの顔が、みんなの顔が瞳に映る。幼馴染のシュリの顔、普段から世話になっているシュリの母の顔。ヒサン、パウマといった同郷の仲の良いきょうだいたち、常に不機嫌そうにツンケンしたファルケの顔も。
覚えていなくとも、母の顔だって思い出せる。
王国に住む家族たち、砂漠へと出てこれまで出会ったたくさんの人たち。みんな大好きだ。みんなのために、みんなが幸せにあれるのなら、
自分にできることがあるのならなんだってしてやる、心からそう思うほどに。
「今度こそ、守りてぇんだ。王様みてぇに」
伝えたい。わかってもらいたい。盾の王。標となる人を失った自分はあなたと出会い、道を示してもらったのだと。
すべてを失くしたくない、すべてを守りたい。ガキの頃から望む大それた願いそのままを体現しているあなたこそが俺の理想だと。
伝えたい。この人に!
「馬鹿野郎がぁぁぁぁっ!!!」
その馬鹿野郎に俺はなりたい!
レヴァンがこれまでにない気迫の篭った拳を振るってくるのをアギは見た。右目が見る王の姿は、アギの『記録』のなかにあるものと同じだった。
予想だと十中八九、ステップ・インからの右ストレート。すなわちレヴァンの言うところの《必殺・王様パンチ》。ここが勝負所だとアギは本能で理解した。
《幻想の盾》を準備する。しかし、『目』を頼りに偶然先読みができたくらいで、
(俺の盾なんかで、本気の王様を受け止められるのか?)
レヴァンの拳を見て気付いたことがある。それが迷いを生み出す。
盾は守るモノだ。自分が創りだす盾もまた、そうありたいとアギは願うから。
アギは諦めた。
累計91発目となるレヴァンの拳。それはアギの予想通り必殺の右ストレートだった。アギはここぞとばかりに真正面から迎え撃とうとしている。
フェイントなど一切考慮していない。どの道左右に揺さぶられたら今の自分では対処のしようがないと身を以て理解していた。
対してレヴァンの思惑は拳と同じくストレートだ。
ぶち抜く。アギが抱く幻想ごと。それだけだ。彼は今度こそ本気でアギを壊そうとしていた。そこまでしなければ変わらない、伝わらないと思ったから。
この少年は頭が悪い。散々殴られて尚「王様みてぇに」なんて言うのだから。
憧れるのは結構。折れない心の強さも、想いの深さもよく理解した。
だが……ただでは認めない。
(アギ……!)
(王様っ!)
きやがれっ!!
交差する想いと想い、ぶつかり合う本気と本気。
拳と盾が、激突するその時。
「――なっ!?」
驚愕で息を飲んだのはレヴァン。アギは、直前で《幻想の盾》の展開を解く。
アギは諦めていた。自分の盾では受け止められない。それだけを諦めて彼は前へ進む。
(王様。今の俺は、俺の盾には守る力はねぇ。よくわかったよ)
アギだってタダで殴られ続けたわけではない。《幻想の盾》を破壊された後、彼は回避行動を取ろうにもまったく動けなかった。その理由を無い頭で考えていた。ゲンソウ術を破られると反動で体が硬直してしまうことくらいはとっくに予想できた。
盾を破られたら殴られる。これは必至だ。そして今の《幻想の盾》で拳を『無傷で受け止められる』のかどうかは、アギがみたところ5分以下。賭けだった。
それでは駄目だったのだ。何の勝負なのかもう定かではないけれど、アギはレヴァンに勝ちたかった。勝って何かを証明したかった。
悔しいがその為には自分の盾は役不足だということも理解していた。
知りたくない現実。認めたくない事実。
(俺の盾は……弱い!)
本来諦めるというのは決して消極的なことではない。アギは知っている。『技術士』の言葉でいえばそれは、『明らかにして究める』、つまり理解するということだと。前向きに諦めることができる者こそより良き可能性を模索することができると。
それは進歩だ。
《盾》にこだわることをやめた。何も守れないから諦めた。理解して、認めて、直視して受け入れて。それができて初めて踏み出せる一歩は、アギに起死回生の閃きとチャンスを1度に与える。
(けれど俺は、自分の盾ほど……弱くねぇ!!)
アギの発想は単純だった。それはレヴァンの拳に30回も破られた《幻想の盾》に比べれば、90発以上耐えたアギの身体の方が遥かに頑丈で『やわらかい』ということ。
盾を構えたガチガチの防御体勢を解くことで《幻想の盾》をぶち破ろうとしたレヴァンの意表を突き、アギ自身は身動きが取れるようになった。アギはレヴァンの拳を畏れず、むしろ自分から飛び込むようにして拳を受けにいく。
常に(レヴァンに言わせれば)棒立ちで防御していたアギが急に動いたのだ、パンチの狙いが微妙に狂わされ拳がアギの頬を掠めた。躱せたことなど考えずにアギは伸びきったレヴァンの腕を取りにいく。守ることを諦めたアギの狙いは、最初からそれだった。
カウンターパンチをお見舞いするなんて考えていない、そんな技量もない。ただし。
腕を掴むことができれば――
掴んだ腕を引いて、攻撃された時の勢いまでも利用してレヴァンの身体を素早く引き寄せる。レヴァンの体勢を前に崩しながら胸ぐらを掴み、懐に潜り込む。
「おまっ、こいつはっ!」
「お……ああああーーーーっ!!」
この勝負にアギが意味を見出すとすればそれは、彼が初めて戦った事だ。誰でもない、自分の為に。
創れる《盾》は未熟で、それでいて盾捌きなんて今日まで考えたことがなくて。自分のことさえ守れずボコボコにされたけど。
守れないから。だからこそ今は、
持てる力のすべてを使い、守りたいと願う自分の、心だけは守りたい。
全身全霊を懸けた、渾身の一撃。次の瞬間、レヴァンは空を見る。
背負い投げだ。
「…………ぜはっ! ぜっ、ぜっ! ……王様……」
「……なんだよ」
仰向けにぶっ倒れたまま、憮然としたレヴァンにアギは、息も絶え絶えに話しかける。
「俺、1度も防げなかったけど……1発だ」
「……ばーか。それを言うなら一本、って言うんだよ」
負け惜しみみてぇだな。そう思ったら笑えてきた。
アギは投げて、レヴァンを叩きつけた。
レヴァンがぶつけてきた「諦めろ」を全身で受け止め、叩き返してみせた。
本気でぶつかったのだ。参ったと、苦笑するしかない。
「大体投げ技なんてお前、どこで覚えた? 王国軍の奴らはやらねぇだろ」
「これは……おふくろがやってたのを、見よう見まねで……」
「……そうか」
道理で下手くそな護身術だと、妙に納得。自分から投げ飛ばされなかったら『また』、筋を痛めたか肩が外れたかしたところだ。
「金の眼をした天使様。だったな」
「……えっ?」
「昔いたらしいな。砂漠中の集落を回って沢山の人を助けてきた、戦争ばっかしてた俺なんか足元にも及ばねぇすげぇ人が。……俺は1度も会えなかったが」
「……」
「お前の母ちゃんだったんだろ?」
「……はい」
この時。レヴァンが母の事を知っていてもおかしくないとアギは思っていた。サヨコが顔見知りだったから。
ただし。サヨコが知っていることをレヴァンは知らない。
「母ちゃんの跡を継ごうと思ったことはねぇか?」
「技術士、ですか? 俺には無理ですよ。手先は器用じゃねぇし頭使う仕事はもっと向いてない」
「決め付けんなよ。親が親だからとは言わねぇが、お前でも努力すりゃなれると思うぜ。技術士じゃねぇ、彼女のようなその手で『誰かを助ける人』に」
「……俺は、でも俺」
守りたかった人がいた。もう会うことのできない大切な人だ。
憧れなかったわけではない。レヴァンの言うような人の暮らしを支え、与えていくような母の生き方を。母との別れは今も思い出せていないけれど、だからこそ考えてしまう。
もしもあの時。彼女の最期に立ち会ったのが自分ではなくこの人だったら。失うことはなく、今も傍にいてくれたのではないのだろうかと。
そんな思いの方が強くて。
「それより『誰かを守れる人』になりたい。俺が技術士になるより……おふくろみてぇなすげぇ人がずっと、いてくれたほうが、よっぽどいい。守ることができたら、俺……」
「……そうかよ」
少しだけわかった気がした。この少年が背負うものを。
自分や《盾》、守ることに執着する理由が。
守れなかったから。守りたい。
「でだ。お前どうする? 特別ボーナス」
約束は約束だと、寝転がったままだが改まってレヴァンは訊ねる。
熱と痛みに浮かれた頭では、アギは何の事かすぐに理解できなかったが。
――俺へ1発ぶち込めたなら……近衛への無条件入隊なんてどうだ?
男が1度口にした言葉だ。レヴァンは忘れていない。
「お前も。シュリ達と一緒に近衛見習いからはじめるか? 約束通り入隊試験なしにしてやってもいいが」
「……いや」
アギは首を横に振ろうとして目眩を起こした。意識が遠のく。
蓄積したダメージは大きい。加えて慣れないゲンソウ術の連続使用の負担もあって心と体、両方が限界を迎えていた。
「王様。俺は、まだ……」
――未熟なガキでしかねぇ今のお前に、誰かを守れる力なんてねぇ
一矢報いただけで何も、証明していないから。
持ち堪えたのはここまで。アギは気を失い崩れ落ちた。
倒れて、倒れるところで支えられた。
「アギ」
抱きとめたのはサヨコ。
彼女は自分より背の高い少年を全身で受け止め、誇らしそうに少年の名を呼んだ。
「あなたの意地、確かに見届けました」
「サヨコさん……」
彼女に遅れてアギを支えようと飛び起きていたレヴァンは、
「あなたも。お疲れ様です」
「あ、ああ」
サヨコさんおいしいとこもってくなぁ、ではなく、おのれアギめサヨコさんに愛おしく抱きしめられてんじゃねー! と思っていたり。
+++
「随分と無茶なことをして。痛かったでしょう?」
「……そんなことねぇよ」
サヨコに不貞腐れたように答えるのはレヴァン。彼女は気絶したアギをその場で介抱している。膝枕をして自前の水筒でハンカチを湿らせ、血と砂で汚れた少年の顔を丁寧に拭ってあげた。
膝枕されているアギを恨めしそうにレヴァンが睨むのは、大人気ないどころでなくもはや病気ではないだろうか。
「ちゃんと手加減したさ。酷いのは見た目だけで骨とか内臓は別に……」
「この子のことは最初から心配していません。傷を残したのならそれはそれ。私が仇を取るまでです」
「……」
レヴァンは嫌そうにサヨコの刀を見た。
あの刀、《宵ノ桜》はマズい。レヴァンの《盾》でさえ散らしてしまう。
「そうではなくて。あなたの拳の方」
彼女が心配したのはアギではなくレヴァンだ。彼の拳は皮膚が裂け血に濡れている。
「いくらアギが未熟だったとはいえ、本当に素手だけで術式を破る人がいますか」
「人を呪うなら穴2つ、傷つけるならてめぇもだ」
「……」
「50はいけると思ったんだけどな。20発くれぇで腕から折れるかと思った。こいつに《補強》を教えんじゃなかった」
「……馬鹿な人」
平然と嘯くものだからサヨコに罵られ巾着を投げられる。
中身は傷薬と包帯。
「手当は自分でしてください」
「……ちぇ」
レヴァンはやっぱり膝枕されてるアギを羨ましそうに睨んで、自前の水筒(*サヨコも常備していたが砂漠の民の必需品なのだ)で傷口を洗い始めた。
仕方のない人。そう思いながらサヨコは話しかける。
話は先程のこと。
「アギは最後に気付きましたよ。破られるにしろ受け止められるにしろ。あなたを傷付けてしまうと」
「……そう思うか?」
「ええ」
すべてを見届けたサヨコは自信をもって答える。彼女の見たところアギの《補強》された《幻想の盾》は、『硬さ』に拘るあまり最後の方はかなりの強度を得ていた。
鉄の盾とまではいかなくとも、素手で思いっきり殴れば拳が砕けるくらいには。
「この子は、相手を想うことができる優しい子です。あなたの拳を守ろうとゲンソウ術を解きました。頑なに守りに徹して……身も心までも固めてしまっては何も為すことはできないと、あなたへ手を伸ばしました」
「……」
「投げ技を選んだのもきっと、あなたへのダメージを最小限に抑えようとしてのこと。その瞬時の理解と判断力、潔さ。好ましいではありませんか」
「……優しいんじゃねぇ、甘いんだよこいつは。……ったく」
過剰な評価だぜサヨコさん、とレヴァン。
再三膝枕(以下略)を見た彼の表情は、どこか辛そうだった。
叶うならば遠ざけたかった。少年の母の事を思えば、少年には争いとは縁のない道を望んで欲しかった。
しかし男として少年の事を理解できることもあった。かつての自分が通った道でもあったから。
「散々殴って悪かったな」
『あの悪魔眼鏡』に負けないくらい酷い男だと自分でも思う。理解したくて、試して、拳をぶつけることしかできなかったから。
レヴァンは少年の心臓のあたりにそっと、傷ついた拳を当てた。昔、そうやってガツンと言葉を伝える『尻尾頭の格好良い男』がいたことを思い出す。
「おい。守りたいなら強くなれよ。誰も傷つけたくないならまず、てめぇを守れるようになってくれよ。お前が傷ついたら心配する人がいる。死んだりでもしたら悲しむ人がいるんだからな」
神妙な顔で少年の心に語りかけるレヴァンにサヨコは、
「心配なら心配だと、起きている時に伝えてください」
「……」
もっともだ。
「本当に。不器用なのだから」
「勘弁してくれ。サヨコさんも言ってくれたじゃねぇか。男が語るのは拳だ」
「ならば認めるのですね」
子供ではなく、男だと。
「あなたの迷いは晴れましたか?」
「……。ああ」
レヴァンは頷いた。もう諦めた。
止めても止まらないくらいは理解した。思えばアギの幼馴染である少年もそうだったではないか。
「この子を、信じられますか?」
「『一本』の分くらいはな」
投げ技は気に食わなかったので顔を顰める。アギを通じて『彼ら』に負けた気分だ。
『彼ら』から彼女へ、そして彼女から少年へと伝わったその技。
「あいつのガキなんだよな。こいつ」
「あなた?」
「なんで……『アギ』なんだろうな」
「……。それは」
「サヨコさん?」
サヨコは、
「あなたに出会うため。あなたに気付いてもらうため。私はそう思いますけど、それではいけませんか?」
「……俺にはわかんねぇ」
昔から鈍感と言われていたのだ。少年に名を与えた彼女の想いなんてわかるわけない。わかったとしても。彼女にはもう何もしてあげられない。
できることがあるとしたら。
+++
アギは微睡みの中にいる。
「おい。起きろ」
「……んん」
やめてくれ。せっかく人が気持ちよく寝ているのだから。
懐かしい感じがした。あったかくてやわらかくて。やさしいにおいがする。
すごくいいな。この枕。
「……いい加減起きやがれよ。アギ」
「あと……5分」
イライラしたような声が聞こえる。でも。もう少しだけ。
すりすり。
「サヨコさんの脚を! すりすりすんじゃねぇええええっ!!!」
「げはっ!?」
今日1番の、理不尽な一撃にアギは悶絶。
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「……お、王様? なんで……枕は?」
「いつまで寝ぼけてやがる。いいか。10歳以上の野郎がサヨコさんに触れるには王様である俺の許可が要ると」
「あなた」
腹を抑えて悶絶しているアギに余計な説教をかまそうとしたレヴァンは、サヨコが腰の刀に手をかけたのを見て黙り込む。
「あまり大人げない事をすると、散らしますよ?」
「……はい」
「サヨコ様……俺は?」
「……まさか殴りすぎて記憶がぶっ飛んだりしてねぇよな?」
「いえ。覚えてます。でも」
殴られまくった顔も体も、痛みがない。
アギはおそるおそる自分の顔に触れた。左目の視界が潰れているのを鑑みても、腫れや痣は引いていないようだ。
「あまり触んなよ。今はサヨコさんがお前の『痛みを散らした』から平気だろうが、長くは保たねぇからな」
「あ。はい……散らす?」
レヴァンが「深く考えるな」と言うのでアギは素直に従うことにした。
一応五体満足なのかは確認するけど。
「よし。お前もちゃんと治療しないといけねぇし、さっさと済ませるぞ」
そう言ってレヴァンはアギを立ち上がらせ、正面に向き合う。
「王様、すませるって」
「覚えてねぇのか? 《盾》を見せる話だったろ」
「あ」
そういえばそうだったような。
はじめに話を聞いた時はどういうことかとよくわからなかったが、《補強》を覚え初めて《幻想の盾》を実戦形式で使ってみた今だからこそ興味がある。
「結局パンチの1発も防げなかったが敢闘賞だ。サヨコさんには最初から頼まれてたことだしな。お前のためになるとは思わねぇが仕方ねぇ」
レヴァンはアギに向かって右腕を伸ばし、包帯が巻かれた掌を見せた。
「ほれ。好きにしろ」
「王様の《盾》……これが?」
レヴァンの掌をまじまじと見つめる。不可視の《盾》は目に見えるわけがなく、どんなかたちをしているのかアギにはわからない。やはり触ってみようと意を決してレヴァンの掌に自分のものを重ねるよう手を伸ばすと、
「あっ――」
驚いて声を漏らした。レヴァンの掌から約20センチ離れたあたりでアギの手が何かに触れた。
自分のものとは比べ物にならないほどあつくて、かたいなにか。少し力を入れたところでビクともしない。
何より。触らなければ気付かなかった1番の発見は、《盾》の表面は意外にもボロボロだったということ。均一な『面』ではない。大小様々な凹凸や筋の通った溝が無数に存在する。
「これは……傷?」
《盾》にある1つの溝に沿ってアギが指をなぞらせると、
「そこは皇帝つうジジイの剣を折った時にできたやつだ」
「王様?」
「てめぇの首と一緒に国をやるなんてつまんねぇこと言うからな。目の前でバキッとな」
「……。じゃあ、この鋭いのは?」
「サヨコさんのだ。それは初めての夫婦喧嘩で……原因はなんだったかな?」
「忘れたのですか?」
「まさか」
全部覚えてる。忘れるわけねぇ。レヴァンはサヨコに向かって懐かしそうに微笑む。
「……この1番でっかい、抉られたあとのような酷いやつは」
「こいつは……紛争中、《帝国》にいた英雄に《盾》ごと身体をぶった斬られた。流石に死んだと思ったなこん時」
「っ!?」
「戦では何度と戦ったが、あのおっさんには1度しか勝つことができなかった。……いや。勝たせてもらった、だな」
「……。これは?」
「また古いやつを。悪魔になった馬鹿に撃たれそうになったミハエルを庇ったんだよ。俺の勘違いだったけどな」
「あく、ま?」
紛らわしかったんだよあいつ、なんてレヴァンがぶつくさ言っているけどアギは聞いていない。まさかという思いで一杯になる。
その後も1つ1つ《盾》の傷のことを訊ねると、レヴァンは丁寧に教えてくれた。
中には事故に巻き込まれた人を助けた誇らしい傷だったり、サヨコに『おしおき』されときにできた情けないものだったりするのも多くあったけれど、それは比較的新しい浅い傷。アギが息を飲むことになるのはそれらの傷の下にある古くて大きな傷跡。
凄惨な紛争。その記憶。
「これが俺の《盾》、つうか《心像》だ」
「心、像?」
アギが触れているのは剥き出しの心だ。レヴァンのゲンソウ術において力の根源となるイメージの源泉。彼だけの想いのかたち。
刻まれた傷。痛みを伴う経験が、彼の《幻想の盾》をこれ以上なく《補強》している。
最初から何かを守れたわけではなかった。守れたものは少なくて、傷ついてばかりで。
守ってもらったから――生きている。
「あ……」
すべてを理解した。この人は、全部覚えている。《盾》に刻みつけている。
守れたもの。守れなかったもの。傷つけたもの。傷つけられたもの。失ったもの。託されたもの。大切なものすべてをその身に宿している。
生きている。すべての命は、ここにある。
多くの命によって生かされた命だから。無駄にはしない。
命と共に俺は、皆の命をかけて、
《盾》に触れた掌から伝わる「あとは任せたぜ」という言葉が、胸に痛い。言葉に応えようと叫ぶこの人にも。
させねぇ、やらせねぇ。今度こそ、今度こそ!
傷付き、失う度に。幾度となく鍛えた守るモノ。
そこへ幾重にも重なった想いと願いがあつまり束となり、層となって。
あつく、かたく――
「……おもてぇよ。これ、なんだよ?」
「何を感じ取ったかしらねぇが。泣くなよみっともねぇ」
「辛ぇよ……痛ぇよこんなの。みんな、みんな死んじまって、王様だけが、1人で……」
「おいおい、ヨサンとかは生きてるぞ。勝手に殺すな。それに1人じゃねぇ。1つなんだ。たとえ俺の妄想でも、みんな俺の中にいて、力になって。守ってやれる」
「そんな力! なんで、なんで王様は!」
「わかるんだろ? お前と同じだ」
「あ……」
守れなかったから。守りたい。
代わりではなくて共に。すべてを。
愕然としたアギはショックに立つこともままならず、レヴァンにしがみついてはそのまま、感情にまかせて嗚咽した。
恥も外聞もなく泣き叫ぶ少年を見ては「だから見せたくなかったのに」と彼は思う。
「サヨコさん。言い出したのはサヨコさんだからな。どうにかしてくれよ」
「受け止めてあげてください。あなたを思って泣いているのですから」
「……はぁ」
サヨコは微笑ましく見守るだけ。どうしようもなくてレヴァンは空を見上げる。
「俺のせいにするなよ」
遺した息子を泣かせたのも、自分の選択が少年にこの先、平穏とは程遠い道を歩むことになったとしても。
遠い空に向かって投げた言葉は、彼女に伝わったのかわからないけれど。
「なあ、俺はこんなんだけど、お前はお前だから――」
続く言葉は、確かに少年の心に届いた。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
《次回予告》
《用心棒》に苦戦したものの、何とかライブを成功に終えた次の日。《盾》を封じられたがマイカの護衛を続けることにしたアギ。再編成された護衛チームの一員となった彼はユーマの指揮の下、期限の残り4日間をリュガと共にセイカ女学院内で過ごすことになる。再起塾に対するユーマの策はまさに籠城戦だった。
護衛の2日目となるその日の朝。アギは学園へと戻っていた。《盾》の代用となる秘密兵器を手に向かった食堂で彼は、彼女からある噂話を聞くことになる。
次回「アギ戦記 ―護衛2日目」
次の対戦カードはマイカVS???