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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 前編
168/195

アギ戦記 -閑話 3

 

 +++

 

 

 必死の説得が功を奏した。

 

 アギはサヨコを思い留めて再び座らせることに成功したが、彼女はどこか不満そう。

 

「結局。みんなあの人のことを庇うのね」

「サヨコ様……」

 

 それは皆が皆、敬愛する王妃様に刃傷沙汰を起こして欲しくないからです。

 

 と、アギは突っ込みたい。

 

 

 どうも話を聞いていると、面談で泣きの目に会った少年たちはアギ以外にも、今年初めて面談を体験した少年たちを中心に沢山いたらしい。

 

 サヨコが言うには城を飛び出し、遠く新開発地区まで逃げ込むほどショックを受けたのはアギだけだったらしいが。

 

「私も腕が鈍るから遠慮しなくていいのに。ちょっと散らすだけよ」

「どこっ、何を!?」

 

 まさか。

 

 レヴァンの無造作に伸びた髪が急に短くなったり、『カミソリ負け』といいながらよく頬や顎(顎というよりは首筋)に大きな絆創膏を貼っているのは、

 

 灼熱の日光に肌を晒すのはよくないのに、稀に半袖&南国人顔負けのへそ出しルックで現れたりするのは、

 

 気まぐれやウケ狙いの悪ふざけの類ではなくて……

 

「冗談ですよね?」

「勿論よ。知ってる? こういうの『洒落にならない冗談』というのよ」

「~~っ、はぁぁぁぁ」

 

 アギは大きく溜息を吐いてがっくり。わかってやっているのならタチが悪すぎる。

 

 一応王国の家族の一員としてアギも理解してはいるのだ。良人おっと相手『だけ』は遠慮(容赦?)しない王妃の人柄は。

 

 そうなのだけど。

 

「サヨコ様……」

「なにかしら? 冗談と言っても王妃わたしの3つの権利は本当よ」

「ありがとうございます。お陰で気が紛れました」

「……」

「冗談ならもう少し心臓にやさしいやつが良かったですけど」

「……精進するわ」

 

 今度はサヨコが浅く溜息を吐く番だった。「逆に気を遣われるなんてまだまだね」と。

 

 冗談か本気かはさておき。沈んでいたアギが纏う空気は軽くなっていた。彼がサヨコに『お礼』なんて言う余裕が生まれたのが何よりの証拠だろう。

 

「では。冗談はさておき」

「はい。置いてください」

「私から話をさせて貰うわ。これはあの人の面談の続きだと思って頂戴」

「……はい」

 

 面談と聞いてアギが緊張して頷くと、サヨコが安心させるように微笑む。

 

 今度こそ逃げずに受け止めて欲しいと彼女は思う。レヴァンだって、子供の考えを否定するために面談をやっているのではないのだから。

 

 

 王妃と少年は向き合った。

 

「まずはじめに。面談の結果があなたの将来を決定づけるものではないことを理解して。私も厳しいことを言うと思うけど、それもあなたが自分の未来を考えるきっかけの1つだと、そう思ってね」

「はい」

「それなら。今から私の正直な気持ちを話します」

 

 サヨコは一呼吸置き、話をはじめた。

 

「アギ。あなたが話してくれた故郷と家族を想う気持ちはとても嬉しい。聞いたらあの人もそう思ってくれるはずよ」

「でも。王様は」

「落ち着いて。別にあの人はあなたの全てを否定したわけではないわ。だからこそ」

 

 

 待って欲しい。

 

 

 アギは、言われたことがわからなかった。

 

 サヨコには本音を包み隠さず話したはずなのに。

 

「サヨコ様まで……俺には軍に入るなって言うんですか」

「少なくとも早いとは思っているわ。あなたもまだ15。青春を謳歌しても良いし、将来のことだって自分の可能性をもっと探っても良い時期よ」

「でもシュリは」

 

 彼の幼馴染はなれたのだ。見習いとはいえ近衛隊に。自分は駄目で幼馴染は良かったという事実は無視できない。

 

 疑問と嫉妬。先を行ってしまった幼馴染と比べ、取り残されたように錯覚した不安。

 

 3年なんて待てない。アギは今すぐ軍に入りたいと焦っている。そんな気持ちはサヨコには見透かされていて。

 

 サヨコは、諭すためにまず訊ねた。

 

 

「あなたはシュリが近衛見習い、つまり『士官候補生』を志した理由を聞いたことがある?」

「……しかん?」

「あら。軍に入りたいと思うなら調べないと駄目よ。その様子だと募集要項さえ読んでいないみたいね」

「うぐっ」

「アギ、兵役に就ける年齢は早くていくつ?」

「……18です」

 

 とにかく本という本、文字という文字を読みたくないアギ。

 

 軍の募集要項のことは、レヴァンにも指摘されたことなので尚ばつが悪い。

 

「王国軍への入隊は徴兵登録が18歳から。正確には20歳以上ね。でも士官候補生は、用兵術をはじめとする高度な知識の早期習得を目的として、特例で15歳以上からの入隊を許可している」

「高度な……勉強ですか!?」

「士官候補生はあくまで軍人見習い、軍事関係を専門とした学生みたいなものよ。彼らは近衛隊に5年間身を置いて軍の事を学び士官、わかりやすく言うと王や将軍の命令に従い作戦指揮を執る隊長になるのよ」

「5年も、勉強……」

「……まさかあなた。勉強したくないから軍に入りたいなんて……」

「いいぃぃ!? いえ、違います!」

 

 アギがブンブン首を横に振るので、刀の柄へと伸ばした手を離す。

 

 この子の勉強嫌いはどうしたものかしら? とサヨコも思わないことではないが、ここでは流しておく。

 

 

 説明すると。本来王国で言う近衛見習いとは通称であり、彼ら士官候補生は実地演習(警備訓練等)も兼ねて近衛隊に配属されるのである。

 

 また。近衛隊は軍の中では閑職に等しく、士官候補生の教官役を兼任している。

 

「? 近衛って暇なんですか?」

「私が言うのもなんだけど。今この国では近衛、王族を警衛する部隊なんて殆ど必要ないわ。あの人はあの通り鉄壁で勘も鋭いし、私だってこの『桜』があるもの」

 

 鞘に納めた刀を手にして、「守られる必要がない」とは身も蓋もなかった。

 

 加えてレヴァンは《蜃楼歩》なる瞬間移動の術式と、己を含む誰かの危機を察知する特異な能力がある。もしもサヨコに何かあれば瞬時に『跳んで』来るだろうし、国内を縦横無尽に『跳び回る』王に追従できる者がまずいない。

 

 

 サヨコはアギの誤解を解くべく、少しだけ彼の幼馴染の事を話した。

 

「シュリはね。子供の頃から早く大人になりたいと言っていた子だったわ。大人になって働いて、たくさんお金を稼いで」

 

 女手ひとつで自分を育ててくれた母に、早く楽をさせてあげたい。

 

「それがシュリの、あいつが近衛隊に入りたい理由? 面談でそう言って、まさかそれで入れたんですか?」

「いいえ。3年前よ。あの子が初めて相談してきたのは12歳の時。それも『大人として働かせてください』だったかしら」

「!?」

「あの子はずっと働き口を探していた。子供ができる仕事では満足にお給金を払ってあげられなかったから」

 

 説明すると。王国では見習いとはいえ軍に所属する士官候補生は、毎月生涯保障や家族手当を兼ねた給付金が国から支給される。

 

 給付金の額は子供が小遣い稼ぎにする砂の掃き掃除とは比べ物にならず、職人見習いとして下働きをする賃金よりも桁が違い断然良い。

 

 シュリはこれに目をつけた。自分の願いを叶えるものとして。

 

 アギが噂として聞いていたのは「シュリが面談で近衛隊見習いになることが決まった」というもの。実際は「入隊試験の結果をレヴァンが直に伝えた」のだという。

 

 アギはシュリが近衛に入ると決まった、その過程を全く知らなかった。

 

 シュリは目標を定めると3年も時間をかけて近衛になれるよう努力を積み重ねていた。難関の入隊試験の合格を経て近衛見習いになれたのだ。

 

 サヨコが言うにはシュリは宰相補佐官のミハエルにも頼み込んで教えを請い、何度も彼の元へ足を運んでいたという。アギ自身その様子を以前何度か見かけている。

 

 アギは知らなかったのでない。気にかけなかっただけ。

 

 夜、分厚い本を片手に寝る間も惜しんでミハエルの与えた課題に挑んでいた幼馴染。朝方ふらふらしている様子を見てさえもアギは気付いてあげられなかった。

 

 

「あいつ。なんで言ってくれなかったんだ。言ってくれたら俺も」

「一緒になって勉強した?」

「……」

 

 そこで黙ってしまうから駄目なんだと思う。

 

「……がんばったと思います」

「……まあ。シュリも男の子だから。あなたも好きでしょ?」

 

 秘密特訓、とサヨコ。

 

「びっくりさせたかったのでしょうね。受からなかったら恥ずかしいので皆には内緒にしてください、ってあの子は相談した私達に頼んでいたから」

「でもシュリは、3年かけてなれた」

「……そうね」

 

 サヨコは少しだけ、哀しそうに目を伏せる。

 

「本当ならシュリにももっと時間をかけて将来を考えて貰いたかった。せっかく取り戻した平穏だから。子供である時間を大切にして、やりたいこと、やってみたいことを色々と試して」

「サヨコ様?」

「だけどね。シュリは自分で見つけ出した道を選び、前へ進むことを決めた。あの子が選びとった道は険しいものだけど、入隊試験という1つの試練もあの子は乗り越えた。ここまで頑張ったのなら私は、シュリの行く道を祝福したい。この先も迷わず前を見て進んで欲しいと、私は思うわ」

「……」

「シュリは、私の自慢の息子よ。あなたはどう?」

「……はい。俺の、最高のダチで、きょうだいです」

 

 サヨコに同意して1つ頷く。アギのわだかまりは解けた。

 

 

 ――シュリがなれるくらいなら俺が、俺の方が!

 

 

 そんなことはなかったのだ。サヨコの話を聞いた今なら、レヴァンが怒りを露わにしたのもわかる。生半可な事では軍に入れないのだと改めて思い知った。

 

 何も知らなかった。近衛にならせてくれと、単に喚いただけの自分が情けない。

 

 それに。シュリが努力をして、難関の近衛見習いになるべくしてなれたというのなら、「よくやった」、「俺も負けねぇぜ」と言ってやるのがアギが思う『男の友情』というものだ。

 

 そうなのだけど。

 

(入隊試験、かぁ……)

 

 体鍛えるだけじゃ駄目なんだろうなぁ……と、先が思いやられて溜息を吐く。

 

 

 ――お前はちと足んねぇとこあるから、外へ出て勉強してこい

 

 

 アギは思い出す。レヴァンが面談で告げたことはやはり、自分の勉強不足を指していたのだろうか。サヨコの手前先程はああも言ったが、やっぱり勉強はやりたくない。

 

 頭と目が痛くなるから。

 

 

「シュリのこと、納得したかしら?」

「あ。はい。今すぐ無理とはわかったんで、俺も3年かけて軍を目指そうと思います」

 

 流石に試験が難しそうだったので近衛、士官候補生を目指すとまでは言わない。

 

 サヨコはアギの自信なさげな顔を見て「仕様のない子ね」と思いはしたが、突っ込まない。流してあげた。

 

「……そうね。3年もすればあなたも大人。それまでよく調べて、考えてみてほしいわ。あなたが本当に軍人となりたいのかということも踏まえて、あなたが本当にやりたいこと、なりたいものは何なのか」

「やりたいこと?」

「……。一つ訊いてもいいかしら? どうして軍に入ろうと思ったの?」

「えっ」

 

 アギの疑問が1つ解決して。落ち着いたところを見計らってサヨコは訊ねた。

 

 サヨコはアギという少年のことをよく知っているつもりだ。だから気がかりがあった。

 

「極端に言えば。軍人とは自国のために戦うのが仕事よ。しかし軍隊は国を守るためだけに存在しない。国を豊かにするためならば侵略行為も辞さない非情な一面も存在する。かつての帝国軍がそう。これも軍としては正しい在り方」

「そんなこと」

「あるわ」

 

 サヨコは断言した。アギは絶句する。

 

「で、でも。王様はそんなことしません。少なくとも王国軍は!」

「そうかもしれない。でもそれも過去の教訓があってのこと。忘れないで。10年以上に渡る紛争を起こしたのは、あの人が率いた反乱軍だということを」

「!」

「反乱軍は《帝国》の抱える理不尽に抗い、《帝国》の過ちを正す為に帝国軍と戦った。砂漠で起きた紛争もはじめは『帝国人が、砂喰いが』と言ってわかり合えなかったからかもしれない。だけど最後は互いに守るものがあって、譲りあえなかったから争い、戦争になった。互いに多くの犠牲を払った上に私たちの王国は在る」

「……」

「今こそ『盾の王』と讃える人は多いけど、あの人の本質は『矛』。想いを貫く人よ。いざとなれば、あの人は迷うこと無く戦士となる」

「ほこ?」

「あの人のゲンソウ術は《矛盾の盾》だけではないの。対となる《矛盾の矛》はもう2度と使うことはないでしょうけど」

「矛盾の、盾」

 

 レヴァンに憧れるアギでさえ初めて聞く言葉だった。

 

 

 矛盾のゲンソウ。それがレヴァンの持つ《盾》の根源。《現想》の力。それは貫く意思が強いほど、相反して《幻想の盾》を強化することができる。

 

 しかしそんな真っ当な正の力に反して、彼は守りたいと思うほどに他者と己を傷付ける《矛》の力も手にしていた。

 

 レヴァンが禁じ手として封印し、この日より約2年後に起きる『新帝国軍の反乱』でさえ使うことがなかった《矛盾の矛》。その力を知る者は少なくはないが、彼らが口外することはまずない。

 

 言えることは、帝国軍と反乱軍。2勢力を通して最も多くを殺し、最も多くを守ったのが反乱軍のリーダーであった彼だったという事実だけ。

 

 

「守るために戦う。どんな犠牲を払ってでも故郷を変える。そこまでの覚悟で戦わなければ、あの人の願いは叶わなった。……その代償は今もあの人を苦しめている」

「サヨコ様……」

「アギ。改めて訊ねるわ。あなたが私に告げた『守りたい』という想い。あなたの願いは戦うこと、軍人のように武器を手に、誰かと争うことでしか本当に叶えられないの?」

「……俺は」

 

 そんなことはないと、アギは思いたい。

 

 今の彼には想いに見合う力は備わっていなかった。思うだけならばそれは幻。ただの幻想だ。

 

 アギの想いには実現したい『かたち』がなかった。つまり守るために何がしたいのかだ。彼が軍を志した大半の理由も力、それも単に戦闘力を求めただけに過ぎない。

 

 アギは改めて守ること、戦うことの意味を考えさせられる。彼だって戦災孤児として幼少期を過ごしたのだ。戦争を忌避する気持ちはある。武器を手に争うことが良くないことだと頭では理解している。

 

 だけど争いは決してなくならない。砂漠地帯の紛争こそ6年前に集結したとはいえ、遠い北の国では世界に4つしかない《召喚陣》の遺跡を巡る戦争の真っ最中(*再生紀1009年当時。再生紀1010年に終結)なのだ。王国だって今でも小競り合い程度の諍いや犯罪は存在する。

 

 武器だって本当は好きではない。だけど、誰かが止めないと争いはなくならないのだとアギは考えていた。

 

 だからこそアギは、はじめてレヴァンに助けられたその時、焼け落ちる孤児院の中で王の《盾》を目にした時――

 

 何かが閃いた。

 

 

「止めたい」

「アギ?」

「争いはなくならない。なら俺は、争う奴らを止められるようになりたい。争いをなくすにもまず誰かが止めないと話し合いすらできないから」

「……仲裁? それは、あなたも間に入って争うということにならない?」

「違います。間に入って守るんです。俺は、どっちも傷つけさせたくない」

「……!」

 

 サヨコが目を見張った。

 

 だけど彼女を驚かせた少年は、名案とばかりに笑顔になって語るのだ。

 

「サヨコ様。俺、もし戦うにしても人を傷付ける武器は持ちたくないです。けど盾なら、それも王様みてぇなスゲェ《盾》があったら。誰も傷つけないで争いは止めることができると、そう思うんです。俺は盾を手に守る戦いをしたい」

 

 アギは、この時初めて自分の想いを『かたち』にした。それは、守りたいという願いを前にして彼が望むモノ。

 

 

「俺は、《盾》が欲しい。争いを止める力、守るための力に」

 

 

 1つ答えを得てすっきりした気がした。あふれる想いにアギは、両の手を握り締める。

 

 《幻想の盾》は無属性。不可視の武装術式だ。術者のイメージに反映し自由に変化するその《盾》のかたちを、この時、未熟だったアギは把握していない。


 彼の両腕に宿る《幻想の盾》は、デコピンで破れるほど薄くて脆い。

 

 けれど。その分守りたいものすべてを包めるほど、とてつもなく広かった。

 

 

「って。俺の《盾》は紙装甲だからまだまだだけど」

「アギ。あなたは……」

 

 サヨコは思う。レヴァンは気付ていたのだろうかと。少年が抱く彼以上の矛盾と、その危うさを。

 

 

 右手に盾、左手にも盾。

 

 争いの中心に立って、互いを傷つけさせまいと両手を左右に突き出そうとする少年。矛盾にもならない真っ直ぐなその想い。

 

 それは誰も傷つけない故に守る力にも、止める力にもなり得ないかもしれない。下手をすれば、盾となった少年だけが傷付くだけで終わる可能性の方が高い。

 

 レヴァンに憧れたためか、アギは昔から無鉄砲な子供だった。友達のためと言っては顧みずに危険に飛び込む、勇敢とも蛮勇ともとれるそんな。何かを守るために、簡単に命を投げ出すような子になって欲しくなかった。

 

 この少年ほど、自身を守る力が必要だとサヨコは思うのだ。

 

 

(本当に……そっくりなのだから)

 

 

 馬鹿な子ほど可愛いというのか。思わず笑みが零れた。サヨコは心の中でレヴァンに問いかける。

 

 アギが掲げる理想は《矛盾》を以って戦った反乱軍のリーダーではなく、その後盾の王となった今のレヴァンにあまりにも似ていて。

 

 本当に『叔父』なのですか? と彼女はつい問いたくなる。

 

 

 話したいことがある。それに教えなければいけない。アギが望む《盾》とはなにかを。

 

 その為には――

 

 

 

 

「アギ。やっぱりあなたは軍人に向いていないわ。そんな甘い考えだと早死するわよ」

「……そうですか」

「従来の軍ならば。だから最初にも言った通り軍に入るのは少し待ちなさい。あなたの理想に適う軍隊を、あの人が作りあげるまで」

「…………えっ?」

 

 消沈したあとなのでアギは、すぐには理解できなかった。

 

 サヨコは言った。

 

「あなたよりも理想家で、とっても馬鹿な人がこの国にはいるのよ。『戦わない軍隊』ですって。あなたはどんなものか想像できる?」

「戦わない? それって」

「あとで話を聞くといいわ。……アギ。面談の結果として、あなたに見せたいものがあります」

 

 突然のことだった。サヨコが立ち上がったのは。

 

 同時に、彼女は刀を『鞘に収めていた』。アギは気付いておらず、ただ彼女を見上げるだけ。

 

「それはあなたの標となるもの。あなたが今進もうとしている道は、ただ軍を目指すよりもずっと険しいものとなるでしょう。シュリや他の子ども達、それにかつての私やあの人が選んだ道よりも」

「そうですか? シュリみてぇに3年も勉強するよりはやれそうな気がするんですけど」

「……」

 

 本当にこの子は。

 

 どうしてそんなに『両親』に似ていないのだろうか。サヨコは言いたいのを我慢する。

 

 代わりに彼女はもう1度刀の柄に手をかけて――

 

 

 アギが小気味の良い鍔鳴りの音を耳にした時。

 

 その僅かな振動だけで2人の側に立つ資材庫の壁が、いきなり崩れ落ちてきた。

 

 

「っ!? サヨコ様!」

「大丈夫よ。だからあなたは」

「えっ……?」

 

 咄嗟にサヨコを庇おうとしたアギ。だが飛びかかる勢いで近づく少年の胸を、彼女はそっと――その割には思いのほか力強く――突き飛ばす。

 

 サヨコは変わらず微笑んでいる。

 

 やっぱり。少年は身の危険を前にしても、まず自分を庇ってきたのだから。

 

 

 突き飛ばされた衝撃に一瞬アギの呼吸が止まる。そのまま尻餅をついた彼は見た。いつの間にか遠く離れたサヨコの、変わらぬ淡い微笑み。

 

 それと目前まで迫る、砂を固めたできた壁だったもの。

 

「いってきなさい」

「いく? いくって」

 

 行く? …………逝く?

 

 

「う……わぁぁぁぁあぁあああっ!!」

 

 

 ゲンソウ術で防ごうなんて考える余裕は全くなかった。

 

 アギは、為す術もなく資材庫の崩落に巻き込まれた。

 

 巻き込まれたかにみえたが。

 

 

 

 

 ――させねぇ!

 

 

 

 

「あ……」

 

 アギは守られた。次に彼が見たのは背中だ。背の高い細身の、それでいて逞しい壮年の男。

 

 日に灼けた金髪は獅子めいた黄褐色。無造作に伸ばした髪をまとめるのは、額に巻いた青いバンダナ。

 

「……くっ。いきなりなんだよこりゃ。ここは……新開区か?」

 

 場の惨状に訳がわからないといった様子の、王城いたはずのその男は、それでも何処と無く少年の危機を知り、自らが《幻創》した蜃気楼を通して瞬間移動を行う《蜃楼歩》で直ぐに『跳んで』きてくれた。

 

 自分を押しつぶしてしまうはずだった瓦礫を、全て弾き返した彼の右手。

 

 その先に在るモノ。不可視の力の正体を、アギはよく知っている。

 

 《盾》だ。家族を守ると誓いを掲げた、王のゲンソウ。

 

 この人はいつだって颯爽と現れ、みんなを守ってくれる。

 

 

「王様……」

「おっと。怪我はねぇな。アギ」

 

 声に振り返り「大丈夫か?」と声を掛けるレヴァン。頼もしささえ感じさせる不敵な笑みは、面談の時にアギを睨んだ顔とは全く違う。優しかった。

 

 座り込んだままのアギに差し伸べられた手。でも面談での出来事を思い返すと気まずくて、アギは握るかどうかで迷ってしまう。

 

 戸惑っていると。レヴァンは強引に腕を掴み、彼を立ち上がらせた。

 

「あっ」

「いつまでも呆けるなよ。その極限状態で思考停止する癖は誰に似たんだ? 直さねぇと危ねぇぞ」

「誰、って」

 

 誰? アギにわかるわけがない。

 

「それより。これはどういうこった? お前がやったのか?」

「まさか。私です」

「へ?」

 

 レヴァンの問いかけに答えたのは、瓦礫を器用に避けて歩み寄るサヨコ。

 

 事の張本人は平然と微笑んでいて、アギどころかレヴァンも目が点。

 

 

「サヨコさん?」

「突然でごめんなさい。少し強引でしたが、あなたに急用があって来て頂きました」

「……これが少し?」

「面談の邪魔をしましたか?」

「いや」

 

 こちらこそ助かりました。なんて言うレヴァン。

 

 自分のあと。王城での面談で彼らに何があったのか、アギは知らない。

 

 +++

 

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