1-01 はじまりの日
第1章、突入します
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私、エイルシア・ウインディが彼と出会ったのは偶然でも運命でもありません。
私に起きた偶然はひとつだけ。森で倒れた彼女と出会い、助けたこと。
――わたしはいつだって人の運命を人が選びとることを願います
――たとえ世界が貴女を救わなくても、貴女の幸せを願う人は必ずいる
あの時の私は彼女の言葉を信じなかった。
――だから忘れないで
そう。だから私は……
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失ったものは戻らない
それを知っているから少年は……
「……はぁはぁ……はぁはぁ、はぁ……キツイな、やっぱり」
深夜の倉庫街。優真は建物の陰に隠れて呼吸を整える。
紙一重の戦いが続いていた。身体の熱は引きそうにない。
「でもなんとか1人にすることはできた。代償はでかかったけど」
あの3人を相手にしては《全力》以上に《本気》を出すしかなかった優真。
ここまでの戦闘で精霊の力を《彼》に『見られて』しまった。風の魔法も、砂を操る力も。
そして炎の槍さえもう通用しない。
「戦う手段がもうほとんどないや。……諦めるか?」
手にした武器を握りしめる。
しかし《これ》だって元々彼の作品だ。既存の魔法弾はきっと通じない。
「それでも駄目だ。俺は……許せない」
優真は己に問いかけ、それを否定することで自分を鼓舞する。
《彼》を敵とする理由が少年にはあるから。
いつまでも隠れてはいけない。優真は思い切って陰から飛び出した。
「――!! 風よ!」
正面の影に向けて咄嗟に放った真空波は《彼》が腕を振るうだけで相殺された。
この技も『見られている』からやはり通じない。反撃に備えたが《彼》は仕掛けてこなかった。
「……余裕ですね。光輝さん」
「優真……」
「そんな声出さないでください。決心が鈍る」
それは梟。
銀の髪と金の瞳を持つ青年
夜を識り、闇を狩るモノ
「お前の力は《理解》した。……俺に2度目はないのは知っているはずだ」
優真は梟の敵ではない。しかし彼は少年を止められなかった。
「知ってる。魔術戦や奥義のぶつけ合いなら《梟》は一撃で倒すしかない」
梟は、優真が兄と慕っていた青年は優真の敵だ。
「でも俺はまだ負けてない。……許せないんだ。あの子を殺したこと。今も」
「……」
消えることなく、抑えきれなくなった負の感情。
優真はそれをぶつけることしかできなかった。
手にした金属板にカートリッジを差し込む。特注の一発が梟を撃ち墜とす最後のチャンス。
「いくよ、……兄さん」
風を起こし、砂埃が舞う。
砂塵の竜巻から放たれる風の刃と砂の散弾。
「優真!」
梟の金の瞳は撹乱に惑わされず当たる攻撃だけを相殺。
上空から降り注ぐ炎槍の雨も腕を上げ見えない何かで打ち払う。
「その程度……っ!?」
同じ術式は彼には通じない。しかし梟の注意は僅かな時間上にそれる。
だから足元が砂地になっていることに気付くのが遅れた。
「うわああああ!」
砂に潜り梟の真下から優真は飛び出す。いくら彼でも地下のものを見ることができないことを優真は知っていたから。
これが最後――
刹那、互いに取り出したのは同じ武器。同時に突き出す銃口。
「優…!?」
「おお!!」
銃が吼える。そして――
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「うわああああ!!!」
優真は飛び起きて目を覚ました。
「……夢か。……ありえねぇ。光輝さんと決闘なんて何無茶してんだよ俺」
嫌な汗をかいているのがわかる。
「……まあ、いいや。もう少しだけ……ねる」
落ち着いてきたのでもうひと眠りしようと布団をかぶった。時間になったら姉が起こしに来てくれるはずだ。
「!!」
「ん?」
ところが布団をかぶり横になると優真は何かと目があった。誰かいる。
しばらくして自分のベッドではないことに気付いた。布団のにおいがまず違う。
同じベッドの上、同じ布団の中で隣にいるのは年上の女性のようだ。姉ではない。
はちみつ色の長い髪をした優真の見知らぬ綺麗な人。驚きで大きく見開いたままの瞳はきれいな翠をしている。
しばらく見つめあう2人。
「……夢か。……ありえねぇ。何妄想してんだよ俺」
「――!!」
そう結論を出して彼女の頬に触れてみる。やわらかな感触にすげえ夢だなと感心する優真。
ふにふに。
「き」
「き?」
「キャーーーーーッ!!」
優真は突き飛ばされ追撃の《風弾》で壁に叩きつけられた。
ごちん
彼の物語はエイルシア・ウインディ、彼女のベッドの上から始まったのは2人だけの秘密だ。
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幻創の楽園
第1章 風森の勇者
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はじまりの日
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再び優真は目を覚ます。目の前には夢にでてきた女性がいた。
警戒されるように何かの構えをとっている。
「あなたは何者ですか?」
「……え?」
夢じゃないようだ。でもどこを見ても見覚えがない。
「ここは……どこ? 天界? それとも魔界?」
「……打ち所が悪かったのかしら。ここは西の国の最西端、《風森の国》です。自分のことがわかりますか?」
女性の声は優しい。優真も自分を心配してくれているのがわかった。
「大丈夫です。俺は御剣優真。えーと名前が優真です。ところで風森なんて地名聞いたことないんですけど」
「まさか。あなたの出身は何処? 黒髪だから東国の方だと思いますけど」
「?」
優真は自分の国と出身地を彼女に伝える。その地名は王女として教育を受けている彼女でさえ知らない地名だった。
「……今日がいつだかわかりますか?」
「再成紀1011年の4月。高校の入学式の日」
今日は再生紀1011年の3月。学園都市では今の時期春期休暇に入る頃だろう。
微妙に違う。
「もしかして……これに見覚えは?」
「何です? それ」
優真に渡されたのは1枚の紙切れ。複雑な文様が描かれている。
「それは先日とある方から頂いたものです。《召喚の札》と言っていましたが」
「……うそだあ」
優真は紙を裏返すとそこに書かれてる文字を見てしまった。
『今日のタイムサービスは午後4時から』
知っている文字で書かれた広告。チラシの裏を信じる人はいないと思う。
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風森の国は西国に数えられる小国の1つ。
《中央中立地帯》からみて西方はかつて栄華を極めた《西の大帝国》の流れを組む国が多い。加えて400年前に起きた災厄の大破壊によって一度は滅び広大な砂漠地帯となった地域である。
西国は過酷な環境の下で逞しく生きる砂漠の民の集落とその王国、大帝国の遺産を引き継いで復興した高い技術力を誇る国々で成り立つ。
西国は砂漠と技術の国。その中で風森は異質の国だった。
西国で災厄を免れた国は他にもあるが風森は大きな森を持ち自然に恵まれている。
緑に囲まれ風に愛された国。
噂では精霊に護られた国ともいわれる。
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その日の夕方。優真は沈む夕日を眺めていた。
あのあと彼女の部屋から追い出されはしたが捕まることも閉じ込められもしなかった。
そのまま放置されたのでぼんやりとすごす。1日を無為にした気がする。
「あれは防風林、じゃないよな。森だし」
窓からあかく照らされる森の木々とその先の砂漠地帯をただ眺めていた。
本当に知らない風景。優真の知らない世界。
「不思議ですよね」
呆けたままの優真に声をかけたのはあのときの女性。
「あ。えーと、エイ…ルシア、様?」
「言いづらいならば好きなように呼んでもいいですよ」
「でも王女様だって」
「この国は王制ではありません。建前ですので」
エイルシア・ウインディ。風森の国の王女はかしこまる必要はないですよ、と優しく微笑む。
「それじゃあシアさん。そんな感じで」
「何ですかそれ」
優真から見たエイルシアは年上のお姉さんそのまま。今もワンピースのシンプルなドレスにカーディガンといったもの。
寝起きの彼女の姿は忘れたことにしている。
「タテマエって?」
「ウインディ家は国の象徴。そしてこの国にとって大事な役目を果たす一族なのです」
「ふーん。やっぱり不敬罪とかにならない?」
「大丈夫ですよ」
ならいいや、と優真は笑う。
「……落ち着いていますね。あなたにすれば本当は異常な事態ですのに」
「こんなこともあるって本に書いてあった。こっちじゃ前例もあるらしいし実際に起きたんだからしょうがない」
ちなみに優真が読んだ本のタイトルは『世界の危機百選』。あらゆる状況における危険について書かれたこの本は兄の薦めで読んでいる。
シリーズもので他にも『あなたのまちの危機百選』、『はじめてのおつかい危機百選』などがある。
それからエイルシアと一緒になって夕焼け空を眺める。
何もしない日なんていつ振りだろうと優真は思う。
ゆっくりと流れる時間。先にエイルシアが口を開いた。
「太陽を見ていると不思議に思います。昼間はあんなに小さな光なのにこの時間になるとこんなにもあかくて大きい」
優真はそうですね、と同意する。今日1日空を眺めた感想だった。
「月もそう。夜空に輝くいちばん大きな『星』。あの丸い星は1日に少しづつ形を損なっていって最後に消えてしまう」
「……」
「でもまた少しづつ光を取り戻して月はまた『生まれ変わる』のです。月は再生の象徴なんですよ」
「へえ、そうか。……はは」
思わず笑ってしまった優真。エイルシアはその反応を不思議に思う。
「何かありました?」
「いや、シアさんの話を聞いたらここはほんとうに別世界なんだなと思って。そうか。月は星で生まれるんだ。あははは」
「ユーマさん、そんなにおかしいのですか?」
余りにも笑うのでエイルシアは馬鹿にされたようでおもしろくない。子供っぽく頬が膨れる。
「ではあなたの知ってる月とは一体何なのですか?」
「え? うーん。シアさんは信じてくれるかな? あのね、月にはね」
優真はエイルシアに話した。これは彼の世界のはじまり。
おとぎばなし。
「月には天使がいるんだ」
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月には天使がいて
地底から悪魔がやってきた
人のいる大地で皆は出会う
再成したこの世界で
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日は沈み、空に星が瞬く。
優真とエイルシアは多くの話をした。お互いの世界の話を。
「信じてくれましたか?」
「シアさんこそ」
優真は自分が召喚されたなんて本当は信じていない。だから確かめるように彼女と話をした。
でも彼女が語る世界は知らない世界だ。想像で魔法を再現できる技術なんて知らない。
エイルシアはユーマが召喚されたなんて本当は信じていない。だから確かめるように彼と話をした。
そもそもこの世界における《召喚》は、10年以上も研究されて未だ再現されていない術式なのだ。それが紙切れ1枚で喚べるなんて信じられない。
でも少年の語る世界は違うものだ。月や地底に人の住む世界があるというだけで違う。
言葉が通じたからわかった世界の違い。対話することで理解できたこと。
――この人は嘘をついていない
それは再生された世界の人と再成した世界の人の出会い
「こんなにおしゃべりしたのも久しぶり。……もう夜ね。食事にしましょう。何か作ります」
「そういや今日は何も食べてないや。ぼんやりしてたもんな」
そこまで考えて優真は彼女以外に誰も会っていないことに気付く。エイルシアに訊ねた。
「シアさんが作るの?」
「ええ。こう見えても得意なんですよ」
「いや、ここってお城でしょ? 料理人とかいそうなんだけど」
「……」
「それにシアさん以外の人に誰も会わなかったよ俺。ここには誰もいないの?」
それはないと思う。優真に大きさは測りかねるがここは城だ。エイルシア1人で住むような規模じゃない。
すぐに気付かれることとわかっていたとはいえ、悲しい表情を見せるエイルシア。
「みんな風邪なのです」
「風邪?」
何も知らない異界の少年にエイルシアは1つ教えた。
「この国は《病魔》に呪われています」
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