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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 前編
167/195

アギ戦記 -閑話 2

過去編。サヨコとアギ


外伝に関わる昔話の思い出話

 

 +++

 

 

 桜色の着物に結い上げた長い黒髪。腰に提げる黒塗りの鞘。

 

 東国人の血を引いた和風美人。砂漠の国にいて場違いな装いも彼女にはよく似合う。

 

 

 『桜の王妃』サヨコといえば、王国の母として多くの砂漠の民に愛され、慕われている女性である。

 

 その様子は東国人にして「西の砂漠に桜人在り」(*桜人とは桜を愛でる人のこと。ここでは桜の美しさにたとえられる、王妃を慕う砂漠の民を指した)と言わしめるほどで、今も昔も間違いなく現国王レヴァンより人気がある人だった。

 

 元《帝国》皇女としての毅然とした立ち振る舞い、子ども達に慈愛を以って接する姿。時折暴走するレヴァンを諌める刀技の冴えも含め全てにおいて国民に支持された。

 

 特にサヨコ子ども達に優しく、我が子のように別け隔てなく愛情を注いでいた。それで戦災で親を亡くし母を失った子ほど王妃のことを慕っていた。アギもそんな子ども達の1人だったといえる。

 

 彼の場合、サヨコの黒髪と東国人の容姿に同じく東国人の血を引いていた亡き母の姿を重ねることがあった。

 

 

 顔も背格好も、身に纏う空気さえ違うのに。どこか似ていると。

 

 

 

 

 人気のない資材置き場の隅で1人沈んでいたアギ。その彼の前に現れたサヨコ。王妃はいつもと変わらない、淡い微笑みを少年に向けている。

 

 どうしてここに? そうアギが訊ねるよりも早く、サヨコが彼を気遣い声をかけた。

 

「城から飛び出したのをみて心配したわ。見兼ねて追いかけたのだけど……まさか新開発地区まで走るだなんて。思いもしなかったわ」

「サヨコ様?」

 

 まさか自分の為にわざわざ……城から? と、アギは驚いた。

 

 王城からここまで約3キロはある。ちょっとしたマラソンだ。それを着物を着崩さず、息を切らした様子もなくこなしたというのか。

 

 凄腕の刀使いとしても有名な王妃様。「やっぱり男の子は体力あるわね」とサヨコは言うが、この人の方がよっぽど凄いではないかと、アギはなんとも言えない顔をした。

 

「少し走っただけで疲れてしまうなんて。私ももうおばさんね」

「そんなことは」

「隣、いいかしら?」

「あ……はい」

 

 なんとなく、断れなかった。

 

 着物なのに構わず地べたに座ろうとするサヨコ。これは無頓着なのではなく同じ視線で、対等にあろうとする彼女の顕れ。

 

 とはいえ。流石にアギは堪りかね、自分の青いハンカチを敷物にと彼女に差し出した。

 

「これをどうぞ。その、座るなら服に砂が付くから」

 

 ハンカチにしては四方に60センチ以上あるやや大きな布は、アギが普段から持ち歩いている予備のバンダナの1枚である。水兵のスカーフのように手拭いや、非常時のおける包帯の代わりになど何かと重宝している。

 

 アギの親切をサヨコは嬉しそうに受け取り、少年の隣へと腰掛けた。

 

「ありがとう。……ふふっ」

「どうしました?」

「あなたも15、大きくなったと思って。こんな風に気遣いができる子なら、もう一端の男性といってもおかしくないわ」

「大げさです。俺なんてまだまだ」

「そんなことないわ。少なくともあの人は私に1度もしてくれたことないし、まず思いつかないから」

 

 サヨコの言う『あの人』とは、大抵レヴァンのことを指す。同じシチュエーションならば「サヨコさん、ここ。ここ!」と、彼はあぐらをかく自分の膝の上を叩いただろう。

 

「何時まで経っても子供みたいな人だから。今度アギの爪の垢でも煎じてあげようかしら」

「王様は……あんな人だし、相手もサヨコ様だから」

 

 甘えるんです、などと言うのもどうか。フォローの仕様がない王様である。アギでなくとも砂漠の民ならば、レヴァンのサヨコに対した行動パターンは誰でも簡単に想像できてしまう。

 

 サヨコが「困った人よ」と言うので、アギは一緒になって、少しだけ笑った。

 

「そんなあの人だから……その辺りに置くことにして」

「置くんですか」

「それより。普段から王様王様言ってるあなたがね」

 

 悪戯っぽい笑み。

 

「……なんですか?」

「困った女性にハンカチを差し出すなんて、あなたはどこで覚えたのかしら?」

「えっ」

「あの人の真似でなかったら。女の子たちに何か言われた?」

「ち、違っ」

「男の子だもの。格好つけたいのよね」

 

 からかわれたアギは慌て、気恥ずかしくなる。

  

 アギはこれでも硬派を気取っていたので、興味はあっても女の子にモテたいなどとは考えていなかった。

 

 違うのだ。本当のところは。

 

「女の子だなんて、俺にはまだ」

「あら、そう?」

「これはおふくろが、亡くなったおふくろが昔、教えてくれたことなんです。その」

 

 アギはただ。幼少の頃に教わった母の言葉だけは、どんなこと守ろうと心に誓っていただけだ。でも15にもなって「母親が言ってたからそうした」だなんて、きまりが悪いともアギは思っている。

 

 だが。話を聞いたサヨコは眩しそうにアギを見つめ、笑みを深くした。

 

 少年のことを誇らしそうに。もう会うことのできない彼女のことを思い出して、懐かしそうに、

 

「……リュッケさん。貴女は……」

 

 

 ――本当に、『母親』になっていたのですね

 

 

 私と違って。そんなことを改めてサヨコは思う。

 

「サヨコ様?」

「……何でもないわ。あなたのお母様は立派な人だったのね。きっと、私なんて足元にも及ばないくらいに」

「そんな。おふくろに比べたらサヨコ様の方が」

「アギ?」

「サヨコ様は、王様のしちまうほど強くて誰にだって優しいし。誰よりも立派でその……綺麗だから」

「まあ」

 

 照れくさそうにアギは口ごもる。こんな時こそ惜しみなくサヨコを褒めることができる王様のことを、ちょっとだけ尊敬してしまう。

 

 サヨコの笑みは変わらない。

 

「お世辞でも嬉しいわ。でもね。そういうことではないの」

「えっ?」

「私があなたのお母様を立派だと思ったのは、あなたがお母様との約束を忘れず、守ろうと心掛けているから」

 

 それは、母の言葉が正しいとアギが信じているだからで。

 

「あなたの信じる人だからこそ。私はあなたのお母様のことを尊敬するのよ」

「……ありがとうございます」

 

 嬉しかった。この人は母の事だけでなく、自分のことも認めてくれるのだと。

 

「お母様。どんな人だったの?」

「……。おふくろは」

 

 ぽつぽつとアギは語る。記憶の中の母はいつも笑顔で、人のために働いていた。

 

 最期の時まで。

 

 

 前置きとして。これはアギが人伝に聞いた話となる。

 

 彼の母は、元は《技術交流都市》にいる、ある偉い技術士の下で助手を務めていたらしい。女手一つでアギを育てながら、その技術士の下で多くの知識を学んでいたという。

 

 それから子育てにある程度手がかからなくなったのを見計らい、慈善団体のキャラバンに参加。彼女は息子を連れ紛争の中にあった故郷へ戻ると、集落を転々としながら交流都市から送られる援助物資を現地で受け取るという仕事に就いた。

 

 アギが母の話を聞いたのは、彼の母の世話になったというこの慈善団体の1人である。

 

 これもアギは後に知ったが、彼の母はあらゆる分野に精通した将来有望な技術士の卵だったらしい。それが何故、技術士の助手を辞めてまで交流都市を離れたのか、今となってはわからない。

 

 

 ここからは幼少期のアギの記憶である。

 

 母は同胞である砂漠の民を助けるため、《技術交流都市》で培ったその豊富な知識を惜しみなく披露した。

 

 怪我の手当てや介抱の仕方。地下水脈の探し方。砂漠でも育つ薬草や作物を取り寄せては育て方を教え、果ては食するのが難しい魔獣の調理法まで。

 

 魔獣のことは元技術士として皮や骨といった『素材』の加工法も教え、売り物になりそうな装飾品の作り方も教えていた。素材や食材となる肝心の魔獣も罠の張り方を知っており、1人で『砂鮫』を捕獲して皆を驚かせたこともあった。

 

 炊き出しで母が振舞ったフカヒレスープの味は今も忘れられない。他にも集落の子ども達には砂の上で文字の読み書きを教えたりもしていた。

 

 アギは『体質』から本を『読む』のが昔から大嫌いな子供だったけど。母から読み聞かせてもらうのはそうではなくて、寝る前にはいつも本をねだっていた。子供時代の、恥ずかしい思い出だ。

 

 

 母に多くの事を教わり、助けられた集落の人達は皆が感謝していた。

 

 集落を移動する度に別れを惜しまれ、再び訪れたときには援助物資を抜きにして手厚く歓迎された。それがアギは誇らしかった。「俺のかーちゃんすげー」だ。

 

 同年代の母親の中では、外見から子供っぽい人ではあったが自慢の母だった。

 

 

 他には。母はその『金の瞳』から「天使様」と敬われることが多く、いつも照れくさそうに笑っては否定していたのを彼は覚えている。

 

 そんな時は、母は自分が身に着けている青いバンダナを見せて、

 

 

 ――この世界に天使なんていないよ。わたしも砂漠の民。これがその証

 

 

 わたしは、あなた達の家族だよ、とそう言っていた。家族は助け合うものだからとも。母は、誰よりも砂漠の民だった。

 

 同胞を想い合うことに誇りを持ち、実践する人だった。

 

 

「……」

「サヨコ様?」

「……いえ。聞けば聞くほど、私の知る人によく似ていたから」

 

 サヨコは懐かしそうに目を細める。

 

「もしかしたら。お母様は言わなかった? 砂漠は貧しいところじゃない。何もないと思い込んでしまった私達が、それを知らないだけだって」

「それは」

「知はちから。かたちなき黄金。人のたから」

「!」

 

 知っている。アギは、その言葉も母の口から聞いたことがある。

 

 無意識に右目を抑える。

 

「……知ってたんですか? おふくろのこと」

「少しだけ。私が知っているリュッケさんは、丁度今のあなたくらいの年の頃だけど」

 

 驚いた。サヨコは元とはいえ《帝国》の皇女だ。そんな彼女の昔の知り合いだった母とは、一体どういう人だったのか。

 

 アギは考える。

 

 もしかして。この人は『あのこと』も知っているのか? と。

 

「おふくろ。どうだったんですか? その、俺くらいの頃」

「そうね」

 

 訊かれてサヨコは、まだ幼い自分と彼女『達』を思い出した。

 

 『彼』は、彼女を村娘Aなんて呼んでいたけれど。

 

「いつも明るくて、面倒見の良い人だったわ。人気者だったのよ。黒髪仲間だね、って私にもよくしてくれた」

「……」

「でも不器用な人だったから。よくからかわれてもいたわね」

 

 料理を教わっては「赤点」と言われ、包帯の巻き方を教わっては「絞め殺す気か?」と文句を言われて。

 

 服を無理やり剥かれ、お湯の中へ放り込まれたことがある、なんて聞いたときは流石に冗談だと思ったけど。

 

 

 ――サヨちゃん聞いて。マガヤンさんがね、今日も酷かったんだよぉ

 

 

 サヨコにとって、かけがえのない日々だった。

 

 覚えている。1日の終わりに彼女が、幼いサヨコに向かっていつも楽しそうに愚痴をこぼしていたことを。

 

 あの頃は決して楽な暮らしをしていなかったけど。サヨコにとって姉同然に接してくれた彼女は、毎日を大切に生きていた。

 

「不器用?」

「ええ。あなたが話してくれたお母様とはあまりにも違うわね。私も驚いたわ」

 

 その後の彼女は変わらないままで、でもどこか『彼』に似ていて。

 

「じ、じゃあ。サヨコ様の知ってるおふくろに似た人って」

「彼。……いいえ。彼らは」

「っ」

 

 男? アギは息を呑んだ。

 

「旅人、と言っていたわ。私達にたくさんの事を教えてくれた。今の私があるのは間違いなく彼らのおかげ」

「……」

「リュッケさんも。そうだったんでしょうね」

「サヨコ様」

 

 アギは、干上がった喉を絞るように声を発した。とんでもない、まさかといった想像によろめきそうになる。

 

 サヨコの言うその人とは、もしかして。

 

「マガヤンとロウ」

「あ……」

「そうなんですね? だったらその人達、もしかしてどっちかが俺の」

 

 アギは訊いた。

 

「親父、なんですか?」

「……。違うわ」

 

 否定。

 

 サヨコが言葉に詰まったのは、アギが『彼ら』を知っていたことに驚いただけ。

 

「サヨコ様!」

「本当よ。昔、あの人からリュッケさんの子がいたと聞いて、私も『調べた』の。あなたの父親のこと」

 

 これは珍しいことでも、特別なことでもない。

 

 紛争が終わって約5年。戦災で生き別れとなったままの家族は多かった。王国の役人には、そんな彼らを引き合わせる役目を担った調査隊がいることをアギは知っている。

 

「お世話になった彼女が亡くなっていたとあの人から聞いたときは、私もショックだった。だったらせめてあなたを、生きているだろう父親に会わせたいと思って」

「サヨコ様……」

「あらゆる手を尽くしたわ。この《宵ノ桜》を使いもした」

「か、刀?」

 

 それは。もの凄いことではないかとアギ。

 

 サヨコが手にかけた黒塗りの鞘には、いつだって薄ら寒いものを覚える。

 

 

 余談だが。サヨコは滅多なことでは怒らない。例えば、聞き分けのない子供やレヴァン(同列の時点で問題)がわがままを言って困らせたりしたときは、怒る代わりに、

 

「静かにしましょうね。――散らしますよ」

 

 と笑顔で刀に手をかける。すると泣く子だろうが王様だろうが素直に黙るのだ。むしろ黙るしかない。

 

 サヨコが何を散らすのかまでは何も言わないのが怖い。命ではないと思うが。

 

 とはいえ。いくらなんでも子供のしつけに抜刀するわけがなく、魔を散らす《神撫》の護身刀なる彼女の刀も、平和な時代の今ではもっぱらレヴァンの『おしおき用』だったりする。

 

 あと『一刀両断』(*断固たる処置、速やかな決断の意)がサヨコの『家訓』だというが、それはどう考えてもかつての『レヴァイア皇家』のものではない。

 

 

 閑話休題。

 

「そんなにじっと見て。私の『桜』がどうしたの?」

「……いえ。それで、サヨコ様が刀で脅して何が」

「アギ」

「……『調べて』、何かわかったんですか」

 

 名前を呼ばれた時。ちょっと怖かったのは内緒。

 

「あなたのお父様は、今も生きています」

「!」

「ですが彼は」

「あ。それはいいです」

「え?」

 

 言われたことが意外で、サヨコは目を見開く。

 

「親父かどうかなんて訊いたのは、単なる思いつきなんで」

「……会いたいとは?」

「思いません。今更ですし親がいない奴なんて俺以外にも……」

「……」

「あっ。勿論俺達にはサヨコ様や王様がいます。だから平気です」

「ありがとう」

「ただ」

「ただ?」

「……いえ」

 

 口を閉ざした。『思い出せていない』から。

 

 

 いつか。己の名にかけて会わねばならない人達がいる。それは覚えている。

 

 でも。別れ際に交わした母との守るべき約束は、その人達に伝えるべき言葉は――

 

 母をなくした心の傷と共に、閉ざされたまま。

 

 

「顔色が悪いわ。大丈夫?」

「……はい。おふくろのこと、少し思い出しただけです。落ち着いたらまた今度、昔のおふくろやその人達のことを教えて下さい」

「ええ。……ごめんなさい。辛いこと思い出してしまったのね」

「顔を上げてください。違いますから」

 

 悲しそうに顔を伏せるサヨコにアギは慌てた。

 

 本当に違うのだ。思い出せないのだから、悲しむこともできない。

 

 それに。アギは虚ろな記憶を頼りに今も考えることがある。

 

 母は、本当に亡くなったのかと。

 

「違うんです。俺、昔からちょっとした疑問があって。それがサヨコ様の話を聞いて謎が解けたっていうか」

「疑問?」

「はい。その……本人の前で言うのもなんですけど」

 

 言いにくそうにアギは答える。

 

「サヨコ様とおふくろはその、昔の知り合いで、マガヤンとかロウって人達に色々教わったっていうなら」

「はい」

「その人達はサヨコ様たちの『先生』みたいな人で、それが同じだから……」

 

 サヨコ様がおふくろに似てると俺が思ったのは、そのせいかなぁ、と。

 

 後半は恥ずかしくて小声になったが、サヨコの耳にはしっかりと届いたらしく。

 

「私がリュッケさん、あなたのお母様でいた頃の彼女に?」

「わ、忘れてください」

「いいえ。忘れないわ」

 

 きょとんとした顔から一転、サヨコは笑顔になった。「母みたい」と言われたことが、嬉しかったから。

 

 いくら王国の母と呼ばれ、子ども達に慕われていても。いつも不安だから。

 

 本当の意味で母となれないサヨコは、母親という在り方に常に悩んでいるのだから。

 

 だけどそれは、父親というものを考えているあの人も同じだろうと彼女は思う。

 

 

 それとは別にして。サヨコはアギに教えられた気がした。

 

「先生……そうね。彼らは私達にとってそんな人だった。私達に教えてくれたから」

 

 閉ざされた世界を壊して、視野を広げて。

 

 その上で示された道を見せ、考えさせてくれた。

 

「彼らとの出会いをきっかけに私達は考え、自分の望む未来のかたちを知った。先を生く彼らを見て、それぞれが道を歩むことを決めた。そういうこと」

「サヨコ様?」

「アギ。あなたもお母様のように見つかるといいわね。険しくとも自分で望み進むことのできる道が」

「道」

「あなたの生く先。将来のことよ」

「あ……」

 

 その一言でアギは思い出してしまう。面談での醜態を。

 

「落ち込んでいた理由はなんとなくわかるわ。あの人との面談で何かあったのよね。私に話してくれる?」

「サヨコ様。でも、俺」

「大丈夫。私はあなたの先を生く人、先生よ。私やリュッケさんを導いた彼らのように、今の私なら迷うあなたを助けることができるから」

「……」

「私に助けさせて」

「……俺は」

 

 握り締める。デコピンで破れてしまうようなちっぽけな想いを。

 

 アギは思いの丈をサヨコに告げた。

 

 

「サヨコ様。俺は学校なんて行きたくねぇよ。王国出てまで勉強するくらいなら、ずっと国にいて、王様みてぇに故郷の為に働きてぇ」

 

 

 それで王様やサヨコ様。幼馴染にきょうだいたち。故郷のみんなを守りたい。

 

 守れる男になりたい。

 

 +++

 

 

 私に助けさせて。かけられた優しい言葉にアギは甘えた。

 

 情けないと思うよりも、この人聞いてもらいたい。そんな気持ちの方が強かった。

 

 

 面談で近衛隊に入りたいと志願すると、幼馴染のシュリが今度近衛見習いになるのが決まったにもかかわらず、レヴァンに真っ向から否定されてしまったこと。

 

 それでも何とか軍に入ろうとレヴァンの気を引こうとし、自分の《盾》を披露したのだが、未熟な《幻想の盾》はデコピン1発で粉砕。レヴァンには逆効果で「一発芸か?」と失望されてしまったこと。

 

 「話はまた今度」とあしらわれ、シュリに嫉妬するあまり「あいつより俺が」と失言してしまい、遂にはレヴァンの怒りを買ってしまったこと。

 

 何をやっても王様に認めてもらえなかったことが悔しかった。アギはそう語った。

 

 

「サヨコ様。俺、馬鹿やっちまったから。王様に絶対嫌われちまった……」

「……そう」

 

 今にも俯いて泣き出しそうなアギの横顔に、サヨコは何を思ったか。

 

「とりあえず。その話も置くことにして」

「……また置くんですか」

「ところで。あなたは王国が王妃、つまり私に与えている3つの権利を知ってる?」

「3つ、ですか?」

 

 急な話題転換。訊ねられても法律など詳しくないアギには答えられない。それどころか「たった3つ?」と疑問に思ったことが本当のところ。

 

 戸惑うアギを他所にサヨコは、「ええ」と相槌を打ってから説明した。

 

「それはね。1つは『姓を持つ必要のない』砂漠の民である私が、『カンナ』の姓を名乗ることが許されていること」

「カンナ?」

「私の母方の姓よ。これは私個人の『気構え』のようなものだから説明は省くけど、2つめはその名において私が、この《宵ノ桜》を帯刀することが許されていること」

「? それで2つですか?」

「ええ」

 

 サヨコが提げる刀に目を遣ると、アギは意外だと思った。

 

 王妃であり為政者としても優秀なサヨコなら、レヴァンや姿を見せない『謎の宰相』に次いで王国の全権を握っていてもおかしくないのに。

 

 実のところ。サヨコがお願いすれば、レヴァン以下誰もが言うことを聞いてくれる。故に国内では彼女に権限など必要ないのだが。

 

 

「あの。なら3つめは?」

あのひとの生殺与奪の権」

「……は?」

 

 さらりとした回答。聞き間違いと思ったらサヨコから補足が。

 

「婚約の時にね。あの人が国の子ども達を泣かせる真似をしたら、私が手に掛けると約束しているの」

 

 

*手に掛ける

 

 ①自分が直接思うように事を運ぶ

 

 ②自分で世話をする、育て上げる

 

 あるいは、

 

 ③自分の手で殺す

 

 

「え? ええっ?」

「アギ」

 

 サヨコは笑顔で、怒ってる?

 

「話はよくわかったわ。辛い思いをしたのね」

「サヨコ、さま? 俺、別に泣いてなんか」

「本当に?」

 

 悲しそうな笑みを見せられたら、誰だって黙ってしまうとアギは思う。

 

 アギの沈黙にサヨコは「大丈夫よ」と微笑み、

 

「待ってて。仇はとってあげるから。今日こそあの人の王国はおしまいね」

「ちょっ!?」

 

 王様斬っちゃ駄目ーっ!

 

 

 王妃にして国母。サヨコはいつだって子ども達の味方だ。

 

 だからといって腰の刀に手をかけ、勇んで城へ向かおうとするサヨコを見てしまっては、アギは落ち込んでなどいられず、彼女を止めることしか考えられなかった。

 

 +++

 

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