アギ戦記 -閑話 4
*前回の更新より2週間以上、長らくおまたせしました
過去編。アギ、試練の時。盾と拳と
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面談の結果として、あなたに見せたいものがあります。
それはあなたの標となるもの。
アギは本当の意味で知らなかったのだ。
全てを守るレヴァンの《盾》は、どのようにして創られてきたのか。
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国内の危険を察知できる特異能力。条件付きではあるがイメージ次第でどこへでも瞬間移動できる《蜃楼歩》。
それらを逆手に取ったサヨコ流『王様緊急召喚術』に応じて『跳んで』きたレヴァンは、未だ事情が飲み込めないでいる。
「えーとな」
周囲から情報収集。ここは新開発地区、その中でも資材置き場の一画にある倉庫街のあたり。瓦礫に刻まれた鮮やかな『切り口』を一目見れば、先程アギに降りかかってきた倉庫の外壁はサヨコの仕業だとわかる。
「アギがいて、サヨコさんがいて。サヨコさんが刀抜く事態があって。人気のない場所に2人きりで……――はっ」
王様推理、2秒で結論。
「逢引きか! そんでサヨコさん襲われてる!?」
「疲れているのですか?」
「……はい」
サヨコに真顔で心配された。
「あいびき?」
アギ(無知な少年)に至っては逢引きの意味を知らずにきょとんとしている。
「挽肉のことよ。知らないのならそれだけ覚えていればいいわ」
「ああ! ハンバーグの」
「アギ。おめぇ……」
ボケる相手が悪かった。
最近フザケればフザけるほど、誰も構ってくれなくなったのがレヴァンの悩み。
5年の付き合いから淡白になってしまったミハエルに代わり、ツッコミが得意且つ博識、加えて激しいリアクションができる『国王付き』が欲しいなぁ、なんて思う当時。
「それでサヨコさん。急用ってのは?」
「はい。アギ、こちらにいらっしゃい」
突っ込む気も失せてレヴァンが訊ねると、サヨコはアギの手を取って少年をレヴァンの前へと立たせる。
「サヨコ様?」
「あなた。この子にあなたの《盾》を見せてあげてください」
「えっ」
王様を呼んだのはその為?
それで俺、瓦礫に潰されかけたんですか? サヨコ様!?
もしレヴァンが『跳んで』こなければ自分はどうなっていただろう。ぞっとしない思いをするアギではあるが、用件を聞いたレヴァンもまた驚いている。
自分の《盾》、すなわち自らが《現創》した『想いのかたち』を見せるということは、
「ちょっと待ってくれサヨコさん。そいつは触らせろってことか?」
「わかっていたはずです。アギが望むモノ、そしてアギに欠けているモノを。だからこそ辛く当たったのでしょう?」
幼い憧れの求めるまま、《幻想の盾》を手にした少年。その要因は間違いなくレヴァンにある。なぜならアギは本当のところ、近衛や軍人になりたいわけではないのだから。
強くなりたかった。守れる男になりたかった。
その心に盾のゲンソウを宿す王のように。
息を呑むレヴァンを前にサヨコはきっぱりと言い切った。彼女もレヴァンも、アギが創りだした《幻想の盾》をその目で見ている。
力が伴わず膜のように薄い盾。それでも、すべてを守ろうと力いっぱいに広げた少年の素直な気持ち。想いのかたち。
サヨコはレヴァンが躊躇う理由を理解している。アギは何も知らないから。
だからこそ。
「この子は『アギ』。けれど『あなた』ではありません。この先アギが進む道があなたと、あなたに想いを託した彼らと同じものになるとは限らない」
「!」
「それでも。アギの行末が不安だというのなら。あなたが教えてあげてください。その心に《盾》を持つ者として、この子の先を生く者として」
アギが望むモノ。あなたが手にした《盾》がどういうモノかを。
「……」
レヴァンは黙り込んだ。黙って己の拳を強く握り締めた。アギがその様子を不安そうに伺っている。
逡巡した後。
「……ちっ。仕方ねぇか」
諦めたように溜息を吐き、レヴァンは頭を掻いた。
「まっ。こっちが俺向きなんだろうな。ヒサンの相談事よか余程やりやすいか」
「ヒサン?」
どうして彼の名が出るのだろう? アギの記憶では次の面談はパウマだったような。
そんな訝しげなアギの顔を読んだのかレヴァンは苦笑。「ちょっとな」と一言だけ。
「まあ、それはそれだ。面談の順番にしてもまずお前から片付けるか」
「王様?」
「アギ。盾を出せ」
先に教えておくことがある。レヴァンがそう言うのでアギは言葉に従い、戸惑いながらも両手を前に突き出してイメージ。集中して《幻想の盾》を構えた。
展開までに約5秒。『早さ』と『軽さ』が自慢の初級術式にしても遅い。強度は言うまでもない。この時レヴァンはアギの未熟な点には触れなかった。
次にレヴァンは目の前のアギに更に近づいて片腕を伸ばした。アギの翳す《幻想の盾》に触れる手前で伸ばした手を丸め、中指を親指に添えたある構えを取る。
デコピンだ。アギが王城でレヴァンに《幻想の盾》を破られたのはついさっきのこと。その時受けたショックをアギが忘れるわけがない。
「……」
今度こそ。破らせてたまるか。
そんな気持ちがアギの中に沸き上がる。レヴァンの指先をぐっ、と睨みつけたその時。レヴァンがアギの《幻想の盾》を弾いた。
バチッ、と乾いた音をアギは聞いた。しかし《幻想の盾》は破れてはいない。
「……えっ?」
デコピンを防ぎきった。そのことに1番驚いたのは防いだアギ自身だ。
「なんで? 前は簡単に破れたのに」
「デコピンされる前。お前は何を考えた?」
訊ねたのはレヴァン。彼はデコピンのかたちをした手をアギに見せた。
「前に『これ』で破られたもんなぁ。だからお前はこう考え、強くイメージしたはずだ。『デコピンに破られねぇ』。そんなことを」
「は、はい。わかるんですか?」
「そりゃあな。いいかアギ。我流でゲンソウ術を覚えたらしいお前はわかってねぇみてぇだから教えておくと、今のはゲンソウ術の基本工程における《幻操》の初歩。イメージを付与する《補強》だ」
「補強……」
「さっきお前は無意識にイメージを《幻想の盾》に上乗せして盾の強度を上げたんだよ。《補強》は既存術式に変化を与えるもんだ。そして《幻想の盾》は初級術式故にその性能が術者のイメージが強く反映される」
余計な概念のない初級術式の利点は、発動のしやすさと工夫のしやすさにある。
極端な例えをすると《炎の盾》を《補強》して《水の盾》を創りだすなんてことは不可能だ。これは《炎の盾》という術式に組み込まれた属性の縛りがあるから。しかし無属性且つ初級術式である《幻想の盾》にはそういった性能を決定づける縛りが存在しない。要はカラなのだ。
術式の『決まったかたち』にあまり左右されず、術者次第で自由な変化を与えることができる。サイズや形状、質量強度耐性の全てを、イメージできる限り自由自在。
問題は自由度が高いだけということ。《幻想の盾》の防御性能は術式にではなく術者の知識や経験、想像力といったものに強く依存される。誰もが安定した防御力を得られるとは限らない。
「《幻想の盾》は単に発動させるだけじゃ『見えない紙切れ』だ。何せ初級術式、発動が容易なだけで術式自体には何の力もねぇ代物だ。だが決して弱くねぇ。《補強》の自由度が半端無くイメージ次第じゃどんな盾にだってなる。鉄や石の硬さが完璧にイメージできりゃあ刃物だって通さねぇ。まあ、その程度なら出し入れ自由、軽くて目に見えねぇくらいが利点で普通に鉄の盾持ったのとそう変わらねぇんだが」
「……」
「わかるか? お前の《盾》が薄っぺらい理由が」
王城で見せたアギの《幻想の盾》は、術式をなぞっただけの曖昧な『盾のようなもの』だったということだ。武装術式の性能を決める『なにか』が何もなかった。
つまり。
「俺が盾を創るときに硬さとか形とか色々、盾に必要なイメージを何も考えていなかったから。だからデコビン1発で破れるくらいの盾ができた」
「わかってるじゃねぇか。いくら勉強嫌いでも何事も頭使って工夫しろって話だ。よし。これでレクチャー終わりだ。本番と行くか」
そう言ってレヴァンは準備運動のように左右の拳を握り、指を鳴らす。
「本番?」
「サヨコさんはああ言ったが。俺はな、サヨコさんにだっててめぇの《盾》に触れて欲しくねぇんだ。だからアギ。お前に俺の《盾》を見せるって話は俺から1つ条件を付ける」
「!? 待ってくれ王様。そもそも王様の《盾》に触れるって」
それはどういうことなんです?
レヴァンからの説明はなし。思わず振り返ってサヨコに助けを求めても、彼女は変わらず微笑んだままで。
「アギ。あなたは頭に馬鹿と付くほど正直で、割と頭のわるい子よ。それにこの人もああ見えて口下手だから」
「サヨコ様?」
「男は拳で語るもの。この人なりにちゃんと意味はあるはずだから。今は胸を借して貰いなさい」
「そういうこった。軽く揉んでやるからさっさと構えろ」
既に両の拳を前にしてファイティングポーズを取っているレヴァンは、簡潔にルールを告げる。
「今からお前を100発殴る。その間に1発でいい。防いでみろ」
「ひゃ、100発!?」
「怖気付いたのか? 勝負にしちゃ破格じゃねぇか。1発止めりゃお前の勝ちなんだぜ。なら逆に俺へ1発ぶち込めたなら特別ボーナスつけてやってもいい。近衛への無条件入隊なんてどうだ?」
その言葉は、アギの目の色を変えるのに十分な威力があった。
「試験なしで近衛? 試験なしに俺もシュリと同じ士官候補に? ……本当ですか!」
「2回言いやがった。サヨコさん。こいつの勉強嫌い、どうにかなんねぇかな」
「どうにかしてあげてください」
若干投げやり気味な王夫婦。
アギも先程の「3年かけて頑張る」といった気概をどこへやった?
「とにかく1発だ。止めてみせろよ。こっちは本気で行くからな」
「……。はい!」
拒否権はないのだろう。レヴァンを前にして気合を入れて直す。アギは《幻想の盾》を手に身構えた。
本当のところ。この時のアギは「勝てば近衛に入れる」とか「レヴァンの《盾》に触ることができる」といった些細な事はこの際どうでも良かった。
サヨコはこの勝負らしきものを「意味のあるもの」と言った。だがアギにすれば、憧れの《盾の王》自らの手解きを受けられ、更には彼が稽古をつけてくれる、それだけで大変凄いことだと、例えば騎士が君主に剣を与えられるような名誉なことではないのかとそう思ったのだ。
しかし。そんなのアギの都合の良い妄想に過ぎない。
彼が己の甘さとレヴァンの厳しさを身を持って思い知るのは、レヴァンの1発目を受けたその時。
「行くぜ。必っ殺ぁぁぁぁツ!」
「……へ?」
妙な咆哮と共に鋭い踏み込み。意表を突かれたアギが気付いた時には、真剣な目付きのレヴァンがもう目前にいる。
レヴァンは確かに言ったのだ。本気で行くと。
「ちょっ!?」
「王様ッ! パァァァァァンチ!!」
脇を締めて肘の向きは下。肩を入れながら腕を伸ばし切り、最短距離で腰の入った拳を素早く打ち込む。ふざけた掛け声とは裏腹の、拳闘術の基本に忠実なステップ・インからの右ストレート。
ゲンソウ術による強化など一切使われていない。しかしデコピンとは比べ物にならない気合の入った拳。レヴァンの自称《必殺・王様パンチ》は、《補強》で少しはマシになっただろうアギの《幻想の盾》を容易くぶち破り、
ぶっ飛ばした。
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……俺、どうして王様に殴られてるんだろう?
そんな考えがふと、アギの頭の隅によぎったのは、レヴァンに60発ほど殴られたあとのことだった。
これといった格闘術を1つも修めていない15歳の少年を相手にして、叩き上げの戦人でもある30半ばのおっさんが本気で滅多打ちにしている。「軽く揉んでやる」と言うには程遠い。レヴァンは容赦しなかった。
「63、シッ、ごぉ!」
「ぶっ! ぐっ!? ……このっ!」
反応できずモロにワンツーを食らい更にもう1発。迫り来るレヴァンの拳に対しアギは苦し紛れに《幻想の盾》を前へ突き出す。
だが盾にぶつかる直前。レヴァンは繰り出した拳を瞬時に引っ込めステップを刻んだ。そのままアギの無防備な左側面へと回り込む。
フェイントだ。対応に遅れたアギは頬に拳を打ち込まれた。
打たれた乾いた音。激痛と同時にアギは、脳天から火花が散ったように錯覚する。
倒れなかったのは天性の打たれ強さのためか。それとも本当はレヴァンが手加減をしているからなのか。どちらにしてもレヴァンは大人気ない。
「……がはっ。……はあ、……ああっ」
「おいおい。本当に100発受ける気かよ」
すぐ近くにいるのに耳が遠い。レヴァンの呆れたような声が遠くから聞こえる。
「『俺の拳を防ぐ盾』はもうできてんだろ? ほら。根性見せて防いでみろよ」
「……」
激痛に耐えるのが精一杯でアギは答えられなかったが、盾に関してはその通りだった。
《幻想の盾》を《補強》するイメージの構築は既に、30発目の拳を受けたあたりでできあがっていた。殴られた時の生々しい痛みはレヴァンの拳の硬さとパンチの威力をアギに正しく伝えている。これが経験としてアギの想像力の糧となり、力となっていた。
拳を何度と《幻想の盾》で受け止め、何度とぶち破られて。その度にアギは《補強》を試み盾のイメージを繰り返し修正。そうやって強化した今の《幻想の盾》にはアギも確かな手応えを感じていた。実際レヴァンのパンチの1発や2発くらい十分に耐え得るほどには硬くなっている。
事前のレクチャーのお陰もあって盾を創ることはできた。けれども次にアギが直面した問題は、彼が《幻想の盾》で拳を受け止められないことだった。
最初は懇切丁寧に《幻想の盾》をぶち破ってきたレヴァンであったが、アギが《補強》を使いこなせるようになってきた30発以降から攻めの手口を変えてきたのだ。盾を避けるようにステップとフェイントを織り混ぜた攻撃にアギは翻弄された。
フットワークを駆使して狙いを絞らせないレヴァンの拳撃は1度も《幻想の盾》に打ち合わせることなく、隙だらけのアギの防御を突く。
アギは1度も防ぐことができないまま更に30発以上、為すがままに殴られ今に至る。
ダメージの蓄積から棒立ち状態のアギ。そんな彼の耳にどこか冷たい、レヴァンの声が届く。
「宝の持ち腐れってやつだ。盾ってのは防具、所詮道具だ。使い手がへっぽこなら神器級の盾だって役に立たねぇ。創れたくれぇで満足するなよ」
「王様……?」
「お前面談の時に何か言おうとしたよな? 俺に《幻想の盾》みせながら『こいつがあれば王様みてぇに』って感じのことを。多分続きはこうだろ?」
――この《盾》があれば俺だって王様みてぇに皆を守れる!
「……!」
「そんなわけねぇよ。今だって自分さえ守れてねぇじゃねぇか。未熟なガキでしかねぇ今のお前に誰かを守れる力なんてねぇ」
「そんな、こと」
「ない。ってか? だったら。てめぇの力で証明してみせろ!」
66発目のパンチは額を狙ったスレート。正面からにもかかわらずアギは全く反応できなかった。レヴァンの速さに盾を展開する余裕がない。
「がっ!?」
「どんどんいくぞ、オラァッ!」
67、68、69、
ここでようやくアギは《幻想の盾》の展開を終え盾を構えるが、その時にはレヴァンはもう盾の内側。防御を掻い潜ってアギの懐へと踏み込んでいる。
70発目のボディブローが直撃。
悶絶するアギは追撃の71発目で遂に膝を地に着け、前のめりに倒れた。倒れたアギにレヴァンは何も言わない。
手を差し伸べない。様子を見守るサヨコもまた。
なんで俺、殴られてるんだろう?
殴られた痛みと腫らした顔の熱でぼんやりとする思考。アギは思う。
理不尽だと。俺は一体、なにをしているのだろうと。
1分か10分か。それとも1時間か。しばらく倒れたままだった。そんなアギに誰かが声をかけた。
耳が遠い。近くにいるのに、遠くから聞こえる。
――なんで殴られてるんだろう、どうして自分が痛い思いしなきゃなんねぇ、とか思ってねぇか? でもな。お前が進もうとしている道にはこんなのばっかりだ。理不尽な暴力はあちこちに転がってる
(……王様?)
――そこに自分から首を突っ込もうとしてるんだよお前は。守りたいとかほざいて自分に関係ねぇ他人の危険に飛び込み、他人の為に傷つく。それがてめぇの何になる?
――カッコつけたいのか? んなのただの自己満足だ。その生き方は、
必ずしも、報われるとは限らない。
人の盾となる、守るモノとしての生き方は。
(いけねぇのか? 誰かを守る事は、誰かのために傷つくのは)
(大事なものを傷つけられるよりよっぽど……)
――ふざけんな! 守るってのは傷つくことじゃねぇ!
――お前を庇って斬られました、あなたを守ったんで撃たれました。んなこと言われて嬉しい奴がどこにいる! 守ってもらって……てめぇを守って死なれた奴が、どんな思いをするわかってんのか、ああ?
――お前みたいな自分も守れない無鉄砲なだけガキには、何も守れねぇ。《盾》を持っても軍に入っても、戦士になっても。命を張ったところで無駄死にするだけだ
――そんなの背負わせるだけなんだよ
(せ、おう?)
――死なせねぇからな
「――えっ?」
「いい加減諦めやがれ、ぶっ倒れてろぉ!」
何故そんなことを言うのかわからなかった。『90発目』の拳を受けて尚。
気付いていない。1度倒れた後、アギは無意識に立ち上がっていた。
無意識に《幻想の盾》を創り、構えて。レヴァンの拳を受け止めようとしていた。
諦めたくなかったから。だから更に20発の拳を受けても。アギは立っている。
強くなりたかった。守れる男になりたかった。
その心に盾のゲンソウを宿す王のように。でもその人は本気の拳を以って自分に諦めろと言っている。
ここまでされてアギは考える。どうして諦めたくないのだろう?こんな一方的な勝負、得るものも失うものもないはずなのに。
なのに自分は今、何を守ろうとしているのだろう?
「……なくしたく、ねぇよ王様。覚えてねぇけど俺、もう失いたくねぇんだよ」
「お前」
「今度こそ、守りてぇんだ。王様みてぇに」
「……馬鹿野郎が」
アギが向ける眼差しにレヴァンは黙り込んだ。
殴られすぎた少年の顔はパンパンに腫れ上がっており、服の下はきっと痣だらけに違いない。左目など視界は完全に潰れてしまっている。
しかし今も辛うじて無事な右の目は、彼の意思に応じて爛々と輝く。
その瞳の色は、レヴァンの1番嫌いな色だった。
アギの想いは強い。頑なだった。徒に痛めつけても心は決して折れはしない。
それがわかってしまったから。レヴァンは己の血で赤く染まった拳を握る。
今まで以上に強く。強く拳に想いを込める。
――アギ。守りてぇ言ってるだけの奴は、守りてぇと思ってるだけの奴には何も守れねぇよ。想いだけ強いってのが1番危ういんだ。そういった奴らを俺は何百人と知っている
――みんな逝っちまった。守ろうとして。弱くて、力がなくて守りたくてもどうしようもなくて。それでも守りたくて
――そいつらみんな、てめぇの命を『誰か』の盾に使いやがったんだぞ!
後は任せたぜ。
かつてそんな事を言って自己満足で死んでいった人達がいた。故郷を変えようと想いを共にした、かけがえのない仲間たちだった。
彼らに守られ未来を託された『誰か』は、今もその想いを捨てることができずに背負い続けている。そのことが辛くないといえば嘘だ。
行かせるわけにはいかなかった。先を生く者として進ませるわけにはいかなかった。
まだ何も知らないから。何も考えていないから。守れればそれでいい、そんな刹那的な想いで突き進むには、少年が選び取ろうとしている道は余りにも辛く険しい道だから。
少年は弱くて、少年は強くて。先に逝ってしまった彼らによく似ているから。
守りたくて傷付けるという矛盾を冒してでもレヴァンは、
「馬鹿野郎がぁぁぁぁっ!!!」
止めたかった。伝えたかった。変えたかった。正したかった。
そして。見極めたかった。
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